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2015年4月の39件の記事

2015/04/28

「仙台柳生カヤの木まつり」2015/05/10

「仙台柳生カヤの木まつり」
2015/05/10開催予定 仙台市太白区柳生二丁目6 セブンイレブン仙台柳生店 隣


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仙台市博物館市史編さん室 2015/03/10 「せんだい市史通信」第35号 「”せんだい”の原風景を訪ねて」より

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2015/04/27

「市民農園体験記」<6>食用になる家庭菜園

<5>からつづく
市民農園体験記 
<6>食用になる家庭菜園

1)いつかはキチンと把握しておきたいと思っていた我が家の狭き庭の植物達だが、とりあえず目に着くところをチェックしておく。

2)ホワイトベリー。白い小さな苺がとても甘い。

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3)フキ。中の空洞が少し大きくて商品にはならないだろうが、野性味があって、煮物にしたりすると、うまい。

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4)こちらは樹木。小さなユズの木だが、毎年冬になると30個ほどの実をつける。砂糖漬けにしたり、ユズ湯を楽しむ。

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5)ビワ。実生で育った庭の大木。隔年くらいで豊作になる。大木になりがち。

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6)コンフリー。から揚げにしたりしてよく食べたものだが、最近は、発がん性が噂されて、人気ダウン。

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7)ローズマリー。肉料理などの臭みを取る。

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8)ニホンタンポポ。根っこを乾燥させてコーヒーにしたりするとか。我が家では未体験。

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9)ゴーヤ。毎年グリーンカーテンになる。

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10)ブール―ベリー。ジャムを作るほど実をつけないが、つまんでおやつとして食べる。

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11)レモンバーム。つまんできて熱湯のなかにいれるとお茶になる。

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12)ルバーブ。ジャムを作る。

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13)スグリ。赤い酸っぱい実がつく。実を食べる。

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14)ゆすら梅。赤い小さい実。

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15)サンショウ。若葉を佃煮にしたり、実を魚料理などにつかう。

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16)ナツメ。乾燥させてお茶にする。冬の間はほぼ枯れ木状態だが、これから一気に葉が繁茂する。

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17)このほか、我が家では夏になるとホドイモが茂る。縄文時代の常備食だったのではないか、という話も。あと、ドクダミ。これは雑草に近いか。

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18)こうしてみると、樹木にしてもハーブにしても多年草が多い。毎年植え付ける野菜とはまた別個な世界である。ここから市民農園に移植するとしても、コンパニオンプランツなどの目的などに限られるだろう。

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19)コンポストでつくった堆肥などは、市民農園に持ち込める重要なポイントになるかも。

<7>につづく

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2015/04/26

「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和<3>

<2>からつづく

【送料無料】パーマカルチャー菜園入門
「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園<3>
設楽清和 2010/08 家の光協会 単行本 159p
★★★★★

1)従来の農法では、単一作物をより多く速効的に生産するために農薬や化学肥料が利用されています。しかし、これは生態系を乱す場合もあります。パーマカルチャーでは、次のような方法で自然の遷移を加速させ、短い期間で生態系をつくりながら作物を育てます。p027「自然遷移の加速」

2)徒歩15分のところに5坪の市民農園を借り、有機無農薬で野菜をつくろう、という具体性が出来上がったことは喜びに堪えない。季節もよく、これからますます楽しみではある。しかしながら、例えばこの本を読んだりすると、この理念や理想は、とても市民農園レベルにとどめておくべきではないな、と思う。

3)市民農園ばかりではなく、身近なところの我が家の周辺にあるごくわずかな空きスペースや、今まで花壇として使っている土地の使い方を再考する必要を感じる。というか、奥さんまかせで、あんまり考えてこなかったなぁ、と反省する。

4)そして、片道40分の山の森に通うのもいいのだが、そこでイノシシやシカ、烏などと戦いながら作物を一から作るということを考えてみたことはなかった。だが、相関関係を考えることができるなら、自宅の庭→市民農園→山の農場、という繋がりを、もっと積極的に活性化できるのではないか、と思い始めた。

5)食料増産、農畜産物の生産性向上を目的に、無機肥料と農薬を多用する単一作物栽培が世界的な主流となり、これらの伝統は失われるように見えました。
 そこに永続的な農法の復活を通して、永続的な暮らしを目指すパーマカルチャーが誕生しました。
p036「新しい永続的な暮らしのかたち」

6)農家に生まれ農家に育ち、親戚などにも農家が多いものだから、農家のことは知っているつもりでいたが、それは傲慢というものであったかもしれない。一面的な、ある時期の一つの形しか知らなかったのかも、と反省する。農業大学校に籍を置いたとしても、そこで学んだものは、経営としての農業であって、環境保全の生き方というわけではなかった。

7)有機栽培農家から3年間しっかり基本を教わったEさんは、家庭菜園と貸農園ではつくるべき作物が違うのではないかと思うようになりました。p44「年でのパーマカルチャー菜園」

8)我が家がこの地に引っ越してきた時、井戸水を使っていたし、日当たりのよい花壇と共に、裏には今回借りた市民農場ほどの畑がついていた。自給とまではいかないまでも、犬小屋ととも大いにその畑を活用したのだった。イチジクの木や銀杏の木などもあった。しかし、あっという間にこの30年間で都市化はすすみ、裏の土地にはマンションができ、我が家も子供達が生長し、家族も増え、手狭になってきた。

9)そういうマイナス面だけを取り上げると、嘆き節のおっさんになってしまいそうだが、この本から学ぶところのパーマカルチャーを活用すれば、まだまだやるべきことはたくさんあるのではないか、と思えてくる。

10)今までのプロジェクトをほおり投げて、いきなり市民農園で有機無農薬で野菜作り、とばかりフォーカスしないで、もっと視野を広げて、家庭菜園←→市民農園←→山の農場、という双方向の繋がりのなかから、大きくパーマカルチャーの視点を育てていくことも大事だなぁ、と感じ入った。

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「市民農園体験記」<5>周りを見渡してみる

<4>からつづく
市民農園体験記 
<5>周りを見渡してみる

1)空から見る市民農園もなかなか素敵である。広いようでもあり、狭いようでもある。自分のエリアはああここなのか、と余りの小さなスペースなのに驚くが、いやいやここから地球に繋がっているのだ、と思うと、それはそれは大事な大事なスペースにも思えてくる。

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2)今日も何気なく陽気に誘われて畑を見てみる。幸い他の人がほとんどいなかったので、あちこち他人様の畑を見て歩く。まだまだ本格的な野菜作りの季節は到来していないので、カラ畑が多いが、それぞれにすでに土づくりをしているのかもしれない。

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3)畑に残った野菜に、それこそ菜の花が咲いている人もいれば、積極的に花を植えている人もいる。

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4)と思えば、畑の構築物も様々である。

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5)畑にコンポストを持ち込んで堆肥づくりをしている人もいる。

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6)風車もかわいい。鳥害避けくらいにはなるのだろうか。

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7)借り手がつかないのか、あるいは農園主のオーナーが何か広く作付をするのか、広い面積も残っている。

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8)マルチで雑草防御。

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9)これは防虫ネットか。

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10)こちらはワラなどを使って、いろいろ細かい作業をしてある。

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11)こちらの畑などは、冬越しの作物を栽培しているのだろうか。

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12)いろいろ勉強になりますね。こちらは、まだまだ土づくりの段階。連休明けに苗をそれぞれ植え付けようと思っているが、肥料分として、貝殻石灰を入れ、追肥としてぼかし肥料を液体化してみようと思っている。

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13)係の人がいうには、肥料が要らない作物もあるらしいし、肥料を与えなくても植物は育つという。だが、葉っぱを食べるのか、実を食べるのか、根を張らせるの、その作る作物の種類によって肥料も違うという。当然のことですね。すこしづつ地球に手を加えていってみよう。

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<6>につづく

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2015/04/25

「荒吐ロックフェス2015」 宮城みちのく湖畔公園

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企画 ARABAKI PROJECT 2015/04/25~26 みちのく湖畔公園北地区 エコキャンプみちのく

1)毎年この時期開催されるロックフェス。いつもいく森と同じエリアだが、またこちらは開けた素晴らしいスペースである。ましてや本日は、見事な快晴で風もなく、フェス日和の一日。

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2)我が家の若い人たちは、1歳と3歳の子供たちを連れてテント持ち込みで朝から参加。毎年の愉しみのようで、友人たちも多く集うらしい。

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3)よくもまぁ、そんなに小さな子供達を連れてロックフェスなんぞ行くなぁ、などと感心するが、こちらもまた、30年近く前は、1歳と3歳の子供たちをつれて、インドに4ヵ月も滞在したのだから、他人のことは言えない。ひょっとするとこれは我が家系の血筋か?

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4)寒くなる前に、おじいちゃんは車で孫たちのお出迎え。この時期、このエリアは最高の環境である。いつもと違う道を走ると、本当に素晴らしい景色を次々と発見する。

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5)会場には入らなかったが、近くの駐車場まで近づくと、バンドの音がガンガン流れてくる。ステージは5つあるらしく、参加者はひいきのバンドを求めて、あちこち動く。

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6)このエリアは普段はあまり電波の届くところではないが、今日ばかりは、電話局も、緊急のアンテナを立てて対応。

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7)荒吐は、当然アラハバキのことで、荒脛巾とも書く。当ブログでも何度か追いかけてきたが、そもそもは東北を中心とした古代縄文時代の神様の名前ゆえ、この時期に行なわれる東北最大のロックフェスティバルの名称としては素晴らしいのではないだろうか。主催者や参加者が、それをどれだけ意識しているかは知らないが。

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2015/04/24

今日の気分はこの3冊<11>

<10>からつづく

今日の気分はこの3冊
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1)「苗で始める失敗しない野菜づくり」 はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!2011/04 学習研究社

2)「オーガニックな野菜づくり」 農薬・化学肥料を使わない 千成 真奈美 2009/02 家の光協会

3)「パーマカルチャー菜園入門」自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和 2010/08 家の光協会

4)まずは「苗」から始めよう。そして「オーガニック」ね。この道が「パーマカルチャー」につながっていることを願いつつ。

<12>につづく

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用 (コツのコツシリーズ)斎藤 進<2>

<1>よりつづく

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用(コツのコツシリーズ)
斎藤 進(著) 2012/3 農山漁村文化協会 単行本 103ページ

市民農園関連リスト

「市民農園体験記」 目次
「枝野クラインガルテン計画」目次 
「無農薬のミニ菜園入門」中山草司 1988/4 大泉書店 
「市民農園のすすめ」―見る緑から作る緑へ 祖田修 1992/10 岩波書店
「『週末農業』を楽しむ本」―自然と親しみ、自給をめざす新しいライフスタイルの提案 宮崎隆典 2001/04 実務教育出版
「市民農園のすすめ」千葉県市民農園協会 2004/1 創森社 「仙台まちなか農園プロジェクト」 都市の「農」空間創出を考える研究  仙台都市総合研究機構 平成18年度研究報告 
「都会人ののらしごと」―畑の借り方教えます 2005/11 誠文堂新光社 
「農薬に頼らない家庭菜園 コンパニオンプランツ」 木嶋利男 2006/02 家の光協会 
「農家と市民でつくる新しい市民農園」―法的手続き不要の「入園利用方式」 廻谷義治   2008/06 農山漁村文化協会
「畑のある生活」 伊藤志歩 2008/07 朝日出版社
「小屋の力」 マイクロ・アーキテクチャー 仙波喜代子/今井今朝春 2001/05 ワールドフォトプレス ムック 
「糸井重里のつくって食べようおいしい野菜」永田照喜治・他 2005/04 NHK出版 
「オーガニックな野菜づくり」 農薬・化学肥料を使わない 千成 真奈美 2009/02 家の光協会
「家庭菜園の土づくり入門」もっと野菜がおいしくなる 村上睦朗他 2009/12 家の光協会「ビオファームまつきの野菜塾」手をかけすぎずに有機でおいしく 松木一浩 
「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和 2010/08 家の光協会 
「藤田智の野菜づくり徹底Q&A」 趣味の園芸 やさいの時間 藤田智 2010/09 NHK出版「だれでもできるはじめての野菜づくり決定版」 麻生健 2011/02  家の光協会
「苗で始める失敗しない野菜づくり」 はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!2011/04 学習研究社
「堆肥の作り方・使い方」イラスト 基本からわかる 後藤逸男 2012/2/25 家の光協会
「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用 (コツのコツシリーズ)斎藤 進 2012/3 出版社: 農山漁村文化協会
「イエナカ菜園」室内ではじめるキッチンガーデン 鈴木あさみ 2012/05 日東書院本社
「堆肥づくりハンドブック」有機・無農薬の野菜づくりに必携―おいしい野菜ができる 野菜だより編集部 2012/08 学研パブリッシング
「決定版 有機・無農薬のおいしい野菜づくり」 (暮らしの実用シリーズ) 木嶋利男(監修)2012/09 学研パブリッシング
「畑道楽」畑をはじめる。プレミア世代の悠的生活 50代、60代からがもっと楽しい! タツミムック 2013/03 辰巳出版
「有機・無農薬栽培で安全安心な野菜づくり 」佐倉教授「直伝」! 小さな菜園でも収穫倍増 佐倉朗夫 2014/04 講談社 
「はじめての有機野菜づくり」 佐倉朗夫 2014/03 主婦の友社 
「確実に稼げる 週末農業」 副業入門 岡本恭子 2014/05 ソーテック社
「モンサント」―世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業 マリー=モニク・ロバン    2015/01 作品社 
「有機・無農薬で家庭菜園」いちばん親切でよくわかる 阿部豊 2015/03 家の光協会
「有機野菜ビックリ教室」 米ヌカ・育苗・マルチを使いこなす 東山 広幸 2015/05 農山漁村文化協会
「不動尊クラインガルテン」訪問記 2015/06/21 宮城県丸森町不動尊

<3>につづく

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用斎藤進<1>

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用(コツのコツシリーズ)<1>
斎藤 進(著) 2012/3 農山漁村文化協会 単行本 103ページ
No.3477

1)この本はなかなかいい。ジャストサイズです。

2)私は埼玉県さいたま市で市民農園を借りて野菜づくりをしています。畑は東西に3m、南北に5mの15㎡(4.5坪)です。狭い面積ながら年間約45品目の野菜を作っています。p4「失敗の連続だった初心者時代」

3)まさにこのサイズで私の野菜づくりもスタートしている。この本は参考になりそうだ。

4)(1)食べきれない野菜をつくってしまう
(2)秋の畑が空き畑になってしまう
(3)狭い畑で輪作できず、連作障害がこわい
(4)肥料過剰でメタボ野菜が虫を呼ぶ
(5)作付計画の不足と土づくりの誤解p10
「市民農園ビギナーはここでつまずく」

5)うーーん、耳が痛い。私の場合は全部はまりそうだ。1)と4)と5)あたりはまさにそのとおりかもぉ・・。

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5)この作付計画は参考になりますねぇ。このまま我が農園でも貰ってしまおう。でもこれだけの多品種は一変には無理だな。

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6)株数も制御しなくちゃね。

7)この本、実に参考になる。ひとつひとつ実行に移そう。ただ一点、この本は必ずしも、有機無農薬を歌っていないということ。その辺は、すこしコンバートして読みこんでいかなければならない。

<2>につづく

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「家庭菜園の土づくり入門」もっと野菜がおいしくなる 村上睦朗他<1>

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「家庭菜園の土づくり入門」もっと野菜がおいしくなる<1>
村上 睦朗, 藤田 智 2009/12 家の光協会 単行本 143ページ
No.3476★★★★☆

1)市販されている有機質肥料には、動物質(牛フン、鶏糞、骨粉、魚かす、みみず糞など)と植物質肥料(堆肥、油かす、草木灰、米ぬかなど)があります。それぞれの有機質肥料は、効きめが穏やかなので、多少量が多めでも肥料やけをおこしにくく、また肥料効果が長く持続するという利点があります。ただし、いずれも土壌中で微生物の働きによって無機化されてから植物に利用されるので、肥効は緩効性または遅効性です。p62「市販有機肥料}

2)市民農園で野菜づくりをするとき、その場所でそれまで何が栽培されていたか分からないことがあります。前作の植えつけ植物が不明の場合、連作に注意が必要です。(中略)
 連作障害を防ぐには野菜の種類を次々に替えて栽培する輪作を心がけましょう。前作が不明な場合は、土壌消毒をすることをおすすめします。
p74「市民農園で野菜をつくる場合」

3)有機農業では、化学肥料などはいっさい使用しないことをコンセプトにしていますから、現在では、どちらかというと肥料としてよりも土壌改良剤として用いられている堆肥の量を大幅に増やす必要があります。

 菜園づくりを始めるとき、土を耕す際に、通常の2~3倍量の堆肥(1平方メートル当たり4~6キログラム)を投入する必要があります。そのほかに、追肥用としてぼかし肥などをつくっておかなければなりません。p98「有機無農薬栽培をめざす方へ)

4)有機無農薬とはいかないまでも、環境にやさしい家庭菜園をめざす方は、環境保全型農業をやってみてはいかがでしょうか。これは「使う農薬や化学肥料をできるだけ少なくし、堆肥などをできるだけ多く用いることで土の力を維持して、いつまでも持続的に農業ができるようにする」という考えで、最近の農業の主流となっています。化学肥料は、もっぱら補助的に使う方法です。p98「環境にやさしい最愛をめざす方へ」

5)この本のおすすめは環境保全型農業だ。ところが、わが市民農園は無農薬がメインになっている。したがって、化成肥料も使えないこともないのだが、やはりここは、有機無農薬というポリシーをすこし強めに押し出していこう。ということは、肥料にもなる有機質の堆肥を多く入れる、という結論になる。

6)もっとおいしくなるかどうかはともかく、まずはワンサイクルやってみることだなぁ・・・。

<2>につづく

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「堆肥の作り方・使い方」イラスト 基本からわかる 後藤逸男

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「堆肥の作り方・使い方」イラスト 基本からわかる

後藤逸男(監修)  2012/2/25 家の光協会 単行本: 160ページ
No.3475★★★★☆

1)この本は有機・無農薬を積極的に表に出している本ではなく、またその逆でもない。だから、内容をそれなりに加減しながら読み進める必要がある。

2)超ビギナーが市民農園の一区画を借りて、この春、ようやく苗でも買って野菜づくりを始めようと言う場合、堆肥にも肥料にも、今一つ説明不足の部分もあり、ちょっとわかりにくい。

3)他の本でみると、堆肥と肥料は別物、と断定しているものもがあるが、この本によれば、堆肥性(土壌改良性)が高いものと、肥料性(野菜の養分となるもの)が高いものとあり、その両方を兼ねている資材もあるとのことである。

4)堆肥には肥料効果が高い種類もありますが、肥料を使わずに堆肥だけで植物に必要な養分を賄うことができるのかといえば、必ずしもそうとはいえません。

 例えば、堆肥に含まれる肥料成分は微生物によって分解されないと植物は吸収できないため、効き目はとても穏やかです。鶏ふん堆肥など比較的早く効く種類もありますが、基本的に元肥を堆肥だけに頼ってしまうと、植物の初期生育が不良になることがあります。そのようなときは、速効性のある肥料を併用する必要があります。

 また、堆肥には、数多くの肥料成分が含まれていますが、過不足した成分を補ってバランスを調えるためにも、肥料を施す必要が出てきます。

 堆肥と肥料は、相互に補い合う関係にあるということを、まず確認しておきましょう。p79「堆肥と肥料の関係」

5)どうもいまいちグレーな表現がつづく。

6)肥料成分の多い堆肥は、主に牛ふん、豚ぷん、鶏ふんなどの家畜ふんや、生ゴミを主材料にしています。(中略)

 家畜ふん堆肥は、チッソとカリを多く含むので、くれぐれも施しすぎには注意したいものです。例えば、トマトなどの野菜類やサツマイモなどの根菜類では、茎や葉ばかりが茂り、花や実やイモがつかなくなります。「肥料成分の多い堆肥の場合」p82

7)あ~、これではますますわからなくなってきた。つまりは作付する作物の種類にもよるので、まずは何を作るかもキチンとリストアップする時期に来たということだろう。

8)あとは、堆肥、肥料のバランスは、市民農園の係の人に相談してみるに限るな。

9)この図は分かりやすい。p86~87「堆肥と肥料の効果の相関関係」

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2015/04/23

「堆肥づくりハンドブック」有機・無農薬の野菜づくりに必携―おいしい野菜ができる 野菜だより編集部

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「堆肥づくりハンドブック」有機・無農薬の野菜づくりに必携―おいしい野菜ができる
野菜だより編集部(編集) 2012/08 学研パブリッシング  単行本 146ページ
No.3474★★★★★

1)Q:堆肥と肥料って同じものじゃないんですか? p18「堆肥と肥料のQ&A」

2)おっと、これがこの数日の私の?だった。何がどう違うのかな? いやこれにはズバリの答えがありました。

3)A:同じものではありません。堆肥は野菜づくりに向いた土にするための土づくり資材。一方、肥料は野菜が生長するのに必要な栄養です。p18同上

4)目から鱗。こんな基本的なことも知らないのかね、と自分で笑う。ということは、私はいままで土つくりのほうに目が行っていて、まだ「肥料」のほうには重点が行っていなかった、ということだ。

5)肥料は、野菜が育つために必要な養分を畑に補給するためのものです。野菜を育てる前に、畑に肥料を施しておきます。
 肥料には化成肥料と有機肥料がありますが、有機栽培で用いるのは有機肥料です。よく使われるのは、米ぬか、油かす、鶏ふん、などです。これらの有機肥料には、野菜が育つために必要な要素である、チッソ、リン酸、カリウムなどが含まれています。有機肥料を畑に適量施しておくと、野菜は養分を吸収してよく生長します。
p19「野菜が育つための栄養を畑に補給するのが肥料。

6)いままでわが農園に鋤き込んだのは、竹チップ肥料1体、牛ふん2体、鶏ふん1体、自家製コンポスト堆肥1体、というところ。牛ふんと鶏ふんは同じ種類のものだと思っていたが、牛ふんは堆肥で、鶏ふんは肥料ということか。だとすると、肥料はまだまだ足りないな。堆肥はままぁだろう。

7)Q:有機肥料と化成肥料の違いを教えてください。p24同上

8)そうそう、この辺もキチンと抑えておこう。

9)A:速効性があるのが化成肥料。有機肥料は、微生物にゆっくり分解されてから野菜が吸収します。p24同上

10)苦土石灰や888などの化成肥料を使わないと農業はできないよ、といわれればそれまでのことだが、基本的に、あの手の肥料を見ると、いつも体が固まってしまうんだよな。どこか投げやりになる自分、攻撃的になる自分がいる。これはなにかあるなぁ、と思っていたが、やはり私の市民農園は有機肥料でいこう。

11)プロ農家が使うには便利なのは化成肥料ですが、家庭菜園では有機肥料をおすすめします。化成肥料は効きがよいので、肥料を与えすぎると野菜が弱るので注意が必要なうえ、土にダメージを与えます。

 ひと雨降ればドカンと効く化成肥料を使うよりも、微生物を増やし、微生物の力を借りて穏やかに効く有機肥料を使うほうが、ビギナーでも野菜づくりを難なく楽しめるでしょう。p25同上

12)なるほど、ビギナー中のビギナーの私には有機肥料が向いているということだ。

13)Q:いろいろある有機肥料。どれを使えばいいでしょうか?p26同上

14)だよな。ここんとこ聞きたい。

15)A:米ぬか、油かす、鶏ふん・・・ 窒素、リン酸、カリウムのバランスがいい米ぬかがおすすめ。p26同上

16)なるほど、米ぬかとは意表を突かれた。個人的には米ぬかは見慣れたもので、あれが最適とはこれまた不思議であるが、ひょっとすると肥料とするには、なにかの加工が必要なのかもしれない。

17)元肥には米ぬか、追肥には速効性のある発酵鶏ふん、こんなふうに使い分けてもよいでしょう。また、育てる野菜によって、有機肥料を組み合わせて、自分流のブレンドをしておいしい野菜を育てることができます。p26同上

18)元肥、追肥、の存在はちょっとだけ意識していたが、いままで、私は元肥と堆肥を混同していた。いまは元肥料の段階だから、米ぬかをいれるのがいいわけだ。鶏ふんは追肥向きなのか。

19)「有機石灰」 すべての野菜に使用。酸性に傾いた土地を中和するために、畑にすき込む。カキ殻石灰のような有機石灰は、効果が穏やかに永続きする。効き出しもゆっくりのため、タネまきや植え付けの2週間前までに鋤き込んでおくといい。春に1度すき込めば十分だ。p28「肥料の使い方」

20)園芸店にも「カキ殻石灰」なるものが売られていた。これが有機石灰だから、有機農法では使えるということになる。それしても、苗の植え付けは今度の連休あけと考えているので、今はちょうどその二週間前ということになる。

21)Q:肥料はどのくらいの量を使ったらいいのですか? p30同上

22)そうそうここだよね。どんだけ入れればいいの?

23)A:畑の場合も、「腹八分目」の状態がベスト。おいしくて健康な野菜が育ちます。野菜の種類や土の状態で量を加減します。p30同上

24)この腹八分目が分からない。

25)野菜によって肥料の適量がありまう。肥料は米ぬかや油粕を使う場合、ホウレンソウやコマツナなどの小さな葉物野菜なら、1㎡あたり200~300gを目安し、大きな葉物野菜、果菜類、根菜類なら1㎡あたり500gをおおよその目安にします。

 逆に、サツマイモ、カボチャ、エダマメなどのように、肥料が多いと枝葉ばかり茂って身が収穫できなくなる野菜もあるので注意しましょう。p30同上

26)市民農園の一区画は18㎡。ということは全体で18㎡×300gとしておおよそ5㎏。1㎡あたり500gとしても10㎏もあれば十分ということになる。

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27)当農園で使用したのは、牛ふん2袋に鶏ふん1袋。それに竹チップ材が1袋と、あとは自宅で作ったコンポスト堆肥である。鶏ふんは15㎏ではあるが、土壌改良剤とある。牛フンは40ℓの表示が。これではなにがなんだかよくわからない。

28)肥料の全量をそっくりそのまま畑に施すと肥料過多になってしまう恐れがあります。なぜなら、畑には前作の野菜の食べ残した肥料が残っている場合が多いからです(これを”残り肥料”と言います)。p30同上

29)おいおい、何がなんだかわからなくなってきたぞ。

30)また、肥料効果のある手づくりの生ゴミ堆肥をす込んだ場合にも、肥料の量を控える必要があります。p31同上

31)あらら~。「葉の色が濃い場合は肥料過多の証拠!」なんて書いてある部分もある。これはまぁ、係の人にでも効きながら、思考錯誤しながら、やるしかないのだな、結局。

32)Q:肥料をどうやって与えればいいのですか?
   A:肥料を根から離れたところに埋めておく「割り肥」がおすすめ。肥料焼けも防げ、野菜が元気に育ちます。
p33同上

33)上手に野菜を育てている人に共通するのは、肥料が少なめということです。そこで肥料の効きすぎを心配するなら、必要な肥料の全量を一度に施さず、植え付け前に肥料の半量を施し(元肥)、後の半量は野菜の様子を見ながら追加していく(追肥)方法がおそすめです。p33同上

34)なるなる~~。まぁ、やってみるしかないな。

35)Q:ボカシ肥料ってどんなものですか?
   A:米ぬかなどの有機物を発酵させた肥料です。効き出しが早く、効果が長続きするので、元肥にも追肥にも使える万能肥料です。
p34同上

36)ここんともゆっくりやってみよう。

つづくかも

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「イエナカ菜園」室内ではじめるキッチンガーデン

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「イエナカ菜園」室内ではじめるキッチンガーデン
鈴木 あさみ(著) 2012/05 日東書院本社 単行本(ソフトカバー): 79ページNo.3473★★★☆☆

1)さぁ、春だ。市民農園も借りたし、道具も揃えた。さては堆肥を入れて土づくり、あとは肥料を入れて苗選びだ、と意気込む今の私にとっては、この本はグッドタイミングとは言えない。

2)だけど、本当に農の心や菜園指向のある人にとっては、いつでもどこでも始められますよ、というアイディアを出してくれているという意味では、貴重な一冊。

3)女性の視点らしく、キッチンサイズ、テーブルサイズで「菜園」がまとめられており、しかも、すぐ食に結びついているところが、なんとも、むつけき初老男としては、まばゆい。

4)こちとらは、山までの30キロの距離を自転車で5分に縮め、エコビレッジ構想を市民農園レベルにダウンサイズしたばかりの猪突猛進男である。どうも頭でっかちで、食卓まで思考が繋がらないのが、ちょっとつらい。

5)いずれ、収穫物が多くなってきたら、これらのレシピ集にも盛んに目がいくことになるだろう。

6)おうちの中で野菜を育てる、イエナカ菜園。
畑や庭がなくても、十分育てられます。
つくるのは、ベビーリーフやスプラウトなど、
早く収穫できる野菜が中心で、
小さなカップやタッパーなど身近な容器を活用します。

とれたての野菜のおいしさはもちろん、
おうちの中なのでいつでも目が届くところで、
目をかけて育てられるのも魅力。 
p1「安心!安全!はじめようイエナカ菜園」

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「畑道楽」畑をはじめる。プレミア世代の悠的生活 50代、60代からがもっと楽しい! タツミムック

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「畑道楽」畑をはじめる。プレミア世代の悠的生活 50代、60代からがもっと楽しい!
(タツミムック) 2013/03 辰巳出版  ムック: 106ページ
No.3472★★★★☆

1)イメージ先行の一冊。具体的な農作業については手薄であるが、要所要所に貴重な情報がある。

2)家庭菜園は初心者だけど、プランターではなくて畑で野菜を育ててみたいという人も多いと思います。
 そんな人におすすめしたいのが、農地を区画貸しする「市民農園」や、農家と一緒に野菜を育てる「農業体験農園」。ともにレクリエーションとして自家用野菜を栽培することができる農園です。自治体や農協、個人、企業などが開設していて、その内容もさまざまです。
p48「手軽だけど本格的に楽しめる! 農園利用のススメ」

3)基本的に「区民農園」に指導者はいません。利用者が好きな野菜を自由に育てています。その自由さがメリットです。私も経験者ですが、本やインターネットで調べて、思考錯誤しながら育てていくのが楽しいんです。p49「区民農園」

4)家から近い農園を選ぶのがポイントです。駐車場がありませんので、自転車で15分程度の通いやすいところでないと出かけるのが面倒になってしまいます。p49同上

5)こうして見ると、我が市民農園の選択は、かなり適格であったようだ。駐車場は20台分しかないが、十分。自転車なら5~6分。歩いても15分で行ける。

6)この本は、有機・無農薬を歌っているわけではないので、苦土石灰や化成肥料や農薬などの紹介もある。出色なのは巻末にミニ耕運機4機種の比較検討があるところ。わが市民農園にも3台のミニ耕運機が備え付けてあり、それぞれタイプが違う。今度、それぞれの違いを体験してみようと思う。

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2015/04/22

「市民農園体験記」<4>土づくり

<3>からつづく
市民農園体験記 
<4>土づくり

1)我が家のコンポストでできた完熟たい肥を市民農園に持ち込んでみる。

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2)その他、ついでだから鶏糞もふってみようか。

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3)いろいろ肥料らしきもの播いて、それとなく満足。

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4)あとは耕運機で鋤き込む。

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5)園芸店を覗けば、いろいろな苗が待ち受けている。

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6)さて、どれにしようかな。

<5>につづく

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「オーガニックな野菜づくり」 農薬・化学肥料を使わない 千成 真奈美<1>

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「オーガニックな野菜づくり」農薬・化学肥料を使わない<1>
千成 真奈美(著) 2009/02 家の光協会 単行本 95ページ
No.3471★★★★★

1)おしゃれ~な一冊。「だれでもできるはじめての野菜づくり決定版」 麻生健、「苗で始める失敗しない野菜づくり」はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!、につづいて、一晩に3冊目として読む本にしては、もはやコメントがつけようがない。

2)ほとんどがグラビア雑誌のようで、しかも著者が妙齢の女性と来れば、ただただグラビアを見ているだけで夜が更ける。

3)化学肥料や農薬を使わないオーガニック栽培は、とても難しいと思われがちですが、家庭菜園程度の規模ならば、そんなに神経質にならなくてもだいじょうぶ。堆肥や有機肥料をたっぷり耕した畑は、微生物や小動物がすむ本来の自然環境をもった土壌ができて、作物も自然に育っていきます。p2「本来の自然環境に親しむ」

4)今夜のところは、じっくり美しい女性の美しい作業画像を拝見しながら、うっとりしよう。

5)土さえあればおいしい野菜が育てられると思ってはいませんか。それは違います。おいしい野菜が育つ土は、いわばスペシャルな土。スペシャルな土は、初めからあるのではなく、育てていくものです。p06「はじめての土づくり」

6)あらら、最初からぴしゃりといわれてしまった。まさにそのとおり。土さえあれば・・・・といいう甘い期待は確かにあった。しかし、決してそう甘くはないだろう、と予測もしていた。

7)”野菜づくりの名人”といわれる人たちは、じつのところ、栽培が上手というよりも、土の育て方がうまい人たちのことを言います。彼らは日々自分の土を観察し、オリジナルな堆肥や肥料をつくり出して与え、土をつねに野菜づくりに適した状態に保っているのです。これが土づくりです。p06同上

8)名人を目ざすまでとはいわずとも、とりあえず食べれる野菜がつくれればそれで満足なのではあるが、図星のように土さえあれば野菜をつくれるだろう、とタカをくくっていたことは確か。市民農園でも空いていた区画は10箇所ほどあったが、農機具小屋や水道から近いところ、広い道を通っていくところ、角地、などを条件に選んだので、土そのものを見る余裕はなかった。

9)風通し、日当たり、水はけ、隣の作付状況などは留意した。しかし土そのものは係の人がそれとなく準備してくれているので、一目見ただけでは、前者がどのように使っていたのかはわからない。ただ、小さな虫たちもチョロチョロ歩いていたから、それなりに生きている土地ではあろう。

10)有機農法を目指そうとすると、苗を植え付ける2ヵ月前に元肥料を鋤き込むということになっているが、だとするなら二月くらいにその作業をしておかなければならないことになる。四月の中旬になって市民農園を借りた身としてはもやは手遅れである。今から鋤き込んで、できるだけ苗の植え付けを遅らせるか、あるいはことしは土づくりを目標として、野菜づくりは二の次にするか。

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11)そう言えば我が家の庭の片隅にあるコンポストの中身は、自家製堆肥になっているはずである。上のほうはともかく下のほうは完熟しているはず。すでに竹肥料や牛フン肥料は入っているので、こちらも追加してみたらどうだろう、と思いつく。

12)虫もそう。よい虫も悪い虫も、畑にはどちらもたくさんいたほうがいいと思うようになりました。よい虫が悪い虫を食べてくれるので、悪い虫の大発生が抑えられるのだと思います。よい虫だけいてほしいというのは、どだい無理な話なのです。アブラムシを発見したときは、テントウムシのえさがいっぱいあってよかったと考えています。p12「自然とつきあう」

13)アブラムシは、我が家の家庭菜園に限らず、室内のグリーンにもついてくる。ダンゴムシやウドコンコ病とならんで天敵とさえ思えるような存在だが、市民農園レベルでのこと、仲良く付き合っていく方法を探すしかない。

14)種まきや植えつけの3~4週間前には、肥料を施しておきましょう。肥料が土によくなじむ前に種まきをや植えつけをすると、発酵途中に発生するガスが作物に悪影響を与えることもあります。ただし、畑の入れ替えなどで日にちが十分にとれない場合は、1週間でもOKです。p18「オーガニック・ガーデンの土づくり」

15)お~~、ここに朗報が。「1週間でもOK」なら、わが市民農園でもなんとかやれそうだ。

16)堆肥はホームセンターなどで買うこともできますが、時間と場所に余裕があれば、ぜひ手づくりに挑戦してみてください。市販の堆肥は、枯れ草や稲わらなどの植物性の材料に、鶏糞や牛糞、土、水を加えて発酵・完熟させたものでできていますが、私の手づくり堆肥は、落ち葉や雑草と野菜くず、米糠を発酵させてつくります。p20「手づくりの堆肥&肥料」

17)ここは我が家のコンポスト制の堆肥を試してみよう。

18)植えつけ時に植え穴に施したり、成長期に追肥としてスポット的に与える肥料には、作物が吸収しやすい発酵済みのボカシ肥を。市販品もありますが、つくるのも簡単です。
 また、生育期間の短い葉野菜などの追肥には、液肥が向いています。使えるまでに数週間かかるので、畑を耕すのと同時につくり始めます。発酵臭が気になる、つくる時間がないという場合は、こちらも市販の有機質液肥を。
p21「肥料にはボカシ肥・液肥を」

19)有機農法には追肥は要らないと、どこかで聞いたが、まぁ、そう紋切り型に考えずに、この液肥の存在も意識しておこう。

20)2ℓのペットボトルに油かす1カップをいれて水を満たし、3~4週間放置する。この間、発酵してガスが発生するので、キャップは密封せずに軽く閉めておくこと。ただし、かなりにおいが強いので注意を。使うときは水で200~300倍に薄め、水やり代わりにじょうろでたっぷりと。p21「液肥のつくり方」

21)ビジュアルな一冊ではあるが、なかなか懇切丁寧で詳しい。

<2>につづく

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2015/04/21

「苗で始める失敗しない野菜づくり」はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!

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「苗で始める失敗しない野菜づくり」はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!
学研ムック 2011/04 学習研究社 ムック: 98ページ
No.3470★★★★☆

1)いいですねぇ。「はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!」と来た。これは、基本的に私向きの本かも。市民農園で無農薬。そして「はじめてでも」と来た。そのためには「苗で始める」というところが味噌なのだろう。

2)野菜の中には、育てやすいもの、育てるのが大変なもの、苗では育てることができないものがある。最初は育てやすい苗を選んで栽培するのがおすすめだ。p9「栽培しやすい苗と、苗がつくれない野菜」

3)つくりやすい葉もの、コマツナ、ホウレンソウなど。つくりやすい実もの、オクラ、インゲン、カボチャなど。やや難しい葉物、キャベツ、ハクサイ。意外と難しい、トマト、ナス、ピーマンなど、ということらしい。

4)苗は温室などで守られて育ってきているので、急激に畑の外気にさらすと対応できなくなる。そのため、植える日は風のない穏やかな日を選ぶことが大切だ。春なら暖かい日が続く、晴れた日の午前中がいい。気温が高く、地中の温度も高くなっているので、根を傷めない。p10「午前中に植える」

5)複数の苗を植えるときに大切なのは植える間隔だ。株と株の間隔を株間、畝と畝の間隔を畝間という。1畝に2列に植えることを2条植えといい、その間隔は条間という。

 葉の広がり方と根の張り方は双似形になるので、生長後に葉と葉が触れ合わない距離を取ればいい。野菜によって違うが、株間の基本はおよそ靴ひとつ分、30㎝間隔だ。p11「しっかり株間をあける」

6)なるほど、なるほど。基本中の基本、でしょうね、このあたりは。

7)苗から開始する野菜づくりは、コンテナ栽培にも向く。用意するものが少ないので、手軽にできるのも苗の魅力のひとつだ。p14「コンテナで苗から育てる」

8)ということは、なにも市民農園にこだわらず、我が家のネズミの額ような庭のコンテナでも可能は可能ということだ。市民農園とコンテナに同じ苗を植えて、その比較をしてみるのも面白いかも知れない。

9)コンテナに苗を植えつけたら、あとの基本的な作業は畑とほとんど同じだ。野菜に合わせた管理を行えばいい。コンテナ栽培と畑の違う点は次のふたつが上げられる。
①ほぼ毎日水やりをする。
②肥料が切れるので追肥の必要がある。
p16「コンテナでは追肥・水やりが必要」

10)コンテナ栽培は、我が家でも以前からすこしづつしているが、そう言われてみれば、そういうことなのだ。

11)この本においては、「育てやすい おすすめの品種カタログ」がついているp18 同じ種類の作物でも、品種によって違うので、これはひとつひとつ参考になりそう。

12)その他、ひとつひとつの野菜についていろいろ書いてある。なんだかワクワクしてくるよ。ここまで行ければ成功だね。

13)理想の土はどのようにつくられるのだろうか。ポイントになるのは、土の中にいかに多くの微生物(かび、放線菌、細菌など)がミミズなどの小動物を育てることができるかだ。有機肥料や堆肥をそのままいくらいっぱい入れても、それだけでは野菜の根は吸収できない。微生物や小動物の働きによって分解・発酵してはじめて野菜の養分になるのだ。

 微生物や小動物を増やすにはどうすればいいか。土のなかに微生物を喜ぶ棲み処をつくってやることだ。その役割をするのが堆肥だ。肥料は、そこに棲みついた微生物の栄養として入れるのだ。p70「土の大切さ」

14)「だれでもできるはじめての野菜づくり決定版」(麻生健)では、化学肥料は苦土石灰や、8・8・8などを使うということだったが、こちらでは「有機栽培」を勧めている。我が市民農園は無農薬が売りなのだし、せっかくだから、私もわずかな面積ながら、有機農法と行こうかな。

15)施肥は植えつけの2ヵ月くらい前に入れておきたい。野菜が吸収しやすい形になるのにそのくらいの時間が必要だからだ。肥料を苗植え直前に入れると、肥料が発酵するときに出す熱やガスで根を傷めてしまう。周りの養分(チッソなど)を吸収しながら発酵するので、肥料効果もなかなか出てこない。

 有機肥料のメリットはゆっくり効き出し、長く効果が持続することだ。そのため、苗を植える前に入れる元肥だけで育ち、栽培途中に入れる追肥はほとんどの場合不要だ。p71「土づくり 2ヵ月前に施肥して元肥だけで育てる」

16)あらら、ダメじゃん。4月になってから契約したため、わが農場は今日堆肥をいれたばかりである。化学肥料を使わないとしたら、あと2ヶ月待たなければならない、ということになる。しかし、そもそもはタネでスタートという気持ちもあったから、苗スタートにするのなら、ギリギリ植え付けの時期をずらすことは可能だろう。あるいは、それでも十分育つ栽培計画を立てればいいのだ。とにかく、ここは化学肥料なしで、有機でいこう!

17)土壌改良材としては、堆肥の他に、カキ殻石灰があり、よく使われる肥料には、発酵鶏ふんや、米ぬかなどもあるらしい。

18)追肥については、有機農業での重要性は低い。化学肥料で育てるときは頻繁な追肥がかかせないが、有機肥料なら元肥としてしっかり必要量を施しておけばまず必要ない。追肥が必要になるのは、十分な施肥ができなかったときや栽培期間の長い野菜で樹が弱ってきたときなどだ。そのときには畝間に施肥して、土寄せで根元に寄せる方法がよい。p86「土寄せ・追肥」

19)う~~ん、いよいよ深い。

20)もうひとつ、ぜひ知っておいて欲しいことがある。野菜が負けてしまうほど雑草が大きくならなければ、雑草が生えていることでメリットもあるということだ。いくつか例をあげると、土がむき出しにならず雑草がマルチの代わりをする、雑草の水分で土が乾燥しない、根の周りに空気を吸い込む空間をつくる、病虫害のガードにもなる、などだ。刈り取った雑草を枯らして土にすき込めば、すばらしい土づくりの材料にもなる。p90「雑草とのつき合い方」

21)なるほど~。

22)もし虫がついたらどうするか。そのときは「テデトール(手で取る)」の出番だ。見つけしだい捕獲することでだいたい済む。虫が嫌がるトウガラシ液(焼酎にトウガラシをつけた液)をつくって週1回薄めて散布する方法もよく使われる。

 アブラムシ退治には牛乳散布も効果がある。液肥のカルシウム肥料としても役立つので安心して使える。うどん粉病には薄めた醸造酢を散布するといい。酢には弱った葉を元気にする速効性液肥の効力があることも覚えておくといい。

 病気になった野菜は他に移さないように、早めに根元の土ごと畑の外に廃棄しよう。p92「病虫害対策」

23)ますます魅力的ですなぁ~。

24)農家が難しいと躊躇する無農薬有機栽培を、一般の菜園家が家庭菜園で簡単にできるのは、実は混埴=多品種少量栽培に秘密がある。難しいことでも何でもない、自然の営みを、畑で再現すれば簡単にできるということだ。p96「混埴のすすめ」

25)ああ、ようやく混埴まできましたね。これで、パーマカルチャーに繋がるし、わがポスト3・11とも繋がってくるのだ。

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「だれでもできるはじめての野菜づくり決定版」 麻生健

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「だれでもできる はじめての野菜づくり決定版」
麻生 健(著) 2011/02  家の光協会 単行本 単行本: 192ページ
No.3469★★★★☆

1)そろえておきたい道具と資材。P178 ざっと見る限りあえて買いそろえなくてならないものはなさそうだ。ハサミはいろいろあるので、どれがいいか、そのうち検討しよう。メジャーはなんとなく忘れそうだ。間縄(けんなわ)はいつも車に積んでいるビニールひもで代用。噴霧器は、そもそもこの農園は農薬は禁止なので使わない。青虫でもでたら、割り箸でつまみだそうか。でもアブラムシはなぁ・・・。

2)元肥と追肥では、必要な成分が異なるので、むだがないように成分の異なる肥料を使い分けるのが理想です。しかし初心者はまず成分が10%以下の普通化成肥料(N・P・K=8・8・8など)など1種類だけで始めてみましょう。p180(肥料とそのはたらき)

3)は~~い。

4)水はけが悪くいつもじめじめと湿った土壌では、水生野菜など一部のものを除き、根が呼吸できず、根腐れを起こすなどして生育不良になったり、枯れたりします。かといって、水はけがよすぎる、または水もちがよくない土壌では、水やりをしてもすぐに乾いてしまって、こちらも野菜はうまく育ちません。

 水はけがよく、水もちがよいという相反するような性質をもつ土は、団粒構造が発達した土です。p181「菜園の土づくり 堆肥をまぜてふかふかの土に」

5)この辺がまぁ、体験していくうちにわかってくる腕の見せ所ということでしょう。

6)うまく芽生え、苗が大きくなるにつれ、込み合って窮屈になり、生長に支障が生じてきます。そこで、生長に合わせて2~3回間引きを行ない、少しづつ株間を広げてやります。p184「種まきと苗の植えつけ」

7)ここまでいくのはもうちょっと先のことだが、ついつい嬉しくなって密埴のまま失敗ということがよくあるので、まぁ、このあたりはケチらずに間引きだな。

8)野菜づくりに、病気や害虫はつきものです。病害虫は、日当たりや風通しなどの環境を調え、土づくりをしっかり行い、また栽培する品種も地域や気候にあったもの、病害虫に抵抗性のあるものを選び、発生を予防するのが基本です。

 害虫の場合は、さらに不織布や防虫ネット、寒冷紗、マルチフィルムなどの資材を活用したり、コンパニオンプランツやバンカープランツなども積極的に利用して、発生したとしても被害できるだけ少なくなるよう備えておきましょう。

 農薬は正しく使えば危険なものではありませんが、使わなくてすめだそれに越したことはありません。まずはしっかり予防策をとりましょう。p190「野菜の病害虫対策」

9)この市民農場はそもそも無農薬が売りだから、農薬は使えない。使えば即退会だそうだ。予防をしっかりしなけりゃな。

10)コンパニオンプランツとしてよく用いられるのは、ネギ、ニラ、ニンニクなどネギ属の野菜です。キュウリなどと混埴すると、蔓割病などの土壌伝染病の発生が少なくなります。p190「コンパニオンプランツを利用した防御」

11)なるほど。

12)バンカープランツとは、害虫の天敵にすみかを提供したり増やしたりする植物のことで、虫を蓄える銀行植物といった意味です。おとり植物とも呼ばれます。その代表的なものとしては、コムギやオオムギ、ライムギ、エンバクなどのムギ類と、ソルガム(ソルゴー、コーリャン)が挙げられます。p190「バンカープランツを利用した防御」

12)ふむふむ。

13)植えつけの遅くとも2週間前に苦土石灰を1㎡当たり150gまき、深さ30㎝くらいまでよく耕しておく。さらに、植えつけが近づいたら堆肥を1㎡当たり4㎏鋤き込んで土づくりを済ませておく。

 あらかじめ肥料の量を量ってペットペットボトルに入れ、印をつけた計量カップを作っておくと便利 p12「ナス 畑の準備」

14)これはナスのケースだが、当然のことながら、作物の種類によって、畑の準備はそれぞれ違うのだ。こちらは割と大雑把なので、まぁ、この辺は適当にやろうと思っているのだ。狭い面積に、さまざまなものを植えようというのだから、まずはお試しコースである。

15)ナスの他に、この本では、トマト、ジャガイモ、ピーマン、キュウリ、トウモロコシ、ミニカボチャ、エダマメ、サツマイモ、ゴーヤー、ズッキーニ、インゲン、などが「春からはじめる野菜」として紹介されている。

16)「秋からはじめる野菜」としては、ダイコン、ニンジン、カブ、ネギ、ニンニク、ハクサイ、キャベツ、ブロッコリー、タマネギ、ホウレンソウ、コマツナ、シュンギク、などなどが紹介あれている。レタス、イチゴ、スナックエンドーなども、あれこれ紹介されている。

17)いずれ誰かに聞かなくちゃとは思っていたが、なるほど、この本「決定版」というだけあって、この一冊あれば、市民農園の小さな畑など、問題なく切りまわせるような気分になる(笑)。

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「市民農園体験記」<3>道具と肥料

<2>からつづく
市民農園体験記 
<3>道具と肥料

1)なにはともあれ、道具を準備し、肥料を入れて、土づくりから始めよう。道具と言っても、特段に買いそろえるものはない。自宅で余っている道具類の古い奴をまずは農場に持ち込んで専用とする。長靴、ゴム手袋、スコップ、レイキ。それに小さな椅子も必要だ。これはキャンプ用を流用。

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2)次は肥やしだ。肥料のやり方はいろいろありそうだが、農園に揃えてある、竹肥料や牛フン肥料などを検討してみる。だいたい面積に合わせて必要量が書いてあるので、まずはそのまま鵜呑み。

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3)そしてまずはばら撒いてみる。本来はキチンと鋤き込んで、しかも深堀りしてふかふかの土壌にするといいそうだが、きょうのところはまだ機械は使わないでおこう。

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4)機械類は自由に使っていいそうだが、まずは最初はキチンと係の人の話を聞いて、万が一のケガなどないようにしないといけない。今日は、係の人が外出しているようだ。

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5)あれ、よくみると、どこからか豆のタネが飛んできたようで、まいてもいないタネの芽がでていた。これは御客様なので、何になるのか、じっくり観察しようではないか。

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6)さて、あとは、何を育てるかだが、タネからいくのか、苗からいくのかで準備がやや違う。係の人がいうには、タネはもう何を播いてもいいそうだが、苗はもうすこし待ったほうがいいという。気候や土地柄、土質などの関係もある。係の人の言うことにしたがうにかぎる。

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7)すぐ近くの園芸店に行くと、ずらりとタネや苗が並んでいる。家族にはカブを作ってくれ、といわれているし、私はパセリを植えたいんだよな。それとズッキーニも作ってみたい。孫たちはイモ掘りをしたい、というので、ジャガイモやサツマイモも植えよう。あとはトウモロコシやかぼちゃかな。ホウレンソウ、きゅうり、ピーマン、数えたらきりがない。

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8)図書館に行ったら、沢山の農業書や園芸書が並んでいた。あ~、いままでこのコーナーに立ち寄ったことはないなぁ。見落としていた。こんなに関連の本があるんだぁ。まずは超ビギナー向けの本を数冊選んでみる。

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9)農具置き場は雑然とはしているが、まぁ、こんなもんだろう。他の人たちもまだ、本格的にスタートしていないようにも見えるし、もうすでにあの畑にはタネが播かれているのか、気になるところである。隣百姓と言うではないか。隣の人の真似をしていたら、まずはなんとかかんとかやれそうなんだがな。

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<4>につづく

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「電気がなくても、人は死なない。」 元・東電原子炉設計者が教える愉しい「減電ライフ」 木村 俊雄<2>

<1>からつづく

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「電気がなくても、人は死なない。」元・東電原子炉設計者が教える愉しい「減電ライフ」 <2>
木村 俊雄(著) 2015/03 洋泉社 単行本(ソフトカバー) 191ページ

1)今年の福島県双葉郡川内村の獏原人村における「満月祭」準備会のおり、主催者のマサイと雑談して気付いたことがいくつかあった。まず青春時代に彼が共同体やコミューンらしきものに一番最初に触れたのは島根県にあった(今もあるのかな?)「弥栄の郷(やさかのさと)」共同体であったという。

2)山陰出身でたしか山陰に在る大学で学んだマサイにしては、ある意味当然であろうが、私は、マサイの口からこの名前がでたことに驚いた。ああ、そうであったのか。

3)10代の私は70年代初半に盛んにヒッチハイクで日本列島を登り下がりしていたので、島根県の山奥にあった弥栄の郷共同体には何度か足を運んだことがある。私の参加の仕方は、定住型ではなく、当時の自称ミニコミ・ジャーナリスト的に、数日滞在しては、本拠地にある仙台に戻り、それを記事にして雑誌を作り、それをさらに全国のミニコミ書店に手持ちで配送するというスタイルだった。だから、あまり深い情報を持ってはいない。

4)それにしても、弥栄の郷は、実は私のお気入りに共同体だった。小学生時代からの友人が参加していた東京キッドのさくらんぼユートピア(鳥取)や、仙台・雀の森の仲間たちがお気に入りだった「私都村(きさいちむら)」(鳥取)よりも、むしろ共感すべき点が多かったような気がしていた。

5)というのも、どちらかというと「理屈っぽかった」からだ。私は会ったことなかった(はずだ)が、リーダー(?)となっていたたしか尾関弘という人はかなりのインテリで、本なども出版していたはずだ。

6)あのくらいの人だから、きっとどこぞの大学の先生にでもなってたくさん著書でもモノしているのではないだろうか、という読みであった。ところがいざ検索してみると、この著者名では以下の二冊しかでてこない。

「現代のアナキズム運動」 (1971年) (三一新書) 尾関弘著
「ロシア革命の幻想 」(1972年) (三一新書) モーリス・ブリントン、 尾関弘訳

 しかも二冊目は翻訳である。

7)昔活躍した人で、今名前がでてこない、という人は結構いる。例えば「新宿プレイマップ」などで活躍した今上武蘭人とかなども気になっているのだが、まぁ、そういうこともありうるのであろう。ペンネームだったり、改名したり、海外に渡ったりと。

8)ちなみに近くにあった「私都村」の発起に関わったと思われる医師の徳永進などには、多数著書があるようだ。当ブログではまだおっかけていないが、そのうち機会を狙っている。

9)さて、今回マサイと話していて、二度びっくりしたのは、昨年私は初めて獏で聞いた名前だったが、滋賀県琵琶湖の湖畔にある「山水人(やまうど)」エコビレッジ(エコトピアとも)の土地は、もともとその「弥栄の郷」関係者の持ち物であったらしい。現在の「山水人」の主宰者である祖牛さんがそれを買い取り、あたらしくリニューアルしているらしく聞いた。

10)私のうろ覚えと勘違い、不勉強で、いろいろなことが根本的に違っていたら大笑いだが、もし、これらが繋がっているとするならば、おお、という驚きに堪えない。

11)コミューン・ネットワーク、共同体の系譜、というものが、地下水脈のように滔々と流れつづけていたとするならば、これはこれ、とてつもないことだな、と思った次第。

つづくかも

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2015/04/20

「てとてと春2015」 みんなの放射線測定室「てとてと」

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「てとてと春2015」 
みんなの放射線測定室「てとてと」 2015/03 小冊子 p30
No.3468★★★★★

 この小冊子も、一目千本桜見物のおり参加した獏原人村「満月祭」準備会のなかで求めたもの。おそらく決して大人数ではないスタッフで運営されているのだろうけれど、実にしっかりした冊子としてできあがっている。

 「てとてと」については、2011年11月の設立以前より、友人を通じて、その設立呼び掛けを聞いていた。いままで積極的に利用する機会はなかったが、いつも量ってもらおうかな、と思う。

 山小屋つくりで、初めて薪ストーブを意識した時、その灰を市民放射能測定室に持ち込んでみた。結果は決して安心できるものではなかった。流通してはいけないレベルではなかったにせよ、十分管理しなければならない線量に達していたのである。

 食品については、県境の親戚からもらう野菜や米、イチゴなどは、とうぜん「安全」なものと考えてはいるが、ヤバそうなものは、私たち老夫婦が積極的に消費することにしている。

 しかし、つねに曖昧模糊とした、不安な状況は続いている。本当のところはどうなのだろう。機械測定したからと言って、絶対基準にはならないだろうが、知らずにいるよりははるかにいい。まして分からないことがまだまだあり、これから分かってくることも沢山あるはずなのだ。記録することも大切だろう

 この年に一冊でている小冊子には、スタッフなどの体験談や調査結果のレポート、そして「てとてと」運営委員のしょんつぁん(ピースファーム)の歌「さいとうさんのレシピ」が楽譜入りで紹介されている。

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「電気がなくても、人は死なない。」 元・東電原子炉設計者が教える愉しい「減電ライフ」 木村 俊雄<1>

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「電気がなくても、人は死なない。」元・東電原子炉設計者が教える愉しい「減電ライフ」 <1>
木村 俊雄(著) 2015/03 洋泉社 単行本(ソフトカバー) 191ページ
No.3467

 いまは電力会社の配電網から隔絶して、電気エネルギーは太陽光による自家発電、熱エネルギーは薪を割って生活している私ですが、もちろん最初からそうであったわけではありません。きっかけは、福島県にある「獏原人村」というところに暮らす、通称マサイさんという男性との出会いでした。

 それはまだ、私が東京電力に勤めていたときのことです。ある日、近所でお祭りが開かれることを耳にして、足を運んだところがマサイさんの暮らす獏原人村でした。彼が主宰する、そのお祭りの名前は「満月祭」といい、いまでも毎年1回、夏に開催されています。

 ピークのときには2000人ぐらいの人出があり、大変な盛り上がりようでした。私は、ステージでおこなわれるコンサートを楽しんだり、縁日のような出店の食べものをおつまみにボールを飲んだりして、単純に楽しんでいたわけですが、実はこのお祭りには大切な背景がありました。

 1986年4月26日に引き起こされた、ソビエト(現在はウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所事故をきっかけに、世界的に「No Nukes(ノーニュークス。「原子力はいらない」の意味)」の大きなムーブメントが起こり、その波は日本にも広がりを見せていました。

 1988年に八ヶ岳の麓に一万人が集結したといわれる「いのちの祭り」という催しが開催されたのですが、そこにマサイさんも参加されていたそうで、
「オレもやる!」
 と決意して、福島の地でこの満月祭を開催されていたのです。

 反原発をテーマにしたお祭りでしたが、政治的なことや思想的束縛のまったくない、いたって楽しいものでした。

 この満月祭をきっかけに、マサイさんとお付き合いをさせていただくようになったのですが、実は自分が東電社員で、福島原発の原子炉エンジニアであったことを明かせたのは、やはり退職後のことでした。

 その告白を聞くと、マサイさんはとても驚きましたが、ありがたいことに付き合い方が変わることなく、東電を去ってから半年ぐらいの間、私は獏原人村のお世話になったのです。

 住まいは、獏原人村内の朽ちかけた掘立小屋でした。
 なんとか人が住めるように手を入れて、近くの沢から水を引き込み、煮炊きと暖房はブリキの薪ストーブです。
 明かりはランプでしたので、いまの私の生活以上に電気のない生活です。

 はじめる前までは、薪で生活するなんて、まったく想像もしていなかったのですが、実際に経験してみると思ったいた以上によいものでした。
「薪の生活いいじゃないか! これは男心をくすぐる・・・・」
 とひとりほくそ笑んだものです。レベル⑩で「男のロマンあふれる人生を送ってみたい人」といったのは、このときの心境に即しています。

 そんなノウハウのすべてを伝授してくれたのが、マサイさんです。
 マサイさんは、すでに40年も電力会社から電気を買わずに、太陽光発電などの再生可能エネルギーだけで生活しています。

 インターネットや衛星放送テレビなども導入して、とても知的な生活をされていますが、まったく電力会社に頼らず、すべて自給したエネルギーでまかなっている筋金入りの自由人です。

 「大地震がきても、チェーンソー1本あれば、また家は建てられるな!」
 なんて、言い放つ実力と精神の持ち主なのです。私はこのマサイさんから、時代を生き抜く本当のスキルというものを学ばせてもらいました。薪の割り方、使い方も然りです。

 我が家のトイレは浸透式といって、地中に染み込み、自然に分解されるスタイルですが、これもマサイさんに教わったことです。獏原人村では、汲み取ったものを山にまくのですが、最初は少し臭っても2~3日でまったく臭わなくなります。

 我が家のトイレも同じで、匂いはほとんど気になりません。さらに土壌は肥え、土の質がどんどんよくなります。そんな自然の力の数々に気づかせてくれたのも、マサイさんでした。p114「我が師マサイさんの教え」

 貴重な一冊である。警告の書にして、実践の書、3・11後の地球に生きる人間の必読書。

 過日、近くでこの今年の「満月祭」の準備会があり、ひょんなことで私も参加することができた。マサイをはじめ、ミュージッシャンのしょんつぁん、ひめちゃん、
音楽プロジューサーのLeeさんなど、おおよそ30名程の方々が参加していた。

 準備会の場所となったのは宮城県内の一目千本桜で有名な阿武隈川湖畔の大きな民家。家主のやっさんは福島県双葉郡の高齢で、大工さんだったらしいが、3・11の原発事故後にこの地に避難しているとのこと。

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 私はこの準備会でこの本を一冊、マサイ(写真中央)から直接分けてもらったのだった。マサイは獏原人で今もニワトリの卵を生産して暮らしている。

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 「卵を産まなくなった廃鶏はどうしているの?」と聞くと、「出荷もしていたけど、今は潰して食べる時もあるよ」とのことだった。

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 3・11後、私はなぜか、「チキンの骨で恐竜を作ろう」というシュミをもつようになった。 昨年の「満月祭」に参加して以来、獏のニワトリの骨でも作れないかな、と一人考えていた。そんなことを話したら、じゃぁ、今度、骨をとっておくよ、と約束してくれた。

 しめた。双葉郡川内村にある獏原人原産のチキンの骨で作るなら、やはりここはフタバスズキリュウできまりでしょう。

Fs001_2   福島県立博物館 企画展示室 2013/08 by bhavesh

 フタバスズキリュウの命名の由来は、1968年に、当時高校2年生だった、鈴木直さんが、偶然に双葉郡の海岸付近でその脊椎の化石を発見したことに由来する。1968年と言えば、東京電力の原発施設の工事が始まる時期である。

 このフタバスズキリュウ、映画「トラえもん」の第一作「のび太の恐竜」 のモデルでもある。

<2>につづく

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2015/04/19

「一目千本桜」 宮城県船岡公園

「一目千本桜」 
宮城県船岡公園 2015/04/18

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066_2   昨年2014/04/19の船岡公園はこちら

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2015/04/16

「わが市民農園」<2>目次

<1>からつづく

わが市民農園 

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<2>目次

<1>やってみよう
<2>目次 
<3>道具と肥料
<4>土づくり  
<5>周りを見渡してみる 
<6>食用になる家庭菜園 
<7>入園心得  
<8>米ぬか  
<9>くわ   
<10>ジョウロ
 
<11>苗の植え付け  
<12>苗の成長と衰退 
<13>風よけ 
<14>テントウムシとカブ  
<15>イチゴと蜂  
<16>キュウリ棚とターフテント  
<17>ネットとズッキーニ  
<18>花とつぼみ 
<19>初収穫  
<20>追肥   
<21>ぼかし肥料 
<22>トウモロコシ、危うし!  
<23>七色畑、雑感  
<24>害虫対策 
<25>畑、拡大?  
<26>ナス  
<27>キュウリ  
<28>ぼかし肥の仕込み 
<29>トウモロコシ、襲わる  
<30>真犯人カラス説  
<31>わき芽かき   
<32>夏真っ盛り   
<33>そろそろ秋冬の準備? 
<34>ひと夏の経験  
<35>長雨つづき  
<36>失敗談その①ズッキーニ  
<37>失敗談その②スイカ  
<38>スベリヒユ
<39>秋支度  
<40>エダマメ   
<41>半年を振り返って  
<42>収獲(成功体験)の記憶  
<43>秋の感傷 
<44>孫と市民農園
<45>基本に帰る  
<46>ホーレンソウと寒冷紗  
<47>サトイモの一生  
<48>農地拡大?  
<49>冬って何をする? 
<50>春ですよ~~

「わがボタニカルライフ」目次へつづく

<3>につづく

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「市民農園体験記」<1>やってみよう

市民農園体験記 
<1>やってみよう

1)前々から近くの簡易郵便局に張ってあるポスターがず~っと気になっていた。4~5年、いやもっと前から気付いていた。毎年張り替えてあるのだが、この春先の数カ月だけ張ってある。市民農園とやら、へ~、そんなものあるのかいな。

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2)それらしき近くまで行ってみるのだが、どうも見つからない。まぁ、見つからなければどうでもいいけど・・・。それでずっと過ごしてきた。だけど、今年のポスターはすこし気が入っていた。リキが入っているというか。う~ん、これは電話だけでもせねば・・・。

3)行ってみたところ、そこは、以前、私も至近距離までは行っていたのだが、もうちょっと先の小道を入った竹林に囲まれた一角だった。ああ、これはいいね。貸農園というのもあるが、どうもマンションの中の空き地を耕すのはちょっと落ち着かない。ところがこっちは、まるで農園風景だね。

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4)距離もちょうどいい。いつもウォーキングしているのと同じくらいの距離。ちょっと方向が違うし、途中の風景も違う。というか、こちらのほうがずっといい。

5)気になるのはお値段。安いのか高いのか相場が分からないが、一区画で、一ケ月あたり1000円程。ああ、これなら失敗しても、途中で厭になっても諦めることができる範囲だ。ということで、さっそく契約。

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6)200区画ほどあって、開いているのは10区画ほどだとか。場所もいろいろだ。通路の側、奥まったところ。ちょっと広めのところ、竹林に近いところ。最初契約だけしておいて、あとは数日、家族を連れていったりして、思案の結果、一番よさそうなところに決めた。

7)今日は陽気に誘われて、さっそく自転車で移植ベラと余っていたタネ袋を持ってサイクリングしてきた。肥やしを入れたり、タネを選定する必要あるのだが、まずはやってみよう。自宅に余っていた古いタネの余りと、入園のプレゼントとしてもらった竹粉の堆肥を鋤き込んでみた。

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8)古いタネは芽がでないだろうが、近くで作業していたおじいちゃんがホウレンソウのタネを分けてくれたので、それも試しに播いてみる。でるだろうか・・・ワクワク。

9)実際に畑に立ってみると、とてもすがすがしい。汗もかく。いろいろとイメージも湧いてくるよ。

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10)広さは十分と言えば十分、狭いと言えば狭い。しかしながら、拡張したり増やしたりすることも可能だというし、とりあえずスタートはこの程度で十分。そもそもリクレーションなのだ。

11)のんびりいこう。

<2>につづく

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <49>幼稚園なんかいかない

<48>からつづく  

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<49>幼稚園なんかいかない

1)あんなに楽しみにしていた幼稚園も、いざ入園式が終わって、毎日通園、ということになると、毎朝葛藤がおきる。突然「幼稚園なんかいかない」と暴れ出す。園の制服に着替えさせるのも一仕事。

2)幼稚園が楽しくないのかな、とも思うが、どうやらこの現象は、我が家の内孫だけの現象ではないらしい。一足先に幼稚園に行っている外孫の場合もやっぱりそうだったということだし、あちこちからそういう話題が聞こえてくる。

3)昨日も母親と自転車で通園の予定が、暴れに暴れて、結局私が車で「強制」通園ということにあいなってしまった。大暴れだが、幼稚園の玄関で先生に手渡され、いつ電話がくるかとヒヤヒヤしていたが、結局、最後は笑顔で、母親の自転車の御迎えで帰宅した。

4)聞くところによれば、制服を着るのを拒み、パジャマ姿で通園する子供もいるらしい。すでに中年になっている私の甥は、幼いころ幼稚園のフェンスを乗り越えて自宅まで帰ろうとしたところを保護されたこともあったらしい。その彼も今や医師となり、三人の子供を抱えて、通園拒否問題に直面しているのかもなぁ(笑)

5)私の時代には近所で幼稚園に通う子供はほとんどいなかったので、いきなり小学校に入学したのだが、やっぱり登校拒否は起したなぁ。ただし、ずる休みは一回もなし。はしかの時に法定休学日数に休んだだけ。中学校も無欠席だった。

6)あの時、この子が学校に行きたがらないのは、学校や先生になにかあって行かないのだ、と家族が判断していたら私は学校を休んだのかもしれない。登校拒否や不登校はすでに一般化していて、珍しい現象ではないが、私自身や家族の問題としては直面したことはない。だから身にしみて、その問題が分かってはいない。

7)しかしまぁ、孫の通園がうまくできるようになったら、やっぱり、またこの問題からは遠ざかってしまうのだろう。だが、その逆の場合もあり得るだろうな。

<50>につづく

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2015/04/14

「For the Children 子どもたちのために」 ゲーリー・スナイダー<12>

<11>からつづ

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「For the Children 子どもたちのために」<12>
ゲーリー・スナイダー (著),  山里 勝己 (編集, 翻訳), 高野 建三 (写真) 2013/04 新泉社 単行本: 143p

1)なにか一冊、手持ちバックに中に忍ばせておいて、スナイダーをいつでも感じ取りたいと思えば、この小さな一冊はちょうど手ごろである。文章も長いものがないが、それぞれの著作からチョイスされているので、スナイダーの全体像が見渡せる。

2)画像が多く含まれているのもいい。全部モノクロ写真だ。写真にもいろいろあるが、このカメラワークに携わった高野健三の写真は、スナイダーの心象をよく映し出している。ちょっとした禅の水墨画とさえ連なっていくようでもある。

3)この本にしてこの本のタイトル、スナイダーをまとめるコピーとして「For the Chirdren」というフレーズは、必ずしもスナイダーの特性を表わしているものではない。しかしながら、スナイダーの世界が収束点を見い出そうとしている時に、この「For the Chirdren」は最もそれにふさわしく、最もよく表現されていると思う。

4)子どもたち、と言いきってしまう時の、その子供たち、の中には、自分も、そして全ての子供も青年も、大人も、老人さえ、包括されている。

5)人はひとつの場所に滞在客として住むこともできるし、定住者になろうとすることもできる。私と家族は、このシエラネバダ山脈の中高度の森の中で、早いうちから精一杯ここで生きてみようと決意した。

 これは勇気のある試みではあったが、私たちには資産もなく、むこうみずなところだけが十分に備わっていた。

 私たちは質素さはそれ自体で美しいものだと思っていたし、私たちはまた並外れたエコロジカルな道徳観を持っていた。

 しかし、日々の必要性が、結局は私たちに自然の共同性の一員としてどのようにい来るべきかということを教えてくれたのであった。p51「浸透性の世界---開かれた空間に住む」「惑星の未来を想像する者たちへ」より

6)スナイダーは私のなかではほとんど英雄である。3・11直後、スナイダーがいなかったら、私の絶望はよりもっと深かったに違いない。それほど具体的に知っていたわけじゃないスナイダーだったが、心の復興のなかで、その大地に太陽の光を受けて屹立するイメージは、野の畑においてうつむく宮沢賢治の肖像と似て、一時の、そして永遠へとつながる安らぎへと導いてくれた。

7)人はおそらく賢治にも、スナイダーにも、ヘッセや三省にもなれないのだ。彼らのイメージは、そしてその生きた軌跡は、後からその道をたどる者たちには、大いなる道しるべになってくれる。しかし、人は、おそらく、誰にもなる必要はないのだ。人は、その人自身になればいいのだ。それでもう十分なのだ。

8)「For the Chirdren」と表現される時、その中には、すべての人間が含まれている。そしてそのもっと純粋な子供的な部分に寄与されている。人は、子供としての自分の、そのために、生きて行けばいいのだ。

9)「For the Children 子どもたちのために」。コンパクトながら、大好きな一冊である。

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2015/04/13

「庭仕事の愉しみ」 ヘルマン・ヘッセ <5>

<4>からつづく 


「庭仕事の愉しみ」 <4>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
★★★★

1)ヘッセが愛したアルプスの南嶺の村々とか、ゲーリー・スナイダーが暮らしたシエラネバダのキットキットディジー、あるいは三省が帰農した屋久島の廃村などなど、それぞれにそのバイオリージョンが一個の人間を引き立てる。

2)おそらく、それにふさわしい人がふさわしい場所へとエスコートされていくのだろう。

3)私は街にあって、車を停めれば精一杯の庭付き家に住んではいるが、そこで何か庭仕事、というまでは行かない。かと言って、車を走らせて、小一時間かかる森に畑を作って通う、というのも現実的ではない。

4)ここにひとつの分離があった。

5)近くの土地をずっと物色してきたのだが、これというところがない。町の中の土地はあっても、周りのマンションから覗かれたり、逆にこっちから覗いたりというのも、いまいちうっとうしいし、もすこしどうにかならんもんかね、とずっと思ってきた。

6)ところが最近、ひょんなことで、十分ではないが、この私のフラストレーションをちょっとだけ解決してくれそうな場所と出会った。

7)契約があるからどことは言えないが、これがなかなかいい。街中をウォーキングしていたあの距離で、ぐっと広くて、しかも樹木に囲まれていた場所があったのだ。使えそうな土地は確かに狭い。狭いけれども、それほど広い土地が私に必要であろうか。

8)自宅から離れているが、歩いても、自転車でも行ける距離である。興に乗ってビールなんぞをかっくらっても、歩いて十分帰れる範囲にある。

9)近くは何度も通り過ぎていたのだが、ちょっと森の奥に隠れていたので、気がつかなかったのだ。ここはいいなぁ。直感である。

10)頭の中ではさっそく、春の作付が始まった。ナスとかきゅうりとかトマトなんかがいいのかな。それとも花? 農業に憧れながらも、ぜんぜん音痴な老人ではあるが、始めれば、割と上達するかもよ、などと友達におだてられながらも、悪い気はしない。

11)探究者や賢者は、成熟するにつれてこのような心の集中へと戻って行きます。が、たいていの人は、この本当に大切なものである内面の世界をとうに忘れ、永遠に見捨ててしまっているのです。そして決して自分の魂の内奥に住まず、決して、魂の内奥へ、故郷へ連れ戻してくれることのない、いろいろな心配ごとや望みや目標などをさまざまな迷路を生涯のあいださまようのです。p263「イーリス」

12)私には今、静かな大地が必要だ。僅かに座る土地があれば、そこは地球全体に繋がる大地であるし、頭上には天空が広がる。風が香りを運び、川や雨が潤す。そんな中で、過ごしたい。

13)無理をせず、自分サイズでいいじゃないか。

14)庭仕事の愉しみ、とはいかないが、小さな農園の畑仕事には、なんとかありつけそうな、この春である。

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2015/04/10

盲目剣谺返し

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「盲目剣谺返し」
藤沢周平原作
No.3466★★★★★

1)精神が定まらぬ。

2)家庭内暴力でもないし、ひきこもりでもないし、まぁ、友達もいる。なんとか社会生活もこなしているところを見ると、まだ大丈夫か(爆笑)

3)などなどと軽口を聞いてみる。

4)こんな時は、酒でもかっくらって早く寝るに限る。幸い、今日は金曜日ではないか。三十六計、寝るに限る。

5)仕事が立て込んで、精神が不安定になっているんだな。藤沢周平ワールドCDも聞きっぱなしで、全然まとめてない。

6)もう、こうなったらなんでもいいや、と聞きはじめたのが、この「盲目剣谺返し」 。二枚組のCDなのだが、一枚目はそこそこに気付いてはいたが、まったくそうだとは思わなかった。

7)二枚目を聴きはじめて、はっきり分かった。これは映画「武士の一分」の原作なのだった。キムタクと檀れいのあの映画の世界とはやや異なってはいるが、これはまさに「武士の一分」なのだった。

8)私は泣いた。私はこのCDを歩きながら聞いていたのだ。町の雑踏なかやビルの中、駅の中を、本屋の中を、聞きながら歩いていた。そして泣いた。

9)いいなぁ、藤沢周平ワールド

10)本日は、ブログを書く力さえ弱い。とにかくもう寝よう。だけど、今日、「盲目剣谺返し」を読んだぞ(いや、聞いたのだが・・・)、とだけはメモしておきたい。そして感動した、と。

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2015/04/08

「一茶」 藤沢周平 <1>

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「一茶」 <1>
藤沢 周平(著) 1978/06 文藝春秋 ハードカバー単行本 322ページ
No.3465★★★★★

1)「Yahman Osho 2」カテゴリは、藤沢周平のこの作品からのスタートとなった。藤沢周平ワールドの資料は、今、手元で滞留して大変なことになっている。しかし本来の業務多忙期につき、未整理状態がつづいている。

2)森繁久弥のCDワールドも素晴らしかったが、原作はまた違う味わいである。より濃い。またここから三省ワールドへとも繋がっていく。

3)見つけたのは南無阿弥陀仏、他力本願の世界である。親鸞。善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。ZENと対比され、あるいは併置されることによって、つねに意識させられてきた悪人正機説。

4)今回は、この周辺をじっくり深堀りさせられるかもしれない。

5)今日は4月8日。お釈迦さまの誕生日である。

つづく

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2015/04/06

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<54>「Yahman Osho 1」カテゴリについて

<53>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<54>「Yahman Osho 」カテゴリについて

1)書かれたのは2015/01/27から2015/04/06まで。

2)このカテゴリ名は、当ブログの独創である。このスペルをどのように表記すべきなのか、まだ確定はしていない。Yamanoshoとすべきなのか、Ya Man Oshoとすべきなのか、あるいはYarman Oshoとすべきなのか。

3)すべては同じ意味なのだが、そのニュアンスは微妙にことなる。隠されている意味はYes-Man-Oshoである。Yesは、人生に対するマスターキーであるし、Manは私たちの本質である。そしてOshoは一人物を表象しておりながら、実は森羅万象を含んでいる。

4)Yahmanとすれば、これは中南米音楽の掛け声で、おい、友達、おい、元気か、生きてるかい、というようなニュアンスになる。レゲエ音楽などのミュージッシャンが使うという。

5)そして日本語表記にすれば、3・11直前よりこの数年関わってきたワークの現場の意味になる。それは表記一体であり、不可分でありながら、また不調和をも含んだひと連なりの事象となる。

6)「再読したいこのカテゴリこの三冊」は次のとおり。

「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」 日本と日本人の原風景(2012/11 Town Mook 徳間書店)

「一茶」藤沢周平傑作選 森繁久彌のNHK日曜名作座 (2010/05 小学館CD)

「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム 山尾三省( 2000/09 地湧社)

7)読書意欲がなくなり、本が読めなくなった。ふとタブレット端末をいじっていたら、サムライ物の動画が目についた。深夜眠れないままその動画を見入っていて、涙が流れた。なんといういい映画だろうと思いつつ、類似の作品を追いかけた。

8)一つ一つが味わい深かった。チャンバラは苦手だが、しかし、そのチャンバラが生きてきた。これらの作品は誰が書いたのだろう、と調べてみると、藤沢周平の名前が浮かんできた。知らなかったわけではないが、改めてマジマジとみた。

9)その後、読書があまり進まないまま、図書館にいくと、沢山のテレビドラマの動画資料DVDがあり、また、本を読書して録音したCD音源があることが分かった。現在進行形で、それらと葛藤しているところである。

10)それら藤沢周平ワールドでも、特に「一茶」が良かった。何度も聞いた。何度も聞いているうちに、三省に一茶をモチーフとした一冊があったことを思い出した。ここからまた三省回帰が始まるかもしれない。

11)小説は苦手なのだが、藤沢周平の原作「一茶」を取り寄せて読んでみると、CDを超えた世界観があることが分かった。当然のことだ。しかし、それは次のカテゴリへと持ちこすことにする。

12)従って、カテゴリ名はここを引き継いだ形で「Yahman Osho 2」とする。

<55>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「Yahman Osho 1」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊

「Yahman Osho 1」編

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「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」 日本と日本人の原風景
2012/11 Town Mook 徳間書店

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「一茶」藤沢周平傑作選 森繁久彌のNHK日曜名作座
2010/05 小学館CD

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「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム
山尾三省 2000/09 地湧社

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「なまえのない新聞」N0.186 きこりの<星の遊行群>前史

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「なまえのない新聞」N0.186
アマナクニ 編集中あぱっち 2015/03  A4 16P
No.3464★★★★★


きこりの<星の遊行群>前史

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「せんだい市史通信」第35号 「”せんだい”の原風景を訪ねて」

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「せんだい市史通信」第35号 「”せんだい”の原風景を訪ねて」
仙台市博物館市史編さん室 2015/03/10 A4版 4ぺージ 仙台柳生「かやの木 薬師様保存会」資料集
No.3463★★★★★

カヤの木は見た?

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「かわいい隠れ家」 ミミ・ザイガー

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「かわいい隠れ家」
ミミ・ザイガー(著), 黒崎 敏(翻訳) 2012/12 二見書房 単行本 167ページ
No.3462★★★★★

1)このシリーズはとても気になるシリーズである。このシリーズの中でも、特にお気に入りの一冊も見つけてしまったし、その中でも、とくに目をつけている一軒も決定してしまっているので、もう全体を見なくてもいい。

2)だけど、この二見書房のこのシリーズが一体全体いつから始まって、どのような経緯をたどったのだろう、と、前から気になっている。いずれ全てに目を通し、メモも付け加えるとして、今回はリストだけでも作っておく。

二見書房の楽しい住まいシリーズ関連リスト

「ツリーハウスをつくる」 2005/7 ピーター ネルソン(著), Peter Nelson(原著), 日本ツリーハウス協会(翻訳)

「ツリーハウスで遊ぶ」 ポーラ ヘンダーソン 2006/09

 「ツリーハウスで夢をみる」2007/7 アラン ロラン(著), ギスラン アンドレ(著), ダニエル デュフール

「可笑しな家」 世界中の奇妙な家・ふしぎな家 60軒ハードカバー– 2008/07

「夢の棲み家」単行本– 2010/1/26 黒崎 敏(著), ビーチテラス(編集)

「可笑しなホテル」 世界のとっておきホテル24軒単行本– 2011/5/26 ベティーナ・コバレブスキー(著), 松井 貴子(翻訳)

「かわいい隠れ家」ミミ・ザイガー 2012/12 

「小さな家、可愛い家」 世界の一流建築家による傑作タイニー・ハウス34軒単行本– 2012/6/21

「可笑しな小屋」居心地のいい「ミニハウス」---羨望の35軒 ジェィン・フィールド=ルイス 2013/12

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2015/04/05

「ミシンと日本の近代」 消費者の創出 アンドルー・ゴードン<3>

<2>よりつづく 

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「ミシンと日本の近代」―― 消費者の創出<3>
アンドルー・ゴードン   (著), 大島 かおり (翻訳) 2013/7 みすず書房 単行本: 434p

1)「名前のない新聞」のあぱっちから依頼を受けて、この1ヵ月ほど、約4000字の原稿をまとめていた。お題は1975年の日本のカウンターカルチャーについてである。当然かなり面白い時代ではあるし、我が人生に欠くことのできない時代であるが、いざまとめるとなると、なかなか難しい。

2)それでも、流峰やキコリ、サキといった旧友たちにチェックしてもらいながら、なんとか締め切りに間に合いそうである。本来であれば、出来たてホヤホヤの原稿をこちらにアップしようかな、とも思ったが、掲載されるのは5月号で、あと一ケ月はあとになるだろうから、それまでは、当ブログ未発表としておく。いつかはブログに貼りつける予定。

3)そして、そのまとめの最中に、やはり私の人生は三つの文章、「雀の森の物語」、「湧き出ずるロータス・スートラ」と、「地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版」で網羅できるな、と確信した。

4)勿論、漏れてしまうことは山ほどある。書かれていることのほうが圧倒的に少ない。しかし、骨子とはそういうモノだ。そして、その三つは、それぞれに関連を意図して書かれたものではないので、その繋ぎの部分もやや不足しているのは間違いない。

5)それでも、第一作の要素は第二作に含まれているし、第一、第二の要素は、第三に含まれている。だから、現在進行中の当ブログ「ダイジェスト版」は、大変重要な位置を占めることとなる。もはや、ライフワークと言ってもいい。

6)ただ、そうとなると、第一作が始まるまえの、幼年時代のことなどをもう少し書かねばならないが、その部分は、ニュートンこと石川裕人を思い出しながら書いた文章もだいぶ増えたので、そこで副次的にメモされた部分も多い。

7)第一作から第二作までの間にも、すこし不足分がある。なければなくても構わないのだが、もし全体像の中で、何かが不足しているとしたら、やはりそこは穴埋めしておかなければならない。

8)だがしかし、ここもまたなかなか書きづらいところではあるのである。当ブログはどちらかというと空想的で抽象性をよしとする傾向がある。その反面、現実的なことや、やっかいなこと、世俗的なことについてはパスをしてきたのだ。

9)ことは職業的なことである。プライバシーの保護だったり、個人情報の管理だったり、今プライアンスの重視だったりして、思うようにはブログには書いておけない。書くとすれば、秘かに日記にでもメモして金庫にでも仕舞っておくのがいいだろう。

10)しかしまぁ、そこまでしなくても、ある程度のアバウトな表現というものも許されるであろう。まんざら嘘でもないので、リアリティが不足する、ということもない。ここは、この本に引っかけた形で、何事かをスタートしておくことにしよう。

11)私は、自分が自分でミシン屋さんになるなんてことを想像したことは一切なかった。あり得ないと思っていた。しかし、現実的にはそういうことも起きる。そして、私の人生を振り返ってみた場合、私の人生からミシン屋さん時代を削ってしまうことは、まったくの片手落ちになってしまうということが分かる。

12)私がミシン屋さんになったのは、経緯がある。

13)私は77年にインドに渡りサニヤシンとなった。78年暮れに帰国し、79年から瞑想センター活動を開始した。そしてその春から農業大学校の寮に入った。二年間在籍して卒業したが、私は最後の半年は大病を患い、生死をさまよった。

14)80年春から私は実家で自宅療養を続けた。一年間の自宅療養の間、そう80年秋あたりに、瞑想会で知り合ったメンバー、私より7歳上の友人に誘われて、このビジネスに加わったのである。

15)最初は病気の身であったので、辞退した。しかし、僅かでもいいから手伝ってほしいと言われ、多少のことを始めた。始めれば始めたなりに、出来るし、面白い。もちろんお金にもなった。小遣い欲しさに手づだっているうちに、これは瞑想センターの若い仲間たちと一緒に仕事できるんではないか、と思うようになった。

16)経緯は後述するとして、いずれ年商数億となり、80年代半ばまで友人たちとこのビジネスを続けた。

17)87年の家族4人でのインド旅行を挟んで、私は都合1995年あたりまでは、ミシン屋さんといわれる仕事をした。ただし、90年代になってからは会社をつくり、自分での他の仕事と重なったので、90年代はもっぱらアフターサービス的な形態となった。

18)このようなおおよそ10~15年間の間のことについてメモしておくとするなら、私が重要視したいことは、およそ私が訪問した1万軒の家庭の在り方についてである。そこで見聞きしたこと、感じたこと、エピソード。ミシン屋さんならではの思い出話、そういうものがある。

19)性質上、時系列に書いていくことは苦痛を伴うが、ひとつひとつエピソード的に、散発的にメモしていくことにする。

20)自分でも、このあたりを整理しきってしまえば、もうすこし私の人生も分かりやすいものになるのではないか、と思う。

<4>につづく

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2015/04/03

「庭仕事の愉しみ」 ヘルマン・ヘッセ <4>

<3>からつづく 


「庭仕事の愉しみ」 <4>
ヘルマン・ヘッセ /フォルカー・ミヒェルス 1996/06 草思社 322p 原書HERMANN HESSE FREUDE AM GARTEN 1992
★★★★ 

1)この季節になると、決まってこの本を読みたくなる。ヘルマン・ヘッセの中から三冊取りだすとしたら、「シッダールタ」と、「ガラス玉演戯」 、そしてこの「庭仕事の愉しみ」 でキマリでしょう。

2)ところで今日、友人のところに行ったら、「菜の花」の種はいらないかい、と来た。お、いいね、というと、どのくらい欲しい、という。できるだけ頂戴、と言ったが、くれたのは100グラムほど。

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3)どうやら彼は、ネットで見つけて1キロ程購入したようだ。そもそも私は菜の花の種なんてあることを知らなかった。「菜」の花だから、白菜とか大根とか、畑のものをそのままにしておくと花が咲くのかな、と思っていたのだが。

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3)その袋を見ると、「景観緑肥用シロカラシ」とある。つまりこれは最初から花を見て、そのまま鋤き込んで肥料にしようという作物だろうか。正式には「シロカラシ」という名称かもしれない。1キロで2000円ほどらしい。送料をいれて3000円だったとか。

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4)ドイツ産である。昨年に採種して、ことしの6月までは発芽保証とかのようだ。友人も自宅の周りに播くだけでは多すぎると思ったのか、試しに私にも分けてくれた。

5)はてさて、私はこれをどこに播こう。自宅のプランターに播くか、花壇の片隅に播くか、それとも、森に持っていって播いてみようか。

6)きょう、私はこのヘッセの本を3分の1程読んだ。小説も悪くはないが、この本は原寸大のヘッセが表現されていて好きである。それに、写真やヘッセの水彩画がいっぱい綴じられている。

7)森にいて、花や樹木、植物を楽しむというのは三省もそうであったが、ところで三省は絵を描いただろうか。寡聞にしていままで聞いたことがない。三省になくてヘッセにあるのは、この水彩画たちである。

8)少年は散歩などしない。少年は、森へ行くなら盗賊か、騎士か、あるいはインディアンになって行く。川に行くなら筏乗りか、漁師か、あるいは水車小屋作りになって行く。草原へ走るのは、蝶の採集か、トカゲ捕りにいくのだ。
 こうして私の散歩は、自分が何をしてよいかわからない大人の、上品だが少々退屈な行為のように思われた。
p20 「少年の庭」

9)私は森に騎士になっていくのだろうか。トカゲ捕りにいくのだろうか。それとも、本当は、自分は何をしたらよいのかわからない大人なのだろうか。

10)世界がかつては一瞬のあいだあんなにも光で満たされ、完全であったことを、もう思い出すこともできなくなるだろう。考えを切りかえるために、私は夕食後十五分間読書する。が、最近は精選された良い物しか読めない・・・・p108「夏と秋のあいだ」

11)この本は、ヘッセがあちこちに書いた文章を、研究者のフォルカー・ミヒェルスが編集したものだ。だから、出典もまちまち、年代もまちまちだ。だから本当のことを言うと、ヘッセそのものを味わうには、すこし邪道であると言える。

11)この文章は1930年のもの。1877年生まれのヘッセ53歳の時だ。「最近は精選された良い物しか読めない・・・・」。 最近の私も実は、「精選された」ものしか読めなくなっている。もともとは乱読なクセに、どうも最近は再読本が多くなっている。だが、私は、自分が精選したものが「良い物」という自信は本当はない。

12)私はいつか、ゆったりと森の中に沈み、ヘッセの最高峰「ガラス玉演戯」をゆっくりゆっくり読んでみたい。あの高貴な精神の高見に浸ってみたい。だが、それは彼の「作品」だと知っているから、そうするのだ。

13)本当のヘッセは、むしろこちらの「庭仕事の愉しみ」のほうにいる。原寸大のヘッセが夢の世界で「ガラス玉演戯」を夢見ている。そんな風景が好きである。

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2015/04/02

「藤沢周平傑作選」森繁久彌の日曜名作座

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「藤沢周平傑作選」森繁久彌の日曜名作座
CDセットカタログ 2010/05 小学館  p80 
No.3461★★★★★

1)やみくもに突っ込んだ藤沢周平ワールドであったが、やはり交通整理してくれるガイド役は必要である。今のところ重宝しているのが「藤沢周平と<海坂藩>を旅する」日本と日本人の原風景 (2012/11徳間書店)。これがなかなかいい。これでひととおり藤沢周平ワールドを見渡せるかな、というところ。

2)それに加えるところのこちらの本もなかなかタメになる。前半部は森繁久彌ワールドになってしまって、ちょっと当ブログの現在の方向性とは異なっているが、後半以降はキチンと藤沢ワールドに戻ってくる。

3)藤沢CDワールドに目をつけたはいいが、とにかく作品はたくさんある。借りてきてスマホに入れてイヤホンで聞く生活もなかなか楽でいいが、これらをひとつひとつ聞いていくのは大変だ。楽しみが苦しみにさえなりかねない。だから、今は小休止。

4)ひととり落ち着いたら、このページにこのCD全体の構成をまとめて、ひとつひとつメモすることにする。

5)ところで、ごく最近まで、私は山形の米沢と鶴岡がごっちゃになっていた。鶴岡は鶴岡で日本海に近いほうであった。

6)そして思えば、最近知り合いになった自然派山形県会議員は、実はこの鶴岡出身だということが分かった。というか、今でも本拠地が鶴岡なのだ。なるほど~、と何かが立体的になってきた。

7)そのうち機会があったら、あっち方面に遊びに行ってみよう。

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「農業聖典」 アルバート・ハワード

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「農業聖典」
アルバート ハワード(著), Albert Howard(原著), 保田 茂(翻訳), 魚住 道郎  2003/3 日本有機農業研究会 単行本 321ページ
No.3460★★★☆☆

1)実際に農業に従事している人からのおすすめである。「ハワードの有機農業」上下巻とともに、これら三冊を手に取ってみた。

2)紹介してくれた人は、近くの図書館にこれらの本が入っていること自体を「素晴らしい図書館だ」とほめてくれた。

3)この本の原著は1940年に出ている。今から75年前のことである。ハワードは1873年にイギリスで生まれているから、もうだいぶ前の人だ。

4)ちらっと思うのだが、私が生まれた1950年代では、日本の農家もほとんどが有機農業だった。キチンと体系化されていたかどうか、意識してそれをしていたかどうかはともかく、農業とは、有機な職業だったのではないか。

5)私は農家の生まれでありながら、農地も持っていないし、農業のセンスが不足している。これでも農業大学校に学んだこともあるのだが、実践力はまるでない。ある意味、自分でもガッカリの人生である。

6)もし私の人生でこのような本を活用できる場面があったとしたら、それはそれはまったく別の人生だったのではないか、と溜め息がでる。

7)この本が仮にF1レースにでるような高度な技術書であるならば、私は、遊園地のゴーカートが怖くて乗れない、というような段階だ。だから、せっかくのご紹介であるが、今は、この本は高値の花である。

8)いずれ時期が来たって、これら三冊の本を開くこともあるかも知れないが、その時のために、とりあえず書名だけでもメモしておくことにする。

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2015/04/01

「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム 山尾三省<3>

<2>からつづく  

カミを詠んだ一茶の俳句―希望としてのアニミズム
「カミを詠んだ一茶の俳句」 希望としてのアニミズム <3>
山尾 三省 (著) 2000/09 地湧社 単行本: 302p

1)山尾三省は決して寡作な作家ではなく、追っかけてみれば読み切れないほどの作品を遺してくれている。その中にあっても 「聖老人」(1981 めるくまーる社)や「聖なる地球のつどいかな」
(1998 ゲイリー・スナイダーとの対談集/山と渓谷社)
、「インド巡礼日記」(2012野草社)、「ネパール巡礼日記」(2012野草社)などは、どうしても抜きがたい重要な位置を占めている。

2)しかしながら、もし凝縮された山尾三省の思想や哲学、文学の焦点というものがあるとするならば、私が勝手に名付けた晩年の「三省アニミズム三部作」こそが、その結晶であろうと、以前より思っていた。

3)藤沢周平ワールドめぐりの中で森繁久彌朗読の「一茶」CDに出会い、こうして三省の一茶アニミズムに戻ってこれたことに、大いに感謝したい。

4)このCDはなかなか良く出来ていて、もうすでに何回も聞いているのだが、ひょっと思い立って、そもそもの藤沢周平の原作の「一茶」を読み始めているところである。そうして気づくことは、朗読とはいうものの、かなり脚色されていて、またそれぞれに違う味わいがあるのだった。

5)従って、今現在、そもそもの一茶を元にした、藤沢周平ワールドがあり、森繁久彌ワールドがあり、山尾三省ワールドが林立している状態ということになる。そして、いずれもが、わが心の琴線に触れてくる絶妙なリズムなのだが、中でもよりリアリティを持って原寸大でせまってくるのは、やはり三省なのかな、と思っているところである。

6)三省にはこの 「カミを詠んだ一茶の俳句」(2000 地湧社)の他には、 「アニミズムという希望―講演録・琉球大学の五日間」(2000 野草社)、「リグ・ヴェーダの智慧ーアニミズムの深化のために 」(2001 野草社)があり、この三冊は、折に触れて今後なんども読み返していきたいものだと感じている。

7)この本を前回読んだ時も、藤沢周平朗読CDを聞いた時も、実は見逃していたのだが、晩年に遊行者から家住者になった一茶の身の上は、「不幸」の連続だったうえに、村に大火事がおこり、家作を焼失してしまっていたのだった。

8)三省はこの本を、何かの雑誌等に連載したものを再編集したものではないようだ。つまり書き下ろしである。ひとつテーマを決め、「15年前」から案を練っていたものだった。

9)ぼくが今、こうして取り組んでいるこの本は、アニミズムという宗教的なテーマを主題としてはいるが、それはいわゆる宗教に読者を誘いこもうとしているのではなくて、その反対に宗教というものを人間性全般に開放したいという意図のもとにこそ取り組まれているのでである。p106「つひの栖」

10)アニミズムというとどうも誤解を生みやすい。とくに三省のようなパソコンも使わず、太陽光発電にも懐疑的な御仁が提唱するとなれば、上げ足のひとつも取りたくなるのである。

11)万人が、生という感応道交の事実としてその中に立っているその<光>をこそ、ぼくはカミと呼ぶのであるが、神はもとよりカミという言葉でさえも宗教臭がして厭だという人は、もとよりそれを<物のみへたる光>と呼んでもらってもかわないし、もっと端的に<美>と呼んでも、ただ万象との感応道交と言ってもよいのだ。
 ぼくとしては、それをカミと呼ぶことが、美と呼ぶことよりはるかに適切であるのでそう呼ぶのであるし、カミと呼べばまさしくカミとしてそれが現われてくるゆえに、そう呼ぶのである。
p174「下々の下国」

12)ひとそれぞれの感応であり、表現であるならば、別段に議論の余地はないのであるが、三省にとっては、この書は遺言に位置する最後のメッセージであり、積極的に表現され、積極的に受け止められるべき一書であるのである。

13)アニミズムをこそこれから作っていく文明の基礎哲学と考えるのは、東京を昔の田畑しかない武蔵野に戻そうというのではなくて、例えば東京に欠けている森林公園を現在の五倍にも十倍にも増やし、東京を流れるすべての河川の水を都市工学の力を借りてもう一度飲める水に取り戻そうとすることにある。
森こそはアニミズムの発祥の地であり、水こそは全生物を産み出した大源だからである。
p212同上

14)ここに書かれている三省の遺言は、決して理解され得ない内容ではなく、万人の心を打つ内容ではあるが、それを現実化する道筋にリアリティがない。例えば三省遺言の憲法九条をすべての国の憲法にいれよう、というアイディアでさえ、その本国である日本憲法からさえ消えつつあるのだ。

15)下々の下国人と自覚した小林一茶こそは、日本において最初に現われ出た土からの詩人であり、土を価値とした人であり、したがって場=地域=故郷性を思想とした人であった、ということができる。p228「俳諧寺一茶」

16)三省アニミズム三部作は、この一茶と、インド聖典リグ・ヴェーダと、沖縄という「場」に基点をおいているかぎり、この「カミを詠んだ一茶の俳句」は、日本的文化の真髄を、三省なりに一茶の俳句を借りながら、関係に表現したものと言えるだろう。

17)リグ・ヴェーダではインド哲学的神秘を借り、沖縄という場では、現代性、科学性、政治性を語った三省において、この三部作こそ、科学、芸術、宗教のトリニティを余すことなく表現しようとした「最期」の創作と見ることが可能である。

18)雪とけて村一ぱいの子ども哉    (中略)

 子供達が地球という村いっぱいに遊んでいるということが、ぼく達の真実の希望であり、未来でなくて、他に何があろうか。p295「屑屋」

19)三省は、その出発地点においては政治的な視点から始まった人であり、つねに政治的な視点をはずすことはなかった人ではあるが、政治家ではなかった。また科学を重要視するという姿勢を見せながら、いわゆる現代科学の潮流を自らの道とすることはなかった。だから、彼のビジョンは、極めて現実的視点を持ちながら、その解決策はかならずしも実際的ではなかった。

20)百姓として、そして詩人として、彼の表現は、平易でかつ目に写る事象に依拠された日常に彩られたものであったが、その森羅万象のなかに深い神秘を見ようとしてきたのは事実である。三省を科学者や政治家としてみることは出来ないが、また、神秘家という非日常の彼方に追いやることも、勿論できない。三省は詩人なのである。芸術の人であった。

21)三省の遺言をなにかのプロジェクト企画書のようには受け取ることはできない。物事はそうはならないだろう。しかし、そう表現せざるをえなかった三省と、同時代を生き、数少ないとは言え、同じ空間の空気を吸った者としては、彼の遺言をしっかりと受け止め、そして、それは私の生きざまへと統合されていかえるべき質のものであると心得る。

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