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2014/10/19

「場所を生きる」 Poetics of Place ゲ-リ-・スナイダ-の世界<4>

<3>からつづく

【送料無料】場所を生きる
「場所を生きる」 Poetics of Place ゲ-リ-・スナイダ-の世界 <4>
山里勝己 2006/03 山と渓谷社 単行本 327p
★★★★★

  8月に思い立って山の椒を訪ねてみると、そこはこのところ放置されてしまったように、雑草の王国となっていた。活躍していたはずのダンプトラックもひっそりと蔦類に包まれていた。

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 周囲の草を刈り払い、外されていたバッテリーを充電し、さび落としを使ってバッテリーを取り付けてみた。ランプ類は稼働するまでになったが、スターターキーを回してもモーターが回らない。おそらく、そちらの配線もどこかはずれているのだろう。

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 ダッシュボードのポケットから、使用説明書やマニュアルを取り出して見ている。ひとつひとつが懇切丁寧に書いてあるが、自分の知りたいことには直接つながっていかない。

 おそらく、このダンプトラックが動きだすのは、あと何週間かかかることだろう。それまで、他の仕事と並行しながら、この車全体のことを学ぶ必要があるようだ。

 日本のアカデミズムの中にいる山里勝己のこの本を読みながら、あのダンプトラックのマニュアルを思い出していた。この本、ゲーリー・スナイダーについて、知りたいことは満載書いてあるのだが、今、自分が率直にすぐに知りたいことが書いていない。あるいは、そこに届くまで、時間がかかる。

 そもそも、今、この本を取り出したのは、なにか文章を読みたいからではなかった。モノクロの世界ではあるが、高野健三の写真が、いくつも挟まれていて、そのひとつひとつが、何事かを、直接的に働きかけてくれるような気がしたからだった。

 カメラを得意とする古い友人サキは、高野の写真を、思想性のある写真だ、と評した。聞き洩らしたが、アメリカかどこかのメーカーのフィルムを使うと、このような陰影のある画像になるという。

 今回は、本の裏表紙にあった、キットキットディジーの文字が気になった。

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 この本の英語のタイトルは、「Poetics of Place」となっている。おそらく、このタイトルは日本語版として、日本の編集者たちがつけたものだろう。 今、敢えてこのタイトルを見つけて、かつて1991年の「スピリット・オブ・プレイス」のことをまた思い出した。

 あの頃、私はプレイスよりもスピリットのほうに心寄せていた。身体としてのボディに対峙するのはマインドであろう。そのマインドがさらに透明化し無化して行けば、それはスピリットともいうべき精神性、霊性へと飛翔していくだろう。

 対する身体=ボデイもまた、拡大して環境=エンブロンメンタル=プレイスとなり、やがては、さらに大きな地球や宇宙に繋がっていくだろう。スピリット・オブ・プレイスというタイトルは、心身二元論を超えた、すばらしいネーミングであり着想であったと、今でも思う。

 仏教を含む東アジア文化と欧米文化の融合を試みる中で、スナイダーはひとつの「場所」から出発し、究極的には地球という惑星をその主題とする詩学を創造してきた。

それは従来の「世界文学」という枠組みを拡大し、自然環境と人間の関係性という視点を導入することで、「地球の文学」とでも呼ぶべきスケールを有するようになた文学である。このような文学をどう読むか、われわれの想像力が問われている。p267「終わりなき山河」

 さて、スナイダーは、プレイスに対する再定住という定義において、次のように語っている。

◆---いまふり返ってみると、ケルアックやギンズバーグは「移動」に焦点を合わせているように思えます。

スナイダー 旅や放浪。オン・ザ・ロードだね。

◆---自由のもたらす興奮や戦慄、場所を持たないことから生じる刺激的な生き方が一方で描かれたとすれば、あなたは結局は場所へと回帰していきました。

スナイダー しかし、自分がまだ場所を持たないでいる「プレイスレス」の状態のときでも、場所のことはずっと考えていましたよ。

◆---旅の途上でも、場所を探していたということですか。

スナイダー 旅の途上でも、ただ、そこを通り過ぎていくだけではなく、場所を場所として見ていたというkとです。p83 「インタビュウ--場所の発見」

 オン・ザ・ロードに対峙する形でプレイスを置いているのは興味深い。この辺が私をつよく引きつける要素であろう。

 心身はプレイスを得ることによって、さらに精神性=スピリットを拡大し、純化し、透明化していくようだ。

 スナイダーがきっときっとディジーを得たように、私もまたここに新たなプレイスを持ち得るかもしれない、という可能性を見ることは楽しい。

 思えば、この本を前回読んだのは3・11大震災から7ヵ月目の2011/10/19、今日からちょうどぴったり三年前のことであった。

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