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2014/04/08

「魂の民主主義」―北米先住民・アメリカ建国・日本国憲法 星川淳


「魂の民主主義」―北米先住民・アメリカ建国・日本国憲法 <1>
星川 淳   2005/06 築地書館  単行本: 142ページ
Total No.3203 ★★★★★

 星川淳という名前で本の検索をしてみたら、20冊ほどの著書・翻訳書がでてきた。プラブッタ、という名前も追加したら、もっともっとたくさんあるのだろう。さっそく近くのローカル図書館に行って、検索パソコンで調べてみたら、6冊の蔵書があったが、実際には全部貸し出されているのか、一冊も手にとることができなかった。

 思えば、彼のことを知っているような気分で長いこと暮らしてきたが、まともに彼の本を読んだことはない。彼のOshoの翻訳については当然ほとんど目を通しているし、そのまえがき、あとがきに書かれた彼の断章は、きわめて印象深く残っているものが多い。

 しかし、だいぶ前にだされた「地球感覚。」以来、きちんと、彼の著作に向かいあったことがなかった。それは、たぶんに、もともと僕が多読派ではない、ということと、僕とは微妙にその関心の中心がずれている、ということが影響しているのだろうと思われる。

 にもかかわらず、彼のことを知っている気になってしまうのは、本などに限らず、直接に彼の風聞が伝わってくるからだろう。どこかここかのネットワークで、なにかかにかのエピソードやゴシップがつたわってくることが多かった。

 そもそも、高校生時代にべ平連のデモで知り合い、のちに共同生活や雑誌つくりをした二つ年上の友人Rが、かつて、東京の高校で彼と同級生だったことが、一番最初の始まりだ。18歳の時、初めて会った。彼は20歳。彼は九州熊本の花園神社境内で「神饌堂」という自然食レストランをやっていた。 「虹のブランコ族」とも呼ばれていた。

 その3年後、彼はOSHOの「存在の詩」の小冊子を携えて、僕らの仙台の共同生活の場を尋ねてきた。僕はその場にはいなかったが、お土産に置かれたこの一冊が、僕の人生を大きく変えた。

 そして更にその2年後、僕は、高田馬場の合気道場で行われた瞑想会で、彼のリードで初めてダイナミックとナダブラフマを体験した。そしてその半年後、彼をコンダクターとするツアーでインドに旅立ち、プーナにいった。一ヶ月後、彼に通訳をしてもらい、Oshoのサニヤシンになった。1977年12月のこと。うーむ、それから考えただけでも、更に更に30年近くの時間が経過したのだった。

 栴檀は双葉より芳し、とはいうけれど、本当に、世に優れた人はいるものだ。僕とは誕生日も2日しか違わない(年は彼が2つ上だが)、同じ星座のもとに生まれても、これだけ高く聳え立つ人がいるのだなぁ、といつも感心する。

 80年代前半のアメリカのコミューン時代、すでに彼は、Oshoムーブメントの中心からは外れていた。意識的にそうしていたのだろうし、彼には彼のワークが見えてきていたのだろう。87年当時、彼は、Oshoの遺伝子などの発言に対する批判を契機として、一時、アンチ・グルイズムとも言われる動きの中で、さらにOshoとの距離を広げた。

 Oshoが肉体を離れた90年以降、僕は、「世間」に積極的にかかわる道を選んだ。僕の交際範囲は大きく変化し、かつての友人たちとも次第に距離ができることが多かった。もともと、それほど親しい関係ではなかったので、彼のことも次第に僕の視界からはかすれていった。

 95年以降、インターネットの普及でますます僕の本離れはすすみ、Oshoの本すらあまり読まなくなった。まして他の本もすっかりご無沙汰、という状態になった。唯一読んだのは、パソコン関係くらいか。

 2000年、9.11が起き、新たな問題提起が始まってしまった。僕はなんの手がかりもなく、今日まで、うろうろ歩き、涙をながしてきた、というところ(って宮沢賢治の例の詩がベースなのだが)。今、こうして、news23に彼が出演したことをきっかけとして、再び彼の偉業をまざまざと見ることになった。すべての彼の視点を検証することはできないが、せめて、今回話題になった「イロコイ連邦」周辺については軽くおさえておきたいと思う。

 って、実は、僕の直前の生は、アメリカの、しかもネイティブであったらしい。断片はすでに分かっている。ただ20才そこそこで夭折したので、ネイティブ・カルチャーを深く学ぶ機会はなかった。今回、女性天皇問題なども含め、憲法問題が各方面から話題提起されている。いち国家の問題というだけでなく、人間が地球に生きる、とはなにか、ということを、イロコイ連邦などの知恵をヒントとして、とらえなおすことができればいいな、と思う。

(以上 2006/02/10記 mixiより転載)

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 図書館から借りてきて読んで見た。はっきり言って面白かった。プラブッタ(という呼び名のほうが呼びやすいので、このままにしておこう)は、僕が生きた時代の書き手としては、山尾三省などと並んで、本当に有数の存在だと思う。すくなくともそう身近に感じられる書き手がいるということは、とても幸せだ。

 わずか142ページほどの小冊子とも言うべき本だから、簡単に読めてしまった。番組では「作家」と紹介されていたプラブッタだが、このような本をなんと言うのだろう。学術書でもなければノンフィクションでもない。ルポルタージュでも思想書でもないだろう。小説?エッセイ?講話録?レクチャー? ちがうなぁ、思いあぐねたうえで、僕はこの本を「プラブッタからのラブレター」と名づけることにした。

 この本がラブレターだとしたら、彼はこの本を誰に向けて送ったのだろう。結論を急げば、「結びに」の一番最後に書いてあった文がヒントになろうか?

 「いまからでも遅くない。日本国憲法を本気で活かそう。
 一人ひとりがピースメーカーになろう。」


 彼は現代日本に生きていて、平和を求める一人ひとりにメッセージを送っているのだと思う。イロコイ連邦のワンパムなどのくだりは感動的だ。もちろん130p「本書は民主主義をインディアンの独創だと主張するものではなく・・・」とあるように、決してひとつの政治的信条や立場を固持するために書かれたものではない。

 筑紫哲也の番組new23では、フランス革命やアメリカ独立に影響を与えた「自由・平等・博愛」という言葉がでてきて、ちょっとドキっとした。俗本などでは、これはフリーメーソンの陰謀であり、ぜったい成立しない罠である、というようなコメントが付け加えられていることがある。5本の矢の話なども、どこかで聞いたことがあり、回りまわって、イロコイ族の話になったのであろうか、などと邪推してしまいかねない。でも、これらの話をもしイロコイ連邦・発の話だとしたら、それはそれで新しい視点をもらったな、とうれしい気分だ。

 僕らの教育は「自由と民主主義」の日本国憲法のもとで行われた。九条の問題も、古くて新しいテーマだ。現在は改憲運動の動きもみられ、なかなか目が離せない。日本国天皇の問題も、女性天皇、女系天皇の可能性も、いずれは再燃する問題だ。

 過去120数代の天皇の半数は側腹(そばはら)から生まれているという。明治天皇も大正天皇も側腹から生まれているという。皇太子が新たに側腹をもうければ、雅子さんに対する期待もプレッシャーも薄らぐというものだが、現代社会はそういう制度を許す時代ではない。だが、すくなくともそういう制度のもとで「日本の伝統」が守られてきたのであったということを記憶しておく必要がある。

 本書p133にあるように「天皇制温存」「戦争放棄」「米軍駐留(とくに沖縄の要塞化)」のトライアングルを、今、簡単に解決することはできない。なかなか難しい問題だ。この、「お困りご近所」の解決策はあるのだろうか?

 「それが、あるんです!」とは簡単にいえないのは残念だが、イロコイ連邦の視点や、沖縄、アイヌの視点から、この戦後日本の民主主義を見直してみることは、とても大切だと思う。そういう意味でも、あらたに次の彼の作品を読みたくさせてくれるよい本だった。

(2006/02/19記 mixiより転載)

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