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2015/03/15

「禅と武士道」柳生宗矩から山岡鉄舟まで 渡辺誠

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「禅と武士道」柳生宗矩から山岡鉄舟まで
渡辺 誠 2004/09  ベストセラーズ 新書 243ページ
No.3441★★★☆☆

1)なんの因果か、虚を突かれる形で、現在当ブログは藤沢周平ワールドを散策中である。小説を読むのはカッタルイが、映像作品あらば楽だろうと、映画作品やテレビドラマをほぼ見終わって、これから小説が音読録音されているCD作品に進んでいこうという矢先である。

2)しかしながら、ここまでくると、なんでまた藤沢周平なの?という疑問が湧く。また、いままでの当ブログと、どのような繋がり? と、その「合理」性に悩むことと、あいなった。

3)一つは、剣である。チャンバラ、戦い、刀剣、日本刀。サムライ、武士道、といった、これまでは忌避してきた分野への踏みこみである。当ブログは、必ずしも自分の得意分野に浸ろうという主旨で始まってはいない。むしろ、タブーを作らず、あらゆる分野を闊歩してみようじゃないか、という好奇心にあふれているつもりである。

4)もう一つは禅。大和魂、などと呼ばれるところの精神性についての言及である。

5)「禅と武士道」。なるほど、この一冊は、当ブログと藤沢周平ワールドの間隙を埋める形で、橋をかけてくれるか、と、多少の期待をしながら読み始めてはみたのだった。

6)結論から言えば、この本は遠い。

7)最近3000冊ほどを当ブログにメモしてからは、あまり読書に身がはいらなくなった。そもそもが読書家でない私は、むしろいままで読むべきなのにサボって読まないできていた本を、ようやく読みこんでやろう、という気力に押されて本を読み、メモしてきたのだった。

8)ところが、どうも最近は、一巡した感じが強い。だいたい読み終わったのだ。沢山ある本たちのなかで、私が読み得たものはごくごく当り前のごく一部にしかすぎないのだが、まぁ、こんなもんでいいではないか、という満腹感がある。

9)それに比して、ブログはブログで存続していってもいいに違いないという、チグハグな感情から、最近は図書館から借りだしたDVDを見て感想を書くような傾向に移ってきている。

10)文字ではなく、映像、視聴覚なのである。まずここでひっかかる。新書といえど、文字を追うのが、なぜか苦しい。せせこましい私の頭にはもう入らない。

11)さらには、藤沢周平の世界にうつつを抜かす当ブログの、その共感という部分は、一般大衆の暮らしであるし、農民であるし、農村風景である。また東北であり、雪であり、つましい日々の暮らしである。そこらあたりに落涙することが多い。

12)または、人情、とくに愛情、子と親、男と女、使用人と雇用人といった、人と人の情の繋がりに、どうしても目がいく最近である。

13)逆に考えてみると、この「禅と武士道」には、まずほとんど「男と女」がでてこない。禅と武士道とは「男」の世界だ、とばかり、男オンリーである。ここがつまらないところの第一。

14)そして禅の極意は「無」であるといいながら、ここに取り上げられているのは「有」名人ばかり。「無」名人は、まったく登場しない。

15)「海坂藩」というフィクションを借りた藤沢周平の世界には、まず「有」名人は登場しない。どんな高位な役職であっても、それはフィクションという「無」名人である。そこが、読み手のイマジネーションを広げる。またエゴを邪魔しない。

16)そして「剣」の扱いだが、こちらの本は「剣」から無理に「無」と繋げたがる「真摯」な姿勢が見えるのだが、今となっては、むしろそのシリアスさが、邪魔である。藤沢周平の世界の「剣」は、むしろ、「エンターテイメント」である。そこに意味を問わない。あえていうなら「美」しか問わない。

17)この渡辺誠という人、筆も立ち、剣も使うということだから、むしろ、この人自身の心境を一冊にまとめたほうがよかったのではないか。タイトルも、内容も、まったく個的な書物にしてしまう。そのほうが、この人が言いたかったことを言いきってしまうだろう。

18)あまり有体な文脈に落とし込まないで、自らのフォーマットで、自由に語ったほうが、読み手としての私には響くものが増えたと思う。

19)すくなくとも、映像にうつつを抜かす現在の私には、そう思えたのである。

20)禅ならZENのほうが好きだし、日本人より地球人が好きだ。あえて武士道などというなら、むしろ現在のビジネスマンとでも言い換えて、「ZENとビジネスマン」とでもしたほうが、より実利的であろうし、多くの読者を得るに違いない。

21)藤沢周平の世界は、江戸時代の下級武士という世界を借りてはいるが、実際は、それを読んでいる同時代人たちを活写しているのである。婉曲に、江戸時代にその姿を置いてみることによって、現代人を写し取ることに成功している。

22)こちらの本は、江戸や侍に戻ってしまうところが辛いところである。ここから現代人に戻るに、しばらく時間がかかってしまう。

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