「おおやまと」 2016/06 通算550号 冬崎流峰<2>
「おおやまと」 <2>
大倭出版局・大倭紫陽花邑 2016/6 通算550号 会報
★★★★★
1)久しぶりの彼の文章に立ち合い、感無量である。なに、彼としてはいろいろ表現し、発表もしていたことだろうが、私のほうとしては、ネットで検索する限り、なんの手がかりもなかった。自分で検索して、自分の書いたものしか引っかからないときの、脱力感は特別なものである。
2)今回、この文章にあたり、確かに分量は少なく、説明も不十分だが、彼の長い間の「休眠」を説明するには十分な意味のある一文であると、私には思える。
3)おおやまとの矢追日聖師については、経緯あって、「やわらぎの黙示」ことむけやはす 1 (1991/12 新泉社)と「ながそねの息吹 ことむけやはす2」(1996/09 野草社)に目を通させていただいた程度である。
4)伝聞に伺う程度で、何事も知らないのだが、イメージとしては、とにかく印刷所や農場を持った共同体を奈良地方に創立された方で、一種独特の霊的な能力を発揮されたのだ、と理解している。人脈的にも、時代的にも、規模的にも、私達のコミューン志向にはいつもお手本のように登場された方ではあるが、戦後の揺籃期という時代背景や、師独特のスピリチュアリティは、余人の及ぶものではなく、一種、ユニーク過ぎる存在として、私には見えてきた。
5)さて流峰と大倭だが、結局は、野草社の合宿セミナーなどのつながりで、いつかそのような集まりが会場となった大倭で深化していったものと理解する。
6)もとも私は、神様の世界とは縁遠い環境に育ち、極端に言えばそのようなことはすべて迷信であるみたいな意見を持った人間であったかと思う。それがまさに、定められた人生とでもいうのか、徐々に磨かれ変化していったように思われる個人史がある。上段 流峰
7)かれこれ40数年前に一緒にコミューン活動をしていた時に、私は私なりの求道心があり、それとなく彼と話していた時に、彼から勧められたのは「批判的主体の形成 キリスト教批判の現代的課題」(三一書房1971/08)だったことを思い出す。
8)今から30年程前になるだろうか、(中略)その頃から身の回りに起きるいろいろな事がご縁として繋がっていく。伊勢神宮に何回も行くことになったり、奈良の天河でたぶん初めての未知のエネルギー体験をしたり、そして戸隠の霊性に導かれていくのである。上段 流峰
10)これは1980年代のバブリーな時代の出来事を思い起こしているのだと思われる。彼はアジアの学生を日本に呼ぼうという財団の仕事に関わり、新しい人脈に触れ始まっていた。私は私で、1987年にインド・プーナからの帰国の際、彼と会って日本におけるOSHOマルチバーシティ活動を紹介し、助力をお願いした経緯がある。当時、伊勢をお互い訪ね、シャルノ女史やほかの仲間とつながりができていった。
11)当時、私はまだお会いしていない大中氏という人物がおり、私には謎のまま残っているのだが、今回、この「おおやまと」とともに贈本してもらった「現在の空間の世界」(末崎ふじみ 201/08 FSK研究所)には、その人物の思想哲学が大きく影響しているようで、当ブログとしてはまだ未読であるが、興味深く拝読することになるだろう。
12)千葉県にある麻賀多神社(天日津久神社)へもこのご縁(編注・にぎわい塾)もこの流れからで、たまたま息子の引っ越し先の近所だということで寄ってみたらあらま、何かが私に降りてきて、私はわぁわぁ泣いているのだった。ここが、知る人ぞ知る、王仁三郎の弟子の岡本天明氏に、日月神示がおろされた最初の場所だと知ったのはだいぶたってからのことであった。中段 流峰
13)麻賀多神社はまだ参拝したことはないが、当ブログの隠しキーワードとしてきた「アガータ」と、実は深いつながりがあり、期せずして流峰の文章にこの文字を見つけるとは、実に意表を突かれた気分である。
14)今、まさに神の意志、宇宙の波動によって織り出されている私の生き様があり、そのことに感謝感動している私がいる。この稿をしたためることになった流れもまた、私にとって大切なご縁であるし、これらのことを含め、廻りに起きていることはすべて、偶然たまたまの出来事、関係ではなく、天の配剤による必然なんだなぁと改めて感謝する今日この頃である。 下段 流峰
15)近年ワンネス活動に参加しているという彼の、現実的な日常については詳しくは知らないし、ましてやその内面活動においての経緯については、詮索するにも限界はあるが、この世において袖すり合った数少ない縁深き朋友の一人であり、また互いのそれぞれのネットワークが常にクロスする位置で生存してきたのにも、それなりに、彼の言うところの「天の配剤」があるものと直感する。
16)互いの表現や活動方法については、それなりの差異があって当たり前ではあるが、少なくとも今回の再会にあたって、彼が自分の書いたこの文章を私に見せてくれたことに感謝する。彼の文章は私にとっての鏡となる。
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