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2017/01/23

「いのちの環」 「白鳩」 「日時計」<7>

<6>よりつづく

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「いのちの環」 「白鳩」 「日時計」<7>
生長の家 2017/02 日本教文社 小冊子 p66 
No.3867~3869★★★☆☆ 

1)今更特別な団体やグループに加入したりする気は毛頭ないのだが、う~~ん、自宅のすぐ側にあるこの団体が、昔からこのような雰囲気だったら、ひょっとしたらひょっとしたかもな、と思う。

2)「日本会議の研究」(菅野完 2016/04 扶桑社)や「戦争を通すな! 」(鈴木邦男×福島みずほ 2015/09 七つ森書館)を読む限り、この団体はただ事でないことは昔から知ってはいるが、その過去があるがゆえに、現在はこういう姿になっているのだ、と知ることは、ほんと驚きである。

3)実は先日、この団体のイベントがその施設内であり、地域に開かれた日であったので、この際だからひと目覗いてこようかな、と思っていたが、残念ながらこちらのスケジュールが合わず参加できなかった。

4)このような団体に、不注意に参加するのもどうかな、と思うけれど、かたくなに拒否したりしていると、逆にいきなり引き寄せられりするから、まぁ、全体としては自然体としてつきあっていくのが一番いいと思う。

5)「生涯現役でいこう」。うん、そのとおりだね。おかげ様で一生やり続けることができる仕事に恵まれているし、幸い健康も大きく崩れていない。生涯現役は、今やわが目標である。

6)「無駄なものは何もない」と知る祈り。それもそうだね。確かに、よくよく考えてみれば、無駄なんて何もない。結局役立つ。当ブログが廃物アートに凝っているのも、そのせいかもな。

7)「偏りのない文明へ」「脱都会の選択がある」。これもごもっとも。その通りだと思います、ってうなづいては見る。しかし、脱都会といえば、私は最初からずっとそうだった。そう思ってきた。その「都会」が大都会を表しているのなら、その通りだ。しかし、地方の小都市もまた「都会」と見るなら、私は完全な「脱」都会とは言いにくい。

8)私は田舎にずっと暮らしてきた、と思ってきた、いやいやどうしてどうして。もっともっと自然の真っただ中というものがある。そんな大自然の中でなんか、私は生きていけないだろう。そのような生活力を失っている。

9)私は脱都会というより、小都市の片隅で、それほど大きくないネットワークの中で静かに生きていきたい。出勤ラッシュや激しい生存競争などはゴメンだ。かと言って、交通も文化施設も医療も教育も、基本的に構成されている空間に生きていたいよなぁ。

10)しかしまた、なんでまたこの団体、いまさら「脱都会」なんて言い出しているのだろう。それはあまりに「大」都会にいすぎたからじゃないか。今だって、おそらく「都会」の機能なくしてはこの団体は存在しえない。せいぜい、主だった施設を最近森の中に移動しましたよ、というだけなんじゃないか。

11)その証拠に、わが近所のこの団体ブランチは、これから森の中に移動しよう、という動きはなさそうだ。何十万かのメンバーに支えられて、主だった人々が森に入った、というだけだろう。それを「脱」都会といまさら仰々しくいうのは、すこしく欺瞞的すぎるだろう。

12)この団体、思想団体から、ファッション団体に鞍替えしているのかな。でも経典らしきものは古色蒼然としたものだ。パッケージを変えただけ、なんてことにはならなければいいなぁ。

13)新しい酒は新しい革袋に入れるべきだ。いや、新しい革袋ができたのだから、新しい酒を造るべきなのかもなぁ。

<8>につづく

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