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2014/08/08

「1968年」 絓(すが)秀実

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「1968年」 
絓(すが)秀実 2006/10 筑摩書房 新書 302ページ
Total No.3309★★★☆☆

1)石川裕人(ニュートン)蔵書市の第4弾。2006/10発売で、巻末の鉛筆書きによれば、ニュートンはこの本を2006/10/26に読了している。いつも感心するのだが、すごい速さである。朝起きたら、まずは朝刊を読むような感じで、新書も、まずは出たらすぐ読むという感覚なのかもしれない。

2)もっともこの本は、同じ著者による「1968年の革命」史論としての「革命的な、あまりに革命的な」(2003/05 作品社)や、「思想読本 1968」(2005/01作品社)、などが先行して存在していたために、その派生として、以前より注目されていたのかもしれない。

3)いずれにせよ、この1968年という視点でニュートンがこの本をすぐに目をつけて読んでいたという事実に興味が湧く。1968年といえば、私たちは中学三年生。実際には、東北の片田舎の中学校において、「革命」なんてものはテレビで報道されるものを見る以外になかったはず。主体的にには何もできなかった1968年の私たちだった。

4)そういえば、この中三の時の私側からのもっとも近い友人は、同じバスケット部のS君だった。ニュートンとはクラスも部活も違ったから、割と離れていた。S君も時代には敏感でいろいろなことを話し合ったり、影響しあったりしたものだ。彼は、現在、地元地方銀行の頭取をしている。

5)私は正直言って、ニュートンはあまり「過激」な政治活動をしたことはなかったし、すべてを演劇に昇華してしまう芝居馬鹿で、演劇ボケだと信じていた。だが、2006年あたりにおいて、彼がこのような本に過敏に反応していたということを考えると、むしろ、ニュートンの側からみたら、私こそ、瞑想馬鹿で、PTAボケに映っていたかもしれない(汗)。

6)先日、60年代から70年代、そして80年代にかけて、ざっとソーカツして「べ平連---マリワナ---瞑想」 と括ってみていたのだったが、この本では、1968年に関連してべ平連が大きく取り上げられているところは、私としては納得のいくところである。

7)トピックとしては、べ平連の中核付近に出没した<山口健二>なる「正体不明」な人物にも関心をそそられるが、今は、追っかけるのは止めておく。

8)太田竜に触発されて、美空ひばりや嵐寛十郎(アラカン)のルポ、ビートルズ・リポートの筆者として名高いルポライターの竹中労と、ジャズ評論家で石原莞爾や西郷隆盛についても論じることで知られる平岡正明は、太田とともに「世界革命浪人(ゲバリスタ)を自称した。p199「ヴァーチャルな世界のリアルな誕生」

9)この部分も別途他のSNSで話題になっていたところであり、そのシンクロというべきリンクに笑った。ここからの「脱線」もなかなか気になるところであるが、今は慎んでおこう。

10)「電脳・風月堂」芳名録で、「宮井陸郎」の名前が登場する、「マキタ」の項の牧田吉明についても、この本ではより詳しい。この人物はピース缶爆弾犯人で、背叛社グループでもあった。偽史的創造力に憑かれるようにして大本教にも接近して行った彼には自伝的書物「我が闘争---スニーカーミドルの爆裂弾」(山猫書林1984)がある、とのことである。p207~8

11)三菱重工社長・牧田興一郎の子息であった牧田は、三菱の金を流用して(?)、80年代消費大衆消費社会を先取りするかのような、流行の先端を行くライブハウスや広告代理店を、70年代初頭に作ったりもしていた(すべて失敗)。p207 同上Mk           p209

12)この本、巻頭において、1968年が世界的動乱であったと同時に、思想的な大転換も告知した(p7 まえがき)としながら、視点を1968年にとどめるのではなく、時代とともにスライドしていってしまうために、極めて広範な時代背景を語ることになってしまっている。特に後半は偽史論的な言説にも言及し、一部、「ホツマツタエ」にも触れたりして(p201)興味深いとは言えるが、結局は、最終的には何が何やらわからない内容となっている。

13)そもそもが、「日本読書新聞」の元編集長という立場などから類推するだけだが、この長い期間に渡って、一体この著者自身がどこにいたのか、さっぱり分からない。両論併記するゆえに、結局は総花的な断片的な記述の切り貼りというイメージにさえ落ちてしまう。

14)最初こそ、60年代的政治革命の党派性に拘泥しているので、ああ、面倒くさいと思わないでもなかったが、読み終わってみれば、なるほど、芝居の戯曲者たちには、さまざまな雑念やらイメージを提供してくれる、いいネタ本とはなっているようだ。

15)この本の真価は、前述した先駆する二冊の著書「革命的な、あまりに革命的な」(2003/05 作品社)や、「思想読本 1968」(2005/01作品社)に目を通さないと決定はできないだろうが、今は、そちらに行くと脱線につぐ脱線になるので、まずは、この方の本はこの一冊にとどめておく。

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