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2017/01/16

「夢十夜」 夏目漱石

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「夢十夜」
夏目 漱石   (著) 青空文庫 フォーマット: Kindle版 ファイルサイズ: 178 KB 紙の本の長さ: 85 ページ
No.3862★★★★★

第六夜 

 「さすが運慶だな。眼中に我々なしだ。天下の英雄はただ仁王と我れとあるのみと云う態度だ。天晴れだ」と言って賞め出した。 

 自分はこの言葉を面白いと思った。それでちょっと若い男の方を見ると、その男は、すかさず、「あの鑿(のみ)と槌(つち)の使い方をみたまえ。大自在の妙鏡に達している」と云った。 

 運慶は今太い眉を一寸の高さに横へ彫り抜いて、鑿の歯を竪(たて)に返すや否や斜(は)すに、上から槌を打ち下ろした。堅い木を一と刻みに削って、厚い木屑(きくず)が槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒りの鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀(とう)の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念を挟(さしはさ)んでおらんように見えた。 

 「よくああ無造作に鑿を使って、思うような眉(まみえ)や鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言(ひとりごと)のように言った。 

 するとさっきの若い男が、「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずがない」と云った。 

 自分はこの時始めて彫刻とはそんなものかと思い出した。はたしてそうなら誰にでもできる事だと思い出した。それで急に自分も仁王が彫ってみたくなったから見物をやめてさっそく家に帰った。 

 道具箱から鑿と金槌を持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風(あらし)で倒れた樫(かし)を、薪にするつもりで、木挽(こびき)に挽(ひ)かせた手頃な奴が、たくさん積んであった。

 自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めて見たが、不幸にして、仁王は見当たらなかった。その次のにも運悪く掘り当てることができなかった。三番目のにも仁王はいなかった。自分は積んである薪を片っ端から掘って見たが、どれもこれも仁王を蔵(かく)しているのはなかった。

 ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った。それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ解った。16/28「第六夜」

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