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2016/05/22

「Googleが仕掛けた罠」 杉浦隆幸

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「Googleが仕掛けた罠」
杉浦 隆幸(著) 2016/04 小学館 単行本: 222ページ
No.3700★★★★☆

1)当ブログが「ダダ漏れ民主主義」メディア強者になる!(日垣 隆 2010/05 講談社)で、「ダダ漏れ」という単語を知ってからすでに6年の時間が経過している。その後、岡嶋裕史「個人情報ダダ漏れです! 」(2013/09 光文社新社)という本が出たりしているから、すでにこの単語は当たり前の言葉になっているのだろう。

2)言葉だけではなく、これらの実体がすでに一部の人々の「裏話」としてではなく、広く「在り得る話」として認知されているに違いない。

3)この本、規格の立ち上げの当初はまったく別のタイトルを想定していました。p220 「おわりに」

4)だろうと思う。ここに書かれている世界は、決して、どこかの会社一社が仕掛けた罠ではなく、むしろ必然的に進んでくる道のりであったのである。グーグル・ストリートビューの車は、通りの写真を撮っているだけじゃなく、他の作業もしているという。

5)単に通りの様子を撮影しているだけではありません。通りから受信できる無線LANの電波をキャッチし、その発信元である無線LANの「アクセスポイント」の端末情報をもあわせて取得しているのです。

 そして無線LANの受信強度と観測位置から無線LANの基地局の位置を推定しているのです。p45「あなたの情報はこんなに漏れている」

6)googleがここまで収集しているということをこの本で初めて知ったが、これはドシロートの私などが考えても、あり得る話だなぁと思ってしまう。実際に、自分のほんの初期的な機器で似たようなことができるわけだし、また、それが当たり前の時代になっている、ということは認知しておかなければならない。それを「漏れている」とだけネガティブ認知だけしていて、いいのだろうか。

7)かつての「テクノストレス」以来、パソコンを中心としたIT社会をネガティブにとらえようとする潮流は常にあった。そして、この「ダダ漏れ」についても、警鐘を鳴らす声明はたくさんあるので、あえて、今回、当ブログはここでその論旨には迎合すまい。

8)むしろ、パーソナル・コンピューター(PC)→ソーシャル・ネットワーク(SNS)→の次に来るものとして、当ブログとしてはグローバル・コンシャス(GC)時代の到来を想定しているのだが、その潮流にあっては、むしろ当たり前の技術利用のなのではないか、とさえ思われる。

9)スーパーコンピュータ、人工知能、ユビキタス、ビッグデータ、と来ている時代、もはやすでにグローバル・コンシャス時代に突入しているのではないか、と思われる節が相当にある。

10)「シンギュラリティ」という単語に出会い、探ってみると、当時としては「シンギュラリティ・スカイ」(チャールズ・ストロス 金子浩・訳 2006/6 早川書房)というSFが一個手に入る程度の時代だったのは10年前のことだ。

11)「シンギュラリティ」や「シンギュラリタリアン」などと言ったカテゴリ名でリサーチを続けている時代には、あまり芳しい成果はみつからなかった。ずっとずっと未来のことだ、と思えていた。

12)しかし、ここに来て、それは俄かに現実化の可能性が増しているのではないだろうか。「日経コンピュータ」が「シンギュラリティ前夜--AIと共に歩む人類--」(2015/12/01号)を特集したのは、わずか半年前のことだ。他にも、シンギュラリティを冠する本は続々登場し始めている。

13)さまざまな角度からの批判や脆弱性を抱えながらも、私にもこの「シンギュラリティ前夜」はすでに到来していると感じられる。まさに未知との遭遇だ。ここからがいよいよ本番であろう。

14)おそらく、シンギュラリティは、ほとんど「グローバル・ブレインの完成」と同義に扱われるだろう。最初の突入から、それが当たり前になる時代までは、おそらく数年から数十年はかかる。しかし、それは間違いなく到来する。

15)コンピュータが一部の専門研究家だけのものだった時代から、個人所有の夢を追ってPCが開発されるまで約2~30年かかっている。そしてようやく見えた可能性でも、たんに「オタク」たちの玩具であろう、と見られていた時代も相当に長かった。だがしかし、コンピュータ開発から7~80年して、いまやPCを含むIT技術なしには世界は動かない時代となった。

16)すでに実体化しているシンギュラリティも、事実として眼前に登場するまではやや時間がかかるだろうし、地球に生きる人類の誰もが、事実として認めざるを得ない時代までは、まだまだ歴史的プロセスが必要であろう。しかし、それは確実に来る。すでにタイムテーブルの予定表に載った。

17)そして、当ブログは、そこからポスト・シンギュラリティで起こるであろう事象にこそ関心がある。ポスト・シンギュラリティこそ、グローバル・コンシャスへと突き進んでいくだろう。その時代、すでに80歳代になった私たちの世代は生き残りは少なくなるだろうし、社会に対する影響力もなくなるし、大体に活動量もまったくなくなってしまうだろう。

18)その時代は、次世代、次々世代に受けつがれていくだろう。

19)そういう時代に向けての試金石として、本書で書かれているマイナス面は、どうしても避けて通れない否定的要素である。個人的に、情報のダダ漏れは大いに困る。やめて貰いたいし、常に留意していたいことである。

20)例えば最初LINEに手をつけたのは2012年後半だったと思うが、この時点で、すでに私の断片的情報はすでに他者によって流出しており、網がかけられていることを知った時は、本当に驚愕した。私は今でも登録はしているが断片的なものに留め、活用はしていない。少なくとも還暦過ぎた私向きではない。

21)今をときめくフェイスブックだが、これもまた、はっきり言って眉つばの面が多いので、その利用の軸足をそちらに移すつもりはない。多くの友人たちと同様、経歴やリアル情報の提示はごくごく限定的なものに留めている。リアルに繋がっている友人たちであれば、ニックネームでも、経歴不明でも、実際は足りているのである。

22)そもそも私はキャッシュカードの類もほとんど使わない。みんなニコニコ現金払いである。ポケットに現金がないから、使い過ぎ、という弊害も起こらない。借り過ぎ、なんてことも毛頭おこらない。

23)GPSの位置情報、という奴もあまり好きではない。車に単独で後付けでつけた型落ちナビで十分足りているし、私の車の行動履歴が補足されるという危険性は極めてすくない。だからパソコンやスマホにおける位置情報設定は常に切ってあることが多い。

24)しかしながらである。これは還暦男の偏屈な嗜好性でしかない。少なくとも世のなかが、個々のデータをビッグデータとして検知するシステムを作り上げ、それをスーパーコンピュータで処理し、そこから瞬時にして結果や対策を円算するシステムを作り上げつつあるとするならば、私は敢えて、そこで「ストップ!」と大声を上げる気はない。

25)それらは活用の仕方においては、大きなメリットを生み出す可能性がある。いまはいかにマーケティングに利用できるかなどの狭い方法しか考えられていないが、いずれ、たとえば政治的指向性や決断に、これらのシンギュラリティ・システムが有効活用される時代がくるだろう。

26)そこに人間らしいエラーとか悪意、失敗も、絡んでくるに違いない。避けてはとおれない危険ゾーンではあるが、しかし、技術開発、科学の進化はとまらないであろう。あえて目を伏せて、おれはやっぱりアナログ人間だぁ、などとひとりごちるだけではなく、積極的に、これらの事象にも目を配っておくことも必要だろう。

27)そして、これらの道具を使いこなした上で、さらなるポスト・シンギュラリティである、グローバル・コンシャスへの道をも、しかと見届ける必要がある。

28)さらには、今夜、ここで明確にしておかなければならないことは、グローバル・コンシャスネスにも、さらに次のステップがあるのだ、ということだ。それはコズミック・エタニティだ。宇宙的永遠性に向かって、人類は進む。進まざるを得ないのだ。

29)その過程においての、いわゆる「ダダ漏れ」状態は、脆弱性、危険性、悪意性だけに留めておくのではなく、可能性、友好性、発展性へとつなげていくことを考えるべきなのだ。このプロセスはそんな遠くの話ではない。すでに始まっているかもしれない。ごくごく今日的、日常的、コモンセンスとしての課題となっているはずである。

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