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2016/12/02

OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 OSHO <C002>

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「Mindfulness in the Modern World」 How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <C002>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials) 
★   本文目次
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 今年のカレンダーも残すところ一枚になった。
 このタイミングで、またひとり、古い友人がなくなった。
 友人といっても、年齢は一回り年上の方である。
 出会いから、それぞれのエピソードを語り始めればきりがない。本当にエピソードの多い友人であった。
 一番の思い出は、1975年にミルキーウェイ星の遊行群の旅に合わせて、鹿児島まで二人でヒッチハイクしたことであろうか。
 当時はやっていた漫画で梶原一騎原作の「愛と誠」というのがあった。私をあの主人公の誠に重ねるとすると、彼は、まるで蔵王権太のようなキャラクターであった。
 雨の降る中、真夜中の街道筋を歩き、疲れれば、二人して親指を上げ、ヒッチハイクをした。
 気のいい長距離トラックの運ちゃんに乗せてもらって、ホッとして、ついつい二人してトラックの助手席で眠りこんでしまったこともあった。
 そもそも彼もまた長距離トラックのドライバーだった。また別な友人が彼のトラックに乗せてもらったことが縁で、彼は仙台に転居してきて、私たちのコミュニティに参加することになった。
 彼のキャラクターは、年齢層もあり、実にユニークなものだった。
 大学時代は応援団の団長でもあり、山本晋也映画監督の後輩である、というのも、彼の持ちネタの一つであった。
 60年安保の時は、羽田空港で、アイゼンハワーを護った、というのも自慢話の一つでなかっただろうか。
 甥っ子の結婚式にでたら、その時のプレゼンとかナニかはスーパーカーのフェラーリだったよ、とサラリと言っていた。
 ああ、またまた始まったよ、と、話の大きな彼の話を聞いてはいたが、後年、その甥っ子とは、あの飛ぶ鳥を落とす勢いのF1レーサーであったことを知った時は、本当に驚いた。
 我が家の愚息が小学生になり、PTA主催のミニ四駆大会をやった時には、賞品としてそのレーサーからサイン色紙を10枚ももらってくれた。
 そのおかげで、私は子供たちの人気者になってしまった。
 いやはや、本当にありがとう。
 12歳年上の彼はまた、私達より早く家庭を持ったし、仕事も一生懸命やった。子育てをし、そして、仕事中、事故にあい、体調も崩した。
 仕事については、年配だけあって、いろいろと教えてくれた。
 あんなことも、こんなことも、真面目なことも、いたずらなことも、とにかくひとつひとつ楽しんでやっていた人だった。
 とにかくスケールのずば抜けて大きい人だった。エピソードには事欠かない。
 彼の死を機会に、また私は、49日間の瞑想に入った。
 心よりご冥福を祈ります。
 合掌

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