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2014年10月の28件の記事

2014/10/31

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<52>「さすらいの夏休み」カテゴリについて

<51>よりつづく 

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<52>「さすらいの夏休み」カテゴリについて

 そもそもは、石川裕人蔵書市で買い求めた100冊以上の本をもとに、そこから派生した思いを彼の戯曲「時の葦舟」の終章「さすらいの夏休み」にまとめてみよう、という意図だった。時節もちょうど、夏休みにかかるあたりだった。

 ところが実際にスタートしてみれば、私自身の夏休みは、福一から24キロの福島県双葉郡にある、懐かしい獏原人コミューンにおける「満月祭」から、新たなる展開をし始めた。二泊三日の短い滞在ではあったが、そこでのリアルな出会いや、昔ながらの共同性が動きだしたのである。

 具体的には、3・11大震災の直後に停止していたエコビレッジ構想が、ふたたび動き出したということだ。停止していたというより、伏流水のような形で、地下で進行していたものが、ふたたび地上に沸き上がってきたようなイメージである。

 書かれたのは2014/07/29から2014/10/30までの、およそ三か月間。私の夏休みは10月一杯続いていた、ということである。

 「再読したいこのカテゴリこの三冊」は次のとおり。

「NO NUKES ONE LOVE」-いのちの祭り’88Jamming book 
ONE LOVE Jamming(著) 1990/07 プラサード書店 星雲社単行本: 173ページ

「満月祭」2013年 獏原人村  in フクシマ ~地球は1つの共同体だ~
小林志夫・監督・撮影・写真・編集 出演・大友映男・風見正博・他 2014/06/20 ルーナル工房 DVD2枚組 82分 パンフレット44P付き

「バックパッカーズ読本」保存版
旅行情報研究会(著), 『格安航空券ガイド』編集部(著) 2014/7 双葉社 単行本 288ページ

 次なるカテゴリ名は、「Yah Man Osho」にしようと思っていたのだが、ここに来て、「時の葦舟」三部作の第一章「絆の都」をカテゴリ名にしないできたことが、どうも気になってきた。戯曲は、未来編、過去編、現在編と展開するのだが、当ブログのカテゴリ名の登場順で言えば、過去編、現在編、未来編となる。まぁ、それもよからん。

 意味的にも、わたし的には、「Yah Man Osho」=「絆の都」なのだから、これもいい。裏表の関係にある。したがって、カテゴリ名は「絆の都」とする。うら意味で「Yah Man Osho」を入れておく。

<53>につづく

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2014/10/30

再読したいこのカテゴリこの3冊「さすらいの夏休み」編

前よりつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊

「さすらいの夏休み」

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「NO NUKES ONE LOVE」いのちの祭り’88Jamming book 
ONE LOVE Jamming(著) 1990/07 プラサード書店 星雲社単行本: 173ページ

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「満月祭」2013年 獏原人村  in フクシマ ~地球は1つの共同体だ~
小林志夫・監督・撮影・写真・編集 出演・大友映男・風見正博・他 2014/06/20 ルーナル工房 DVD2枚組 82分 パンフレット44P付き

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「バックパッカーズ読本」保存版
旅行情報研究会(著), 『格安航空券ガイド』編集部(著) 2014/7 双葉社 単行本 288ページ

後ろにつづく

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「世界のエコビレッジ」 持続可能性の新しいフロンティア ジョナサン・ドーソン<5>

<4>よりつづく

【送料無料】世界のエコビレッジ
「世界のエコビレッジ」 持続可能性の新しいフロンティア<5>
ジョナサン・ドーソン/緒方俊雄他 日本経済評論社 2010/09 単行本 145p より抜粋 
「山の椒エコビレッジ」ブログに併記

<<再掲>>

 エコビレッジ運動は、目的共同体の生活に関する古代思想が1960年代から1970年代にかけて出現した国際的な環境保護運動に出会ったときに誕生した。エコビレッジとは、「人類の健全な発展を支え、限りない未来にうまくつながる方法を採用することにより、人間の活動が自然界に害を及ぼすことなく溶け込んでいるヒューマンスケールの集落である」と定義されている。すなわち、それは、平和的に相互依存的な集団生活を営む持続可能な共同体である。p5

 エコビレッジは、目的共同体のなかでも、最も革新的で最も可能性のある形態である。しかも、私は、世界に広まる環境保護運動の先頭に立って2つの深遠な真実を統合させると信じている。その1つは、人間生活は小規模で協力的・健康的な共同体においてこそ最善の状態にあるということ、もう1つは、人間性を追求する唯一の持続可能な経路は伝統的な共同体生活復活と向上にしかないということである。p9

 (エコビレッジの定義は)人類の健全な発展を支え、限りない未来にうまくつながる方法を採用することによって、人間の活動が自然界に害を及ぼすことなく溶け込んでいるヒューマンスケールの、生活のための機能が十分に備わった集落である。p12

 エコビレッジは、さらに他にも現代的な数多くの系譜によって構成されている。1960年代から1970年代にかけての大地への回帰運動やヒッピー運動は、主流派である物質主義的な価値観に対する若者たちの拒絶であり、人間同士が再び相互に理解し信頼関係を築くことへの切望、欧米での共同体の再現を試みる多種多様な実験の着手を象徴していた。p16

 エコビレッジを形成する運動は、おそらくグローバル経済への従属に対抗する最も包括的な対応手段である。世界中で、人々は現代生活の特徴である、浪費、公害、競争、暴力から抜け出そうとする共同体を構築しつつある。p23

 エコビレッジは、生態系の回復、共同体の強化、地域経済の振興、精神的洞察力の深化などの観点から、社会の大きな目的に貢献しているものであると見なす傾向がある。ほとんどのエコビレッジは、世界中の多くの人々に、自らの教訓と見識を伝える方法として、教育的な活動やその他デモンストレーション運動に携わっている。p27

 まさにエコビレッジという概念がはたして首尾一貫性を保持するのか、という疑問を持たれるのも当然である。エコビレッジという言葉がそうしたさまざまな環境・ビジョン・戦略を説明するのに使用されているならば、その言葉がもつ本当の意味を保持することができるであろうか。私はできると思う。なぜなら、それは、5つの基本的特性に基づいているからである。どのエコビレッジも、程度の差こそあれ、以下の5つの基本的特性を共有していると見なすことができる。p42

 第1は、人間社会のおける共同体(コミュニティ)の卓越性である。エコビレッジは、おそらく何よりもまず、現代の危機的状況が生みだした疎外や孤独への対応である。それは、有意義な共同体において再び他人と結びつきをもち、ヒューマンスケールの社会において有用で尊重される住民になりたいと考えている人々の渇望に答えている。p42

 第2は、エコビレッジは、程度の差があるにせよ、すくなくとも初期の段階では共同体における住民自身の資金・創造力・ビジョンに全面的に依存する市民の新たな取り組みである。大体において、こうしたことは、政府や他の公的機関に対して広く行き渡った不満と、それらと、仲たがいにも起因している。p42

 すべてのエコビレッジに共通する第3の明らかな特徴は、それらの共同体が、自分自身の資源の支配権を取り戻すことに取り組んでいることである。突き詰めて考えれば、それは、自分自身の運命に対する支配権を取り戻すことである。p43

 エコビレッジのすべてに共通して見られる第4の特徴は、どんなエコビレッジの中心にも価値観が共有される強固な主体が存在することである。それは、いくつかのエコビレッジでは「精神性(spirituality)」という言葉で説明されている。これは、やや論争のある主張である。というのは、一群のエコビレッジの内部にも外部にも、その言葉に疑いを抱いている多くの村民がいるからである。44

 共通する最後の特徴は、第4の特徴と密接に関連しているもので、エコビレッジは、それぞれの分野の実地調査と専門性における研究、デモンストレーション、そして(大抵の場合)トレーニング・センターとして機能しているということである。p45

 (エコビレッジとは)民間人による新たな取り組みであり、そこでは、共同体主義者による推進力が何よりも重要である。それは共同体の資源の支配権をある程度取り戻すことを目指し、(しばしば「精神性」と呼ばれる)強固に共有された価値基盤をもち、研究やデモンストレーションそして(多くの場合)トレーニングセンターとして機能している。p45

 エコビレッジを形成する論理的根拠の非常に重要な部分には、人々がより健全でより持続可能なかたちで自然界に溶け込み、より地球に優しい人間用の住居を形成したいという要求がある。p49

 ローテク、ハイテクを問わず、エコロジカル・フットプリント指数の値を大幅に低下させるほとんどのエコビレッジに見られる顕著な特色は、程度の差はあるにせよ、調和のとれたホ―リズム的性格であり、エコビレッジ内部での資源循環を高め、外部からの投入量の削減を可能にしている。例えば、台所の生ゴミは、容易に堆肥として共同体の庭に利用できるし、共同体の森林を定期的に伐採することによって、住民の暖房用ストーブや木質ペレット暖房装置に燃料を供給し、バイオ技術を使って処理された廃水は食糧生産地域で利用され、伐採された木材や廃材は新たな建設事業に使用されている。p55

 比較的最近まで、ほとんどのエコビレッジ教育は現実には非公式なものであり、正規の学校や大学に基づく教育過程とは無関係で、一般に公認されていない講座に出席するために、各々の個人が授業料を支払ってきた。こうした性格の講座では、パーマカルチャーやエコビレッジの設計、再生可能なエネルギー・システム、美術工芸、興行芸術、精神性など、様々な内容を扱っている。p82

 従来の教育システムと教授法の制約から逃れて、共同体全体を壮大な社会的・技術的な実験室であり教室として利用する便宜が与えられているので、エコビレッジはこの種の教育の包括的な設計と提供において熟達した存在となっている。数多くのエコビレッジは、卓越した研究教育拠点として国内外で認められ、その結果としてこれまでに数多くの賞を受賞してきた。p83

 エコビレッジは、多様な領域において新たなモデルを開拓している。有機農業、地域支援型農業(CSA)、建築技術、障害者と健常者を包摂した集団、地域通貨、太陽エネルギー技術、バイオ技術を使用した廃水処理プラントなど、その後より広範囲にわたり一般社会に採用されるようになる新たな技術あるいはモデルを導入する先頭に、いつもエコビレッジが立っているので、人に強い印象を与えているのである。

 技術革新を導入する場合、エコビレッジは、他の変革主体と比べて、より速く、より大胆に行動できるという特性を持っていることは明らかである。エコビレッジが小規模であること、そして価値観が共有されているということは、明らかに良い結果をもたらしている。また一方で、等しく重要なことは共同体としての側面である。p87

 無邪気に「どのようにしてエコビレッジを形成するのですか」と訊ねる人々は、単純で有益な回答をめったに得ることができない。この10年間にわたって期待されたほどには、エコビレッジは急増しなかった主な理由の1つは、ほとんど間違いなく、エコビレッジの住民となることを志望する者が従うべきひな型が欠如していたということだ。そうしたひな型の形成は、エコビレッジ推進運動の前にはだかる大きな仕事の1つである・・・。p95

 エコビレッジの創設において、中核となるグループを確認し、土地を見つけ、地域計画当局に働きかけ、投資資本を調達し、適切な法体系を作り、建物を建設し、どのようにして所得を得るか、どのようにして所得を分配するかという意思決定機構を決め、利害対立を処理するなどの、エコビレッジの形成に関わる第一歩は決して簡単な仕事ではないということは、確かな事実である。それにもかかわらず、一般的に認識されるひな型あるいはモデルと見なされるケースが欠如していることによって、しばしば将来エコビレッジとなるつもりの各新規グループが一からやり直すはめになっているのである。p108

 エコビレッジの複製を容易にするひな型を形成する問題に関して、最後のポイントは、エコビレッジ内部には、とりわけ個人が自分の家屋の設計や建設に関わりたいという要求に表れているように、強い無政府主義的傾向があるということである。エコビレッジにとって、このようなぜいたくが相変わらず適切で入手可能なものなのか、と問いかけるのは、時機を得ているかもしれない。p110

 この提案事項には、以下のものが含まれている。
●当該プロジェクトには、自動車使用を最小限に抑える計画が用意されている。
●当該プロジェクトには、ゴミの発生を最小限に抑え、可能なかぎり現地において再利用、再生利用を計画する。
●当該プロジェクトには、エネルギー保全、再生不能エネルギー源への依存度を徐々に実行可能な最小値にまで縮小する戦略を持っている。
●当該プロジェクトは、現地で追求されているいかなる活動も、近隣か社会一般に対して過度に迷惑な行為となることのないことを立証できる。

 こうした条件の導入は、見直し期間の設定と共に、かなり明白な利点をもたらす可能性と一体となって、地元当局にとってリスクの少ない戦略を作り上げるだろう。
P114

 歴史的文脈のなかで、エコビレッジが主流派社会に対して既存のものとは別の道に進むことを選択することはもっともなことである。主流派のなかでは、エコビレッジの住民たちが夢想する類の小宇宙的社会を形成することはほとんど不可能であったであろう。さらにまた、支配的なパラダイムから身を引いて、新たなパラダイムの形成に参加するという行為は、それに対する大胆な魅力をもっていた。エコビレッジは、自らの掌中に権力を収めることができる能力を示すことによって、大きな信頼を得たのである。

 世界は、今や大きな転換期にある。将来のエネルギー不足は、共同体には、エコビレッジがこれまでに開拓しつづけてきた道に沿った地域再生以外に選択の余地がないことを意味している。幾つかの点において、エコビレッジはきわめて独特であるが、その他の点においては、以前と比較してかなり「主流派」に近づいている。これまでの長期にわたり共同体に居住してきた者は、ヒッピーや変人としてより平凡な隣人たちの冷笑の的にされていたことは、それほど昔のことではなかったことを記憶しているが、現在では、共同体で開発した生態学的技術の視察にやって来る当局の代表団を受け入れている。

 これは、エコビレッジにとってチャンスである。このチャンスとは、「代替案になっている」安全なニッチをあえて残しておくことであり、今後数十年にわたって主流派社会を支援するという課題に熱意をもって喜んで応じることである。こうしたことを実現させるには、エコビレッジと地方自治体が相互に友好関係を表す歓迎の手を差し伸べる必要があるのである。p116

 この本からの抜き書きは2011/02/26にすでに掲載したものである。実に3・11大震災の2週間前のことであった。私たちの議論は、ここでストップしている。3年半以上の足踏み期間を超えて、今、新たにこの議論をもっと前に進めることはできるだろうか。

<6>につづく

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2014/10/28

「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る<11>

<10>よりつづく 
 

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「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る <11>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 翻訳 1986/03 めるくまーる社 単行本 p739

第一番目---「自己に対する知覚は起こらない」
これら四つの言葉は理解されなければならない
それはほとんど同義的、ただし「ほとんど」だ
self(自己、自我)
being(生けるもの、存在者)
soul(魂)
person(個人)
辞書のなかではこれらはほとんど同じだ
しかし仏陀はこれらにちがう色合いを与える
そしてこれらはちがう色合い、わずかなちがいを持っている
 

第一にselfは自我(エゴ)を意味する
自分を構成する五要素から切り離されてある、「私の」「私のもの」「私」を意味する
人間は五つの要素から構成されている
ただその五つの組み合わせにすぎない
その五つをばらばらにすれば、人間は消える
 

仏陀はその五つの要素よりほかには何も存在しないと言う
それはちょうど馬車のようなものだ
あなたは馬車の構成部分をばらばらにする
車輪を取り、馬を取り、その他のものもすべて取り払う
そうすると最後には、馬車がどこにあるか知りたくてもその馬車は消えている
それは馬車がそういう部分の組み合わせにすぎなかったからだ
 

これは仏陀の最大の洞察のひとつだ
ほかのどんな宗教もその高みまで行っていない
ほかの宗教はすべて、何かしらの「自己」「自我(エゴ)」という観念で止まってしまっている
どんなに洗練され、どんなに神聖で、どんなに美徳があるとしても
まだ何がしかの自我観念が残っている
あなたはそれを「自己」とか「魂」とか「真我(アートマン)」とか呼ぶ
それを何と呼ぼうと問題ではない
仏陀は、それについては
あなたの最も深い核心は空で構成されていることについては、非常にはっきりしている
そこには自我(エゴ)はいっさいない
 

「私」という言葉は便宜的なものにすぎない
それはどんなに現実にも一致しない
それは必要なものだ
仏陀でさえそれをつかう
それは意志伝達する手段としてはいい
それは指摘するが、そんな現実にも一致しない
だから第一の「自己」は、「私は構成要素から分離している」ということを意味する
仏陀は、あなたは存在しない、そこに存在するのは構成要素だけだ、と言う
あなたは全き<虚空>だ
 

第二はa beingだ
beingとは、「個」を意味する
つまり「異なる時間に自分を同じものだとみなす観念」を意味する
あなたは言う
「私はかつて子供だった
いま、私は若者だ
そしてやがて私は老人になるだろう」
あなたは自分が継続するものであるかのような観念をもっている
自分はかつて子供で、次に若者になったが、自分は同じままだ
これから年老いてゆくだろうが、自分は同じままだ、という観念を---
だが仏陀は、一瞬一瞬あなたは変化している、と言う

彼は完全にヘラクレイトスに同意する
あなたは二度と同じ川に足を踏み入れることはできない
川は流れつづける
子供であったときあなたはちがう個人であったし、いまのあなたは別の個人だ
年をとればあなたはまた別の個人になる
実際のところ、毎日あなたはちがっている
一瞬一瞬あなたはちがっている
 

「私は同じだ」というこの観念はなぜ持続するのだろう?
それが持続するのは、変化はごく微妙だがあなたの視覚はそれほど微妙でないからだ
それはちょうど夜に蝋燭をともすようなものだ
それは一晩中燃えるが、朝になるとあなたはそれを吹き消して言う
「私がいま吹き消している炎は同じ炎だ
そうではない
炎はたえず変化し、一瞬一瞬、消えては、新しい炎が生まれている
だが、二つの炎の間隔
一つが消えもう一つが生じるその隙間はあまりにも微妙で小さいのであなたには見えない
だから「個」、「存在者」というこの観念が持続する

仏陀は、生は過程だ、生は物のようではないと言う
それはたえまない動きだ
生は川だ
仏陀は言う
現実に忠実でありたければ、人は言語からすべての名詞を落とすべきだ、と
ただ動詞だけが真実だ
「川」は真実ではなく「川している」が真実だ
「木」は真実ではなく「木している」が真実だ
「愛」は真実ではなく「愛している」が真実だ
生は名詞からではなく動詞から成り立っている
 

次に第三のものはsoulだ
肉体の中に住んでいる超越的な力という観念
ほかのあらゆるものから分離し、統一や生気を与える力という観念だ
それもまた、仏陀は「超越的な力」もまた存在しないと言う
あなたの内側に住んでいるものは何もない
あなたが家で、その家のなかに主人や住人がいるというわけではない
内側に住むのはただ純粋な<無>だけだ
 

そして第四はperson、存在するという観念だ
何度も生まれ変わり、転生する永遠不変の実体への信仰だ
これを仏陀は「個人person」と呼ぶ
あなたは死ぬ、そしてあなたの「個人」はただちにほかの子宮の中に生まれる
そこは継続性はあるが「個人」はない
継続するがそこには「自己」はない
継続はするがそこには「個」はない
継続はするがそこには「魂」はない
 

仏陀のこのヴィジョンはあまりにも独特だから
この国でさえ、これほど宗教的なインドでさえ、それをのみこむことができなかった
まるで仏陀が宗教の土台全部を破壊しようと決めてしまったかのように感じられたのだ
彼はまったく新しいヴィジョンを与えていた
魂、自己などという普通の観念よりもはるかに高いヴィジョンを---
なぜならそういう観念のなかに、あなたの自我(エゴ)はかたちを変えて隠れつづけるからだ
それらは、自我(エゴ)が存在し、生き存(なが)らえてゆくための道にほかならない
仏陀は言う
 

   それは何故か?
   スブーティよ
   これらの菩薩たちには
   自己に対する知覚は起こらないからだ

人が内側に向きを変えたとき
あなたの意識が内側に転じて、あなた自身の存在をのぞきこんだとき
そこには何も見つからない
 

   自己に対する知覚は起こらない
   生けるものに対する知覚は起こらない
   魂に対する知覚は起こらない
   個人に対する知覚は起こらない

これら四つのものはただちに溶け去る
 

   またこれらの菩薩たちには
   法(ダルマ)に対する知覚は起こらない

法(ダルマ)とは生における肯定的な要素を意味する
非法(ノーダルマ)とは生における否定的な要素を意味する
肯定性と否定性---
仏陀は、それらでさえ真実ではなく消えてゆくものだ、と言う
ダルマに対する知覚は起こらない
あなたは内側で肯定的な現実には出会わない
あなたは内側で否定的な現実にも出会わない
あなたが出会うのはただ全面的な<無>だ
 

そして憶えておきなさい
その<無>は、非現実、否定性と同義に考えられるべきではない
<無>とは、たんに肯定的でも否定的でもないということだ
両方とも消えている、そこにあの二元性はもうない
それは完全な沈黙だ
何も見つからず、あなた自身さえ見つからず、あなたは自由になっている
あなたが自由になるのではない、あなた自身から自由になるのだ
ほかの人たちが自由のことを話すとき
彼らはいつも「あなたがそこにいて、自由だ」ということを意味している
仏陀が自由について語るとき彼は言う
あなたは排除される、あなたはそこにいなくなる---と
どうしてあなたが自由のなかにありえよう?
もしあなたが自由のなかにあれば一種の監禁がある
あなたがその監禁だ
あなたが自由になることはできない
あなたがいないとき、自由がある
あなたがあるとき、自由はない
 

そして第七番目、非知覚---
そこに見る対象が何もないとき
どうやって「それは知覚だ」ということを見ることができよう?
自己もなく、肯定性もなく、否定性もない
見るべきものは何もない
見るべきものが何もないときには
「ある知覚が起こった」ということを見ることはできない
知覚は知覚すべき何かを必要とする
だから第七番目のことは、知覚はいっさいない、ということだ
だがそうなったら、あなたは「では非知覚はあるのか?」と言いかねない
仏陀は言う
見る者も見るべき物もないとき、どうして非知覚がありえよう?
彼は自我(エゴ)のあらゆる根、自我(エゴ)のあらゆる微妙な在り方を破壊している
 

これらが八つの障害物だ
これらがことごとく消えたとき、人はボーディサットヴァだ
 p290 OSHO 「<光明>の味」

<12>につづく

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2014/10/27

「おとなのiPhone 」一目置かれる使いこなし術 高橋 浩子<1>

Photo 
「おとなのiPhone」 一目置かれる使いこなし術 <1>
高橋 浩子(著), パソカレッジ(監修) 2014/5 技術評論社 単行本(ソフトカバー): 208ページTotal No.3333★★★★★

 私ぁ何も、一目置かれる必要はないけれど、訳あってiPhoneにしようと思う。この本、別にまだ読んでもいないが、Kindleのサンプルでざっと見る限りいいではないか、と思う。同じような本で、大人のためのiPhone」(2010/09日経BP)という本もあるが、Kindle版もないし、発行が4年も前だ。

 別にスマホは初めてではない。すでにアンドロイドを2台使って、いまはiPadを必要に迫られて使っている。だから、本当はズブの初心者ではない。私は正直言って、今のガラケー+モバイルルーター+タブレット、という環境に、別に不足は感じていないのである。

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 しかるにである。ここで問題がでてきた。一つは、モバイルルーターという奴が、二年縛りで更新月が近付いていること。この縛りという仕組みはズルイと思うのだが、ようやく二年縛りが終わって安くなるもんだと思っていたら、実は、逆に高くなるという。おいおい!。その差額、月にして1500円! ええ、冗談でしょう・・?

 二つ目は、モバイルルーターの通信可能エリアの問題である。現在の私の行動範囲であれば、すでにLTEと3Gでカバーされていて、特に問題はなかったのであるが、ここに来て「山の椒」エコビレッジにいくことが多くなり、このエリアがどうも電波が網羅されていないのである。

 聞くところによれば、一部に電磁波過敏症というデリケートな人々もいるらしいので、そういう人たちにとっては山の椒みたいな森の中は、むしろオアシスかもしれない。だが、私は現在そういう症状は発症していないので、ネットが繋がってくれるほうが優先する。

 であるなら、と、山の椒に固定有線回線を張って、WiFi電波を飛ばすこと考えてみたが、こちらは1ギガ何とかとかいう最新最速の環境は作れるらしいが、月々の使用料が別途かかる上に、4万坪の森をすべて網羅してくれるということはなさそうなのである。

 そこで、モバイルルーター各社のデモ機を借りたり、山の椒に来てくれた友人たちの環境を聞いてみているうちに、結局私はiPhone6plus + docomoという選択をしたのである。

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 大人の、と言う限りは、回線はdocomoでしょうw。私は一貫して13年間docomoユーザーだった。iPhoneを使いたいために他社にNMPするなんて浮気者ではない(爆) 地域格差はあるだろうが、山の椒はdocomoと相性は悪くなさそうだ。

 機種は最新のiPhone6の、さらにplusを選ぶことにした。画面が大きいのはいい。もともとディスプレイは4インチ、5インチのアンドロイドを使っていたのだが、6plusは5.5インチを選ぶことにした。老眼鏡族の友人たちも、そこまで大きくなくていいだろう、というが、いやぁ、タブレットに慣れてしまった私の目には大きいほうがいい。そしてポケットに入る程度に収まってくれる必要もある。

 容量は64G。タブレットは16Gの最小のものだったが、やはりアプリや動画を入れるとすぐ一杯になる。他の端末を持ち歩かずにiPhone一本だったら、多いにこしたことはないだろう。色など、なんでも良かったのだが、スペースグレイが一番人気で一番品薄だというから、これにした(笑)。

 いろいろシュミレーションしてもらったが、私の場合は、上の三つの機種を持ち歩くより、このiPhone一個を持ち歩いて不足ないなら、これはベストである。しかも、こちらのほうが経費が安くつく。タブレットやパソコンは必要であれば、テザリングして繋げばいいだろう。

回線の使用容量の問題もある。とりあえず月2G+1G(サービス)=3Gの予定。自宅では自宅WiFiを使うので問題なし。

外出時にどれだけ使うかは、やってみないと分からない。オーバーするようであれば4G+1G(サービス)=5G/月に変更の予定。

料金は1500円アップになるらしいが、ユーザー歴10年以上だと500円/月割引になって結果1000円アップにとどまる。

更には2年後には機種代がなくなるので月1500円安くなるので、この組み合わせだと、むこう4年間は大丈夫かな。

2年後、4年後にはどうなっているか、経過してみないと分からない世界だが。

 とまぁ、ここまでが、今日のところの皮算用である。すでに予約したので、あと数週間内には入荷するそうだ。計算どおり、うまくいくかな・・・・・。

<2>につづく

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石川裕人戯曲集「時の葦舟」三部作<15>

<14>よりつづく

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「時の葦舟」三部作 石川裕人戯曲集<15>
石川裕人 2011/02 Newton100実行委員会 単行本 p262 石川裕人年表
★★★★★

 早いもので「さすらいの夏休み」カテゴリも、まとめ部分を除けば、あと4つの記事で終了である。ましてや次のカテゴリ名「YAH MAN OSHO」を見つけてしまった後は、すでに次のステップへと小走りになってしまっている。

 だがしかし、ここはグッと留まって、現在のカテゴリをとりあえず終了させる作業の方を優先させよう。そこで、あと4つ。何をどう書こうと逡巡していて、この本をまた思い出した。そうそう、この本がベースにあったのだ。

 ニュートンの戯曲にあずかり、当ブログではカテゴリ名を「時の葦舟」、「無穹のアリア」、「さすらいの夏休み」と名付けてきた。「時の葦舟」では、3・11における飯沼勇義史観をベースにした。「無窮のアリア」では、ホツマツタエがベースになってはいたが、次第に我らが時代のカウンターカルチャーの歴史に移行していった。

 そして「さすらいの夏休み」は、獏原人から、やがては山の椒へと移行し、ついにまたOSHOに戻る、という図式になった。

 はてはて、これはこれで構わないのだが、「時の葦舟」は全体のタイトルだし、三部作というかぎり、あともう一つのタイトルはなんだっけ? と見直して、そもそもはこの本は「絆の都」からスタートしていたのだ、ということに、ようやく気付いた。

 当ブログとしては、明記しなかったものの、「時の葦舟」カテゴリが始まった時点で、実際には「絆の都」は始まっていたことになるので、これはこれで、完結したことにして構わない。

 しかし、「YAH MAN OSHO」の意味合いは、実は「絆の都」とかなりオーバーラップしているのである。だから、「YA~」を引っ込めて、「絆~」を次のカテゴリ名にすることも可能ではある。しかしそれはやめておこう。

 意味的には「YA~」は「絆~」と同等である。だから表の表記は「YA~」にしておいて、裏意味に「絆~」をしっかり仕込んでおこう。

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2014/10/26

「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー<10>

<9>からつづく

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「For the Children 子どもたちのために」<10>
ゲーリー・スナイダー (著),  山里 勝己 (編集, 翻訳), 高野 建三 (写真) 2013/04 新泉社 単行本: 143p

 再定住者(Reinhabitory)

 リインハビトリー --- 再定住者とは、(800年間続いた文明の果実を集約したか、あるいは浪費しただけの)工業社会を離れ、再び土地に回帰し、場所に戻っていく小数の人たちを指す言葉である。

 この中には、すべての存在の相互依存性と地球の限界を合理的かつ科学的に認識した上で行動している者もいる。

 しかしながら、ひとつの場所にコミットし、さらにはその場所に凝縮している日光と緑の植物のエネルギーを活用しながら生活していくことは、肉体的にも知的にもひどく厳しく、それゆえ、これは倫理的・精神的な選択であるともいえる。

 惑星間空間での運命とのランデブーが人類を待ち受けていると予言した人たちもいる。なるほどそれはそうかもしれない-----。しかし、我々はすでに宇宙空間を旅しているのである。まさに、ここが、銀河系なのだから。

 何千年にもわたって、自らの知識と体験で直接に自分の内と外、宇宙を観察した者たちの持つ知恵と技術を我々は「オールド・ウェイ----古い道」と呼ぼう。

 将来にわたってこのようなことを学び続け、人間が太陽と緑で生きる地球を想像する者は、あらゆる科学、想像力、力、政治的技巧を用いて定住する人びと---世界の先住民や農民---を支持する以外に選択は残されていない。

 彼らとの共同戦線を張りながら、我々は「リインハビトリー --- 再定住者」になるのである。それから、我々は「オールド・ウェイ---古い道」を少しづつ学び始める。それは、歴史の外にあるもの、永遠に新しいものなのである。

 「再定住」『惑星の未来を創造する者たちへ』より p20

<11>につづく

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「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る<10>

<9>よりつづく

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「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る <10>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 翻訳 1986/03 めるくまーる社 単行本 p739

ブッダがダンマの車輪を転じたら
それが完全に止まるには二千五百年かかる
それは五百年ごとに勢いを失いつづける
したがって、それらがダンマの五つ時期になる
五百年経つごとに、ダンマはだんだん衰え、だんだん減じてゆく
そして二十五世紀後には、その車輪はもとのように止まる
それをさらに次の二十五世紀まわすためには、もうひとりのブッダが必要だ
これはまれな現象だ
スブーティが仏陀に訊ねたのはほんとうに興味深いことだ

 

    「未来の世に
    最後の時に
    最後の代に
    最後の五百年代に
    良い教えが滅びる頃になって
    この経典の言葉が説かれるとき
    その真理を理解する者たちが誰かいるでしょうか?」

    世尊は答えて言われた
    「スブーティよ
    そのように言ってはならない
    そうだ その時代でも
    この経典の言葉が説かれるとき
    その真理を理解する者たちがいるであろう
    なぜなら
    その時代でさえも スブーティよ
    菩薩(ボーディサットヴァ)たちはいるからだ
    そしてその菩薩たちは スブーティよ
    ただ一人の覚者(ブッダ)を敬った者たちではなく
    ただひとりの覚者の許で善根を植えた者たちでもない
    それどころか スブーティよ
    この経典の言葉が説かれるとき
    たとえ一念だけでも
    静かに澄んだ<信>を得る菩薩たちは
    何十万という多くの覚者たちを敬い
    何十万という多くの覚者たちの許で
    善根を植えてきた者たちなのだ
    彼らは スブーティよ
    仏智によって如来に知られている
    彼らは スブーティよ
    仏眼によって如来に見られている
    彼らは スブーティよ
    完全に如来に知られている
    そして彼らはすべて スブーティよ
    測り知れない 数えきれない功徳を積むであろう」

 

仏陀はあなた方のことについて語っている
この経典はあなた方に向かって読まれている
二十五世紀が過ぎた
スブーティはあなた方のことについて訊ねていたのだ

先日、私はあなた方に言った
「あなた方の多くはボーディサットヴァになる
あなた方の多くはその途上にいる」
スブーティがこういう質問をしたというのは不思議なことだ
そしてもっと不思議なのは仏陀がこう答えていることだ
「その二十五世紀後の人々はおまえより不運ではない
むしろ、お前より幸運だ」

なぜか?
私は何度もこう言ってきた
あなた方はいにしえの者たちだ
あなた方は何度も何度もこの地上を歩いてきた
あなた方がダンマを聴くのはこれが初めてではない
あなた方は過去生において多くのブッダたちに巡り会ってきている
あるときはクリシュナのような人だったかもしれない
あるときはキリストのような人だったかもしれない
あるときはマハヴィーラのような人だったかもしれない
あるときはマホメットのような人だったかもしれない
だが、あなた方は多くのブッダたち、多くの光明を得た者たちに出会ってきた

あなた方はこれほど多くのブッダたちを知って幸運だ
あなた方がもう少し敏感になったら
過去のブッダたちによってあなた方のなかに播かれたすべての種が
芽を出し、開花しはじめる
あなた方は花咲きはじめる-------
p182「ダンマの車輪」

<11>につづく

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2014/10/25

「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る<9>

<8>よりつづく

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「ダイヤモンド・スートラ」 - OSHO 金剛般若経を語る <9>
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 翻訳 1986/03 めるくまーる社 単行本 p739

 世尊は言われた
  「もしだれか菩薩(ボーディサットヴァ)が
  『私は調和ある仏国土(ブッダフィールド)を創造する』と言うなら
  彼は虚言を弄することになる
  何故か?
  『仏国土の調和』とは、スブーティよ
  如来によって無調和として説かれているからだ
  それだからこそ如来は『調和ある仏国土』のことを語った」

さて、理解するがいい
誰かが「私は仏国土(ブッダフィールド)を造り出す」と言い、その強調が「私」にあったら
そのときには、その言辞は偽りだ
まだ「私」が生きている人間はブッダフィールドを創り出すことはできないからだ
自分の中に「私」がまったくない人間だけがブッダフィールドを創り出すことができる
実際のところ、そうなったら「彼が創り出す」というのも正しくない
言葉は不十分なものだ 
 p561「第9章 浄土楽園」

 現在走っているカテゴリ「さすらいの夏休み」も、あと残すところ10個ほどの記事を書けば終了となる。そもそもは、わが竹馬の友・石川裕人(ニュートン)の戯曲から借りた名前だったが、福島双葉郡の獏原人村「満月祭」に参加したあたりから、当ブログは、夏休みをずっとさまよっていたようだ。

 ふと気付いてみれば、夏休みどころか、季節は移ろい、まもなく街にはクリスマスソングが流れる頃となっている。

 さて次なるカテゴリ名をどうしようか、と考え、しぜん菜園・山の椒にちなんで、「YAH MAN OSHO」とすることになった。山の椒YAMONOSHO)のアナグラムである。YAH MANは、レゲーシンガー三宅洋平などが多用するところの、掛け声の一つである。OSHOは、言わずと知れた、私たちの時代のエンライトしたマスターである。

 場合によってはYAH MANはYahoo!と同義であろう。

 さて次なるカテゴリを「YAH MAN OSHO」とした場合、どの本からスタートしようかな、と考えた。石川裕人蔵書市で求めた本は100冊にのぼり、まだまだメモすることはある。しかし、いつになったら終わるかわからない、それこそ「さすらい」の旅になりそうである。

 もしこの「さすらいの夏休み」に終止符を打つとしたら、結局は最初の一冊、「ダイヤモンドスートラ」しかないだろう。これはニュートンからの私へのプレゼントなのである。今、あらためて、ニュートンが蔵書していた本でOSHOを読む。

 それは私が読むのか、彼が読むのか。

世尊は言われた
  「もしだれか菩薩(ボーディサットヴァ)が
  『私は調和ある仏国土(ブッダフィールド)を創造する』と言うなら
  彼は虚言を弄することになる
  何故か?
  『仏国土の調和』とは、スブーティよ
  如来によって無調和として説かれているからだ
  それだからこそ如来は『調和ある仏国土』のことを語った」

 スペースを求め、そこを切り拓いた者が「私」を離れる時、ブッタフィールドは立ち上がる。

 企画を構想して、実現する場を探し求めてきた者が「私」を離れる時、ブッダフィールドが立ち上がる。

 そのリアリティに立ち会いたいと、さまよってきた者が「私」を離れる時、ブッダフィールドは立ち上がる。

世尊は言われた
  「もしだれか菩薩(ボーディサットヴァ)が
  『私は調和ある仏国土(ブッダフィールド)を創造する』と言うなら
  彼は虚言を弄することになる
  何故か?
  『仏国土の調和』とは、スブーティよ
  如来によって無調和として説かれているからだ
  それだからこそ如来は『調和ある仏国土』のことを語った」

 何はともあれ、「さすらいの夏休み」を終息させよう。そうすれば、おのずと「YAH MAN OSHO」は立ち上がるだろう。

さて、理解するがいい
誰かが「私は仏国土(ブッダフィールド)を造り出す」と言い、その強調が「私」にあったら
そのときには、その言辞は偽りだ
まだ「私」が生きている人間はブッダフィールドを創り出すことはできないからだ
自分の中に「私」がまったくない人間だけがブッダフィールドを創り出すことができる
実際のところ、そうなったら「彼が創り出す」というのも正しくない
言葉は不十分なものだ 
 p561「第9章 浄土楽園」

<10>につづく

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2014/10/24

今日の気分はこの3冊<7>エコビレッジ、サンショウ、パーマカルチャー

<6>からつづく

今日の気分はこの3冊<7> エコビレッジ、サンショウ、パーマカルチャー、

Img_3632

「世界のエコビレッジ」 持続可能性の新しいフロンティア
ジョナサン・ドーソン/緒方俊雄他  2010/09 日本経済評論社

 この本もまた素晴らしい。エコビレッジに言及している良書は少ない。とてもコンパクトではあるが、「持続可能性の新しいフロンティア」としてのエコビレッジを、学術的にも正確におさえている。

 邦訳は3・11大震災直前の2010/09にでているが、原書は2006発行である。素晴らしい内容については、もうすでに当ブログとしては抜き書きが完了している。このような本がもっと読まれ、共感している人々にもっと出会ってみたいものだ。

 持続可能性の文化を語る前に、それを可能とするスペースの問題がある。夢が夢として終わることが多い中、今、その可能性のあるスペースに立ち会うことができるのは大変ありがたいことだ。

「パーマカルチャー菜園入門」自然のしくみをいかす家庭菜園
設楽清和 2010/08 家の光協会

 パーマカルチャーについての良書も決して多くない。本家の「パーマカルチャー」 農的暮らしの永久デザイン(ビル・モリソン 他 1993/09 農山漁村文化協会)が素晴らしいのは当然としても、発行年代からすると、すこし古い。

 偶然ではあるが、こちらの「菜園入門」は、「世界のエコビレッジ」とほぼ同時に発行されている。3・11大震災の半年前に発行されているのだが、もしあの大災害がなかったとしたら、もっと、これらのムーブメントは進行しただろうか。それとも、3・11があったがゆえに、これらの価値が更に重くなった、と言えるだろうか。

 言葉は目新しいが、その内容は、日本人の、ましてや東北の農家で生まれ育った身になってみれば、決して新しいものではない。ちょっと前までの日本の風景は、このようなものであったはずである。しかし、であるがゆえに、TPP問題を出すまでもなく、日本の農業はすでに「終わって」いる。ゆえに、いまあらためて「パーマカルチャー」を考えることは、極めて有効だ。

「サンショウ」 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用 新特産シリーズ
内藤一夫 2004/04 農山漁村文化協会

 エコビレッジでパーマカルチャーをしよう、というキャッチフレーズに、リアリティをもたらすのはサンショウの木の繁る、しぜん菜園「山の椒」である。この二つの理想に橋をかける具体例として、その地に誘われたのは、すでに4年前のことであった。
 
 その準備に取り掛かった、まさにその時、私たちは3・11大震災に遭遇した。そのことは、このプロジェクトの進行に大きな影響を与えた。それまであったプロジェクトさえ一部中止に追い込まれたし、いたずらに時間ばかりが過ぎてしまった。

 しかし、ある意味では、それは私たちの行く手に、重みと新たなる深い意義を与えてくれた。さらにこの現実を超えて、新たなるリアリティへと歩んでいこう、そういう力を与えてくれる。サンショウ小粒でピリリと辛い。山の椒エコビレッジは、持続可能性の新しいフロンティアとして自立できるだろうか。

<8>につづく

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「世界のエコビレッジ」 持続可能性の新しいフロンティア ジョナサン・ドーソン<4>

<3>よりつづく

【送料無料】世界のエコビレッジ
「世界のエコビレッジ」 持続可能性の新しいフロンティア<4>
ジョナサン・ドーソン/緒方俊雄他 日本経済評論社 2010/09 単行本 145p より抜粋
★★★★★

 最近、ごく近くに「エコビレッジ」を標榜する会社ができた。名称から推測するに建築業、あるいは住宅ハウスメーカーである。

Imgp3008

 おそらく、関係はないだろうが、ずっと気になっているので、突撃取材を試みることにした。対応してくれたのは、若き技術者とも見える営業マン。この「世界のエコビレッジ」の表紙を見せながら、「何か関係ありますか?」と、ダメモトの質問してみる。

 両手を振りながら、あーそれは全然関係ありません、とのことだった。だろうね。だけどまた、どうしてこの会社名をつけたのだろう? と疑問をぶつけてみたら、あ~、それは社長がつけまして~、ということだった。

 特段に、この本でいうところのエコビレッジとは違って、そもそもが高断熱高気密といったエコハウス中心の住宅が得意で、まぁ、自分の会社で作ったハウスで村ができたらいいな、くらいの意味であろう、と推測した。

Imgp3010

 そもそもは福島県内にあった住宅メーカーらしいが、新しいマーケットを求めて次第に北上してきたようだ。何はともあれ、このようなネーミングが一般的になっているのだなぁ、とあらためて感心した。

 すぐ近くの住宅展示場にモデルハウスもあって、そういえば2年前くらいに、そちらもお邪魔して、内覧させてもらっているのだった。ソーラーシステムを標準装備していたり、天井を高くして空気の循環を考えたり、壁の材質をどうとか、いろいろ説明を受けたが、基本、よくある住宅メーカーのひとつ、ということであろう。(応対してくださった方々ありがとうございます)

<5>につづく

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「サンショウ」―実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用 (新特産シリーズ)内藤一夫<2>

<1>からつづく

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「サンショウ」 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用  (新特産シリーズ)<2>
内藤一夫(著) 2004/04 農山漁村文化協会 単行本: 190ページ
Total No.3332★★★★★

 薪づくりのために、枯れた間伐材をカットしようとしていたところ、どこからともなく良い香りがしてきた。それが山椒の小さな木だったのである。

Imgp2818
 枯れ木の間から芽をだしてきたので、ちょっと折れ曲がって、決して形がよいとは思えないが、それでも枯れやすい山椒としては、なかなか元気に頭をもたげてきた種類のようだ。

Imgp2941
 見渡してみると、たくさんの山椒の木を見つけることができた。山の椒エコビレッジの名に恥じない生態系である。

Imgp2978

 街に帰り、すぐ近くの親戚の家で山椒の話題をしたら、うちにもあるよ、という。拝見すると、蔦類に取り囲まれてはいたが、たしかにあの山椒独特の香りがする。さっそく、蔦類を取り除いてみると、なかなかの古木であった。まもなく60歳になる当主が子供の時に苗を貰ってきて植えたということだから、ほぼ樹齢50年ということだろうか。見事な太さである。

Imgp2979

 サンショウの収量は植え付け後10年目ぐらいがピークで、14年目あたりから徐々に減少してくる。これは樹が衰退してくるために充実した結果母枝の育成が困難になり、また一つ一つの房も小さくなってくるためである。さらに、果粒の着色や肥大も悪くなって品質の低下も問題になってくる。p86 「サンショウ栽培の実際」

 かつて花芽どきになると近所の人が芽を摘んで、佃煮にしたそうだが、最近は来なくなったとか。古老たちが亡くなってしまったからばかりではなく、この古木の樹精が衰えてしまったからかもしれない。

Img_3617
 それではと、最初に見つけた小さな苗を鉢上げして街に持ち帰ってみたが、いまひとつ元気がない。

 サンショウの鉢植えと栽培は、鉢の土壌がよく乾燥するので、常に注意し適正なかん水を行うこと。夏場や春は非常に土壌が乾きやすいので注意し、また、梅雨はかん水がすぎて湿害と酸素不足による生理障害が発生するので注意すること。

 冬季のかん水については、朝の10時ごろに行ない、決して午後にはしない。午後にやると、それが夜に凍結する原因となるので考えなければならない。

 また、鉢の表土の上には、常に水ゴケ、切りワラなどで土壌を保護する。かん水をたびたび行うので、敷き物がないと土がしまり固くなり酸素の供給が悪くなるので、十分水ゴケを施用して土壌の乾燥と固まりを防ぐ。そして常に土壌を適湿に保つことが大切である。p169同上

Img_3623

 サンショウの鉢植え栽培についての鉢の場所は大別して、冬と春は室内に、夏と秋は室外におくのが良いと思う。

 冬場は気温が低く、低湿障害を受けやすくなる。春でも萌芽期は霜害をこうむりやすいので、とくに夜間の置場所については十分検討しなければならない。

 夏や秋でも、雨が直接当たらない家の軒下で、光線のよく当たるところがよい。

 室内の置場所は、とくに日光の当たる明るいところがよい。p168同上

 なかなかデリケートな植物である。長いつきあいになりそうだから、これから少しづつ観察して、よりよい環境を作れるように、研究してみよう。

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2014/10/23

「マルチバーシティ・ジャパン」 多次元的な「新人類」の星へ<5>統合へのプロセス

<4>からつづく

Mvj

「マルチバーシティ・ジャパン事業」 多次元的な「新人類(New Man)」の惑星へ 科学と芸術と意識の融合のためのビジョン <5>
マルチバーシティ・ジャパン MVJ 2004/06 A5版 12P mixiコミュ PDF版あり

 さて、この企画書は2004年に作られたものである。すでに10年が経過しており、根幹を押さえてあるとしても、2014年のリアリティに基づき、各所においてバージョンアップが必要であることは言うまでもない。

 それらは今後、ひとつづつ改められるとして、まず、この「マルチバーシティ」という名称はいかがであろうか。

 そもそもは、単科大学カレッジが、総合大学ユニバーシティとなり、それがさらに拡大したものがマルチバーシティと理解されるのが一般的であろう。また、拡大しすぎて統一性を失ってしまった大学をマルチバーシティと称する、とした辞典もあったようだ。

 そもそもが、山の椒を大学という教育機関になぞらえることは適当かどうか。まずはそこからスタートする必要がある。

 そして、私たちがマルチバーシティという単語を使う場合、それは1988年に始まるOSHOとその門下の日本における歴史に思いを馳せる向きも多いに違いないのである。そのプロセスをこそ成就させたいと願う流れは、当然その名称を継続させるべきだ、と考えるかもしれない。

 あるいは、そのプロセスのあまりにも起伏の多い、長いストーリーに、挟雑音を感じ取る向きもあるかもしれない。

 しかし、意味的には、あの流れのプロセスであるし、また、この流れはその前からあった流れの伏流水みたいなものだ、と感じる人もいるだろう。

 いずれにせよ、この名前を使うこと自体、プロジェクトの大きな流れを決定づける。そもそも、もともとはOSHOマルチバーシティと名付けられるべきものだが、そこを外してあることも、話題となるポイントではある。

 1989年に先行して存在していた「伊勢マルチバーシティ」という企画書も、敢えてその冠の部分を外していたのが印象的だった。

 さて、それでは、「しぜん菜園 山の椒」という名称はいかがであろうか。こちらもまた奇しくも2004年に個人の家庭菜園としてスタートしたものだが、すでに10年の時間が経過している。

 そこでは数々の個人的な営みが行われてきたが、具体的には3・11大震災の影響と、オーナーの高齢化に伴う、環境の変化が現われている。Yo002

 実際には、大規模半壊した街の自宅の修復に時間がかかり、こちらの運営は手薄になってしまっているという実体がある。

 パーマカルチャーなどの立場から考えてみれば、しぜん菜園というのは、とても素敵な名前だと思うし、その後を使わしてもらっている私など、その、しぜん菜園まで復活させることさえ、個人的には大変だな、と感嘆している。少なくとも、オーナーのこれまでの取り組みには脱帽である。

 ここでひとつ余談ではあるが、山の椒という言葉の英語表記にはYah Man Oshoというアナグラムが、偶然に入り込んでいるのは、痛快である。

 また、この地から遡ること、私たちの共同性は1989年当時に、同じようなプロジェクトで、県内に数千坪の土地の可能性を見つけようとしていたことも、メモしておく必要があるだろう。

 それはそれとして、さて、これから何事か、多数の人々とワークを共有しようという時に、さらにイメージを重ねるためには、どうすればいいか。そこで、4年前、3・11大震災の直前に考えられたのが、エコビレッジという概念だった。

51cfesptlyl これまで、マルチバーシティの他に、共同体や、コミューン、リゾート、などなど、さまざまな呼称で、同一内容を表現しようとする試みが行われてきた。実際のスペースや、目的、集まってくる人々の中から、よりフィットした名称がいずれなじんでくるに違いない。

 他の人々の意見に同調して、私は現在の、そしてこれから次のステップを目ざす山の椒の名称はエコビレッジがふさわしいのではないか、と思っている。

 話題は大きく変わるが、名称の中にOshoを入れるかどうかは、かなり重大なテーマである。Oshoに関わる人びとにとっては、その名称を冠するかどうかは関心のあるところであるが、決してそれはOshoに関わらない人々を拒むという意味を持ってはいない。

 しかしながら、こちらがそう思っても、ある種の色付けで見られることはあり得ることであるし、それは善し悪しがついてくる。それはこれから集まってくる人々の意向が大きく反映されていくべきだと思うので、ペンディングにしておくに限るだろう。

 明確にしておきたいのは、山の椒のオーナーも、企画書を描いた人も、このブログを書いている私も、Oshoサニヤシンだということ。そして、サニヤシン以外の人々もプロジェクトに関わることを歓迎しているということだ。

 現実的に、いままで多くの友人たちが山の椒を訪れてくれ、協力してくれている。ひとつのネットワークを利用しつつ、さらに多くのネットワークにつながっていきたい、という意味では、意識のインターネットを拡大していきたい、というのが本当の願いである。

<6>へつづく

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「マルチバーシティ・ジャパン」 多次元的な「新人類」の星へ<4>山の椒におけるトリニティ

<3>からつづく

Mvj

「マルチバーシティ・ジャパン事業」 多次元的な「新人類(New Man)」の惑星へ 科学と芸術と意識の融合のためのビジョン <4>
マルチバーシティ・ジャパン MVJ 2004/06 A5版 12P mixiコミュ PDF版あり

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マルチパーシティ・ジャパン事業」PDFファイル 9pより

 さて、この科学、芸術、意識のトリニティを、現在の山の椒のリアリティの中でほどいてみると、どういうことになるであろうか。

科学 SCIENCE 科学者のように、正確で客観的であること」

 現在の山の椒においては、すでに電灯線も配線され、光ファイバーも配線されている。別段にオフグリッドなどと気どらなくても、すぐにでも、電気があり、通信がある環境を得ることはできる。

 しかし、それでいいのか、という戸惑いがある。すでにある電気回線は最小限に活用することとして、より低電力で過ごせる環境の模索があっていいだろう。そして、みずから電力をつくる工夫も大切になってくる。

 ソーラーシステムは当然としても、環境としては風力発電も可能であり、水力発電も可能である。これらもまた投資をいとわなければ、直ぐにでもそれらを得ることができる。しかし、それでいいのか。

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 廃材や簡易システムを利用して、さまざまな工夫やアイディアを基として、より安価で、楽しみながら、システム構築していく方法の模索があっていいだろう。

 通信回線についても同じことが言える。すぐにコンテナハウスに光ファイバーを繋いで、WiFiエリアを作ることは可能である。ただ、それでは、山の椒14万坪全体にWiFiをいきわたらせることは無理である。

 将来的には全域で4GやLTEと言った高速無線回線が使えることがよいと思われるが、今は実験的な通信テストをやっているところである。一部キャリアのモバイル環境なら大丈夫のようだが、仕事として高速回線を必要とする人々にはストレスが残りそうだ。

 もっとも電磁波過敏症などに気を使っている人々にとっては、現在の山の椒は、逆説的な言い方にはなるが、きわめて電磁波からは守られているエリア、ということになる。

芸術 ARTS 詩人のように感じやすく、愛に満ちていること。」p2

 山の椒にいると、おそらく誰もが創造的な刺激を受けるだろう。あれもしたい、これもできる、ということになる。絵を描き、歌を歌い、踊りを踊る。あるいは自然を観察し、作物を実らせ、野性の動物たちの気配を感じる、ということを、したくなる。

 森は人をしなやかにし、詩人のような感受性を高めてくれるだろう。

Imgp2962
 おそらく、山の椒には、プロジェクトがいくつも立ち上がるだろう。そして、それらにはきっと完成とか終着点とかはないだろう。次々と生まれる創造的な刺激は、常にやってきて、それぞれの個性に合わせて、その楽しみ方が、常に新しい形で体験されることであろう。

 自然を学び、自然を愛することが、他人や自分を愛すること繋がり、全体意識へと拡大していくだろう。

「意識 CONSCIOUSNESS 神秘家のように自らの実存に深く根ざしていること。」p2

 さて、コンシャスネスと来れば、まずは瞑想スペースがどうなっているか知りたいところだ。基本、山の椒は、全体が瞑想スペースということができる。すでに、コンテナハウスやティピーばかりでなく、テントや、青空の下が、瞑想やセラピーの施設として使われ始めている。

 満天の星空のもとでアンドロメダ銀河を体験することもできるし、蔦の絡まる温室を、瞑想スペースとして使うこともできる。

 常住座臥が常に瞑想であるという理解に立てば、薪を割り、水を運び、草を刈ることそのものが瞑想であると言える。
Imgp2844
 山の椒に、人々がやってくるなら、学びもセラピーも瞑想も、自然とハプンすることだろう。一人であることの大切さを学び、他人を愛し、助け合うことの大切さに気付いたとするなら、それはもうすでに、私たちは神秘の世界に入っている、ということになるだろう。

 おそらく、「マルチバーシティ事業」として書かれた企画書の根幹は、十分、山の椒に置き換えることができる。

<5>につづく 

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2014/10/22

「マルチバーシティ・ジャパン」 多次元的な「新人類」の星へ<3>科学、芸術、意識

<2>からつづく

Mvj

「マルチバーシティ・ジャパン事業」 多次元的な「新人類(New Man)」の惑星へ 科学と芸術と意識の融合のためのビジョン <3>
マルチバーシティ・ジャパン MVJ 2004/06 A5版 12P mixiコミュ PDF版あり

Img_0002  「マルチパーシティ・ジャパン事業」PDFファイル 2pより

 「科学」、「芸術」、「意識」。このトリニティは、当ブログの骨格ともなっている根幹である。「意識」の部分は、他に、哲学とか、宗教とか、いろいろ当てはめる方法があるようだが、当ブログも「意識」のほうがピッタリくると思う。

 そう思うのは、お互い、OSHOの門下にあってみれば、ルーツは同じなのだから、当然と云えば当然である。

 科学 SCIENCE 科学者のように、正確で客観的であること」p2

 さて、科学と言えば思いつくことが様々あれど、当ブログの読書履歴としては、原子力発電とインターネットが、現代科学の二つの大きな話題であり、大きな課題であると認識している。原発に対する科学の姿勢としては小出裕章氏の研究やライフスタイルが、一番説得力があるようだ。

 科学の面からばかりではなく、経済的に考えても、人道的に考えても、当ブログとしては反原発、脱原発の道を選ぶしかないと判断しているし、おそらくマルチバーシティが発展する形の世界においては、当然そうでしかないと考えている。

 インターネットについては言わずもがだが、当ブログとしては、スティーブ・ジョブズの人生の軌跡が、実にみごとだったと思う。新しい技術については、常にオープンでいたいが、またチェック機能も十分働かせたい。

 芸術 ARTS 詩人のように感じやすく、愛に満ちていること。」p2

 芸術と言えば「農民芸術概論綱要」宮沢賢治を思い出す。思ったり、感じたりすることを、作ったり、表現したりすることは、重要な人間的な価値観である。創造的であることは、人間の基本的な資質であろう。

 この分野では、当ブログの読書履歴としては、ゲーリー・スナイダーに影響されるところが大きく、特に3・11大震災後の混乱期には大変な力をもらった。他、山尾三省ヘルマン・ヘッセなどにも共感するところが多かった。

 身近なところでは竹馬の友、石川裕人が常にそばにいてくれたのは大変有難かった。歌い、踊り、祭る、そのような芸術活動こそ、日常の最も大事な人間的な活動であるべきだ。

 「意識 CONSCIOUSNESS 神秘家のように自らの実存に深く根ざしていること。」p2

 この部分は、なかなか極めてデリケートな部分であり、最初から、瞑想という単語で括ってしまうと、それからが続かなくなってしまう。日常の中に、ひとつひとつの神秘を体験していくということがもっとも大切になろう。

 3・11大震災前の当ブログのカテゴリは「メタコンシャスネス」というところを走っていた。意識を意識する、というある意味、コンシャスネスに偏り、もたれかかった状態だった。そこから、3・11で当ブログは一気にカテゴリ「森の生活」へと矯正された。

 この分野においては、ZENや、マスターOSHOチベット密教などが、何事かを切り拓いてくれるだろう。

 「科学」、「芸術」、「意識」。この三つを柱とし、どこにも偏らず、常にバランスを取りながら、より中心にいることができるなら、それこそが、当ブログの目標でもあり、このマルチバーシティ企画書の、もっとも言わんとするところであろう。

<4>につづく

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2014/10/21

「マルチバーシティ・ジャパン」 多次元的な「新人類」の星へ<2>

<1>からつづく

Mvj

「マルチバーシティ・ジャパン事業」 多次元的な「新人類(New Man)」の惑星へ 科学と芸術と意識の融合のためのビジョン <2>
マルチバーシティ・ジャパン MVJ 2004/06 A5版 12P mixiコミュ PDF版あり

Img_3590
「マルチバーシティ」 Multiversity

多次元的な「新人類」の星へ。

「科学」と「芸術」と「意識」の
融合のためのビジョン。

Img_0002

◎多次元的に生きる、新しい人間。

リアリティの3つの相である
「科学」・「芸術」・「意識」を融合し、
三つの次元が同時に存在して、
多次元的に成長していくことを許す人。
それが未来の次元へと上昇していく新人類。

瞑想を基盤とした21世紀の
多次元的なユニバーシティが、
「マルチバーシティ」です。

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■マルチバーシティのビジョン 

■マルチバーシティ、教育の5つの領域

■マルチバーシティ・ジャパン構想案 

■新人類「ゾルバ・ザ・ブッダ」のコンセプト 

■大変革期における日本の役割 
(マルチバーシティを提唱する覚者OSHOの略歴) mixiコミュより

 この企画書は2004/06に作成され、すでにmixiのコミュで公開されていたものである。私がPDF版で受け取ったのは2011/2/15、それについてメモしたのがその翌日。あの3・11大震災のちょうど一ケ月前のことであった。

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 当時、私は山の椒エコビレッジ構想に共感し、その中にその実験地を作りたいと思っていた。企画書を書いたYoshiroも2011/05に現地入りし、その可能性を模索した。

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 あれから早いもので、すでに3年半の日時が経過した。

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 あれから、私たちのマルチバーシティは、どこまで進んだだろうか。

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 ハードとしての山の椒、ソフトとしてのマルチバーシティ、この二つがそれぞれに進化し、融合することはあり得るだろうか。リアリティとして、結実するのは、どんなものであろうか。

<3>につづく

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2014/10/19

「場所を生きる」 Poetics of Place ゲ-リ-・スナイダ-の世界<4>

<3>からつづく

【送料無料】場所を生きる
「場所を生きる」 Poetics of Place ゲ-リ-・スナイダ-の世界 <4>
山里勝己 2006/03 山と渓谷社 単行本 327p
★★★★★

  8月に思い立って山の椒を訪ねてみると、そこはこのところ放置されてしまったように、雑草の王国となっていた。活躍していたはずのダンプトラックもひっそりと蔦類に包まれていた。

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 周囲の草を刈り払い、外されていたバッテリーを充電し、さび落としを使ってバッテリーを取り付けてみた。ランプ類は稼働するまでになったが、スターターキーを回してもモーターが回らない。おそらく、そちらの配線もどこかはずれているのだろう。

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 ダッシュボードのポケットから、使用説明書やマニュアルを取り出して見ている。ひとつひとつが懇切丁寧に書いてあるが、自分の知りたいことには直接つながっていかない。

 おそらく、このダンプトラックが動きだすのは、あと何週間かかかることだろう。それまで、他の仕事と並行しながら、この車全体のことを学ぶ必要があるようだ。

 日本のアカデミズムの中にいる山里勝己のこの本を読みながら、あのダンプトラックのマニュアルを思い出していた。この本、ゲーリー・スナイダーについて、知りたいことは満載書いてあるのだが、今、自分が率直にすぐに知りたいことが書いていない。あるいは、そこに届くまで、時間がかかる。

 そもそも、今、この本を取り出したのは、なにか文章を読みたいからではなかった。モノクロの世界ではあるが、高野健三の写真が、いくつも挟まれていて、そのひとつひとつが、何事かを、直接的に働きかけてくれるような気がしたからだった。

 カメラを得意とする古い友人サキは、高野の写真を、思想性のある写真だ、と評した。聞き洩らしたが、アメリカかどこかのメーカーのフィルムを使うと、このような陰影のある画像になるという。

 今回は、本の裏表紙にあった、キットキットディジーの文字が気になった。

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 この本の英語のタイトルは、「Poetics of Place」となっている。おそらく、このタイトルは日本語版として、日本の編集者たちがつけたものだろう。 今、敢えてこのタイトルを見つけて、かつて1991年の「スピリット・オブ・プレイス」のことをまた思い出した。

 あの頃、私はプレイスよりもスピリットのほうに心寄せていた。身体としてのボディに対峙するのはマインドであろう。そのマインドがさらに透明化し無化して行けば、それはスピリットともいうべき精神性、霊性へと飛翔していくだろう。

 対する身体=ボデイもまた、拡大して環境=エンブロンメンタル=プレイスとなり、やがては、さらに大きな地球や宇宙に繋がっていくだろう。スピリット・オブ・プレイスというタイトルは、心身二元論を超えた、すばらしいネーミングであり着想であったと、今でも思う。

 仏教を含む東アジア文化と欧米文化の融合を試みる中で、スナイダーはひとつの「場所」から出発し、究極的には地球という惑星をその主題とする詩学を創造してきた。

それは従来の「世界文学」という枠組みを拡大し、自然環境と人間の関係性という視点を導入することで、「地球の文学」とでも呼ぶべきスケールを有するようになた文学である。このような文学をどう読むか、われわれの想像力が問われている。p267「終わりなき山河」

 さて、スナイダーは、プレイスに対する再定住という定義において、次のように語っている。

◆---いまふり返ってみると、ケルアックやギンズバーグは「移動」に焦点を合わせているように思えます。

スナイダー 旅や放浪。オン・ザ・ロードだね。

◆---自由のもたらす興奮や戦慄、場所を持たないことから生じる刺激的な生き方が一方で描かれたとすれば、あなたは結局は場所へと回帰していきました。

スナイダー しかし、自分がまだ場所を持たないでいる「プレイスレス」の状態のときでも、場所のことはずっと考えていましたよ。

◆---旅の途上でも、場所を探していたということですか。

スナイダー 旅の途上でも、ただ、そこを通り過ぎていくだけではなく、場所を場所として見ていたというkとです。p83 「インタビュウ--場所の発見」

 オン・ザ・ロードに対峙する形でプレイスを置いているのは興味深い。この辺が私をつよく引きつける要素であろう。

 心身はプレイスを得ることによって、さらに精神性=スピリットを拡大し、純化し、透明化していくようだ。

 スナイダーがきっときっとディジーを得たように、私もまたここに新たなプレイスを持ち得るかもしれない、という可能性を見ることは楽しい。

 思えば、この本を前回読んだのは3・11大震災から7ヵ月目の2011/10/19、今日からちょうどぴったり三年前のことであった。

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2014/10/18

「サンショウ」―実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用 (新特産シリーズ)内藤一夫<1>

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「サンショウ」 実・花・木ノ芽の安定多収栽培と加工利用  (新特産シリーズ)<1>
内藤一夫(著) 2004/04 農山漁村文化協会 単行本: 190ページ
Total No.3332★★★★★

 山椒はポピュラーな山菜および作物ではあるようだが、関連の書籍は多くない。わが図書館を検索すれば、ほとんどこの一冊があるのみである。

 取り寄せてみると、なんとも見覚えがある表紙である。以前読んだのかなと錯覚したが、じつはこれ、角田公次著「ミツバチ」―飼育・生産の実際と蜜源植物 新特産シリーズ(1997/03 農山漁村文化協会)と同じシリーズの中の一冊であり、表紙は同じフォーマットを使っているのだった。

 サンショウは、実、花、葉、樹皮(甘肌)、幹(材)までほとんど捨てるところがなく、料理や佃煮、塩蔵、漬物、香辛料、漢方薬、香料、薬用、すりこぎ、箸、杖など、幅広く加工利用されている。

 経営的には、従来の実・花・葉サンショウの露地栽培、木の芽の周年栽培などに加え、最近では施設栽培も取り組まれており、作型は豊富になっている。それにより、流通も市場出荷から契約栽培などまで、幅広く行なわれている。p1「まえがき」

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 山の椒においては、以前よりサンショウの宝庫であると言われてきたが、コンテナハウスのリフォームなどを優先していたために、まだその生存環境を確認しないでいた。ところが、薪割りをしようとして古材を見に行ったところ、実にほのかな匂いがした。これがサンショウだったのである。

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 よく見ると、コンテナハウスの脇にも群生するかのように、身の丈3メートルもあるようなサンショウの木が見つかった。赤い実がなっている。軽く歯で噛んで見ると、たしかにあの懐かしいような、サンショウの味が口のなかにひろがり、ほのかに残る。

 最近、実サンショウの鉢植えが、観賞用としてよく売れている。とくに、若者のあいだで鉢植えの需要が増えているという。サンショウを一鉢購入(5000~1万円)しておけば、そう手間をかけず8カ月間さわやかな芳香と緑を楽しめるだけでなく、日常の家庭料理にも利用できるので、割安感もあり人気を呼んでいるようだ。

 これも自然指向や本物志向の表われと思われるが、社会情勢の変化とともにサンショウの需要も変化してきている典型的な例といえる。p 21 「今なぜサンショウなのか」

 おや、それほど高価に取り引きされているものなのか。とするなら、あの辺の何本かを鉢植えにすれば、え~と、何万円になる~~~、などと捕らぬ狸の皮算用を始めてしまいそうだ。それにしても、コンテナハウスの周囲だけでこれだけあるのだから、森全体では、どうなってしまうのか、というほどのお宝が眠っていることは確かなようだ。

 サンショウは鳥獣害の被害を受けにくい。それはシトロネラールを主成分とするサンショウ油と、サンショールと呼ぶ辛味成分のほか、ゲラニオールなどの芳香精油が含まれているためである。強烈な辛味成分を鳥獣類がよく知っていて、よりつかないのである。

 鳥獣害の心配が少ない数少ない作物の一つとして、サンショウをもっと中山間地に積極的に導入すべきだと考えている。p26同上

 これは願ったりかなったりである。山の椒においては、すでにニホンミツバチ養蜂が試みられているが、収穫は確かにあるものの、熊を初めとする鳥獣害の比率が大きく、あれこれ工夫がされたものの、拡大は難しい、と結論がでている。

 昔から、「サンショウの実をとりながら歌をうたうと樹が枯れる」といわれている。その根拠があるのか、栽培している現場圃場で株を掘って調査してみたところ、三年生くらいでも根は深さ1mくらいまで伸びている。

 しかし、その根は繊細で、軽く息を吹いただけで切れてしまう状態で、ホウレンソウなどの野菜の根よりよほど弱く、歌をうたう程度の振動でも切れてしまうほどだということが確認できた。

 また、根はストレスや刺激など環境にも弱く、デリケートである。したがって施肥も、化学肥料は避け、有機肥料を用いる。p27同上

 なるほど、頑固な香辛料のイメージから、頑丈な植物なのかなと思っていたが、これがなんともデリケートな存在であったとは、なかなか爽やかな気分になる。

 この本、その名のとおり、新特産シリーズということで、産業としてのサンショウとの付き合い方に特化されており、当山の椒のスタッフとしては先走りのような気もするが、類する書籍はほとんどないので、将来的には、非常に貴重な一冊となるに違いない。

 サンショウは、しぜん菜園山の椒のシンボルなのである。

<2>につづく

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2014/10/17

「ノー・ネイチャー」 スナイダー詩集 <3>

<2>からつづく  

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「スナイダー詩集 ノー・ネイチャー」 <3>
ゲーリー・スナイダー/著 金関寿夫/訳 加藤幸子/訳 2002/01 思潮社 単行本 233P

目が覚めると、自分はまだ街の事務所の簡易ベットの上に寝ている。
10月も半ばというと、体が冷える。寝袋の他にもうひとつ、毛布が必要になってきた。
体を温めるため、風呂に入る。夜なかの2時半。他の家族が入ったほとぼりが残っている。
電球を消したまま、しばし沈黙の中にいる。去来するのは、やりたいことのリストばかり。

心はすでに森に飛んでいるが、ひとつひとつを整理するために、ブログをいくつか書きあげる。
今日はゴミの日だからと、溜まった段ボール箱を片づけていると、腰に痛みがきた。
数日前から、その気配があったので、用心していたが、いよいよか。
年老いてからは、体の痛みは翌日ではなく、翌々日、あるいはもっと遅く来る。

だから昨日は、体を休めて、森におけるネット回線の調査などをしていた。
写真を撮ったり、コンテナハウスのレイアウトを考えたり。あるいは、将来的なログハウスやフラー・ドームの夢などを追っていた。
静かにひとりとぼとぼと歩いていると、いつもは遠巻きしている黒い烏が、ワーっと近くに舞い降りてきて、親しげに、あるいは、ちょっと小ばかにしたように、こちらを見ながら小首をかしげる。

その前の日は、丸太を割った。薪ストーブを設置したのだから、薪が必要だ。森にいると、薪ストーブはいい。あの暖かさと勇猛さ、薪を炊くために森にきた、とさえ言える。
先日、試し焚きは終わっているので、ひと冬でどのくらいの薪が必要か、ほぼ分かってきた。
だが、その薪割りに、今度は、私自身の体はついていくだろうか。

若い時は、体を使う仕事こそが本当の仕事だと思っていた。だから、道路工事、造園屋、測量技師助手としての山歩き、青果市場の配送、などなど、肉体労働、という言葉にさえ酔っていた。
だが、50過ぎあたりから、ちょっとしたことで、体が意見をいうようになった。目や、歯といった経年劣化組も、増えてきた。そして多少のことなら、我慢はするが、腰痛は、我慢できない。

腰痛と一言でいうが、その痛みは、あちこちに動く。前回こうだったから、今回もこうすればいいだろうと対策を練るのだが、そううまくも行かないことが多くなった。
温めたり、冷やしたり、動かしたり、固定したり、コルセットを巻いたり、杖をついたり。

整体院の院長である友人サキに言わせれば、年齢がそうなっているのだから、そう無理するな。とにかく体重を落とせ、そして、朝起きたら、布団の上で、短い時間でいいから体操をしろ、と言う。
体が痛い時は、この10代からの友人の言葉には従う気になるのだが、痛みが取れてしまうと、すぐ忘れてしまう。

もうひとりの古い友人であるYoshoroに言わせれば、Bhaveshはいつもやりすぎる。ほどほどにしなさいと、いう。
コピーライターの世界では結構ユニークな世界を描きだすのに、こちらの体のことと来たら、あまりにマトモ過ぎて、そうだね、とうなづく以外にない。
そこそこやるか。

そんなわけで、今日は朝から、体を休めて、スナイダーを読んでいる。
スナイダーの本も沢山あるが、読まずに図書館に返却することも多くなった。すでに何度も読んでいる本であるからだが、それ以上に、本を読んでいる暇がなかった。
具体的な、森での活動の、あれやこれやの構想が湧いて、それを書きとめる方が先だった。

この2ヵ月ほど、くるくる、たくさんのことがあった。
福島に行き、原発から24キロのところでキャンプした。その仲間たちのたくましさに圧倒された。
森への思いが再び盛り上がっているところに、森でバーベキューをやろうよ、と呼び掛けがあった。ああ、これを私は、ずっと待っていたのかもしれない。

オーナー・サマグロに許可を取り、草を払い、水路を清掃した。カマドを清掃し、薪を準備した。
テントを張り、実際の使い勝手を調べた。
あれこれあちこちの、小さな修理と、大きな決断。時には、壊し、時には作った。

コンテナハウスに窓を設け、薪ストーブを設置し、その暖かさに感動した。
杉材の伐採を若き友人ワタル君がしてくれたので、それを運び、薪割りの準備に入った。
森を歩き、ホップやアケビや、山椒の実を採取した。
クルミはもう終わっているのか、リスや他の動物たちに先をこされた。

私には、これから幾つかの夢がある。いや、いくつも、といったほうがいいだろう。
それでも、明確に、もっと絞り込んでいうと、二つある。
ひとつは、生まれたばかりの、わが孫たちと、ここでバーベキューをすることである。
もちろん、その前にメンバーや友人たちの多くを招待したい。
山の椒が、キッズ仕様になるには、もうすこし時間が必要だろう。

もうひとつはハグさんが、私に56歳と7ヵ月の祝いにくれた「ホワイトターラー」の直筆の絵を、この山の椒に飾ることだ。
どこがいいだろう。思案中。
直近では、キチンと整備できたら、コンテナハウスの壁に、まず飾ろう。
そして、その次は、いつかは、このホワイトターラーの為のお堂ができるかもしれない。
それもまた、すこし時間がかかるだろう。

そして、いつかはもっとみんなの夢が実現する場であってほしい、と思いながら、今日は、外の晴々しい秋の空を見上げながら、体を休めている。
そんな日に読むのは、スナイダーの、「ノー・ネイチャー」だった。

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2014/10/15

「宮城蔵王リゾート」 温泉付き森林住宅地

宮城蔵王リゾート 温泉付き森林住宅地

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1DK+ロフト 1989/12建築 土地318坪 述床面積約31坪 800万円 温泉付(月額使用料3240円)
Total No.3331★★★☆☆

 山の椒の10月ワークキャンプから自宅に戻ってみると、地元の大きな不動産会社から、別荘地のダイレクトメールが届いていた。宮城蔵王のリゾート住宅である。3・11震災前に近くの温泉付き別荘地を見ようとして、ちょっと覗いたことがあった。その時のリストがまだ生きているのだろう。

 それに誕生日も書かされたので、こちらが一般的な退職年齢に達したのを見て、営業をかけてきたに違いない。残念ながら、私は生涯現役主義だから、別段、年齢で退職ということはない。

 それでもやっぱり気になる。

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 これで800万。すでに25年落ちだから、実際の現物を見て見ないとなんとも言えないが、なかなか魅力的な物件ではある。

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 カメラマンたちの腕の見せ所であるから、これは実際のものを見てみるまでは、本当の質感は分からない。

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 それにしても、なかなかのデザインではないか。これが新築当時であるならば、やはり相当に魅力的な物件であっただろう。

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 間取りも、ざっと見る限り、例えば個人の森林オフィスだったりするなら、これで十分だろう。これは、参考までに現地案内会に参加する価値があるかな、と、まずは思う。

 最近は温泉付き「別荘」と言わないで、温泉付き「森林住宅」というのだなぁ。なかなかカッコイイ言い方だけど、ファーストハウスとして、山の上の温泉地を住宅に選ぶ人もでてきているということだろう。

 私たちの年齢でも、すでに退職した人などはいいかもしれないし、森林オフィスでいい人ならこれも可だろう。仮にこれから20年住むとして、月々4万弱でここにすめるなら、それもいいな、と、まずは思う。

 しかし、よくよく考えてみると、温泉も経費がかかるし、もちろん頭金やらローンを組むにも問題がいくつかでてくるだろう。持ち金で買える人もいるだろうが、どうも管理費とか、目に見えない経費がどんどん出て行きそうだ。

 そこでわがエコビレッジ予定地におけるコンテナハウスを思い出す。

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 広さ、可能性という意味では、温泉付き森林住宅に勝るとも劣らない。土地の広さにおいてや比較にならない。もっとも、お互い、その広さを活用できればの話だが。すくなくとも現在のところ、狭いという理由は成り立たない。

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 薪ストーブだってあるし、暖かい冬を過ごせる筈だ。また、その薪を作る楽しみもたくさん残っている。

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 そして、ここでは契約金800万円プラス月々の諸経費が要らないというメリットがある。もちろんまったく経費がかからない、というわけではないが、今のところオーナーの好意により、企画参加希望者は、だれでも歓迎されているわけだ。

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 台風一過の山並みとはいえ、それを一望できる景観もまた素晴らしい。宮城蔵王リゾート、温泉付き森林住宅、というなら、こちらが本格的であろう。

 もっとも、こちらの温泉は、車で10分の共同温泉に入ることになる。あちらのように温泉利用一時金160万円(!)+月々の使用料3240円は不要だが、一回310円はかかる。まぁ、とにかく比較の対象ではない。

 ははは、やっぱり、現場見学会を見に行くのはやめておこう。

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2014/10/13

「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー<9>

<8>からつづく

「For the Children 子どもたちのために」<9>
ゲーリー・スナイダー (著),  山里 勝己 (編集, 翻訳), 高野 建三 (写真) 2013/04 新泉社 単行本: 143p

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<10>につづく

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今日の気分はこの3冊<6> 「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー

<5>からつづく

今日の気分はこの3冊<6> 「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー

Raku

 本来、このエッセイのテーマは「今日の気分はこの三冊」である。よくもわるくも、一冊に決めこめない弱さがある。三冊の共通項、あるいはその三角形の真ん中にある空間、というイメージであった。

 しかるに、今日はそうはいかない。今日のテーマは「この一冊」である。

 山の椒ワークキャンプに持っていく本をあれこれ選定していた。結局は現地で、本をひらいてあれこれ談義する時間はそれほどない。そして、持っては行ったものの、この一冊、と出せるものは、そう多くない。

 そう気付いた時に、今回はこれだろうと選んだのはFor the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー(2013/04 新泉社)だった。スナイダーのアンソロジーにして、キットキットディジーの写真も多い。日本における関係者のコメントもあり、なんにせよ、3・11後を意識した編集意図に共感できる。

 ワークの途中のティーブレイクにYoshiroに見せてみる。彼は「聖なる地球のつどいかな」(1998/07  山と溪谷社)の愛読者でもあるから、「その続刊の写真集にあたるものだよ」と説明すると、興味深そうにしげしげとみていた。

 そして、図書館のシールを見つけて、「あれ、これ図書館から借りてるの?」ときた。

 「そうなんだよね、この7~8年は図書館から借りて間に合わせている。本を集めてもどうせいずれは遺品回収業者の手を煩わせることになるから、本は買わないことにしたよ」

 と、そう説明しながら、実は、この本をワークキャンプにいく前日に、ブログのアフェリエイトのポイントで購入していたことを思い出した。

 「実は、今日か週明けには、届くことになっているんだ」

 借りて読むのも悪くないが、どうせ発生してしまったポイントを消化するなら、まずはこの本を手元におきたい。

 スナイダー本も、今手元にだいぶあるが、それをあれこれ3冊選定するよりも、アンソロジーではあるが、薄手の写真満載の、この一冊に決めてしまったほうが早い。

 今、スナイダーの本の、何か一冊紹介して、と言われたら、まずはこの本がいいであろうし、一冊、カバンに忍ばせておきたい、というなら、コンパクトなこの本に限る。

 もう一つ。世の中は、いろいろなヴァイブレーションに溢れている。似たような友人間にも、それぞれの思いの流れが流れていて、思い定まらないところが多い。

 山の椒から帰ってみれば、いろいろな波があり、自分が山の椒に関わっていることの意義が問われてくることが多い。山の椒を今、一番の突破グチとしているのは何故か。

 自宅に戻ってみれば、やっぱり届いていたこの本。すでに内容は分かっている。別途一冊手元にある。開封するまでもない。

 しかし、これからまた、山の椒に戻ろうとするなら、その時、私に一番のエネルギーを与えてくれるのはこの本である。というか、もうこの本しかない。ヘッセでも、山仕事やパーマカルチャーのハウツウ本でもない。

 ましてやスナイダーのあれこれではない。スナイダーの、しかも多くの人たちの思いがたくさん詰まっていて、なおかつコンパクトに編集された一冊。「For the Children 子どもたちのために」。

 私は、この本を露払いにして、あるいはお守りにして、あるいは友として、またあの森に行くだろう。

 きょうの気分は、この一冊だ。

<7>につづく

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2014/10/10

「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー<8>

<7>からつづく

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「For the Children 子どもたちのために」<8>
ゲーリー・スナイダー (著),  山里 勝己 (編集, 翻訳), 高野 建三 (写真) 2013/04 新泉社 単行本: 143p

 ハイキングでもなく、散歩でもなく、ぶらついているわけでもなく、私は這っていたのだ。森の中を、着実に、最後まであきらめないと心に決めて。

 野性の世界への遠出と聞けば我々は通常は直立した歩行運動を思い浮かべる。我々は高山地帯の開けた空間を大股で歩いていく自分自身を想像する---あるいは、それはセイジブラッシュ(ヨモギ)が広がる壮厳な空間を横断していく自分であるかもしれない。

 また、それは、年老いたシュガーパインの林の薄暗い下生えの植物群の中を歩いていく自分でもあるだろう。p102「林床を這う」 「浸透性の世界」『惑星の未来を想像する者たちへ』より

 荒地、あるいは原野、原生林、という単語だけでは、その空間で体験することを類推することはなかなか難しい。この部分を読んで、そう言えば20歳前後の時に、山地を歩き回る仕事をしていたことを思い出した。

 測量技師たちとともに里山の原生林に入り、どことなくポイントを見つけては、ナタやカマで蔦や下草を刈り、時にはノコギリで枝を落としては前に進んだ。秋の紅葉の季節などには、これ以上素晴らしい仕事もないと感じる時もあったが、真冬の木枯らしの強い日など、ポールとメジャーを持つ手もカジカんだし、長靴の中の足指も冷たさに固まった。

 今、思えば、あの仕事は、当時、計画段階だった高速道路のインターチェンジ工事の為の測量図を作っていたのだった。

 私が森の中を這っていったのは12月下旬のこと、空は晴れ渡り明るく輝いていたが、気温は氷点近いものであった。あちらこちらに雪が積もっていた。 

 私たちは何をしていたかというと、退職しようとしていた土地管理局の林務官と一緒に少人数で「ベア・ツリー区画」(6番区画)の四隅と境界線を探していたのである。 

 その林務官はこの土地で長く務めた人物で、何年も前の測量調査を覚えていたのであった。トレイルを離れてみるとそこにはもう道はなく、そのまま森に飛び込むしかない。 

 バリバリと音を立てるマンザニータの葉に覆われた地面に四つん這いになり、その幹の間を這いまわるのだ。森林を這う者の正しい装備一式は、皮の仕事用手袋、頭にぴったりとはまる縁のある帽子、長袖のデニムの仕事着、そしてフィルソン社製の(蝋やオイルを染みこませた)古い厚手のズボンだ。p102 同上

 スナイダーの文章は、ことこまかに自然の情景が書き込まれており、その情景の中に入っていく人々とともに、まさに林を這うような気分を味わわせてくれる。

 冒険好きな人たちには、手袋とジャケットと帽子を準備してそこに入っていき、カリフォルニアを探究しなさいと私は言いたいのである。p103 同上

 私が今体験しているのは、これほど苛酷な環境ではないが、かつてそのような環境を味わっていたことを思い出させてくれるに十分な環境だ。当時に匹敵する体力も冒険心も亡くなってしまっているけれど、すでに長いこと眠っていた野性への呼びかけが、むくむくと頭を上げてくる気がする。

<9>につづく

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2014/10/09

「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー<7>

<6>からつづく

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「For the Children 子どもたちのために」<7>
ゲーリー・スナイダー (著),  山里 勝己 (編集, 翻訳), 高野 建三 (写真) 2013/04 新泉社 単行本: 143p

 最初の10年は、壁を立ち上げ、屋根を葺き、浴場や小さい納屋や薪小屋を建てるだけで手一杯であった。p16「キットキットディジー ---網の中の結び目」『惑星の未来を想像する者たちへ』山と渓谷社2000/10)より 

 スナイダーのキットキットディジーにして、この遅々たる進み具合だったのである。最初の10年、というところに痛く共感する。山の椒もまた10年の歩みにして、途中から参加した私の中途半端な歩みもわずか4年ながら、ほとんど何もできずにいるのが、現状である。

 繁茂した草や枝や蔦を切り払い、道を顕わにし、すでにあるコンテナハウス周辺を整備する。壁を切り取り、窓をつけ、煙突穴の位置を決めては、薪ストーブの準備をする。もう、それだけで、早い冬の足あとがそこまで聞こえてきている。

 明かりは石油ランプを使った。暖をとるには薪を使い、料理は薪とプロパンガスを使用した。薪を止揚するレンジ、薪を燃やすサウナ用ストーブ、ペダル付きミシン、そして1960年代に製造されたプロパンを使用するサーヴェル冷蔵庫などを求めて私たちは走り回った。p16同上

 一般の電灯線が配線されている山の椒では、投光用のハロゲンランプや蛍光灯の使用も可能だが、むしろ、小さな太陽光発電LEDライトが役だってくれている。薪ストーブもコンテナハウスに組み込む予定であるし、風呂もドラム缶などを利用することも考えてはいるが、今は近くの温泉が便利である。

 ここで足踏みミシンを使うことはないだろうが、必要となればいつでも持ち込むことは可能だ。調理には、小さな薪ストーブやカセットボンベを利用。冷蔵庫も大型のものがすでに設置されているが、本当に必要かどうか、見極め中。

 私は書斎を作り、手提げランプの明かりで詩とエッセイを書いた。また、国内で講演したり教えたりするために定期的に外に出ていった。自分の家は人目につかないベースキャンプで、そこから私は大学の金庫を襲撃しているのだと考えたりした。p17同上

 山の椒のコンテナハウスから眺めのいい場所に大きな窓をつくり、そこにリクライニングチェアを置いて、タブレットでブログでも書こう。私は街に仕事を持っているが、山の椒でも仕事ができる。それにはインターネットの高速回線が必要となる。週末にここで定期的にここで過ごすことは、なにものにも代えがたい冒険心に満ちている。

 私たちは、まわりに生えているあの丈の低い芳香性の植物にちなんで、我が家をキットキットディジーと名付けた。p17同上

 すでに10年の経験をもつ前住人は、この切り拓いたしぜん菜園に山椒の苗を植えようともってきたという。ところが、来てみれば、この森は山椒の木がまわりに生えていたという。その丈の低い芳香性の植物にちなんで、この森はしぜん菜園「山の椒」と名付けられた。

 この部分に再掲されたスナイダーの文章は「惑星の未来を想像する者たちへ」(2000/10 山と溪谷社)に発表されているものである。

 この部分に限らずこの「For the Children 子どもたちのために」には、一部の写真や関係者の寄せ書きを除けば、他の本や詩集からの再掲部分が多い。いちいちそちらをあたることも良いことではあるが、ゲーリー・スナイダーという現代詩人の全貌をとにかく知りたいと思えば、この一冊はとても新鮮で役にたつ。

 この本は3・11後の日本において、日本人カメラマンが所蔵した貴重な写真を交えながら、あらたにゲーリー・スナイダーをコンパクトに編集しなおした一冊となっている。随所に日本人的理解と、日本における彼の画像が取り上げられている。

 彼と交流のあった日本人のロングヘアー達の中には内田ボブもいて、今夏、福島県双葉郡の獏原人「満月祭」で会うことができた。こうして一枚の写真に収まってみると、二次のつながりとは言え、スナイダーも、すぐそばに生きているような、とても暖かい親近感を感じる。

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撮影: 槇田 きこり 但人 2014/08/10

<8>につづく

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2014/10/07

「庭仕事の愉しみ」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス <3>

<2>からつづく 


「庭仕事の愉しみ」 <3>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
★★★★ 

 1877(明治10)年に生れたヘルマン・ヘッセ。年代で言えば、現在還暦した私の、その祖父よりも、さらに上の世代となる。だから、おじいさんというより、ひいおじいさんに近い。

 それこそジェネレーションギャップも、そうとうあるはずなのだが、亡くなったのが1962年、85歳だったと聞くと、決してそれほどかけ離れた世代の人ではなかったのだ、と思う。少なくとも、この地球上で、ともに生きていた時代はあった。

 世代は3つほど離れているのだが、この人の感性には、極めて同時代人的な親近感を持ってしまうのは、決して小数の人々ではあるまい。

 第一次世界大戦や第二次世界大戦という悲劇の時代を生きながら、ともすればヘッセはミーイズムの世界を生きつづけた。悪く言えば、元祖ひきこもりだ。あるいは、社会の動静に関わらず、独自の世界を切り開き続けた、とも言える。

 独自の世界と言っても、決して魑魅魍魎な世界ではなく、ごく大自然に沿った、より自由な生き方を選びとったのだ。

 地球や空や大地が与えてくれる環境の上で、ひとりの人間として生きようとした場合、時代や空間を超えて、共通項を多く見つけることになる。

 ヘッセは書店の店員という職業から作家へと自立していったわけだから、決して誰にもできるような人生ではなかった。しかし、文を書いたり、絵を描いたりするという生活を同じか、それ以上の重きをもってヘッセの生活を形作っていたのは、山での暮らしであり、庭での仕事であった。

 そういった意味においては、時代を超えた多くの人々のハートにダイレクトにヘッセのメッセージは届いてくる。

 そのとき私の心に、私が何年も前から専念している思考の遊戯が始まる。それは、ガラス玉遊戯と名づけた、ひとつの素晴らしい想像の産物で、その骨組みは音楽で、その根底は瞑想である。

 ヨーゼフ・クネヒトが名人で、私はその人のお陰で、この美しい空想をめぐる着想を得た。

よろこびのときには、それは私にとって遊戯であり幸福であり、悩みと困惑のときには慰めであり瞑想でtある。
 

 そしてここで焚き火をし、篩(ふるい)を使いながら、私は、とうにもう、クネヒトのようにはできないけれど、このガラス玉遊戯をしばしば愉しむ。 

 土の円錐が搭のようにそびえ、土の粉末が篩から流れ落ちているあいだ、その合間に、必要に応じて、機械的に右手がくすぶっている炭焼き窯に奉仕したり、新たに篩に土を満たしたりしているあいだに、家畜小屋から大きなヒマワリが私を眺め、ブドウの木の茂みの向こうに、はるかな空が真昼の青色に香っているあいだに、私は音楽を聴き、過去と未来の人間を見、賢人、詩人、研究者、芸術家が心を合わせて、何百もの入り口をもつ精神の大伽藍を建設するのを見る。

 ---私はそれを、いつか将来記述するつもりだ。その日はまだ来ていない。

 けれど、その日が早く来ようと遅く来ようと、あるいは決して来なくとも、私が慰めを必要とするたびごとに、このヨーゼフ・クネヒトの、友情にみちた意義深い遊戯は、いつもこの老いた東洋旅行者を、時間と年を離れて、すばらしい兄弟たちのところへ連れて行ってくれるだろう。

 その美しい合唱に私の声も加えてくれる兄弟たちのところへ。p155「庭でのひととき」から抜粋

 私にとってのヘッセは、「車輪の下」でも「シッダルタ」でもなければ、「デミアン」でもない。私にとってのヘッセは「シャボン玉遊戯」である。シャボン玉についての記述があってこそのヘルマン・ヘッセであった。

 しかるに、それは文学者としてのヘッセであって、本当の、人間としてのヘッセではない。リアルなヘッセは、ヨーゼフ・クネヒトを遠く離れて、庭に遊ぶ無個性な、つまり個人を離れた、自然と等質な存在へと、消え去ろうとしていた。

<4>につづく

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2014/10/02

「庭仕事の愉しみ」 ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス <2>

<1>からつづく 


「庭仕事の愉しみ」 <2>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
★★★★ 

 この本を前回読んでメモしたのは2007/10/14。今からちょうど7年前のことであった。もうそんなに時間が経過したのか。

 あの時は、80代後半の母親が救急車で国立病院に運ばれ、つづいて手術を受けると言った事件が続出した時期だった。たまたま母親が入院した病院で、患者や、看病の家族のために、週末の図書貸し出しサービスが行なわれており、その中の一冊として借りたのだった。

 幸いにして、母親はあれから7年間存命しており、年齢相応に体力は低下しているものの、いまだに元気であることは、当時手術を断行してくださった担当の先生に感謝申し上げなければならない。

 私もまた、その頃は、二人の子供たちもちょうど自立したばかりの時で、永年の子育てから解放されて、ようやく次のステージを考えようとしている時だった。同居しているわけではないが、親の介護の話が現実となり、また、自らの老いを如実に感じ始める頃だった。

 当ブログの読書ブログも、ようやく800冊目あたりで、ややスピードが出てきたころであっただろうか。図書館ネットワークも見事に繋がりだし、その機能の便利さに圧倒されていた時代であった。

 あれから7年。そのちょうど中間に、3・11東日本大震災があった。

 この本は、ヘルマン・ヘッセが生涯にわたって書き連ねた文章の中から、植物や園芸などについて書いた文章を、編集者のフォルカー・ミヒェルスがまとめて一冊にしたものである。だから、年代もまちまちであり、決して「庭仕事」に特化して書かれている本ではない。

 しかしながら、この本をきっかけに、当ブログとしてはヘッセの本を沢山読み全集にも手を伸ばして読み進めた。  

「わが心の故郷 アルプス南麓の村」(1997/12 草思社)なんて本も素敵だったし「ヘッセの水彩画」(2004/09 平凡社)なんて本にも、こころ洗われた。

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 7年前、庭仕事という言葉から連想するのは、我が家の、駐車スペース脇にある、ほんのちょっとした空き地に植えている植物たちをいじるくらいのイメージだった。小さいとは言え、キチンと整理整頓しておくには、それなりの気を使うのだが、それさえうまくこなせないでいた。

 でも、ヘッセが庭仕事といいつつ、晩年はアルプスの山荘に移り住み、植物や山々に囲まれながら、思索し、文や絵を描いて暮らしていたことを知った時、いつかは自分もそんな風になれたらいいのに、と思ったのは確かだった。

 今、私にも、宮城蔵王の麓に抱かれた里山の、あるスペースに縁ができたとするならば、あの時、この本を読んだことが、ひとつの大きなきっかけになっているように思う。

 今、私にとっては、それは山仕事、森仕事になっているわけだが、その愉しみをまだまだ十分に味わいつくしたとは言い難い。いずれはそんな心境になり、文をしたためたり、絵を描いたりするかもしれない。

 そんな日がくることを思って、きょうも森にいく。

<3>につづく

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「パーマカルチャー」 農的暮らしの永久デザイン ビル・モリソン他 <2>>

<1>からつづく

パーマカルチャー―農的暮らしの永久デザイン
「パーマカルチャー」 農的暮らしの永久デザイン <2>
ビル・モリソン (著) , レニー・ミア スレイ (著), 田口 恒夫 (翻訳), 小祝 慶子 (翻訳) 1993/09 農山漁村文化協会 大型本: 203p

 2011年3月11日朝、私はこの本を読んでいた。午前中にこの本についてブログを書き、昼食を食べて仕事のため外出した。そして、街のビジネスビルの階上で、あの3・11東日本大震災に遭遇したのであった。

 あのまま、中断してしまった私の気持ちが、いま、この本を再読することによって、ふたたび沸き立ってくることが、とてもうれしい。

 一度はあきらめてしまった本格的なパーマカルチャーへの取り組みだが、あれから3年半が経過し、さまざまな偶然的要素が重なり、ふたたび車輪が回り出すとするなら、こんなにうれしいことはない。

 直接のきっかけは友人からの勇気づけだったが、おなじ友人である前住人が高齢のため卒業することになったスペースを借り受けることができる可能性がでてきたのは、絶妙のタイミングだった。

Yms001

 4万坪とか、2.5kmの舗装道路などと大きさばかりを強調し、さぁ、エコビレッジだ、と変な意気ごみをしていると、この本に、しっかりとたしなめられる。

 まずは入り口から、戸口から始めるべきなのだ。むしろ、前住人が名付けた「しぜん菜園」というネーミングに沿った形で、まずはその機能を踏襲できるところまで、なんとかこの「場所」と自分の生き方を沿うようにチューニングをしなければならない。

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 現在は、まずは自分が腰を落ち着けることができる「家」をつくるため、あれこれ工事をしている段階である。前住人がほとんどの準備をしてくれているので、まずはその機能の回復と学習である。まだまだ眠っている「宝」がたくさんある。

 ただ、やはり私には私なりの好みとこだわりがあるようで、力不足を知りつつ、あれこれ自分サイズに手を加えて、より自分になじむように、環境と対話中である。

 このコンテナハウスが一定程度の機能を持つようになったら、次は、ティピィーの活用である。この骨組みはこのまま長いこと放置されている。立派なテントも前住人によって準備されているのだが、さまざまな理由で活用が遅れてきた。

 一番の理由はカビである。テントを固定化すると、どうしても湿気を呼び、常に内部で火を焚いて乾かすような習慣がないと、すぐに劣化してしまうようだ。

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 この場所では、火を焚くことに材料は困らない。薪も枯れ草も枯れ枝も、それこそ山ほどある。だがしかし、森で火を扱うことは慎重であらねばならない。回りが可燃物の宝庫であり、また、いつ急に突風が吹くかわかないのだ。慎重の上にも慎重に立ち廻らないといけない。

 その準備として、まず今回は、防火システムとして有効であろう水をためる工夫をした。工夫と言っても前住人の智慧を借りただけだが、沢水を引いてあるポリパイプを中断し、この場所でも貯水できるようにした。貯水槽は不要になったバスタブである。

 この土地、パーマカルチャー的に考えれば、ちと自宅からは遠方すぎる面がある。もっと近ければいいのに、と思うが、ここまでの道のりの風景がまた素晴らしいので、痛し痒しである。

 しかしまた、この土地に関心をもちつつ、遠方すぎて来れない人々も沢山いることも考えれば、自宅から30キロ、車で40分というロケーションは、ある意味、恵まれているともいえる。

 いずれ、この地に滞在する時間も長くなることだろう。

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2014/10/01

「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和<2>

<1>からつづく

【送料無料】パーマカルチャー菜園入門
「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園<2>
設楽清和 2010/08 家の光協会 単行本 159p
★★★★★

 このところコンテナハウス改造で、やや興奮ぎみである。大工仕事というよりは、鉄骨仕事になっているので、気が荒い。イメージはどんどん湧いてくる。それに何処まで体と時間がついていくかが見ものである。

 とにかく「場所」が見つかったあとは、自らの腰を落ち着ける「家」が必要だろう。屋根が必要であり、椅子が必要である。お茶のための、水と、火、が欲しい。

 腰を落ち着けて、周囲を見渡してみると、要るものと要らないものが渾然としてあることが分かる。これは要るからここに置いておいて、あれは要らないからこちらに運んで、と考えていると、あっという間に時間が過ぎる。

 それにつけても、とにかく「家」が必要だ。コンテナハウスの頑丈さとともに不器用さが目立ってきたこの頃である。あれこれしたいが、なかなか思うようにはいかない。その中でも、とにかく窓を付けて、雨仕舞いをし、薪ストーブを設置して煙突をつけよう。

 枕木の土台は、もうすこし増やして、傾斜を治そう。窓から見える景観も、もっときれいにして、すっきりさせよう。そんなこんなを街に戻ってからも、あれこれイメージしていると、あっという間に夜は更ける。

 こんなに興奮している夜は、焼酎でもかっくらって、さっさと寝てしまうのに限るのだが、どうも今日は頭が冴え冴えとして眠れない。

 そんな夜には、図書館から借りだしてきたこの本が、やさしくクールダウンしてくれる。

 パーマカルチャー入門。前回読んでいたのは、2011/03/01。実にあの3・11東日本大震災の10日前のことであった。

 あのまま事が進んでいたら、おそらく、今頃、「家」づくりでは悩んでいなかったであろう。もっと進んだ形で、作物や全体のグランドデザインの複合的組み合わせなどに、焦点は移っていただろう。

 でも、と思う。3年半前のまま進んでいたら、ひょっとして、とんでもない方向に進んでいた可能性がある。今思えば、あそこで一旦ブレーキをかけられたからこそ気付いたことがある。それはそれは沢山ある。

 パーマカルチャーの基本概念は、本当はそう難しいものではない。実践しながら、ひとつひとつは実に妥当性に満ちた方法論が満載されている、というだけである。本当にその神髄を学ぶのはこれからとして、まずは私がパーマカルチャーから、たったひとつ始めようとした場合、大事なポイントだなと思っていることがある。

 それは、まずは入り口から、家の周りから、ということである。

 前回、3年半前は、手の届かないところまで大きな視点で見すぎ、ある意味バラバラだった。3・11がなかったとしても、結果としては空中分解することは必然であったのではないか。むしろ、3・11にかこつけて、そのバラバラな方向性だったことを隠蔽しているだけかもしれない。

 そもそもが、山の椒を「菜園」と捉えた場合、いくらなんでも車で40分は遠い。毎日毎日行ける距離でもなければ、また、その往復時間がもったいない。本当は、そこのところから無理がある。

 しかしながら、結果として他の「場所」が条件に合わなかったのだから、まずは与えられた「場所」を大事にしよう。

 さて、その場所の入り口から「家」までは、おおよそ100mある。ちょっと長すぎる。そして、そこからさらに数百メートルにわたって土地はつづくわけだが、前回は、そちらに目が行ってしまって、限界ある力が分散してしまっていたように思う。

 今回は、まずは、この家の場所が本当に正しいのかどうか、から検討に入っている。その視点から見た場合、いままで見過ごしてきた、その100mの中に、素晴らしい魅力がたくさん隠れていたことに気付いた。これを生かさないで、何を生かすのか。反省すべきことは多い。

 本来であれば、この土地の活用方法は、週末に夫婦で、あるいは友人たちと一泊しながら時間をすごすのが一番のようである。

 まず毎日いるわけではないから、家畜は飼えない。ヤギ、ニワトリ、カモ、魚類も無理だろう。

 それと、周囲にいる動物たち、イノシシ、鹿、サル、熊たちとの共存を計るうえで、作付けする品目も検討していかなければならない。

 そして、その作業を誰がやるのか。週末の天候はどうか。一週行けなかったら、作物はどうなるのか。

 これから検討していくべきことはたくさんある。

 だが、現在進行中の作業では、具体的に、アルミニウムでできたコンテナハウスと、金属的に格闘して、なんとかある程度の形を出さなければならない。

 その力みと、はやる気持ちを押さえてくれるかのように、パーマカルチャーの、おだやかな、ほんわかしたエネルギーが、今夜はここちいい。

<3>につづく

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