「10年間で読んだ本ベスト10」<7>あんな本、こんな本
<7>あんな本、こんな本 目次
1)さて、そろそろ、読書ブログらしく、あれこれ、本のことを考えてみる。まずはベスト10リストを作成するとしたら、当ブログの場合は、まずは「ウェブ進化論」(ちくま新書 2006/02)からスタートしたので、この本を上げざるを得ないだろう。
2)本当はその前に先行するところのアルビン・トフラーの「第三の波」(1980/10 日本放送協会出版局)を上げないわけにはいかないし、その他いろいろある。だけど類書を上げ続けたら、あっという間に10冊を超えていく。ここは、まずは「ウェブ進化論」をマークする。
3)当ブログをちょうど10年とした場合、偶然にも、その中間に東北大震災3・11が存在する。3・11以前と3・11以後、と分けることができる。その中間の3・11に属する本も数多い。しかし、私としては、たったひとつ象徴的に提出しておくとしたら、「仙台平野の歴史津波―巨大津波が仙台平野を襲う!」(飯沼勇義1995/09 宝文堂)しかない。
4)勝手に飯沼史観と名付けて、氏のけっして多くない著書を愛読している。できれば全部リストアップしたいが、こちらも、全部あげたら、ベスト10はそれで埋まってしまう。こちらも、象徴として、この一冊に絞っておく。
5)同じような意味において、私はOSHOサニヤシンなので、こちらもリストアップしたい本は山ほどある。あれもこれも、全部だ。しかし、読書ブログとして当ブログが一番読み込んだのは「私が愛した本」(OEJ 1992/12)だったから、まずはこの本、ということになる。
6)それと、ゲーリー・スナイダーや山尾三省をはずすわけにはいかない。この二人は友人関係でもあるし、共著もある。「聖なる地球のつどいかな」(1998/07 山と溪谷社)。この本をはずすわけにはいかないし、ある意味、この本をあげることによって、ある範囲のことを象徴させることができる。
7)さぁ、これですでに4冊。
8)スタートで一冊、中間で一冊。3・11以前で一冊、3・11以後で一冊。それでは、このブログは、一体、どんな本をゴールとしたのであろう。
9)ここがなんとも悩ましい。
10)当ブログがスタートして10年目だった、そして3・11後、5年が経過した今年2016年3月に、私が熱中していたのは、廃材で五重塔40分の1の模型を製作することだった。
11)あるいは、樹齢1300有余年のカヤの木の間伐材で薬師瑠璃光如来を彫ることだった。
12)その時、走っていたカテゴリは、ムーミン谷の住人、じゃこうねずみの愛読書「すべてがムダであることについて」であった。もちろん、この本は架空の一冊であるが、どうやらドイツの哲学者の本がモデルになっているらしいが、当ブログとしては未読である。
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