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2016/12/22

国際シンポジウム「スピリット・オブ・プレイス仙台」 「報告書」<5>

 

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SPIRIT OF PLACE SENDAI いのちのつながり、場の響きあい 
国際シンポジウム「スピリット・オブ・プレイス仙台」報告書<5>
1991/11/25~11/27 仙台国際センター

1)最近、なぜか当ブログのこの記事にアクセス数が急増しているなぁ、とは気づいていたのだが・・・・・・。

2)本日、年末年始に向けて、ボサボサに伸びてしまったわが頭髪を散髪しようと行きつけの床屋に行ったところ、同じように考えている人々が多いらしく、長い行列ができていた。しかたがないので、何気なく手元の新聞に手を出して、この記事を見つけた。

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3)なんと痛ましい、菅野忠昭理事長の死亡広告だった。なんということだろう。偶然とは言え、この記事に呼ばれて床屋にいったかのようであった。葬儀委員長は愛知治郎氏となっている。

4)私よりは4学年下ではあるが、親しい友人の同輩であり、誕生日を迎えているとすれば59歳、享年60歳の人生であった。

5)私がお会いしたのは、すでに四半世紀前のことだから、まだお互い青年に部類する時代のことで、彼もまた30代なかばであった。若い時分から要職を務められ、どのような人生を送られたのだろうと、そのご苦労も察せられた。

6)SPSの準備に四苦八苦していた時、深夜に作業がおよび、スタッフみんなにピザをごちそうしてくれたこと。ご自身の生い立ちを、それとなくゆっくり話してくれたこと、物事をゆっくり聞き、スタッフを信頼し、幅広い意見を受け入れるお人柄に敬服したのだった。

7)ある時、多忙期にもかかわらず連絡がとれなくなった時があった。その時、当時はまだ名前さえ知る人の少なかったブータン王国に旅していたとのことだったが、実にセンシティブで、身の軽い方とお察ししていた。

8)あの後、深夜にそっと電話をいただいたこともあった。それにしてもちょっと早すぎる。思えばSPSの中心位置を占めていた加藤哲夫氏も3・11震災後の直後に61歳で早逝されてしまった。まことに惜しいことである。

9)私が若い時分に、禅の道へと道びいてくれた祖父は、人生で最も大事なことは自未得度先度他の心だ、と教えてくれた。自分が渡る先に、まず他人を渡しなさい、という菩薩道の極意とはいえ、こういう変則的な形で、最近、あまりに多くの友人たちを送ってやることになってしまっている。

10)あの企画、私なりに志を持って参加していっただけに、いまだもってその成り行きに意見があることは確かである。いつか当時のスタッフで、楽しく昔を振り返る形で話し合ってみるのもいいかなぁ、と、この記事を連載してきたが、その可能性も、菅野理事長の逝去で、一気にしぼんでしまった形だ。

11)この記事を思いながら、深夜に目がさめた。なにげにタブレットをいじっていたら、河島英五の動画に突き当たった。しばらくあちこち唄を聞いているうちに、結局、私は、彼にこの唄をささげたいと思った。


12)衷心よりご冥福をお祈りいたします。  合掌

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コメント

この記事にアクセスが集まるのは、SPSについて関心があるからか。それとも、菅野氏の情報についてなのか。この話題にこだわっているのは、まぁ、日本広しといえども、おそらく当ブログが最右翼だろう。もうちょっと深めたかったが、いまのところ力量不足。菅野氏も、加藤哲夫氏もない今、なにはともあれ、こういう形で記録だけは残しておこう。そのうち、誰かが、発掘して、より深めてくれるかも。

投稿: Bhavesh | 2018/09/01 22:00

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