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2014/08/24

『ダイヤモンド・スートラ』 - OSHO 金剛般若経を語る<8>

<7>よりつづく

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「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る <8>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 翻訳 1986/03 めるくまーる社 単行本 p739

 石川裕人(ニュートン)蔵書市の第17弾。ニュートンの蔵書市があると聞いた時、まず最初に頭に浮かんだのはこの本である。この本はなんとしてでも回収しなければならない。決して、他人に譲ってはならない。

 彼が亡くなったあと、書斎をのぞかせてもらい、入口の平積みの本の下部にこの本があったことを確認した時は、とても驚いた。彼がOSHOを読んでいるとは、思ってもみなかったからだ。

 よもやと思って、他の棚も目を凝らして探してみたが、私が発見したのは、OSHOの本としては、この本一冊だった。他、クリシュナムルティとかグルジェフなどの「古典」を探してみたが、彼にはこの手の読書志向はなかったかに見える。

 蔵書市に行った時、この本はすでに他の来客の購入分になっていた。それはまずいでしょう、ということで、頼んで私のものにしてもらったのだった。

 人間というもの、それぞれの嗜好があるわけだし、何をどう読むかは、それぞれの自由なわけだから、お互いの勝手だが、私は、もっとニュートンにはOSHO本を読んで欲しかった。彼の側から見れば、私の演劇理解がもっと深まって欲しいと思っていたに違いないのだが、これがお互いの生涯埋まらなかった立ち位置の差だった。

 彼の脳裏には、小学生の時から「シナリオライター」という言葉が埋め込まれてしまったのだろうし、こちらも父を亡くした小学生の時代からの思いが10代には「瞑想」という単語に置き換わっていたので、これはやむを得ない、それぞれの道だったのであろう。

 いずれにせよ、私もまた演劇や芝居に多少の理解を示そうとしたように、彼もまたOSHO本に手を出したという履歴は残ったようである。ただし、この本には、彼が通常残すような鉛筆メモがないので、いつ購入し、いつ読了(ツンドクだった可能性もないこともない)したのかもわからない。

 例によって、腰巻もキチンと残され、ページの間には、読者カードや出版案内なども残されている。決して粗末な扱いでもなければ、まったく読まなかった風でもない。

 私は今でもOSHOの本を読むのは得手ではないが、特にこの「ダイヤモンド・スートラ」は簡単ではない。読めば読むほど、含蓄が深く、ある意味、だからこそ、この本こそはOSHOの真髄とさえ言えるものではあるが、ニュートンがたった一冊OSHO本を読むとしたら、この本だったのかどうか、ちょっと悩むところである。

 しかしながら、結果として、この本だけが一冊ニュートン蔵書として残された限り、私の側からの、私とニュートンを繋ぐラインとしては大事な一冊になってしまったといえる。この本から彼の風景をたどって見る道が唯一残されたといえる。

  彼が長く手元に所蔵していたこのリアルな一冊が、今、私の手元にあるのだ、ということをメモして、とにかく、今日のところは、一人静かに納得することにする。

<9>につづく

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