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2016/06/24

ガリ版ミニコミ雑誌『時空間』12 <3>まがじん雑学「存在の詩」

<2>よりつづく

Jk12「時空間」12号 <3>
雀の森の住人たち 1975/11 ガリ版ミニコミ 104P

1)このところ古い友人たちと会話していて、これまた古い話題に集中した。そんな中、私の中では、OSHOを日本で紹介した文章としては、割と早目に属すると思う、わがミニコミ「時空間」12号を思い出した。(本心は、もっとも早いうちの一冊なのでは、と自負するw)

2)この1975年に日本で発行された「存在の詩」(1975/08 アッシーシ・ラジネーシ瞑想センター 編集スワミ・プレム・プラブッダ)については、すでに当ブログにおいて、全頁、転写させていただいている。

3)そもそも、青春時代の1頁であった、この雑誌12号のことは、書いた私本人が長い間忘れていて、ごく最近二三年前になってようやく思い出したような、実に不確かなものとなっていた。21歳当時に書いたもので、拙い文章ではあるが、個人的には大事な1頁である。

4)現在あらためてめくってみて、ナニはともあれ、あれから40年が経過して、はてさて、お前の人生、どうだったかね、と問われた場合、なるほど、ここにこの一冊が存在していたなぁ、ということで、すでに掲載済みの文章ではあるが、記念碑的に再掲しておく。

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「存在の詩」

 数年来、ぼくらの友達の中からインドに渡って様々な体験をして来たり、人生上の価値観についていささかの転換をし始めた人達が増えて来たが、その人数に比較して、それらの本質を説得力を持って書かれたものはそれ程多くはない。

 瞑想とかトリップについて、グルとかパイロットとか言われるものとの出会いは大切であるし、また貴重な体験であると思われる。そんな意味でみんなに紹介しておきたいのが「存在の詩(うた)」というかなり吟味された雑誌だ。

 オフセット印刷B5版70頁の誌面は、然(ぜん)が昨年12月から5ヶ月間そのもとで暮らしたインド・プーナに住むバグワン・シュリ・ラジネーシというグルとの出会いとその講義、あるいは講義によく引かれる処のチベット仏教タントラの始祖ティロパの詩などに大半を費やされている。

 ラジネーシの説く処の深淵な内容に比して平易な文体で綴られているのでとても分り易い。また動的瞑想法とかクンダリーニ瞑想法と言った特色ある興味深いことどもについても紹介されている。この8月に創刊されて現在2号目であり、これからは月刊ペースで進めるそうで、そのエネルギーに期待されている。

 然(ぜん)とはぼくはまだ一回しか会ったことがないのだけれども、3・4年前にぼくが日本一周トリップをした時の途中だった。当時、彼らは熊本の花園神社(だったと思う)の境内の中で、神にささげる食事という意味の「神饌堂(しんせんどう)」という自然食堂を中心にコレクティブ「虹のブランコ族」を組んでいた。

 ラビシャンカールが流れ香が焚き込まれた床の間にカラスがちょこねんと座っていると云う落ちついたムードも良かったが、そこを目指して階段を登っていく時、目的のいささか古びた二階屋の雨戸に大きな白文字で書かれた”LOVE”が輝いていたのが、印象的だった。

 ここ二・三年ちょっとニュースが途絶えていたのだけれども、また出会えてうれしい。p98「まがじん雑学連載第12回 雑誌らんだむ 阿部清孝」Jk1202_2

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コメント

結局、私は若い時から、書評的なことをしていたんだな。好きだったのだろう。思えば、ニュートンたちと中一時代に作った「ボーイズ・ファイター」肉筆誌においても、実は私は同じようなことをしていたことを思い出した。w

投稿: Bhavesh | 2018/07/27 11:05

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