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2016年2月の33件の記事

2016/02/28

「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<15>

<14>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <15>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第二週 ステップ2 毎日の「管制塔」を持つ

1)次なるは忘備録、スケジュール管理、todoリストの統一についてである。我が管制搭は不完全ながら、かなりこの本に影響を受けて、大体は管理されている。そもそも本業のtodoリストやスケジュール管理は、パソコン上のオンラインで処理され共有されているので、かなりアナログ的作業は減った。

2)そもそも、今回の準備ステップの「空きスペースをつく」では、デジタルごみ屋敷脱出計画に結びついたし、ステップ1の「コックピット化」というテーマでは、結局、新しいパソコン(特にMac)を揃えることに結論づいた。

3)つまりこのステップ2における今回の「管制搭」とは、おそらく、本業以外の忘備録、スケジュール管理、todoリストも、デジタル化してしまおう、というプロジェクトに結びついてくるものと思われる。

4)とっさのメモや、必須メモは、やはりアナログで一点二点必要ではあろうが、全体はこれからどんどんデジタル化していこうと思う。少なくとも、これまでもそのようなアプリやデジタル機能は提供されてきた。

5)それを拒否しつづけてきた理由は、それらのシステムへの信頼度の薄さであり、情報管理の甘さからの漏えいが気になったからであった。このあたりが解決できるなら、それもいいな、と思う。

6)今週はだから、いずれ本格化するデジタル化への準備の週とする。しかしそれにしても、この本は、いつの間にか、卒業する時期が来ていたのだなぁ。今回が最後のこの本の確認となる予感。

<16>につづく

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2016/02/26

「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<13>

<12>からつづく

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「週刊 仏教新発見  改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<13>
朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
★★★★☆

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 さあ、ここまでくると、頭をよぎるのは屋根をどうするかである。さまざまな資料、模型、ケースを見ていると、いくつかの例が考えられる。

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1)内部構造が見えるように、このまま縦材で終了してしまう。
2)新たなる一枚板で屋根を彫刻する。その場合でも接着するか、着脱可能とするか。
3)新たなる素材で屋根構造を考える。

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 まず1)についてはありそうではあるが、そもそもが五重塔全体がどうなっているのかの学習のための模型であってみれば、やはり屋根もキチンと完成させるべきであろう。

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 2)についてはすでに素材も準備してあり、木工というレベルなら、そう難しいこともなく、密着、着脱、両方可能となろう。しかし、法隆寺の五重塔は瓦が上がっているのである。柿(こけら)葺きではないので、実体とは大きく違ってしまう。

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 3)それでは、別の素材を考えるとなると、どうだろう。固紙なら大量に準備してある。加工も難しくないだろう。しかし、その質感、色はどうするのか。五重塔においては屋根が占める面積はかなり大きい。折角の木質系を紙で封印してしまうのは、いかがなものか。

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 となると、あとは瓦の質感を出すために、スレートのような岩石を彫り出すような方法だが、良い素材が見当たらず、彫り出すという作業も大変なエネルギーを使うだろう。これもまずむりだろうな。

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 次に瓦という素材から粘土を使う案が浮上してくる。粘土にも紙粘土と油粘土があり、油粘土は固まらず変形するので不適である。残されたのは紙粘土。100円ショップでも売っているし、加工も簡単。

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 しかしながら、紙粘土は基本が白色なので、もともとの黒色の瓦をうまく表現できないのではないか。そして、後で着色することもしたくない。考えられるのは、形成する前に色素を混ぜ込むことである。

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 どこかに子供たちが残していった墨汁があったはずだから、形成の前に紙粘土に墨汁を混ぜ込んで練り上げれば、結構、瓦の質感がでてくるのではないか。可能性はあるが、これだけの面積である。濃淡をださないようにうまく練り込めるだろうか。

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 粘土は購入しなければならないが安価である。安価ではあるが、5層、4面の20枚の屋根を覆うとなると、結構な経費になることは間違いない。そもそも廃材利用が基本のわが五重塔40分の1スケールモデル、出来れば経費をあまりかけたくない。

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 そこで浮上しているのが、物置に余っている石膏。子供たちが塑像を作ったあとに余ってしまったパウダー状のものである。おそらく全面を覆うには足りる量はあり、他に使い道がないとすれば、これもまた立派な廃材利用となる。

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 しかしまた石膏も欠点がある。まず液体の石膏を流す型枠を作る必要がある。色が白なので、結局、墨汁のような着色が必要であろう。一旦固まってしまうと後からの変形が難しい。割れやすい、表面が剥離しやすいのでラッカーのような後処理が必要となろう。屋根に対する色々な想いが去来する。 

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<14>につづく

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「ぼけたらあかん長生きしなはれ」 天牛将富<1>

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すきま風/ぼけたらあかん長生きしなはれ」 <1>
Single, Maxi 杉良太郎形式: CD リリース 1997年
No.3653

年をとったら出しゃばらず
憎まれ口に泣きごとに
人のかげぐち愚痴いわず
他人のことは褒めなはれ
知ってることでも 知らんふり
いつでもアホでいるこっちゃ
ぼけたらあかん
ぼけたらあかん
長生きしなはれや
 

勝ったらあかん負けなはれ
いづれお世話になる身なら
若いもんには花持たせ
一歩さがってゆずりなさい
いつも感謝を忘れずに
どんな時でもおおきにと
ぼけたらあかん
ぼけたらあかん
長生きしなはれや
 

(じっちゃん
ばっちゃん がんば!)
(じっちゃん ばっちゃん がんば!)
 

なんぼゼニカネあってでも
死んだら持って行けまへん
あの人ほんまにええ人や
そないに人から言われるよう
生きてるうちにバラまいて
山ほど徳を積みなはれ
ぼけたらあかん
ぼけたらあかん
長生きしなはれや
 

そやけどそれは表向き
死ぬまでゼニを離さずに
人にケチやと言われても
お金があるから大事にし
みんなベンチャラいうてくれる
内証やけれどほんまだっせ
ぼけたらあかん
ぼけたらあかん
長生きしなはれや
 

わが子に孫に世間さま
どなたからでも慕われる
ええ年寄りになりなはれ
頭の洗濯生きがいに
何か一つの趣味持って
せいぜい長生きしなはれや
ぼけたらあかん
ぼけたらあかん
長生きしなはれや
 

(じっちゃん
ばっちゃん がんば!)
(じっちゃん ばっちゃん がんば!)

 

 どれ、カラオケ用に 練習しようかな。

 

 先日、とある観光地の土産物コーナーを覗いていたら、なにやらニヤケそうな詩の書いてある手ぬぐいがあったので、自分用に買ってきた。なかなかいいので、帰宅後、寝室の壁に貼ってある。

 きょう、ふとラジオのスイッチを入れたら、なんと、この唄が流れてきた。おやおや、この詩は唄だったのか。ましてや唄っているのは、あらら、お杉様。

 いやはや何度聞いても痛快だ。おもしろい。(爆)
唄っているのは杉良太郎で、作曲は遠藤実。でも、この詩を書いた天牛将富という人は一般人だとか。

 彼は1987年77歳で亡くなっている。病弱で、6回も手術を受けるなど、まさに七転び八起きの人生、仕事という仕事はしておらず、詩は好きで、ほかにもたくさん書いていたのだという。

<2>につづく

 

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<14>

<13>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <14>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第二週 ステップ1 デスクをコックピットにする その2

1)さぁ、本格的にコックピットを作るぞ、と張り切ったものの、突発的所用が入り、ほとんど頓挫したままである。このままではいけない、それぞれのステップをそれぞれ一週間かけてやる予定だったが、このステップは二週間かかるかも。

2)と、思ってもみたが、実は、この本はすでに何度も読んでいるので、現状で可能の限り、わがデスク回りのコックピット化は完了しているのであった。日々かたづいて活用しているかどうかはともかく。

3)逆にその目で見た場合、OAやITといった電子機器の老朽化が目立つ。そもそもOAやITがなければ遂行できない業態にはなっているのだが、決して最新のものが要求されているわけではない。かなり古式なものでも代行可能なのである。

4)と、実際はかなり使い古したITコックピットになっていることはたしかだ。それには、いくつかの原因があるが、そもそもわが業務はウィンドウズ環境が長い間求められてきて、基本的には、それは現在も変わらないのである。サポート体制を頼っている上、それはしかたないと諦めてきた。

5)しかし、今回、さらに環境を調べてみると、どうやらすでに条件付きではあるがMacも使える可能性がでてきているのだった。MacにWinシュミレーターを入れて、IEを使うのであれば、サポートするという。これは朗報だ。

6)現在使用中のWinのOSも呆れるほど古いものを使っている。まもなくそのサポートも終了するのだ。そのサポートが終わらないうちに、一方でMac環境を立ち上げ、業務を遂行できるデスクトップを作っておくことはかのうであろう。

7)そもそもスマホもiPhone、タブレットもiPadを使用している。パソコンだけがWinというのは、ちょっと時代遅れだろう。どうも、ここんとこが、近年、わが情熱が仕事に集中していなかった理由のひとつでもある。

8)ということで、今回のデスクをコックピットにする、のステップは、実際にはやり残したことは一杯あるのだが、新パソコンの導入を決意し、しかもそれはMacである、という決断をしたことで、結末がつきそうだ。

9)Macは1999年のiMac以来である。さまざまな理由があって遠ざけてきたが、いよいよ再突入である。まずは情報集めから始めよう。自分の業務、趣味、ライフスタイルにあったものはどれか。周辺機器との相性も含め、検討する情熱が湧いてきた。

10)そもそも思えば、準備ステップの「空きスペースをつくる」においても、実際のスティール棚や机周りのごみよりも、デジタルごみのほうが気になっていたのだ。このコックピットにせよ、これからのスケジュール管理やtodoリストにせよ、本格的にデジタル化して行くチャンスかもしれない。

11)ということはだ、長いことお世話になってきたこの本ではあるが、いよいよ今回のクールが最終段階となるのだろう。この本の後継に「机の上はいらないモノが95%」(2008/11 草思社)があるが、そちらも、この後、一読したあと、わがライフスタイル上、次なるステージへと移行していくことになるのだろう。

<15>につづく

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2016/02/25

「解き明かされる日本最古の歴史津波」<26>陸奥国分寺

<25>からつづく


「解き明かされる日本最古の歴史津波」 <26>
飯沼勇義 2013/03 鳥影社 単行本 p369 飯沼史観関連リスト

陸奥国分寺 

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 どうも最近気になっていた陸奥国分寺。最近、この近くによく行くんだよな。

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 昨年末に開通した地下鉄東西線に「国分寺駅」もできたことだし、これから観光スポットとして人気上昇するかも。

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 歴史を見れば、栄枯盛衰、1300年の歴史のなかで、浮き沈みは激しかったようだ。

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 この国分寺ができる前に仙台郡山遺跡の廃寺があったのだ。

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 そのあとこの地に移った国分寺。

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 ここには七重搭があったのだ。

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 想像図では見事な堂々たるものである。

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 数百年のあと、落雷で焼失したという。

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 その時の瓦が残っている。

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 七重塔の基壇が残っている、というのだが、本当に当時の基壇なのだろうか。

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 基礎となった石もキチンと並んでいる。

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 この形で1300年も本当に並んでいたとは、ちょっと信じられない。

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 でも、本当にここに七重塔が立っていたとしたら、そうとう見事なものだっただろうな。

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 これが心柱の基礎石だ。その穴およそ直径60センチ。

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 現在も使用されている宗教施設では、七重塔とは言い難いが、それを彷彿とされるような御堂も建立されている。

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<27>につづく

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2016/02/24

「五重塔の塑像―法隆寺」奈良の寺4 <2>

<1>からつづく

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「五重塔の塑像―法隆寺」奈良の寺4 <2>
長広 敏雄(著), 辻本 米三郎(写真), 坂本 万七(写真)大型本 1974/05 岩波書店 18ページ
★★★★★

 この本においては、五重塔の内部の塑像にだけ触れている。もっとも21冊シリーズのなかの1~8までが法隆寺関連なのであり、この号が塑像に特化した本であったとしても不思議ではない。しかしながら、このような本も珍しいのではないか。

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 模型作りのなかでは気が付かなかったが、心柱をとりまく四天柱の周囲には沢山の塑像が安置されており、四つのテーマで仕切られている。東面は、維摩経にまつわる文殊菩薩とビマールキルティーの問答の風景である。

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 北面は、釈迦如来入滅の場面であり、西面は、その分骨風景であり、その仏舎利の姿も見えている。実際に法隆寺の五重塔の仏舎利がこの中に入っているわけではないだろうが、形がしっかり見えるところが、貴重である。

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 郡山遺跡の廃寺ののち、その機能は国分寺に移行されたということだが、そこにあったとされる七重塔はすでに雷で消失しているとのことだが、その基盤は大地に遺されているようだ。そのうち、拝観しよう。

 つづく

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「定義如来 西方寺五重塔建立の軌跡」<2>

<1>よりつづく 

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「定義如来 西方寺五重塔建立の軌跡」 <2>
川村巌 撮影・編集  1986/10 阿部建設五重塔建立記録刊行委員会 120p
★★★★★

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 この本の面白さは、昭和における五重塔建設のドキュメンタリーになっているところだろう。ほとんど正式報告書とさえいえる。東北に育った私にとっては、五重塔というのはあまり身近でもなく、正直あまり関心もなかったのだが、今回あらためて東北には数棟の五重塔しかないことを知った。

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 当ブログが五重塔に関心を持ったのは、仙台郡山遺跡における郡山廃寺とはどのようなものであったのか類推するところから始まったのであるが、それは1300年前のことであり、おのずと当時の仏教、なかんずく法隆寺の五重塔に思いが繋がったからであった。

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 そのことを確認するために、なにはともあれ、手元にあった木箱や棒きれといった廃材を使って40分の1スケールの模型を作るところから始めたわけだが、それが終わるまでには、相当の時間を要することも、あらためて分かってきた。

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 定義山における五重塔建設の経緯は、ほとんどこの本でわかる。実によくできた一冊である。五重塔の経緯、仏教伝来の経緯、平家の興亡、東北の自然、宮大工としての技術の伝統や現実、さまざまなことがよく分かる。

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 それにしても、発願から竣工まで、そして、そのいつ終わるとも知れない環境整備計画に、唖然とするほどの、関わる人々の情熱が感じられる。経緯由緒はどうであれ、ひとりひとりの人間が、それぞれの立場において、自らの精神性、宗教性を求めていく姿には、圧倒される。

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 翻って思うに、わが人生において、今やおもむろに1300年前の仏教のありかたに思いをはせ、手いたずらの一環とは言え、五重塔をものせんとするこの意趣は、一体なにごとか、と自分に問う。

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 早朝に瞑想し、時には迷い、スマホに入れた般若心経を読経しなければ前に進めなくなるほどの気の動きを感じながらも、基層から、しだいに心柱、初層の屋根まで工作もすすみつつあり、はて屋根材はどうしたものか、と思う。

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 漠然としたものであったが、ここに来て、数ある五重塔の屋根材や工法は、いくつかあることがわかってきた。法隆寺は瓦であるが、山形の五重塔は杮(こけら)葺きであるという。他には銅板葺きというものもあり、わが模型は、法隆寺に真似て瓦葺き風にしようと思うが、はてさて、その材質は何を使おうか。

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 えにしからの不思議な縁に導かれながら、わが模型は、次なるステップ、カヤの木による薬師瑠璃光如来像へと、うまく繋がっていくものかどうか。その周辺の見定めも、極めてきわどく精神性へと関わってくる段にさしかかってきた。

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つづく

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2016/02/22

「五重塔」幸田 露伴 <1>

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「五重塔」 <1>
幸田 露伴 (著) フォーマット: Kindle版 ファイルサイズ: 282 KB 紙の本の長さ: 57 ページ No.3652 ★★★★★

 五重塔関連の本を探していくと、この幸田露伴の小説に大体ぶち当たる。どの解説本にも登場する定番本であるらしい。あるいは、いつもいつもこの本がでてくるが、この本以外にはあまり出てこない。つまり、この幸田露伴の「五重塔」は類書の少ない、稀有な「五重塔」本なのかもしれない。

 図書館を検索すればいろいろでてくるのだが、この手の古い小説だったら青空文庫にあるのではないか、とiPadで読みだした。これがなかなかの傑作。古い文体の古い社寺仏閣の話なのに、最新のIT環境で読めるというのが、じつに妙な取り合わせで面白い。

 腕のたつ宮大工棟梁の源太。対するのっそり十平衛の反逆。二人の宮大工の取り合わせが実に味わい深い。のっそり十平衛が作っていたのは50分の1スケールの模型だったが、当ブログで制作中は40分の1スケールである。おおよそ同じ大きさではあるが、やはり、五重塔を作るということは、これだけの覚悟がいるものか、と、その凄さに、目を見張る。

 男心が男に惚れて、というのか、仏心、人心を見通すというのか、頑固一徹、我を通すというのか、とにかく、男と男の火花が散る。人と仏と、大自然が葛藤する。こりゃまた面白い小説だね。

<2>につづく

 

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<13>

<12>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <13>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第二週 ステップ1 デスクをコックピットにする

1)何度目かのリズ・ダベンボード瞑想の第二週に入る。その前の準備ステップの「空きスペースをつくる」も、実行してみればなかなか味わいのあるステップで、やればやるほど深みがでてくる。まだまだやり続けたくなるが、一週間で1ステップずつ進む今回の計画上、次に進むことにする。

2)しかしながら、「空きスペースをつくる」のは、なにも準備ステップに限らず、各ステップでもやることになるので、これはこれでいいのだろうと、納得することにする。

3)さて、いよいよ「デスクをコックピットにする」だが、これもまた、結局は各ステップを進行していけば、そうならざるを得ないようになっているのであり、私のデスクはすでにコックピットになっているのである。

4)U字型に配置したデスクの底の部分にパソコンを置き、左と右と、それぞれの書類を置き、ペン立てを一つにして、要るものだけを入れる。あれやこれやの工夫は、結局もう何回も試みているのだった。

5)しかしである。そう思いつつ、またここでおさらいをしておかなければならないだろう。準備ステップでも感じたことだが、物理的なデスクトップの整理はともかく、パソコンの中や通信環境は、もはや「デジタルごみ屋敷」と化しているのではないだろうか。

6)物理的に目に見えない部分に隠れているだけに、デジタルごみには気付きにくい。私は、IT機器も、結構古いものも長く愛用するほうなので、あれこれ不都合なことが、たくさん起きてきているのだ。

7)しかし、私自身の仕事は、必ずしも最新最強のIT環境せずとも実行できる業務なので、ついつい型落ちセコハンの環境で間に合わせることが多くなっている。OSしかり、パソコンしかり、通信環境しかり、ソフトやアプリなども、最先端を追いかける、ということはない。

8)業務においては確かにそうなのだが、趣味においては、結構先端を追っかけている。少なくともアンテナを立て、情報を集めて、次の狙いを定めている。ただ趣味の世界は趣味の世界なので、もともと甘さがある。

9)つまりこういうことだ。仕事はほどほど適当に。趣味もまずまず楽しく。どうも、ここらに私のライフスタイルの長所もあるが短所もあるようだ。仕事を最先端の環境でやるように、すこしグレードアップしなければならないのではないか。

10)コックピットといわれるほどの環境は必要とはされない我が業務ではあるが、いやいや、ちゃんとコックピットにして、そこで業務をやれば、もっともっと業績があがるのではないか?

11)まずは今週は、その辺を整理してみる。IT環境を最新にするなんて、一週間ではもちろんできないが、そこにある甘さをもう一度チェックする。そして、「戦える」コックピットを作る。これが必要なんじゃないか?

<14>につづく 

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2016/02/19

「五重塔」NHK美の壺<2>

<1>からつづく

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「五重塔」NHK美の壺
NHK「美の壺」制作班(編集) 2008/10 日本放送出版協会 単行本 70ページ
★★★★☆

1)残念ながら、この番組、ネットの無料動画では見れないようだが、番組内容はNHKのホームページから知ることができる。10年近くの前の番組なので、縁がないと思っていたが、よく考えてみると、たしかにいつか見たような気もする。

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2)当時はあまりこういうことに興味も薄かったので、フンフンと流し見していたのだろうが、ひょっとすると、その時にわが脳に刷り込まれた五重塔が、時期を得て、今回ノソノソと動き出したのかもしれない。

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3)前回この本を観た時は、ああ、こういう本もあるのか、という程度で写真数枚に目を奪われた程度で終わったのだが、今回は、うすいパンフレットのような本でもあるし、ひととおり目を通してみた。

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4)最近何冊か関連の資料を目を通しているので、いまここであらためて驚くような記述に出会うことはなかったが、まぁひととおり、五重塔を語るなら、この程度の予備知識と常識は必要なのだな、ということを確認した。

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2016/02/18

「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<12>

<11>からつづく

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「週刊 仏教新発見  改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<12>
朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
★★★★☆

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 名刺印刷を頼もうと文房具店に行ったら、なんと最近、「てぬぐいギャラリー」とかを始めたという。なかなかアイディアマンの社長だけに、ほう、なるほどね、と店内をみていたら、ああ、またまた、あの風景が・・・。

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 五重塔の風景って、結構、みんなデザインの基本にしているんだなぁ・・・・。ということで、わが1/40スケール模型の組み立ても少しづつ進行中。

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<13>につづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<12>

<11>よりつづく

79421146
「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <12>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第一週 準備ステップ 空きスペースをつくる その3

1)今回、かなり作業がすすんでいる。いままで懸案だったもの、そう3・11震災前から気になってしかたなかった分まで含めて、かなりシュレッダー行きを敢行しているのである。かなり効果があって当たり前である。

2)しかしである、それでもなお、次から次へと「ゴミ」は出て来る。いつもなら、この辺で諦めて、次のステップに行くところなのだが、今回は、次のステップまで、キチンと一週間を取ることにしている。それでもなお、まだまだある。

3)一旦は、「思い出の品」や「保管箱」に入れたものを、再度「すぐやるもの」や「あとでやるもの」箱に入れ変えて、とにかく、「思い出の品」と「保管箱」は廃止した。雑然と積み上げられていたものは、ファイルに綴じたので、かなり整理はできたが、実際は、それらひとつひとつのファイルについて、また新たなる「仕分け」が必要となるだろう。

4)「後でやるもの」も、現在「すぐやるもの」へと入れ変え始めている。とにかく「あとで」は来ないのである。来なかったから、いまでも積み上がっているのだ。やる必要がなければ、シュレッダー行きにするしかないのだ。

5)思い出の品、なんて、わが事務所に存在する必要はないのだ。そんなものは天井階にでももっていけばいいのだ。保管箱、とはいうものの、実際、わが事務所に残っているのは、「保管」が必要なものばかり。我が事務所全体が保管箱なのだ。それを敢えてさらに特別に区分けする必要などない。

6)すっきりダイエットするのだ。何が必要で、何が必要でないのか。さぁ、準備ステップはあと2~3日残されている。まだまだやるぞ~~~~~。

<13>につづく

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「いつまでもデブと思うなよ」 岡田斗司夫 <5>

<4>よりつづく
いつまでもデブと思うなよ
「いつまでもデブと思うなよ」 <5>
岡田斗司夫 2007/08 新潮社 新書 223p
★★★★☆

1)今回のダイエットは結構マジである。年も年だし、多少ではあるが自覚症状もあるしなぁ。結果もまずまずである。今までの特A級クラスではないにせよ、A級程度の効果が上がっている。これでこのまま進めば、ある一定程度の結果が待っているのは間違いない。

2)しかしながら、毎回、落とし穴が待っている。大体は、月1程度ある飲み会であるとか、盆正月のような年中行事、あるいは客が持ってくるお菓子の類の土産物。もともと大好きだから客も酒や甘いものを持ってくるのだが、実際は、これがダイエットの大敵である。

3)いよいよダイエット効果があると思うと、意外と体が反応して、めんけん反応を示す時もある。毎回ダイエットは一筋縄ではいかない。魔が待っているのである。

4)三日坊主とはいうけれど、私の場合は三ヵ月ダイエットである。三ヵ月はまずまず維持できる。しかし季節が変わるあたりになると、かなり怪しくなる。もういいや、効果はここまでだろう、体調も良くなった、忙しい、ダイエットどころではない、となる。

5)しかし、今回はそうはいかない。必達である。三ヵ月どころか、半年、そして、一年が目標である。現在、ちょうど三ヵ月を経過したところ。ここが魔である。ここでとん挫してリバウンドするのは簡単である。プツンと切れると、リバウンド地獄が待っている。

6)私は今回、りバンドすることはできない。周囲に約束しているし、私もすでに年が年だから、もうデブデブではいられない。もっとすっきりするのだ。結果がでているから、私にだってできるはずだ。

7)今回の魔はなんと、ダイエットの支援者の筈である管理栄養士だった。送られてきたレポートは、まったくいい加減なものだった。名前は間違っているし、大体において基礎となるべき体重が半分になっていた。

8)おいおい、これはどうなっているんだ。こちらは命がけでダイエットしているのに、支持者であるべき立場の者が、上から目線で、まったくいい加減なレポートを送ってくるなんてどうなっているだ。公的行政を通じての紹介である。各所にクレームをつけてやったが、それでも気が済まない。

9)いや、彼女が間違ったことはどうでもいいことなのだ。本当に怖いのは、これをきっかけに、私のダイエット・スピリットがコケて、いきなりリバウンドすることだ。私の心はじつにか弱い。こんなことをきっかけに、いつも失敗してきたのだ。ああ、またしても・・・・。

10)しかし、そうはいかない。現在踊り場だが、ここらからさらにフンドシを締め直すのだ。体重も、血圧も、腹囲も、柔軟度も、かなり改善されているのだ。BMIだって、他の数字だって、かなり良くなっているはずだ。十分なエリアではないが、もうかなりタズナを緩めてもいい時期になっている。

11)いやいや、そうやって、いつも失敗してきたのだ。今回は、私も本気だぞ。ここから、さらにギアを入れ直す。とにかく、健康第一。体が資本でしょう。体あっての精神。あきらめないぞ。ネバーギブアップ!!!

<6>につづく

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2016/02/17

「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<11>

<10>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <11>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第一週 準備ステップ 空きスペースをつくる その2

1)やり始めてみれば、あるわあるわ、次から次と出てくる。しかも、どれもが微妙な存在ばかりだから、なかなか難しい。捨てていいのか悪いのか。取っておくべきなのか、すでにゴミなのか。その辺の判断がむずかしい。

2)というか、大体が、すべてゴミだから残っていたのだから、リズ・ダベンポートが言うように、95%はゴミなのだ。そこんところを納得するために、必要なのが、このプロセスである。

3)いつもだと、中途半端にして終わらせて次のステップに行ってしまっていた。今回は、一週間に1ステップずつ進めていく予定。まだまだ諦めずに、やるぞー。

4)「保存箱」とか「想い出の品」なんてのは、基本、日和見主義である。明日にのばしているだけで、本格的な解決にはならない。一度、これらに入ってしまった資料類は、もう一度ひっくり返して、「すぐやるもの」か「あとでやるもの」の二つに分ける。

5)「すぐやるもの」は基本、今週なり今月なりにやらなければならないもの。すぐに出てくるようにしておかなくてはならない。

6)「あとでやるもの」はやや怪しい。どれもこれも、だいぶ前からの「懸案」事項なのである。たしかに大切ではあるけれど、もうやるタイミングを失っているんではないか・・・・? おそらくそうなのであるが、それを確かめるためにだけ、まずは「あとでやるもの」に入れておく。

7)一気にやったつもりではあるが、まだまだある。ああ、あそこもここも、あるなぁー。とにかく今週は、徹底的に「空きスペース」を作るぞ~~。

8)と、ここまで来て、ひとつ感じるところがあった。「空きスペース」を作るのは、事務所や机まわりのスペースだけでいいんだろうか????

9)いつもは、平身低頭で、慇懃無礼にふるまっているつもりの自分ではあるが、ふとしたことで、感情が爆発した。今回は、こちらが感情をぶつける番である。あれあれ、私にも、まだまだこんなに「怒り」のエネルギーが残っていたの・・?

10)自分でもびっくり。これはいかん。これは、私自身カタルシスのリリースが必要だ。

11)陽気もすこしづつ暖かくなってきて、体も活動的になりつつある。ここでそろそろダイナミック瞑想にスライドしていこうかな。

12)こころにも空きスペースが必要である。

<12>につづく

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2016/02/16

「ドイツリスク」 「夢見る政治」が引き起こす混乱 三好 範英

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「ドイツリスク」 「夢見る政治」が引き起こす混乱
三好 範英(著) 2015/09 光文社 新書 244ページ
No.3651 ★☆☆☆☆

 このような本に出会うと、個人的には、ああ、この様なジャーナリスト人生を送らなくてよかったなぁ、とつくづく思う。大卒後、読売新聞社に入社し、アジアやヨーロッパの特派員になり、現在は編集委員ということだから、よほど読売新聞が身の丈にあっているのだろう。

 こういう人だから読売新聞にいるのか、読売新聞にいたからこういう人になってしまったのか。まぁ、どちらでもあるだろう。

 イントロで、3・11直後のドイツの報道をクサしているが、それは天につばするようなもので、国内の報道だってそれに輪をかけて混乱していたことを忘れているかの如くだ。ましてや、2015年になって、それを言うというのは、フェアではない。

 ドイツの「理想主義」的部分が鼻についているのだろうけど、それを指摘している御自身もまた、どうも胡散くさくてかなわん。

 いろいろな人の意見を聞き、いろんな立場に目を向けることは大切なことなので、両論に対し耳を傾けるのはいいことだけど、こういう本を一方的に読んだら、人生はトンデモない方向に曲げられてしまうな、とつくづく恐ろしくなる。

 ジャーナリズムという名を借りた、偏向思想の洗脳装置。目を通すことはあっても、こんな本に信をおいてはならない。

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2016/02/15

今日の気分はこの3冊<19>「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」、「五重塔はなぜ倒れないか」、「死について41の答え」 

<18>からつづく

今日の気分はこの3冊
<19>

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社

「五重塔はなぜ倒れないか」企画制作 日映企画 2006/08 DVD

「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ 2015/01めるくまーる

<20>につづく

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「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<11>

<10>からつづく

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「週刊 仏教新発見  改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<11>
朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
★★★★☆

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 仕事をしていれば、紛れ込んできたパンフレットの五重塔に目を惹かれる。

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 陽気に誘われて園芸店に入れば、手作り工芸コーナーの自作五重塔の写真が飛び込んでくる。

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 図書館に行けば、まだまだ五重塔関連書物はある。ひとつひとつが、私をマリオネットのように、背後から操っているかのようだ。

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 親戚から、杉の間伐材を一本貰ってきた。これでまさか五重塔を掘ろうとは思っていないが、先日から気になっているのが、友人カズ氏の傍らにあった常不軽菩薩像。

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 雨ざらしで数年が経過し、すでに割れも腐れも入ってしまっている、節コブだらけの丸太であるが、私にはどうも気になってしかたない。ここから常不軽菩薩でも湧出してくるのではないだろうか・・・。

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 だれにでも仏心があり、どこもが楽土なのだ、という常不軽菩薩のスピリチュアリティ。法華経にでてくるゴータマ・ブッタの前世の姿なのだとか。

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 静かに再スタートしているわが五重塔1/40スケール模型制作。思えばこれもまた常不軽スピリチュアリティに通じているところがある。これは決して廃材のゴミアートではないのだ。あらゆるもののなかに仏心をみようというアートなのだ。私なりの瞑想の道である。

<12>につづく

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2016/02/14

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <59>おじいちゃんはとしよりなのに、どうして、しなないの?

<58>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<59>おじいちゃんはとしよりなのに、どうして、しなないの?

 きょうはせっかくの日曜日なのに、父親がいない。学生時代の友人が亡くなったので隣県まで葬式にでかけたのだ。30歳。あまりに若い。死ぬ、ってどういうことなんだろう・・? 4歳児なりに真剣に考える。

 人間はどうして死ぬの? う~ん、それはね、人間は誰でも死ぬんだよ。ほら、花が枯れたり、魚が腐ったりするでしょ、それと同じなんだ。病気になったり、年寄りになったりすると。

 どうして病気になると死ぬの? おもちゃでもさ、壊れてしまって、直せなくなると、もう遊べないでしょ、それと同じなんだ。病気でも直せるものと、直せないものがあるんだ。

 ふ~ん。食事をしながら、すぐ話題は別なことに移る。

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 夕飯のあと、テレビを見ながら、ふとつぶやく。「おじいちゃんは、としよりなのに、どうして、しなないの・・?」 さっきの疑問は、ずっと4歳児の頭のなかでグルグル回っているようだ。

 じいさんはじいさんなりに、テレビを見ているふりして、ひとり考えている。おじいちゃんは年寄りだけど、もっと年寄りになったら死ぬかもなぁ・・・。病気したり怪我したりして・・・。でも、今は元気だよ。

 いえいえ、この年寄りの爺さんだって、若い時、そう君のお父さんより若い時、あと半年の命です、って宣言されたことはあるんだよ。その時、もうずっと前に、死んでいたかもしれない。だけど、どういうことか、まだ生きている。死ぬって、ことは、結局、どういうことなのか、わからないんだよ。

 30歳の父親は、帰宅するなり溜め息をつく。友人は昨年の春にすでに余命3ヵ月の宣言を受けていたという。しかし、独身だった彼は、仕事も休まず、闘病を続けたという。予定より半年は長く生存したが、結局、数日前に亡くなったのだ。

 4歳児の父親は考える。どうせ死ぬなら、やりたいことをやるしかないなぁ。

 ゲームでも、テレビのニュースでも、「死」という言葉は簡単に使われている。4歳児とは言え、一日に何回も聞く言葉だろう。しかし、その実態はよく分かっていない。

 この言葉が、このテーマが、どれほど長く4歳児の心に宿り続けるだろう。忘れてしまうかもしれないし、ほどほど適当なところで分かった気分になるかも知れない。あるいは、もっと深みを求めて、彼は彼なりに、考え続けるかも知れない。

 じいちゃんは、としよりなのに、どうしてしなないの・・・?

 いえいえ、じいちゃんは、としよりだから、いずれ死ぬ。あしたかもしれないし、ずっと先、君が大きくなってからかもしれない。でもそれは年寄りだから死ぬんじゃない。人間だから死ぬんだよ。命あるものはすべて死ぬんだ。

 若いけど、キミもまた、いつかは死ぬんだ。不思議なことだけど、どうしてなのか分からないけど、そういうことになっているんだ。どうしてか、ってことは、わかるようでわからない。実はじいさんにもわからないんだよ。

-------------------

 聞くところによれば、その30歳の青年は、地下鉄工事に関する仕事をしていたそうだ。病気が発覚後も仕事を続け、昨年ようやく地下鉄が開通したのを確認してから、会社に病気内容を告げ、休業に入ったという。

 仕事をやり続けることができたのだから、悔いはない、との言葉を残したという。敢えて言えば、結婚したかったかな、とも。

 あっぱれな人生でした。短くも立派な生き方だったと思います。

 ご冥福をお祈りいたします。   合掌

<60>につづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<10>

<9>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <10>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

第一週 準備ステップ 空きスペースをつくる

 さていよいよ、何次目かのリズ・ダベンポート瞑想(49日間)に入る。これまでの十数年間、もう何度も試してきた瞑想だが、実際には、じっくりと時間をかけて行なったことはない。準備を含めて7つのステップを一週間づつ、49日間に渡って行なうのは、実は今回が初めてとなる。

 「すぐやるもの」、「あとでやるもの」、「保管箱」、「思い出の品」の箱を作る。作るというか、これまで使ってきたものを、再点検し、さらに再活用する。そう決めてあちこちガサゴソやると、出てくる出てくる、以前のプロジェクトの残材が。

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 ラベルは健在だが、実質的には無機能化して、収納の奥に押し込まれていた。これじゃぁ、ダメじゃん。今回は、これらも含めて、一週間かけて、じっくりと空きスペースを作るのである。

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 保管箱もこんなものでいいのか。これだとなんだか、いつまでもここで保管されっぱなしになってしまいそうだなぁ・・・・・。

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 思い出の品は、基本的に目の前から消して、天井階の収納に移動の予定ではあるが、キチンと整理しなければ、結局は元の黙阿弥ではないか。やはり一度は決断しなければならないテーマである。

 なにはともあれ、今回はあせらないぞ。じっくり一週間づつかけていこう。

---------------

 いやはや、出てくるわ出てくるわ、次から次とでてきて悩ましてくれる。へそくりならいいけど、もはや何にも役にたたない数字の羅列。個人的な数字的帳票は一度失われるともはや修復がきかないので、それなりに大事にしているのだが、それでも、大事にしたとして、一体何の役にたつのだろう。

 そんなわけで次から次とシュレッダー行き。やや面倒くさくなって大目にシュレッダーに入れると、今度はシュレッダーがエンストする。はぁ、今度はシュレッダーの修理だ。

 これでだいぶ出したつもりなのだが、ふと気が付くと、あれも、これも、あそこにも、あっちにも、古い帳票類があるのだ。役に立たずに、デッドスペースばかり作っている。(涙)

 いつまでつづくか、この空きスペース作り!

<11>につづく

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2016/02/13

「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<10>

<9>からつづく

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「週刊 仏教新発見  改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<10>
朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
★★★★☆

 今日は暖かかった。春を思わせる陽気がただよい始めている。明るい日差しに誘われて、近くの農産物の産直センターへ。野菜や加工品とともに工芸品や手芸品なども展示販売されている。

 今日は、木工コーナーのなかに、新しく五重塔の写真が飾ってあった。どうやらいつも野菜や弁当を出品している婦人の御主人が大工さんで、半分趣味でこのような五重塔を制作販売しているらしい。

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 わぁ、やっぱりいるんだぁ、とわが意を得たりと感じた。へぇ、なるほどなぁ~~~。とついつい目を奪われる。しかし・・・・・。最近の私は、ちょっと目が肥え始めている。ああ、これもあれも、ちょっとづつちがうなぁ、と不満な箇所も見つかる。

 これはどこの五重塔の模写なのだろうか。それとも、制作者の自作のものなのだろうか。心柱はどうなっているだろう。実際のバランスはどうだろう。チェックすべきポイントは多く見つかる。

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 三重塔もあるらしいから、これはこれで楽しいだろうな。すくなくとも見ているよりも、作るほうが絶対楽しいと思う。これを制作依頼するとなると、数十万円かかる。

 そうだろうな、と思いつつ、私はやっぱり自分で作ってみないと納得できないな。封印しているはずの微熱がまたまた再燃しそう。ちかぢか再開するかなぁ~~~。

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 台座を含めて高さ180センチほどあるというから、ほぼ20分の1のスケール。これはかなりデカイ。デカイのも素敵だが、小さいものを丁寧に模写するのも結構楽しみだったりする。

 実物を拝観するのもいいだろうし、模型を所有するのもいいだろうが、やっぱり作ってみて初めて分かることもたくさんあるはず。自分の思いを込めることもできる。

 春が近いことを感じる日だった。

<11>につづく

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バルド瞑想 「チベット死者の書」に基づくガイド瞑想 <11>

<10>からつづく

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「バルド瞑想」「チベット死者の書」に基づくガイド瞑想  <11>
■瞑 想 実 践 C D●再誕生への道案内 180分・CD4枚組構成 ◆制作・ヴィートマン(Osho school for life and  death processes) ◆

バルド瞑想 満願49日目

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            南無薬師瑠璃光如来  合掌三拝

<12>につづく

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2016/02/11

「冥途の旅はなぜ四十九日なのか」数学者が読み説く仏教世界 柳谷 晃

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「冥途の旅はなぜ四十九日なのか」数学者が読み説く仏教世界
柳谷 晃(著) 2009/5/2 青春出版社 新書  新書: 205ページ
No.3650 ★★★★☆

1)市立図書館蔵書を「五重塔」で検索してでてきた一冊。いみじくもバルド瞑想47日目の今日、こんな本を読んでみるのも一興かと思う。思えば、49日も五重塔も、ひとつの体系的な仏教観のなかに、しっかりと組み込まれている概念だった。

2)著者は1953年生まれ(私と同学年)の数学者である。仏教とは無縁なはずの数学者が解く仏教世界であるだけに、ともするとスノビズム、トリビアの泉にさえなってしまいそうだが、豊富な話題と、軽妙なタッチが、なるほどと思わせる。

3)どこぞの僧侶が、通夜の席にでも、この本の何頁かを抜き出して語ったら、結構受けるに違いない。面白話題が満載である。

4)しかし、これを「仏教世界」と括ってしまうことは、必ずしもいいことではないだろう。そもそもゴータマ・ブッタの悟りの世界は、決して、これほどの話題満載のものではなかったはずだ。もっともっとシンプルで、おそらく数字など、一切なかったのだ。

5)日本に仏教が入ってきたと言われるのはおおよそ13~400年前。仏滅後すでに1300年ほどが経過していたのだから、日本に伝わった仏教は、プラットホームとしてのゴータマ・ブッダの悟りの上に、さまざまな文化が融合して出来上がった当時の最新の世界文化であったのだ。

6)だから、個人的に私は、この本を一冊読んだからと言って、読者の仏教感が深まるとは思えないし、むしろ、余計な知識が邪魔をして、人をして奈落につきおとすのではないか、とさえ考える。もちろん、使い方によっては、明瞭な理解を深め、頑迷な疑問を解くきっかけにもなる可能性もあるだろう。

7)数字にまつわるエピソードが、あれもこれもと満載だが、それを決して「仏教」と言ってはならない。そのようなトリビアを入れ込むことができる仏教と言う世界が、これほど広いのか、と理解すべきであろう。

8)五重塔しかり、四十九日しかり。

9)しかして・・・・。

七七日 太山王 薬師如来(病気を治し安楽を得させる仏) p171「冥土の旅はなぜ四十九日なのか」

 この記述は面白い。冥土の四十九日が薬師如来に対応していることを思いださせてくれたことには感謝する。

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10)今日は、年に一度の薬師如来にまつわる昼食会がある。昨年末からつづいていたバルド瞑想は満願にちかづき、薬師如来に迎えに来てもらったのだ。ありがたい、ありがたい。

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2016/02/10

プレムバヴェシュの孫たちとの対話 <58>おばあちゃんはどうしてひとりなの?

<57>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<58>おばあちゃんはどうしてひとりなの?

1)事務所で仕事の電話をしていたら、4歳児がガラリとドアを開け、泣きじゃくりながら飛び込んできた。「おばあちゃんは、どうして、ひとりなの・・・?」 大泣きである。ん? 意味分かんない。とりあえず、電話をそこそこに終了し、居間にもどって、ストーブの前で孫を抱っこする。

2)テレビでは、幼児向け学習雑誌付録のDVDのアニメ「涙のそつえんしき」がかかっていた。「ばーば、ありがとう」のかすかな文字が・・・。

3)なだめすかして、話しかけ、いろいろ考えたが、最初よくわからなかった。どうやら、あのアニメを見ていて泣きだしたらしい、ということは分かった。孫たちが風呂に入って寝床についたあと、夕飯前に帰宅したばあさんと二人で、アニメを見てみた。

4)ストーリーはこうだ。幼稚園を卒園する子供たちが、ひとりひとり「ありがとう」の発表をする時、主人公は、母親の母親であるばーばにありがとうを言うことにしたのだ。ばーばは小さい時に叱ってくれたけど、それは僕を好きだったからだって、分かったのだ。

5)そのばーばは、もういない。ちょっと前に死んでしまったのだ。でも僕は小学校に入ってランドセルを背負った姿をばーばに見てもらいたかった。そんな僕の耳に、サクラの木の上の空から、ばーばの「ランドセル姿を見せてくれて、ありがとう」という声が聞こえた気がしたのだ。

6)そういうストーリーが、年少の4歳児の、心の琴線のどこかに触れたらしい。「おばあちゃんは、どうしてひとりなの・・?」では、ちょっと意味がわからない。要約すれば、あのばーばはどうしてお空でひとりなの、ということである。

7)つまり、どうしてあのばーばは死んじゃったの? 死とは何? ということの問いかけだったのだ。その問いは、4歳児においては「おばあちゃんはどうしてひとりなの?」という表現にならざるを得なかったのだろう。

8)番組では死因は語られない。死んだ理由なんかはどうでもいいだろう。ただ人は死んでしまうのだ。死とは何か。そこんとこに、4歳児は鋭く反応した。

9)明日は2月11日。3・11震災から4年と11ヵ月である。この子供は3・11以降に宿り、誕生してきた子供である。ひょっとすると、あの震災で亡くなった人の生まれ変わりである可能性もある。その子供が、もう「死」について感じる時代になっているのだ。

10)時あたかも、還暦過ぎた爺さんは、OSHOの「死について41の答え」を読みつつ、バルド瞑想を続けている。まもなく49日目を迎える。次々と友人たちを亡くし、自分の衰えも感じながら、やはり「死」を考えている。人はどうして死ぬんだろう、死とはなんだろう。

11)4歳児が直感的に感じた人生上の最大の疑問は、何年経過しても、おそらく明快に答えられることはない。言葉で答えられる正解はない。しかし、そこを問い続けることは、人生最大のテーマである。

12)「おばあちゃんはどうしてひとりなの?」 無邪気さの中で、子供は子供らしく、大泣きした後でも、すぐに別な話題で大笑いしたりする。あの疑問はどこかに消えてしまったかもしれない。

13)しかし、その疑問は、彼の人生のなかで、繰り返し繰り返しやってくるだろう。もっと明快な言葉と事実のなかで、彼は彼自身の言葉を持って問い続けていくことになるのだ。そして、自分も死から無縁ではあり得ないことを知る。

14)「死」とはなにか。そして、自分はどう生きるのか?

----------------
15)後日談

 翌朝になって孫の母親に聞いて、いくつかのことが判明した

16)事務所の私のところに来る前に、台所仕事をしていた母親のところに行ったらしい。母親も夕飯の支度をしていて、DVDの内容は見ていなかったらしい。難しい問いになったので、母親は「おじいちゃんのところに行って聞いて」と言ったらしい。

17)その時、孫はまだ泣いてなかったらしい。でも、「泣いてないけど、泣いてないけど」、と言って、何度も目をこすっていたらしい。すぐ廊下を挟んで隣の部屋の私の仕事場に来るまでに、彼の感情は爆発して、号泣しながらやってきた、ということらしい。

18)その夜、孫は母親と風呂に入りながら、「どうして人は死ぬの・・・?」と質問したらしい。答えに窮した母親は、まだ事の次第を飲み込めていなかったが、「おばあちゃんはまだ死んでいないから、心配しなくて大丈夫なのよ」と説明したらしい。

19)その次、孫が質問したのは、「となりのおじいちゃんはどうなったの?」 だったとか。昨年の秋、90歳近くで隣のお爺さんが亡くなった。お葬式にも出席したから、印象深かったのだろう。「火葬されて、骨になったよ」と、母親は説明したらしい。

20)そう答えるしかないし、それ以上の答えはなかなか思い付かないが、あとは、「天国にいったよ」とか「お空から見てるよ」とか、その場しのぎの答えはできるだろうが、それは本当の答えでないことは、孫自身分かっているのだ。

21)すくなくとも、人間として、4歳にもなれば、そういうことに、しっかりとした疑問を持つようになる。それが自然なのだ。

<59>につづく

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「定義如来 西方寺五重塔建立の軌跡」 <1>

J009_2「定義如来 西方寺五重塔建立の軌跡」<1>
川村巌 撮影・編集 1986/10 阿部建設五重塔建立記録刊行委員会 120p

No.3649 ★★★★☆

 今年の初詣は、定義如来の五重塔だった。いままであまり意識したことなかったのだけど。

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 実にマジマジと参拝してしまった。なるほど、こういう本があったんだなぁ。

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 何気なく素通りしている風景も、調べてみると、いろいろあるもんだ。

<2>につづく

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「五重塔」NHK美の壺<1>

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「五重塔」NHK美の壺<1>
NHK「美の壺」制作班(編集) 2008/10 日本放送出版協会 単行本 70ページ No.3648★★★★☆

 なんと検索すれば、あのNHKテレビ番組「美の壺」で五重塔を特集していた。すでに10年前のことである。美しい。当然のことか。

 ひとつのキーワードが、広く、深い世界を紡ぎ出す。

 現在、封印中のわが40分の1スケールの法隆寺五重塔模型であるが、いろいろ目を肥やしながら、またふたたび制作の再開に期したい。

<2>につづく

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「五重塔の塑像―法隆寺」奈良の寺4 <1>

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「五重塔の塑像―法隆寺」奈良の寺4<1>
長広 敏雄(著), 辻本 米三郎(写真), 坂本 万七(写真) 大型本 1974/05 岩波書店 18ページ
No.3647★★★★☆

 法隆寺の五重塔というと、その外観ばかりに目が奪われるが、その内側に収容されている塑像たちの写真集である。

 ひとつひとつの塑像たちに目を奪われる。これだけの集積があったればこその美なのであり、世界観であり、説得力なのである。

 いつか法隆寺を訪れることがあったら、ジックリと拝見したいものだ。

<2>につづく

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    2016/02/09

    「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<9>

    <8>よりつづく


    「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <9>
    リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

    準備ステップ 空きスペースをつくる

    1)さて、不思議なもので、バルド瞑想の49日間が終了間際になって、自然とこちらのリズ・ダベンボード瞑想の49日間がスタートしている。整理するのだ。すっきりするのだ。そして、必要なものを、必要な所に配置するのだ。

    2)空きスペースをつくる。これは大事なことだ。いままで、この本を一気に読んでしまうことが多かったが、今回は、これを瞑想として49日間かけてやろう。一つのステップにじっくり一週間を使うのだ。

    3)日曜日からすでに始まっているが、まずは、要らないものをどんどん捨てている。捨てているというより、すでに入らなくなって捨てなくてはならないのに、ただサボっていただけなのだ。最新のものだと数日前、古いものだと数年前から10年近くサボっていたものもある。

    4)これではいけない。これでは我がSOHOもデジタルゴミ屋敷になってしまう。使用期間の過ぎたパンフレットを捨て、終了したプロジェクトの資料も捨てる。机の中は、不要なものだらけ。まずは、他の箱にうつし、必要なものだけを残す。

    5)必要なものは、これまで使ってなかったファイル棚に整理する。ラベルもつけ直す。これだけでも、だいぶ空きスペースができた。

    6)「すぐやるもの」、「あとでやるもの」、「保管箱」、「思い出の品」の箱を作る。作るというか、これまで使ってきたものを、再点検し、さらに再活用する。

    7)大体はできた。だが、いつもはここから「大体できた」から、次のステップへ、あまりに早く進み過ぎた。今回は、ゆっくりやろう。リズ・ダベンボードのガイド通り、このステップに一週間をかけて、ゆっくりやろう。

    <10>につづく

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    2016/02/07

    「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 リズ・ダベンポ-ト <8>

    <7>よりつづく

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    「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 
    <8>
    リズ・ダベンポ-ト/平石律子 2002/09 草思社 単行本 222p

    1)わがオフィスの定番本。20数年になる我がオフィスの中にあって、最も長く滞在している本の一冊であろう。もはや中に何が書いてあるのかはほとんど分かってはいるのだが、定期的にこの本を開きたくなる季節があり、とてもとても捨てる訳にはいかない。

    2)今回検索してみてわかったが、この本は2010年に文庫本化されているようである。この本、中古で1円。実質送料のみで手に入るなら、ぜひ当ブログのお勧め本に加えたい(笑い)。

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    3)著者には、続編として「机の上はいらないモノが95% 世界一シンプルな整理法」(2008/11 草思社) という一冊もあるが、インパクトとしては本家のほうが痛快である。

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    4)わがオフィスも知らず知らずに、デジタルゴミ屋敷になってしまう。あれもこれもと、大事は大事なのだが、あれもこれも保存しておくと、いざとなった時に、本当に大事な情報がでてこない。これでは何のために保存しておくのかわからない。

    5)役立つという意味では、適材適所が我がオフィス最近のテーマである。ゴミはゴミでも、ちゃんと使える資材となるものは大事だが、ある程度の期間を過ぎても活用法が見つからない資材は、やはりどんどん捨てなければならないのだ。

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    6)いざとりかかると、出るわ出るわ。ああ、こんなのもあったなぁ、なんてしばし手を休めてしまう。もうそうなると元の黙阿弥になるので、保存期間が切れたものは、どんどん捨てる。シュレッダーにかける。いやはや、時間もかかるなぁ。

    7)ようやく縛り終わって物置まで運ぶと、ちょうどいいところにチリ紙交換車がマイクを鳴らしながら、やってくる。グッドタイミング。すっきりして、さっぱりした。「あ、チッシュはいらないよ」、なんて、太っ腹~~~。

    <9>につづく

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    2016/02/06

    「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<9>

    <8>からつづく

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    「週刊 仏教新発見 改訂版」創刊号 01 法隆寺再建の謎に迫る<9>
    朝日ビジュアルシリーズ 2015/12 朝日新聞出版 ムック 48ページ
    ★★★★☆

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     いやいや、いつまでもこうしてはいられない。いつまでも年末年始の気分が抜けず、バルド瞑想やら、五重塔制作にうつつを抜かしてばかりいられないのだ。2月も節分も過ぎ、すでに立春である。そそろそろお仕事モードに戻らなければ。そんな私の目の前に、結局、仕事の書類に交じって、五重塔の画像が飛び込んでくる(笑)。

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     そんな私の頭によぎるのは、20年ほどまえに知人から中国土産でもらった香木でできた扇子である。なかなか情緒豊かで貴重な一品ではあるのだが、日常ではほとんど実用的ではない。人前でこの扇子を仰ぐのは、ちょっとはばかれる。なにか活用法がないか。ずっと考えていた。

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     そんな時、チラチラ思いついたのだ、あの法隆寺五重塔の2階から5階にかけてついている欄干。法隆寺建立当時の卍崩しの透かし彫りが、40分の1スケールではちょっと作りにくい。模型で作ったとしても、つまようじなどでは、チャチイものしかできないのではないか。

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     わが造形の、主なるモットーは、適材適所である。廃材とは言え捨てられないもの、それらを生かし、活用して、新たなる価値を持った存在へと生まれ変わらせるところにある。

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     ふと気付いてみれば、この扇子の香木の透かし彫りは、決して卍崩しではないが、ちょうど巾といい、枚数といい、五重塔模型の欄干、4階*4面の16面の欄干に活用するには、ピッタリなのである。

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     現在封印中の制作であるが、頭のなかでは、いろいろな準備が進んでいる。大体において、骨材は足りる予定だが、どうやら屋根材が不足する。そこんとこを補完するために、あれこれ家の内外の余った板などを集めてきては、お茶などを飲みながら思索している。思えば、本来の仕事も、適材を適所に嵌めて行けばいいのだから、五重塔制作と同じようなものだなぁ、などと、ひとり納得する時もある(笑)。

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    <10>につづく 

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    バルド瞑想 「チベット死者の書」に基づくガイド瞑想 <10>

    <9>からつづく

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    「バルド瞑想」「チベット死者の書」に基づくガイド瞑想 <10>
    ■瞑 想 実 践 C D●再誕生への道案内 180分・CD4枚組構成 ◆制作・ヴィートマン(Osho school for life and death processes) ◆
    ★★★★☆

    1)バルド瞑想42日目。なんと月日がたつのは早いものか。あっという間に時は流れ、正月は過ぎ、2月になり、節分、立春である。寒さは増す季節ではあるが、もう春は始まっている。

    2)友人の死に遭遇して、新たなる感慨を持った年末だったが、それからしばらくすると、また身近な親戚の訃報に接し、なんとも、私たち人間世界というものは常に死とともに展開しているのだ、ということを痛感するのである。

    3)ある友人は、その友の死に読経し、ある友は絵を描き、詩を読み、歌を唄う。曲をつくり、あるいは共に踊る。私は瞑想し、仏舎利塔としての五重塔を創り始めた。

    4)いつまでも、その死に打たれ、打ちひしがれてばかりではいられない。笑顔をとりもどし、時にはひょうきんな笑い話に、笑い転げる。そんな日常が戻りつつある。日常の雑事は、いつの間にか、いつのもように、変わらずに残っている。

    5)しかしながら、たしかに何かが変わってしまったのだ。死に遭遇した本人も、その周囲の人々も。

    6)しずかな波紋が、しずかにしずかに広がっていく。ひろく穏やかに。

    <11>につづく

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    2016/02/05

    「ふるさとの星 和名歳時記」千田守康

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    「ふるさとの星 和名歳時記」
    千田守康(著) 2015/12
    河北新報出版センター 単行本: 194ページ
    No.3646★★★★★

    1)贈本である。著者からではなく、そのファンからである。ファンと言っていいのかどうか、私の身近な友人からである。彼は高校時代から天文台に通い、著者に大変お世話になったそうな。その著者が本を出したので、大量に買い込みに友人知人に配っているのだとか。

    2)いきなり出された本を読むというのも不思議な体験である。決して自分の読書計画にはなかった本であることが多い。タイトルや著者名だけでは、何が書いてあるのか、自分とどう関係があるのか、実に不明である。

    3)読みだして見れば、なるほど、これは面白い。長く天文台のスタッフとして働いた人が、かつて地元の新聞に連載した記事を元に一冊にまとめたものであった。

    4)つまり、星の呼び名の本である。星といえば、地域を越え、国を越え、万国共通のモノ、という認識がある。地球を越えた宇宙の話である。コスモポリタンを越えて、はるか宇宙人とのコネクトさえ連想する。

    5)しかしながら、この本は、極めて地方色豊かである。地元の人々、とくに農民や漁民にどのように星が呼ばれてきたかを探った本である。呼ばれたか、というだけではなく、その仕事や生活のなかで、どのように星たちが活用されてきたか、を調べ上げているのである。

    6)この手の本には、故・野尻抱影の「日本星名辞典」などがあるらしい。断片的ではあるが、私たちは、ギリシャ名や中国名、あるいは日本神話のなかで、星の名前を覚えていることがある。いろいろな呼び方があり、時には、まったく別な星だと思っていたものが、本当は同じ星だったりする。

    7)この本は、その星の呼び名について、地元の宮城県に限って調査した本である。完全に調査され、完璧に記載されているとは言い難いのだろうが、著者は、その呼び名を、求めて、山間の村々や、海岸線の漁村を尋ねた歩いた、ということだから、これまたユニークな郷土史である。しかも、それは人々の生活を浮き彫りにするものであり、これまで、どのような人々の暮らしがあったのかを、星の呼び名から掘り起こす。

    8)私は地方の第一次産業の中で生れ育った人間だが、山間にも、漁村にも、あまり縁がない。ひたすら平坦な田んぼに囲まれた農村風景が基本である。だから、太陽の動きや月の満ち欠け、あるいは風の動きなどについて人々が話している風景は記憶しているが、星について語っていた風景を記憶していない。

    9)しかし、時計のない時代、ましてや方角を探知する機械などが発達する前の人々は、朝や夜、星々の動きを見て、作業を開始し、終了し、あるいは何の手掛かりもない海の上を、星をみつつ移動したのである。魚の動きや、漁の開始時期などを探っていたのだ。

    10)大変あこがれる世界であるが、実際には星に関わるような生活を実際にしていない現代人にとっては、このような星の話を聞いても、一時にはなかなか覚えることはできない。なるほど、そういう生活があったのか。それほどまでに人と星は深くかかわっていたのか、と感動するのみである。

    11)しかもなお、同じ県内の、ちょっと前までの人々が、このような星々に、自分たちの星の名前をつけて愛し、活用していたことを知ることは、驚きであり、感動である。自分のなかの、地元の人間としての血が騒ぎだすような感じがする。

    12)星に関心がある人は当然のこと、郷土に縁のある人、民話や、民俗に関心がある人にも、きっとインスピレーションを与えてくれる一冊である。

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    2016/02/02

    「杷不住述懐」<1>はじめに

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    「杷不住述懐」
    <1>はじめに       目次

    1)私の人生においては、三つの文章を残しておけば、まぁ大体足りるだろうと思う。ひとつは、青春時代の一こまをつづった「雀の森の物語」であり、二つ目はOSHOとの出会いをつづった「湧き出ずるロータス・スートラ」であり、三つ目は、この読書ブログをひとまとめにした「地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版」である。

    2)「物語」は20歳の私が、当時自分たちが編集発行していたミニコミ雑誌「時空間」に書いたもので、当時のコミューン生活を中心につづったものである。もちろんまだOSHOの存在も知らない青春真っ盛りの自分が、ぼろぼろになりながら、次なるものを見つけようとしてあがいていた時代に書かれたのだった。

    3)二つ目の「スートラ」は、OSHOが肉体を離れたあと、当時京都に住んでいた文殊正規氏(スワミ・アナンド・モンジュ)に乞われて彼が編集していた「TUKUYOMI」に二回に渡って寄稿したものである。1992年。私はすでに39歳になっていた。子供ふたりあり、生活に追われるような暮らしぶりではあったが、まだまだ志は高く持ち続けようとしていた。

    4)三つめは、奥さんが図書館勤務になったのをきっかけに始まった私の読書生活をパソコンで綴ったブログをまとめたものである。書かれたのは2005年から現在まで。すでに私は51歳になり、初老、晩年へと降り立つ年代だった。数千冊に及ぶ記述をまとめたものが「ダイジェスト」だが、61歳になる今も続いているので、未完の作品と言っていい。ライフワークと位置付けてもいいのである。

    5)時代的には「物語」>「スートラ」>「ダイジェスト」となり、前作を含むものとなっているので、「ダイジェスト」一作を読めばそれで終わりということになる。それはそれでいいのだが、これだけキーボードを叩いて来ても、まだ書き足りない部分も残っているから不思議なものである。

    6)なにかのおりに関連付けてメモしておこうという記事もいくつかあるのだが、それはいつのことになるか分からないし、それをメモする前に私の人生も終わってしまうかもしれないので、このあたりで、前三作を補完する形で、あるいはダイジェスト版をさらに俯瞰する形で、断片的ではあるが、その時その時湧いてきた記事をメモしておくことにする。

    7)思えば、前三作には、それぞれ前駆的な他人の文章が隠されている。「物語」は冬崎流峰氏の桝井論平氏との共著「ぼくは深夜を解放する」、「スートラ」はモンジュ氏翻訳のOSHO「未知への扉」、「ダイジェスト」は大ヒット作の梅田望夫氏の「ウェブ進化論」。それぞれの先駆的な人々の仕事にインスパイアされながら、私の文章が残されてきたとも言える。

    8)さて、これから始めるわが「述懐」だが、前三作ほどには前駆的な他人の仕事には影響されていない。敢えていうなら自発的であり、自動的である。確かに、ネット上における槇田但人氏(きこり)の仕事にインスパイアされている部分もある。それでもそれは間接的であり、並列的である。

    9)最近では、浜田光氏(あぱっち)の「名前のない新聞」に寄稿した「70年代のスピリチュアル」 がひとつのきっかけを作ってくれていると思うが、どうもあの文章では書き足らないことが多すぎる。補完の補完、何かの予兆ぐらいにしかならなかった。

    10)さて諸君(と、存在もしそうもない読者を想定して、自分を鼓舞する)。これから始まるのは、たわいもない戯言の羅列である。おそらく諸君は最初、脈絡をつかみかねるだろう。部分的な出来事に好奇な関心を持つことがあるかもしれないが、ひとまとまりの論理性には辿り着かないだろう。それでいいのである。

    11)おそらく、それらが今まで論理性を持ち、脈絡を保っていたものであるならば、すでにしかるべき場所において表現されつくされているのだ。それらは形が多少変化されていようが、多少の誤解や曲解を含みながらも、すでに「終わって」いるのだ。

    12)ところが、これから始まる、物語、スートラ、ダイジェスト、は、それらからこぼれてしまった「余談」である。組み込み用のない「ゴミ」である。廃材であり、廃棄処理されるのを待つばかりの半端な記事である。それらを、ここにランダムに記事として記述しておこうというのである。それらのなかになにかひとまとまりのストーリーや論理を見つけることができないのは当然のことである。

    13)それでもなお言おう、諸君は、これらの半端なゴミを繋げてみる時、そこに作られる沿革から、表現されていない空白の地帯を発見するだろう。その空白を記述するために、この述懐は始まる。

    <2>につづく

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    2016/02/01

    「わがボタニカルライフ」<24>ボタニカル風景

    <23>からつづく

    「わがボタニカルライフ」

    <24>ボタニカル風景

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     どうも、こうも寒いと、部屋の中で、じっとこもっていることが多くなる。

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     明かりもつけずに外の風景を窓越しにみたりする。

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     水やりも何も、いい加減になっているのだが、ふと気が付くと、植物たちがしっかりと存在している。

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     わずかな光を求めて、首をのばす。

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     いのちとは不思議なものである。

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     美しさは、決して固定されているものではなく、いつも動いている。

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     ふと、気が付けば、窓辺で、チューリップが芽を出していた。

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     冬来たりなば、春遠からじ。

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    <25>につづく

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