« 「オープン化する創造の時代」著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論 ドミニク・チェン | トップページ | 「おらが名取の『言い伝え』」 名取市農業協同組合 »

2017/02/12

「熊野信仰と東北」 名宝でたどる祈りの歴史

Sim
「熊野信仰と東北」
 名宝でたどる祈りの歴史
「熊野信仰と東北展」実行委員会 2006/07 東北歴史博物館内 大型本 p223
No.3889★★☆☆☆

1)この展覧会での熊野神楽の公演はDVDとして名取図書館に収蔵されている。

2)閖上浜に揺りあがった神仏像は、719年に高館山に羽黒飛竜権現として祀られることになった。名取老女が熊野三者を勧請したとされる保安4(1123)にさかのぼるところ400年前である。

3)つまり名取高館山は、熊野信仰の聖地となる前は、出羽三山の修験道の影響下にあったと思われる。

4)羽黒とは、羽黒山のことであろうが、羽黒とは黒い羽根、つまりカラスを意味することになる。出羽地方にそびえた三山(あるいは四山)は、それまでの経過はともかく、やがて熊野信仰と習合していくことになったのだろう。

5)出羽三山の開山は千四百年余前の推古元年(593年)といわれています。第32代崇峻(すしゅん)天皇の御子である蜂子皇子が、聖徳太子の勧めにより、宮中を逃れ、越路(北陸道)を下り、能登半島から船で海上を渡り、佐渡を経て由良(現鶴岡市)の浦に辿りついたところ、三本足の大きな鳥が飛んできて、羽黒山へ導いたといいます。山形県HPより

6)出羽三山に湯殿山が加わったのはのちのことで、最初は月山、羽黒山に鳥海山(あるいは葉山)が三山と称されたようだ。それぞれに本地仏がある。

7)熊野三山の本地仏は、聖観音、薬師如来、阿弥陀仏、とされるが、このトリニティに出羽三山も対応することとなり、名取熊野三山もいずれ対応することとなる。

8)聖観音とは、観世音菩薩のことであろうか。

9)現在確認できているところでは、名取熊野新宮の本地仏は薬師瑠璃光如来であり、観世音菩薩への道もそれなりについている。しかし、当ブログとしては、いまだ阿弥陀仏は模索中である。縁があるのかないのか。トリニティはつながるのか、つながらないのか。

10)さて、羽黒飛竜権現の、飛竜とはなにか? 閖上浜から光となって名取高館山に夜な夜なとんだという故事から飛竜の名を賜ったのだろうか。

11)この神仏像は、今でも熊野那智神社にあるという説と、神仏分離令のもと、別当寺の奥州三十三観音霊場第一番の紹楽寺の御堂に保存されているという説があるが、秘仏ということで公開されていない。これからの散歩探索の楽しいテーマになりそうだ。

|

« 「オープン化する創造の時代」著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論 ドミニク・チェン | トップページ | 「おらが名取の『言い伝え』」 名取市農業協同組合 »

08)Mindfulness in the Modern World」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「熊野信仰と東北」 名宝でたどる祈りの歴史:

« 「オープン化する創造の時代」著作権を拡張するクリエイティブ・コモンズの方法論 ドミニク・チェン | トップページ | 「おらが名取の『言い伝え』」 名取市農業協同組合 »