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2015/11/10

飯沼勇義「3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ」<8>

<7>からつづく

3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ
「3・11その日を忘れない。」 ―歴史上の大津波、未来への道しるべ <8>
飯沼 勇義 (著) 2011/06 鳥影社 単行本 208p

 私事になるが、今回の津波で仙台市宮城野区蒲生地区にあった我が家を失ってしまった。津波研究家の私が津波で被災するというのは、実はこの地に居を構える際予想した出来事であった。

 家は住めない状態となり、現在も避難所に寝泊まりしている。文献、資料もずいぶんと失い、避難所の限られたスペースの中で執筆しているので十分な記述ができないことをまず読者にお詫びしたい。p2 飯沼「はじめに」(編注2011/05頃の執筆と思われる)

 家に帰り、玄関に入ったその瞬間である。突如、ものすごい揺れに襲われた。左側の今に掛けてある柱時計が、大きな音と共に玄関脇の階段のところまで飛んできて目の前に落ちた。すさまじい音だった。階段は上下左右に大きく揺れ、二階などとても上がれる状態ではない。諦めてすぐに家を飛び出した。p88 飯沼「その日、何が起こったのか」

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 飯沼勇義氏の著書を初めて読んだのはこの本である。私がこの本を図書館で見つけたのはもう2011/08になっていた。その後、赤本と呼ばれた16年前の本「仙台平野の歴史津波―巨大津波が仙台平野を襲う!」を図書館蔵書で読んだのが2011/10、印刷所まで行ってその復刻版を5冊ほど求めたのは2011/11になってからだった。

 さらに続刊としてでた「解き明かされる日本最古の歴史津波」飯沼勇義 2013/03 鳥影社をナビゲーションとして、拙い個人的地元探求が始まったわけだが、あれ以来、ずっと一度この方の講演をお聞きするなり、お住まいを訪ねたいものだ、と思ってきた。

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 しかし、すでにご高齢であることも考慮し、またお互い被災した身であれば、どこかの必然的な出会いが起こるまで待ってみよう、と、今日まで経過したのであった。だが、まだその出会いのチャンスはやってこない。

 たまたま近くに仕事上の所用があったので、以前の著書に掲載されていた住所を車のナビにいれて走ってみた。以前、グーグルマップやストリートビューなどを手掛かりに、このあたりかな、と目星をつけておいたのだが、まだその古い住所には、そのお住まいらしき建物は存在した。

 しかし、ご不在であり、近隣はすでに通常の生活にもどられている様子ではあるが、カーテンのない窓ガラス越しに見えた限り、3・11後にこのお住まいで生活された様子はなく、むしろ、部屋の中は、3・11のあの日のままであるようにさえ思われた。

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 近隣を車で走っていて、津波非難タワーなるものを発見した。資料によれば今年2015年2月に仙台市が設置したもので、収容人数およそ300人、鉄骨造りで食糧や水、毛布、簡易トイレセットなどが備蓄されているようである。建設費、およそ2億3000万円。

 3・11後4年を経過して作られた施設であるが、この施設が震災以前に存在したら助かった命もあっただろう、と思うと、胸がいっぱいになる。

 「津波防災対策試案」

提案① 各地域の集落の中央部に避難することができる鉄筋コンクリート三階以上のビルを建設すること。(中略)

[避難ビル建設についての諸条件]
・こうしたビルの建設は地方公共団体(各市町村、各都道府県)と国、各種の団体、各民間企業、民間を問わないが、建設認可前に、避難ビルに関する建築基準法をつくり、この中に建築ビル屋上を津波防災上の避難場所として不特定多数の人々が利用できる基準を設け、あらかじめ建築許可以前に建築主から承諾書をとり許可された段階で着工する。
飯沼勇義「仙台平野の歴史津波―巨大津波が仙台平野を襲う!」p194

 この提案書は、3・11の16年前、1995年、仙台市長と宮城県知事にあてて提出されたものである。

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 1930年生まれの飯沼氏、まもなく米寿を迎えられる御高齢の方である。近いうちに御講演などをお聞きする機会があるものかどうか、定かではないが、ますますお健やかであられますように。

<9>につづく

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