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2015/02/10

「仮想通貨革命」---ビットコインは始まりにすぎない 野口悠紀雄<1>

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「仮想通貨革命」---ビットコインは始まりにすぎない <1>
野口 悠紀雄(著) 2014/06 単行本 ダイヤモンド社 単行本(ソフトカバー) 276pNo.3394★★★★★

1)ビットコインについての当ブログにおけるメモは極めて薄いものだし、読んでみた書籍も数冊に過ぎないが、その中でも、この本は最も良質に思える。

2)なぜ仮想通貨が「東方三博士の来訪」なのか? それは、仮想通貨がIT革命の第三の贈り物であるように思われるからだ。

 第一はPCであり、第二はインターネットである。これらはすでに世界を大きく変えた。ただし、これだけでは十分ではなかった。経済活動にはつねに送金という行為が伴い、これについての従来の体制がつづく限り、先に述べた「産業革命以前への回帰」は、完全な形では実現しないからである。

 しかし、いま、コンピュータ技術の結晶である新しい通貨が、世界を変えようとしている。この革命が成功すれば、現代における東方三博士来訪の目的は達成されるだろう。p8野口悠紀雄「はじめに」

3)この著者にして、PC、インターネットに続くものとして、しかも決定項としての第三の結晶として「仮想通貨」を挙げていることには注目せざるを得ない。

4)その中心は、「ブロックチェーン」と呼ばれる取り引きの記録だ。そのデータは、どこかのサーバーが一元的に管理しているのではない。公開されていて、多数のコンピュータで形成するネットワークが、全体として維持している。

 つまり、ビットコインを支えているのは「人々」だ。こうした仕組みを、Peer to Peer(ピア・ツー・ピア/P2P)と言う。p24「通貨革命が始まった」

5)その言辞やよしとしても、一般のマジョリティの群衆でしかない私などは。P2Pと聞いただけで、腰が引けてしまう。少なくとも現状の業務ではP2Pは避けるものとされており、自らのパソコンにその類のソフトを入れるだけでもアウトとされている。

6)ただし、古い喩えで言えば、「伽藍とバザール」に描かれるオープンソースの革命性や、ネグリ&ハートの「<帝国>」に対峙する「マルチチュード」の存在意義に、どこかこのビットコインを初めとする仮想通貨が通じるところがあるを想われる。

7)ビットコインをめぐる日本での議論は、「怪しげなもの」「そもそもこのようなものが機能するのか?」という段階にとどまっている。しかし、アメリカ金融業界でお議論は、すでに、役割の大きさに関する定量的な検討にまで至っているのだ。p44同上

8)日本における2004年春における認識は、斉藤賢爾「これでわかったビットコイン」 生きのこる通貨の条件(2014/04 太郎次郎社エディタス)あたりがもっとも中心的なものであろう。おっかなびっくり覗きこんではみるものの、君子危うきに近寄らず、とばかり、遠巻きに見ているレベルであろう。かくいう当ブログもその程度か、それ以下である。

9)「ビットコインは本当に信用できるか」とか、「ビットコインのどこを規制すべきか、それには何をしたらよいか」といった問題を考える際には、ある程度の基礎まで遡った理解が必要だ。最低限、つぎのことを理解する必要がある。

 「ビットコインは、P2Pネットワークによるプルーフ・オブ・ワークでブロックチェーンを維持することによって運勢されている」p66「きわめて斬新なコインの仕組み」

10)著者は必ずしも諸手を挙げての「ビットコイン」称賛者ではない。すでにこの時点で200以上も存在するとされる「仮想通貨」の今後の展開に期待していると言っていいだろう。

11)著者は、送金システムにおけるメリット、とくに国際送金において大きなメリットがあるとは言うが、必ずしも貯蓄や投資に適しているとは語らないし、むしろそれは避けるべきだと言う。

12)ビットコイン誕生時のマイニング(編注・採掘)は、普通のPCでもできる程度のものだった。しかし、その後計算の難度が上がってきたため、現在では専用のコンピュータを用いないと計算競争に勝てなくなっている。このあたりのことは、新聞などでしばしば報道される。p91同上

13)幸運にもマイニングに成功すると100万円ほどの収益があるそうだが、すでに専用コンピュータを使っても困難らしく、またそのために稼働するコンピュータから発せられる熱で、地球温暖化の一因が引き起こされることを心配する向きもあるらしい。

14)ビットコインについてはさまざまな評価があり、その中には否定的なものもある。ただ、否定の根拠は、価格変動など、比較的簡単に克服できる問題である。

 その半面で、「ブロックチェーン」という仕組みの革新性と発展可能性は、多くの人が認める。そこで、これを拡張する試みが数多く行なわれている。これからわかるのは、「ビットコインが仮想通貨の最終的な形ではない」ということである。p166「貨幣革命は社会をどう変えるか」

15)パソコンやインターネットにしても、その出始めにおいては、既成の概念がじゃまするために、なかなか理解できないところがあった。イノベーターたちに見えている未来も、我々マジョリティには、まったく夢まぼろしの世界であったりする。

16)ビットコインへの投資は勧められない。危険すぎるのだ。これまでも価格変動が激しかった。それに仮想通貨として、ビットコインは唯一のものではない。(略)競合するコインがすでに多数登場している。ビットコインは先行しているとはいえ、先行者が勝つ保障はない。p199同上

17)投資しようにも資金がなく、外国送金でメリット受けようとしても、そもそも外国に送金するチャンスなどめったにない私などは、今すぐ仮想通貨を使用し始めても、必ずしもメリットを享受できるものではない。ましてやファイナンシャル・プランナーの一人としては、自分でも理解できていない情報をうかつに流すことは避けてたい。

18)いま仮想通貨によって、「通貨」という経済の基本構成要素が変わろうとしているのである。それは、これまでのIT革命と同様の、あるいはそれ以上の影響を産業構造に与えるだろう。p203同上

19)いますぐの個人メリットは想定できないとしても、今後社会全体が変貌を遂げていくきっかけの大きな要素として仮想通貨が存在しているなら、その中で生きていく私たちも、それが今後引き起こすだろうイノベーションに無関心ではいられない。

20)一人一票が確保されているから、直接民主主義が実行できる。例えば新技術開発プロジェクトやその他の社会インフラ的な案件につき補助するかどうかの投票をする。

 このように、ビックブラザーが支配する恐怖の政府ではなく、自由意思で加入する世界政府が実現される。ブロックチェーンは、無政府状態や混乱や混沌をもたらすものではない。それをうまく利用すれば、国家権力からの監視からは自由でありつつ、しかも相手を信頼して取引できる社会を築けるのだ。p237同上

21)当ブログのカテゴリのひとつに「コンシャス・マルチチュード」なるものを作っておいた。ITの進歩が、社会や国家のイノベーションに限定されずに、さらに進化して、地球人たるわれわれひとりひとりの「意識」をテーマにする時代も、そろそろ近づいてきているのではなかろうか。

<2>につづく

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