「NO NUKES ONE LOVE」いのちの祭り’88 Jamming book <2>


「NO NUKES ONE LOVE」―いのちの祭り’88Jamming book <2>
ONE LOVE Jamming(著) 1990/07 プラサード書店 星雲社 単行本: 173ページ 渡辺眸関連リスト
★★★★★
1)88年8月に八ヶ岳で行なわれたこのイベントを知っている人も多いが、知らない人も多い。今だに語られるその伝説の祭りを一冊にまとめた本。ほとんど写真集と言ってもいい。これをまとめたのがプラサード書店主キコリであり、写真を提供した人々は10人にも及ぶ。
2)その中に、写真家・渡辺眸の名前も見える。しかし、一冊の出版物になっているので、どの写真が誰の作品なのかキャプションがひとつひとつついているわけではない。だから、これがあの彼女のヒトミに写った映像なのだ、とは言えない。
3)それでもやはり、この時、この場所に、彼女がカメラを携えて参加していた、という圧倒的な事実は残る。
4)このお祭りは前年から、だいぶ大きなプロジェクトとしてその計画が伝わってきていた。私も参加の準備をしていた。しかし、出発当日になって、車が故障した。家族全員でワンボックスのワゴン車でと思っていた私は出鼻をくじかれ、結局は参加しなかった。
5)だが、正直言えば、私は参加するかどうか、悩んでいた。本当に、心から参加したいのかどうか、そこんとこが、私には分からなくなっていた。
6)前年私たち家族は4ヵ月ほどインドに滞在しており、ほとんど手持ち資金を使いはたしていた。新たなる収入源を模索しながら、それでもまだまだ新しいスタートを切れていなかった。そして、大きくいえば、サニヤス・ムーブメントと、いわゆる日本のカウンター・カルチャーとのあいだに存在する、ちょっとしたギャップに、私はかなり煩わされていた。
7)1988年8月は、Oshoのニュースが後のシャルノとなる石田女史へと伝わったタイミングである。あとあと、この時期については歴史家が考察するだろう。もちろん、私の知る限り、かなり多くのサニヤシンもこのイベントに積極的に個人として参加している。
8)2015~6年において、国会前のシールズなどの活動を中心としたいわゆるカウンターカルチャルな動きに対して、私はそのマルチな活動を、一括してマルチチュードというネグリ&ハートの概念で包んで理解している。
9)そのマルチチュード達の動きと、私自身の本来求めている精神世界がどのように関わるのかのテーマは、実は、この88年8月のイベントから現在まで、ずっと続いている。
10)そのような葛藤の中、新宿、東大全共闘、インド、Osho、反原発、カウンターカルチャー、身障者、など、多くの時代のシーンとあり続けてきたこのカメラウーマンは、どのように考え、どのように生きてきたのか、今さらに、知りたいな、と思い始めた。
11)少なくとも、多面的な活動を多くの仲間たちと共有してきた同時代の写真家として、この写真集にも名前を記していることを、ここにも再度記しておきたい。
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