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2014/04/14

シリーズ「ありがとう」<6>耕作おじいさん

<5>からつづく

シリーズ「ありがとう」<6>耕作おじいさん

 義理を返すなら、まず遠くから返せ、って誰かに言われたように思う。身内への感謝は後回し。当たり前のことなんだから。まず他人に対してお礼をいいなさい、っていうのは当然だと思う。だから、この回の内容は、一番最後あたりに来るべき人物ではある。

 しかし、内容から言って、それは、身内とか他人とかいう問題ではないと思う。私の人生でも、ちょうどそんなタイミングだった。そして、それは、別に他人でも、身内でもないところから、来たのだと思う。

 私には、当然のことながら、祖父が二人いる。父方と母方の祖父は、ちょうど年頃も同じくらいで、仏教への崇敬の念の持ち方も似ていた。私が20前後の時に父方の祖父は80を超えて亡くなり、母方の祖父だけになった。

 その頃、私は雀の森を出て、印刷会社に務める前で、叔父が経営する造園会社でアルバイトをしていた。耕作おじいさんは、その名前の通り、農業の人で、それ一本で家族を養ってきた人だった。花も作っていた。叔父はその子どもであるが、次男で他家の養子になり、造園業を営んでいた。

 私は人生の岐路に差し掛かっていた。明日、どの方向に足を踏み出すか、迷っていた。人生ってなんだろう。人生で一番大事なことってなんだろう。

 母親に聞いてみた。それは金だろう、ということだった。人生で一番大事なことは金だよ。働いて金を得ることが大切だ。そのとおりだ。ふらふらしている末っ子息子に、夫を亡くした後の働き盛りの母親の答えとしては当然のことだっただろう。早く一人前になってほしい。

 造園屋の叔父、つまり母親の弟に聞いてみた。誠実、ってことだろうな。学校時代に、誠実さが一番大事だって聞いた。確かに彼の仕事は繁盛していた。決して華美ではないが、彼の誠実さが、多くの客の心をつかんでいた。誠実さ、か。

 祖父、耕作おじいさんにも聞いてみた。なんだ、そんなことも分からないのか。それは、自未得度先度他だ、と一喝した。自らはいまだ悟らず、この地に留まって、先に他の人たちを悟らせること、これに尽きると。

 このじいさんは、20過ぎに結婚して、すぐに子供が出来た。長女につけた名前が、さとり、だった。つまり私の母親だ。彼は、若くして禅寺に参じ、農民でありながら、仏典にも造詣が深かった。

 彼に当時、私達のカウンターカルチャーで評判になっていたチベット仏教やミラレパの話をしてみた。ズバリではないにせよ、許容的であった。彼は、菩提達磨と慧可の出会いを話し、釈尊の前世の話をした。維摩経つまりビマールキルティの逸話を話した。数え上げたらキリがない。彼は、来客があれば、事あるごとに、仏教を引き合いに出して、話しをした。

 死後、いくつかのノートが残され、手帖も残された。まるで宮沢賢治の「雨ニモマケズ」でもないが、その手帖の中には、「施無畏」という文字が残されていた。遺族が遺品を見ながら、誰もその深い意味を理解しなかった。私もよく分からないものの、なんだか気になり、私は自分の手帖に、「施無畏」と転記しておいた。

 これまでのところ、この言葉について、誰に聞いたこともなければ、教えてもらったこともない。だけど、いろいろ調べてきたから、今では私なりに理解するようになっている。

 そんなこんなで、ここに書ききれることではないので、いつか再燃されるとして、いまは、その時のためのきっかけになるように、このメモだけ残しておきたい。

 耕作おじいさんの仏教徒としての法名は、衝天院釣月耕雲居士。天を突き、月を釣り上げ、雲を耕すような人だった。ありがとうございました、っていうのもなんだか変だが、今は、とにかく、ありがとうございました、って、書いておきたい。

 あのタイミングで、あの言葉を聞くことができたことは、私は幸運だった。そして、一生の教えになった。今でもいつも心に留めている。

<7>につづく

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