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2017/01/02

「2001年宇宙の旅」 アーサー・C・クラーク <1>

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「2001年宇宙の旅」 <1>
アーサー・C・クラーク (著),    伊藤 典夫 (翻訳) 1977/05 早坂書房 ハヤカワ文庫SF) 文庫  p270
No.3856

 

1)ラジオドラマ「2001年宇宙の旅」 (しばがきけんじ:脚色.FM東京1978-06)の第5話を聞いて、改めてこの作品の意味が深まった気がした。

2)「何もなく、ただ何もないということを意識している意識だけがある。そして打ち消すことができない意識という現象こそ、自分の、あらゆる人々の、全生命の、宇宙の本質なのだ。宇宙はなにひとつ隠してはいなかった。われわれが必死になって目をつむっていただけだった。」第5話15分以降

3)はてさて、この文章は原文ではどうなっていただろう、と思って、わが書庫を探した。確か文庫本があったはずだ。さっそくでてきたのは、ハヤカワ文庫1977年版である。よく見ると、これは、石川裕人蔵書市で買い求めた100冊のうちの一冊だった。

4)彼は最後のページに「〇七七〇五二二〇 邑人」 と記していた。これは当時の彼の表記法であり、1977年5月22日の意味である。当時彼は「いしかわ邑人」というペンネームを使っていた。邑人と書いて、「ゆうじん」と読んだ。

5)当該の文章がどこにあるのか、ちょっと探しあぐねたが、おそらくそれは脚色の伊藤典夫の独創であるかもしれない。意味的は、そうであろうが。

6)ニュートンはこの長いSFの一か所だけ、カギかっこの書き込みをしていた。

7)ベルディの「レクイエム・ミサ」だった。空っぽの船内にいかにも似つかわしくなく不気味に響きわたる「怒りの日(デイエス・イレー)」は、彼を完全にうちのめした。審判の日のトランペットが天からこだましてきたときには、とうとう我慢できなくなった。

 それからは器楽曲しかかけなくなった。まずはロマン派作曲家からはじめ、彼らの感情のほとばしりにうんざりするまで聞いて、一人一人かたづけていった。シベリウス、チャイコフスキー、ベルリオーズは、数週間続いた。ベートーベンはもう少し長かった。そして最後に、彼は今までの多くの人々がそうしたように、ところどころモーツァルトの装飾を施した、バッハの抽象的建築のなかに安らぎの場を見出した。

 こうしてディスカバリー号は、ハープシコードの冷ややかな音楽 p210

8)文中の途中から始まり、文中の途中で終わった、ニュートンのマーキング。これは一体何を意味していたのだろうか。当時の私達といえば、23歳の若者。ただ彼は、洪洋社という演劇集団を立ち上げたものの、自主的な演劇空間の維持や、劇団のまとまりについて逡巡している時期だった。次なる公演に向けてシナリオをつくる材料を探していたのか。あるいは、自らの魂の癒しのために、これらの音楽に心を寄せていたのか。

9)私は私で印刷会社で働きながら、別の演劇集団「ひめんし劇場」のチラシを作り、劇団員の一人としてステージにあがる準備をしていた。

10)結局この年の秋、私はインドに渡り、翌年にプーナの映画館で、後に翻訳家として活躍するソパン氏と一緒に、この映画を見たのだった。英語版だったし、いっぱつ決めていたので、途中で、すっかり寝こけてしまった記憶がある。

11)今回、天井階の書庫を探した時には、このバージョンしかでてこなかったが、たしかもう一冊別な文庫もあったはずなので、後日、もっと探してみよう。

<2>につづく

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