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2014/04/12

「憲法九条を世界遺産に」<3>太田 光&中沢 新一

<2>からつづく 

「憲法九条を世界遺産に」 <3>
太田 光   (著), 中沢 新一 (著) 2006/08 集英社 新書 170ページ

 すごい話になってきたなぁ。「憲法9条がノーベル平和賞」の候補に、というニュースが流れている。

 よくよく考えてみると、九条が世界遺産になるのと、ノーベル平和賞受賞するのとは、意味が違うね。

 佐藤栄作が平和賞を受賞した時は、ビックリしたけど、オバマの平和賞は、嬉しかった。でも、どうかね、核なき世界なんて、彼はもはや忘れている。

  ダライ・ラマ、マザー・テレサは受賞、ガンジーは、何度か候補になったが、受賞はしなかった。

 私なんて、戦争放棄、九条維持が当たり前、と頭から信じて疑わないできたが、別な意見も割と多いことに驚く。

 世界遺産なら、すでに廃墟となったとしても、歴史的価値があるなら、登録されることもありうる。ただ、それを誰が保全維持して行くかが、問われるであろう。

 私は、何が何でもこうしなければいけない、なんて思わないし、世の大勢が、一つの方向に流れるなら、一億三千万分の一として、従うだろう。

 あるいは、70億分の一として考えて行動するだろう。でも、意見が複数あって、お前も意見を言え、と言われるなら、やはり同じような感性と意識を持っている勢力に接近し、加勢するだろう。

 私は脱原発に賛成であり、原発と核兵器がセットであるなら、当然、核廃絶は当然だと思うし、戦争には反対だ。戦争に反対なら、憲法九条は維持すべきものと考える。

 ところで、アントニオ・ネグリ「<帝国>」の中で、マルチチュードは、自らのものとして、憲法、貨幣、武器を保持すべきだと、述べている。

 今、日本国憲法という枠組みの中でのみ、九条を考えるとするなら、おそらくアナクロで、チグハグなものにならざるを得ないだろう。今、視点は、一国的な立場ではなく、グローバルに、しかもマルチチュード側からの捉えなおしが、必要であろう。

 ネグリが三要素として、憲法の他に、貨幣や武器をあげているなら、これらについても考えなければならない。貨幣はビットコインなどの仮装通貨が風穴をあけるかもしれない。

 三要素の中では、武器について考えることが、最も難しい。地域間、国家間が争う必要があるうちは、マルチチュードが武器全体をコントロール下におさめ、縮小過程に向かうということはありえないであろう。

 つまり、憲法の一部がどうの、貨幣がどうの、そして、武器がどうのと言う前に、まずは、地球の上に生きる人間としての自覚、意識が、地域や国家を超えて、互いに理解しあい、共通項を広げ、同一のものとして、認め合うことが必要であるのだ。

 一国の憲法のわずか一条文だけがどうのこうのと議論されるのは、本来、抜本的ではない。山尾三省のように、憲法九条を全ての国の憲法に入れるべきだ、という発想も分からないではない。

 しかし、近未来においては、地域や国家を超えた価値観、人間のあり方が、まずは問われ、生きられる必要がある。

 そのような方向にあるものとしての、世界遺産なり、ノーベル平和賞ならば、大いに語られ、賞賛されるべきであろう。

 このテーマは、当ブログの、現在進行形の「来たるべき地球人スピリット」の進行に大きくかかわる。政治でもなければ、武器でもない。国家や、憲法でもない。国家間の紛争でもなければ、紛争解決でもない。ノーベル賞でも、世界遺産でもない。

 まず、その前に、世界市民でもなければ、地域村民でもなく、ひとりひとりの地球人として、生きる、そのスピリチュアリティこそ、まずは 生きられる必要があるのだ。

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