「風景の思索」-都市への架橋 栗田 勇(「戦後史の出発点―わが青春の風月堂」)
「風景の思索」-都市への架橋
栗田 勇 (著) 1977/09 白川書院 単行本: 259ページ
Total No.3282★★☆☆☆
60年代風月堂の香りを辿って、電脳・風月堂の参考資料リストの中に、風月堂に言及しているとされる本から、これまで当ブログが読んだこのリストを作ってきた。原リストには(「戦後史の出発点―わが青春の風月堂」所載)とある限り、この本は、その十数ページを読めばこの本は足りるだろう。他は割愛する。
著者、栗田勇とはどんな人だろうと、わがブログをググってみると、「一休 その破戒と風狂」(2005/10 祥伝社)が出てきた。なるほど、その方面の人ね。
武蔵野館の前通りより一本裏で、駅の反対側へ五、六軒はなれたところに、音楽喫茶「風月」がある。ほかに「ポン」とか「プリンス」とかいう名の喫茶店が目に浮かぶが、あれが出来たのは、もう少し、後のことだろうか。p47「戦後史の出発点―わが青春の風月堂」
この一文は、戦後間もなく出来たという新宿風月堂の風景だろうか。60年代というより、50年代半ばの情景の匂いがする。
旭町ドヤ街の朝は、9時に最大のヴォリュームを上げた電蓄が鳴り出して宿泊人を追い出す。そこから朝の白い光のなかをガードをくぐって二、三分もどれば、武蔵野館をへだてた前の小路の反対側が、音楽喫茶「風月」である。
ただ、十時開店なので、この数分の道を一時間かけてたどるのは、なかなかむずかしいことである。まだ懐に残金があれば、例の一膳めし屋へゆくことになるが、たいていは費いはたしているのが常である。「風月」が開くを待ちかねて入ると、同じように、前夜の顔ぶれが、二人、三人と集まってくる。p55 同上
この一文は77年に出た本に収蔵されているし、73年の閉店にも触れているので、70年代に書かれたものであることは間違いないが、いわゆるフーテンとか新宿風俗とか云われる風景とは一線を画しているようにも思う。
「風月」が新装した後、ここでアングラ劇団が集まり、ときに、ベトナム脱走兵の溜りとなり、ヒッピーの世界にしられた連絡場所となる基礎は、もっとずっとひそやかな形で戦後に芽生えていた。ぎゃくにいえば、ここにだけ、あの戦後のアナーキイな自由が残っていたといえるであろうか。p56 同上
戦後があり、新宿があり、そこに集う人々があった。まずその基礎があったのだろう。そこに新宿風月堂があり、その雰囲気を色濃く残した空間が、ある種の人々を集めていった、ということだろう。
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