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2014/07/02

「十九歳のジェイコブ」 中上健次

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「十九歳のジェイコブ」
中上 健次   (著) 1986/10 角川書店 単行本 227ページ
Total No.3284★★☆☆☆

1)まず気になるのは、ジェイコブとは何か、ということ。調べてみれば聖書などにでてくるヤコブの事であるようであるが、それ以上の突っ込みは必要ないだろう。単に、ジャズ喫茶仲間の中での呼び名であり、主人公のニックネーム以上のものではない。

2)中上健次を読み始める(か、かどうかはまだ未定)にあたって、まず第一冊目がこれでよかったかどうかは定かではない。ただ、よくもわるくもこの作家の特徴を強く表現した一冊であることは間違いない。

3)1986年に出版されたことになっているが、書かれたのは1978/07~1980/02の雑誌「野性時代」に連載された「焼けた眼、熱い喉」。これが原文となり、それが加筆・改題されたものである。

4)この時代で思い出すのは、1976年の「群像」新人文学賞である村上龍「限りなく透明に近いブルー」。村上のデビュー作で書き下ろし。ロック、ファック、ドラックの小説と呼ばれ、一世を風靡した。当時22歳になったばかりの私は、ああ、日本にもこの時代が来たか、と思った。この小説はその年の第75回芥川賞を受賞した。

5)こちらの中上の作品は、並べて称するなら、モダンジャズ、オマンコ、クスリ、の文学と言うべきか。

6)中上健次は同じ1976年に「岬」で第74回芥川賞を受賞している。中上を評するなら、続いて「岬」も読んでみなければならないだろうが、村上が「限りなく・・」でデビューしたことに対して、当然、中上もライバル意識をもっただろう。その対抗策として、このような作品が生まれたのではないか、とも思った。この世界を書くなら、俺のほうが上だぜ、という自負が見える。

7)たしかに村上がロックなら、中上はパンクやヘビーメタを超えて、とてつもない世界へと突っ込んでいってしまったような雰囲気さえある。(それがモダンジャズなのかどうかは定かではない。むしろ、ある意味、ド演歌の世界でもあるような・・・)

8)そもそも「野性時代」とはどのような雑誌だったのだろうか。野性というタイトルはともかくとして、1974年創刊のエンターテイメント小説中心の角川雑誌である。

9)邪推すれば、中上が角川から村上に負けないエンターテイメント作品を、と注文を受け、雑誌に連載していたもので、途中とびとびになりながらも何とか収拾をつけた作品と言えるかもしれない。最初から、自伝的なストーリーがあった作品というより、まずは時代の話題になっている潮流のエンターテイメントとして、ぶつ切りに書かれた、と言えなくもない。

10)この作品をともかく読んでみようと思ったのは、最近この作品が舞台化され新国立劇場で上演された、ということを知ったからだ。この作品を演劇化するというのは、どういうことなのか。たしかに興味はそそられる。

11)中上健次の名前がちらちらでたのは、新宿風月堂追っかけをしていて、「東京ジャズ喫茶物語」(1989/11 アドリブ)をめくっていた時。風月堂ではなかったが、中上が出入りしていたジャズ喫茶というのも出てきて、なるほど、この小説の舞台かな、と推測できそうな店の紹介もあった。

12)仮に自伝的小説と受け取るとして、1946年生まれの中上健次の19歳と言えば1965~6年当たりのこと。なるほど、若者たちの街、新宿の風景の一断面として、見ることも可能である。風月堂の日々をこれほどまでにリアルに書き上げた作品は見ていないが、書かれなかった部分の真の姿を垣間見る、という意味では、参考資料としては価値は高いだろう。だが、一般風俗というより、中上の個人的内的風景、というニュアンスのほうが強い。

13)しかし、この小説が書かれた1980年直前という時期、そして1986年出版というタイミングは、いかにも角川エンターテイメントらしい。作品を商品として消費し、娯楽化していったとするならば、当然、私のような者のアンテナにはひっかかってこなかった、ということも理解できる。

14)表紙の「十九歳」の「十」の字がデザイン的に大きく処理されていて、いかにも十字架を連想するように作られているが、思わせぶり過ぎるだろう。この小説の結句、「ジェイコブの眼にモダンジャズ喫茶店は教会(シナガゴーグ)のようにみえた。」p227も、まぁ、思わせぶりだが、創られ過ぎている。

15)エンターテイメント路線にまんまと乗せられているように見せながら、さらにその作戦を内側からぶった切ってやろう、という中上健次の力量も相当なものだが、果たして、この丁々発止の戦いの結末はどうなったのだろう。おそらく、両者相撃ち、という結末だったのではないだろうか。

16)19歳と銘打っている限り、著者の初期の作品「十九歳の地図」にも目を通す必要があるだろう。

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