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2016/05/31

「仙台平野の歴史津波」飯沼勇義 <9>

<8>よりつづく

Hukkoku
「仙台平野の歴史津波」 巨大津波が仙台平野を襲う!<9> 
飯沼 勇義 (著) 復刻版 2011/09 本田印刷出版部 単行本 p234

1)今回またこの書を開いたのは、中国地方に住む古い友人の、、初めての東北旅行に際し、私からの率直な参考意見としての資料として、果たして妥当かどうか、ということを判断するためであった。

2)あらためて通読してみて、実にまだまだ見落としていたり、曲解、誤解していることがたくさんあることに、我ながら実に驚いた。ある意味、それは当たり前のことである。通常の単行本の形を取りながら、この本には、著者が生涯をかけて研究しつくした成果が、凝縮されつくして詰め込まれているからである。まだまだ理解不足であることを、決して恥ずるまい。

3)読めば読むほど味わい深い一冊である。

4)私が今後、この地に生きていく限り、何度も何度もひも解く一冊であろう。そして、もしわが子々孫々がこの地に生きていくならば、自らの血脈として、バイオリージョンとして、家宝として本書を愛し続けることを願う。

5)さればとて、還暦過ぎて初めてこの東北の地に足を運び、特にこの地を限定的に調査しようという訳でもないわが旧友において、この本はどんな評価を受けることになるだろうか。

6)地震、津波、3・11東日本大震災に、深い悲しみを持つ友人ゆえ、そこから派生する東海トラフや南海トラフとの連動などにも強い関心をもっている。そのような観点からすれば、この「予言の書」が必ずしも一人の人間の思い付きではなく、多くの研究家たちの断片的な成果を踏まえたうえで、なお総合的に俯瞰した場合、当然近未来におこるべきであろう大災害の実体がマジマジと見えたのだ、という結論に気づくだろう。

7)いままで何回もひも解きながら、まったくひっかからずに読み飛ばしていた部分のひとつに、こんな箇所がある。

8)私たちの健康のことだって、同じだと思う。いつかは、老いたからだになる。否、若くとも、老いても病といつも同居している。病気になったら病気と仲よしにならないと健康にならないといいます。

 健康になるには病気を知るということで、自分自身、健康にもどるにはどうするか。自分自身の悟りであり、他の助力(医師)を仰ぐ。佛教上で言えば、自力本願と他力本願ということだろうか・・・・。p108「津波伝説がつくられる諸条件」

9)あるいは、ごく最近、友人と訪ねた奥州雄島の雲居禅師の把不住軒だったが、この禅師に関わる記述も実はあったのである。

10)この開墾作業は、寺が主体となって開発した土地で、明暦年中(1655~57)松島・瑞巌寺住職、雲居禅師によって、慶長十六年の津波によって荒地になったところを起返開墾された地域を見立開墾されたところであります。p146「寺受新田うぐい田の開発」

11)そして、結句の結句となるべき部分は「あとがき」にあった。

12)大塚先生からは、要約すると、歴史研究家としてのあり方は、人間は人間らしく生きなければならないという、原点に立った人間の生き方を教えていただきました。p234「あとがき」

13)1930年生まれの著者、1995年、65歳時における述懐である。

14)まさに、わがバイオリージョン。地球環境を考える上で、自分が今生ここにある意義を問いかけてくる、重要な一冊である。

つづく

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