« 「48歳からのウィンドウズ10入門」<11> | トップページ | 「把不住述懐」<2>目次 »

2017/01/07

「把不住述懐」<1>

「把不住述懐」

<1>はじめに        目次

1)年の初めに、当ブログ「ダイジェスト版」に目を通してみた。相変わらずあちこちに誤字脱字が散見されたものの、これまで見つけ次第訂正してきているので、だいぶ減ってきた。通読して、後半部分は内容が薄くなってしまっているが、それでもダイジェスト版としてはまだまだ今後も機能してくれそうである。

2)しかしながら、ダイジェスト版をまとめたのは、当ブログがスタートして5年目、タイミングとして3・11震災をひとつの契機として振り返ってみようというのが、大きなきっかけだった。あれからさらに5年が経過して、その後に付け加え続けている後半部分については、論点がやや呆けてしまっているのも事実である。

3)また、当ブログの書き手として、ブログ全体を大きくフォーカスして見ることもできるようになった。スタートから5年目のまとめはそれはそれでいいとして、現在の10年を経過した時点で、もう一度、内容的にまとめてみたらどうだろう。

4)ダイジェスト版は、カテゴリを時系列に短文で切り取ってきたが、エッセンス版では、むしろテーマ別に分けて見るのも悪くないのではないか。実は、そう思ってから数か月が過ぎてしまった。遅れてしまったのは、うまい表現形態を思いつかなかったからだ。

5)それでも今でもその思いは強いので、まずはタイトルだけでもスタートしてみようと思う。始めてしまえば、おのずとその形を現してくるだろう。テーマとしては、今のところ、科学、芸術、意識の三つに分ける。

6)科学は外側の世界である。コテコテの技術論に興味はあるが、非才なるわが身には理解不能な面が多々ある。コテコテ・ワールドに興味はあるよ、という姿勢を保ちながらも、とにかく当代のトップランナーたちに目をくばる、その程度に落ち着くだろう。

7)意識。これはもう、当ブログの目下の最大課題である。このために当ブログは存在しているようなものである。しかしながら、こちらもまた、多才なるわれ、と誇れるほどのものはない。古代からつづく先達をしのびながら、それでもなお、現代に生きるわれの目から見た、まとめなり、活用させていただいた部分のメモとなろう。

8)科学があり、意識がある。しかして、科学は有用なれど絶対ではない。意識は絶対なれど、表現不能。その橋をかけるのが、芸術である。文学、音楽、絵画、演劇、舞踏、造形、などなど芸術にもさまざまな分野があれど、当ブログの基本は追っかけは書籍追っかけの読書なので、文字表現が主となる。しかも小説やSFはざっくり避けている。ノンフィクションやジャーナリズム、エッセイや一部の研究書主なものとなるだろう。

9)エッセンス版と銘打つ限りは、本来は、科学、芸術、意識という三分割を終わりにして、乗り越えていこう、というのが本旨である。進化しつづける科学はさらに芸術的でなり、目指すは意識である。意識は科学の手に届かないところにありながら、科学では証明きれない「非」の部分にあるとすれば、意識はパラドックスとして科学に大いに依存しているところがある。芸術もまた、魂に響くような作品は、つねに科学に裏打ちされて、しかも意識に届いている。

10)エッセンス版。目指すは一つであり、その一つを乗り越えた地平である。そして、そこにあるのは、神羅万象が豊かにあふれかえっているであろう世界である。

<2>につづく

|

« 「48歳からのウィンドウズ10入門」<11> | トップページ | 「把不住述懐」<2>目次 »

08)Mindfulness in the Modern World」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「把不住述懐」<1>:

« 「48歳からのウィンドウズ10入門」<11> | トップページ | 「把不住述懐」<2>目次 »