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2014/08/09

「原発はいらない」  小出 裕章

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「原発はいらない」
小出 裕章(著) 2011/07 幻冬舎ルネッサンス  新書: 240ページ
Total No.3310 ★★★★★

1)石川裕人(ニュートン)蔵書市の第5弾。3・11関係、あるいは原発関係は、彼の最晩年の遺作に深く関わるわけだから、たくさんの蔵書が出ていた。当然、私の読書とかぶる。その中で敢えて、この一冊を選んでおいたのは、もちろん、数ある中の原発研究者の中でも突出した誠意ある方、小出裕章氏の本であるからである。

2)この本が出版されたのは2011/07/16。ニュートンはこの本を2011/07/21に読了している。発売されて直ぐ店頭に走った、というタイミングである。

3)実はこの当時は、まだまだ被災地としての読書環境は整っていなかった。書店は転倒し、図書館ネットワークはぶち切れになった。当然、読書人としても読書の意欲もわかず、そもそも、なにがどうなっているのか、わからないことのほうが多かった。

4)それでも、関係者各位のおかげで次第に事態は復旧し、ようやく方向性を見い出そうと歩み出していた頃だ。ただ、その中にあっても、原発事故の状況だけは混迷を深め、正しい情報も伝わってこなかった。

5)私が小出裕章氏の仙台での講演会に参加できたのは2011/08/05のこと。「3.11から始まったこと」 ~東京電力福島第一原子力発電所原発震災を生きる私たちへの提言~ 小出裕章講演会。

6)この日、実は朝起きて、何を想ったか、私は福島第一原発に向かって車を走らせた。とにかく一番最後の近寄れるところまで行ってみよう、と警備員たちが立って立ち入り禁止になっているところまで走った。海岸線の悲惨な状況を目にしながら、そして、遠くに見える送電線や関連施設の哀れな姿も見えてきた。

7)その時、私のケータイが鳴った。敬愛するハグラ女史からの電話だった。今晩、小出さんの講演会があるけど、行く?。私は、福一からトンボ帰りして、仙台での講演会に参加したのだった。

8)考えてみれば、あれからちょうど3年である。原発に関していえば、時間だけが経過しただけで、根本的には何にも変わっていない。いやますます混迷を深めているだけだ。

9)そして今日、私は友人たちのお誘いで、原発にほぼ近い位置にある獏原人コミューンの「満月祭」に参加するため、出発しようとしているところだ。あれ以来の原発へのニアミスだ。

10)すでに還暦した身となれば、被曝の影響も比較的少ないとは言われるものの、日常的に幼児や生後数カ月の新生児と日常的に同居している立場である。わが身の振るまいも、自然と慎重にならざるを得ない。肉体的にも、心理的にも。

11)当時から、当ブログは、理解力のないままに、あれこれ原発関連の本も乱読してきたことは、その記録を見てみればよくわかる。推進派も、反対派も、虚心坦懐に目を通してきた。しかし、結論としては、私は、原発に関しては小出裕章さん、この方の意見を参考にしていれば、こと足りると思っている。

12)もともと理系の素養のない身であれば、何度詳しい説明を聞いても、原発の仕組みなんてものは理解できない。今どうなっているのかなんてことも、いまさら聞いても仕方ない。しかし、自分自身の日々の身の振り方、いま、自分はどうすればいいのか、という最低限のことは決めていかなければならない。

13)そう言った意味においては、この方の一連の書は、私にとっての羅針盤と言える。

14)楽観的に振る舞ってはいるが、事態は決して容易ではない。憂慮すべきことが山ほどある。しかし、この中で人々は生きて行かなければならない。

15)今夜は満月でもあるが、台風も来るという。一人分のキャンプ用品を車に積んで、まずは、夜があけたら、海岸線を南に向かい、フクシマへと向かう。

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