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2016/06/25

「ネパール巡礼日記」インド・ネパール巡礼日記2 (山尾三省ライブラリー)山尾 三省(著) 渡辺眸(写真)<3>

<2>からつづく 

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「ネパール巡礼日記」インド・ネパール巡礼日記2 (山尾三省ライブラリー)<3>
山尾 三省(著) 渡辺眸(写真) 2012/4 野草社・新泉社 単行本: 500ページ 渡辺眸関連リスト
No.3734★★★★★

1)こちらの二冊組の本は、手にとったまままだ未読なのだが、なかなか読むチャンスに恵まれていない。今回は、写真家・渡辺眸おっかけの中でまたこの本を手にすることになった。

2)山尾三省については、3・11後にゲーリー・スナイダーつながりで、「全作品」を再読することとなった。ほとんど2011年中に再読し終ったあとに、この二冊の本はやってきた。しかし、書かれた月日としては、むしろそのリストの最も前にやって来るべき一冊であったのである。

3)私にとって、この二冊本を読むということは、山尾三省のアルファ&オメガの円環をあらわし、再々読をスタートすることを意味するのである。

4)そしてしかも、この日記集は、そもそも出版を意図したり、何か他の印刷物にすでに発表されたものではないので、ほとんどオリジナルな文章で、しかも分量や内容に歯止めがない。縦横に三省ワールドがひろがっている。

5)このコテコテの三省ワールドを、その章建てのカバー写真でしっかり支えているのが渡辺眸のヒトミである。三省の文章に挟まれて彼女の写真が10数枚、ほっとするオアシス的なタイミングで登場する。

6)三省は、カメラや三脚や交換レンズを抱えて旅をしただろうか。おそらくそうではないだろう。では、われらがカメラウーマンは、三省のような「しっかり」とした日記を書いていただろうか。おそらく、こちらも違うのではないだろうか。

7)いくらインドやネパールを旅したからと言って、カメラウーマンマインドがなければ、これほどシャッターを押すことはできないだろうし、詩人もまた、その魂を強く強く意識しなければ、これほどの文章を(日記という形にせよ)残すことは不可能でああろう。

8)三省という、「家族連れ」インドの旅がなければ、それから10年後とはいえ、私たち一家も、家族連れでインドに滞在しようとは思わなかっただろう。

9)向こうは5人家族、こちらは4人家族、向こうは1年間、こちらは4ヵ月、向こうは旅から旅への巡礼の旅、こちらはデカン高原プーナでの受講という目的、などなど、さまざまな違いがあれど、少なくとも私には三省のような文章を残すことはできなかった。質的にも、量的にも、あまりにも膨大である。

10)この稀代の詩人と、稀代のカメラウーマンのコラボレーションの成果のひとつが、この二冊組の本である。

11)この本、あまりに分厚い。今回あらためてパラパラめくっていたが、それだけでも1時間が過ぎてもめくることさえ終わらなかった。いずれ精読するチャンスがくるだろう。巻末の宮内某の長文の解説にも、いずれキックを入れたい。

12)ポンは三省を「三省教」と揶揄していたが、三省はポンについてほとんど書いていない。そう長いこと思っていたが、この本にはたくさんポンが登場する。そもそもの三省VSポン(山田塊也)について知りたければ、この本を使えばだいぶ分かるかもしれない。

13)この本に収録されている、われらがカメラウーマンのヒトミがとらえた風景は、おそらく「天竺」「西方神話」「猿年紀」などの写真集から抽出されたものであろう。どの写真がどの写真集にあるか。あるいはどの時期か、など、あとあとチェックする楽しみもある。

<4>につづく

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