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2014/06/21

「青春 この狂気するもの」 田原 総一朗

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「青春 この狂気するもの」テレビドキュメンタリストの眼
田原 総一朗/著 1969/10 三一書房 新書本 255p
Total No.3280★★★☆☆

 電脳・風月堂参考資料リストをナビとして、60年代の新宿風月堂追っかけ中の一冊。著者はおなじみのテレビ・ディレクター。そもそも私は金曜夜の朝まで生テレビなど最初からあまり見ていないが、最近は、ますます入れ歯が合わないのか、聞き取りにくくなった著者の発言などは、もう、正直あまり聞きたくはない。とっくに引退されてもいい時期のお方とお見受けしているところではある。

 1969年における、コンテナとしてのテレビと、コンテンツとしてのドキュメンタリー、その葛藤の中から、自ら関わった5本のテレビ番組を検証することで、さらなる真実を探ろうとする試みの一冊。今回は、この中の一章だけがお目当てなので、他の4本については割愛する。

 中央通り、風月堂に近い音楽喫茶の二階、煙草の煙とむっと鼻をおそう得体のしれない強烈なにおいのなかに、十人ばかりの異様な風態の若者たちがかたまっていた。アリババ、ピエロ、ナシ、ゴキブリ、ミキ、みんなそろっている。p118「新宿ラリパッパ」

 1934年生まれの著者、当時35歳、テレビ局のディレクターとして、新宿グリーン・ハウス(芝生)にたむろする若者達をドキュメント番組におさめようとする。そもそもそれは「やらせ」で、台本を書いたのは、ティーチ・イン「騒乱の青春」(1969/01 三一書房)を編集した内田栄一。ギャラを渡して、いわゆる新宿フーテンたちに「芝居」をやらせようという企画である。しかし、その直前に、ラリっていたフーテンがやくざに殺されるという事件が勃発し、シナリオ通りでもなくなっていく。

 わたしは、もちろんNの話を思い出し、全学連との共闘のひとつのかたちなのかとも考えたが、出かけたのは、どうやらゴキブリ一人らしく、しかも行った理由は「風月堂でヘルメット拾ったから」だということだった。もっとも<拾った>というよりは<盗んだ>といった方が正確らしく、共闘というよりは、Nの言葉でいえば<エネルギー>の浪費の方にずっとチカそうだった。p134 同上

 当ブログは現在、風月堂追っかけなので、文脈を無視して、その店名がでてくるところだけを抜き書きしておく。なにはともあれ、1969年という時代性を無視して、今さら2014年の現在、45年前のことについて細かく語るのは時空間がずれ過ぎているが、それにしても、事実を、テレビというコンテナに乗せようとして、コンテンツ化する作業は、きわめて雑で、大事な、コンシャスネスへの道をズタズタに踏みつぶしてしまっているのでは、と感じる。

 グリーン・ハウスに私服の姿が目につくようになった。風月堂で、ミニスカートの婦警らしい女が、小型カメラで出入りするフーテンをとっているという噂が流れた。フーテンたちは、婦警のいる席を図で示し、カメラでとられない入り方、撮影されな席を検討し合った。それならば、風月堂などに入らなければよさそうなものだが、危険をおかしてもコーヒーを飲みにいくのが、フーテン気質というものらしかった。p134 同上

 時代の緊迫した状況を語ってはいるのだが、そして当の登場人物たちも、割と軽薄ではあるのだろうが、それを見つめる目も、同じくらい軽薄だと、現在の私なら感じる。

 ジェームス・ロイ・ショーという黒人が大麻取締法違反で警視庁に検挙された。更に、グリーンハウスなどで売っていたヒッピー新聞「部族」の発行所が手入れをくってかなりの大麻が押収され、この新聞の発行責任者も逮捕された。そして、大麻の密輸でフーテンとヤクザが奇妙な協力関係にあることが明るみに出た。p144 同上

 1969年のことである。この、いわゆるヒッピー新聞「部族」は売れに売れて数万部売れたというから凄い。手入れがあったことも、山尾三省や山田塊也などの著書のいくつかに描かれている。

 新宿伊勢丹前はいつもと変わらず、人目をはばからない恋人たちであふれていた。風月堂前には私服の姿が見えた。そしてグリーンハウスには、人影はなかった。p145 同上

 1969年、テレビとドキュメンタリーという組み合わせは、時代の最先端であったことだろう。だが、どうもこの著者は、この当時から何かが片手おちだ。というのか、この手の商売は、ここまでなのだろう。

 「わたしも、またすぐに長野に帰る。フーテンごっこにあきちゃったからしばらく山ごもりしてみるの」
 「それにあきたらどうする?」
 わたしが聞くと、
 「何ごっこしたらいいか考えてよ」
 ミキはいった。
 わたしはふとNのことを聞いた。
 「死んだそうよ」
 ミキは答えた。彼女の話では、警察の留置場で死んだらしいという。
 「Nは何ごっこっていったらいいのかなあ。サイケごっこ? 革命ごっこ? 彼、よく新宿をグリニッチビレッジにするんだっていってたわ。誰も本気にしなかったけどさ。そのための資金をつくるんだって、危ないことやってたのよ。マリファナのなかつぎよ。口ではえらそうなこといってたけど、うまいように騙されてばかりいたらしいわ。黒人とかヤクザとか、相手は悪ばかりだもんね。そのうち、Nは薬で自分の頭の方がサイケになってしまったのよ。でも、『新宿をグリニッチビレッジに』なんて、ちょっとカッコイイじゃない。Nってイメージが豊かで、好きだった」
 ミキはそういってじっとわたしを見た。思いがけない熱っぽい目だった。
 「Nは、何のためにそれをやろうとしたのだろう?」
 わたしが聞くと
 「何のためでもないわよ。何のためでもないから、Nは熱中していたのよ」
 ミキは怒ったような口調でいってから、ちょっと微笑して、「ごっこよ」とつけたした。そして8月24日にまた<ごっこ>があるらしい、そのときには東京へ帰ってくるつもりだといった。
p151 同上

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