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2014/06/03

「雑誌のカタチ」 編集者とデザイナーがつくった夢 山崎 浩一

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「雑誌のカタチ」 編集者とデザイナーがつくった夢
山崎 浩一 (著) 2006/10 工作舎 単行本 165ページ
Total No.3253★★☆☆☆

 少年時代に毎月購読していた学研の「学習」「科学」も小学館の「ボーイズライフ」も光文社の「少年」も、まだ「今年」の12月初めだというのに「新年おめでとう」などと気の早い新年特大号を出していた。p008「起きつつある何か新しいこと」

 同じ学年の生まれであれば、同時代性としてこれらの雑誌名がでてくるのは、なんとも懐かしい。特に「ボーイズライフ」あたりは、他になかなかでてこないから、珍しい。

 ここに奇しくも2002年の同時期に発刊された、よく似たタイトルの本がある。佐藤卓己の「『キング』の時代--国民大衆雑誌の公共性」(岩波書店)と赤田祐一「証言構成『ポパイ』の時代--ある雑誌の奇妙な航海」(太田出版)。中略

 扱う雑誌も時代も互いに似ても似つかないのにもかかわらず、それぞれの雑誌が生み出した共同体の物語が、実に面白い。ただし前者は主に受けて側の問題として、後者は主に送り手側の問題として、それが検証されているのも面白い。p011「雑誌が持ち得た<共同幻想力>」

 先日、「スペクテイター」誌を見ていて、赤田祐一という名前を見つけていた。なるほど、その辺にいた人なのか。ここで山崎は、雑誌を共同体とも見ているわけであるが、う~~ん、共同体の概念が、ちょっと漠然としてはいないか。

 私なら、むしろ、雑誌を一軒の家に見立てることが多い。表紙があり、目次があり、特集があり、連載記事があり、読者からの声があり、編集後記がある。この構成が、何と何が対応するのかはともかく、屋根があり、柱があり、ドアがあり、基礎があり、壁がある、あるいは煙突がある、という、一軒の家のイメージと繋がってくるのだ。

 ここんとこインターネットの、とりとめのない情報の羅列は、なかなか一軒の家に喩えることはできないから、フェイスブックとかツイッターなどは、なかなか感情移入のしかたが違うと言える。当ブログとて、一軒の家に喩えることがなかなか難しくて、自己イメージがいまだに不明な点が多い。

 著者は、「週刊ポスト」1995/04/28号p76~77 や、「世紀末ブックファイル」 (1996/04 小学館)に、いちいちイヤな記事を書いているので、私は、嫌いなライターである。そもそも、私はなんでこの人を追っかけているのか、自分でも忘れてしまったが、まぁ、もののついでに、こんなことをやってみるのもいいのかも。

 一冊の雑誌がひとりの世界観から人生までをも変えてしまう、少なくともそう思える--という、今や冗談に聞こえてしまう事態(それはまさしく幸か不幸か自分におきたはずのことなのだが)が、今後もありうるのかありえないのかはわからない。でも、それが「たまたま」ではなく「あえて」雑誌の<カタチ>を選びとって目の前に出現したことだけは、確かなのである。p029「雑誌の<カタチ>になぜこだわるのか?」

 おそらく、地域や環境は違うものの、同時代を生きていた、同じ「傾向」の持ち主だった、ということだけは確かである。これは、近親憎悪か。

 その月刊誌が「ワンダーランド」の名を持っていたのは1973年8~9月の二カ月間だけだった。つまり「ワンダーランド」は「バーン」と二号でただけなのだ。その後は「宝島」と誌名を変えて翌74年に2月号(通巻6号)をもって休刊。が、同年6月に版元を変えて四六判ペーパーバックマガジンとして復刊・・・・。そしてその後の「『宝島』という名の雑誌」が現在に至るまで描き続けた軌跡は、もはやここで語るにはあまりに複雑怪奇すぎる。そのこともまた「ワンダーランド」という雑誌の神話化を、助長する一因かもしれない。p094「『ワンダーランド』--新聞+雑誌のハイブリッド」

 この本で取り上げられている雑誌は、「POPEYE」、「少年マガジン」、「ぴあ」、「週刊文春」、「ワンダーランド」、「婦人公論」、「小学館の学年誌」、「クイック・ジャパン」などなど。ここでも、微妙に、一読者としての私の志向性とは微妙にずれる。まぁ分からない選択でもないが、なぜにこの選択?と、思わざるを得ない。

 「ワンダーランド」後継「宝島」の編集者だった北山耕平は、やがて70年代後半には、アメリカに向かい、ネイティブ・アメリカンの世界にどっぷりつかり、あれから40年経過しても、いまだに「どっぷり」である。そのことがいいのかどうかは論が分かれるところではあるが、ポスト「雑誌」のあとに、北山なりに「スピリチュアリティ」を求めていったことは間違いない。

 それに比して、山崎という人は、雑誌というメディアに「どっぷり」浸かってしまっていて、それ以降の何事かが見えてこないのが、一読者としては情けない。所詮、売文稼業のスノビズムで終わっているのではないだろうか。

 この本、工作舎からでているのも、なんだか不思議なような、あるいは、工作舎も結局、「雑誌」にどっぷり浸かってしまって、そこからスピリチュアリティに抜けていかない傾向の証であるような、何事かの符号を感じるのであった。

追伸
そういえば、かつて私はミニコミ雑誌「時空間」に、「まがじん雑学」という雑文を12号に渡って連載していたことを思い出した。そのうち、当ブログに再録することとする。

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