「WIRED×STEVE JOBS」 『WIRED』 保存版特別号<4>
保存版特別号である。私は、マック派ではなかったので、ジョブズのことは余り追いかけなかった。むしろ80年代から90年代後半にかけてのジョブズのニュースは決して明るいものではなかった。いやな奴で、マック陣営から追い出されてしまった、というニュアンスが強かった。
1998年頃になって、スケルトンのパソコンiMacが売り出され、大変な話題になった。丁度我が家では娘が高校に入ることになり、入学祝いにiMacをプレゼントしたのだった。これで娘はMac派になるのかな、と思っていたが、結局二台目のパソコンはWin派に転向してしまったのである。
開いてしまったiMacを私はリナックスを入れて遊んだりしたのだが、じゃぁ、それが何なんじゃい、と馬鹿らしくなり、結局は近くの小学生に譲ってしまったのだった。私はパソコンレベルでは、ジョブズの偉さは分からなかった。
ところが子供たちは高校大学と進むうち、iPodなるものに夢中になり、我が家も人並みにMacに冒されていたのである。気付かなかったのは私ばかり。だが、通信費がかさむiPhoneにはさすがに子供たちの手も出なかった。連絡用にどうしてもケータイが欲しい時は、ガラケーでガマンさせた。
子供たちも働くようになり、そしてさらには2台持ちも当たり前の時代になると、ちらほらiPhoneの話題もでるようになったのである。Win+Docomoの保守的な体質(笑)の私は、iPhoneの話題は積極的に無視していた。知らなくていいのである。アナログ派とまでは言わないまでも、もうアラ還の私たちの世代は、ある意味、ITはもはや飽和状態なのである。
3・11を経験し、56歳7ヵ月のジョブズは逝ってしまった。その時になっても、私は、ジョブズの「偉さ」には気付くことはなかった。逝ってしまって、大量に出されたジョブズ哀悼の記事をおっかけているうちに、ようやくその偉業に気づかざるを得なかったのである。
いや今だって、本当はどうかな、と思う。仕事でややMac類も解禁モードになってきたし、DocomoもiPhoneを扱うようになって、私はようやくiPadを扱い、iPhoneを使うようになった。パソコンはまだ仕事モードでは使えないので、古いWinで誤魔化しているが、実は、いずれはMac派に転向しようかな、と気もそぞろなこの頃なのである。
この本を読んでいて、本当は、佐々木俊尚がどこかに辛口のジョブズ評を書いていたので、読後感は、その文章を転写することで終りにしようと思っていた。しかし、どこに逝ったか見つからない。あの人にして、そこまで辛口なのだから、私のジョブズ「嫌い」も許して貰えるかな、そんな気分がすこしあった。
ジョブズが仕事仲間だったら、そして彼の部下だったりしたら、私なんぞは、さっさと辞めただろうな。聞けば聞くほど、いやな奴だなぁ、と思う(爆笑)。すくなくとも、私のライフスタイルの中に、彼のような「友人」は持ちたくないと思う(爆笑)。だけど、その偉業は、私たちの世代では、忘れられない大偉業だったのだ。
ジョブズの本当の姿は、もう少したってみないと、正当には評価できないかもしれない。少なくとも映画「スティーブ・ジョブズ」(2013/11)はまた見たいとは思うけれど、それって、本当はまだまだジョブズの真実ではないに決っている。
「Wired」って雑誌は気になる雑誌ではあるが、まだまだ私自信の好みとはずれているために、熟読できていない。そのうち、こちらの「Wired」誌についても追っかけをしたいと思っている。
「WIRED」はいかにスティーブ・ジョブズを伝えたか?
1995~2012 ジョブズ/アップル傑作記事アーカイヴ 表紙より
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