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2015年6月の51件の記事

2015/06/30

「決定版 有機・無農薬のおいしい野菜づくり」 (暮らしの実用シリーズ) 木嶋利男(監修)

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「決定版 有機・無農薬のおいしい野菜づくり」 (暮らしの実用シリーズ)
木嶋 利男(監修) 2012/09 学研パブリッシング  大型本: 192ページ
No.3549

 1)この本はいい。なかなかいい。有機・無農薬について一通り述べられているのは当然としても、そこから更に半歩突っ込んでいるところがある。

2)夏から秋にかけて葱とタマネギをクラインガルテンで栽培する予定なのだが、周囲は、ビニールマルチで栽培する方向で動いている。私も、まぁ、それもありかなぁ、と思ってはいるのだが、この本においては、ワラや他の有機物でのマルチも紹介してある。

3)私は正直言って、あのビニールマルチってやつが好きではない。雑草もでず、保温も確保できるとか、保水性もあるとか、色々聞くが、どうもあの使い終わったあとのことを考えると、どうせゴミになるのでしょう、と、ちょっとがっかりしているところがある。

4)何が、有機かよ・・・・、と。

5)ところが、ワラや有機物のマルチなら、収穫が終わったあとは、そのまま鋤き込んでしまうことだって可能なのだ。私なら絶対こちらがいい。

6)ましてや、いくら広い畑が使えそうだとしても、別に大量に商品として農作物を出荷するわけではない。むしろ今年は土づくりも含めた、七色畑の試運転のつもりなのだ。あまり経費もかけたくないし、イージーに流れるもどうかと思う。

7)そして、この本においては、むしろ雑草も必要以上に取る必要もない、とまで書いてある。おお、これこそは天の恵み。この本は、ジックリ読むに値するかもよ。

つづく

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「有機・無農薬栽培で安全安心な野菜づくり 」佐倉教授「直伝」! 小さな菜園でも収穫倍増 佐倉朗夫

61moj9b6wjl「有機・無農薬栽培で安全安心な野菜づくり 」佐倉教授「直伝」! 小さな菜園でも収穫倍増
佐倉 朗夫(著) 2014/04 講談社 単行本(ソフトカバー): 128ページ  
No.3548★★★★★

1)この手の類書には何冊か目を通してきたが、近刊であると、古書であると、だいたい内容は似たようなものである。とにかかく小さな家庭菜園や市民農園で、有機無農薬となれば、ほとんど、どこの本も似たようなものである。

2)ということは、おそらくこの農法はすでに「確立」されているのだ。著者や出版社によって、若干の味付けがかわるものの、内容は似たりよったりだ。

3)インゲン、エダマメ、キュウリ、トマト、サツマイモ、スイートコーン、ピーマン、などなど。家庭菜園の定番中の定番、わが市民農園でも、奮闘中の作物たちについて、コンパクトかつカラー写真つきで的確に「教授」されている。

4)土づくり、畝立て、病虫害対策、などなど、こちらもまた定番中の定番のセミナーが、キチンと的確に指摘してある。家庭にこの一冊があれば、家庭菜園も、市民農園も、まったく問題なさそうだ。

5)だが、5坪の市民農園から、50~500坪のクラインガルテンへと飛翔しようとする我がブログの指向性では、いずれこの本からはみ出てくる部分もありそうだ。

6)つまり、この本は「市民農園で有機無農薬」ならピッタリだが、「クラインガルテンで週末農業」となると、ちょっとした応用や工夫が必要となる。

7)ましてや「エコビレッジでパーマカルチャー」となれば、この本からは大きくこぼれてしまう事どもがたくさんでてくることになる。特に「哲学」的なことがね。

8)だがしかし、現在進行形の「市民農園で有機無農薬」なら、この本一冊で、十分学べる。必要かつ十分である。

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「AIの衝撃」 人工知能は人類の敵か 小林 雅一<2>

<1>からつづく 

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「AIの衝撃」工知能は人類の敵か <1>
小林 雅一(著) 2015/03 講談社 新書: 256ページ
★★★★★

1)20代の死のベットで読んだアルビン・トフラー「第三の波」(1980/10 日本放送協会出版局)、PTA活動も終わった中年になって読んだ梅田望夫「ウェブ進化論」 (筑摩書房 (2006/02)、それにつづく、何かもう一冊と思うのだが、いまだ出会っていない。

2)「第三の波」は、インドから帰って農業を学びつつ、死の病を得た若者であった私が、未来に大きな希望を持った一冊だった。おお、このような世界があるのなら、まだまだ生きていく価値があるぞ。生命力が湧いた。あのエレクトロニック・コテッジが、勇気を与えてくれた。

3)「ウェブ進化論」は、その紹介を新聞で読んだ。そして、その書評を書くためにブログを始め、結局、私は新聞を捨ててネット派になった。ブログを続けてきたのは、この一冊を超える、更なる一冊を見つけるためだったとも言える。

4)今、私は畑のなかでスマホをいじる老年を迎えている。私には、おそらく、前二著に匹敵する第三の真の「衝撃」な一冊が登場する予感がする。

5)現在進行中の「角川インターネット講座」(2014/10角川学芸出版)はいまいちである。これまでのネット進化の歴史を学ぶにはいいが、画期的な未来予測はまだ見られない。その中の一冊、現在読んでいる坂村健「コンピューターがネットと出会ったら」(2015/04)も注目すべき強烈な一冊であるが、もうひとつ食いたらない。今秋刊行の伊藤穰一 監修「ネットで進化する人類」ビフォア/アフター・インターネット (2015/10刊行予定)まで、またなければならないだろうか。

6)これまでITと意識について書いた本で、これまで読んだ本の中では、「未来のアトム」(田中伸和 2001/7 アスキー)が記憶に残っている。今読んでも面白かろう。これらを読み進めて感じていたことは、ITが意識を持つとしたら、頭脳だけが存在するのではなく、あらゆるセンサーをつけたロボットのような身体が必要であろう、ということだった。

7)ところが、坂村健「コンピューターがネットと出会ったら」を読み進めていて思うことは、鳥の翼を真似た飛行機が、鳥の翼と違う動きをしているように、あるいは、高速で走る動物たちの四本足よりも、はるかに車輪のほうが早く走れるように、意識も、身体も、ひょっとすると、現在の人間に付随するものとはかけ離れたシステムになるかもしれない、ということだ。

8)つまり、飛行機も自動車も人間が生み出したものだが、人間の能力をはるかに超えている。これにちなんで言えば、これから人間が生み出すであろう「意識」も、もっと別な形で、しかも、もっと優れている可能性がある。

9)おそらく新しい時代の「身体」は人型ロボットではないのだ。あらゆる組み込みコンピュータがつながり、ビックデータとして一体となった、地球大の「身体」なのだ。

10)そして、おそらく、地球大の「意識」は、人間よりはるかに「無心」であるに違いない。見つめており、気付いており、判断せず受け入れている、そういう「意識」が存在するようになる。

11)スパイキング・ニューラルネットは、意識を持つ「強いAI」への期待も担っています。もちろん現時点で、意識の全貌が科学的に解明されているわけではありません。そもそも「意識とはなにか」について、神経科学や心理学などことなる研究領域を通じて共通の定義すら確立されていない状況です。

 が、いわゆる意識を構成するいくつかの要素、たとえば「注意」などの現象はある程度、解明されています。p132「脳科学とコンピュータの融合から何が生まれるのか」

12)科学というのは、実にまどろっこしいものである。ある意味、足手まといである。しかしながら、であるからこそ、確実な地平を開いてくれるとも言える。

13)ここに来て米国のロボット関係者が、「AI(人工頭脳)の分野で、ようやく今、機が熟してきた」と思い始めたからです。つまり「ディープラーニング」のような先端AIを搭載すれば、今こそ人とコミュニケーションし、仕事や暮らしの中で人に役に立つ汎用ロボット、つまりSFのような次世代ロボットが作れると彼らは考えているのです。p177「日本の全産業がグーグルに支配される!!」

14)いやいや、まだまだであろう。人とのコミュニケーションとか、次世代ロボットなどとは、まだまだプロセスの途上にある通過点に過ぎない。日本の産業うんぬんは、著者もサービス精神で付け加えているだけで、そんなことはどうでもいい。グーグル、いまだ到達せず。

15)この本のキーワードは、「ディープラーニング」である。プログラミングされたシステムが、センサーからのフィードバックのビックデータを取りこんで、自ら新システムを構築し続ける技術である。これまでありそうだったことを、さらに深めているとはいえ、決して画期的なものではない。熟成しているとは言えるが、次なるシステムがあるはずである。

16)極端な言い方をすれば、「メディテーション」するAIまで行かなければ、究極ではない。

17)これは単なる「知能」という言葉では表現しきれないほど大きな「何か」です。このように将来を見据えることのできる叡智と包容力こそが、私たち人間に残された最後の砦なのです。p242「人間の存在価値が問われる時代」

18)本著は、好著である。先端部を扱いながら、さらに直感的に、さらなる未来を見通そうとしている。しかし、それが何かを、あやふやな仮説であったとしても、十分に表現できているわけではない。

19)おそらく「私たち人間」と表現してしまった時に、その道は、とざされてしまうのだ。究極のステージを問うには「私たち人間」から、「私」と、主語を変えなければならない。そして科学的な外部への視線ではなくて、第三の目のような、内部への洞察が必要になってくるのだ。

20)「では、そうしたAIの意識はあるとき偶然、つまり自然発生的に生まれるものですか? それとも科学者、つまり人間が意図的に計算ずくで作り上げるものでしょうか?」と質問すると、「それは後者でしょう」といわれました。p244「あとがき」

21)意識とくれば、それに到達する道は、瞑想しかないのだ。瞑想という言葉は、もっと一般的になり、余計な付随物が取り除かれ、科学者も、研究者も、ロボットも、みんな瞑想する時代がやってくる。私は、そういう主旨を持った本が登場するのを待っている。

22)私は、その本を、クラインガルテン 農作業をしながら、読みたい。

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2015/06/29

「市民農園体験記」<24>害虫対策

<23>からつづく

市民農園体験記 
<24>害虫対策

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 畑に行くと、ニジュウヤテントウムシが、ちょこちょこ張り付いている。農園主がおっしゃることには、これからは、この虫との戦いが始まるのだと。対策は、とにかくひとつひとつ手で捕まえて、潰すか、取り除くことしかないらしい。

Img_6396 そこで飛び出すのが、ペットボトルを改造した、虫取り器。二つのペットボトルの口を繋いだものだが、片方だけカッターで切って、チリトリ状になっているのだ。虫を見つけ次第、このチリトリのなかへ、割り箸で虫を払い落すのだ。虫は密封しなくても、ここからは這いだせないとのこと。

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 他には、葉物には、とにかくカンレイ紗をかけて、虫を侵入を防ぐ、これしかないらしい。私はまだDIY店や園芸店でもこの製品をみたことがないので、そのうち点検しておこう。

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 園芸店にいくと、たくさんの種が売っている。随分あるものだ。いままで、このようなコーナーがあるなんて気にもとめなかったのだが、最近は、このコーナーを見るために、わざわざ出かけていくことも多くなった。

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 隣接の河川敷で活躍している農業愛好家達の畑もすばらしい。自分もいつかこれだけのことができたらいいなぁ。

<25>につづく

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2015/06/28

シリーズ「電波塔を考える」<5>ソフトバンク見っけ!

<4>からつづく

シリーズ「電波塔を考える」

<5>ソフトバンク見っけ!

 お墓まいりの帰りに気がつくと頭の上に巨大な電波搭。そうそうここにもあったんだよね、結構前から。

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 あまりに巨大すぎて、スマホではうまく捉えきれないほどの大きさだ。

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 そこからほど遠くないところにも、同じような鉄塔が。こちらもKDDIなのかな。

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 と思ってみたら、なんと、こちらはNTTドコモだった。

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 電波搭の全体像を撮影しようとして移動していたら、別な市民農園を見つけてしまった。へぇ、あちこちに市民農園ってあるんだな。

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 そして、今度は、コンクリート柱の電波搭。

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 ここはどこだろう、と見たら、ようやくソフトバンクの第一号を見つけることができた。そうか、ここはいつぞやは反対運動が起きて、某政党が反対運動をして、テレビニュースにもなったところだった。

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 なにはともあれ、こうしてメッシュ状態にアンテナが張り巡らされているんだなぁ。

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<6>につづく

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「クラインガルテン計画」<5>トウモロコシ移植

<4>からつづく

「クラインガルテン計画」

<5>トウモロコシ移植  目次

 市民農園で播いたトウモロコシを間引いたところ、これは苗に使えるのではないか、と直感した。捨てるのはもったいない。そこで、クラインガルテンのほうに移植してみることにした。

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 鶏糞、牛糞、米ぬかなどを鋤き込んである畑、本日は梅雨入りということもあって、ぬかるんでいた。それでも晴れ間を見てクワ仕事。

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 実際は、この地はハクビシンが生息するので、トウモロコシの生息は難しいのではないか、と言う。さらに言えば、ハクビシンを呼び寄せると、他の作物にも影響するかもしれないので、トウモロコシはあまり歓迎されていない。

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 しかし、ここはなんとか発芽実験の延長であり、影響がありそうなら、その時点で倒す、という方針で、とにかく植え付けをしてみる。

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 今日の目的は梅の追加。梅の木には久しぶりにみるカタツムリがついていた。

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 今日はこのくらいにして、来週はもっと黄色に色づいたところを梅干し用にこの10倍はとらなければならない。

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 ところで、いつぞや、訪問した市民農園の土手向かいの河川敷の小父さんはどうなっているだろう。と、覗いてみると、おおなかなか凄いぞ、あの小父さん、こういうことをやりたかったんだな。

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 たのしいだろうなぁ。うらやましい。まだまだの部分もありそうだが、これだけの広さなら、結構満足するだろう。

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 でもな、よくよく見ると、小屋として作った小屋は、ホントに小屋になっていた(笑)。当たり前だが。でもね、私は、クラインガルテンと来たら、休憩できるくらいの、そして時には宿泊できるくらいの小屋がほしいんだよなぁ。ラウベというやつ。

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 よくよく考えてみれば、広さ的には、あの小父さんと同じくらいのスペースの可能性があるし、むしろラウベ(滞在小屋)の可能性がある、わがクラインガルテン計画のほうが、ひょっとすると夢があるかもよ。面白くなってきた・・・。

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<6>につづく

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2015/06/27

今日の気分はこの3冊<14>「男のロフト主義。」 「現代建築家による“地球(ガイア)”建築」 「仙台まちなか農園プロジェクト」

<13>からつづく

今日の気分はこの3冊
<14>

「男のロフト主義。」 Pen (ペン) 2004年 4/15号

「現代建築家による“地球(ガイア)”建築」乙須敏紀 2008/11 ガイアブックス/産調出版

「仙台まちなか農園プロジェクト」 都市の「農」空間創出を考える研究  仙台都市総合研究機構 平成18年度研究報告 2007/03

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 三冊とはいうものの、それぞれの本の中にあった、これら三枚の画像が、やたらと心に沁み入る梅雨入りの日である。

<15>につづく

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2015/06/26

「確実に稼げる 週末農業」 副業入門 岡本恭子

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「確実に稼げる 週末農業」 副業入門
岡本 恭子(著) 2014/05 ソーテック社 単行本: 280ページ 
No.3546★★☆☆☆

1)この本、最近一年前の本だが、どうも生々しくて、好きな本とは言えない。

2)副業で収入を得るためには、実際に野菜をつくらなければ話ははじまりません。どんなに知識を身につけても、実際に行動しなければ取り組む意味がないでしょう。趣味レベルでいいのであれば別ですが、実際にお金に変えていくのがこの本の目的です。p23「素人でも野菜づくりにチャレンジできる!」

3)私の「市民農園で有機無農薬」も、「クラインガルテンで週末農業」も、どちらも「趣味」なのだが、いくら趣味とはいえ、「実際に野菜を作らなければ話は始まらない」。実際にやってみないと、植物や自然との触れ合いだ。

4)私は「実際にお金に変えていく」ことは全く考えていないが、ただいくら趣味とは言え、資金はかかる。入れこめば、結構な金額になる。だから、それにペイする形でなにか対価があれば、それはいいと思う。

 5)しかし、この本のように、インターネットで野菜を売ろうなんて無謀なことは考えない。むしろ、たまに訪れる友人たちに手土産にでも持参して、そこから派生する何らかの効果のほうが大きいと思う。つまり、「週末農業」で「生活」しようとは思っていない。

6)私は、農業を仕事にすることは不可能だとか、やめておいたほうがいいということは思っていません。できることならkの素晴らしい仕事に挑戦して、成功する人がたくさん出ればいいなと思っています。

 ただ、軽はずみな考えでは、気持ちも資金も継続することが難しいということはしっかりとお伝えしたいのです。p63同上

7)農家の実体を見知っている私としては、軽はずみでなければ、週末農業などやってみようとは思わないだろう。ましてや利益を上げようなんて、まったく思わない。だからこそ、現在の私は、自分の「軽はずみ」であることを、うれしく思う。

8)「野菜を本格的につくりたい!」と田舎に移住して、何かの仕事をしながら半自給自足的生活で暮らしはじめる人が年々増えてきました。(中略)普段は田舎で暮らして、仕事があるときだけ東京にでかけるといった生活です。p164「オンとオフの切り替えでリフレッシュ!」

9)この本、どこか浮ついているなぁ。畑仕事や、有機農法、クラインガルテンのもともとの意味からすると、大きく話の筋がずれている。

10)最近の本だからこそ、生々しく現実が見えて、「夢」がしぼんでしまいそうだ。

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「『週末農業』を楽しむ本」―自然と親しみ、自給をめざす新しいライフスタイルの提案 宮崎隆典

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「『週末農業』を楽しむ本」―自然と親しみ、自給をめざす新しいライフスタイルの提案
宮崎 隆典(著) 2001/04 実務教育出版 単行本 247ページ  
No.3545★★★★★

1)こちらは更に古く、14年前の本である。こうして古い本を読んでみると、まず、無農薬有機農法を基盤とする、お勧めスタイルは、ほとんど決定しているな、と感じる。すでにだいぶ前から「確立」したスタイルがあるのだ。

2)「クラインガルテン」とは、ドイツ語で「小さな庭」という意味ですが、宿泊施設のある農園のことです。
 ヨーロッパでは多くの市民が好きなときに長期休暇を取り、農村に滞在し心身のリフレッシュをはかる「グリーンツーリズム」が浸透していますが、ドイツではその受け皿が「クラインガルテン」で、全国各地にたくさん設けられています。
 農園のほか緑地ゾーンや花園もあり、家族などが休暇や土曜・日曜に泊まりにきて、農作業をしたり、緑地や花園、周辺の山野を散策したりして楽しんでいます。
p14「滞在型農園『クラインガルテン』
が大人気」

3)「エコビレッジでパーマカルチャー」から、「市民農園で有機無農薬」、そしていまや「クラインガルテンで週末農業」へと、思いがどんどん変形(進化?)している我がビジョンである。ちっとも珍しいことでも、目新しいことでもないのだが、これは実際にやってみる価値がある。

4)準備万端整えて始めるのは結構なことですが、過剰投資は過ぎたるは及ばざるがごとし、になりかねません。畑では意外と金がかかるものです。先に書いたようにコストダウンの努力を惜しまないこと、つまりケチに徹することが週末農業では鉄則です。p182「農機具は絶対必要な一次品から耕運機まで」

5)たしかに、これは言える。入れこめば、沢山の投資が必要となる。まずは小さく、ミニマムからスタートするのがよかろう。

6)「コンパニオン・プランツ」とは、共生作物のことです。ある作物とある作物を混埴した方がお互いの出来がよくなるという、相性の良い作物の関係をいいます。混埴と言っても、実際に何列かおきに植えるのです。p195「作物の顔と性格を知り『楽農家』になろう」

7)ここんとこも関心がるところである。すでに混埴で七色畑と貸している我が畑ではあるが、いずれ、この考えをしっかり身に付けたい。この「コンパニオン・プランツ」という言葉が、ぜんぜん最近のものではないことを、この14年前の本を読んで知った。

8)アブラムシも害虫も、手で取るのがよいのです。葉のオモテもウラもよく見て、ツブしていくのです。ツブせない分は先に書いた通り大目にみるしかないのです。「虫にも食わせてやるか」というぐらいの慈悲心があった方がよいのです。p204「多少の被害は大目に見て農薬は絶対つかわない」

9)まったくいい言葉ですね。絶対に農薬は使わない、という決意は、どこまで持ちこたえることができるだろう。

10)週末ファーマーだからこそできる、失敗して元々という精神でいろいろトライし、虫や病気、雑草とのより合理的な戦い方を開発したいものです。p205同上

11)おそらく、現在の感触で言えば、「市民農園で有機無農薬」は、完全に実行できるし、ほとんど、我が人生のライフスタイルに組み込むことは可能となっている。しかし、なにかが物足りない。そこに座り、寝ころび、食し、夜を過ごす、という生活がない。

12)「クラインガルテンで週末農業」なら、その欠点を補うことができるように思う。こちらは毎週通わなければ「ならない」という縛りが発生する。これに我が自由を求める心が、どこまで耐えられるか、見モノである。

13)作業をしているときは、日ごろの憂さを忘れ、余計なことは考えず、無心に汗を流すことが大事です。作物・畑と向かい合い、無心になり、心身のリフレッシュを図ることが所期の目的を実現することになると信じています。

 決して夢中になるだけなるのではなく、無心に汗を流すこと。これが楽しい週末農業をするための第一の要件です。p216「無理せず無心に働き、いい汗を流そう」

14)なるほど、その通りですね。

15)地球の小さな一点での農業。そこに、自然と共生する「小さな宇宙」をつくりたいと思います。そのことを楽しみのゴールに据えよう。p229「あとがき」

16)まったくです。

 

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「都会人ののらしごと」―畑の借り方教えます

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「都会人ののらしごと」―畑の借り方教えます
都会人ののらしごと編集部(編集)  2005/11 誠文堂新光社 大型本 95ページ 
No.3543★★★★★

1)すでに10年前の本である。しかしテーマがテーマであるだけに、別段に古い感じはしない。むしろ、この10年の間、こういう世界に目を向けないできた自分の感性を疑う。

2)農水省がサポートする長期滞在型の市民農園(クラインガルテン)を全国に整備し、半年や1年の農村体験や定住を促すことも、今後もっと拡大するはずだ。
 「クラインガルテン」は現在、大人気で既存のものは空きが少ないので、早めに手を打つことだ。
p8「畑を借りて楽しむ週末農業 自分で育てる野菜はおいしい!」

3)クラインガルテンという言葉を最近知って、自分のパーソナルな「クラインガルテン計画」をスタートさせたばかりだが、すでにそんなに前からこのような動きがあったことを、初めて知った。

4)ドイツ生まれのクラインガルテンは、イギリス、スウェーデン、ロシアにまで広がっている。ヨーロッパでは、たいていの場合、いくつかの区画が集まってクラインガルテン園となり、会員が自主的運営組織を作ってクラブとして運営している。p48「ドイツ生まれの『小さな庭』の意」

5)この本が発行された5年後に3・11が起こり、さらに5年近くが経過しているわけだが、日本におけるクラインガルテンの現状は、とくに東北における状況は決して甘いものではないだろう。

6)しかし、人間本質的に土とともに生きるというのは本性なので、各国にあって当たり前の動きではあると思える。日本におけるこのクラインガルテンの解釈の仕方には、いささか異論がないでもないが、今は、この言葉を借りておこうと思う。

7)この本自体は、ムック形式になっており、ちょっと思った人に夢を与える一冊となっている。

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「市民農園体験記」<23>七色畑、雑感

<22>からつづく

市民農園体験記 
<23>七色畑、雑感

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 こちらの日記もあっという間に十日も間があいてしまった。

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 なにはともあれ、トウモロコシも難局をやや通り過ぎた。

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 ぼかし肥の製造も余念がない。

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 切り返しを繰り返しながら、新しい材料も集めている。

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 畑に知らない間に芽を出していたのは山芋のようだ。前の利用者の置き土産か?

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 サトイモもなんとか順調に成長し始めている。葉っぱの露で墨をすって、七夕の短冊を書くのが、ひとつの目標。

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 畑の傍らには蛇の抜け殻が・・・・。なんとの形になっているのが、可笑しい。

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 スナップエンドウは、三本の苗のうち一本は枯れてしまった。二本は枯れてはいないが、どうも勢いがない。水やりのやり過ぎか、追肥が足らないのか、今のところ不明。それでも、日々すこしづつ、収穫はあがりつづけている。

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<24>につづく

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シリーズ「電波塔を考える」<4>こんなに必要?

<3>からつづく

シリーズ「電波塔を考える」

<4>こんなに必要?

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 いつも車で通り過ぎるところなので、立ち止まってみることもないが、この2~3年で、ニョッキリと二本の電波塔が100メートルと離れずに建設された。

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 一体、こんなにいっぱい必要あるのだろうか?

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 こちらは、NTTドコモのアンテナだ。

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 隣のほうは、形は違ってコンクリート柱だが、高さはこちらも結構ある。

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 こちらはKDDI。そういえば、先日見た市民農園脇のアンテナもKDDIだった。2キロと離れていない。別な会社ならともかく、同じ会社でも、これだけ至近距離にこれだけの巨大施設が次々と必要になるものであろうか?

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 宮沢賢治の時代なら、「月夜のでんしんばしら」なんて、喜んでいれたかもしれないが、現代ではどうかな?

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 いつもは車で通り過ぎるところだが、たまに自転車ででかけて、ジックリ見てみることも必要だ。

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<5>につづく

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2015/06/25

シリーズ「電波塔を考える」<3>PHS?

<2>からつづく

シリーズ「電波塔を考える」

<3>PHS?

 今考えれば神話のような世界だが、かつては携帯電話なんて夢のような話だった。もうそれを持っている人は超リッチな人で、持っているだけでブランドになったようなものである。

 それから時代も過ぎて15年前か20年ほどまえだろうか、私もケータイならぬPHSを所持するようになった。機能上、音質はよかったが、電波の届く範囲が狭かったので、ブツブツ切れた。

 そのころ我が家に、アンテナを立てて欲しいという会社からの依頼があった。利用者が増加しているので回線と通話エリアの改善のために電柱一本分のスペースを貸してくれ、とのことであった。

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 報酬は月3000円ほど。決して悪くないアルバイトだ。と乗り気になったが、電波のことが気になった。ましてや、あの高さ、ちょうど私たちの寝室の近くになるのだ。ハムをやっている知人に聞いたら、私だったらやらないな、と言われたので、私も辞退した。

 あの時、拒否したアンテナが、私の身近に立っているこのアンテナである。電柱一本分の上に、4本の棒状のアンテナが立っている。おそらく通話エリアが狭いので、小さくとも、数多くのアンテナを建てなければならないはずだ。

 私はこのアンテナが立っったために、私の通話環境は改善されたし、パソコンもまたPHSカードでネットにつないでいた時代も2年ほどあったので、お陰さまではあるのである。

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 現在、この電柱アンテナを使っているのはウィルコム。この会社、いまやPHSなのかケータイなのか、よくわからないが、この電柱アンテナに限っては、おそらくPHS用であると判断する。

 いつの間にか、街の風景に溶け込んでしまっているこれらの電波設備だが、電柱にせずとも、あちこちの建物やビルの屋上に乗っかっていたりするから、至るところに見ることができる。

 ましてや通信会社ごとに設置しているので、私のようなシロートから見ると、ちょっと過剰なのではないかい、と思わざるを得ない。街の風景としても、そろそろ飽和状態なのではないだろうか。

 もっといい方法はないのだろうか。

<4>につづく

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シリーズ「電波塔を考える」<2>目次

<1>からつづく

シリーズ「電波塔を考える」

<2>目次

1)気になる電波塔
2)目次
3)PHS?  
4)こんなに必要?
5)ソフトバンク見っけ!  
6)牛との共存

<3>につづく

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シリーズ「電波塔を考える」<1>気になる電波塔

シリーズ「電波塔を考える」
<1>気になる電波塔

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 以前より気になっている問題がある。最近どうも電波塔が増えてはいないか? 確実に増えてる。増えすぎ。

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 私はモバイル・ノマド派だから、スマホがアウトドアで、どこでも使えるようになるのは、正直うれしい。しかし、それに伴うリスクはキチンと説明されているのか?

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   そういえば、わが市民農園のすぐ脇にも電波塔が立っている。遠くから自転車で行く時は、森の中に凛立する電波塔が目印だったりする。便利は便利なんだけど、最近は、特にこの2〜3年は、怖いくらいに増えている。

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 景観、体感的に、問題はないのか? このままドンドン増殖していくのか? そこんとこ、少しまとめて調べておきたい。

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<2>につづく

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2015/06/24

「クラインガルテン計画」<4>放射線濃度不検出

<3>からつづく

「クラインガルテン計画」

<4>放射線濃度不検出 目次

 梅のデータがでてきた。約1キロの梅を種を取って可食部分だけをこまかく切ったあと、フードプロセッサーで細かくし、およそ3時間かけて調べたという。国の食料の基準値は100ベクレル/kgだそうだ。

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 結果は、セシウム137、134ともに「不検出」である。つまり調査機器の精度があり、ある一定程度以下は精確に調べることができないらしい。測定下限値は約1ベクレルだから、少なくとも国の基準の100分の1以下。自然界にも存在しているというから、これは、少なくとも、今回計測した分については、なんの問題もない、ということになる。

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 これでまず、この梅たちについては、問題がなくなったわけだ。たしかに3・11直後よりは放射線量は減っているし、時間も経過して、セシウム137以外の半減期の短い放射線については、考慮しないでもいいかもしれない範囲におちついてきているだろう。

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 それでは、というので、なにはともあれ、七色畑にする畑の土壌を改良する意味でも、まずは籾がらを鋤き込んでみることにした。この土地はもともと水はけが悪い。これは暗渠排水などを考えなければならないが、まずはとにかく、始めるしかないのだ。

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 いよいよ本格化したら、玉葱のマルチ栽培をやりたい。気がつけば、今、あちらこちらの畑では玉葱が実って収穫時期にあたっている。この地の天敵はハクビシンだそうだが、ハクビシンは玉葱にいたずらはするのだろうか。

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 このドイツのクラインゲルテンの画像は当面の間、イメージリーダーになってくれそうだ。

<5>につづく

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2015/06/22

2015年上半期に当ブログが読んだ新刊本ベスト10

2014年下半期よりつづく

2015年上半期に当ブログが読んだ
新刊本ベスト10 

(本のタイトルをクリックすると、当ブログが書いたそれぞれの作品の感想に飛びます)

第1位
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「AIの衝撃」工知能は人類の敵か 
小林 雅一(著) 2015/03 講談社

 

第2位
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「電気がなくても、人は死なない。」元・東電原子炉設計者が教える愉しい「減電ライフ」 
木村 俊雄(著) 2015/03 洋泉社 

 

第3位
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「第三の産業革命」経済と労働の変化 角川インターネット講座 (10)
山形 浩生(監修) 2015/02 KADOKAWA/角川学芸出版 

 

第4位
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「死について41の答え」 
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる

 

第5位
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「ネットを支えるオープンソース」ソフトウェアの進化 角川インターネット講座 (2)まつもとゆきひろ監修 2014/11 KADOKAWA/角川学芸出版

 

第6位
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「てとてと春2015」
みんなの放射線測定室「てとてと」 2015/03

 

第7位
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「インターネットの基礎」 情報革命を支えるインフラストラクチャー 角川インターネット講座(1)
村井 純, 砂原 秀樹, ヴィントン・グレイ・サーフ他 2014/10 角川学芸出版

 

第8位
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「名取市における東日本大震災の概要」宮城県名取市
名取市総務部震災記録室 2015/03 非売品 

 

第9位
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「デジタル時代の知識創造」  変容する著作権 角川インターネット講座 (3)
長尾 真(監修)2015/01 KADOKAWA/角川学芸出版

 

第10位
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「『仮想通貨』の衝撃」 
エドワード・カストロノヴァ(著), 伊能 早苗, 山本 章子(翻訳) 2014/06 角川EPUB選書

 

次点
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「モンサント」世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業
マリー=モニク・ロバン(著), 戸田 清(監修), 村澤 真保呂(翻訳), 上尾 真道(翻訳)  2015/01 作品社

2015年下半期につづく

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「クラインガルテン計画」<3>まずはやってみよう

<2>からつづく

「クラインガルテン計画」

<3>まずはやってみよう  目次

 なにが悔しいって、このたわわに実っている梅が、3・11以降、梅酒や梅干しにできないのが悔しい。今年も市販のもので間に合わせた。しかし、今年は思いきって、梅ジュースを作ってみることになった。

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 そしてなにはともあれ、地元の市民放射線検査室で調べてもらうことに。気になるようなら、やはり、子供や孫たちに食べさせられないばかりか、農園にはあまり近づけたくない。

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 そうはいいつつ、ここで暮らしている人々はたくさんいるのだし、また農業もほとんど稼働している。わがクラインガルテン計画も、まずはやってみようじゃないか。

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 そして、まずは土づくりから、とばかりに、鶏糞と牛糞を播いて鋤き込むところから始めよう。

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 イメージとしての枝野クラインガルテンが、次第々々に具象化してくる感じがする。

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 なにか虫もいるが、なんという名前で益虫か害虫かもわからない。これらを今後ひとつひとつ調べていくのも楽しみなのだよね。

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 帰り足、いつも通る道なのに、初めて「たい肥販売」の看板に目が行く。そうそう、こういうのもあったのだよなぁ。

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 そして、なんと地元の市民農園もあったのである。何十年とこの道を通っているのに、車を停めて、中に入ってみたのは初めてだ。

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 こちらは、県中央からは外れているからか、60㎡(約18坪)で年8400円だとか。う~ん安い。我が市民農園がこのくらいの使用料だったらなぁ・・・。

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 だけれども、広ければ広いなりに、利用者たちも、実にざっくりと広々と利用している。狭いところに密埴するのと、収穫量はほとんど同じかもね。まずは帰り道、お日高さん(熱日高彦神社)にも御挨拶。

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<4>につづく

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「AIの衝撃」 人工知能は人類の敵か 小林 雅一<1>

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「AIの衝撃」工知能は人類の敵か<1> 
小林 雅一(著) 2015/03 講談社 新書: 256ページ
No.3542

 この本、なかなか面白い。まだ第一章を読んだだけなのだが、かなりの「衝撃」である。少なくとも、角川インターネット講座の一連の本よりははるかに刺激的である。

 それは当然であろうと思われる。おそらくあの講座のなかで、この本に匹敵するものは、第15巻伊藤穰一 監修「ネットで進化する人類」ビフォア/アフター・インターネット(2015/10刊行予定)しかないであろう。

 つまり、あの講座の結論部分がすでにこのような新書の形ですでに提示されている、ということである。

 これらの背景には、「シンギュラリティ(技術的特異点)と呼ばれる未来予想があります。シンギュラリティとは、米国の著名な発明家で、現在はグーグルのAI開発責任者を務めているレイ・カーツワイル氏ら、一部のエキセントリックな科学者たちが提唱している一種の科学思想です。(客観的な裏付けに乏しい思想でもあるため、「科学宗教」と皮肉られることもあります)。

 彼らは「AIは今後、指数関数的な成長を遂げ、2045年年頃には人間の知性を超越した存在になる」と予想しています。p41「最新AIの驚異的実力と人類滅亡の危惧」

レイ・カーツワイルについては、「ポスト・ヒューマン誕生」コンピュータが人類の知性を超えるとき(2007/1 NHK出版) 、「加速するテクノロジー」 (2007/05 日本放送出版協会)など、当ブログのスタート地点から注目してきた。

 シンギュラリティシンギュラリタリアンなどのコンセプトについては、それぞれのカテゴリーを立ち上げて追っかけてみたりしたが、ものごとはそうそう簡単に直線的に進むものではないらしい。いままでのところ、大きな成果は見ていない。

 しかしながら、シンギュラリティの地点から見れば、牛歩の歩みとはいえ、ITワールドそのものはまさにドッグイアーで進化しているのであって、確実にある特異点にまっしぐらに突進しているかに見えるのは、確実である。

 この論文(編注:「私たちの仕事はどこまでコンピュータに奪われるか?」のポイントは今後、AIを搭載したコンピュータやロボットに奪われるであろう職種を定量的に割り出したことです。p44同上

 第一章で始まったばかりだが、いろいろ伏線を張りながら、さまざまな問題を掘り出していく。実際に、現在自分が関わっている職業(役割)が、今後、どのような変化を遂げていくのか、立ち止まって、新たに見定めてみるのも面白い。

 この一冊は急いで読み捨てるのではなく、ゆっくり読みたい。

<2>につづく

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2015/06/21

「不動尊クラインガルテン」訪問記

「不動尊クラインガルテン」訪問記

 市民農園繋がりで、長期滞在型市民農園というものがあり、それはクラインガルテンとも呼ばれていることを知った。そういうコンセプトでできているものは、身近にあるのだろうか、と調べてみたら、なんと、県内のすぐそばにあった。

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 歴史ある史跡の名前を取って地名にもなっている不動尊にクラインガルテンを繋げたもの。そのものズバリのネーミングである。1区画300㎡(約90坪)に建て坪43㎡(13坪)のロフト付き木造休憩小屋と、150㎡(45坪)の畑がついている。

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 条件としては、月間最低2泊以上滞在か、または4日以上通園して農作業の手入れができる人、という条件になっている。有機農業などを理解できる人、という条件もある。

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 これで年間使用料は36万円。月3万円プラス光熱費は自分持ちである。この経費を高いと考えるか、リーズナブルと考えるかは、利用者次第であろう。別荘をもてるような身分の家族なら、一月3万プラスの経費は決して高いものではない、と思える。

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 ただ利用状況はどうなのだろう。20棟ほどあるうち現在空いているのは2棟のみということだ。借りて借りれない範囲のものではないし、山間地域とは言え、関連の施設も多く、決して寂しい、というところではない。だけど、月数回の通園で農園は維持できるのか。

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 生産物の直売所などもあるので、可能性としては生産物をそこで売ることも可能であろう。しかしながら、この地域が福島との県境にあることを想起しなければならない。畑での放射線はもう問題ないとの答えだったが、実際にはイノシシが3・11後に増殖していて、農作物にいたずらをするという。

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 このような金属製の囲いをつくっても、イノシシは軽く乗り越えて、食べもしない作物までいたずらしていくので、手に負えないという。これは、この地域に限った問題ではなく、国土全体の問題にはなっているが、こと不動尊クラインガルテンを長期利用する、という決断をするには、そうとうに勇気がいる。

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 なにはともあれ、クラインガルテンの利用者像は、月2回の宿泊か、月4回の訪問で農作業をできる人である。私は距離的にも、流れ的にも、自分の範囲には思えなかったが、このイメージは、わが「枝野クラインガルテン計画」へと、繋げてみる価値はあると思った。

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「クラインガルテン計画」<2>目次

<1>からつづく

「クラインガルテン計画」

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<2>目次

1)そのきっかけについて  
2)目次
3)まずはやってみよう  
4)放射線濃度不検出 
5)トウモロコシ移植  
6)周囲から環境へ 
7)パーマカルチャー
8)堆肥づくり
9)移植  
10)週末農業とはいうけれど
11)なにはともあれ初収獲
12)雨の中の作業
13)されど週末農業 
14)タマネギとラッキョウ
15) 化成肥料
16)枯れ葉 
17) 除草マルチ
18) エミシ工房
19)ラウベ 
20)春きたる

「わがボタニカルライフ」目次へつづく

<3>につづく

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「クラインガルテン計画」<1>そのきっかけについて

「クラインガルテン計画」

<1>そのきっかけについて 目次

 関連本をみていたら、ドイツのクラインガルテンの紹介として、一枚の写真が載っていた。「仙台まちなか農園プロジェクト」29p。

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 どこかで観た風景だなぁ、と思っていたら、我が家が30年近く前にこの地に引っ越してきた時は、実はこんな風景だったんだよなぁ、と思いだしていた。どこか懐かしい風景である。

 で、今日は、丸森町にある不動尊クラインガルテンを訪問してきて、なるほどなぁ、日本でも、しかも県内でも、こういう取り組みがあるんだ、と感心していた。そしてその近くに、前々から、利用したいなぁ、という畑があって、今日、改めて訪問したら、なんだか、また、このイメージでつながりができた感じであった。

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 聞いてみると、遊休地が300坪ほどあって、使っていいよ、と言われてしまった。自転車で10分ほどの市民農園は自宅の近くで利用しはじめたところだが、こちら車で片道小一時間かかる。そうそう通うことはできない。せいぜい、月に二回ペースであろう。

 不動尊クラインガルテンの利用基準は、月に2回宿泊か、月4回通える人、というのが条件だった。なるほど、週末滞在型市民農園とは、その程度の頻度で使われている施設なのである。これはひとつ可能性にかけてみるかな、という気になった。

 この所関わってきたエコビレッジ構想は、いまのところ一休止した形になって、著しい進展は期待できない状態になってきた。そして「市民農園」のほうもなんとなく形が見えてきたが、やはり、その規模の小ささには限界がある。「小屋」もつくりたいのである。

 ということで、地名にちなんで「枝野クラインガルテン計画」をスタートさせることにした。規模、期間、作物、方法、関係者などについては、ぼちぼち具体化しつつある。はてさて、この話、どこまで具体化するか、まずは、軽いノリで始めてみることにする。

<2>につづく 

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2015/06/20

「仙台まちなか農園プロジェクト」 都市の「農」空間創出を考える研究  仙台都市総合研究機構 平成18年度研究報告

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「仙台まちなか農園プロジェクト」 都市の「農」空間創出を考える研究
平成18年度研究報告 
仙台都市総合研究機構 2007/03 単行本 p105
No.3541★★★☆☆

1)市民農園で検索したところでてきた一冊。なるほどまちなか農園ね、と、まずはあまり関係なさそうだな、と返却しようと思った。しかし、と考えた。仙台、とある。へぇ、地元でこういうプロジェクトが進行していたのか、とびっくりしたが、やっぱり返却しようと思った。

2)しかし、市民農園自体が実はそれを開設し運営することが、法的にも、運営的にも、そうたやすいことではないことがわかってくると、これはちょっと関心ありかな、と思い始めた。そして、やっぱり、仙台、ってところが気になる。

3)これは3・11の4年前にでた本だから、このプロジェクトが仮につづいているとしても、3・11を挟んで、大きく変貌しているだろうな、と予測してみた。ネットで検索すると、断片的ではあるが、いまだに何事か続いているようでもある。気になるところではあるが、これ以上深堀りすると、トンデモないことになりそうなので、途中でやめた(笑)。

4)これは基本的に、行政や教育界、その他地元の複数団体が協力してやりつづけているプロジェクトのようだが、一見すると、すこし大袈裟だ。狙いは大きく、意義は大きいものの、どこか大がかりなところが気になる。

5)このプロジェクトのこの年度においては、どうやら、街中に一つと、山の上の団地近くにひとつ、農園を作ろう、としたようだ。街中とは、駅の東口、おそらく、アンパンマンランドとかできたあの辺であろうか。なるほど、その辺の空き地に「農園」をつくるのはおもしろそうだが、私は、そうそう街には行かないので、ああ、そうですか、で終わってしまいそう。

6)そして、山の上のケースにおいては、おそらく、あの山の一角に「農園」があっても、私はちっともびっくりしないので、それはそれは、いいプロジェクトですね、とお愛想を言って、終わりになってしまいそうだ。

7)しかしだ。コンパクトシティとかクラインガルテンなどという単語がこの本に散らばっている限り、誰かが、何かの、エネルギーを発信しようとしているんだな、ということは分かる。しかも、この私も住む地元でね。

8)しかしそれにしても、こういうプロジェクトがあって、仮に凄いものだとしても、その流れと、私の生活がちっとも合流しないのはなぜであろうか、と思ったりする。おそらく、なにかが、どっかでねじれている。それは、もちろん、こちらのほうであることの可能性も高い。

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9)この画像、29pでドイツのクラインガルテン(市民農園)の紹介に使われている画像だが、どこか見覚えがあるなぁ、と思ってまじまじと見てみた。そして分かった。それは、私たちがここに引っ越してきた時のこの周辺の風景にとても似ていたのである。我が家もまさにこのように白い壁にピンクの屋根で、広葉樹も伸びていたし、畑もついていた。

10)というか、この地域はそもそもが田園だった。農家すら少ないなかに、ポツポツと住宅が立ち始めた、その歴史のまさに50年近く前の、一番最初の家だった。だから、この風景は、別にドイツでなくても、有り得ると思う。もちろん、運営や背景や歴史をぶっ飛ばせばの話だが。

11)p30には、リトルファーム今野家(仙台市太白区)なども紹介されている。まったく無知だが、こちらも同じ区内にある市民農園だそうである。一度お伺いしてみたいとも思うが、ここまでくだけてくると、じつは、「街中」に「農」がある風景なんて、私の近くでは、当たり前のことだ。それが、どのような背景であろうと、人々が農を暮らしに取り入れている風景は、ごくごく当たり前にある。

12)ただ、問題は、この現在の私がうまく取り入れることができないでいるだけなのだ。

13)と、あまり不平不満ばっかり言ってもしかたないだろう。まぁ、とにかく身近にこのようなプロジェクトがあるんだな、ということは確認した。今後、何かの縁では、このラインが生きてくるかもなぁ。

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「パパは何でも知っている」Father Knows Best (TV Series 1954–1960)

「パパは何でも知っている」 - Father Knows Best (TV Series 1954–1960)
No.3540★★★★★

1)「パパは何でも知っている」。日本のテレビ界草創のころ、アメリカのTV番組の吹き替え番組が多く放送されていた。何の拍子にか、私はこの番組のタイトルだけは、少年雑誌かなにかで知っていた。しかし、私たちの地方ではチャンネルが少なく、放送されたこともなく、番組をみたことはなかった。

2)それからずっと後になって、私自身もパパになったあと、実は、あのパパは保険会社勤務のサラリーマンだということが分かった。私も関連の仕事を始めていたから、なんだかあのパパに親近感を持つようになった。

3)ネットが繋がるようになり、多少の情報が入ってきて、Youtubeの時代になって、ようやくあの番組の録画を見ることができるようになった。ミドルティーンの子供たちをもつパパは、40代の設定だろうか。美人の奥さんと、三人の聡明そうな子供たちに囲まれて、幸せそうだ。で、あのパパの仕事風景がでてくることはない。いつも家庭にいるパパだ。

4)あの当時の、そう、ビートニクやヒッピームーブメントが湧きあがってくる直前のアメリカ家庭の原風景とはあのようなものだったのかも知れない。

4)冷蔵庫やソファ、中階段といったいかにもアメリカンの中流家庭の風景が映し出され、当時の日本人たちは、うらやましくその風景をみていたに違いない。その後、おそらく日本では「ただいま11人」とか、「七人の孫」などに始まるホームドラマとしての影響を受けたのだろう。

5)そして、先日、「男はつらいよ」の寅シリーズを見て思ったのだが、寅のいた空間もまた、ひとつの日本の家庭の原風景だったのかもしれない。見ていた時は、寅のキャラクターに振り回されて気がつかなかったけれど、いかにも日本的風景だ。

6)なにはともあれ、いつの頃からか、日本では「父の日」というものが行なわれている。私も一人のパパとして、プレンゼントをいくつか貰った。気になる番組ではあったが、当ブログとはまったく縁がないので、こんなチャンスを捉えて、この番組をメモしておくのも悪くなかろう。

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「市民農園のすすめ」―見る緑から作る緑へ 祖田修

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「市民農園のすすめ」―見る緑から作る緑へ
祖田 修(著) 1992/10 岩波書店 単行本: 62ページ 岩波ブックレットNO.274 

No.3539★★★★★

1) この本、発行は1992年とだいぶ古いが、内容は今読んでもとてもタメになる。

2)市民農園自体は、なにも難しいことを考えずに、私たちが気軽に、花を咲かせて野菜を育て、マイペースで心ゆくまで楽しめば良いことである。しかし市民農園がなぜ今ブームを呼ぶようになったのか、どのような時代背景があるのかを自覚的に考えてみることによって、市民農園を単にブームに終わらせず、都市計画の中に理念的・制度的に位置付けて持続的に発展させることができるのではないか。p3「はじめに」

3)まさにおっしゃる通りである。著者は1939年生まれ、1978年に一年間、当時の西ドイツに滞在し、留学研究の過程で、いわゆる当地の市民農園、クラインガルテンに魅惑されたという。

4)考えてみれば、わが市民農園は、このパンフレットが出たころに始まった活動である。

5)農業を人間生活の原点に置く考え方の最も強力な主張者は、日本の江戸時代の思想家安藤昌益(1703~1762)であろう。p13「人間にとっての農・自然」

6)おやまぁ、安藤昌益まででてきたか。

7)北村徳太郎によれば、たとえば米沢藩では、足軽150坪、中級士族300坪の屋敷が基準とされ、武士は空き地全部を菜園にして出仕の余暇は晴耕雨読の生活を送った。p26「市民農園の展開と役割」

8)おやおや、先日まで藤沢周平ワールドで遊んでいたところだが、「わが」米沢藩にまで言及されているのか。たしかに、あの米沢藩を真似たとされる海坂藩には、農本主義のかおりがぷんぷんする。

9)多くのクラインガルテンには10平方メートルほどの小屋があり、週末はそこで料理や読書を楽しんだりもできる。

 クラインガルテンといってもさまざまであり、花を中心にする人、菜園を中心にする人、また比較的手の掛からない果樹類を植えて、下を芝生にしている例も多い。やりかたによって仕事の量を調節できるのである。p37「クラインガルテンの現代的意義」

10)日本的「市民農園」の場合、菜園が中心であるが、花を植えて観賞し、あるいは切り花を楽しんでいる人も見られる。しかし一年契約であるので果樹は許されないし、小屋などの構築物は許されていない。

11)かりに市民農園をやるとして、やってみたい面積としては3坪程度36%、5坪程度33%、10坪程度17%、10~30坪程度5%、30坪以上3%となっている。(中略)

 農協中央会の調査によれば、現在全国にある市民農園の一区画当たりの面積は10坪程度、農水省調査では平均25平方メートル(7坪余)となっている。

 いったんやり出すと、後に見るように面積を広げたいとの要求がでてくるようだ。それにしても、ドイツの市民農園の平均区画346平方メートル(105坪)比較すると、大きな違いがあり、歴史と制度の差を感じる。p43「市民農園のイメージと利用」

12)現在のところ、私の農園は一区画5坪である。これはこれで楽しめる範囲ではあるが、偶然となりに空き区画ができたので、増やすかどうか悩んでいるところである。たしかに、いくら日本とは言え、そしてこのデータは20数年前のものとは言え、市民農園をやっているという限り、10坪ほどはやっていないと、サマにならないような気がする。それに体がやや大きめな私には、5坪の密埴農園は、ややきつすぎる。

13)かりにやってみるとして、がまんできる農園までの距離については、歩いて5分以内38%、15分以内34%、15分以上でもよい15%、場合によっては車を使ってもよいからやりたい4%となっている。(中略)

 ドイツでは、最近車の利用を前提にした市民農園も作られているが、徒歩15分のいわゆる「乳母車の距離」が基本となっており、郊外ではなく市街地の内部に点々と配置されているのは先に見たとおりである。p44同上

14)我が農園は、自宅から自転車で10分強、徒歩20分。車で行けば5分ほどである。さすがに乳母車でいくには遠いが、車でいけば幼児たちも乗せていける。

15)100㎡以上の畑となれば、市民農園とはまた違った形で可能性を探ることもできるが、本当に自分がやり切れるかどうかの決意が問われる。乳母車の距離にも、実は候補地があり、月二回程度の滞在型通い農園用にも、候補はある。今後はその可能性を探ってみる。

16)利用者の年齢は幅広いが、平均年齢は51歳である。世帯主の職業は会社員37%、自営業27%、公務員11%、その他25%である。右記の市民農園はいずれも、市などが仲介して提供する公的な農園である。

 回答者の利用年数は、1年前からが63%、2年前からが20%、3年以上前からが17%である。

 農園までの距離は(中略)、徒歩で5分までが14%、5~10%17%、10~20分23%、20~30分12%、30分以上5%、車で来る29%となっている。平均して歩いてなら15分程度、車で来る人の平均距離は5~6キロメートルとなっている。p46同上

17)こうしてみると、割と私は平均よりもすでに老齢である。利用年数は20年前のデータではあるが、割と短めである。私は、可能であれば10年も20年もやりたいような気分の今ではあるが、まぁ、あまりおおげさに考えずに、飽きたらやめよう、位の気持ちでやろう。

18)距離は、自転車で10分、歩いて20分だから、まぁまぁ平均か。悪天候の日とか、疲れた日は車でも行けるし、仕事帰りにも車で立ちよることができる。好条件のうちと考えよう。

19)使用面積は平均25平方メートル(7.5坪)、賃貸料は年5000円である。57%の人はこの程度の規模で続ける、43%の人がもっと広くしたいと考えている。広げる場合の希望の面積は10~30坪程度の範囲に分布している。p44同上

20)ここは考えどころである。現在私が使っているのはは5坪であるので、いずれ10坪程度まで拡大を考えている。とすると賃貸料はこのデータの平均の3~4倍くらいになってしまう。それだけ負担が大きくなっても、持続可能なのかどうか、今後検討する必要がある。

21)農園で作業するのは、記入者本人が中心が64%、家族全員でやる25%となっている。農園に行くのは土曜・日曜が39%、曜日に関係なし61%である。

 春から夏の時期に農園に訪れる回数は、毎日のように30%、週3~4回32%、週1~2回28%、月に2~3回10%である。思いのほか曜日に関係なく、高い頻度で現場に訪れている。p46同上

22)私は正直、家族みんなで畑仕事したいな、と思っていたのだが、作業のほとんどは私一人で行なっている。家族は月に1~2回、数分間覗きに来る程度なので、ちょっと拍子ぬけしているところなのだが、これは全体の64%がそうなのだから、まぁ、当たり前の光景ということになる。

23)通う回数は、今のところ、一日おきくらいだから、まぁまぁ平均値か。だけど、観察の必要もあり一日に2~3回通うときもあるので、まぁまぁ多い方かも知れない。この傾向は、今後どのように推移していくのだろうか。

24)栽培したいものは、多いものから順に、1位のトマトをはじめとして、キュウリ、大根、葱(ねぎ)、トウモロコシ、白菜、トウガラシ、さつまいも、ホーレン草、じゃがいも、玉葱(たまねぎ)など60種類近くに及んでいる。実にさまざまな楽しみ方をしている。

25)我が農園でも同じような傾向があるが、親戚の農家から毎年回ってくる大根、葱、白菜、じゃがいも、玉葱などは作らない予定。トマト、キュウリ、トウモロコシ、ホーレン草には挑戦したい。その他の我が畑の作物は、エダマメ、イチゴ、ピーマン、スナックエンドウ、スイカ、メロン、かぼちゃ、サトイモ、キャベツ、パセリ、ナス、ゴーヤ、ズッキーニ、カブ、ハツカダイコン、などなどがある。

26)市民農園はさらに、セカンドライフを伴った自己所有・滞在型のサラリーマン「週末農園」や、退職者高齢者の「長期滞在型家付き農園」など、場合によっては都市民が農園付き住宅を買い、本格的に農村へ移住するケースへと発展していく。p53「市民農園の多様な可能性--日本的展開」

27)日本的展開とまで言わなくても、まず個人的展開の可能性で言えば、乳母車の距離内に一つの可能性がある。これは個人的な条件がかなり左右するので、あまり期待しすぎは良くない。また、長期滞在型も可能性はある。地理的な距離、あるいは3・11後の放射能汚染の問題などもあり、一概に言えないが、可能性を探ってみる必要は当然ある。

28)この本はすでに23年前に出た本であり、データは古いが、逆に、現在のデータと比較することによって、この間の推移についても知ることができるし、その中のどの位置に我が農園が位置するのかを知ることもできるので、貴重な一冊である。

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2015/06/19

「検索の新地平」集める、探す、見つける、眺める<角川インターネット講座8>高野明彦他

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「検索の新地平」集める、探す、見つける、眺める<角川インターネット講座8>
高野 明彦 (監修) 2015/04 KADOKAWA/角川学芸出版 単行本: 250ページ No.3538★★★☆☆

1)「角川インターネット講座」のなかの一冊。インターネットの発明と、検索技術の発展は、実に大きな出来ごとであるが、今となっては、当たり前の話題となり、本当の論点はこの本の腰巻にあるように、「未来はグーグルのむこうにある」のである。

2)「未来はグーグルのむこうにある」と放り投げられてしまえば、あとはこのシリーズの最終巻となるであろう15巻、伊藤穰一監修「ネットで進化する人類」ビフォア/アフター・インターネットの出来に期待をするだけなのであり、この本自体は、おざなりの一冊と言える。

3)参考文献に「意識をめぐる冒険」クリストフ・コッホ(岩波書店 2014)が紹介されていた。既読かなと一瞬考えたがそうではなかった。手元の図書館には入庫していないが、いずれ読みたい一冊。

4)2003年に登場した「Second Life」。プレイヤーは自らの分身となるアバターを通じてポリゴンで形作られた仮想世界を体験し、その中で自由にモノを制作、追加できるだけではなく、リンデンドルと呼ばれる仮想的な貨幣も備えていたため、実世界とは別の場所に新たな経済システムが生まれる可能性も語られるようになった。

 しかし最近のトレンドは、こうした「実世界と切り離された仮想世界」よりも「実世界に紐づいた仮想世界」へ転じているように思える。p130「実世界と紐づいた検索」

5)当ブログも仮想世界「セカンドライフ」には「いっぱい喰わされた」わけだが(笑)、あれはあれで、それなりに可能性を感じた。しかしながら、広大に広がる大陸の中で出会う人が、実に少なかった。つまり、その面白さの反面、その面白さを理解する人が少なすぎた、ということなのだろう。私は、いつかはこの世界は逆襲してくると思っている。

6)まず3・11メモリーズとは、東日本大震災に関するニュース記事を自動言語処理で分析し、3・11以来の時間の流れを、「静かに動く年表」に再編集したウェブ作品である。オンラインニュースの大量の記事を単語に分析し、その統計値から日ごとの重要キーワードを自動的に計測する。その結果をタイムラインに並べて表示することで、震災後の話題の時間的な推移を可視化した。p153同上

7)3・11については、実質、私のこころはまだまだ修復されていない。その全体像を直視することは一体いつになったらできることだろう。私自身は、これらの作業をすることはできないが、誰かがやっておかなければ、それこそ胡散霧消してしまう可能性もあるので、できる人はぜひそのような作業をしておいていただきたい。

8)総体としては、このシリーズはおさらい的な傾向にあり、くわしいけれども、決してセンセーショナルな前衛的なスタイルを取っていないので、全体的に、おざなりなイメージが残る。逆に言えば、おちついて、復習的な教材として読み込むのであれば、いままで見落としていたことにも気付くチャンスもでてきそうだ。

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「市民農園のすすめ」千葉県市民農園協会

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「市民農園のすすめ」
千葉県市民農園協会(著)  2004/1 創森社単行本 153ページ 
No.3537★★★☆☆

1)市民農園の原型はおよそ二つの方向性に帰着する。
 一つは、イギリスの産業革命と近代都市計画の過程で土地と生活の糧を失った都市住民に菜園用の土地を貸与したものであり、もう一方は、ドイツにおいて健康増進の目的から土とのふれあいを提供するという視点で医師シュレイバーが提案したシュレイバーガルテンである。これらはアロットメントおよびグラインガルテンとして、今日それぞれの国に引き継がれている。
p148「これからの市民農園への期待」

2)この本は、ローカルな著者名を持ってはいるが、実は、世界的な視野を持っグラインガルテン(ドイツ語で市民農園)「運動」の概要と、広がりをまとめたものである。だから、斎藤 進著「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用(2012/3 農山漁村文化協会)のようなノウハウを求めてはならない。むしろ、そういうことは一切書いてない。

3)市民農園活動を長く続けていると、「日本の都市の中にあるのは市民農園であり、クラインガルテンではない」とか、「市民農園はどうでもいいからクラインガルテンを整備すべきだ」という言葉を聞くことが度々ある。p55「市民農園とクラインガルテン~用語をめぐって」

4)いみじくも著者が「活動」と言っているが、これは市民農園と言う趣味の世界ではなく、市民農園活動というムーブメントとして捉えられているのだ。大局的には理解できるし、最近まで考えてきたパーマカルチャーやエコビレッジなどと、「運動(ムーブメント)」ととして捉え直してみる必要もある。

5)しかし当ブログにおいては、最近まで高まりのあったこれらの「運動」的視点に対しては、すこし沈静化傾向にある。理由は、具体的に存在する数万坪の土地の活用の仕方に、関係者間において統一見解を見ないことと、その中のひとつの可能性としてあった「マルチバーシティ」が、その中心人物が亡くなったことで、集中力を失ってしまったからである。

6)ドイツの市民農園は、基本的には都市の中に存在する。小屋があるが、宿泊施設ではない。日常生活の中でくつろぐの時を過ごす空間である。休日を家族で過ごしたり、出勤前や帰宅途中に立ち寄る空間であり、無農薬野菜を栽培し、生活を飾る花を育てるところでもある。p65「マースさんを訪ねて~ドイツ・ミュンヘン~」

7)このところ私をとりこにしていたエコビレッジという概念は、この滞在型市民農園にやや近いものであったが、まずは土地ありきであったために、さまざまな制約があった。まずは都市からの距離、そして冬季期間の閉鎖状況、そしていくつかの法的な問題であった。

8)しかし、現在は、その枠組みを大きく離れて、とにかく手短に市民農園で有機無農薬栽培」というコンセプトに移ったので、かなり意味が違ってきた。特に個人的には、とにかく楽しみたい、ということで「運動」的視点からは大きく開放されている。

9)思えば、ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」などは、ドイツのこのようなクラインガルテン的背景をバックにしていたのかもしれない。

10)市民農園は、まずは土を相手にし、野菜や花やハーブを育てていく場である。この空間で楽しく過ごしていくためには、土を知り、作物を知り、お互いがパートナーの関係になっていくことが望ましい。そして土を知り、土づくりをしていくためには、何作か作り続ける年月が必要である。市民農園は毎年契約更新でもよいから、同一区画を10年、20年と利用できる仕組みが望ましい。p145「望ましい市民農園の展開」

11)まさに、そう思うようになってきた最近である。

12)このように考えてくると、市民農園は自宅から自転車で通える範囲で借りて、その規模は、毎日通えるなら大きくてもいいが、週末利用程度の農園通いならば、30~60㎡(10~20坪程度がよいと思われる。p146p145同上

13)現在、私が借りているのは5坪(約15㎡)である。これでもまぁ、足りると言えば足りてはいるのだが、隣の区画が偶然、空いてしまうと、ここは拡大のチャンスかな、と思ってしまう。やはり10坪はほしいよなぁ。

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「農家と市民でつくる新しい市民農園」―法的手続き不要の「入園利用方式」 廻谷義治

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「農家と市民でつくる新しい市民農園」―法的手続き不要の「入園利用方式」 
廻谷 義治(著) 2008/06 農山漁村文化協会 単行本: 153ページ
No.3536★★★★★

1)この本も面白かった。私はほんの数ヵ月前に市民農園と出会ったビギナー・ユーザーであるが、この本は、むしろ、すでに農地を相続して農業を営業している農家が、はてさて市民農園でもやろうか、という時に読む本である。

2)書いているのは農園主と市民ユーザーのちょうど中間にあたる元担当公務員。どちらの立場についても精通している方である。とくに農家側にとって、市民農園を経営するとはどういうことなのかを、収支、税制、法制、相続、運営などに渡って、詳しく書いてある。

3)市民農園の一区画はわずか10坪足らずの空間がほとんどですが、人々は自分流に作物を栽培し、収穫したものを食べて楽しみます。始めはまわりの人に聞いたり園芸書を読んだり、講習を受けたりしながら、耕し、肥料を施し、種をまいたり苗を植えたりして育てます。p14「市民農園は農的暮らしのおすそわけ」

4)私はわずか5坪から始めたばかりの超ビギナーだが、「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用 (斎藤進2012/3 農山漁村文化協会)という本を見つけて、悦に入っていた。ところがいざ初めてみたら、わずか5坪はあっという間に一杯になってしまった。立体的に密埴する計画ではあるが、どうも、作業する上でも、この著者よりは体が大きいようで、もうすこし面積があってもいいなぁ、と思っていた。

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5)ところがどっこい、となりのユーザーが、都合により今年はやりませんと、土地を利用期間中途で返還してきたという。あらら、これは天の配剤か。ここは、ちょうど利用エリア拡大のチャンスではある。だがしかし、それだけ利用料も倍になる。経費としては一体どんなもんだろう。

6)市民農園の一区画は、平均的には30㎡(5m*6m)程度の広さです。この狭い空間を十分に楽しむために、いろいろと工夫します。p126「狭い区画を有効利用するには工夫が必要)

7)だろうなぁ。やはり10坪程度は必要なのだ。

8)最近の利用料は地域や形態などで多様化し、日常型(都市型)の市民農園では平均が500円前後となっています。p80「萩台市民農園の利用料」

9)この計算でいくと、我が農園はやや4割ほど高めである。小遣いを十分貰っていない立場としては、ここがなかなか痛いのであるが、他の要素を考えてみると、妥当な料金であるようにも思う。自転車で10数分で通える距離。トイレや水道、農機具小屋やゴミ捨て場、駐車場、などなど、設備は整っている。

10)水の確保は市民農園施設の中ではもっとも費用がかかるものです。市民農園の開設場所が開設農家の屋敷に隣接していれば、農家の家庭用の水を使うこともできますが、一般には、農園の近くまで上水道の配管が来ていればそれを利用するか、井戸を掘ることになります。p77「どんな設備(付帯施設)が必要? 水道や井戸

11)なるほど、そうであったか。園主が「野菜は水まきしなくても成長しますよ」と強調していたのは、そういう理由もあったのだ。これからも有難く使わせてもらうが、あまり無駄に水を使ってはいけないんだな。

12)農的ライフを楽しみ、食育の場でもある市民農園では、まず基本的に農薬は使わないほうがよいでしょう。風通しを良くし、窒素過多にしない、土づくりをして丈夫な野菜をつくる、輪作を行なう、コンパニオンプランツ(共生作物)を活用するなど、栽培の工夫で病害虫の被害を最小限にとどめます。少々の害虫や病気は手でとることで被害を少なくできます。p132「農薬を使うときは細心の注意を」

13)なるほど、これで我が市民農園が「無農薬」を標榜していることが理解できた。というか、有難い設定である。私は大賛成。

14)「滞在型市民農園」
 これは農村地域から中山間地域にある”泊まれる”小屋を持った区画の大きな市民農園です。各区画には、日常型よりも広めの農地(40~300㎡程度)と電気、水道、宿泊設備の整った小屋が完備されていて、利用者が一年に数回訪れ、一回に数日間滞在して利用しています。その利用の姿を一般の人が見て「農村型貸別荘」と呼んだりします。

 利用料は年に25万~45万円程度で、利用者にしてみれば、別荘を買うより安く権利を手にいれることができ、気の向いたときに訪れえ田舎暮らしができる便利なものです。この施設は、農村地域や中山間地域の活性化や都市と農村の交流を促進するためにそれぞれの市町村が開設しているものです。p38「滞在型市民農園」

15)なるほど、こういうシステムもあったのか。エコビレッジなどという標語のなかで、人知れず私が夢見ていたのはこういうシステムだったのかもしれない。こういうシステムが県内にもあるか調べてみると、あった。「滞在型市民農園(クラインガルテン)とは」(宮城県丸森町)

16)さっそく聞いてみると、150㎡の畑と3LDK(二階ロフト)になっていて、月二回程度滞在して農地を作ることが条件だという。一年更新契約で月3万円だとか。電気代、光熱費は、別途自分持ち)。なるほどこれもいいなぁ。簡単な農機具は自分持ちだが、動力で動く管理機などは貸し出してくれるという。

17)ちなみに、丸森町は福島との県境にあるが、畑に関しては影響は一切ないとのこと。私個人は、魅力あるシステムだと思うが、実は、この近くに身内の農家があり、もしこれだけの経費をかけるなら、その空き農地を利用させてもらい、その一角に小屋でも立てたほうが、より現実的だと思ったりするのだった。

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「畑のある生活」 伊藤志歩

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「畑のある生活」
伊藤 志歩(著) 2008/07 朝日出版社 単行本 213ページ
No.3535

1)この本は面白かった。タイトルだけ考えればヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」に匹敵するくらい意表をつかれる思いだった。「庭」や「畑」というキーワード以上に、そこから開けていく世界観が広い。

2)ヘッセのほうは編集者 フォルカー・ミヒェルスがヘッセ著作集から、カテゴリー別に抜き出して一冊にまとめたものだが、こちらは、意識ある編集者が農業を実践している若い世代をレポートして一冊にまとめたものだ。

3)「在来種・固定種」とは、先ほど紹介した多様な大根のように、長期にわたり特定の地方で栽培されることで、その風土に適応していったものや、農家たちが良い種を残しながら何世代にもわたり自然交配しえ育種してきたものなどをいいます。p38「知らぬ間に広がる種の支配」

4)先日、種の支配を拡大し続ける「モンサント」 (マリー=モニク・ロバン 2015/01 作品社)を読み始めたところだが、ものにはホドというものがあり、在来種がすべてよいということにはならぬだろうが、対局に怪しい動きが在る時、このような在来種や固定種の存在を強く意識することは、大いに意義あることに思える。

5)かっこ悪いという先入観が払拭され、すっかり農業に魅せられてしまった横田さんは、大学を卒業した後、パーマカルチャーという、”農を中心とした持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系”を学ぶために、ニュージーランドへと渡ります。

 そして、wwoof(ウーフ)という研修制度を利用し、パーマカルチャーを実践している農場を中心に1年間で10箇所近くを回り、農業や持続可能な環境づくりを勉強しました。p52「新世代の農家たち」

6)ここでいきなりパーマカルチャーという単語が飛び出したのにはびっくりした。そもそもは日本発のスタイルなのだが、その本家では、すっかりその姿が蔭をとどめてしまった。いま、あたらしい感性で、このような形で復興されていくのは、ゾクゾクするような期待感に包まれる。

7)今から思えば、この時期(編注1975年頃)が、農薬や化学肥料に依存する近代農業から有機農業に立ち戻る良い機会だったようにも思えます。しかし、高度経済成長の波に乗り発展を遂げた第2次産業・第3次産業と、農業従事者の間に広がる所得格差を埋めるためにも、農業をより工業化し、生産性を高めようという流れが強く、農薬や化学肥料に頼る農業が方向転換されることはありませんでした。p131「自給自足的な農家の新しい価値観」

8)減反政策が始まったのが1970年、私がインドから帰国して農業大学校に入学したのが1979年だった。諸般の事情がありながら、結局、体調も崩したりと、私自身が大きく農業に距離を置く羽目になったのは、このような流れのなかでであった。

9)もう少し本格的に野菜づくりを実践したい方には、市民農園がお勧めです。ベランダ菜園に比べ、広いスペースを確保できるので、うまく栽培すれば半自給自足も夢ではありません。土づくりの楽しさや、大地の力強さも実感できます。p188「市民農園を借りる」

10)と、そんなわけで、我が足が市民農園に自然と向いていくのも、意味があるのであろう。

11)なぜこんな話をするかというと、農業の世界に入る方には大きく分けると2通りの方がいるからです。ひとつは厳しい現実を踏まえてそれでも農家になりたいと目指す方、そして、もうひとつは現実から逃れるために農業に夢を描いて入ってくる方です。

 前者であれば、ぜひ頑張って農家になていただきたいのですが、もし後者であるならば、乗り越える壁があまりにも多すぎます。ですから、それでも「どうしても農家nなりたい」という固い信念のある方のみ実行に移してください。p190「思い切って自給自足的な農家になる」

12)農家の親戚に囲まれている私のような中途半端な人間は、農業の厳しさも知っているし、また現実の厳しさからも逃れたいと思う。だから、どうもどっち付かずのようだ(笑)。始めたばかりの市民農園にしたって、ちょうど空き畑になったとなりの1区画を借りようかどうか、悩み始めて、決断がつかない(爆)。

13)「農家になろう」 10年ほど前に、そう思ったkとがすべての始まりでした。結局私は「農家」という道は選びませんでしたが、それからずっと「農家」に魅せられ続けています。p200「あとがき」

14)この1973年生まれの女性ライターは、結局「農家にならなかった」が、感性はわりと私には近い感じがする。なぜならなかったのかは、さまざまな要因があれど、人には人の特性があり、農家も必要であれば、農家に魅力を感じる周囲の人々の役割も必要である、ということであろう。だれもが農家になれるものでもないし、なる必要もない。

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2015/06/17

「市民農園体験記」<22>トウモロコシ、危うし!

<21>からつづく

市民農園体験記 
<22>トウモロコシ、危うし!

 きょう畑に行ってみると、大変なことになっていた。トウモロコシの雄花の穂が黒くなっていたのだ。原因はよくわからないが、これはアブラムシなのではないか、と判断。

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 よく見ると、フタホシテントウも二匹ほどついていた。

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 あわててあちこち調べてみたが、一番よい対策は、とりあえず手元にあるもので手作りしてみることだ、と判断。

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 害虫対策はいろいろあるようだ。

「苗で始める失敗しない野菜づくり」 はじめてでも、市民農園でも、プランターでも 有機・無農薬!2011/04 学習研究社(92~93p)参照

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 さっそく、台所をガサゴソ。

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 なにはともあれ、これで材料は揃った。

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 これらをまんべんなくトウモロコシに振りかけてみる。これで、よい効果がでるといいんだがなぁ。

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 翌朝出かけてみると、たしかに牛乳の散布は効き目がありそうだ。今朝も追加で散布してみた。だが、それではまだ完全ではない。それに、付着しているアブラムシの死がいはアブラとして付着したままになってしまうという。

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 そこで農園主に相談した結果、小さな掃除機を貸してくれた。ハーブ園など、殺虫剤などを使えないところではこの掃除機が役立つという。なるほど。ただ、かなりの数があるので、完全に吸い取るなんてことはできない。

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 フタホシテントウムシのことを農園主に話したら、それは天の恵みです、とおっしゃる。ええ、そうかもしれないなぁ、とはおもいつつ、実は、私はそれを二匹つぶしてしまたのだった。二匹なら、おそらくツガイだったのでしょうとのこと。もし、彼らが健在であれば、全部たべてくれた可能性があるとのこと。う~ん、実に残念。

 もう来ないかな、というと、益虫はそれだけ数も少ないから、無理かもね、とつれない園主の御言葉(涙)。

<23>につづく

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今日の気分はこの3冊<12>「おとなのiPhone 」、「子どもたちのために」、「もっと上手に市民農園」

<11>からつづく

今日の気分はこの3冊
<12>

3er

「おとなのiPhone 」高橋 浩子(2014/5 技術評論社) 

「子どもたちのために」 For the Children ゲーリー・スナイダー(2014/04 新泉社)

「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用 (コツのコツシリーズ)斎藤 進 (2012/3  農山漁村文化協会)

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<13>につづく

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2015/06/16

「家庭菜園の土づくり入門」もっと野菜がおいしくなる 村上睦朗他<2>

<1>からつづく

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「家庭菜園の土づくり入門」もっと野菜がおいしくなる<2>
村上 睦朗, 藤田 智 2009/12 家の光協会 単行本 143ページ
★★★★☆

 ぼかし肥については、まだぴったしのノウハウに出会っていない。あれこれ無手勝流に試行錯誤してみるしかないが、こちらのほうは割と私サイズにあっているようだ。(p65~67)

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Z2

Z3

 量的なもの、材料、その他、まだまだ不完全ではあるが、このやり方が結局今のところ、わが市民農園にはピッタリあっているようだ。 あれこれあちこちを参考にとりあえず我流の「ぼかし肥」を作り始めてみた。

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「モンサント」――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業 マリー=モニク・ロバン

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「モンサント」――世界の農業を支配する遺伝子組み換え企業
マリー=モニク・ロバン(著), 戸田 清(監修), 村澤 真保呂(翻訳), 上尾 真道(翻訳)  2015/01 作品社 単行本  565ページ
No.3534★★★☆☆

1)図書館の新刊本コーナーで見かけた本。市民農園体験も始めたことだし、このような悪名高き無国籍企業の実体にも敏感にならざるを得ないと思って、パラパラ初めてみた。しかし、どうも数十頁のところで止まってしまった。

2)そんな時、他のSNSで日刊ゲンダイ(2015/05/某日)に掲載されたという書評が紹介されていた。おお、他にも読んだり、気にしている人もいるんだなぁ、と、仕切り直して完読しようと思った。だが、やっぱり挫折した。

3)「重量感あふれる本であるため、なかなか読み進めることができなかった」とか。この書評家の印象からしてこのようなものである。

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3)最近は、ズルイ奴は何処までもズルイなぁ、と嘆いてみるものの、どうも、そのような輩の「悪事」を暴いたりすることにエネルギーが湧いてこない。読んでいるうちに、悲しくなりすぎる。 困ったもんだ、と人知れず嘆いていることがほとんどだ。

4)この問題について、もうすこし簡略で、分かりやすい本が出てきたら、再取組みすることにする。捨ててはおけない。

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用 (コツのコツシリーズ)斎藤 進<3>

<2>よりつづく 

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用(コツのコツシリーズ)<3>
斎藤 進(著) 2012/3 農山漁村文化協会 単行本 103ページ

1)市民農園を活用するにあたっては、この本が目下の一番のお手本である。しかし、化成肥料も使い、必ずしも有機農法を語らないというところが不満ではあったが、むしろ、他の本よりも詳しくボカシ肥についても書いてあった(P57~59)。

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2)市民農園活用を始めてみたところが、ちょうど5坪で、この本に書いてあることがかなり役立っている。ほとんどが本当にこのままだ。だが、今となっては、この5坪という限定が、多少窮屈でもある。来年は、経費はかかるが、この倍の10坪にしようかな、とさえ思い始めている。

3)しかしながら、それでもやっぱり、5坪農園は基本中の基本だ。ましてやここに、キチンとボカシ肥について書いてあるのだから、もう、これ以上の教則本は捨てて、この本一冊で十分かもしれない。

<4>につづく

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「オーガニックな野菜づくり」 農薬・化学肥料を使わない 千成 真奈美<2>

<1>からつづく 

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「オーガニックな野菜づくり」農薬・化学肥料を使わない<2>
千成 真奈美(著) 2009/02 家の光協会 単行本 95ページ
★★★★★

1)この本、なかなかオシャレなので気にいっているのだが、オーガニックを語るだけあって、キチンとボカシ肥料(p21)についても書いてあって、なおかつ液肥についても書いてある。最初は読み飛ばしていたのだが、いざ追肥が必要になったところで、しっかり読んでみる。

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2)ボカシ肥については、各者さまざまな説があり、これがベストということはない。つまりは畑で熟成させるのではなく、それ以前に完熟させて畑では速効性を狙おうというものらしい。

3)この方のボカシ肥は、米ぬかを使用していないので、すぐには参考にはならないが、なるほどこのようなやり方があるのか、とメモしておく必要を感じる。

4)とくにこの液肥については、他にはなかったように思う。我が農園でも、いろいろ試行錯誤して、自分なりのものを作ってみよう。

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2015/06/15

「市民農園体験記」<21>ぼかし肥料

<20>からつづく

市民農園体験記 
<21>ぼかし肥料

 ネット繋がりのプロ農業家は、「追肥は少しづつ何回もやるほうが効果的です 米ぬかが手に入れば簡単に身の回りのものでボカシができますよ。」とおっしゃる。こちらは、米ぬかは、ほどほどに入手できる経路ができている。

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 さっそく、3.5キロ程いただいてきて、土のう袋に詰め込んだ。ぼかし肥料を作る場合、この袋が通気性があって適しているらしい。10枚で240円(税込)。

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 ここからどうするのか、いろいろ調べてみるのだが、定説はない。いろいろ自分流でやってみるのがいいようなので、もうここからは無手勝流。

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 先日入れた鶏糞の残りを数百グラム入れてみる。

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 そして、先日入れた「発酵ぼかし肥」も数百グラム。

 そして、ここからは我が家特製のコウモリの糞を加えてみる。我が家にはこの季節になるとなぜかコウモリが巣作りする習慣ができていて、毎朝の糞の片づけが日課になっている。

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 いつもは邪魔もの扱いのコウモリの糞だが、調べてみれば「高級」有機肥料のひとつに数えられている。しかも入手し難いとも。おお、それなら、わがぼかし肥料の材料になってもらおうじゃないか。

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 そして、近くにあった落ち葉なども揉みこんで入れてみる。はてさて、こんなことでうまく発酵してくれるものだろうか。雨漏りのしない自転車置き場にとりあえず置いて、発酵を待とう。

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 と、一晩待ってみたのだが、どうも発酵熱が出ない。どうやら、水分が足らないのではないだろうか。そこで、やり直し。

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 ブルーシートに前日作った米ぬかを全てを開けて、そこにプランターの残り土、鶏糞、発酵ぼかし肥料、などをまぜあわせた。

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 発酵しなかったのは、水分がまったく足らなかったからではないか。そこで、孫のジョーロでまんべんなく水をかけながら、こまかく混ぜ合わせてみた。

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 握ってみれば固まるが、崩すとパラパラとなる程度、とはこの程度のことなのか。やってみないと分からない。少なくとも昨日よりは、しっかり固まる。

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 これを土のう袋に戻し、二晩ほど待ってみよう。もし、暖かくなって(熱めの風呂加減というから4~50度に達するらしい)、アンモニア臭でもでてくれば、めでたし。うまくいくといいなぁ。

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 そして一晩あけて12時間後に計測してみると、なんと見事に37.2℃まで上昇している。袋の外側はそれほどでもないが、内部は相当に発酵熱が充満しているようだ。匂いがやはりちょっと強くなっている。米ぬかを中心とした匂いだが、屋内では害があってもいけないと、屋根付きの外部へと移動することにした。

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 そしてさらに、仕込んでから24時間後に計測してみると、なんと42.9℃を越して「Hi」で停止してしまった。地温計ならぬ体温計で計ったので、この始末である(笑)。

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 つまりは仕込んで12時間後だと、体温で言えば微熱だが、24時間後だと高熱を通り越してほとんどあり得ない爆熱ということになる。風呂で言えば熱めの温度という表現があったので、おそらく、これで我がぼかし肥の実験は、半ば成功しているといえるだろう。

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 これで、ぼかし肥の作り方もなんとなく自信が持てるようになるようだ。48時間後をめどに冷めてくるようだから、それを確かめたあと、さらに数週間「ぼかす」ことにしよう。

 さらに48時間後、そして60時間後も計測してみたが、中心は、それこそ熱めのお風呂よろしく3秒以上手をいれておくと火傷しそうなくらいに発酵している。熱いのは中心部で、周囲はおそらく40度以下、人肌くらいである。

 これは切り返しが必要なのかどうか分からないが、とにかく、完熟して熱が冷めてくるのは一ケ月後だということだから、もうすこし様子を見て、放置することにしよう。

<22>につづく

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2015/06/13

「市民農園体験記」<20>追肥

<19>からつづく

市民農園体験記 
<20>追肥

1)畑に行ってみると、ひとつひとつが成長著しい。トウモロコシなど、すでに葉っぱの中から穂が出始めている。

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2)ズッキーニなども成長もはやい。だが、どうも実の付きが悪いのではないか。花は咲くのだが、実がならないまま、落下してしまうものがほとんどだ。

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3)そこで追肥を考えるわけだが、以前から気になっている「発酵ぼかし肥料」という奴を施してみる。本来であれば、自作するのが常道であるらしいが、ここは市販のもので間に合わす。化成肥料は使わないと決めている。

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4)わずか5坪のわが畑は満杯状態だが、園芸店を覗いていると、ついつい手がでる。サツマイモの苗、トウモロコシの追加、エダマメ、シュンギク、などなど。種でまいて大きくなるのはやはりうれしい。

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5)種をまいて収穫出来ているのが二十日ダイコン(ラデッシュ)。これは我が家の夕食のサラダになりました。ドレッシングをかけて、いただきま~す。キュウリは味噌をつけて、パリパリ。

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6)さぁ、どこまで混植できるものか、実験はまだまだつづく。

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<21>につづく

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「謎の秀真伝」―神代文字で書かれた原日本の実像 佐治 芳彦<3>

<2>からつづく 

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「謎の秀真伝」―神代文字で書かれた原日本の実像 <3>
佐治 芳彦 1986/06 徳間書店 単行本 306ページ
★★★★☆

1)今朝のこの思い、どういう形でメモを残しておこうかな、と思ったが、結局は、この佐治芳彦の「謎の秀真伝」の背表紙を見て思いついたのだから、この項に書いておこう。

2)3・11以降、飯沼勇義「解き明かされる日本最古の歴史津波」(2013/03 鳥影社)に誘われて、千葉 富三「甦る古代 日本の真実」 全訳秀真伝 記紀対照―1300年の封印を解く( 2012/08 文芸社) まで突き進みつつあった当ブログであるが、ここまで来て、ハタと急ブレーキをかけてしまったところがあった。

3)飯沼津波史観の信任を受けて新展開をしつつあるように見えた千葉ホツマであったが、個的な読書録を片手にその暗部に侵入するには、まだまだ信頼に耐えるものなのかどうか不明であることが分かった。

4)しかし、ここにおける「1300年の封印」という部分が生きる。1300年の歴史と言えば、ここで新たに浮上するのが、「仙台柳生かやの木」(樹齢推定1350年) である。河川を挟むその対岸にあった多賀城以前の国府=「郡山遺跡」である。

5)これらをひも解いていくと、国の成り立ちという歴史があからさまになるとともに、21世紀における日本国という「国」がどのようなプロセスのなかにあるのかも、客観的に俯瞰できるというものである。

6)安倍晋三「美しい国へ」(2006/07 文藝春秋)などのような枠組みで現在の地球を考えるようでは、おそらく大局的な人類の未来は見えない。あるいは未来の人類から見れば、明らかにこのような史観は弊害になるだけである。

7)当ブログが一転して、「恐竜の世界へ。」(2011/07 阪急コミュニケーションズ)を契機として、数千年の単位から何千万年、何億年というタイムスパンのスケールアップを図ったのも故なきとはしない。大いなる思考の転換がある。

8)当ブログとしてはOshoのなかの特に「大いなる挑戦-黄金の未来」 (1988/1 OEJ)に依拠する部分が大きいが、かと言って、かのマスターのインスピレーションを丸のみにして無批判的立場をとるものではない。

9)これらの地平を踏まえながら、地球全体の生命を想い、この数千年の現在的人類的国家観を乗り越えて、これから新たなる未来に向けてのビジョンを見据えようとするとき、その中心に在るべきは、自らを含めた地球の子供たちの視点であるし、人間としての最も大切な中心である心にあるべき、瞑想という源泉である、ということである。

10)これらを踏まえて、そしてその大枠を忘れることなく、当ブログのリサーチは今後も続くと思われる。

 

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2015/06/11

「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<3>

<2>からつづく 

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「死について41の答え」 <3>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

1)昨日、叔父が亡くなった。享年83歳。決して早い死ではないし、平均寿命とすれば、まずまずの長寿の部類に入るのだが、やはり私としては、もっともっと生きて、楽しい話をしてほしかった。

2)この叔父は、若い時から明るい人柄で他人によく好かれた。ジョークも良く言ったが、また祖父の影響もあったか、仏教にも明るかった。この叔父の紹介で、一時私は、寺の跡取り娘の養子になる話さえあったほどである。

3)その可能性はなかったにせよ、まったくのゼロだったとは言えないとして、もしそうだったら、どうだったのだろう、と考える。

4)インドに行こうと思った頃と、その話があったころはダブっていた。同じころの話である。しかし、こちらはインドに行く話をだす前から、ずっとその方向を探っていたのだから、突然の話のような気がして、気おくれがした。

5)もちろんお寺さんにとっても、ずっと年来の課題に取り組んできたのであろうし、いろいろな可能性を探っていたに違いない。だけど、このラインには縁がなかった。というか、私には、お坊さんになるほどの人徳が備わっていなかったのであろう。

6)人徳が備わっていなかったのは仕方ないとして、求道心においては、必ずしも心遅れするものではない。人が人として生きるにあたって、まずは仏道を学び、生を学び、死を学ぶことは、避けては通れない道であったはずである。

7)檀家もそれほど多くない地方の仏教寺院において、まずは本山に上がって何年か修行をして、それからお寺の娘さんと結ばれ、やがて、お寺の経営にあたる、という人生は、可能性としてはあっても不思議ではない。

8)しかし、若い時分の私にはその道はなかった。なかったわけではないが、その他の可能性がありすぎたというべきだろう。迷いが多すぎたのだ。今となってみれば、そういう人生もあったのかな、と思う。それはそれで、一人の人間の道であっただろうと思う。

9)そこのお寺のことかどうかは定かではないが、後年、その娘さんは若いお坊さんと結ばれ、子供もできたそうだが不仲となり、寺院内別居となり、やがては、娘さんと子供がお寺の外で暮らすようになり、やがて不縁となったという。

10)私がその娘さんと結ばれたとしても、それ以上に幸せにできたかどうかなんてことはまったくわからない。むしろそこまでいくだけの赤い糸は張られていなかった。娘さんが大事なのか、仏道が大事なのか。あるいは、お寺が大切なのか。

11)叔父は仏教大好きだったので、長男の結婚式をこのお寺で仏前で行なった。しかし、先代の和尚さんと懇意だったため、それからはどちらかというと神社さんとなかよしになって、お寺さんとは少し距離を置いていたかに見える。

12)地方社会における人間模様は、そこに住んでみないと分からないことがいっぱいあるが、瞬間瞬間の選択肢のなかで、私たちは、常に決断に迫られ、後戻りのできない人生を生きている。

13)職業の選択や、恋愛や結婚、若い時分のことどもなら、可能性も、再チャレンジもあることはあるが、中年を過ぎれば、もはやそれまでの自分の選択の結果を一身に受けて、全うにその人生を歩んでいくしかない。

14)そうして今思ってみれば、どの可能性をたどったとしても、私は私の人生でよかったな、と思う。瞬間瞬間の決断の結果として、今、ここがあるとするならば、これ以上の幸せはないのだ。

15)80を過ぎたばかりで逝ってしまう叔父のことを考えると、もうすこしやりたいこともあったのではないか、とも思っては見るが、もう十分なのかな、とも思う。それだけの人生の期間を与えられて、立派に生き切った叔父を、人生の先輩として仰ぎ見るだけである。

16)今日、お通夜、明日告別式。

17)叔父さん、ご冥福をお祈りいたします。合掌

<4>につづく

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プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <50>誕生日バーティ

<49>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<50>誕生日パーティ

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1)月日の立つのは早いものである。いつの間にか、私も4人の孫を迎え、その4人目の孫もはや一才。あれから、あっという間に一年が立つのか、と絶句する。

2)私はこれからどんどん孫を増やし続けるのだろうか。いやいや、現状を考えると、この孫が最後か、最後から二番目になりそうだ。となると、もうこれから、乳幼児を抱っこするチャンスも少なくなっていくのかもしれない。

3)我が家がそうだから、世の中そう見えるのかもしれないが、3世代同居というか、若いカップル一家が、元の父親母親と同居して暮らすスタイルが、我が家の周辺には多いように思う。

4)何も、カップルが次から次へと分化して、ローン地獄に堕ちることもあるまい。多少、古い家でも直し々々使いながら、心にゆとりを持って、家族仲良く暮らすスタイルがあっても、いいのではないか。少なくとも私はそのほうが好きである。

5)子育てがどうの、介護がどうの、年金がどうの、住宅状況がどうの、と、問題点を挙げていけば切りがない。しかし、三世代、四世代同居で暮らすスタイルを始めてしまえば、それはそれで、素敵な家庭像だと私は思う。家庭というよりライフスタイルと言い直すともっとカッコいいかもしれない。

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6)デメリットがないわけじゃない。孫を抱っこすれば、爺さんの腰は痛くなるし、加齢臭が気になる爺さんの風呂の順番は遅くなる。深夜に子供が熱を出すかもなんて心配して晩酌するチャンスも減る。しかし、それって、考えようによっては、すべてプラスだ。

7)ゴルフクラブなどを振り回して腰を痛めるより、孫を抱っこして腰を痛めた、というほうが周囲にいいわけがつく。風呂だってまとめて入れば省エネでしょう。体調を考えれば、還暦も過ぎたことだし、アルコールの量も減らし続けたほうがいいのだ。

8)若夫婦にとってもメリットはあるはずだ。男が勤めに行っているときに、子ども達になにか異変があれば、爺さん婆さんは、それなりに活躍する。これでも、何かと蔭で役にたっているはずなのだが(笑)

9)月日が立つのは早い。いつまでこんな呑気な世間話ができるものかどうかは知らないが、少なくとも、今回は、一番小さな孫が一才になったことを、素直に喜べることに感謝したい、爺さんではある。

10)Happy Birthday Shinーchan 

<51>につづく

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2015/06/08

「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<2>

<1>からつづく 

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「死について41の答え」 <2>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

1)数日前、ネット上で話題になったシャルノが亡くなった件につき、友人が他のネットでの記事を教えてくれた。

みなさん、こんにちは。ぱるば(Sw. Advait Parva)です。
Osho日本大使だったMa Gyan Sharnoが4月2日に逝去しました。
娘のMa Kolaによると、「3月31日に倒れそのまま4月2日家族に見守られながら、静かに旅立ちました。
あまりに突然だったので本人が一番信じられなかったかもしれません」とのことです。
ま、シャルノらしい逝き方だったかもね。
以前の伊勢の家からはもう引っ越してしまったので線香を上げに行くというわけには行きませんが、コーラよりみなさんに「ありがとう」とのことです。
合掌

(SIJの最近の記事と思います。引用者記)

3)彼女の死については、思うところいろいろあるが、今のところ全体的にネットも静かであり、どちらかというと穏やかに受け止められているので、 当ブログもそれに倣って、静かにご冥福をお祈りいたします。

4)さて、今回の当ブログで走っているカテゴリ名は「死について」である。必ずしもこれでなくてもよかったのだが、今回は一文字のテーマ、ということで、いろいろ考えてみたが、決定打がなかった。かなりの絞りこみの傾向にあるのであるが、ちょうどこの本を読みかけていたので、本の名前をカテゴリ名にすることにした。

5)「死」はかなり絞り込みとしては、厳しい言葉である。しかしながら、収束過程において、これ以上強い言葉もないくらい、はっきりした意味を持っている。

6)最近、私は「名前のない新聞」(No.187 2015/05) の記事にこのようなことを書いておいた。

 1954年3月生まれの私の人生の、とりわけ精神性において、まずはメモしておかなければならないのは、8歳になった3日目に父親と死に別れたことであろう。
 戦地の中国大陸で負傷した父親は終戦前に帰国し国内の軍に勤務していた。終戦後は生家の農業に従事するも、病弱な身となり、5~6年間、隔離病棟に収容されていたので、幼かった私は、ほとんど父親の存在というものを身近に感じないで育った。
 その父が長い療養生活の末、病院で亡くなった時、常時10人を超すような大家族でもあったし、いつも側にいた身近な存在を失ったわけではなかったので、寂しいとか、悲しいという感情はなかった。何かを失うというよりも、むしろ概念としての「死」というものが、私にとって何なのか、とらえきれなかった。
 いずれ自分も「死ぬ」のだ、と思った時、私の意識は、足元を離れて遠く天空に飛び去っていた。この体験が、私の人生最初のスピリチュアルな原体験である。
「名前のない新聞」(No.187 2015/05)より抜粋

7)あのタイミングにおいて父の死というものと遭遇しなければ、私自身の瞑想指向の体質は変わっていたかもしれない。

8)あの時期、実は父の死の他に、親戚でも葬式が続いた。そして、どういうことであったのか、同じ学年の同じクラスの級友たちも、私の他に3人も、父と同じ病気で父親を亡くしたのであった。

9)まだ7~8歳という無邪気さのなかに、厳然たる事実を突き付けてきたのは「死」という存在であった。

10)この本において、Oshoはあらゆる角度から「死」について語っている。各講話のなかから、「死」について語っている部分が抜き出されて一冊になっているために、分かりやすいとも言えるし、ある種の傾向性に彩られている、とも言える。

11)何はともあれ、このテーマをベース音として、この108の記事を進めていこう。

<3>につづく

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2015/06/07

「ユーザーがつくる知のかたち」 集合知の深化 西垣通・他 角川インターネット講座 (6)<1>

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「ユーザーがつくる知のかたち」 集合知の深化 角川インターネット講座 (6)<1>
西垣通(監修)2015/03 KADOKAWA/角川学芸出版 単行本 290ページ
No.3533★★☆☆☆

1)「角川インターネット講座」のなかの一冊となっていたから手にはとったものの、一冊単体の本なら、おそらく目を通さなかったのではないだろうか。

2)監修の西垣通の本は「聖なるヴァーチャル・リアリティ」(1995/12  岩波書店)、「思想としてのパソコン」(1997/05 NTT出版)、「IT革命 ネット社会のゆくえ」(岩波書店 2001/05)、「ウェブ社会をどう生きるか」(2007/05 岩波書店)、「情報倫理の思想」(2007/05 NTT出版)、などなどに目を通してきたが、いまいち当ブログとしてはヒットしていない。

3)この本自体が、シリーズ本のなかのオムニバス本なので、ある意味「集合知」の一冊なわけだが、切れ味よく、タイムリーに結論がでているとは言い難い。

4)教科書的に、歴史や現状、問題点などを網羅的に一元的に理解するにはいい本なのかもしれないが、先鋭的な部分で何が起こり、どう対処すべきなのか、あるいは著者たち自身が一体どうしようとしているのか、が伝わってこない。

5)逆に言えば、こんなことはもう分かっているよ、というような内容で、部分的に深化したかったら、それこそネットで検索すればいいことだし、だからどした、と思ってしまう一冊。

6)インターネットがめざすものが、人工知能なのか、知能増殖なのか、という二元論も、もうどちらでもよく、例えば、原発の存立の是非や、平和憲法の是非、地球温暖化対策などに対して、即時的な説得力ある結論を導き出せないようなシステムなら、無用の長物となろう。

<2>につづく

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2015/06/06

「ノーマインド―永遠の花々」OSHO <5>

<4>よりつづく

 

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「ノーマインド」永遠の花々<5>
OSHOスワミ・アドヴァイト・パルヴァ スワミ・アナンド・ソパン 1994/01 壮神社 単行本: 361ページ

 

1)「今年4月に OSHO日本大使の マ・ ギャン・ シャルノが、 伊勢で肉体を離れていたことが わかりました。」というニュースが本日午後、某SNSで流れてきた。おやおや、それはそれは、ご冥福をお祈りいたします、とレスしておいた。だが、私個人的にはまだ客観的に確認できていないので、誤報だったら、ごめんなさい。

2)彼女のことは、この二十数年、折りにふれて考えてきたし、ランダムにメモもしてきた。特に3・11以降、また新たに考えていたことは確かなのだ。

3)この「今年4月」というところに、私個人は感じ入るところがある。

4)彼女の生家と私の生家は、数キロ離れた隣の市にある。互いに農村地帯であるが、車で10数分走れば到着する、隣町と言っていい。

5)死亡説というのは、あちこちでガセネタが飛び交う時があり、数年前、私自身も一度「殺された」(笑)ことがあるので、注意しなければならない。もうすこし確認が必要だ。

6)1988年8月以降、私たちサニヤシンの前に登場して以来、彼女はある種のニュースソースの一つだった。そのエピソードについては、すでにいくつかメモしてある。1990年にOshoが肉体を離れると、また別な形で彼女に期待されるものも多くなったが、大雑把に言えば、1995年のかの集団の事件以来、彼女の動きは、私たちの目からは見えない方向に走っていたように思う。

7)難しい時代だったが、各人、それぞれに生き延びてきたはずだ。

8)近年、特に21世紀になってからの彼女についての情報は、古い友人Y氏に負うところが多い。今から10年ほど前に彼は彼女の秘書的なポジションで、そのワークをヘルプし、また客観的に身近に数年間見ていたことがある。

9)そのビジョンについては、「マルチバーシティ・ジャパン事業」(2004/06)という企画書の形で、その片鱗をとどめている。それは彼女の「ビジョン」を、Y氏なりの感覚でまとめたものであり、かならずしも最終的な「完結版」ではないにせよ、その方向性を見て取ることができる。

10)それ以前にはV氏の手による「伊勢ヒューマニバシティ」という類書も残されているが、いずれ後述する。

11)はてさて、今から5年ほど前のこと、近くの山間にある数万坪の土地が話題となり、エコビレッジ構想が湧きだした。その時、私は、このマルチバーシティ構想を思い出していた。

12)その直後、時あたかも3・11が発生し、螺旋階段がひとつ上がった。

13)私の生家は、運よく災害を逃れたが、より海岸線に近い彼女の生家は、どうやら津波に飲まれた。その被災状況を眺めながら、彼女のことを考えた。

14)1990年前後の彼女はともかく、21世紀になってからの彼女の動きは殆ど見えなかったし、Oshoと関連づけられることは殆どなくなっていた。かつてなら、マルチバーシティのなかに仏舎利塔を作ろうとか、まぁまぁなんとか理解しようと思えば理解できない範囲ではなかった。

15)しかし、この10年来の動きでは、アメリカからまもなく兆の単位の資金が動いてくるとか、明治天皇を祀っている明治神宮があるのだから、昭和天皇を祀る昭和神宮が必要だとか、述べていたとかいないとかの話題に触れるにつれ、はてさて、彼女の思いは、今どこに、という疑問が湧いてくるばかりであった。

16)ひとつひとつは分からないではないが、トータルとしてのビジョンとしてはあまりに分断されてしまっているのではないか。しかもそのビジョンの大きさの割には、具体性があまりに少ない。

17)地元のエコビレッジ構想を考えながら、Oshoマルチバーシティという基本型にもどれないものか、とずっと考えていた。そして、その地に彼女が立つ日が来るのか来ないのか、楽しみの一つでもあった。しかし、それも、結局は、この春、ひとつの局面をみた。

18)ある種の命脈が保たれてきたが、ある時を境に、切れた可能性はある。

 

<6>につづく

 

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2015/06/04

「市民農園体験記」<19>初収穫

<18>からつづく

市民農園体験記 
<19>初収穫

1)数日畑に行けない日が続いた。関東以南は梅雨入りしたとかで、それなりに雨量があるようだが、こちらはまだ雨不足である。それとはなし通ってジョーロで水やりをしているが、気になる日々である。

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2)そのことばっかり気にして畑に行ってみると、おお、というほど実がなり始めている。一番目立つのはキュウリ。新しい花も付き、いままで以上にどんどん大きくなっている。

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3)イチゴも苗の数も少ないし花も少ないが、最初からなっている実は小さいが完熟してきたようだ。

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4)パプリカとピーマンの差を私は違いを見つけることはできないが、いままでは天に向かってなっていたパプリカは重くなって、下向きになっていた。
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5)スナックエンドーなのか、スナップエンドーなのかにも振り回されたが、結局は名前の違いであって、同じものであるという。こちらもそろそろ食べごろですよ。

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6)間引きした二十日大根の赤い色も実に新鮮だ。

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7)なにはともあれ、これが我が市民農園体験の初収穫である。

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<20>につづく

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2015/06/01

「仙台市史」 自然 資料1 特別編1

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「仙台市史」 自然 資料1 特別編1 
仙台市史編さん委員会/編集 1994/03 仙台市 単行本 p169 仙台柳生「かやの木 薬師様保存会」資料集
No.3532★★☆☆☆

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   p125 付表15 保存樹木(杜の都の名木・古木)

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「杜の都の名木・古木 仙台市保存樹木」 1995年度版

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「杜の都の名木・古木」 仙台市保存樹木 
仙台市建設局緑政部緑政課 1996/03 単行本 108p 仙台柳生「かやの木 薬師様保存会」資料集
No.3531★★★★☆

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「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ <1>

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「 死について41の答え」 <1>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
No.3536★★★★★

<2>につづく  

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地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<55>「Zorba The Buddha 」カテゴリについて

<54>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<55>「Zorba The Buddha 」カテゴリについて

1)最初「Yahman Osho 2」としてスタートしたはずだったカテゴリだが、割と早いタイミングで「Zorba the Buddha」に変更となった。

2)書かれたのは2015/04/25から2015/06/01までの割りと短い期間であった。その半分は、「男はつらいよ」全48作関連が占めたため、割とスムーズにことは進んだ。

3)再読したいこのカテゴリこの3冊は次のとおり。

「なまえのない新聞」No.187 

「男はつらいよ」第29作 寅次郎あじさいの恋 山田洋次監督 

「寅さんとイエス」 米田彰男  

4)この期間の書き込みとしては、「市民農園体験記」が著しい。今後も展開し続けるはずである。

<56>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「Zorba The Buddha 」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊

Zorba The Buddha 」編

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「なまえのない新聞」No.187 アマナクニ 2015/05

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「男はつらいよ」第29作 寅次郎あじさいの恋 山田洋次監督 

 

「寅さんとイエス」 米田彰男  

<後>につづく

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「寅さんの伝言」 朝日新聞版 小泉信一

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「寅さんの伝言」朝日新聞版
小泉 信一(著) 2013/06 講談社 単行本(ソフトカバー): 224ページ 
No.3535★★★★★

1)お互いに「戦友」として車寅次郎という人物を作りあげてきた。渥美の急逝せ48作で幕を閉じたが、山田監督はあと2作は作りたいと考えていた。

 49作目で満男(吉岡秀隆)と泉(後藤久美子)が結婚。50作目で寅さんは幼稚園の用務員のような仕事をしており、園長役のマドンナには黒柳徹子が有力だった。p180「山田洋次監督」独楽と独楽がぶつかって勢いよく回り始めた

2)この本も3・11以後になって、なおも寅さんカムバックの一冊である。決してセンチメンタリズムにもノスタルジアにも耽っていない。

3)共演者やスタッフが中心になっているインタビュー記事がランダムに繋がっている。決してまとまりがいいわけではないが、寅という人物が、虚実を含めて、多方面から語られる。

4)3・11後に、宮沢賢治がよく語られた。よき日本的風景として、未来への希望として、はかない永遠の夢として。そして、いままで気付かなかったのだが、そのような賢治に託したような役割を、寅にも演じさせようとしていた人々がいたのだった。

5)私はそれに賛成する。というのも、結局私も手探りで3・11後の寅に会わざるを得なかったからである。

6)いみじくも、全48作目の最期のシーンは、阪神淡路大震災の跡地に踊る在日グループの円陣であった。それを意味するところは、未だに私はよくわからないが、いずれにせよ、3・11に繋がる風景ではある。

7)演じた渥美清のことを山田監督は「地球上に根っこをはやしていない宇宙人ではないか」と感じた。何もしないでそこにいるだけで笑わせてくれる。
 「いまもどこかにいるような気がするのです。
 渥美を主人公にした宇宙人の話を作りたかった。
216p 「山田洋次監督」物欲を派や親の胎内に忘れてきてしまった人間

8)当ブログにおける寅おっかけと山田監督追っかけはまだまだ続くだろう。だが、今回のカテゴリ「Zorba the Bhddha」としての寅全48作整理は、とりあえず、ここで中締めとしておく。

9)いずれかにおいて、再燃するだろう。

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「山田洋次と寅さんの世界」 困難な時代を見すえた希望の映画論 吉村英夫

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「山田洋次と寅さんの世界」 困難な時代を見すえた希望の映画論 
吉村 英夫(著) 2012/07 大月書店 単行本 270ページ
No.3534★★★★☆

1)カザンザキスがギリシャのクレタ島を訪れた時に出遭った男をモチーフにしたのが、「その男ゾルバ」であった。その対比で言えば、山田洋次が渥美清という役者と出会ったことで生まれたのが「車寅次郎」であった。

2)そのユニークで開放的なキャラクターがあってこそのストーリーであり、あるいはキャラクターこそがテーマであり、そのキャラクターを際立たせることこそ、ストーリーの役目であった、とさえいえる。

3)「寅・ザ・イエス」の喩えで言えば、寅はせいぜい「寅さん風情」であり、山田洋次は「さしずめインテリ」である。このコンビがあってこそのフーテンの寅だし、寅・ザ・イエスへの視座が見えてもくるのであった。

4)山田洋次はあえていうなら、映画の登場人物で喩えるならサクラの旦那であるヒロシに近いようなキャラである。そしてまた、この本を描いた吉村英夫もまた、この系譜に繋がるキャラであろう。

5)寅は寅なのであり、寅を寅として愛し、楽しめれば、もうそれで十分なのだが、それをいろいろ切ったり焼いたりしたがる人たちも多い。この本は、1940年生まれの大学教授が取り組んだ寅「論」だが、必ずしも成功しているとは言い難い。

6)せっかく、寅・ザ・イエスの視点まで行きかけていたのに、これでは、「さしずめインテリ」が、「寅さん風情」を論ずることによって、台無しにしているようにさえ思える。

7)山田は、選良のためだけのアート系映画をつくることをよしとしたことは50年間を通じて一度もない。p92「大ヒットーリリー、そして吉永小百合も登場」

8)この映画史研究者の切り口は、どちらかと云えば選良のためだけのアート系映画「選評」である。寅をジックリ楽しんだあとに読みにはちょっと落差がありすぎる。すこしそっとしておいてくれ、と言いたくなる。

9)しかしながら、寅ができるには山田洋次監督という立場を理解しないと、本当のことは分からないわけで、そのことを気付かせてくれた、という意味では当ブログのなかでは意義深い。

10)山田洋次監督については、別途、藤沢周平追っかけのなかの「山田洋次が選ぶ『藤沢周平傑作選』」(当ブログ未完結)と重なってくるところであり、今後の繋がりが面白くなりそう。

11)思えば、藤沢周平追っかけに至ったのは、山田洋次監督の「武士の一分」2006あたりがきっかけになっていたのだから、静かに当ブログ内に複線が引かれていたのだろう。今後の新たな展開に期待する。

12)いずれにこの本は3・11以後に書かれた本であり、寅シリーズを過去のものとしないで、混迷のなかにある今日こそ読まれ見られるべきストーリーであるとしているところに、強い共感を感じる。

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