「女難剣雷切り」 シリーズ藤沢周平を読む
「女難剣雷切り」シリーズ藤沢周平を読む
朗読: 松平定知 2004/08 NHKラジオ第1放送 「特集 藤沢周平を読む」より
再生時間
49:10
No.3455★★★★★
1)小説なんて読まない。それが長年のわが矜持であった。いや、今でも読んでいない。しかしながら、なんの拍子でか藤沢周平映画を見、藤沢周平ドラマを見終わると、次は、なぜか、ラジオ番組などのCDが読みたくなった。この調子だと、いつかは小説そのものに手を出すだろう。
2)眠られない夜、というものがある。こんな夜は、いままでだったら浴びる程の酒を飲んで、寝てしまえば、翌日、やや体調は悪いが、まぁ、忘れたり、考えなおしたり、時間が過ぎて、また、別な話題に入っていけるのだった。
3)しかし、なぜか最近は、酒に酔わない。一辺に酒量が減ったせいもあるが、どうも、本質的に、酒でごまかしてはならないことも、知っている。
4)こんなタイミングで藤沢周平CDに出会った。これが、私には結構な新地平を切り開いてくれているようだ。
5)頭の中には、悶々と、いろいろな問題が渦巻いている。布団の中にくるまりながら、イヤフォンで藤沢周平ワールドに遊ぶ。
6)遊ぶと言っても、耳から小説は聞こえてくるものの、なかなか頭の中ではグルグルと、今日あったこと、なかったことを、思い返す。
7)小説は小説で勝手に進行する。本で小説を読むなら、こういう訳にはいかないだろう。CDは勝手に動き続ける。
8)小説は有体な話題で、特段に為になるようなストーリーではないが、やはり物語になるような好奇な話ではある。こんなことは、いいよ、聞きたくないよ、とは思うが、それなりに面白い。
9)面白いけど、心の中は悶々、今日あったことを考えている。あちこちストーリーはぶっ飛んでいる。わずか1時間足らずのストーリーなのに、あちこち聞いていない。そりゃそうだ、別段に知りたいと思ったストーリーでもなければ、お手本になるような話ではない。
10)しかしだ。
11)小説には、酒と同等の効果がある。いや、ひょっとすると酒よりも効能がある。もちろん併用も可能だ。そういうことが、藤沢周平ワールドにあそび始めて、そういう感じが強く感じるようになった。
12)小説そのものに救いはない。別段に為になる教訓めいたものではない。しかし、その好奇なストーリーにリアリティを持てば、そこにつられて、頭のなかの悶々は相対化される。
13)忘れる、というほどではないが、一時、自分の悶々から離れることができる。
14)みんな、こういう効果があるから小説を読むのかな。
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