「山田洋次と寅さんの世界」 困難な時代を見すえた希望の映画論 吉村英夫
「山田洋次と寅さんの世界」 困難な時代を見すえた希望の映画論
吉村 英夫(著) 2012/07 大月書店 単行本 270ページ
No.3534★★★★☆
1)カザンザキスがギリシャのクレタ島を訪れた時に出遭った男をモチーフにしたのが、「その男ゾルバ」であった。その対比で言えば、山田洋次が渥美清という役者と出会ったことで生まれたのが「車寅次郎」であった。
2)そのユニークで開放的なキャラクターがあってこそのストーリーであり、あるいはキャラクターこそがテーマであり、そのキャラクターを際立たせることこそ、ストーリーの役目であった、とさえいえる。
3)「寅・ザ・イエス」の喩えで言えば、寅はせいぜい「寅さん風情」であり、山田洋次は「さしずめインテリ」である。このコンビがあってこそのフーテンの寅だし、寅・ザ・イエスへの視座が見えてもくるのであった。
4)山田洋次はあえていうなら、映画の登場人物で喩えるならサクラの旦那であるヒロシに近いようなキャラである。そしてまた、この本を描いた吉村英夫もまた、この系譜に繋がるキャラであろう。
5)寅は寅なのであり、寅を寅として愛し、楽しめれば、もうそれで十分なのだが、それをいろいろ切ったり焼いたりしたがる人たちも多い。この本は、1940年生まれの大学教授が取り組んだ寅「論」だが、必ずしも成功しているとは言い難い。
6)せっかく、寅・ザ・イエスの視点まで行きかけていたのに、これでは、「さしずめインテリ」が、「寅さん風情」を論ずることによって、台無しにしているようにさえ思える。
7)山田は、選良のためだけのアート系映画をつくることをよしとしたことは50年間を通じて一度もない。p92「大ヒットーリリー、そして吉永小百合も登場」
8)この映画史研究者の切り口は、どちらかと云えば選良のためだけのアート系映画「選評」である。寅をジックリ楽しんだあとに読みにはちょっと落差がありすぎる。すこしそっとしておいてくれ、と言いたくなる。
9)しかしながら、寅ができるには山田洋次監督という立場を理解しないと、本当のことは分からないわけで、そのことを気付かせてくれた、という意味では当ブログのなかでは意義深い。
10)山田洋次監督については、別途、藤沢周平追っかけのなかの「山田洋次が選ぶ『藤沢周平傑作選』」(当ブログ未完結)と重なってくるところであり、今後の繋がりが面白くなりそう。
11)思えば、藤沢周平追っかけに至ったのは、山田洋次監督の「武士の一分」2006あたりがきっかけになっていたのだから、静かに当ブログ内に複線が引かれていたのだろう。今後の新たな展開に期待する。
12)いずれにこの本は3・11以後に書かれた本であり、寅シリーズを過去のものとしないで、混迷のなかにある今日こそ読まれ見られるべきストーリーであるとしているところに、強い共感を感じる。
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