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2015年7月の38件の記事

2015/07/31

「I'm home.(アイムホーム)」no.76

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「I'm home.(アイムホーム)」no.76
 2015年7月号雑誌– 2015/5/16  出版社: 商店建築社; 雑誌 隔月刊
No.3565★★★★☆

 この雑誌もタブレットのアプリ、Fujisanのタダ読みで見つけたもの。タブレットで画像だけを見ているだけでもいいのだが、そもそも、こんな雑誌があるのかと取り寄せてみた。

 建築雑誌なので、いろいろな商品のカタログのようになっており、そこのところがちょっと邪魔なのだが、それでも、あちこちにお気に入りの画像をたくさん見つけることができる。

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 Feel the Nature 緑に包まれて暮らす、なんて特集タイトルが付いていると、ワクワクしてしまう。

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「市民農園体験記」<32>夏真っ盛り

<31>からつづく

市民農園体験記 
<32>夏真っ盛り

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 いやはや暑い。畑に行っても、作業をする元気がない。せいぜい収穫作業をするだけ。とはいうものの、この暑さで、収穫物もすこし大人しい感じがする。トウモロコシはすくすく伸び、キュウリの葉っぱは少し枯れ始めた。

 サツマイモは伸び放題に伸び、隣のヒマワリは越境してきて、まるで私の畑で成長しているようで、これはこれでいい眺め。

 自分で作物を作るようになって、初めて気付いたことは、私の友人たちは、それぞれに自分の庭や周辺で、それなりに野菜作りをやっている、ということだった。私がそのような友人たちの動きに目を配れていなかったことに、あらためて気付いた。

 実家や周辺からは、ドサッと大量の野菜が届けられる。プロの農家なのだから当たり前だが、私が折角苦労しながら作ったナスやキュウリなど、あっという間に凌駕されてしまうような量だ。

 これじゃぁ、私の苦労が報われない気にもなってくる。(笑)

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 この暑い時期、テントウムシやアブラムシなども少ないように見える。ただひたすら暑さだけが大敵だ。秋冬に向けて、新しい作物計画も考えようと思うのだが、どうも体がだるい。

 暑すぎるよ。でも、夏だからな~~。

 心頭滅却すれば、火もまた涼し、と、は思っては見るが、やっぱり熱中症は怖いぜよ。

<33>につづく 

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2015/07/30

iPhone6を1ドルであなたに(20名限定)

 来年発売されるiPhone7の開発リサーチのために、プレゼント中。ただし間もなく終了します。

 この特権を活用するには4つの質問に答えてください。

 あなたはワイヤレス充電機能は必要ですか? 画面は大きいほうがいいですか? というような質問です。

 そして、日本のあなたのお手元に届けるために1ドルだけ負担してください。

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 最後に、住所とお名前をどうぞ。クレジットカードの番号もね。

 とここまで来て、ビロンと鼻の下が伸びていたわたくしも、ようやく眉にべたべたと唾を塗った。

 そして、URLをコピペして検索してみると、これはまぎれもないフィッシング詐欺の罠であった。

 だいたいだね、すでに6プラス64Gを使っているのに、いまさら6の16Gをもう一台もらってどうするの? 二台持ちしてテザリングで活用? それってなんだかめんどくさい。

 1ドルって言っているのに、急に99円にディスカウントするのもおかしいだろう。

 20名限定って言っているのに、あるサイトのあるリンクをクリックすると、毎回でてくる。

 アップル本家の頁にさも似せてはいるが、危うし危うし。

 ネット情報によれば、これでカードのナンバーなどを打ちこんだ日には、100万円単位の請求書が来月あたりに来ることを覚悟しなければならないらしい。

 もちろんiPhoneなんて来やしない。

 そもそも私ごときにiPhoneなんぞ配ったところで、開発に有効な情報など取れるわけないじゃないか。

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2015/07/28

「ガーデン & ガーデン」 2011年 夏号

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「ガーデン & ガーデン」 2011年 夏号 
出版社: エフジー武蔵; 2011/4 雑誌 季刊版
No.3564

1)iPadを使って3年余り、読書ブログを標榜する当ブログとしては、電子書籍がどのように我が生活に入り込んでくるか関心があった。しかし、テキスト類に関しては、やはり従来の書籍のほうがライフスタイルに合っていた。

2)何点か電子書籍を購入して、常時携帯できるようにしたものの、それがどうした、というだけで、必ずしも電子書籍のメリットは感じなかった。書籍にしても雑誌にしても、私は従来のほうが好きである。

3)ところで電子書籍のアプリにもいろいろ種類があり、メリットを感じているのは、Fujisanという雑誌専門のアプリである。そもそもは雑誌の電子書籍販売をしているのだが、その中には、立ち見やタダ読みという特典があり、時には、新刊ではないにせよ、一冊まるごと、雑誌を読めてしまう号もあるのだ。

4)そんな風にしてずっとあちこち雑誌の立ち読みをしては削除しているのだが、最初の最初からダンロードしていながら、いまだに削除しないで、いつもチラチラ見てしまうのが、この「ガーデン&ガーデン」である。

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5)全部が全部というわけでもないのだが、使われている写真のなかにとても気になる写真がいっぱいあるのである。ああ、いいな、あとでゆっくり読もう、と思いつつ、結局は本文なんか読んでいなくて、結局毎回、画像を見て終わりなのであった。

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6)何回も眺めているうちに、何がいいんだろうと、ふと考えてしまった。中でもお気に入りの何枚かを何回か見ているうちに、その共通項が分かってきた。この登場する植物たちがいいのである。花でもなく、木でもなく、ハーブや雑草にさえ見えるような植物たちと、そして木の板でできた小屋たち。

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7)これらの画像を眺めていて、あとから気付いたのだが、この本は「ガーデン&ガーデン」という庭づくりの本だったのである。建築を見せるわけでもなく、小屋でもなく、ましてや花や野菜ではない。「庭」なのである。しかも、実にデザインされた庭たちであった。

8)この雑誌は季刊誌である。この号は2011年夏号とはいうものの、2011年4月発売だから、おそらく3・11直後にはこの号が店頭に並んでいたはずなのである。実に因果な一冊と言ってもよかろう。

9)この雑誌の他の号をあのタブレットアプリで検索したのだが、タダ見や立ち見をすることはできなかった。そうか、こういう雑誌もあるのか、と我が図書館を検索してみると、毎号毎号、キチンと所蔵されているではないか。な~んだ、知らないのは私ばかり。私の読書ライフのシステムからはこぼれる位置にあったのだった。

10)さっそくバックナンバーを取り寄せ、最新号も見てみるつもり。それしても、この雑誌はなかなか、痛いところを突いてくる。小屋でもない。花でもない。野菜でもなければ、ファッションでもない。あるいはそれらすべてを包括している。

11)あるようでいて、なかなかない一冊である。自分の何か足りないものが、この雑誌のなかにあるような、そんな気がする。

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2015/07/26

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <51>夏休みバーべキュー

<50>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<51>夏休みバーべキュー

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 このところ、例年の恒例行事となりつつある、夏休みバーベキュー。本来、今年はかのエコビレッジか、はたまたあちらのクラインガルテンか、と、噂はあったものの、結局今年も、昨年と同じキャンプ場での体験となった。

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 二人の孫はすでに幼稚園に通い出し、本当の意味での夏休みの体験となる。川遊び、セミ取り、温泉、バーベキュー。総勢10人の御一行様は、笑ったり、走り回ったり、泣いたり、食べまくったりと、実に賑やかである。

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 真夏の炎天下に、炭で火を起し、汗だくになって食材と葛藤。火と遊び、水と遊ぶ。これもまたよからん。昨年まだまだゼロ歳児だったもう二人の孫たちも、今年は借りた広いロッジの中でハシゃぎまくる。爺さんは、その風景を見ているだけで、満足なのであった。

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<52>へつづく

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2015/07/24

「クラインガルテン計画」<10>週末農業とはいうけれど

<9>からつづく 

「クラインガルテン計画」

<10>週末農業とはいうけれど  目次

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 ダメ元で移植したズッキーニは完全にダメだった。そのわりには、こちらもダメ元だったはずのシュンギクの移植は、意外と一部20%くらいが生き延びていた。

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 リーフレタスも活着したようだ。サトイモも元気。

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 ニンジンも発芽、カブも発芽、万能ネギも発芽。今後の成長を見守る必要がある。

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 カブは発芽と同時に虫がついている。これは最初から寒冷紗をかけて守らないといけないのだろう。次回から考えることとする。

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 トウモロコシはますます元気。追肥をした。

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 ナスも追肥。ナスがうまく成長したとして、はて、週末農業で収穫はうまくいくかどうか。取らぬナスビの腹算用。

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 つるありササゲは順調に発芽。それぞれ間引きして、ネットを張った。もうツルがどんどん伸び始めている。

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 すこしづつ畑の風景ができつつある。

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 一週間に一回訪問の週末農業。とはいうけれど、せいぜい活動は週に三時間ほどの活動。

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 これを基本に、これから、この広さの農場をどうドライブしていくのか、体をうごかしながら、考える。

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 <11>につづく

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2015/07/23

「わが人生の10冊」

「わが人生の10冊」

 ある雑誌で「わが人生最高の10冊」というシリーズ企画があることを知った。各人まちまちである。それぞれに興味深く拝読した。当ブログにおいても、10冊を選んでみよう。ただし、「最高」というランクづけではなく、年代の推移によって、大きな影響を受けた本を年代順に選んでみた。

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「修証義」
桜井 秀雄 (著), 鎌田 茂雄 (著) 横尾忠則(装丁)1983/4 講談社

 8歳になって三日目に私は父を亡くした。すでに父は5年も隔離病棟で闘病生活を送っていたので、その生身の父というものの存在をほとんど知らなかった。その葬儀にあたって、菩提寺の僧侶によって読まれたお経「修証義」の最初のフレーズがいまだに脳裏に残っている。「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」。

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「巨人の星」
梶原一騎原作 川崎のぼる画

 中学一年生の春に「少年マガジン」で大リーグボール養成ギブスを装着するシーンから読みだした。単行本を揃えて毎日読んでいた。野球を通じての父子愛がなんともまぶしかった。影響を受けて石川裕人らと肉筆誌を作り始めた。後年、高校PTA会長時代に、甲子園出場後援会長として活動したのも、その延長線上にあったか・・。

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「俺には俺の生き方がある」
加藤諦三 1966 大和書房

 今となってはお恥ずかしいが、高校生一年生時代の私はこの本が何よりも大好きだった。この人のシリーズ本を全て揃えては傍線を引っ張って熟読した。つまりは自我を強く強く持つことの練習だったのだろう。「いま俺は何かしなければ」などという続巻を授業中に読んでいて教師に小突かれた。「いま、お前はちゃんと授業を受けろ!」

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「存在の詩」第一号
OSHO  スワミ・プレム・プラブッタ 1975/08 アッシーシ・ラジネーシ瞑想センター

 21歳の私は、仲間たちとの共同生活コミューンに参加し、カウンターカルチャーミニコミを作っていた。時あたかも「ミルキーウェイキャラバン」旅の途上、このミニコミに出遭った。そのことが私の人生を決定づけた。Oshoサニヤシンになり、瞑想センター活動をした。人生最高の一冊、といわれれば、私はこの本を挙げるしかない。

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「第三の波」
アルビン・トフラー/著 徳山二郎/監修 鈴木健次・桜井元雄他/訳 1980/10 日本放送協会出版局 p642

 1980年、インド滞在のあと、26歳の私は病を得、がんセンターで余命半年の宣告を受けた。死を覚悟した。ジョン・レノンが暗殺された。その頃、ちょうどこの本に出遭った。情報化時代、エレクトロニック・コテッジ、プロシューマーなどなど。未来に対するこの本が提示する夢に胸が膨らみ、死にたくない、と強く思った。

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「浮浪雲」 1 遊の巻
ジョージ秋山/著 1975 小学館 浮浪雲 ビッグコミックス

 最初に読んだのは1975年、ミルキーウエイキャラバンの札幌からの帰り道。あぱっちと函館の「帰郷庵」というロック喫茶に立ち寄った時。しかし、このシリーズを全巻揃えて熟読したのは、むしろ80年代になってからの子育て時代。新ノ介、おはなちゃんとの生活、奥さんおかめさんとの絡み。勉強になりました。

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「ダイヤモンド・スートラ」 OSHO 金剛般若経を語る
OSHO スワミ・アナンド・ヴィラーゴ 翻訳 1986/03 めるくまーる社
 
 80年代に出た本ではあるが、もっとも難解で、もっとも魅力あふれるOsho本として未だに手放せない。ましてや畏友・故石川裕人が、自らの蔵書として所蔵していた一冊が私の手元に来たとあっては、一生大事に熟読せねば、と覚悟している。 「スブーティよ 『仏国土の調和』とは 如来によって無調和として説かれている」

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「ウェブ進化論」 本当の大変化はこれから始まる
梅田望夫 2006/02 ちくま新書

 この本の書評を新聞で読んだ。それから私の本格的なネット参加が始まった。まもなく我が家は宅配新聞をやめた。情報源はネットに移行し、検証は、便利になった図書館利用にシフトした。 まさにネットはコンテナから、コンテンツの時代へと進化した。そして2015年の今、いよいよコンシャスネスへと熟成し始めているはず・・・だが・・・。

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「私が愛した本」
OSHO 1992/12 OEJ

 ブログ+図書館+Osho というトリニティのなかで、この本が俄然存在感を増してきた。最初、単なる読書日記だった我がブログは、この本のリストに依ってひとつの方向性を与えられた。全168冊にはまだ目を通せないでいるものもある。それぞれの地方の希少本だったりするから仕方ないが。

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「仙台平野の歴史津波」巨大津波が仙台平野を襲う! 
飯沼 勇義 1995/09 宝文堂

 我が人生の中でも最大級の出来ごと、3・11について、さまざまな出版物がでている。あの日を境に、すっかり世界が変わってしまったかのようだ。しかし、その中にあってもこの本は本当に稀有だ。3・11の前、すでに16年前から警鐘を慣らし続けた飯沼史観の適格性に目を奪われる。続刊ではホツマツタエにも言及。

(最近読んだ本)
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「一茶」 
藤沢周平 1978/6 文藝春秋

 映画「武士の一分」から始まって、映画もビデオもラジオ番組も、藤沢周平ワールドに遊び、すっかりハマってしまった。お隣の山形の出身であること、下級武士や庶民の心がよく書かれていること、田園や里山風景。還暦も超えて、時にイラつくわが老境は、この人の文学にすっかり癒された。

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2015/07/22

「市民農園体験記」<31>わき芽かき

<30>からつづく

市民農園体験記 
<31>わき芽かき

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 一日目を離していると、キュウリやナスの成長は早い。あっという間に大きくなり、大きくなりすぎる。しかしよくよく考えてみると、成長しているのは実だけではない。葉も根も、そして茎も、植物全体が成長しまくっているのである。

我が畑は、つる性植物が多い。そのために、立体構造にしてはいるのだが、あっという間に、カボチャやキュウリ、トマト、メロン、ササギ、ゴーヤ、ヤマイモ、ツルムラサキなどの日陰になってしまう。

 最初は、グリーンとして成長してくれるだけで嬉しかったのだが、やはり実を取らないと、畑の意味はない。日陰が多くなると、次第にそれぞれの作物の成長が遅くなり、結実しなかったり、腐ったりする。風通しも悪くなる。

 そこで、ちょっと遅くはなったとは言え、これもチャレンジ精神で、わき芽類をカットし始めることにする。あちこち伸びたわき芽をカットすると、かなりの量の茎類が排出される。あー、これだけの植物が成長しても、捨てなければならないのだな~、と、ちょっと勿体ない気もする。

 わき芽をカットしていると、すでにその先に実がなっていたりして、ゴーヤとかメロンとか、もう少し大きくしてからと思うようなものも、カットしてしまった。まぁ、しかたないか。

 今日のカットで、だいぶ我が畑は風通しもよくなったし、太陽の光も差し込むようになった。湿気だって必要以上にこもらないだろう。今後も健やかな成長を願う。

<32>につづく

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2015/07/21

「市民農園体験記」<30>真犯人カラス説

<29>からつづく

市民農園体験記 
<30>真犯人カラス説

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 先日のトウモロコシ被害、オーナーに聞いてみると、それはハクビシンではなくて、カラスではないか、という。

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 これは私が撮影のためにもぎ取って地面においたものだが、ハクビシンなら、地面の上に落としてから食するという。枝に付いたままならカラスの可能性大だとか。

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 なるほど、皮をはがしてみると、上からつついてクチバシの届く範囲を食しているようだ。

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 実はあの朝、畑には一本カラスの羽が落ちていたのである。ピンと来て、とりあえず保存しておいたのだが、これが動かぬ証拠となるやも知れぬ。

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 ならばとさっそく百均からメタリックな風車を仕入れて、わが畑につけてみる。これでいくらかの鳥害を避けることができるであろうか。

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 なにはともあれ、今日も収穫、自転車のカゴに入れて、御帰宅。

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<31>につづく

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2015/07/20

「2015年版間違いだらけのクルマ選び」徳大寺有恒他 <1>

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「2015年版間違いだらけのクルマ選び」 <1>
徳大寺 有恒(著), 島下 泰久(著) 2014/12 草思社 単行本: 256ページ
No.3563

1)2014年11月7日徳大寺有恒氏逝去。氏最後の一冊となったこの本とともに、当ブログとしてもレインボーカラー評価で氏をお送りしなければならない。

2)VWゴルフをスタンダードとして当時の国産車の欠点をユーモアを交えつつ論評するという形式の本書を送り出すことができたことは運命と言ってもいいものでした。p003「編集部より」

3)1976年以来、40年に渡って日本車を指弾してきた氏が、最後に、語ったのは、燃料電池車トヨタ・ミライだった。

4)トヨタの燃料電池車が本書刊行の直後、2014年12月にいよいよ発売される。その名は「ミライ」。(中略)この車はあらゆる意味で「凄い」のひと言。そのことだけは断言できる。p016特大寺「「ミライの試乗に行った 売るだけで凄いが クルマの出来にも驚いた!」

5)以前としてこの本のVWゴルフに対する評価は高いが、日本車全体は、そのVWゴルフとは、また別な形で進化を遂げ、まさに未来に向かって突き進もうとしている。少なくとも40年後の2014年において、氏の車に対する思いは、一つの終結を迎えることができたのではないか。少なくとも、2006年で一旦終結しただけでは、満足の域には到達できなかった。

6)これが氏の最後のシリーズとなり、次からは共著者のひとりが単独で書き続けていくという。

7)日産リーフのほか、ステラの動向、ハイブリッド全体の動き、そして2015年にでるだろう新型プリウスなどについての思いを語る。

8)現在、私は我が家のハイブリッドベーシックセダンに、特段の不満はないが、敢えていうなら、最近は、キャンピングカーにも関心がある。しかし、どでかい車はごめんだし、維持費も気になる。むしろ、小さなキャンピングトレーラーを引っ張るくらいがいいかな、と思う。

9)だが、それでも不満である。大体が、最近は一人で行動することが多くなった。どうしても家族で移動となれば、息子の7人乗りワンボックスを使えばいいのだ。

10)私としては、現在のクルマに、せめて、寝袋を広げた時に窮屈でない柔らかなフラットなスペースができないものかと思う。そして、小さなノートパソコンを使うテーブルが欲しい。

11)この二つについては、じつは現在でも可能である。ハンドルに付けるテーブルや、6:4分割の後部シートを活用すれば、できないことはない。しかし、それは「できないことはない」というレベルだ。ここのところをきっちり作り込んでくれる車はでてこないだろうか。

12)軽のキャンピングカーなどもあるようだが、私の食指は動かない。軽は軽である。若い時分に十分乗りまわしたので、もういいです。安全性も問題。

13)ワンボックスも若い時分にファミリードライブを重ねたので、もういいです。一人で運転していると、あの余ったシートが悲しすぎる。シート運搬車になってしまう。

14)せいぜい1500CC程度のエコカーで、しかも男ひとりがごろりと横になって読書し、時には真面目に仕事できるようなノマド・テーブルがついている車。そんなのが欲しんだよな。

15)山でも海でも、あるいは街中の駐車スペースでもいい。そこに車で行って、数十分、あるいは数時間、あるいは一晩、そこで仕事し、生活する。そんな気ままな車ライフをしてみたいものだ。

<2>につづく

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「2014年版間違いだらけのクルマ選び」徳大寺有恒他

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「2014年版間違いだらけのクルマ選び」
徳大寺有恒(著), 島下泰久(著) 2013/12草思社 単行本: 254ページ
No.3562★★★★☆

1)「2013年版」の次に、こちらの「2014版」をめくってみる。すでに我が家のベーシック廃部っとセダンも5年目の車検となり、まだまだ乗り潰す気ではいるものの、次なる車探しに気もそぞろ、というシーズンになってきた。

2)しかしながら、毎回のことだが、調子が悪くなっても直し直し乗るのがわが車ライフなので、まだまだあと5年、あと10年は現在のまま続行する可能性はある。

3)それであっても、突然の事故や環境の激変などで、思いがけないサドンデスという状況が生まれないとも限らない。そろそろ車業界の情報もすこしづつ仕入れておかなくてはならない。

4)このシリーズ、常にドイツ車の評価は全面的に高く、他の欧米車やアメ車は、趣味性に大きく振られて、選抜チームだけがピックアップされて高得点を得ている。だから、本としては面白いのだが、その結論と、我が車選らびの結果は大きく異なることが多い。

5)今回のこの版では、「65歳からの終(つい)の一台」となるべき車をなると、結局、ゴルフ(p055)、ということになりそうだ。使いやすさ、価格、出来上がり、全てにおいて万点に近い評価を受けている。

6)しかし、それは今号に限りらず、昔の昔から、このシリーズの最初からの結論なのである。どうもその「お仕着せ」の結論にうなづくのがどうも厭だ。それに、私はやっぱり国産車がいい。よくロードサイドで立ち往生している「ガイシャ」をみると、ざま―ミロ、と言いたくなる。車はまずは動くことが重要だ。

7)メカにも弱く、趣味性にもこだわらない我が車ライフとしては、車は走ってくれなくては困る。それに故障は必要ない。いちいち故障を愛することはできない。だから、中古も敬遠している。

8)自分の財布に無理のない範囲での新車を買い、それを乗り潰す、このスタイルが一番いい。だから一点豪華主義で車に小遣いを全部使う気にもなれない。

9)ということは、やっぱり、現在のハイブリッドベーシックセダンをまだまだ乗りついでいくしないのである。それに現車に十分満足しているのである。

10)ひょっとすると、古希も超えたあたりで免許返上なんてことになるのなら、このまま、この車が私の人生最後の車になったとしても、まぁ、それもありかな、とさえ思っている。

11)そしてそれでもやっぱり、となると、最後の最期は、国産車のしかも小さな(軽以外)の落ちづいた色の車となろう。しかもそれは、おそらくハイブリットを通り越して、電機自動車であってもいい。できれば自宅で発電した電気で街を走り回りたい。

12)とくると、まずは気になるのは日産リーフ(p139)あたりだろうか。日産はメーカーとして、あまりいい思いをしていないので、出来れば避けたい。だが、本体価格もだいぶ下がってきているので、候補の筆頭になっている。航続距離が伸びない、というところもちょっと欠点ではあるし、スタイルも、まぁ、いまいち。進化の速度が、やや遅い気がする。

13)三菱i-MiEVなんてのもあるが、見かけが軽だけに、どうも気色冷める。それにこえだけコンパクトだと、安全性が気になる。価格も決して安くはないし、乗り心地も、うんぬんできるレベルではないだろう。

14)テスラ・モデルS(p241)なんてところも気になるところではあるが、車体が大きすぎるし、値段も安くあるまい。画期的で話題性もあるが、我が車ライフには組み込めない。

15)そして、今、どんな車にもハイブリッドという機能が追加され始まっているが、そもそもの車のコンセプトが必ずしもエコカーづくりではないので、どうも可笑しい。もともとの燃費が悪い車にハイブリッドを積んだとしても、他の普通の車と同じレベルであるならば、単に車メーカーにトッピングでどうでもいい車を売り込まれているようなもんだ。

16)現在の車が「死亡宣告」でも受けない限り、私は当面買い換える予定はまったくないが、こうして、このシリーズの本が気になり始めたということは、すこしづつアキがきているんだろうな。

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2015/07/18

「クラインガルテン計画」<9>移植

<8>からつづく 

「クラインガルテン計画」

<9>移植  目次

 月4回ということは、一週間に一回、週末農業でクラインガルテンは成立するのか。いや逆に、週末農業で成立させるからこそクラインガルテンなのである。

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 トップバッターのトウモロコシの移植は今のところ成功。晩生とはいえ、夏日を浴びてすくすく育っている。

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 種まきしたツル有りインゲンの発芽も順調。むしろ間引きの時期が近づいている。

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 今日、市民農園からクラインガルテンへ移植した二本のサトイモも、まずまず活着しそうだ。

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 ただ、ダメ元で挑戦したズッキーニやシュンギクは、ほぼ望みなし。単なる実験に終わりそう。

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 先週からスタートした堆肥づくりもまずまず順調。今日も枯れ葉や刈り取った草を補充、米ヌカと鶏ふんを追加した。

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 ところで、次なるプロジェクトのパーマカルチャーのシンボルともいえるハーブのスパイラル畑の候補地を見つけることができたのは、今日の成果。これから十分な自然石を探す算段を始める。

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 休憩所となるラウベの候補地も見つけた。これはなかなか雰囲気いいぞ。ツリーハウスの可能性もあるが、まずは地上からだろう。

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 きょうの更なる成果のひとつは、わがクラインガルテンには、ナナツホシテントウがたくさん生息していることを確認したこと。うちの奥さんなどは、捕まえて我が家の庭に放してほしい、なんて言う始末(笑)

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 セミたちも今を盛りに鳴き続けているが、オニグモの巣にひっかかりエサになっているセミもいた。自然の摂理だ。

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<10>につづく

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2015/07/16

「NHK趣味の園芸やさいの時間」 夏を乗りきる菜園の知恵

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「NHK趣味の園芸やさいの時間」夏を乗りきる菜園の知恵
2015年 06 月号 NHK出版 
雑誌
No.3561★★★★☆

1)図書館に行ったら、最新号は貸出禁止だし、先月号などは人気で貸出中なのだが、ちょっと古めのバックナンバーがあったので、ゴソッと借りてきた。

2)6月号ではあるが、現在の7月あたりの気候にも適応するように書いてある。

3)ナス、キュウリ、オクラ、ピーマン、シシトウ、ササゲ、トマト、パプリカ、ツルムラサキなどなど、我が農園で、現在進行形の「問題」点がキチンと網羅されてリストアップされている。なるほど~、我が農園の問題は、定番の問題なんだな。解決策は、いろいろとありそうだ。

4)これからやりたい、タマネギ、ジャガイモ、キャベツ、長ネギ、それのマルチや、ぬか漬けの床つくりなどについても、分かりやすくヒントが書いてある。

5)たまに、間違ってこのテレビ番組を見てしまうのだが、出会うとやっぱり面白い。ついつい見てしまう。偶然見てしまうというより、キチンとこの番組を一年間でも追っかけてみれば、市民農園クラスのことなら、だいたい分かってしまうだろう。

6)それしても、NHKの大衆番組ということで、すこし敬遠気味だったのだが、いまや有機無農薬と大々的に銘打っていなくても、もはや時代の潮流はそちらのほうにあるのだと、痛感する。このテキストなども、その辺についてキチンと配慮されている。

7)これはプランター栽培や家庭菜園レベルに限定しているからであって、農業経営的な視点から見れば、まぁ、絵空事の部分もあるに違いない。プロ農家はプロ農家なりの工夫や苦悩があるに違いない。

8)なんとかという有名なジャーナリストの最近の肩書は「半農業・半ジャーナリスト」であるという。半農業半Xという言葉もあるが、いまや「農」の心を持っていないと、人間とは言えない、とばかりの風潮があることに、私は悪いことではないな、と思う。

9)「やさいの時間」はあくまで、野菜作りに限定したリクレーショナブルな技術の伝授に視点が置かれているが、当然、ここから環境問題や、エコロジーに繋がる視点があってしかるべきである。

10)とにかく、食わず嫌いの私なんぞは、謙虚な気持ちになって、この番組を一年なり二年なり、追っかけただけでも、相当に勉強になりそうだな。

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「2013年版 間違いだらけのクルマ選び」徳大寺有恒他

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「2013年版 間違いだらけのクルマ選び」
徳大寺有恒(著), 島下泰久(著), 穂積和夫(イラスト) 2012/12 草思社 単行本(ソフトカバー): 256ページ
No.3560★★★★☆

1)図書館に行って思いだし、もっと新しいヴァージョンを探したのだが、この年度のものしか残っていなかった。まぁいいだろうと、借りてきた一冊。この本が気になりだしたということは、そろそろ新しい車が欲しくなり始めた、というべきか。

2)そう言えば、現在のハイブリットセダンも間もなく5年目の車検を迎える。目立った損傷もなく、大きな不満もないのだが、時代が進めば、それとなく他の車も気になってくる。

3)5年乗って、不満と言えば、もし四駆だったら、もっと活動範囲は広がったかな、ということと、高級ステレオシステムやバックソナー、それに最新のナビもいいかなぁ、というあたり。しかし、それはほんのトッピングに過ぎない。基本私は現在の車に満足している。

4)この前は、ベーシックリッターカーを11年で乗り潰した。その前はセダン型ワゴンで9年、更にその前は中型ワンボックスで8年と軽セダンの組み合わせ。それぞれに、家族構成の成長過程を見ながら、ベストチョイスしてきたつもりだ。その前は、軽ワゴンを乗り継いだ時代もあったし、更にその前は中古の小型セダンだった。

5)決して車嫌いではないが、そんなに頻繁に買い替えるほど車マニアではない。間に合えばそれでいいのだが、車という奴は、やはり年式が古くなればヘタってくる。修理したりするよりかは、新車に乗り換えたほうが、結局は割安になるのだ。

6)ただ自分の年齢も考えなければならない。還暦を過ぎたばかりとは言え、最近、どうも周囲のアラウンド65歳の人々の交通事故が気になってしかたない。今まで長年安全ドライバーだったのに、急に事故ったりする。それは、個人的なものではなく、加齢が引き起こす現象なのだ。65以上の免許証返還の動きも、妥当性なしとはしない。

7)今のハイブリットセダンに特段のヘタリもなければ不満もないので、あと十年乗ろうと思えば乗れるかもしれない。とするなら、私のマイカー所有歴の最期は、この車で終わりとなる。まぁ、それもいいかなぁ、と思う。

8)しかし、敢えて、人生最後の車、おそらく、65歳から75歳くらいまで乗る車を想定してみる。どんな車がフィットしているのか。そしてその時代に、どのような車がフューチャーされているのか。

9)まず、私は軽自動車は厭だ。若い時に長いこと乗っていたせいもあるが、どうも安全性が気になる。経済的に見せておいて、決して経済的ではないのも軽自動車だ。勿論ワンボックスもオフローダーも乗らないだろう。敢えていうなら、セダン型の電気自動車だろう。

10)ところが、その前提で考えるとまだまだ車種は充実していない。日産リーフは第一番に気になるところだが、スタイルがいまいち気にくわないだけでなく、距離が伸びない。それほど長距離を走るわけではないが、潜在力としての長距離走行性は、例えば、災害から逃れて遠く移動する、なんていう状況の想定では、まず不合格である。

11)中途半端なハイブリットなら今の車で十分だし、ディーゼルなんて選択肢は、敢えて考えていない。スポーツ2シーターとか、ドイツ車だとか、目先を変えることは可能だが、だからどうした、ということになる。本質的になんにも変わっていないではないか。

12)65歳から、10年間乗る車として、今想定するとすれば、今のハイブリットセダンに四駆をつけて、しかも軽量のキャンピングトレーラーを引っ張れるくらいの馬力が欲しい。そして、ハイブリットは限りなく電気自動車に近づいて行って、自宅の屋根上にある太陽光システムで充電できるようになってほしい。

13)横滑り防止とか、バックソナーとか、あるいは自動停止装置、あるいは自動運転システムなど、最先端の装備は特に必要ない。その時代でそろそろ枯れ始めたかな、というお得なシステムがリーズナブルについていればそれでいいのだ。

14)リーフはスタイルがいまいち好きになれないし、日産というブランドには過去に懲りているので、敢えて人生最後の自動車であってほしくない。スバルも悪くないが、燃費がなぁ~。ホンダは、どうもあのインテリアがダメである。落ち着かない。三菱は車種が少ない。マツダは、これまたあのスタイルが・・・・。

15)そして、国産車以外となると、ちょっと目立ち過ぎて、わが業務にはフィットしない嫌いがある。私の選ぶ車は、街並みに溶け込んで、すっかり埋没してほしいのだ。まったく目立たない車がいい。いついつ、どこどこを走っていたでしょう、なんて後から言われるような車はもう勘弁願いたい。

16)まぁ、ここまでくると、おのずと車種もメーカーも決まってくるのだが、まぁ、先の話ではある。その時代に、おお、これだ、これこそ漠然と私が求めていたものだ、と納得できる一台に出会いたいものだ。

17)この本はシリーズのなかでも3年前4年前のものである。もうすこし新しいバージョンにも目を通して、数年かけて、少しづつ選択眼を磨いていこうと思う。

18)今回この本を読んで思ったことは、類書がある中で、やはり著者徳大寺有恒の文章は素敵だな、ということ。車選びのセンスは、ちょっとついていけないが、文章は大好きである。私はこの人の文章の書き方に、ひょっとするとかなり影響を受けているのではないか、と感じた。

19)こんなに上手には書けないが、彼が車を見ている目と、私が図書館の本を見つめている目に、どこか共通項があるように思う。一人称であること。理想が高そうでいて、結局は、おざなりな結果になること。ひとことケチをつけないではいられないところ。ちょっと気どった言い方をしたつもりなのに、なんだかピラピラのミーハーであること。

20)長い間、この人の本には目を通してきたので、影響を受けていない筈はない。あるいは、どこかそもそものポジショニングが似ているのかもしれない。

21)あるいは読者にそう思わせるところが、結局は著者の高級テクニックなのであって、私は、それにまんまと嵌められてきたのだろう。まぁ、それはそれで、私は満足だな。すでに故人となった著者に、あらためて哀悼の意を表します。

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「昭和のアルバム仙台・名取」写真でよみがえるあの頃のふるさと 中川正人他

71ojnbb3zol「昭和のアルバム仙台・名取」 写真でよみがえるあの頃のふるさと
中川 正人(監修), 昭和のアルバム編集室(編集), 吉岡 一男 佐藤達夫 2015/05 電波実験社 大型本: 279ページ
No.3559★★★★☆

1)何かのついでに、兄弟が持ってきて貸してくれている本。小一万円する豪華本だけに、自分で所有する気にはなれないが、なかなかレトロで、しかも身近な話題に溢れている。

2)この写真のなかに、わが祖父が写っているという。「国民学校に二宮尊徳像を寄贈」(p35)にある一枚である。昭和16年。太平洋戦争真っただ中の、記念式典の一こまである。

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3)たしかに私もこの木造校舎に通ったし、二宮尊徳像も見て知っている。私がこの小学校に通うようになったのは昭和35年だから19年後のことだ。

4)スマホでお手軽にパチリ、なんていう時代ではない。戦時中、写真なんてなかなか自由には取れなかっただろうから、貴重な一枚と言える。

5)こちらは昭和15年。尋常高等小学校土俵前での記念撮影(p36)。この一枚にも親戚が写っている。

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6)その人物は、祖父の義弟、私たちが伯父さんと呼んで親しんだ建設業の親方である。昔は相撲を取っていた、という噂話をきくだけで実際には相撲の姿など知らなかったが、最前列で、蹲踞(そんきょ)している姿など、その昔の姿をほうふつとさせる。後ろには裸の相撲の巡業力士たちがならぶ。

7)その他、この600枚の写真が綴じられたアルバムに、よくよく眼をこらしてみれば、あれやこれやの知人や故事がたくさん詰まっていそうだ。たしかに、一家に一冊、保存版として欲しい本ではある。

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「ネイチャーエデュケーション」 長谷部 雅一

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「ネイチャーエデュケーション」 身近な公園で子どもを夢中にさせる自然教育
長谷部 雅一(著) 2015/04 みくに出版 単行本: 271ページ
No.3558★★★★☆

1)ちょっと変な本。新刊本コーナーになかったら、多分手は出なかっただろう。このタイトルも意味ありげであるが、必ずしもジャストな表現とは思えない。

2)若い時分に世界中をバックパック旅行してきた、ということだが、そのこととこの本と、そしてその内容になっている「ネイチャーエデュケーション」がどう繋がっているのか、今いち理解に苦しむ。

3)しかしながら、近くの公園で子供たちと遊ぶ、というシチュエーションは大好きである。もっともっとそうあるべきであろう。

4)我が身に振り返って考えてみれば、例えば、市民農園やクラインガルテン、時にはエコビレッジなどに孫などとともに遊べたら、どんなにいいだろう、と思う。そう思うとともに、まずは、自分も一人の子供になって、自然のなかで、ゆったりと、じっくりと、遊んでみたいと思う。

5)この本のタイトルから、かつての環境心理学シンポジウム「スピリット・オブ・プレイス」における「ネイチャリング」というジャンルを思い出したし、たしか「ネイチャー・ゲーム」とかいうタイトルの本もあったのではなかったかしらん、と思う。そして清水芳孝先生のことも思いだした。

6)テントウムシは、その姿のかわいらしさから子ども達に大人気の昆虫です。テントウムシにもたくさんの種類がありますが、よく見る7つの水玉模様があるのは「ナナホシテントウ」です。

 そのほかに公園でよく見られる黒字に赤の水玉二つや四つのテントウムシ、赤い身体に模様なし、ちょっと変わった模様のものなどは、総じて「ナミテントウ」という種類になります。このナミテントウは、実に100種類以上の模様があるそうで、とてもオシャレなテントウムシです。p183「テントウム」

7)ちいさい時分には、ナナホシテントウはたくさん見た覚えがあるが、この春、フタホシテントウを見たのは一度きり。アブラムシがトウモロコシについた時に、夫婦のフタホシがじっくりアブラムシを食べてくれていた。

8)それ以外は残念ながら、ニジュウヤテントウだけが、大繁殖している。市民農園に行けば、ジャガイモやナス、トマトなどの類に張り付いている。毎日畑に行けば、まずはこのテントウムシを取ることから作業が始まる。

9)著者は、このような昆虫や草木、あるいは鳥類などと子供のふれあいのチャンスをつくる会社をつくり、活動しているようだ。なにか、どこかに無理があるように、私などは感じるのだが、時代が時代だけに、アプローチの仕方によっては、規模はどうであれ、このような企画が受ける可能性もあるのだろう。

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2015/07/15

「市民農園体験記」<29>トウモロコシ襲わる

<28>からつづく 

市民農園体験記 
<29>トウモロコシ襲わる

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 畑に行って、落ち葉の異様さに気付いた。

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 よくみたら、トウモロコシを誰かがかじった跡がある。

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 これが噂に聞く、ハクビシンの被害だろうか・・?(涙)

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 ちょうどそろそろ食べごろという3本がやられていた。

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 なんとも痛々しい姿である。

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 仕方がないので、他にもやられそうなものやヤングコーンをもぎ取った。

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 結局、今日の収穫はこれだけ。まぁ、何事か残っただけでもましか。

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 さっそくゆでて食べてみる。う~~ん、自分で作ったトウモロコシは、こんなに甘いか!

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 孫にも好評。

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 オーナーはトウモロコシに寒冷紗をかけて、防衛中だが、3Dアニマル、ハクビシンには有効であろうか。

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<30>につづく

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2015/07/14

居心地のいい「ミニハウス」---羨望の35軒 「可笑しな小屋」 ジェィン・フィールド=ルイス<5>

<4>からつづく

ジェィン・フィールド=ルイス (著), 松井 貴子 (翻訳)  2014/01 二見書房 単行本: 155ページ

 またまたこの本を開いていた。

 クリープ・ウェストは<チェルシー・フラワー・ショー>で3度の金賞に輝いたガーデンデザイナー。そう聞くと、彼の庭はさぞ完璧で整然としているにちがいない、と思うだろう。ところがご覧のとおり、彼の市民菜園と3つの小屋は、まるで廃屋。クリープは不完全なものやそのその場での思いつきを楽しみ、自然と一体となった庭づくりを愛しているのだ。

 ときには、あえて種が風に飛ばされたかのように植物を植えたりもするという。そんなクリープの思いは、小屋に対しても同じ。思いついたら即つくり始め、あとは手に入った素材を見て考えるのだそうだ。p82「菜園のオアシス」

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 おやおや、ここで市民菜園という言葉にであうとは思わなかった。というか、いつの間にか刷り込まれて、私はついに市民農園にまで連れていかれたのかもしれない。

 一つめの菜園が年月とともに成長し、増殖をつづけたいまでは、クリープの菜園は隣接する4つの区画に広がっている。

 「小屋がなかったら生きていけない」と話す彼は、いま4つめの小屋をつくっているのだとか。

  ロンドン近郊の王立公園のそばにある市民菜園は、看板もない入口を抜け、赤レンガの壁にはさまれた細い通路を進んだ先にある。熱い夏の日に見かけるのは、ゆっくり流れる川の近くで涼むシカの群れ・・。ここは、都市の喧騒のなかにひそむ緑のオアシスなのだ。p83同上

 今回、あまた数あるなかのこの一枚の写真に目がとまったのは、この小屋のドアが気にいったからだった。数日、ドア探しをしていた。どうもいまいち気にいったドアがない。なにか手作りで作ってやろうかな、と思っていた矢先、このドアを見つけたのだ。

 うん、これでいいのだ。これなら、私にも作れるし、気にいるはずだ。わが市民農園は構築物は作れないので、クラインガルテンのほうに夢を繋いでいる。

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 今日の気分はこの三冊、そこに割り入ってくるこの本の魅力は、ただ事ではない。

<6>につづく

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M氏日記に思う<3>

<2>からつづく

M氏日記に思う

<3>寅・ザ・ジーザス

1)ゾルバ・ザ・ブッダについては、ここでは詳細を避ける。いずれにしても、Oshoが自らの人間像を具象化した時に、物質と精神性が統合された人間の生き方として、言葉として提示したものである。

2)おのずとそれは「その男ゾルバ」と「ゴータマ・ブッタ」の掛け合わせであり、かりに、どちらかがフィットしていれば、あえて新しい像は要らなかったわけで、どちらにもフィットしなかったから、あえてゾルバ・ザ・ブッタという像を編み出したわけである。

3)だから、自分がゾルバにもなれなかったし、ブッタにもなれなかった、なんて嘆く必要はなにもない。Oshoにおいては、ゾルバも不完全であれば、ブッタでさえも不完全である、ということになる。どちらになり得たとしても、それは不完全なのである。

4)この言葉を科学的に合理的に捉える必要はない。これはあくまでも文学的な表現なのである。相反する二律背反の語彙を並べて統合しようという遊びは、別にOshoに限ったわけではない。このようなパラドックスやシニシズムは、笑って受け入れるに限る。

5)私がOshoの「存在の詩」に出会ったのは1975年、21歳の時だったが、それから遡ること高校時代から、私はこのようなパラドックスに満ちた言葉が好きだった。例えば、「うつむきながらの渡世人」とか「天真爛漫なるペシミスト」とか「紅顔無垢と厚顔無恥の狭間から」なんてのは、自分で考えた高校時代の自分のキャッチフレーズだった。

6)だから、Oshoの所にいって、ゾルバ・ザ・ブッダという言葉に出遭った時、割とスムーズに受け入れることができた。すくなくともこのマスターは、私でも受け入れることができる言葉遊びをしている、と。

7)Oshoの本に出遭った1975年、私は、ジョージ秋山の「浮浪雲」にも出会った。まだその時は、別冊単行本は第一巻しかなかった。私はこの漫画がすっかり大好きになった。当時はまだ独身青年であったが、その後に結婚して、二人の子供が生まれてからは、我が家のなかの教育方針のようでもあった。

8)私は、この浮浪雲にもゾルバ・ザ・ブッタを見ていた。

9)この浮浪雲にやや飽きてきた頃、私は「男はつらいよ」のフーテンの寅に出遭った。映画シリーズとしてはすでに有名な作品であったが、私が触れたのは割と遅い。だが、1980年代以降、ずっと好きだった。映画館に行ってみるほど映画好きではないのだが、テレビ放映が在る時は、必ず見た。

10)私は、フーテンの寅のなかにも「ゾルバ・ザ・ブッダ」を見ていた。今年の春に10年前のテレビ放映シリーズ録画の47作品を、もう一度見返したものである。

11)米田彰男なんて人は、「寅さんとイエス」 (2012/07 筑摩書房)なんて本も書いている。ニュアンスはそれぞれ多少ずれてはいるが、彼もまた、寅を寅と見限らず、寅の中にイエス(=ジーザス)性を見つけた一人である。

12)ゾルバ・ザ・ブッタに「なる」ということは、当然のことながら、ゾルバになることでも、ブッタになることでもない。両方になる、ということでもない。そんなものをカーボンコピーしても、意味はない。ゾルバ・ザ・ブッダということは、どちらにもならないよ、という宣言と受け取っていいのである。

13)ゾルバになりたいのであれば、あれは架空の物語だから、演劇の世界にでも行って役者人生を送ればいいのだろうし、ブッタになりたいのであれば、旧来の仏教ワールドに軸足を置き、そこに生きる決意をすればいいだけのことだ。

14)しかし、Oshoのゾルバ・ザ・ブッダに関して言えば、これまたOshoのカーボンコピーになどなる必要ないのである。もちろん、なろうとしてもなれるものでもないが、しかし、また、「私」というものに、他の誰かがなろうとしても、なれるものでもないのである。

15)当ブログの現在のカテゴリ名は「空」まで来たが、それでもどうも収まりが悪い。ここからさらに展開しようとするなら、今の私なら「人」としそうだ。マクロとミクロの世界のはざまにおいて、生きているのは「人間」、「人」なのである。

16)「命」も悪くない。しかし命のなかには、その冠のなかに「人」が含まれている。人のほうがよりシンプルであるように思う。人という文字は二本の足で歩く姿が連想される。二本の足、というのがどうも「非二元」的でないとするなら、「一」も悪くない。しかし「一」では、「二」を、あるいは「三」を、時には「無」を連想する。

17)非二元を表わすなら、「人」がいい、と今の私は思う。

18)人間として生きること。ゾルバ・ザ・ブッダであれ、浮浪雲であれ、寅・ザ・ジーザスであれ、そこに人間が生きてあれば、それが究極なのである。少なくとも人間としては。

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M氏日記に思う<2>

<1>からつづく

M氏日記に思う

<2>目次

1)ひさびさのM氏日記

2)目次

3)寅・ザ・ジーザス

<3>につづく

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M氏日記に思う<1>

M氏日記に思う

<1>ひさびさのM氏日記

1)最近まで割とSNS上においては寡黙だったM氏が、この10日ほど、さまざまな体験をシェアしてくれている。あんまりマジに読んではいないのだが、あちこちに留意すべき事柄が混ぜてある。

2)ひとつひとつについては首肯できることがほとんどなのだが、それはM氏の言葉としてであって、例えば、私のこのブログに、私の日記としてはそのまま書くことはできない内容が多く含まれている。むしろ同じような内容でも、おそらく別な表現、時には、真っ向から反対の書き方になるかもしれない。

3)今は、ネット上の断片的な言辞だけなので、こちらの理解の及ぶ範囲も限りがあり、またそれにレスをつけたところで、私の表現不足も多々あるにちがいない。

4)そこで、彼の言辞をそのままコピペするのではなく、また再読するでもなく、私の記憶のどこかに引っかかっているテーマを引きずりながら、今現在の私の思いを、私なりの言葉で、ここに記しておくものとする。

5)彼が今テーマとしていると思われるものは「ゾルバ・ザ・ブッダ」と、「非二元」、そして「コーチング」あたりであろうか。

6)M氏は、ゾルバにもなれず、ブッタにもなれなかった「失敗者」として自らを規定している。これはM氏の言葉としては重い表現であるし、おそらくこの発言に、びっくりしている友人たちも多くいるに違いない。

7)彼は10年前に体調に異常を感じ、詳しい検査の結果、染色体に異常がある数少ない難病であることが判明したという。特に、この数年は、体も自由に動かせず、片方どちらかの目もほとんど失明状態であるという。

8)そんな彼が、この数週間、何事かの心境の変化によるのか、盛んにSNSで近況をシェアしてくれている。私はあまり他人のプライベートな部分については細かく読まない習慣がある。だが、長いことシェアの多くなかったM氏の近況については関心があるので、飛ばし飛ばしながらではあるが、ざっと目を通すことにしている。

9)彼は、私の記憶によれば、たしか私の一つ上か二つ上の学年で、京都府の北部の小さな禅寺に生れている。学校で仏教を学び、Oshoの元に行った。それ以来の知人だから、私としてはかれこれ30年ほど彼の動向に触れている、ということになる。

10)ただ、私は東北に住んでいるので、普段はほとんど直接的にふれあうことはなく、そのことはちょっと残念に思うところである。

11)さて、さまざまな伏線は後に回すとして、彼が今テーマとしている「非二元」という言葉に、私は私なりに直感するものがある。

12)私は当ブログの現在進行形のテーマに、最初は「死について」と名付けた。でも、どうもなじまず「無心」に変更した。しかしながら、それでも納得できず、規定数量のなかばを過ぎたのに「空」と変えてしまった。

13)でも実際は、これでも満足できずにおり、108の記事の定量までいくまでに、あと数度変わるような予感さえしている。

14)これは、私なりの葛藤なのである。私なりに、今、非二元を表す言葉を、一字で表現したい、という要求があった。探せばたくさんあった。そして、Oshoの翻訳の近著に重ねて「死について」としてスタートしたのであった。

15)しかし、非二元を表わす上では、「死」は重い。あるいは、死は生を連想させ、決して非二元ではないことを感じ始めた。そこで、市民農園やクラインガルテンでの農作業中に、汗をぶったらして作業しているときにふと浮かんだ言葉「無心」に変えたのであった。

16)だが、それは、一字ではないことが不満であった。そのころM氏日記にあった「空」という文字をいただいて、カテゴリ名にしたところである。

17)ところが、私のなかでは、これを「くう」と読んでしまうには、ちょっとした苦痛がともなう。私はこれを「そら」と読んで、大空の下で作業を楽しんでいる自分をイメージしてみたりするのだ。ここで、すくなくとも二つの読み方があるかぎり、決して非二元ではなくなってしまうのであった。ましてや、これだけガタガタ動くのであれば、これは非二元なんかではない。

18)いずれゾルバ・ザ・ブッダにも触れたいが、このことについてM氏が敢えて原寸大に言及をし始めたのは、最近報じられたOsho日本大使S女史の死亡情報に起因するところがあるのではないか、と察する。いずれ直接M氏に聞いてみたいところである。

19)「コーチング」については、さまざまな言説はあれど、私はすでに、この概念からは離れている。というか、最初から近づかなかった。疑似コンセプトとして、カウンセリングやコンサルティング、セラピー、行動療法など、いままで私が使ってきた語彙でなんとか間に合わせている状態である。

20)なにはともあれ、M氏日記には、重要な意味の気配を感じる。それをきっかけに、彼の意図がどうであれ、私は私なりに、私の内部を整理してみようと思う。

21)このような機会をくれたM氏のエネルギーには、いままでもたびたび出会ってきたが、今回もまた、心から感謝するものである。

<2>につづく

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2015/07/11

「市民農園体験記」<28>ぼかし肥の仕込み

<27>からつづく 

市民農園体験記 
<28>ぼかし肥の仕込み

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 精米してみると、30キロのコメから、2.7キロの米ぬかが出来た。なんと玄米の9%とは米ぬかなのである。これを活用しない手はない。

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 さっそく、米ぬか、油かす、鶏ふん、そして水分を練り合わせて、ぼかし肥を作ってみる。数週間前にはすでに一度作っているので、要領はだいたいわかっている。

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 米ぬかを出し、

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 鶏ふんや油かすを重ねる。

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 スコップでよくかき混ぜながら、水分を加える。固くなく、ゆるくなく、握れば固まり、放せばパラパラと落ちる程度。勘どころである。

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 うまく混ぜ合わせたところ、土嚢袋にゆるく詰める。

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 今回は、15キロ程度のものが4体できた。これを、雨のかからない軒下におけば、自然と発熱し、発酵するので、あとは切り返しを何回か行なって、数週間後に出来上がりである。

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 数日したら、発酵状態を確認しつつ、切り返す。

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 土嚢袋を使っているので、袋の中心は発熱しているが、周囲は乾燥して固まりつつある。

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 手でほぐしたり、時にはハンマーで打ち砕きながら、何度も切り返す。

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 それをもう一度袋に戻して、いましばらく屋根の下で発酵させる。

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<29>につづく

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「クラインガルテン計画」<8>堆肥づくり

<7>からつづく 

「クラインガルテン計画」

<8>堆肥づくり   目次

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 今日の眼目はとりあえず、トウモロコシがどうなっているか、と、先週まいたカブ、ニンジン、ブロッコリー、インゲン、万能ねぎがどうなっているかである。

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 トウモロコシは移植したし、肥料不足、それに土づくりがまだまだなので、多くは期待していなかったが、成長はやや緩慢であっても枯れてはいなかった。支柱を立て、ワラでマルチした。、

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 つるありインゲンも発芽していた。土の状態が悪いはずなのに、市民農園より発芽率がいい。ほぼ100%発芽している。

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 さて、今日の作業のメインは、堆肥づくりの枠の制作である。

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 適当に組み合わせ、設置する。

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 できたら、先週から刈り取っている草や枯れ葉を入れこみ、足で踏む。

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 鶏ふんや、

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 米ぬかを撒きながら、

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 ジョウロで程良く水分も調達。

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 最終的には、古毛布をかけ、

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 風で飛ばされないように重しを上げれば、これで今日の作業は終わり。

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 なんとなく風景にもマッチしている。

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 今日は気温も32度になる夏日だった。木蔭で一休み。

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 今日クラインガルテンに持ち込んだのはこの三冊。大工仕事をすると、どうしてもラウベ(小屋)の構想に耽ることになる。

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 木蔭が涼しい今日のクラインガルテンだった。

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 畑もすこしづつ埋まり始めている。

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<9>につづく

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2015/07/09

「農薬に頼らない家庭菜園 コンパニオンプランツ」 木嶋利男

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「農薬に頼らない家庭菜園 コンパニオンプランツ」
木嶋 利男(著) 2006/02 家の光協会 単行本: 96ページ
No.3557★★★★★

1)昔、食い合わせの悪いものとして、梅干しとドジョウ、スイカとナニナニとか、書いた一覧が台所に張ってあったものだが、あれは、おそらく迷信だったのではないだろうか。今では、この食い合わせについての話は聞かない。

2)ところで、混埴が基本の狭い市民農園や家庭菜園においては、湿気や日陰、あるいは乾燥と日当たりなど、同じ傾向のものを近くに植えるということはわかってきた。しかし、どの植物がどのような傾向を持っているのか、学ぶのはこれからである。

3)その後になると思うが、このコンパニオンプランツを近くに植えると、防虫害対策になるとのことである。あちこちで語られているので、決して「迷信」ではないだろう。いずれそのメカニズムを実践的にしっかり学ぶとして、この本に挙げられている組み合わせの、タイトルのみを列挙しておく。

4)野菜 + 野菜
ホウレンソウ + 葉ネギ
キャベツ + レタス
キュウリ + 長ネギ
トマト + ニラ
チンゲンサイ + シュンギク
ナス + パセリ

野菜 + 穀物
トマト + ラッカセイ
ニンジン + エダマメ
スイカ + トウモロコシ
ピーマン + つるなしインゲンマメ
春キャベツ + ソラマメ
カボチャ + エンバク

野菜 + 雑草
夏キャベツ + シロツメグサ
ミズナ・コマツナ + スベリヒユ&アカザ・シロザ
ニガウリ + ヤンパルハコベ&カタバミ
ジャガイモ + ギシギシ

野菜 + 花
イチゴ + ペチュニア
夏まきダイコン + マリーゴールド
ブロッコリー + サルビア
タマネギ + クリムソンクローバー

野菜 + ハーブ
メロン + チャイブ
インゲンマメ + ルッコラ
ラデッシュ + バジル
キュウリ + チャービル
タマネギ +「 カモマイル

果樹類 + 草・ハーブ
ミカン・ユズ + ナギナタガヤ
ブルーベリー + ミント
ブドウ + オオバコ
マンゴー + カタバミ
ウメ + リュウノヒゲ
カキ + ミョウガ

作物の障壁づくりと縁取
ソロゴーによる障壁
トウモロコシにおる縁取り
ラベンダーによる縁取り
ヒマワリによる縁取り

ラズベリー・ブラックベリーによる縁取り もくじ

5)なぜそうなのか、と問う前に、名前もしらない植物が沢山でてくる。これらをひとつひとつ知ることから始めなくてはならない。しかし、ナスとパセリとか、スイカとトウモロコシ、ピーマンとインゲンマメなど、知らずにコンパニオンプランツを活用していた我が畑であった。

6)これからニンジンを植えようとしているのだが、そう言えばエダマメの脇が空いていたなぁ、と、あそこに種を播く理由ができた。

7)それにしても、野菜と野菜、野菜と穀物は分かるとして、野菜と雑草、野菜と花なんて組み合わせもあるのかとびっくり。 果樹やハーブ類も絡んでくるのであった。

8)このほか害虫や小動物対策についてもコラムの中で語られている。

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「はじめての有機野菜づくり」 佐倉朗夫

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「はじめての有機野菜づくり」 (主婦の友新実用BOOKS)
佐倉 朗夫(著) 2014/03 主婦の友社 大型本 160ページ
No.3556★★★★☆

1)この人の本はすでに「有機・無農薬栽培で安全安心な野菜づくり 」佐倉教授「直伝」! 小さな菜園でも収穫倍増 (2014/04 講談社)を読んだ。かなり勉強になる良い本だった。ほぼ同時に出たこちらの本田が、よくよく見ると、出版社が違う。ただ、内容はほぼ同じと考えてよさそうだ。

2)もちろん、こちらの本もごくごく新しい内容であり、参考になる部分は多い。辞書的に使える。

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「つくって食べようおいしい野菜」永田照喜治・他

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糸井重里の 「つくって食べようおいしい野菜」
糸井 重里(著), 永田 照喜治(著), こぐれひでこ(著) 2005/04 NHK出版 単行本: 95ページNo.3555★★☆☆☆

1)10年前の本。NHKテレビ番組をきっかけとしてこの一冊が出来上がっている。イメージキャラクターは糸井重里だが、実際の番組は永田照喜治という人物の、実にユニークな農法が基となっている。

2)どのようにユニークかというと、

・土はむしろ何も含んでいないほうがいい
・苗を買ってきたら、根についている土を全部洗い流してしまい、根の3分の2程を切ってしまう。
・肥料はバランスのいい液肥(当然、化成肥料だろう)を使う。

というものである。

3)つまりこれは、ある意味においての工場農法で、大地回帰を目ざしているのではなく、プランターなどの大地から切り離された世界観にマッチした農法体系のようである。

4)たしかに、買ってきた苗の前身はよくわからないことが多く、そこまで化成肥料や農薬が使われているならば、有機無農薬とは、名ばかりということになりかねない。全部、苗の土を取り払ってしまうことに妥当性はありそうだ。

5)だから、むしろ土は、脱脂綿のような、定着する物質としてだけ働いてくれればいいわけで、肥料は、キチンと配合された液肥(おそらく化成肥料)だけでコントロールしようというものである。

6)この農法で作られたものが、「糖度」が高く、「おいしい」ということなのだが、この味覚の問題はかなり個々人の差があり、だからと言ってこの永田農法が特段に優れている、とは、私には即断できない。

7)永田農法は、別名スパルタ農法とも呼ばれているようだが、たしかに、「巨人の星」の大リーグ養成ギプスを思い出してしまいそうな農法である。そこまでやるのか、というちょっと痛々しい気分が残る。

8)永田農法からは、森林や地球、大地や自然、環境や子供、未来や全体、という視野へ繋がっていく道が見えない。

9)農法自体については、他の書籍にあらためて依らなければならないだろうが、この本一冊を読む限りにおいて、私は、こちらには進まないだろう、と直感する。

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「無農薬のミニ菜園入門」中山草司

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「無農薬のミニ菜園入門」
中山 草司(著)1988/4 大泉書店 単行本: 218ページ
No.3554★★★★☆

1)いま、農薬を使わない野菜の有機栽培が、ひそかなブームを呼んでいます。安心して食べられる新鮮な野菜を、あなたの手でつくってみませんか。
 畑がなくても、家の周りのわずかな空き地や”貸し農園”、プランターなどを利用した”ミニ菜園”が楽しめます。
表紙見返し

2)この本もまた、必要にして十分な一冊であり、この一冊さえあれば、かなりのことが分かり、実践できる。もしこの本の出色な部分があるとすれば、実に今から37年前に出版されている、ということだろう。

3)当時まだまだ「ひそかなブーム」であった有機無農薬は、21世紀の「いま」では、市民農園などのミニ菜園では「あたりまえの常識」になっている。これだけ、世の中は「進歩」している。

4)こまかい、ひとつひとつについては、訂正されたり、更新されたりする部分もあるだろうが、基本はまったく今日に直接つながっている内容である。

5)むしろ、このような内容の農法が、化成肥料、農薬重視、機械合理化の波で、忘れ去られていた、ということ自体がおかしいのである。

6)商品化、換金化、均一化の波のなかで、農業は著しく変化してしまった。それらのモノカルチャーのなかで、反旗を翻したのが「ミニ菜園」の、市民ひとりひとりだったことは感慨深いものがある。

7)もっともっと古い本もあるだろうが、現在の当ブログの読書歴のなかでは、貴重な位置を占める一冊。

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「有機・無農薬で家庭菜園」いちばん親切でよくわかる 阿部豊

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「有機・無農薬で家庭菜園」いちばん親切でよくわかる
阿部豊(著) 2015/03 家の光協会 単行本 160ページ
No.3553★★★★☆

1)この手の本は、このところ立て続けに読んだので、内容的にはこのままでいいのだと思う。ひとつひとつについては、まだ実践不足の私にとっては、よくわからないことが多いし、実践的に検証していくしかない。

2)とはいいつつ、この手の本としては、ごくごく最近でた本であり、一番フレッシュな内容で書かれているものと推察する。

3)「市民農園で有機無農薬」というのが、我がブログで進行中のテーマの一つであるが、「有機・無農薬で家庭菜園」というのも、なかなか言い得て妙で、うん、これでいいのだ、と、とりあえずは思う。

4)しかし、この人、現在300アールの畑で100種類の作物を作っているという。10アールはおよそ1反で、300坪だから9000坪。300アールはおよそ30反、つまり10反=1町歩として、この人は3町歩の畑で野菜づくりをしていることになる。とてもとても、家庭菜園、というレベルではない。

5)そこのところにちょっと矛盾を感じるが、それでもこれだけの広さで有機・無農薬を展開し、その作物を愛好家に通販でさばいているとするならば、それはそれはすばらしい人生だと、思える。

6)この人1960年に広島で生れ、北海道で大学時代を過ごし、やがて89年から奥さんと茨城県で新規就農したというから、なんとも凄いスケールだ。農業なんていうと、田舎に帰って親の土地を耕すイメージが強い私なんぞは、これだけの情熱を農業に向けるのは、ほんと凄いことだな、と思う。

7)本の内容は、ひとつひとつが役にたつ。実際に困ったら、この本に帰って、小まめにチェックするには、大いに有効だ。

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2015/07/08

「コンピューターがネットと出会ったら」 モノとモノがつながりあう世界へ 角川インターネット講座14 坂村健監修

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 「コンピューターがネットと出会ったら」 モノとモノがつながりあう世界へ 角川インターネット講座14
坂村健 (監修) 2015/05 角川学芸出版 Kindle版 11923 KB 紙の本の長さ262 ページ No.3552★★★★☆

1)「角川インターネット講座」の中の一冊。監修者の名前から推察できるように、ユビキタス社会についてのおさらい、及び未来の展望が書かれている。凡庸なタイトルであるが、意外な展開を見せる。

2)インターネットのノードとなっているようなサーバーやパーソナルコンピューター(PC)、スマートフォンなどの---いわゆる情報処理用のコンピューターは、出荷量で観る限り全体の10パーセント程度に過ぎない。残りの多くは制御用としてさまざまな機器に組み込まれる---いわゆる組み込みコンピュータとして使われている。

 そして、近年までそれら大多数のコンピューターは、インターネットとは無縁で、機器の中で黙々と仕事をこなしてきた。それが今、ネットと出会ったことでにわかに脚光を浴び始めている。p009「来たるべき未来の姿--IoT(インターネット・オブ・シングス)」

3)最近、よく言われるようなビックデータと相関関係にあるだろう、いわゆるユビキタス、その歴史と現状と、そして未来が展望されている。最初、タイトルの意味を超えた、新たな未来を一瞬見たような気がしたが、いろいろ考えさせられる一冊だった。

4)現代物理学が原子力技術を生み出し、原爆や、そして原発を産み出さざるを得なかったように、情報技術も、ユビキタス社会を生み出し、そして、更には、超管理社会を生み出すのではないか、という疑念である。

5)情報社会に対しては、私は、いささかながら、積極的に発信すべき情報と、抑制し、あるいは遮断すべき情報と分けて考えている。例えば、当ブログやFBなどの、積極発信に対して、例えば、位置情報や個的情報などは、限りなく消極的に参加することにしている。

6)リニアモーター技術が、かつての超音速飛行機コンコルドの終焉のように、ますますマッドサイエンス化して行く中、この情報技術も、ある一定程度まで進んだら、そこで立ち止まるとか、引き返すとか、しなければならない地点がくるのではないだろうか。

7)I o Tは、世界に遍在するコンピューターのネットワークが現実世界を意識するというコンセプトであり、そのように書けば、これがいわゆる「シンギュラリティ」とも深い関係をもつ可能性も見えてくる。

 ヴァーナー・ヴィンジが書くように、コンピュータシステムが世界中に張りめぐらされたセンサーによって人間社会を把握することで、人類を超える知能が生まれるかもしれない。その意味でも、I o Tの将来には大きな注意が必要であり、現実の組込み化に対する哲学も求められるのである。p22「ネットワークにつながるとはどういうことか?」

8)いわゆるユビキタスで語ら得る部分と、シンギュラリティで語られる部分では、だいぶズレがあり、同等に語ることはできないが、互いに関連性がないとは言えない。しかし、ユビキタスは、おそらく再現はない。あるいは、全ての「モノ」にICタグをつける、などということは、究極的には出来ない。だが、どんどん細分化されていく可能性はある。

9)ところがシンギュラリティは、ある一点に辿り着けば、ある意味、そのステージはそこで終わりである。というか、ある終わりの一点のことを、シンギュラリティと呼んでいるわけだ。だから、視点はまるで違う。ここにギャップ、ずれがあり、いわゆる哲学が、人間が人間らしい感性を発揮すべき、ある要素が浮き彫りにされてくる。

10)トロン電脳住宅は、これらを組み合わせたユビキタス・コンピューティング環境として1989年に構築された。これは家中にセンサーとアクチュエーターを数千個も張り巡らせたスマートハウスであり、部屋の気温が高ければ自動的に窓を開け、降雨センサーが雨を検知すれば窓を閉じて空調をつけるといった、今やユビキタス・コンピューティングの代表的なアプリケーションである「住環境のこまめな最適制御」を実現していた。

 まだパソコンすら一般的でなかった当時に世界に先駆けて実現したものであり、トロンプロジェクトの先駆性を示す一例といえるのではないだろうか。p062「I o T時代のノード」

11)かつて60年代には、車にはクーラーもストーブさえもなかった。それが今やエアコンのない車などほぼ見かけることはできない。そしてさらには自動的に設定温度に室内が保たれるようにオートマチックになっている。便利であるとともに、それがないと困るような時代でさえある。しかし、すべてがこうなるべきだ、と考えることは正常だろうか・・・?

12)暑ければ窓を開け、空気にあたり、寒ければ、靴下を重ねてはいて、時には運転しない、という選択だってあっていいと思う。技術的には、どこまでもどこまでも、と可能性を追求し続けることになるが、本当に、それを「人間」は必要としているのか。

13)車が増えすぎ、エアコンが増えすぎた。エネルギーが無駄遣いされ、環境は一方的に汚染され続けている。どこかで「人間」は立ち止り、考え、思いを巡らし、時には無心になって、初心に帰る必要がある。

14)この本を読んでいて、おお、技術はここまで行くのか、と驚嘆しつつも、もうそれほど長くない人生しか残っていない初老の男としては、もう、技術的なことはこの辺でもういいなぁ、と思う。

15)同じ技術なら、もっと「人間」らしい、生きていてよかった、と心から思えるような根源的で本質的な技術に出遭いたいものだ、と思う。

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2015/07/07

「市民農園体験記」<27>キュウリ

<26>からつづく

市民農園体験記 
<27>キュウリ

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<28>につづく

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2015/07/06

「市民農園体験記」<26>ナス

<25>からつづく 

市民農園体験記 
<26>ナス

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 わが畑のホープはナスである。苗で移植したナスもそれなりに順調ではあるが、不満は多い。

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 花はなるけど、実がつかない。↑の程度に実が大きくなればいのだが、まだまだ数は少ない。

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 他の畑はどうなっているのか気になって、回ってみる。

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 なるほど、生育の悪い畑も確かにある。

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 枯れ葉や下葉の処理がまだできていないようだ。

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 かなり葉っぱが枯れて穴が開いているものある。

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 よく見ると、ニジュウヤホシテントウムシがびっしりついている。なるほどな、これではな~。

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 ビニールのマルチがしてある畑も結構ある。

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 しかし、数本のナスの為に、ビニールのマルチなんか必要なのだろうか。

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 それに比較すれば、ワラでマルチされているナスも結構ある。

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 ワラマルチをしても枯れているものも、ある。

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 密埴しすぎているかなというもの。

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 これは上手、と感じるもの多くあるが、ナスを育てる上で、大切なポイントは何か。姿がよく、実がなり、長く収穫できるものであろうか。

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 概してわが畑のナスは順調にも思えてくる。

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 ナスは肥料食いだという。追肥の種類やり方を、これから勉強していこう。

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 うまくいけば秋まで、一本のナスで約40個ほどのナスがなるという。

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 でも、家族が多い我が家では、初夏から秋にかけて40*3=120本のナスではちょっと不足しそうだ。来年は最低でも5本は植えよう。

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<27>につづく

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シリーズ「電波塔を考える」<6>牛との共存

<5>からつづく

シリーズ「電波塔を考える」

<6>牛との共存

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 わがクラインガルテンに最も近いのがこの鉄塔である。いつできたのか、ふと、気付いてみたら出来ていた、のである。

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 所有者はNTT。結局私のスマホは、この鉄塔のお陰でモバイル生活が成り立っている、と言えないこともない。

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 鉄塔のすぐ下には牧場が・・・・。牛たちに影響はないのか、などと、関心を高めてみる。この表情からして、まずは問題はなさそうなのだが・・・。

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つづく

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今日の気分はこの3冊<15>「もっと上手に市民農園」 「パーマカルチャー菜園入門」 「コンピュータがネットと出会ったら」

<14>からつづく

今日の気分はこの3冊
<15>

「もっと上手に市民農園4.5坪・45品目 小さな畑をフル活用斎藤進 2012/3 農山漁村文化協会

「パーマカルチャー菜園入門」 自然のしくみをいかす家庭菜園 設楽清和 2010/08 家の光協会

「コンピュータがネットと出会ったら」モノとモノがつながりあう世界へ 角川インターネット講座14
坂村健 (監修) 2015/05 角川学芸出版

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 今日、クラインガルテンに持っていったのは、この三冊である。

<16>につづく

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「クラインガルテン計画」<7>パーマカルチャー

<6>からつづく

「クラインガルテン計画」

<7>パーマカルチャー  目次

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 農場の春夏は、草との共存である。競争とか、戦いとは言いたくない。ここで刈り取った草は、いずれ堆肥にして土へと戻す計画である。

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 すこしづつ出来た畑には、市民農園で余った種をまいてみる。まだまだ土はゴロゴロで、とても播種の段階ではないのだが、まずは、余った種を捨てるよりはいいだろう。

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 日の神様、水の神様に感謝しつつ・・・・。

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 今日の気分は、この三冊だ。クラインガルテンにおいては「市民農園」よりも、「パーマカルチャー菜園入門」のほうが似合う。逆に言えば、市民農園ではパーマカルチャーは実践不可の部分が多い。もう一冊は、農場で寝っ転がって読みたい本。

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 枯れ葉や刈り取った草、いずれ出て来るだろう生産物の余剰分は、堆肥にしようと思う。それには、型枠が必要なのだが、これら古い資材を活用して作ることも可能だろう。

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<8>につづく

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2015/07/05

「クラインガルテン計画」<6>周囲から環境へ

<5>からつづく

「クラインガルテン計画」

<6>周囲から環境へ   目次

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 今日も留守番役のギムリ君がお出迎え。

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 単なるから畑を農地とするまでには、それなりの努力がいる。まず草の除去があり、水はけの観察、工作面の平面化。そして、土づくりの元肥入れ、ロータリー作業。

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 先駆的に間引いたトウモロコシの苗を植えてはあるが、当然まだ土づくりはできていない。そこで後から、米ぬかや鶏糞をつぎ込んでみる。

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 気がついて周囲を見渡してみると、草に埋もれた井戸があった。これはこれで素晴らしいオブジェになるが、いずれ、これを修理して、実活用できたら面白い。

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 自宅からクラインガルテンまで車で50分、片道30キロの「旅」である。ポイントとしての畑だけではなく、そこに行くまでの道のりが楽しくなければ、畑仕事は続かない。

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 歴史施設や、すばらしい自然環境、そして電波搭などが目に入る。この搭があればこそわがモバイル・ノマドライフも可能なのだと知らされる。電波搭のすぐ下で、牛たちが生きている。

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<7>につづく

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2015/07/03

「市民農園体験記」<25>畑、拡大?

<24>からつづく

市民農園体験記 
<25>畑、拡大?

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 ふと気付くと、一晩でこのくらいの雑草が増えている。あっという間だ。だが、わずか5坪の畑などの草などは大したことないので、ちょちょと引き抜けばそれでおしまいになる。

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 ところが、市民農園の利用者にはさまざまな人がいて、不耕起自然農法を目ざしている人もいるらしく、この女性の畑はぼうぼうだ。いや、ぼうぼうだなんて失礼だが、これはこれで、見ている分にはとても美しいのだ。

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 いつの間にか、アマガエルも常駐している。たしか、虫なんか食べてくれるんじゃなかったかな。福の神と思おう。

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 いろいろな小道具を毎回運ぶのめんどうだから、畑に置きっぱなしにしたりしている。だんだんと5坪では満足できなくなって、隣にちょうど空いた一区画を、近々追加で借りることになるだろう。きょう、オーナーに話しておいた。

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<26>につづく

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「NHK 趣味の園芸 やさいの時間」 2014年 04月号

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「NHK趣味の園芸 やさいの時間」
2014年 04月号 [雑誌]雑誌– 2014/3/20 NHK出版 雑誌
No.3551★★★★☆

1)なにげにタブレットをいじって雑誌類のタダ読みソフトをいじっていたら、この雑誌がでてきた。パラパラみると、おお、我が市民農園の畑で今現在進行中の話題が満載ではないか。

2)と思ってよくよく見ると、これは昨年の春、しかも4月号だった。つまり、この手の雑誌は、一年遅れを読んでいても、ちっとも遅れていない内容なのだ。つまり毎年ほとんど同じことを繰り返しているのではないだろうか。

3)ということは、市民農園の有機栽培など、すでに定番化していて、知らないのは、こちらの無知が原因ということなのだろう。

4)とはいいつつ、この手のテキストを読んでいただけでは、な~~んにも知識は身につかない。実際に畑に出て、体を動かして、外気の中で育っていく野菜たちの動きをみながら、ひとつひとつ学んでいかないと、ちっとも生きた学習にはならないようだ。

5)ということで、我が畑は試行錯誤中。

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「マリファナ 秘められた力」 ナショナル ジオグラフィック日本版<1>

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「マリファナ 秘められた力」ナショナル ジオグラフィック日本版2015年6月号<1>
ナショナルジオグラフィック編集部 (著) (2015/06 日経ナショナル 雑誌 Kindle版  ファイルサイズ 63299 KB.
No.3550★★★★☆

1)米国ではこれまでに比べて入手しやすくなったが、大麻にはちょっと変わった作用があることも確かだ。吸引すると笑いが止まらなくなったり、じっと一点を見つめたり、ふと記憶をなくしたり、無性にジャンクフードを食べたくなったりすることがある。

 マリファナの過剰摂取で死亡した例は報告されていないものの、強力な作用があり、常習的に使用すると有害な場合があることは否定できない。p41「マリファナの科学」

2)水虫退治の軟膏薬をもらいに皮膚科に行った。待合室で、ふと見るとマガジンラックにこの雑誌がドーンと置いてあった。バックナンバーも揃えてあったから、別段に、このクリニックの先生が熱烈なマリファナ崇拝者、というわけではないようだ(笑)

3)この雑誌は普段あまりみないが、一時、恐竜情報を追っかけた時、「よみがえるTレックス」「リアルダイナソー 恐竜は何色だったのか 」「24 HOURS AFTER 恐竜絶滅の日」などのDVDシリーズで、この雑誌のことについて知った。

4)科学雑誌としてどれほどの権威があるのか知らないが、決して革新的な感じはしない。敢えていうなら、保守的な雰囲気もわずかに感じられる。

5)メコーラムは大麻の嗜好品としての合法化は支持していない。所持するだけで逮捕されるのはおかしいと言いつつも、特に青少年にとって大麻は「無害な物質とは言いがたい」と主張する。

 成長期にTHC含有量の多い品種のマリファナを長期間使用すると、脳の発達に影響を及ぼすことを示した論文が複数あると、彼は指摘する。

 また人によっては、大麻を使用すると深刻な衰弱性の不安発作が引き起こされることがあり、統合失調症になりやすい遺伝的な素因があれば、発症の引き金になりうることを示唆する論文もあるという。p42同上

6)若い時分、今から40年近く前のことだが、10代続いてきた我が生家の古い農家の家屋を改築のため解体した時、屋根裏から一升枡(1.8リットル)に一杯の、麻の種が出てきた。戦前までは普通に栽培されていたらしい。麻にもさまざまな種類があるそうだが。

7)さっそく、春でもあり、水稲の発芽システムで実験したところ、見事に芽を出した。発芽率ほぼ100%だった。しかし、そのころ私は週一しか実家に帰らなかったから、その後の成長を見届けることは諦めた。いずれにせよ、麻は生活に身近なものであり、また30年経過しても発芽はするらしいことを確認した。

8)ジャマイカ 5株までなら、大麻の栽培が認められている。ラスタファリ主義者が宗教目的でマリファナを使うこともある。 

ウルグアイ 2013年、先駆的な政策により、マリファナの生産と使用が合法化された。だが、依然として政府により厳しく規制されている。 

米国 大麻はほぼすべての国で栽培されている。しかし、その最大の市場は北米だ。米国ではマリファナの使用が増加している。 

オランダ 寛容政策をとる同国では、「コーヒーショップ」と呼ばれる小売店で、個人使用のために大麻などのソフトドラッグが販売されている。 

スペイン 会員にマリファナを提供する非営利の「社交クラブ」が増えている。近年、バルセロナを中心に吸引が拡大傾向にある。 

ザンビア 緑の党のリーダーが、経済多角化の一環として、医療用の大麻栽培を提唱している。 

インドネシア 多くのアジア諸国は、マリファナの使用を激しく罰している。インドネシアでは1回の違反で4~12年の禁固刑となる。p44「快楽を求めてマリファナに手を伸ばす世界」

9)お国事情はさまざまだ。

10)医療用 中国、インド、ギリシャでは、大麻は古くから薬として使用されてきた。だが現在、米国の連邦法では違法とされ、薬効の研究も進みにくい。米食品医薬品局(FDA)は大麻の合成成分を含む2種の医薬品を許可したが、天然成分を用いたものについては検討中だという。 

緑内障 大麻には眼圧を下げる下げる作用がある。研究者たちは大麻の副次的影響を覗いた緑内障の治療薬を開発している。 

多発性硬化症 痛みを和らげ、筋肉の痙攣を抑える大麻の抽出成分を用いた治療薬が欧州とカナダで認可されたが、米国では未認可だ。 

エイズ 大麻の合成成分を含み医薬品がFDAの認可を受け、患者の食欲増進や、体重の減少を防ぐために処方されている。 

がん 大麻の合成成分を含む認可薬が、化学療法の副作用である吐き気を抑えるために処方されている。 

嗜好品 精神作用のある大麻の主要な成分THCは、嗜好品としてマリファナを使用する人たちが求める多幸感を産み出す。人によって、視覚、聴覚、触覚が鈍くなり、時間がゆっくり感じられるなどの作用があるが、抑うつ感情や不安が強まる場合もある。 

 人間の脳には、大麻の成分が反応する受容体がある。受容体が反応した脳の部位によって、食欲が増進されたり、多幸感がもたらされたりする。 

呼吸器系 大麻を吸うと数秒後に効果が表れ、30分以内にピークに達する。フィルターなしで深く吸うと、たばこよりも一酸化炭素とタールの害が大きくなりかねない。

心臓 大麻の使用で心拍数が倍増することもあり、人によってはパニック発作を起こす。心臓発作のリスクも高まるおそれがある。

消化器系 大麻を経口摂取すると、ゆっくりと効果が表れ、効き目が長続きするため、量を調節しにくい。空腹感が強くなることも多い。p46「タイマの作用と合法化」

11)薬学的なことは意味不明なれど、これだけ列挙されれば、その中の位置づけがなんとなくわかってくる。

12)ケインは最後にこうつけ加えた。大麻は「おどろくほど豊かな資源なのです」p57「マリファナの科学」

13)これが26ページに渡るこの雑誌の特集の結論である。

<2>につづく

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