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2017/03/19

「月と蛇と縄文人」シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観 大島 直行<4>

<3>からつづく 

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<4>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ
★★☆☆☆

1)それは、グローバルな資本主義経済を基軸とした国家に暮らす私たちのような人間とは、大きく異なったものの考え方から生まれた「不思議」なのです。私たち現代人のものの考え方では、絶対に理解することのできない不思議な思考方法を持っていたと考えるべきでしょう。

 縄文人には縄文人独特のライフスタイルがあり、それは私たちと異なる自然に対するものの考え方、つまり世界観を基盤とした生活なのです。p269「あとがき」

2)結局、この本における結句はこのような形に落ち着く。

3)現在、当ブログは「現代世界におけるマインドフルネス」カテゴリを中心と進行している。もし、仮に「現代人のものの考え方では、絶対に理解することのできない不思議な思考方法」が存在しているとするなら、むしろそれは避けて通っていかなければならないことになる。

4)それでは、当ブログにおいて、暗に縄文人に持ち続けた理想郷のイメージがいっぺんに崩れてしまうばかりか、これまでの「苦労」が水の泡、ということになってしまう。この結論からすれば、私はこの本を評価することはできなくなってしまう。

5)現代人、とか、縄文人、とか、あまりにも括りが雑すぎる。また、人間観としては、あまりにも被造物や対象物に依拠し過ぎていて、人間そのもの、「私」そのものが語られなさすぎる。

6)じつは、縄文(縄目の文様)が蛇の交尾を表しているという説を最初に述べたのは、環境考古学者の安田喜憲でした。安田は、民俗学者の吉野裕子(1912~2008)から、神社のしめ縄が蛇の交尾を表しているという話を聞き、それをヒントにこのことに気づいたのです(「蛇と十字架」「縄文文明の環境」)。p54 「縄文人のものづくり原理」

7)たしかに当ブログにおいても、吉野裕子「日本人の死生観」―蛇・転生する祖先神(1995/03 人文書院) に出合ったときは、驚愕の体験をしたし、目から鱗がはがれたような思いをしたことは確かだ。しかし、それは、現代人と縄文人をはるかに隔ててしまうような「不思議」領域としてはとらえてはいなかった。

8)吉野はむしろ、月と蛇、というシンボリズムより、太陽と蛇、というシンボリズムを多用していたように思う。また、「蛇、交尾、動画」で検索すれば、いまではたくさんの興味深い資料が沢山入手できるが、蛇の交尾を縄文人とて、それほど多く目撃していたわけでもないだろう。

9)著者はこの本において、考古学者として、それまで研究した対象物への再評価をしつづけている最中だとは思われるが、いまひとつ、この表紙から受けたときのインパクトは残らなかった。

10)それは、この本が興味深くない、という意味ではなく、当ブログが、現在、「現代社会におけるマインドフルネス」をテーマとしていることが一番の要因だと思われる。縄文時代を深く研究することよりも、私たちが60年、あるいは80年、その程度の長さの人生を生きるにあたって、そこにおけるマインドフルネスはどうあるべきなのか、を見つめようとしているのである。

11)現代社会と縄文文明が、相容れない隔絶したものであるならば、ここでは敢えて縄文文明をおいかけ、そこに何かを学ぼうとする姿勢はひとまず停止すべきである。あるいは、現代社会に生きる私たちが、縄文文明から学ぶべきことがあるなら、虚心坦懐に、ひとつひとつ真摯に取り入れていくべきである。サスティナブルなライフスタイルとか、友好平和な人間社会など、現代社会の病巣を根こそぎ解決してくれそうな視点があるとするならば、それは、隔絶というべきではなく、現代社会が軌道修正すべき点を指摘してくれていると再考すべきである。

12)また、その精神性、とひとことに片づけられてしまうが、月や蛇、あるいは子宮といった、数少ないシンボルに拘泥し、そこに収斂させようとする手法は、あまりにも杜撰ではないか、と直感する。

13)現代社会は、考古学も含め、科学が大きく発達し、その文明に大きく貢献している世界である。単なるシンボリズムに依拠し続けないで、それらを現代科学にどんどん置き換え続けつつ、なお、「不思議」と言って、おとぎ話にしてしまわないで、積極的に、未知なる神秘、あるいは不可知性へとたどっていく必要があるのではないか。

14)読むタイミングによっては、示唆する部分も多い本書であるが、どうも扱っている世界観のほうが大きすぎて、読む者に、最終的な満足感を与えてはいないようだ。

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