さとりサマディにて<4>風景その1
さとりサーマディにて
<4>風景その1 目次
1)朝、一日のスケジュールを考えている時は、ホーム訪問の予定は、キチンと覚えているのだが、午後になる頃には、ちょっとうやむやになっていて、新しく飛び込んできた要件に振り回されていることが多い。
2)午後の入浴が終わって簡単なリハビリのあと、そして、夕飯準備で食堂に車いすで移動していく前、この1~2時間が訪問のタイミングである。そうしなければいけない、ということではないのだが、自然とそういうスケジュールになった。
3)用件は、週二回の入浴後にでた洗濯物を早く回収し、新しく自宅から持参したものと交換することだけである。用事をすますだけなら、1分でも十分だろう。
4)しかし、そこまでの往復の時間、建物に入ってエレベータに入って、ナースステーションに声をかけて、となると、そうそう簡単な作業ではない。
5)トントン、と扉をノックはするが、耳が遠くなっている彼女はそれだけで気づくことはない。目もほぼ失明しているので、電気もついていない。まず蛍光灯のスイッチを入れる。北側だが広い窓がついている。カーテンをあけて、二重窓の内側をあける。見晴らしがよく、いい部屋だなぁ、と思う。
6)彼女はそのころになると、風の動きや小さな物音を感づいて、誰かが入ってきたことには気づく。その前に、声をかける。「こんにちは」。声の感じで、その声の持ち主が誰かはすぐわかる。看護スタッフなのか、家族なのか、親戚なのか。その名前を言って確認する。
7)大体はベットに横になっているが、時には半身を起こして静かに座っている。場合によっては、部屋が空っぽの時もあるが、それはスタッフにクルマ椅子に乗せられてトイレに行っている時なので、数分から10分程度待っていれば戻ってくる。
8)一人部屋のホームとは言え、一日のスケジュールは結構多い。三食、入浴、リハビリ、訪問医療、散髪、同じ建物の中でのディサービス。だが、彼女は、耳も目も不自由なので、テレビは見ない。そもそもその操作が自分でできない。
9)自宅で看護ベットに横になっている時は、日がな一日、大きなボリュームでラジオを流し続けていた。だから世の中のニュースには明るい。次々と新しいカタカナ用語を覚え、それを質問して家族を困らす。なかなか返答に苦慮する質問も多いのだ。
10)だが、病院では隣室やスタッフなどを気にしてラジオをつけたことはない。部屋には備えつけているので、イヤフォンを使ったりして進めてみるのだが、いやだという。
11)したがって、彼女の一日の相当の時間は、もっぱら「黙想」に充てられることが多い。その分、かつての思い出などが何度も何度もリフレインするようである。その話は生い立ちに関することが多いので、ホームのスタッフに語っても、あまり意味がない。
12)だから、親戚や身内、特に家族が訪問した時などは、堰を切ったように、その「黙想」の間にたまったたくさんの資料が、突然に、大量に、流れだす。
13)往復に時間がかかったり、洗濯物を交換することなど、それほど大きな問題ではない。訪問する家族にとっては、この堰を切って飛び出してくる「お話」に、いかに対応するかが、目下の、一番の大事業なのである。
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