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2017年3月の74件の記事

2017/03/31

地球人スピリット・ジャーナル・ダイジェスト版<66>「現代世界におけるマインドフルネス2」カテゴリについて

<65>よりつづく

「地球人スピリット・ジャーナル」
ダイジェスト版

<66>「現代世界におけるマインドフルネス2」カテゴリについて

1)書かれたのは、2017/02/15~2017/03/31の間。一か月半だから、かなりのスピードだ。この期間、もっとも印象的だったのは、SNSで流れてきた「イSム」の動画ビディオにすっかり夢中になってしまったこと。「イSム」 すべての人に、仏像のある毎日を

2)何度繰り返しみたことか。

3)別段にこのメーカーから仏像を買いたいとは思わなかったが、自分の力でつくりたくなった。

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4)自分でつくったのは樹齢1300有余年のカヤの木に彫った薬師瑠璃光薬師如来。

5)「再読したいこのカテゴリこの3冊」は次のとおり。

「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ(マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳 2016/01 エヌティティ出版)

「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観(大島直行 著 2014/01 寿郎社)

「マインドフルネスストレス低減法」 (ジョン カバットジン著  春木豊翻訳   2007/09 北大路書房)

<67>につづく

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再読したいこのカテゴリこの3冊「現代世界におけるマインドフルネス2」編

前からつづく

再読したいこのカテゴリこの3冊
「現代世界におけるマインドフルネス2」

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「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ
マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳 2016/01 エヌティティ出版 単行本(ソフトカバー): 268ページ

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<1>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ


「マインドフルネスストレス低減法」 
ジョン カバットジン (著),    Jon Kabat‐Zinn (原著),  春木 豊 (翻訳)   2007/09 北大路書房 単行本 387ページ

次につづく

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OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <218>Eat and Drink Consciously

<217>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <218>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  目次
★   工事中

<付録> 

マインドフルネスを支えるための技法5つ 

5、ちょっと聞いてみなさい

 聴くことは、体と魂の間の深い関わり合いだ。そして、それが瞑想の最も強力な方法として使われてきた要因だ。それは、二つの無限、物質と精神性の間に架かる橋なのだ。

 いつであれ、あなたが座っている時、ちょっと何が起きているか聞いてみなさい。そこは市場があり、雑音と雑踏があるだろう。あなたは列車や飛行機の音を聞く。 

 聴きなさい、ウルさいなあなどと思わず。まるで素敵な音楽を効くかのように聴くのだ。共感を持って。突然、雑音の質感が変わったことに気づくだろう。それはもう気をそらしもせず、邪魔もしない、そしていつの間にか、素晴らしい癒しとなるだろう。ちゃんと聞いたら、市場の雑音さえも名曲となる。 

 つまり、何を聴くかが問題なのではない、あなたが聞くというところがポイントなのだ、何を聴くかではない。 

 あなたが何かを聴くときでさえ、あなたは聴くことそのことのその価値そのものを考えては来なかっただろうが、とても心地よいものとして聴きなさい、まるでベートーベンのソナタでも聞いているかのように。すると気づくだろう、あなたがその質を変容させてしまったことに気づくだろう。それは素敵なものなる。OSHO p247/254

つづく

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OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <217>Eat and Drink Consciously

<216>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <217>Eat and Drink Consciously
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  目次
★   工事中

<付録> 

マインドフルネスを支えるための技法5つ 

4、意識を持って食べ、飲む

 私たちはとても無意識で、自動的で、まるでロボットのように食べている。もし味覚が働かず、なかったとするなら、あなたはただただあなた自身を虐げていることになる。ゆっくりと進めなさい、そして味覚に注意するように。

 食物をただただ飲み込み続けることはやめなさい。あわてず味わい、味そのものになりなさい。あなたが甘さを感じるときは、その甘さになりなさい。そして、それから体全体で味わうことができるはずだ、決して口の中だけではなく、舌だけではなく、さざなみのように体全体に広げていくことができるはずだ。

 なんであれあなたが食べるなら、よく味わい、味そのものになりなさい。味なくして、あなたの感性は消滅してしまうだろう。それらはだんだん感性を失っていく。そして無感性になると、あなたは自分の身体を感じることができなくなり、あなた自身の感じる力を失ってしまうだろう。そして頭の中に取り残されてしまうだろう。

 水を飲むとき、その冷たさを感じなさい。目を閉じて、ゆっくり飲みなさい、そして味わうのだ。冷たさを感じ、その冷たさになるのを感じなさい。冷たさは水からあなたへと伝わり、あなたの身体そのものとなるからだ。

 あなたの口がそれに触れる、あなたの舌がそれに触れる、そしてその冷たさがあなたに伝わってくる。あなたの身体全体で起こることを見ていなさい。そのさざ波が広がるのを見ていなさい、そうするとあなたはその冷たさが体全体に感じるだろう。

 この方法で、あなたの感性は成長していく、そしてあなたはもっと生き生きとし、もっと満足して生きることができるようになる。OSHO 246/254

<218>につづく

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2017/03/30

「祈り」山尾 三省 <10> / 「日本会議の研究」菅野 完<4>

<9>よりつづく

祈り
「祈り」 <10>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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<3>からつづく

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「日本会議の研究」 <4>
菅野 完 (著) 2016/04 扶桑社 新書 302ページ

★★★☆☆
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1)南無浄瑠璃光
われら人の内なる薬師如来
われらの 日本国憲法第九条をして
世界の すべての国々の憲法第九条に 撮り入れさせたまえ
人類をして 武器のない恒久平和の基盤の上に 立たしめたまえ
 山尾三省「祈り」p151

2)極右集団の学校法人の土地購入についての不正の話題が国民的話題になっている。次から次へとでてくるニュースに見とれてしまう。たんなる話題としてみるだけなら、まぁ面白いショーでも見ているような状態だが、本当の本質はどこにあるのか。

3)基本は、憲法九条の問題だろう。自民党は結党以来の党是として自主憲法の制定ということを言う。しかし問題は「自主」にはないだろう。九条の「平和」が問題なのだ。

4)今回のこのショーの本質は反「平和」派の仲間割れであろう。うまいこといっていたのに、途中でちゃちゃが入って、頓挫した。そういう構図だ。

5)しかしながら、「平和」推進派の当ブログとしては、「自主」という美名に隠れた反「平和」を見逃すわけにはいかない。天皇制を優先し、国家を優先する反「平和」派には賛成できない。

6)国家より人間が優先されるべきである。戦争より精神性が話題になる世界に生きていたい。すでに終わった国家という陣取り合戦ではなく、ひとつの惑星に生きる生命体としての自分(たち)をみつめる世界に生きていきたい。

7)そういう視点に立ってみれば、今回のひとつの学校の敷地問題など、茶番劇であることがすぐわかる。

三省「祈り」<11>につづく

「日本会議の研究<5>につづく

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「シンギュラリティは怖くない」ちょっと落ちついて人工知能について考えよう 中西 崇文 / 「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ<2> / 「<インターネット>の次に来るもの」 未来を決める12の法則<20> / 「WIRED」 VOL.27<2>

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「シンギュラリティは怖くない」ちょっと落ちついて人工知能について考えよう
中西 崇文 (著) 2017/02 草思社 
単行本(ソフトカバー) 192ページ   
No.3929★★★☆☆

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<1>からつづく

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「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ<2>
マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳 2016/01 エヌティティ出版 単行本(ソフトカバー): 268ページ

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<19>からつづく

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「<インターネット>の次に来るもの」 未来を決める12の法則 <20>
ケヴィン・ケリー (著),    服部 桂 (翻訳) 2016/07 NHK出版 単行本: 416ページ 目次

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1)むかし「狼なんかこわくない」(庄司薫1971)という小説が賞を取って話題になった時のことをおもいだした。内容はともかくとして、童話「赤ずきんちゃん」を連想させるような、秀抜なタイトルだと思った。

2)さてシンギュラリティは、狼のようにこわい、というのが前提になっているのか。漫才に「饅頭こわい」ってのがあるが、なんでも、こわい、と思えばこわいことになってしまうのか。

3)探してみれば「シンギュラリティ=狼」説は確かにある。その立場に立っている人にとっては、「シンギュラリティはこわくない」というタイトルはヒットするのだろう。しかしまた、シンギュラリティはこわくない、と強弁することも、実はちょっと危ない。

4)地域ではちょっと大きめだった専業農家だったわが生家に中古の耕運機がやってきたのは小学校3年のときだった。東京オリンピックの2年前、ビートルズが来日する4年前のことだった。あれから農村の風景は一変した。

5)そしてその後のプロセスは省こう。そしちえあれから55年経過した現在では、わが家はほとんど廃農の状態である。田畑もまだある。食料のニーズもある。住民構造だって過疎化しているわけではない。むしろ住宅が増えて人口は増えている。しかしながら、農業は衰退している。そういう意味では、農業の機械化は、農家から仕事を「奪った」。

6)1990年代にパソコンが一般化し、後半からインターネットが登場して、21世紀になってからはIT社会が当たり前になった。OAで職場を追われ、仕事を奪われた同輩たちは、数えてみればきりがない。

7)スマホ、タブレットが常態化した現在、私もまた年齢の上昇とともに、一般的な職場からは追放されかかっている。つまり仕事を奪われつつあるのである。だけど、私なら、それを「こわい」とは表現しないし、「こわい」とも、「こわくない」とも思っていない。

8)あのケヴィン・ケリーにしても、決してITガジェットの最新のものを次から次と購入しているわけではなさそうだ。むしろ、古いものを大事にし、長く使いたい、という態度は、私たちの世代にとっては当たり前の態度なのだ。

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<1>からつづく

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「WIRED」 VOL.27/科学のゆくえを問う大特集「Before and After Scienceサイエンスのゆくえ」<2>
雑誌  – 2017/02  Condé Nast Japan (コンデナスト・ジャパン) (著),    WIRED編集部   (編集) WIRED関連リスト
★★★★★
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9)あの「WIRED」さえ、決して科学至上主義ではない。シンギュラリティという科学の先端、デジタルの権化、左脳の最大化、そこだけでは決して生命や存在の進化プロセスの究極には成り得ない。

10)アナログVSデジタル論争の本当の図式はまだ見えていない。本当は、既知なる科学、未知なるアート、そして、不可知なる意識。ここにいかないと、本当のシンギュラリティの姿は見えない。

11)シンギュラリティの本当の仕事は、未知なる世界は既知なるものとなるが、ついに不可知な世界は残る、ということを明確に証明することになるだろう。

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2017/03/29

「終わりなき山河」ゲーリー・スナイダー <5>「ターラーへの捧げもの」 / 「祈り」 山尾三省<9>

<4>よりつづく

終わりなき山河
「終わりなき山河」 <5>
ゲーリー スナイダー (著) 山里 勝己 (翻訳), 原 成吉 (翻訳) 2002/01思潮社 単行本: 297p
★★★★★

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<8>よりつづく

祈り
「祈り」 <9>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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「ターラーへの捧げもの」 スナイダー「終わりなき山河」p180~192

         わたしの連れを見ませんでしたか
         月のような額をした女性です
              この道を通り
ませんでしたか?

    センゲ・チュー、インダス川。
    ゴンドワナの大地
 

    テチス海を横切り
    ユーラシアにいたる
    山並みはたちまちたわんで消え去る-----
    インダス川、サトレジ川は
    流域の山やまが百万念まえから聳えているように、
    はるか昔からいまと同じ場所を流れていたのだ。
 

    いまレーという町にいる。
    家の屋根にはボロボロにちぎれた祈りの旗-----
    沖積土の斜面、そこは
    氷河粉とアウトウォッシュの砂利が丘から扇状にひろ
    がる場所、いまは大麦畑となり
    いたるところに水路が交差している----
 

(いくつか疑問がわいてくる。
氷河は、どのくらいjの標高があれば、雪をとられ雨の降らぬ土地で、一年中たえることない流れをつくれるのだろうか?
高知での大麦の産地はどのあたりか、また作られるようになったのはいつのことか?
ここに人びとがやってきたのは、暴君から逃れるためだったのか、あるいは変人で無鉄砲だったからなのか?)
 

    氷原からやってくる水
    それは「長く広い仏陀の舌」が、枝分かれし
    いくつもの小さな石の水路に分岐したもの----
 

    水は台地をめぐる
    大麦畑をぬって
    りんごや杏子、ポプラの立木をめぐり
    そして峡谷へともどっていく。

    角と頭が、織りあげた社(やしろ)の屋根みたいな
    野生のヒツジ
    -----狩人は農夫やラマ僧よりもまえにヒツジを追ってやってきた
    しかし、いまその末裔は石を動かす。
 

マルパはミラレパに何度も石の家を作らせた。アウトウォッシュの砂利で壁や家を作る人びと。壁のなかに作られた壁。台地のうえに階段状にならぶ台地----泥をまぜ合わせて、煉瓦を乾かし、石を動かす。そして山頂や崖のうえに「ゴンパ」を作る。 

    斜面に運ばれた沖積土が
    ゴンパ、寺院hと姿を変える
    自信、忍耐、明るい気だてが
    手仕事のなかで、この世の石と砂粒にまざる。

    僧侶たちが数週間かけてつくった
    卓上の曼荼羅----
    スクリーク スクリーク 砂の管が筆のように動くとき
    ヤスリをかけるような音---砂の色
    細かい粒に挽かれた鉱物は
    浸食された川岸や露出した鉱脈から
    粉状になった石はh峡谷から集めたもの。
    僧侶の芸術家は、ヴィジョンの宮殿をつくる
    魂とそのたどる道、そのすべてが織りなす階層の地図は
    山の塵からうまれる。それは
    ビュジャ、祭礼、捧げもの、食事のため

    ミラレパの罪を清めるためマルパは言う
    「もう一度、家を建てなさい!」黒糸線を
    はじき、水平を定め、石を置きなさい。
 

 

 高い空に
      ヒメコンドルの巣がある
      願わくは変わることなかれ
      不変の鳥よ
      変わることなく在り続けたまえ
 

アングドゥの両親はまだ畑に出ていたので、わたしたちは丘の上に立つ、まだ完成していない家に入って、バター茶と黒茶の両方をごちそうになった。家の一角にはターラーを奉った小さな村、床には卓袱台(ちゃぶだい)、そして小さな青い敷物。ターラーを奉った場所の対角線上に引き裂いた防水布があり、その上には何か乾燥したもの、束ねた小枝、ヒメウイキョウの穂があった 

    わたしたちはターラーのマントラを唱える---- 

  オン ターレ ツッターレ ツレ スワーハー   ターレ ターレ ターレ
   オム ターレ ツッターレ ツレ スワーハー   ターレ ターレ ターレ
  オン ターレ ツッターレ ツレ スワーハー   ターレ ターレ ターレ
 

       ・ 

       ターラーの誓い 

  「男の姿で最終解脱を得たいと望む者
  その数多くあり・・・・
  それゆえ願わくは、
           この世が空(くう)となるまで
  わたしは女の身体で
  人びとの役に立てますように」 
 

     この険しい山並み
     湖や牧場の場所はない
     生まれたての山並み
     ベイビー・クリシュナ・ヒマラヤ
     雪の貯蔵庫の山(ストアーハウス・マウンテン)
     雪のバスケット 続く山並み
 

     ベイビー・ヒマラヤの鉱物はバター
     そして泥
 

     赤ん坊の山並み----古のブッダ----
     裸のブルー・サマンタパドラ
     カラチャクラ、ヤマンタカ
     浸食によって新しく形成された
     ヒマラヤ
 

     高山に広がるアオヒツジの牧草地
          アオヒツジはヒマラヤ山脈がお気に入り----
 

     それぞれのヒツジが、ヒマラヤは
         自分だけのものだと思っている。
 

     岩石はつねに褶曲を重ねながら
     また折り返され、さらに褶曲され
     重なり合い、内に外にねじれる、まるでパン生地のよう。
 

     「きみの編んだ髪は 群れたミツバチのように真っ黒」 

 

  偉大なるインダスの流れは
  そこの壁をめぐる
       (遠い岸辺
  野生の鮭が産卵するのは
  古い鉱山の廃石の砂利のなか、いまは遠いユバ川の流れ)
 

  コールラビ、豆、そしてじゃがいもの畑へと続く
  黄金色をしている乾いた大麦
  歌姫の鳥たちがくる
  平らな屋根の家があつまる村
  そしてそよ風に揺れる旗
  いつもそこにある流れのささやき  

     いまこの時を生きる
     喜びの空間
 

     オーム、精神、現象のなか、フーム 

  曲がった鎌がアルファルファをなぎ倒す
  その束を背にのせて運ぶ
  夫と妻は歌いながら歩く
  ふたつの声の狭間に踊る歌が
  石を敷き詰めた道を
  貯蔵庫や馬小屋へと下っていく
 

       そしていくらかを捧げる。 

  石の塔や通路
  アパートや部屋の上には
  混沌とした雲が立ちこめている
  下には蛇行するセンゲ・チューの流れが銀色に輝く
  川のほとりには畑、白い点のような家
      天日に干される大麦。
 

  屋根の上からほら貝の音
  栗色の服を着た僧侶たちが
  歌い、微笑み、ちらりと見る
  するとリーダー格の少年が
  みんなにお辞儀をさせる
  胡坐をかき、頭をすこし傾けたターラー
  両手は「施し」のかたち
  赤い身体、金色の身体、緑
 

  ヒマラヤ高原全域が
  ビスジャの祭り、粗飯がふるまわれる
  -----チャンを舌に一滴
  大麦の生パンのおつまみ
  塩茶とりんごの薄切り----
  インダス川の上流域に建たれた寺院で
  悪魔を踏みつける
  内部の混乱、身をくねらせながら踊り狂う男たち女たち
  空にそびえる仏堂の暗い壁に
  描かれた
  馬、牛、すべての頭。


       ・

            (ターラーの愛の魔法 

男の心から生まれた赤い光線は、かれの右の耳から抜け出ると、男の矢筈(やはず)に入り、矢の根から出てゆき、そして、光線はひかり輝きながら、まっすぐにその男の愛する者の膣にたっする----月経の血が滴り落ち、男は女の精神に入りこみ、女は欲望に満ちあふれる。)

       ・

  胡坐をかいて
  わたしたちは板床に座り
  ビュジャ、ターラーへの捧げものをいただく
  ショームが奏でる音楽に合わせて
  年老いた僧侶たちと一人の少年が食べ物をもってくる。
  野生ヤギ(アイベックス)、羚羊、野生ヒツジ(アルガリ)、イヌワシが
  山や谷のいたるところに生息している

  (屋根の上に夏が眠っている
  インド---チベット部隊が
  空港のとなりに野営し
  ジープの騒音をたてながら、丘を登りレーの町へと向かう)

 いまこの時の心のなかの
      喜びの空間

      祈りがエンジンのクランク・ルームで回る  

  ベイビー・ヒマラヤは
  バターが大好き、ドrの味が大好き
  ヒツジ飼いの少女が大好き、大角を持ったヤギ、アイベックスが大好き

      星星のターラー女神

  汚れた手をして大麦を刈る
  水を導き
  石を動かす。

  そびえ立つ山に
  鷹の巣はある。
  そびえ立つ岩には
  白い鷹の巣。

  不変の鳥よ
  変わることなく在り続けたまえ。
  

 スナイダー「終わりなき山河」p180~192  「ターラーへの捧げもの」   

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山尾三省「祈り」<10>につづく

スナイダー「終わりなき山河」<6>につづく

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2017/03/28

「ジャイアンツ」 ジェームス・ディーン「ホワイトアルバム」 / 転生魂多火手伝<16>

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「ジャイアンツ」
出演 ジェームス・ディーン  エリザベス・テーラー 監督: ジョージ ・スティーブンス 発売日 2003/09 販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ   DVD 時間: 241 分
No.3928★★★★★

------------------------
<15>からつづく
「ホワイトアルバム」
 転生魂多火手伝
<16>          
目次 
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「終わりなき山河」ゲーリー・スナイダー <4>「瑠璃色の空」 / 「祈り」 山尾三省<8>

<3>よりつづく

終わりなき山河
「終わりなき山河」 <4>
ゲーリー スナイダー (著) 山里 勝己 (翻訳), 原 成吉 (翻訳) 2002/01思潮社 単行本: 297p
★★★★★

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<7>よりつづく

祈り
「祈り」 <8>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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「瑠璃色の空」 「終わりなき山河」p74~82スナイダー

ここから東方へ 

ガンジス川の砂の数ほどもある仏界を
さらに十倍も数えたその向こうに
青色の宝石のごとく汚れなきもの、すなわち
   浄瑠璃世界(ラピスラズリ)がある。
その世界を治める仏陀は癒しの王と呼ばれるお方
   薬師瑠璃光如来
 

東方にある 
大医王仏の
浄瑠璃世界の端にたどり着くには
一万二千の夏休みが必要だろう
毎日、一日中、真東に向かって車を運転しなければ
ならない。長老の世界。
 

海を越えて東へ、黄色い砂の土地
コヨーテ老人の土地
銀色に輝く、青い石の国。

       ・ 

青(Blue)。光り輝く(Belo)、「炎の明るい色」 
   祭司/梵天
   ベルテーン祝祭、「青い火」----
 

空 (Sky)。
   {まだらの雲の領域---
   サンスクリット語のsku「蔽われた」
   skewed(まだらの)  skewbald「白と褐色の駁毛の馬」
                (最後は訛って・・・・・Stewball になった)
   skybald/piebald(白と黒のまだらの馬)」・・・・・
 

       稲妻のような足の馬!
       遠くの雨のようなたてがみ
       トルコ石の色をした馬
       瞳は黒い星
       白い貝のような歯
 

花粉を食べる子馬
その馬が
汝に健康をもたらさんことを。
   Heal(癒し)の語源はhale(壮健な)・・・・・whole (完全な、癒された)。
 

薬師の呪文 

   ナモ バガヴァテ バウシャヤグルーヴァイドリャ
    プラバラジャヤ タサガタ アーハテ サミャク
    サムブッダヤ タダヤタ オム バイシャジェ
     バイシャジェ ハイシャジャ サムドガテ
              スヴァハ。
 

   「われは師を崇め奉ります、癒しの師よ
   ラピスラズリの如く光り輝く、師よ
   如来であり、聖人であり、完全なる
   覚者よ、癒しのオームを唱えます
   癒しに対して 癒す者よ万歳!  
          スヴァハ。」 

          ・

一日を通して変化する青色の影。
ツチュア(T'u chueh) 中国の国境に近くに住む部族
ターク(Turk)
ターコイズ(Turquoise トルコ石) アルミニウムの含水燐酸塩
                     少量の鋼
                     少量の鉄----

          ・

仁明天皇の時代
あの風変わりな女性歌人、小野小町は
十七歳のとき、巡礼となった父を探しに
旅に出た。旅の途中で病を患い、床に伏せているとき
夢の中で
 

  瑠璃光薬師如来 

を見た。薬師如来は、そなたは磐梯山にある吾妻川の岸辺で
温泉を見つけるであろう、そこで病も癒え、そなたの父に
も出会うであろう、と言われた。 

          ・

    「天上の青と同じくらいの不思議で
    魅惑的なもの」サンアントニオのわたしのバラ

チベット人は女神の髪の色は瑠璃色だと言っている。

Azure(空色) 古代フランス語のazurに由来
          ペルシャ語のlazhuardから"lapis Lazuli"(瑠璃)

----青いビーズは不幸から守ってくれるという----

(医者や看護婦ってどうしてあんな権威主義な服を切るんだろう
と、ティムとキムとドンとぼくは
話していた。ほんとうだね、なんて気味悪い恰好なんだろう。
「それじゃ何を着たらいいんだい?」

         ---「仮面と羽をいっぱいくっつけた衣装さ!」

         ・   

ラマナ・マハリシの夢

ぼくは十字路で木こりとして働いていた---興(こう)さんがぼくといっしょに働いていた----ぼくらはのこぎりで薪を切りそれを割っていた。そこへひとりの老人が泥壁沿いの小道をやってきた。老人は叫び声を上げ、森の端で枝木を積み上げていた禅僧たちを叱った。それから老人はぼくらのところにやってきて、ちょっとおしゃべりをした、髭に白いものが混じっている---東洋の顔でもないし西洋の顔でもない、あるいはその両方。手にはグラス一杯のバターミルクを持っていた。「どこでそのバター・ミルクを手に入れたんですか?」とぼくはたずねた。ぼくはそれまでずっとあちらこちらでバターミルクを探していたのだ。「町外れにあるオーケー牛乳屋さ」と老人が言った。

薬、尺度、「マーヤー(摩耶)」----

      天界の。アーチ型のカバー・・・・kam(曲がった)
      Comrade(同志)・・・・同じテントまたは空を共有する者のこと
      湾曲し曲線を描く弓。

カーマ、ヒンドウーの愛の神、マーヤの息子、
        花々の弓

        

釈迦牟尼は、それからこの悲しみの現世の王となることだろう。

                  バイシャジャイグル
                  ヤオ・シー・フォ
                  ヤクシニョライ
                  とは「大医王如来」のこと

失われた楽園の王。
     (朝の輝き、真珠の門
     アサガオ、「天上の青」)

         

沈む太陽を見ながら阿弥陀仏のことを考える

         阿弥陀仏の「西方の」極楽土-----
         そこで穢土は流れ去る、西方へ
         ぼくらは背後へ、「転がりながら」

         球体の惑星は前方に回転しながら「東」へ進む
         はるか何光年の彼方

         偉大なる薬師の
         瑠璃色の国。

         紺碧の空。

         紺碧の空

         大医王如来の

         国

         そこでは いま視界から飛び去る鷲が

         飛ぶ。 
  

   「終わりなき山河」p74~82スナイダー「瑠璃色の空」 

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スナイダー「終わりなき山河」<5>につづく

三省「祈り」<9>につづく 

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2017/03/27

「理由なき反抗」ジェームス・ディーン 主演/ 「ホワイトアルバム」 / 転生魂多火手伝<15>

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「理由なき反抗」
ニコラス・レイ (監督) ジェームス・ディーン (出演),    ナタリー・ウッド (出演),  発売日 2010/04   ワーナー・ホーム・ビデオ DVD 111 分
No.3927★★★☆☆
------------------------
<14>からつづく
「ホワイトアルバム」
 転生魂多火手伝
<15>理由なき反抗       
目次 
-------------------------

「ホワイトアルバム}<16>につづく 

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「祈り」 山尾三省<7>/「終わりなき山河」ゲーリー・スナイダー <3>

<6>よりつづく

祈り
「祈り」 <7>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

----------------------------
<2>よりつづく

終わりなき山河
「終わりなき山河」 <3>
ゲーリー スナイダー (著) 山里 勝己 (翻訳), 原 成吉 (翻訳) 2002/01思潮社 単行本: 297p
★★★★★
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1)三省の「祈り」には、最も古いものは1988/10にノートに書かれたもので、最晩年の2001/夏の絶筆と思われるノートまで収録されている。主に1990年代の詩がまとめれたもので、おそらくこれは野草社の編集者によって一冊の詩集となったものだろう。

2)南無浄瑠璃光
われら人の内なる薬師如来
われらの 日本国憲法第九状をして
世界の すべての国々の憲法第九条に 撮り入れさせたまえ
人類をして 武器のない恒久平和の基盤の上に 立たしめたまえ
 「祈り」p151三省「劫火---神宮寺 アパロホール 広島原爆の火の為の詩」

3)三省のこの詩集には、神仏の名前はいくつか出て来る。善光寺、阿弥陀仏、南無不可思議光仏、南無永劫如来、・・。しかし、ひとつひとつの神仏は、三省の祈りのかたちの表現である。したがって、最終的な南無浄瑠璃光薬師如来が唱えられたとしても、それを本尊であるとか、外在化した神仏像をイメージする必要はないだろう。

4)ただ、この詩集においても、最後のページに出て来る限り、三省の内なる世界が、かなり高い精度で薬師瑠璃光如来と共振していたと察することは、はずれているとは言えない。

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5)一方、スナイダーのこの詩集は1950年代のビートニク時代から着想を得て書き始められ、1990年代になると、この「終わりなき山河」に専念するようになる(p263).

6)風景それ自体は尽きることはない。しかし、この作品に許されたわたしの時間には限りがある。(中略)わたしはいつしかこの詩を経典のように考えるようになった。それはチベット仏教の女菩薩、多羅仏母(ターラー)が語る詩的・哲学的・神話的物語である---この「終わりなき山河」を子どもたちに捧げよう。p263 スナイダー「『終わりなき山河』の出来るまで」

6)一年にひとつづつ加え続けられていると思われるスナイダーのライフワークのこの詩はまだまだ成長し続けていると思われる。されど、この長編詩が発表された1996年の時点では、ターラー神がスナイダーの結句のように見える。

7)この長編詩にもたくさんの神仏名が登場する。薬師瑠璃光如来、釈迦牟尼仏、阿弥陀仏、大医王如来、ターラー菩薩(p141)、辨才天、弥勒菩薩、エクイタブル神、セラニーズ新、オールド・ユニオン・カーバイト神、その他の神仏名、そしてミラレパやマルパ、道元他の実在した禅僧やチベット僧が登場する。

8)しかしその中にあっても、「瑠璃色の空」(p74)と「ターラーへの捧げもの」(p180)については、長詩となっていて、スナイダー自身がこの二神について、さらに思い入れが深いのであろうと察することになる。

9)ただ、三省同様、だからと言って、それは外在物としての神仏に思いを捧げるというよりも、内なる祈りをそのような神仏名を使いながら、表現として詩として歌いあげたものであろう。

10)ここでは、二人の詩人の共通項をみながら、二冊同時に思い起こしているのは、現代世界の菩薩としてのこの二人詩人たちが、さらにひとつに溶け合ったいるかのように思われるからである。

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11)そしてまた、当ブログにおいては、外在物としての神仏ではなく、内在仏の存在として、ふたつの側面が、ひとつの事象の現れなのだ、と感じることとなる。

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スナイダー「終わりなき山河」<4>へつづく

三省「祈り」<8>へつづく

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2017/03/26

「エデンの東」ジェームス・ディーン主演 / 「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<14>

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「エデンの東」
ジェームス・ディーン (出演),    ジュリー・ハリス (出演),    エリア・カザン (監督) 発売日 2010/04販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ 形式: DVD 時間: 118 分
No.3926★★★★☆
------------------------
<13>からつづく
「ホワイトアルバム」
 転生魂多火手伝
<14>エデンの東       
目次 
-------------------------

1)1931~1954に人生を送ったジェームス・ディーン。Dとはまったく違ったシチュエーションだが、生きた時代はほぼ並走する。そして交通事故で亡くなった、というところも同じだ。

2)ただ映画の時代設定はまるで違う。1955年公開の映画だが、時代設定は1917年。 それはそれでいい。幅をひろげておこう。

3)1955年。こういう映画がヒットする時代だったんだな。

「ホワイトアルバム」<15>につづく

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「クラインガルテン入門」週末ファーマーのすすめ  TABILISTA編集部

91yav3zoail「クラインガルテン入門」週末ファーマーのすすめ
TABILISTA編集部 (著) 2017/02 双葉社 単行本(ソフトカバー): 128ページ
No.3925★★★★☆

1)いわゆるクラインガルテンという考え方にこだわらなくてもいいと思う。普段、あまり土に触れるチャンスがない場合、ベランダだろうが、裏庭だろうが、市民農園だろうが、とにかく機会をとらえて、プチ農園を楽しむのは人間としての根源的な生き方だ。

2)食糧増産の時代からクラインガルテンの考え方はあり、都市と農村が分離してしまった現代においても、クラインガルテンの考え方は有効だ。どのような形であれ、そのようなチャンスがあるのはよいことだ。

3)現在我が家が建っている場所も、実は裏庭つきの小住宅だった。子供たちが小さいうちは、飼い犬もいて、近所の子供たちも寄ってきて、それはまた楽しい日々だった。30年近い月日のうちに、裏庭にはマンションが建ってしまい、小さな前庭も、車の駐車場になってしまった。

4)どうかするとほとんどがコンクリートだが、わずかに露出する地面にわずかな庭木を植え、鉢物植物を並べたりする。だが、それだけでは、どうも欲求不足になる。

5)この頃、特に3・11後は、年も取ったせいか、土が恋しい。近くに市民農園を借りて、自転車で通う。100区画ほどあるので、自分の畑はごくわずかでも、広い農園をふらふら散歩するだけでも楽しい。

6)クラインガルテンというほどでもないが、ちょっと離れた郊外に数十坪の土地を借りて耕してみる。毎週通うなんて無理だ。せいぜい月1~2回。それでも時には結構な負担になる。そして通ってみても、ほんとに作業できる期間はごくわずか。冬になれば、お休みとなる。

7)夏場は、クラインガルテン(と自称しているだけだが)に行っても、除草するのがせいいっぱい。7~8割の時間が除草にとられ、本当に必要な作業はほとんどできない。近くではどうやら不耕起栽培をしている先輩がいるらしいが、その領域まではまだまだである。

8)この本には、クラインガルテンの基本的なことが書いてあり、県内の施設もふたつ紹介されていた。

9)さぁ、もうすぐ春だな。3年目のわがクラインガルテン体験はどんなものとなるだろうか。楽しみである。

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OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <216>Be Here

<213>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <216>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  目次
★   工事中

<付録> 

マインドフルネスを支えるための技法5つ 

3、ここにいる

 あなたが意識として成長すると、世界もまたそれにともない変化を始める。直接的に行うべきことは何もなく、すべての変化はほとんど自動的に起こってくる。ただひとつの必要とされる努力は、もっと意識的であることだけだ。

 あなたが行っていることすべてをもっともっと意識的に始めてみなさい。歩くなら、意識的に歩く、あなたのすべての注意深さを歩くことに向けなさい。あなたがまったく意識を忘れて歩くときと、高いレベルの意識を歩くことに向けるときでは、大きな違いがある。

 その違いは根源的なものだ。その違いは外から見てはわからないだろうが、内側においては別な次元への本当の動きとなるだろう。

 ちょっとやってみなさい、例えば、あなたが手を動かすとき。あなたは確かに機械的に動かすことはできる。でも、それを最大の意識をもって、ゆっくり動きを感じながら、そして内側からあなたがどのように動いているか、見ていなさい。

 ちょっとしたこの仕草だけで、あなたは神聖なるものの戸口に立ち、ひとつの奇跡が起こる。これこそ科学の範疇ではいまだとらえ切れていない最大の神秘のひとつなのだ。あなたが決断すれば、手は動きから次の動きへとあなたの決断についてくるだろう。

 これは奇跡だ、意識が動きとつながるということだけではなく、動きが意識にしたがい始めるのだ。そのつながりはまだ見つかってはいない。これは魔法だ。これは物事を超えたマインドの力であり、この魔法はすべてのことについて言える。

 一日中、ナニをするにしても、意識なしではやらないように。そうすれば、このちょっとした仕草で、あなたの中に偉大な瞑想が湧き上がってくるだろう。これこそが全存在へと動いていく神聖なる道なのだ。

 さぁ、歩きなさい、座りなさい、聴きなさい、あるいは話しなさい、注意深さを持って。OSHO p246/251

<217>につづく

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2017/03/25

「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<13>「オン・ザ・ロード」 


<12>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<13>ミッション       目次 

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「オン・ザ・ロード」
ジャック・ケルアック (著),    青山 南 (翻訳) 2007/11 河出書房新社 ハードカバー 470ページ 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 
No.3922★★★★☆

1)この本は、過去に当ブログで一度めくっている。メモが残っていないので正確ではないが、ゲーリー・スナイダーおっかけの途中に、「ザ・ダルマ・バムズ (禅ヒッピー改題)」を読んだ時に、そのジェフィー・ライダーをもっと知りたくて読んだのだった。(2011/06/23)直後。

2)しかし、3・11直後の当ブログとしては、エコロジカルな視点へのスライドとしてスナイダー追っかけを始めたとしても、ビートニクおっかけとして「路上」までは拡大できなかった。途中でめくるのをやめ、メモすることもできなかった。

3)しかし、この時の淡い失敗感が残っていたので、そこから発展して今回のD追っかけプロジェクトに発展してきたのだし、3・11から6年経過した今だからこそ、あえてこの問題を再考してみようという気になったのだった。

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「オン・ザ・ロード」 
ジャック・ケルアック (著),    青山 南 (翻訳) 2010/06 河出書房新社 文庫: 524ページ
No.3923★★★☆☆

4)こちらはその文庫本版。同じ翻訳者の単行本がでて、三年後には文庫化されたということだから、相当に人気がでたと思って間違いない。そのタイミングには映画化の話題や、作品がでて50周年とか、そういう繋がりのなかででた一冊だったのだろう。

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「オン・ザ・ロード」 スクロール版
ジャック・ケルアック (著),  青山 南 (翻訳) 2010/06  河出書房新社 単行本: 543ページ
No.3924★★★★★

5)そして、文庫本と同時期にでたこちらの本、これはなんなのだろう? スクロール版、とある。スクロール版とはあまり聞きなれた名前ではない。スクロール版、でググってみると、もうそれは、このケルアックの作品のことなのである。

6)つまり、これは、ケルアックがこの路上を最初に書いた時に、タイプライターを打ち続けてあっと言う間に書き上げたという伝説に基づくだろう。タイプライターの用紙を交換する手間を省くために、ロールペーパーにしてタイピングし続けた、という話である。それが、いわゆるスクロール版なのだ。

7)だとしても、なぜにそれがスクロール版、なのか。それは、実際にこの作品が書き上げられてから出版されるまで6~7年の時間がかかり、そのプロセスの中で、実在の人間が実名で登場していたスクロール版ではマズイということで、かなり手が入れられているらしいのである。つまり、実際に出版されたものは改定版なのである。

8)これだけ有名になった小説には、実はこういう原版があったのですよ、と、あとの時代になって公表されたようなものなのだ。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」手帳が、実際の手帳状にして発売されたり、「銀河鉄道の夜」の原稿のすべて(宮沢賢治記念館)のように、原稿用紙そのままで見たい、というファン心理を深く突いたものなのだろう。

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9)さほどまでに愛されたケルアック。今でも、当ブログとしては、精読しようとは思っていないのだが、ただ、ポイントは、D追跡プロジェクトの中に、この一冊がでてきたというところにある。つまり、それだけ愛されたケルアックとは何か。そこに象徴されているその時代のスピリチュアリティとはいったい何だったのか。

10)ここんとこをキチンと把握しておくために、ある時代からずっと派遣されていたDにおけるミッションだったのである。

「ホワイトアルバム」<14>につづく

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「ケルアックに学べ」 「オン・ザ・ロード」を読み解く6つのレッスン ジョン・リーランド / / 「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<12>

51esryskwbl「ケルアックに学べ」 「オン・ザ・ロード」を読み解く6つのレッスン
ジョン・リーランド (著)  今井栄一 (翻訳) 2008/07 出版社: スペースシャワーネットワーク (P‐Vine Books) 単行本: 224ページ
No.3921★★★★☆

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<11>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<12>セブンス・アベニュー       目次 
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1)今更、ケルアックに学べと言われても、一体何を学ぶのか。原書のタイトルは「Why Kerouac Matters」。なんでケルアックが問題なんだよ、てなニュアンスじゃぁないのかい。

2)原題には括弧にくくられたもう一つのサブタイトルがあるが、そこにはこう記されている、「They're Not What You Think」、つまり「彼らは君が思っているような連中じゃないよ」という訳文になる。

 作者はこう言いたいのだ。「ケルアックは君が夢見ているような人間じゃないし、オン・ザ・ロードは自由な旅人の聖書なんかじゃちっともないんだぜ」 かなり大胆不敵、あたしい提案ではないか。p275今村栄一「訳者あとがき」

3)まるでジェームス・ディーンを意識したようなカバー写真だが、たしかに今更ケルアックに心酔してもしょうがないよな。で、ちょっと気づいてジェームス・ディーンをググってみたら、なんと、彼の人生は1931/02/08から始まって、1955/09/30に終わる。なんと、むしろこちらのほうがDの人生の時代背景にぴったりではないか。しかも自動車事故で死亡しているのも共通だ。後日、こちらも追っかけてみようかな。

4)ジェームズ・ディーンが乗っていたシルバーのポルシェ・スパイダー550とはこんな車だったという。

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5)そして事故後は、こんなんなっちゃったらしい。

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6)さて、こちらの一冊の本文に戻ろう。6つのテーマがある、ということだが、よくわからない。目次を見ると、こうなる。
01.女の子たちの夢とその他のすべて
02.気狂い連中のパラダイス
03.世界の真実はフランス映画にある--愛とセックスの寓話
04.スコット・フィッツジェラルドラルドみたいには遊ばない--ジャズの寓話
05.サルのヴィジョン--黙示録
06.影響--成功と不満

7)あえて言うなら、01の青春譚はもういいかな、と思う。02の若者の彷徨ももういいなぁ。せつなすぎる。05のなんとなく悟りへの道も、もういいかなぁ。06の包括的な部分も、実はケルアック追跡に当ブログの目的があるわけじゃないので、割愛できる。あえて、いうなら、03の部分のフランスとのつながりと、04のジャズの部分だ。

8)ただ、当ブログにとって、フランス流の恋愛譚もあまりお呼びじゃない。むしろ同性愛的なボーイズラブ、あるいはもっと純化された、男同士の友情的なニュアンスに近い。また、ジャズも、ケルアックとりフォード・ブラウンの距離も縮まらない限り、ここは深入りは禁物だぞ。

9)正直言って、ペラペラめくるかぎり、この本は「面白い」。その面白さは、私からみた場合の村上春樹に似ている。あえて私は村上春樹なんぞ読む必要はない。影響を受けたこともなければ、読まなくて損したとも思わない。こんな文学、なくてもいい、と思う。

10)だけど、村上春樹は、Dの今世を他者と共有しようとした場合、役に立つ。誰も自分の人生など同時に歩めるひとなどいない。自分の人生は自分の人生なのだ。自分しかわからない。だけど、それを共有しようとした場合、サンプルとしての村上春樹文学は共通話題として使いやすい。あの時代、自分はここにいて、あなたはここにいたんだな。そんな使い方ができる。ポピュラーな大衆文学とは、そういう役割があるのだろう。

11)ケルアックもその要素がある。彼から学ぶべきことなど、ちっともない。学ぼうとして読んだりはしない。だけど、これだけ人々の話題にのぼるなら、他者とつながろうとするなら、ここを切り口につながっていきやすい。それが大衆文学なのだ。

12)だれも、小説のなかの登場人物なんかじゃない。だけど、共通のキーワードとして、ひとつの基準点として、ケルアック文学があっていいのだろう、という認識になってきた。そこんとこが「面白い」。

13)この本でもそうだが、最近ちょっと気になっているのが、セブンス・アベニュー、という言葉。

14)初めてのオン・ザ・ロードの旅へ出るために、サルは、地下鉄のセブンス・アベニュー・ラインに乗って、ブロンクスの242丁目ストーリート駅まで行った。p32「びしょ濡れのヒッチハイカーの寓話」

15)びしょ濡れのヒッチハイカー、なんてエピソードは自分自身のものを持っているので、他の人の「寓話」など必要ない。だが、なんでか知らないが、セブンス・アベニュー、という言葉がやたらと響く、なんでだろう。

「ホワイトアルバム」<13>につづく

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「オン・ザ・ロード1972」<5>

<4>からつづく

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「オン・ザ・ロード1972」
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p
★★★★★

<5>汽車                 目次 

1)我が家と高館山を大きく二つに分けるように、その間には東北本線の線路が走っていた。小学生当時は蒸気機関車が当たり前で、今でも電車を汽車と言ってしまう。汽車の煙が当たり前にたなびくのが我がふるさとの風景だった。

2)その線路の向こうには、線路と並走するように、東(あずま)街道が走り、また線路と我が家の間には、国道が走っていた。つまり、我が家の周辺は実は、交通流通の大動脈の要所にあり、戦後の高度成長に向けて、次第にその風景を変貌させようとしていた。

3)高舘山から閖上に向かって直線的に走っていたのは、浜街道と言われていた生活道で、一番近くのバス停の名前になっていた。浜街道、今考えれば、なかなか意味深い名前である。東街道、国鉄線路、国道4号線を断ち切るように浜街道が一直線に山から海に向かって走っているのである。

4)そして、私が生まれて成長し始めた時期、あらたに国道4号線がいっぱいになり、補完としてバイパス道路ができるようになったのである。このバイパスが我が家のすぐ側を走ることになった。その工事が始まったのは私が小学3年生の頃だった。

5)まったくのどかな農村風景、その田園に大型トラックが出入りするようになり、山や川から砂利を運び込んできた。時あたかも、東京オリンピックに向けて、日本は根本からその姿を変えようとしていた。

6)このバイパス道路工事は長い間時間がかかった。おそらく二年か三年かかったのではなかっただろうか。ちょうどその通路にあたった隣家は、我が家の本家でもあったので、移転するのが大変だった。

7)トロッコ工事も続き、ちょうど学校で芥川龍之介の「トロッコ」などを学んでいたので、実に興味深く眺めていた。大型工事車両も入り、ダンプが何台も何台もやってきた。道路に埋設するパイプ類も実に興味深かった。

8)学校にプールもなかった時代であり、夏休みは近くの川でよく泳いだものだが、その川がどんどん大型橋工事で泳げなくなった。その分、小学校にはプールができた。このプールが間に合わない間、同学年の男の子は、海に泳ぎに行って、おぼれて亡くなった。

9)実は、このバイパス工事の完成が、私をして旅へと誘っていたのだった。工事は一気に進むものではなかった。ゆっくりゆっくり進んだ。モータリゼーションが一気に進む前のことであり、走る車も限られたものだった。物流はまだまだ線路を走る蒸気機関車が担当しており、トラックの物流は限られていたのである。

10)ついでに書いておけば、高速道路は、ずっとあとのことで、私たちは雀の森時代に、そのインターチェンジの工事のための測量工事の助手のアルバイトをしたものだ。新幹線は、1981年のアメリカコミューンを訪ねるために上京した時に、初めて乗った。

11)バイパス工事は一気に進んだわけではない。部分部分が少しづつできた。我が家からみれば北部にあるあの名取老女と関連のある烏宮の屋敷も移転を余儀なくされた。部分部分が田んぼの中に砂利道を作り、できた部分からすこしづつつながっていった。

12)砂利道時代から、自転車や歩行者、原付バイクなどが、すこしづつ利便的に使用していた。つながってからも一気に舗装されたわけではない。砂利道で1キロ、2キロとつながり、やがて5キロ、10キロとつながっていった。

13)その頃、自転車やバイクで旅する若者が登場してきた。道路サイドに、大型店舗用の埋め立て地にテントを張った若者がいた。興味津々の小学3~4年の私たちは、遠巻きにしてその若者を眺めていた。

14)つづいて山形から高校生のサイクリング車がやってきた。その日は雨だったので、我が家の農家の庭にテントを張らせてほしい、という。親たちは、それはかわいそうだ、と言って、本宅に入れ、食事を出し、風呂にいれ、布団を出して泊めてやった。これが、私と旅との最初の接触だったかもしれない。

15)やがて、このバイパスも舗装され全線開通し、東京オリンピックも開催され、日本はもう戦後ではない、というキャッチフレーズのもとに、経済成長路線をまっしぐらに走り始めた。

16)その頃まで、私はまだバス以外の交通機関に乗ったことがなかった。親戚はほとんど足で歩いていけるところにあり、遠くの親戚などなかった。最初に覚えているのは、隣の駅にあった竹駒神社のお祭りに行った時、祖父が載せてくれた蒸気機関車だった。小学六年生になっていた。

<6>につづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」<19> / 「机の上はいらないモノが95%」<3> / 「<インターネット>の次に来るもの」 <19>

<18>よりつづく

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「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」 <19>
リズ・ダベンポ-ト/平石律子  2002/09 草思社 単行本 222p
★★★★★

1)またまたこの本が気になる季節となってきた。前回この本をめくったのはちょうど一年前、年度末の超多忙期になると、どうしてもこの本に頼らざるを得なくなるようだ。

2)この本には後継ともいえる本がある。

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<2>からつづく

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「机の上はいらないモノが95%」 <3> 世界一シンプルな整理法
リズ・ダベンポ-ト/川村透 2008/11 草思社 単行本 110p 
★★★☆☆

3)こちらは、前著に続く同じ著者による後継本だが、どちらからと言えば学生向きに書いてあり、また同時進行していたIT環境に合わせて書いてあり、よりデジタルではあるが、その分、いまいち、この著者独特の技法が、生かされ切っているとは言えない。

4)だから次第々々に先祖返りして、こちらの本は読まずに、前の本を読むことが多くなった。

5)そして、実はごく最近、この世界を脱皮して、次なる世界へと旅立つことを思いついたのである。

--------------

<18>からつづく  

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「<インターネット>の次に来るもの」 未来を決める12の法則 <19>
ケヴィン・ケリー (著),    服部 桂 (翻訳) 2016/07 NHK出版 単行本: 416ページ 目次

6)私はこの本を持ってして、この正月に、リズ・ダベンボードの一冊目の本との決別を宣言したのである。

7)アナログからデジタル化の兆候、そうして、いよいよデジタルへの本格参入。気分的にケヴィン・ケリーはそこまで盛り上げてくれたはずだ。しかし・・・・・。

8)物事はそう簡単には進まない。デジタル化が進めば進むほど、我がアナログ魂は、手作業のサイクルに入り、廃材を加工しての仏像彫刻へと私を駆り立てる。机周辺の状況も決してデジタル化は徹底しない。

9)多いに新しいガジェットや環境を受け入れよう。されど、それだけでは不完全なのである。どうも円周率を3とは割り切れないのである。せいぜい3・14までは残しておきたい。この0.14の魂が声を上げ始める。

10)さて、そうなれば、またまた結局はリズ・ダベンボードの一冊目が本棚から引っ張り出されることになる。

11)何、なにも大変なことが書いてあるわけじゃない。たしかに参考になることは書いてあるのだが、もうすでに何度も読んで頭には入っているはずである。しかも採用できるところと、どうしてもできないことの線引きもすでに終わっている。

12)それでもなお、この本を読むことは、私にとっては意味があるのである。

13)いらなくなった書類を捨て、シュレダーにかけ、視界にはいる夾雑物を減らす。そして1/3になって一息、さらにその1/3になって一息と、その度に周囲はきれいになるのだが、やっぱり、その最後の0.14は残るのである。

14)もっとも、この0.14がなくなってしまえば、それこそデジタルなのだから、多少整理できないものが残ることが結局はよいことなのだ、と受け入れていくしかない。

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15)「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」。ああ、それは私です''`ィ (゚д゚)/

16)「机の上はいらないモノが95%」。あ、それは私の机です。''`ィ(´∀`∩

17)そして、気持ちでは、「<インターネット>の次に来るもの」を期待しつつ、待っている。

18)そんなところに思いをめぐらしながら、年度末の繁忙期を過ごしている。

ケヴィン・ケリー「<インターネット>の次に来るもの」<20>につづく

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2017/03/24

「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳<1>

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「シンギュラリティ」人工知能から超知能へ<1>
マレー・シャナハン著 ドミニク・チェン監訳 2016/01 エヌティティ出版 単行本(ソフトカバー): 268ページ
No.3920

1)SFは今でもインスピレーションの源であり、重要な哲学的概念を探るための素材でもある。しかし、SFが探求するアイデアに対してはより深い処理を行われなければいけない。知的な刺激を伴うとは言え、SFの第一目的は娯楽であり、思考のガイドに使うのは誤りだろう。pi「まえがき」シャナハン

2)シンギュラリティ関連にはある程度目を通したが、同じストーリーを何回も読ませられることと、そもそもその発展プロセスや研究プロセスに直接タッチできない立場であるために、いい加減飽きてしまっていることになる。この本についても、もういいかなぁ、という気分ではある。

3)しかし、これはドミニク・チェンが関与(監訳)している一冊なので、まずは目を通しておこう、という程度の期待値であった。

4)もし人間レベルのAIから超知能への移行が不可避であるなら、その人工知能の基本的な動機と価値観を確実に受け継がせることは良い考えだと言えるだろう。これらの価値観の中には、知的好奇心や、創造、探求、改善、進歩することへの動因も含まれるかもしれない。 

 だがおそらく、他のどの価値よりもまず先んじて教え込まれなければならないものは、他者、そしてすべての感情ある存在に対して向けられる、仏教が説くところの慈悲の心だろう。 

 人間の数々の欠点----好戦的志向、不平等を永続化する傾向、ときおり発揮する残虐性----にもかかわらず、豊かな時代にはこれらの価値は充分、前面化するように思われる。 

 このように、AIが人間的であればあるほど人間と同じ価値観を体現することが期待され、そして人類は、無意味で下等な存在とみなさえるような暗黒の未来ではなく、人間の価値と尊厳が保たれるユートピア的な未来へと進める期待が高まるだろう。p143「AIと意識」 シャナハン

5)科学者や専門家的にシンギュラリティを追いかけるというのはすでに無理で、あるいはSFファン的にも興味を持ち続けることは好みではない。敢えていうなら、こちらが期待しているような着地に近いような道筋がでてきて、ようやく、やれやれとめくるスピードを下げて、熟読してみたりする。

6)意識の「ハードプログレム」とは、(もう一人の哲学者、トーマス・ネーゲルの表現を借りれば)「意識を持つ生物であるとはどのようなことか、なぜそのようであるのか」ということを、科学の言葉で説明しようとする試みである。

 なぜわれわれには主観的な感覚と感情があるのだろうか? 私は今、電車の窓から過ぎていくイングランドの霧がかった田園風景を見ているという主観的な視覚経験は、いかにして私の脳内で発生するのか?

 この問題の難しさは、私が同乗者を見たときに生じるある懐疑的な考えに由来している。彼らがいかに振る舞い行動しようとも、たとえ物思わしげに風景を眺め、その美しさについて語っていようとも、その実、彼らは何も体験していないと推察することは、少なくとも論理的には可能なことである。

 私には彼らの個人的内面世界に立ち入ることはできない以上、そもそも彼らにもそれが備わっているとどうして確信することができようか? ひょっとすると彼らは単なるゾンビ、オートマトンなのかもしれない。p147同上 シャナハン

7)オートマン、とは自動人間、という意味だそうだ。

8)意識ある人間レベルのAIの見通しはさまざまな問題を提起するが、意識ある超知能の場合、その影響はさらに大きいだろう。p202「天国か地獄か」 シャナハン

9)保守的な人間中心主義と、ポストヒューマン原理主義との間に、妥協点はあるのだろうか? p210同上 シャナハン

10)正直言って、科学の行く末としてのシンギュラリティへの関心を持ち続けることはかなり苦痛である。その研究手段を持っていないばかりか、それを現実的に自らが確信をもって実証できないところにその原因がある。だが、その「成果」については、一般的以上に関心を持つ続けているのは確かなことだ。

11)この本の翻訳については三人のチャンが参画している。父親と二人の子供、であろう。ドミニク・チェンは、子供、しかもその弟のほうであるようだ。最終的にはドミニク・チェンの名前になっている限り、この本は、彼の「翻訳」チームによる仕事と考えていいだろう。

12)情報技術産業で活動をしていると、「エモーション」や「マインドフルネス」という言葉が重宝される場面に遭遇することが多い。情報技術もインターネットとスマートフォンが全世界に普及する時代に入ってある程度成熟してきており、その新奇性に注目が集まるフェーズから、いかに人間性と整合するように設計できるかという段階に入ってきている。

 その過程で、比較的定量化が容易な目標設定に拠ってきた工学の領域が、いよいよ人間的な価値を模索しはじめるようになってきたとも言える。p261「訳者あとがき」ドミニク・チェン

13)当ブログがドミンク・チェンに注目しているのは、まずはその若さ。1981年生まれ、まだ36歳の新進気鋭の学者(経営者)であるということ。そして、その若さに載せて、シンギュラリティとマインドフルネスという単語を、自由闊達に使い切っているように見えるからである。

14)人工知能(artificial inteligence)という言葉は、二重の意味を投げかけている。知能を人工的に再構築できるのか、という問いと、そもそも知能とはいったい何なのか、という問いである。 

 人間の知能の全容がまだ解明されていないのにもかかわらず、その機械的な再構築を試みようとする過程を通して、逆に人間の知能とは何かということが浮き彫りになってきている。p257「訳者あとがき」ドミニク・チェン

15)当ブログのタイトルは「地球人スピリット・ジャーナル」であり、サブタイトルは「意識と瞑想をめぐる読書ブログ」である。意識については、最終結論はOSHOに依拠しているとして、そこまでにたどり着くプロセスにおいては、これまでの各世界の各界の精神史、並びに最近のシンギュラリティ進化に多いに期待しているところである。

16)また、瞑想については、さまざまな呼び名はあるが、最近のマインドフルネスという呼び名をあえて可としている。せっかく盛り上がってきているウェーブに、あえて茶々を入れることをせずに、積極的に関与してみようという態度である。

17)したがって、当ブログにおける「意識と瞑想」という場合、現在進行形としては「シンギュラリティとマインドフルネス」と読み直しても、かまわない。「シンギュラリティとマインドフルネスをめぐる読書ブログ」でいい。

18)しかし、残念ながらこの二つをバランスよく配合することはなかなか難しい。グッドバランスで紹介してくれる人も少ない。敢えて、当ブログがこの訳者ドミニク・チェンに注目するのは、この人がこの二つのバランスを合わせて持ったニュースター足り得ると認識しているからだ。

19)先端科学にも疎く、最新のマインドフルネスの情報にも疎い当ブログとしては、個別にそれらを追っかけていくよりも、ドミニク・チェン、その人を注目していたほうが、より早く、効果的であるような気さえしている。

20)人工知能を考えることは、すでに私たちの生活に浸透しているさまざまな情報技術を観察することからも可能だ。私たちのネット上の社会生活を支える現行のウェブサービスやアプリの多くの機能が、人工知能が依拠する機械学習を用いている。

 本書で展開される未知の知性の創発に向けた知能冒険の開始点はすでに私たちの生活のなかに散りばめている。

 監訳者としては、人工知能に代表される現代の情報技術に対して危惧の念を抱くのではなく、むしろ積極的にそのよりよい更新へと読者の想像力が刺激され、専門家以外の堅実な議論が活性化することを願う。p263「訳者あとがき」ドミニク・チェン

21)はてさて、紹介者として の彼に一存するとして、「専門家以外」の当ブログとして、彼が提唱する「積極的な議論」に参加できるだろうか。「読書ブログ」というレベルでは、かなり方向が違うかな、とも思う。されど、その「活性化」を期待しつつ、その素地を醸成するかもしれない一旦を担おうとする姿勢は、まずは許されるのではないか、と願うものである。

<2>につづく

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2017/03/23

「日本会議の研究」 菅野 完 <3>

<2>からつづく

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「日本会議の研究」 <3>
菅野 完 (著) 2016/04 扶桑社 新書 302ページ
★★★☆☆

1)午前中、参議院でのカゴイケ証人の意見をテレビでほとんど聞いた。午後は衆議院の同人の証言を聞いている。今の気持ちを率直にメモしておこう。

2)まず、証人の誕生日を聞いて驚いた。私と同じ学年なのである。仮にこれが、わが同級生であったなら、おお、すごい奴だなぁ、と素直に思う。こんな環境のなかで、こんなにスラスラと答えることなどできる奴は少ないと思う。

3)この人が素直に、天皇を中心とした国家像というものを「美しい日本」の原型だと思うのなら、そう思うということ自体、へぇ~、そうなんだぁ、と、私は口をつぐむ。

4)そして、マスメディアだけではなく、それについてのSNSなどの個人メディアなどを含め、いい加減な情報を聞いているよりは、はるかに背筋が伸びるような話だなぁ、と思う。

5)私個人としては、若い時分、何かを守る「大義」があるなら、そのことに自らの命を捧げる、ということもあっていいのではないか、と思った。その大義とは、例えば革命とか、あるいは使命とか、ミッションとかの役割として、一人一殺的な、かなりテロルな情念が湧いてきたことはあった。あるいは、そのような心情が、まったくわからないわけじゃない。

6)インドから帰ってきて25歳の時に大病をわずらい、ああ、これで死ぬのかな、と感じた時、結婚もしていなかったし、やるべき仕事もやってしまった後だったので、このまま死んでもいいかなぁ、と思った。

7)だが、そのあと結婚し、子供も生まれ、やりかけた仕事ができてからは、極端に心境は反転した。死んではだめだな、のたれ死になったとしても、なんとかかんとか長生きしなければならない、と執着が湧いてきた。

8)若い時に、時代が時代なら、お国のために死んでいい、と思ったかもしれない。思っただけで、実際は、臆病風が吹いて、何にもできなかったかもしれない。もちろん何もできなかった方の確率が高い。でも、そういう意見や意志を持っている、という人がいるということはわかるし、そういう人の意見は、遠巻きにしながら、聞いてもいい。。

9)でもしかし、この21世紀の初めにあたって、お国のために命を捧げる、というのは違うと思う。私の命などもうほとんど役には立たないが、私の子供や、孫や、さらにその子孫たちが、そのような「美しい」文言に揺り動かされて、自分の人生を棒に振ってほしくない。自分の人生を大事にしてほしい。

10)教育勅語の「美文」の本質をキチンと理解し、決して世の中を戦前のようなものにしてはいけない。そうしたいと思う人がいるのは仕方ない。だが私はそう思わない、ということを主張するしかないし、反対意見の人にも尊重してほしい。

11)私は、私と同じ年齢のカゴイケ証人が、彼流の教育理念にのっとって幼児教育や小学教育を「したい」と思うのは、わかるとしても、そう「してはならない」と思う。なぜなら、カゴイケ証人自身が、お国のために命を捧げるのは構わないが、これから生まれてくるような、新しい命に対して、そのような思想を刷り込んではならない、と思うからだ。

12)刷り込みに関しては、もちろん、私のような考え方も刷り込んではならないと思う。一定程度、証人のような意見を、自然発生的に持ちうる子供だって、いるかもしれない。

13)消防や、警察や、自衛隊、あるいは軍隊、と言ったものが、この世に存在しているからこそ、このようなブログを存続させていることのできる私がいる。だから、彼らの存在が、まったく疎ましいなどとは思わない。ある一定程度、そのような人々が存在することは、必要だと思うし、尊重すべきだと思う。

14)私は、ある一定期間、自衛隊基地内のカウンセラーを務めたことがある。自衛隊員や家族の人々と触れ合うことが任務だった。自衛官になった友人もいるし、3・11以降の自衛隊のみなさん活躍には、多いに感謝した。

15)しかし、この時期におよんで、教育勅語を基本とした天皇制の国家を作って、美しい、なんて嘆息していることはできない。

16)カゴイケ証人の問答を聞いていて、そんなことを思っていた。安倍晋三首相も、私と同じ年の生まれだ。あの人のやろうとしていることには賛成できない。

<4>につづく

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「日本会議の研究」 菅野 完 <2> / 「さとりサマーディにて」<25>

<1>からつづく

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「日本会議の研究」 <2>
菅野 完 (著) 2016/04 扶桑社 新書 302ページ
★★★☆☆
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<24>からつづく

「さとりサマーディにて」 

<25>              目次 
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1)本日、とある人物が国会に証人として登場する。その結果、どのようなストーリーが新たに出来上がるのか、気にならないわけではない。かと言って、そこから、じゃぁ、そこから何が立ち上がるのか、となると、個人的にはあまり躍り上がってはいられないな、と思う。

2)問題点はなにか。
a.幼稚園、小学校、という教育はどうあるべきなのか。
b.個々の私立教育機関とは、どのような経緯で出来上がってきたのか。
c.そもそも教育勅語は、未来に向かっての指針であり得るのか。
d.政治とは何か。右傾化する政治にはどう対処すべきか。
e.忖度(そんたく)した役人たちの、仕事とは何か。政治家の圧力は?
f.未来に向けての国家ビジョン、グローバルな世界平和への道は、どうあるべきなのか。
g.日本という国家、天皇制という統治システムの賞味期限はどのくらい残っているのか。
h.ジャーナリズムはどうあるべきか。
i.これだけのネット社会になり、個人のジャーナリストが、大手メディアに対抗できるようになったのか。
j.過去、生長の家、谷口雅春の業績とその(悪)影響は今でも残っているのか。
k.日本会議という「黒幕」は、それほどの力を持っているのか。
l.その他

3)だらだらと続けていけば、キリがない。この中でも、当ブログとしてはあえて3つのテーマを拾い上げてみる程度だ。
a.幼稚園、小学校、という教育はどうあるべきなのか。
f.未来に向けての国家ビジョン、グローバルな世界平和への道は、どうあるべきなのか。
i.これだけのネット社会になり、個人のジャーナリストが、大手メディアに対抗できるようになったのか。

4)すべての人間は、子供たちだった。地球の子供たちだ。周囲の大人たちは、子供がその子らしくなるのを手伝う程度で十分だ。幼児教育で偏った思想など刷り込むなど、可能な限り避けなければならない。

5)いまだに、地球ビジョンは明確ではない。されど、国家ファースト主義は、終わりにしなければならない。国家主義を強化することによって、軋轢を高め、戦争の危機などを呼び込むことはまったく愚かなことだ。

6)大手メディアの使い方と限界について周知しておくべきだ。今回の菅野完氏の活躍の全貌はまだ明らかではないが、個人ジャーナリズムが有効に働くなら、これは素晴らしいことだ。

7)キーワードは、地球、人間、スピリチュアリティ、だ。加えて、ジャーナリズムも加えておこうか。結局、当ブログとして強い関心を持っているのは、そのタイトルの通り、地球人スピリットであり、作業としてはジャーナル、ということになる。

8)日本を会議するのではなくて、地球を会議すべきだ。国家を優先すべきなのではなく、人間を優先すべきなのだ。押しつけの精神主義ではなく、自由なスピリチュアリティを育むべきだ。個人として発言できるジャーナリズムが存在することは、大事にすべきだ。

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9)テレビが我が家にやってきた頃など、母は、台所仕事で忙しく動きまわっていたが、画面に天皇陛下が登場すると、ちょっと広い農家の部屋を横切って走ってきて、テレビの前に静座して聞き入っていた。

10)教育勅語など、完全に脳に刷り込まれている。95歳の現在でも、おそらく全文を暗唱できるだろう。

11)出兵して戦死・負傷した配偶者に対する補償として、今でも「国家」からの保護を受けているはずだ。彼女にとって国家の存在は大きい。

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12)95歳の老婆の人生はおそらく最終ラウンドである。もし生きていたらちょうど100歳になったであろう父の生きた時代は、あった。その時代はすでに終わりつつある。

13)戦後民主主義で育った私たちの世代には、国家より個人が優先していることは確かなことだ。されど、国家というものが、暗然として存在していたからこそ、優先できた個人主義がある。

14)はてさて、これから育っていく孫たち、名付けてポスト3・11ジェネレーションにとって、国家はどうあるべきなのか。スピリチュアリティはどうあるべきなのか。

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15)私はこの人生で、OSHOを選び取った。瞑想がキーワードで、普遍性を図るならマインドフルネスという言葉でも構わない。ジャーナリズム、とくに個人で参加できる機能は大いに発展進化すべきだと思う。そのリテラシーもみんなで身に着けるべきだ、と思う。

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16)以上のような観点、立ち位置から、今日の国会の証人の発言を注視していたい。

「日本会議の研究」<3>へつづく

「さとりサマーディ」<26>へつづく

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2017/03/22

「オン・ザ・ロード1972」<4>旅

<3>からつづく

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「オン・ザ・ロード1972」
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p
★★★★★

<4>旅                 目次 

1)旅と言って、最初に思い出すことは、小学三年生の時のことだろうか。8歳。あの頃から、小さな自我が成長し始めるのだ。

2)3月29日に8歳になって、3日後の4月1日に、6年間療養していた父親が隔離病棟で亡くなった。葬式は4月8日。新学年の始業式と同じ日だったが、始業式に出てから葬式にでた。そんな日でも、学校を休むのは我が家では許されなかった。

3)私側からすると、どうせなら私が7歳のうちに父の死があったほうがカッコよかったようにさえ思っている。多くの宗教家が7歳で父と死別という体験をしている。だから私は、8歳になって3日目に父が亡くなった、と表記することがよくある。

4)この前後、私は、私自身の死を体験した。このことについては別な記事で書いておいた。

5)小学校三年の時の担任は松本ミヨコ先生。やさしい、静かな先生だった。胸を病んで休んでいたスズキ先生の代用教員として私たちを一年間担当していただいた。この年、この一年間だけで、しかも私のクラスだけで、私の父と同じ病気でクラスメイトの父親4人が亡くなった。とにかくあの病気は、この年が最後で、これ以降は死病ではなくなった。

6)畏友・故石川裕人を意識したのもこの学年だ。学芸会で最初選ばれていた主役の立場を、結局は彼に奪われ、私は村の子供3になった。大笑いだ。野球チームを作り、試合みたいなことを始めたのもこの時代だ。実は私は野球というものがよく分かっていなかった。テレビもない、ラジオでだって試合など聞いていなかった。ただただ竹バットを振って、ゴムボールを打っていた時代だ。

7)新聞部というものがあることを知ったのも、小学三年生の時だった。この時は模造紙に油性マジックペンでニュースを書き出したものをクラスや廊下の壁に張り出す。それだけの事だったが、松本先生に褒められたことがとてもうれしかった。後日談だが、これから20年後に、偶然松本先生のご自宅を訪問してしまったことがある。一目見て先生だとわかったが、先生もまた、すぐ私の名前を思い出してくれたのはうれしかった。

8)この年、わが家には町の親戚の家から中古テレビがやってきた。白黒で、ガチャガチャ回すチャンネルで、もちろん真空管がいっぱい。プロレスも自宅で見ることになった。自宅に最初にきたテレビでみたのは、NHKドラマ「ポンポン大将」。桂小金治主演の、墨田川のポンポン舟が舞台だった。

9)この年、私たちは、自宅の大人たちの自転車を持ち出して、自転車部隊なるものを作成した。3~4人、時には7~8人で、学校の放課後とか土曜日の午後とか、街のあちこちを走り回った。中古の子供自転車を買ってもらうものもいたが、私なんぞは大人自転車を三角乗りした。ハンドルの前に荷台のついた運搬車を運転できるものはいなかった。

10)大体は友人宅を訪問していたのだが、時には海を目指したり、山を目指したりした。海に釣りに行く、と言った時、前日は許していたのに、当日になって家族が強く止めに入り、結局は友人宅まで自転車で行って、中止を伝えた。

11)山に行くときは結局、許しもなにも、ただただ、山を目指したのだ。山、と言っても、私たちにとっては、一番近いのは高舘山だった。海は閖上浜だが、海よりかは山のほうが近く見えた。

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12)通称高舘山、名取熊野那智神社。3・11以降、閖上浜と同様、これほど人の口の上るとは思っていなかった山である。あの頃まで、あの山の向こうに東京があると思っていた。方向としては、そちらは山形であるのだが、地形や地図なんて、ぜんぜんわかっていなかった。

13)自転車で数人の小学三年生が、この山を目指した。採石場があり、ボンボンと音がした。山に登り、自転車も押し上げたはずだ。山の上から、海を眺めた。私の生まれたところは平たんな田園地帯で、ほとんど何もないようなところだったが、海と山はすぐそこにあった。この高館山から見えるのが閖上浜だ。

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13)思えばこれが私の原型だ。ここから始まって、ここに戻ってきた。私の旅の始まりはあの8歳の時の自転車部隊だっただろう。そして、私の旅の終着点は、この、この場所に戻てきたのだろうか。

<5>につづく

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2017/03/21

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」<67> / 「さとりサマーディにて」<24>

<66>からつづく 

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<67>新一年生  目次
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「さとりサマーディにて」 

<24>              目次 
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1)3・11震災から6年が経過した。早いのか。遅いのか。決して忘れない、と再決意するのか。もう、忘れようよ、と心機一転狙うのか。

2)あの震災のちょっと前に生まれ、里帰り出産でその直前まで我が家にいた初孫は、その後、離れて暮らしているが、まもなく新一年生となる。彼の上では、着実に、ごく当たり前の6年という時間が経過したのである。

 

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2)あの震災で、身内の別の一族は福一から20キロ圏内にいた。その後どうしたわけか、体調を崩し、その母親は大手術をした。まもなく二番目の子供が新一年生になるタイミングだった。周囲の家族は、せめてこの子供の入学式までと、念には念を入れて、と養護し、今のところはなんとか大事に至らないでいる。
3)むかし、数十年前、友人の友人の妹の死の床に呼ばれたことがある。彼女は末期だった。枕元で、私が何事かをした。その時、彼女には二人の子があって、下の子は、春には新一年生、というタイミングだった。赤いランドセル。

4)私はあの時、積極的に、感情を殺した。エモーショナルではなく、単に事実を事実として見つめた。それ以外に何ができるのか。その後、結局のその姉のほうも、ホスピスで見送ることになった。なんという運命か。

5)今回の震災でも、多くのランドセルが流された。一個一個のランドセルに、ナニをどう語りかければいいのか。絶句しかない。

6)私には孫が4人いる。一人目の孫が新一年生になり、それから順番で下の孫たちが成長していくに違いない。私の母から見れば、すでにひ孫は12人いて、さらに13番目がまもなく生まれてくる。幸せと言って、こんなに幸せなことはないではないか。

7)すべてを込めて、おめでとう、と言いたい。そして、ありがとう、と。

 
 

「さとりサマーディにて」<25>につづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」<68>につづく

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「ケルアック」バリー ギフォード (著) / 「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<11>

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「ケルアック」 
バリー ギフォード (著),    ローレンス リー (著), 単行本  – 1998/02 毎日新聞社単行本: 566ページ
No.3919★★☆☆☆
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<10>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<11>Dの消息       目次 
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1)結局、ケルアック熱は急激に冷めてきた。そもそもがD追跡プロジェクトの中でのビートニクであったし、ジャズシーンとの距離感としての路上だった。特に当ブログとしてはゲーリー・スナイダーとの相性がいいので、その辺の情報を側面からつかまえることができれば、それはそれで上出来だ。

2)もう、こんな500ページを超えるような単行本を一気に読み切るような情熱は残っていない。ただ、漠然とだが、こうして眺めていると、スナイダーとの距離も見えてくる。Dは決してスナイダーではないのだ。

3)たしかにバロウズやギンズバーグは、ヤクの臭いやホモセクシャルのぬくもりが気になってのめり込めないし、ケルアックは、やんちゃすぎる。一番感情移入できそうなのはもちろんスナイダーだ。が、だけど、ちょっと待てよ。

4)エコロジカルであったり、仏教に対する造指が深いのはそれはそれでいい。しかし、Dはどうなんだ。そこまでエコロジカルでもないし、もろに仏教を目指したわけではないのだ。求めているものが、ちょっと違う。それに21歳で交通事故で命を落としてしまった限り、それほど熟成はされていなかったのだ。特段の才能も発揮していなかった。単なるルートセールスマンだ。

4)ただただ、ひとつの人生として、命として、この世を彷徨っていたにすぎない。だが、その彷徨いにも意味はあった。

5)こうしてみると、ケルアックはケルアックで、結構お茶目で、いいかもな。少なくともクリフォード・ブラウンのような「優等生」でないところが、また魅力なのだろう。

6)DのことはDとして、そのうち、本当にケルアックが好きになってしまうかもしれない。ミイラ取りがミイラになってしまいそうだ。

7)さて、この辺で、なぜにD追跡プロジェクトが始まってしまったのかの再確認と、どの辺まで探ればいいか、チェックしておく必要があるだろう。

・だいたい時代背景はわかった。ほとんど図星だった。ここはこれでいい。何巡かしているうちに、もっと分かってくるはずだ。
・東海岸から西海岸へ、という行程も、妥当性があるものだ、とわかった。
・西洋としてのアメリカが、東洋に向かうの途上であったことも、具体的に分かった。
・ただ、白人インテリWの存在がまだ分かっていない。アラン・ワッツほど洒脱な男ではない。もっと保守的で、アカデミズムに染まっている人間だ。そしてヒューマニティ溢れている。
・Dはもう、ほとんど自覚という意味では、何もわからないままアメリカを去ったのではないか。ほとんど無自覚だ。だが、機根がある。ある運命に任されて、流れていた。
・そろそろこの辺で、1931年フランスから逆照射しないと、見えてこなくなっているのではないか。
・アメリカにおけるDの消息。漠然としたものであったが、この数日の探索で、その存在感は、一機に輪郭を強めた。奴は、いたね。確実に。

「ホワイト・アルバム」<12>につづく

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「オン・ザ・ロード」ウォルター・サレス監督 / 「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<10>

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監督: ウォルター・サレス 出演: サム・ライリー, ギャレット・ヘドランド, クリステン・スチュワート, エイミー・アダムス, トム・スターリッジ他   発売日2014/03 販売元: 東宝 形式: DVD 時間: 139分  
No.3918★★★★★

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<9>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<10>オン・ザ・ロード       目次 
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「ホワイトアルバム」<11>につづく

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「ケルアック」 ガリマール新評伝シリーズ  イヴ・ビュアン / 「ホワイトアルバム」転生魂多火手伝<9>

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「ケルアック」 (ガリマール新評伝シリーズ)
イヴ・ビュアン(著), 井上大輔(翻訳) 2010/06 祥伝社 単行本 400ページ No.3917★★★★★

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<8>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<9>ダルマバムス       目次 
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1)パラパラめくって終わりにしようと思っていた一冊だが、途中まできた段階で、一杯メモしておくことが出てきたしまったので、とりあえず途中下車。

2)ギンズバーグの信じる宗教は愛であり、一つだけの文化を拠り所とすることなく普遍性を奉じていた。ユダヤ教の知識を渉猟しつくし、革命を説く書物を読み漁り、そしてケルアックの最初の読者としてケルアックの作品に触れて本人と対話し、挙げ句の果てには天啓を受けたかのように東洋に目覚めた。

 1954年のある日、ギンズバーグがスートラのすばらしさをケルアックに力説すると、ケルアックは高度な仏教書の知識を披歴した、というエピソードが残っている。ケルアックは、二元論を超越する仏教の理論をもすでに知っている独学の博識だった。p99「ビートジェネレーション」

3)1950年代前半の彼らの交わりが活写されている。

4)この二人が同志として友情をすり減らしても、ギンズバーグは最後までケルアックを見捨てることはなかった。この二人が同志として絆を結び、飽きることなく意見を交わしたことからビートジェネレーションは生まれたのだ。

 結局のところ、ビートジェネレーションとは、ケルアックとギンズバーグの二人の間での現象だったのかもしれない。ビートジェネレーションを誰も顧みることのない溝から神秘の高みにまで引き上げたのはこの二人だったのだから。

 精神的な探索を含めた二人の実人生が二人の文学に先行した、と考えても間違いないだろう。少なくとも、ビートジェネレーションにおいて実人生と創作の二つは切り離せない。p100 同上

 いわゆるここがこのムーブメントのコアだ。カーネルだ。

5)政治思想の面においては、表立って批判することはなかったものの、ギンズバーグははっきりとケルアックと袂を分かった。革命は行き詰って敗北する運命にあるということも、愛はもともと呪われているいう悲観論も、ギンズバーグは信じていなかった。

 アメリカの没落を高らかに歌い上げるギンズバーグは、マルクス主義的な反体制派に属していた。規範化された”システム”の理想を糾弾し、精神を支配しようとする権力への従属や欲望の日常的な抑圧を拒否するさまざまは人びとが大同団結したグループである。

 ギンズバーグは執筆と非伝統的な政治活動への参加を通して政治にコミットした。p103 同上

6)当ブログにおいてギンズバーグはほとんど登場してこなかったが、D追跡プロジェクトを継続する限り、ケルアックもギンズバーグも重要人物となる。それもこれも、結局はスナイダーへとつながる系譜からかもしれない。

7)バロウズは植物楽の知識に基づき、植物の力を借りて精神の可能性を極めるための独自の探求を一人で続けていた。だが、ケルアックとギンズバーグが系統する仏教には懐疑的な態度を示し、仏教を「西洋文明には向かない精神的ドラッグ」と呼びさえした。

 1952年、バロウズは中央アメリカを訪れることを考えた。目的はグアテマラを探検し、アマゾンまで行き、そして状況しだいではパナマに落ち着くことだった。1953年、伝統の薬草アイアワースカを探して、バロウズはエクアドルの首都キトへと旅立った。p108 同上

8)バロウズとなると、さらに当ブログとはかなり距離感がでてきてしまう。ただ、1952年、53年という時代は、こういう時代だったのだ、ということを理解するには需要なポイントである。また、現在マインドフルネス旋風が吹き荒れるアメリカではあるが、60数年前の仏教理解は、全米的にこの程度であったのだろう。

9)ビートジェネレーションはダダイズムになろうとしたわけでもなければ、シュールレアリスムになろうとしたわけでもない。まして、排他的な一派の形成や思想的テロとは無縁である。そもそも、彼らは自分たちの存在を存続させようということも考えていなかった。

 なぜなら、そもそもビートジェネレーションなど存在していなかったのだから。ビートジェネレーションというのはあくまでも一つの表現、言葉のあやに過ぎず、ケルアックが二つの単語を組み合わせて何気なく述べたところ、ギンズバーグがこれに飛びついて記録したのである。バロウズはビートジェネレーションを認めようと(しなかった)。p123 同上

10)そもそも論として、このようなことはよく起こる。

11)バロウズ、ギンズバーグ、ケルアックというばらばらな三人の運命が交錯し、その結果、それまで見たこともない天街が静かに爆発したのだ。

 芸術家にありがちな軽い誇大妄想の現れとして派手な高揚感を表出したことは何度かあるが、三人は将来に全く展望がないまま、互いに書いたものを回し読みした。だが、彼らの著作は思いがけず衝撃をもたらすことになる。エネルギーと洞察と力強さにあふれた作品だったからだ。p125 同上

12)こういうこともよくある。

13)(ニールは)1953年の中盤から東洋哲学、特に仏教と道教に興味を持ち始めていたケルアックとの会話はまったくかみ合わない。幸い、サンホセの図書館には東洋思想に関する書籍が山のようにあり、その中でもドワイト・ゴダールの「仏教の聖書」はケルアックの愛読書となった。

 彼は仏教の経典の中でも特に金剛経と六祖壇経に興味を持ち、禅の公案を考えたり、俳句を作ったりした。だが、ニールはケルアックの仏教思想を理解しようとしないため、議論は常に平行線を辿り、二人の間には再び険悪な雰囲気が漂った。p173 「西海岸(ウェストコート)」

14)当ブログとしては、「金剛経」「六祖壇経」はOshoとの関連の中で、すでにメモしてある。

15)ゲーリー・スナイダー(「ダルマ行者(バムス)」ではジェフィー・ライダーとして登場する)は一風変わった男で、1930年にオレゴンで生まれ(22年生まれのケルアックより8歳年下ということになる)、子供時代を西海岸北部の山の中で過ごした。

 そのためスナイダーは、自然や動植物、そして白人がやって来る前からアメリカに住んでいたネイティブアメリカンの末裔に対して深い敬意を抱くようになった。

 厳格で学識豊かなスナイダーは、東洋文化と東洋言語をリード大学とカリフォルニア大学バークレー校で学び、友人のフィリップ・ウォーレンと同様に、仏教の教えを実践する詩人として活躍していた。後にスナイダーは詩人としてピュリッツアー賞を受賞することになる。

 スナイダーは行動的な無政府主義者で、非常に過激な一面を持っていた。その結果、ベトナム戦争反対や環境保護の運動の最前線に立って闘うことになる。自分の私生活と、宗教的および政治的な信念や行動を切り離すという選択肢はスナイダーにはなかったのだ。

 加えて、スナイダーは手先が器用で力仕事も巧みにこなし、その肉体は今まさに放たれんとする弓のように引き締まっていた。威厳溢れる容貌と知性、そして豊富な知識はケルアックを魅了した。

 シェラ山中を歩くゲーリー・スナイダーを見て、ケルアックは寒山や李白といった風狂詩人のなんたるかが理解できるようになり、スナイダーの中に若くたくましいブッタの姿を見出すに至った(「ダルマ行者(バムス)」は寒山に捧げられている)。

 ゲーリー・スナイダーはケルアックを愛と慈悲の化身である菩薩に喩え、ケルアックに自分なりのスートラを書くように促した。それを受け、一年後の1956年5月、当時住んでいたミルヴァレーにあるコテージの庭でケルアックは傑作「黄金永劫の書」を書き上げた。p179 同上

16)「黄金永劫の書」=The Script of the Golden Eternityは「ジャック・ケルアック詩集」アメリカ現代詩共同訳詩シリーズ(1992/01思潮社)とされるが、当ブログでは未確認。

17)(1956年)日本に旅立つスナイダーを祝うために、出発の前には大勢を集めて連日連夜パーティが行なわれたが、これは後のハプニングの先駆けであった。ここでスナイダーは仏教について滔々と語り、独学でただ好き勝手にアジアについて学んでいたケルアックに強い衝撃を与えた。

 このパーティーで、ケルアックは当時大いに持て囃されていた哲学者アラン・ワット(ママ)をスナイダーから紹介された。ワットは後に、禅とビートジェネレーションをテーマとした書物を書くことになる。p183 同上

18)ここでようやく当ブログのこれまでの流れにつながってくる。アラン・ワッツ(と当ブログでは表記してきた)は、Oshoお好みの人物である(「私が愛した本」はワッツに捧げられている)。

19)ちょっと長くなり過ぎた。後半は次回に譲る(と書いたが、結局、後半はあまり面白くなかったので割愛する)。

「ホワイトアルバム」<10>につづく

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2017/03/20

「日本の仏舎利塔」 〔オールカラー版〕 光地 英学<2>

<1>からつづく 

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「日本の仏舎利塔」 〔オールカラー版〕 <2>
光地 英学(著) 1986/11 吉川弘文館 単行本 512ページ
★★★★☆

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O氏建築事務所様のページから大変貴重な画像をお借りしました。都合の悪い場合はご連絡ください。速やかに削除いたします。m(__)m

つづく

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「オン・ザ・ロード1972」<3>目次

<2>からつづく

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「オン・ザ・ロード1972」
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p
★★★★★

<3>目次

8)自転車 NEW2017/04/15
7)遠い世界に 
6)線路
5)汽車
4)
3)目次
2)はじめに
1)「時空間」創刊号1972/11 80日間日本一周ウルトラトリップレポート

<4>につづく

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「オン・ザ・ロード1972」<2>はじめに

<1>よりつづく

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「オン・ザ・ロード1972」
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p
★★★★★

<2>はじめに    目次

1)こうして還暦も過ぎてしまうと、大体の人生の縮図は見えてくるものだが、まぁ、大した旅もしなかったなぁ、とやや反省気味である。

2)だとしても、16歳で始めたヒッチハイクの旅は、18歳の時の80日間日本一周の旅へと成長していった。あの旅こそ、人生の始まりであったような気もするが、今となってみれば、人生の中の一番大きな旅だったのではないか、と思うようになってきた。

3)当時の旅程は、当時発行していたミニコミ「時空間」に掲載しておいたが、それをあらためて振り返ってみることもなく過ぎてきた。当時、読者から、もっと詳しくレポートしてほしいという要望があったが、正直言って、当時18歳の私には、そんな余裕がなかった。

4)もっとも18が30になり40になり、60になっても、そんな余裕なんかなかったのである。このままだと、せっかくの旅の記録もなくなってしまう。この辺で、思い出しながら、当時の旅行記を書いてみようかな、という心境になってきた。

5)時あたかも当ブログにおいて、ケルアックの「路上」がまな板にあがりつつある。ここで連動させて、わがオン・ザ・ロードを始めてみようと思う。

6)なんせ45年も経過しているので、記憶も確かではない。場合によっては当時の仲間の助言なども借りながら、ひとつのストーリーを作り上げてみよう、と思う。

7)タイトルや構成、その他の写真等も、とにかく不統一ではあるだろうが、まずはスタートしてみる。

<3>につづく

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「オン・ザ・ロード1972」<1>80日間ヒッチハイク日本一周の旅

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「オン・ザ・ロード1972」<1>
「時空間」創刊号 1972/11/20 時空間編集局 ガリ版ミニコミ 102p
No.3916★★★★★ 目次

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<2>につづく

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「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」<66>/「さとりサマーディにて」<23>

<65>からつづく

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」 

<66>プラレール  目次
------------------------
<22>からつづく

「さとりサマーディにて」

<23>              目次 
-------------------------

1)この連休、わが家にとっては人生の中でも大きなイベントがあった。孫たちが近くに求めた新しい家に引っ越していったのである。忙しい人たちであるし、近くでもあるので、引っ越しは断続的に続くことになり、少し時間はかかるだろう。

2)孫たちがいなくなって、ちょっと寂しい思いもするが、それこそスープの冷めない距離なので、それほど孤独感を味わうこともないだろうな。

3)これまでは、あちこちに置いてあったオモチャ類も、すこし減るに違いない。

4)小学校に入る前、それまで5年間も療養所に入っていた父親から、いい子にしていたら何か買ってやるぞ、と言われ、「乾電池で動く電車が欲しい」と返事したことを今でも覚えている。

5)その父親が、我が子との約束も果たさないで病死してから、もう55年になる。追善法要も50年忌までは家族で行っていたが、もうそれ以降は、できるだけ意識しないようになっている。

6)その父も、今年は生誕100年目にあたるという。姉弟が教えてくれた。

7)短命だった父の分まで頑張ろうとしているのか、おかげ様で母はすでに95歳で、最近ちょっと心配なこともあったが、元気を取り戻した。めでたし、めでたし。

8)暑さ寒さも彼岸まで。日差しも温かくなってきた。屋根の上の太陽光発電も、かなり順調に進んでいる。

「プレムバヴェシュの孫たちとの対話」<67>につづく

「さとりサマーディにて」<24>につづく

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「ビート・ジェネレーション」 ジャック・ケルアックと旅するニューヨーク /「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <8>

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「ビート・ジェネレーション」 ジャック・ケルアックと旅するニューヨーク 
ビル・モーガン   (著),    今井栄一 (翻訳) 2008/03 スペースシャワーネットワーク(P-Vine BOOks) 単行本: 320ページ
No.3915★★★★☆
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<7>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<8>ジェネレーション       目次 
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1)同じ年(注1943年)の11月のある日、ケルアック、ギンズバーグ、ホームズはこの部屋で、「俺たちの世代は未来でどのように語られるのだろうか?」などと語り合っていた。「もし、語られるとして、だけれどね」とクレロン・ホームズ。 

 そのとき彼らの頭の中にあったのは1920年代の「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれた世代のことであろう。

 やがてケルアックがこう言った。「俺たちはきっと、ビート・ジェネレーションなんだ」。そうビート・ジェネレーションという言葉が、このとき、この世で初めて使われたのである。p91「ロックフェラーセンター・ミッドタウン」

2)この本の原書の初版は1997年である。この部分を訂正して、訳者は邦訳初版(2008年)でこのように追記している。

3)<訳者ノート>
 「ビート・ジェネレーション」という言葉が初めて公の場に使われたのは1952年11月16日に出された「ニューヨークタイムズ・マガジン」誌上だった。

 当時「物静かなビート(Quiet Beat)」と呼ばれたジョン・クレロン・ホームスがその誌上に書いた10頁に渡るコラム「ビート・ジェネレーション(This is the Beat Generation)」がそれ。

 このコラムの中でホームズはこの言葉がケルアックのものであると書いたが、ケルアックは別のところで「ビートというアイディアはハーバート・ハンケからのものだ」と言っている。

 ホームズは小説、詩を数多く出版したが、彼の処女作「GO」こそが、「ビート文学史上最初の小説にして出版物」だとされている。p93 同上

4)このBeat がのちにBeatlesの語彙としてのルーツのひとつになったことを考えれば、極めて重要なターニングポイントであっただろう。少なくとも、「ビート・ジェネレーション」という言葉が公になったのは1952年の末であったことは、D追跡プロジェクトとしては、重要なポイントである。

5)そういえば、ロスト・ジェネレーション、という言葉もあった。いずれチェックしよう。

6)ヴィレッジ・ヴァンガード Village Vanguard

 セブンス・アベニュー178番地の地下にあるジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」は、今のヴィレッジにおけるジャズの聖地である。オープンしたのは1934年、翌35年にマックス・ゴードンによって現在の場所に移された。

 このジャズ・クラブでプレイした演奏者の名が書かれた名簿をめくっていけば、ここはまるで音楽会の大殿堂のように感じられるだろう。

 ジョン・コルトレーンがここでプレイした。マイルズ・ディヴィスももちろんプレイした。ディジー・ガレスピーが、ウディ・ガスリーが、コールマン・ホーキンスが、リードベリー、チャールズ・ミシガンズ、セロニアス・モンク、チャーリー・パーカー、アート・テイタム、サラ・ヴォーン・・・・・、きりがない。

 「誰がここで演奏したか」ではなく、「演奏しなかった者」の名を挙げていく方がずっと簡単だろう。

 ビートの作家・詩人たちはみんな、ヴァンガードがもうちょっと安い店だったなら、もっと頻繁にやって来たことだろう。ケルアックはこう言っている、「ヴァンガードへ遊びに行くなら、たんまり金を持っていないと」。p147「グリニッジ・ヴィレッジ~前編」

7)ここまでジャズメンの名前が挙がっていながら、わがクリフォード・ブラウンの名がないのは、どうしたことだろう。あとで調べてみよう。

8)最近まで我が家の近くにあった書店ヴィレッジ・ヴァンガードのルーツがこの辺にある。セブンス・アベニューの、セブンスという言葉使いも気になる。

<9>につづく

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「ビート読本」ビート・ジェネレーション 60年代アメリカン・カルチャーへのパスポート /「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <7>

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「ビート読本」ビート・ジェネレーション 60年代アメリカン・カルチャーへのパスポート
現代詩手帖特集版  1992/07 思潮社 単行本: 408ページ
No.3914★★★★☆
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<6>からつづく
「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝
<7>ビート       目次 
------------------

1)この本でいちばん困るのは、文字が小さいこと。還暦越えの我が両眼にはぜんぜんやさしくない。ベットの暗がりで読むようなことがあったら、もう絶望的な状況だ。まぁ、そんだけたくさんの情報が、小さな文字で詰め込んである、ということでもある。

2)ビート・ジェネレーションと言えば、アレン・ギンズバーグ、ジャック・ケルアック、ローレンス・ファーリンゲッティ・・・・などの名がすぐに挙げられるだろうが、ゲーリー・スナイダーはどうだろうか。

 広義に解されれば含められるだろうが、狭義なら入らないにちがいない。片足だけ中に突込みもう片方は外に向いているような感じがする。少なくとも彼は中心にいた人物ではなかった。

 それは彼が実際その最盛期に日本に来てしまったこともあるし、それ以上に彼の思想や生き方にビート・ジェネレーションの超純粋な部分に納まりきれない何かがあった。その何かとは彼の場合、エコロジー思想への発展ではなかったかと思われる。

 現代社会に打ちのめされ、くたくたになりながら生命のリズミカルな躍動ビートにスウィングし、「至福(beatific)」を得る道を必死で模索したのがビート・ジェネレーションだとすれば、スナイダーは彼らと始まりは一にしながらも、その「至福」、つまり新しい価値観の模索の過程において別の道へ歩んでいったのではないだろうか。p226菊池裕子「ゲーリー・スナイダーのエコロジー思想」

3)D追跡プロジェクトの中で出会った一冊であり、クロード・ブラウンが交通事故で亡くなった1956年よりさらに3年前の1953年に光を当てる限り、ジャズシーンはともかく、ビート・ジェネレーションについては、やや引いて眺めておく必要がある。

4)少なくとも、ケルアックの「路上」がヴァイキング社から出版されてベスト・セラーになるのは1956年のこととなる。書き上げていたのは1951年のこと。路上の体験そのものは40年代末のことであっただろう。

5)ナナオ アレンはそれほど自然そのものに興味はない。多少は僕と一緒に山を歩いたこともある。ゲーリーと一緒に歩いたこともある。僕はなるべく自然の中にひっぱりだしたい方だからね。 

 でもアレンはそんなに深入りしていない。アレンは本当に人間が好きな人だから、人間だけで手いっぱいという感じです。非常にあったかい。(中略)

ナナオ アレンは人間の中の自然に深く入っている。僕はそう思う。で、ゲーリーという人は非常にバランスがいい。僕は余りバランスがよくないですよ。僕はコヨーテの方へ行って、人間のことを忘れちゃったりするから(笑)。 

 アレンは人間を通じて自然と深く関わってタイプだから、アレンがいるというだけでまわりが何となくあったかくなる、物すごいよ。サンフランシスコにアレンが来ているらしい、とカリフォニアのどこかに情報が張るじゃない。すると何となくサンフランシスコがあったかくなって見えてくるんだよな。そういう人なんだ。 

 だから彼は、別に山へ行かなくても、砂漠へ行かなくてもいいの。彼は人間との関わり合いの中であったかさが出て来るから、僕は非常に素晴らしいと思うし、ニューヨークへ行くと、いつも彼のところでゴロゴロしたくなるね。それでいいんだ。彼のところを自分の家だと思っているしね。p331ナナオ・サカキ インタビュー”「アメリカン・ドリーム”の国で」

6)さすがナナオ。よく見ている。アレン・ギンズバーグは人間が好きで、ゲーリー・スナイダーはバランスよく人間と自然が好きで、ナナオ自身は人間よりむしろコヨーテ(自然)のほうが好き、と言っている。自分のこともよく見えていますね。

7)この本、「読本」というだけあって、雑多な情報が満載だし、老眼を理由にして、全ページに目を通したわけではないが、ケルアックの「路上」をきっかけとしながら、スナイダーへと立ち位置をスライドさせていければいいなぁ、と思う。

「ホワイト・アルバム」<8>につづく

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2017/03/19

「月と蛇と縄文人」シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観 大島 直行<4>

<3>からつづく 

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<4>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ
★★☆☆☆

1)それは、グローバルな資本主義経済を基軸とした国家に暮らす私たちのような人間とは、大きく異なったものの考え方から生まれた「不思議」なのです。私たち現代人のものの考え方では、絶対に理解することのできない不思議な思考方法を持っていたと考えるべきでしょう。

 縄文人には縄文人独特のライフスタイルがあり、それは私たちと異なる自然に対するものの考え方、つまり世界観を基盤とした生活なのです。p269「あとがき」

2)結局、この本における結句はこのような形に落ち着く。

3)現在、当ブログは「現代世界におけるマインドフルネス」カテゴリを中心と進行している。もし、仮に「現代人のものの考え方では、絶対に理解することのできない不思議な思考方法」が存在しているとするなら、むしろそれは避けて通っていかなければならないことになる。

4)それでは、当ブログにおいて、暗に縄文人に持ち続けた理想郷のイメージがいっぺんに崩れてしまうばかりか、これまでの「苦労」が水の泡、ということになってしまう。この結論からすれば、私はこの本を評価することはできなくなってしまう。

5)現代人、とか、縄文人、とか、あまりにも括りが雑すぎる。また、人間観としては、あまりにも被造物や対象物に依拠し過ぎていて、人間そのもの、「私」そのものが語られなさすぎる。

6)じつは、縄文(縄目の文様)が蛇の交尾を表しているという説を最初に述べたのは、環境考古学者の安田喜憲でした。安田は、民俗学者の吉野裕子(1912~2008)から、神社のしめ縄が蛇の交尾を表しているという話を聞き、それをヒントにこのことに気づいたのです(「蛇と十字架」「縄文文明の環境」)。p54 「縄文人のものづくり原理」

7)たしかに当ブログにおいても、吉野裕子「日本人の死生観」―蛇・転生する祖先神(1995/03 人文書院) に出合ったときは、驚愕の体験をしたし、目から鱗がはがれたような思いをしたことは確かだ。しかし、それは、現代人と縄文人をはるかに隔ててしまうような「不思議」領域としてはとらえてはいなかった。

8)吉野はむしろ、月と蛇、というシンボリズムより、太陽と蛇、というシンボリズムを多用していたように思う。また、「蛇、交尾、動画」で検索すれば、いまではたくさんの興味深い資料が沢山入手できるが、蛇の交尾を縄文人とて、それほど多く目撃していたわけでもないだろう。

9)著者はこの本において、考古学者として、それまで研究した対象物への再評価をしつづけている最中だとは思われるが、いまひとつ、この表紙から受けたときのインパクトは残らなかった。

10)それは、この本が興味深くない、という意味ではなく、当ブログが、現在、「現代社会におけるマインドフルネス」をテーマとしていることが一番の要因だと思われる。縄文時代を深く研究することよりも、私たちが60年、あるいは80年、その程度の長さの人生を生きるにあたって、そこにおけるマインドフルネスはどうあるべきなのか、を見つめようとしているのである。

11)現代社会と縄文文明が、相容れない隔絶したものであるならば、ここでは敢えて縄文文明をおいかけ、そこに何かを学ぼうとする姿勢はひとまず停止すべきである。あるいは、現代社会に生きる私たちが、縄文文明から学ぶべきことがあるなら、虚心坦懐に、ひとつひとつ真摯に取り入れていくべきである。サスティナブルなライフスタイルとか、友好平和な人間社会など、現代社会の病巣を根こそぎ解決してくれそうな視点があるとするならば、それは、隔絶というべきではなく、現代社会が軌道修正すべき点を指摘してくれていると再考すべきである。

12)また、その精神性、とひとことに片づけられてしまうが、月や蛇、あるいは子宮といった、数少ないシンボルに拘泥し、そこに収斂させようとする手法は、あまりにも杜撰ではないか、と直感する。

13)現代社会は、考古学も含め、科学が大きく発達し、その文明に大きく貢献している世界である。単なるシンボリズムに依拠し続けないで、それらを現代科学にどんどん置き換え続けつつ、なお、「不思議」と言って、おとぎ話にしてしまわないで、積極的に、未知なる神秘、あるいは不可知性へとたどっていく必要があるのではないか。

14)読むタイミングによっては、示唆する部分も多い本書であるが、どうも扱っている世界観のほうが大きすぎて、読む者に、最終的な満足感を与えてはいないようだ。

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「Kerouac」 ケルアックに何が起こったのか? リチャード・ラーナー監督:/「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <6>

51r1be906kl「Kerouac」ケルアックに何が起こったのか?
 出演: ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダー、ウィリアム・バロウズ、チャーリー・パーカー、スティーブ・アレン 他 発売日 2005/10/21 販売元: ナウオンメディア(株) 形式: DVD 時間 97 分
No.3913★★★★★

------------------

<5>からつづく

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<6>ケルアック         目次 

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1)情報満載。なんども見たいDVD。だけど、午前中にみて、また午後に見たい、というDVDではないだろう。もちろん、明日とか明後日とか、そう続けてみるものでもない。見るとしたら、5年後とか、10年後とか、そのくらいのサイクルがちょうどよさそうだ。

2)出演者の誰か(グレゴリー・コーソ)が言っていた。才能と、天才と、神聖、がある。才能のある人間はたくさんいる。だが、その才能を生かす方法を知らない。才能を開花することができれば、それは天才だ。しかし、それ以上のことがある。天才は神聖さを帯びることができる。だが、それはまれだ。ケルアックは天才であることは間違いない。しかし、神聖さまでいったかどうか・・・? そんな内容であっただろう。(見直す機会があれば、正確にメモし直すことにする)。

3)クリフォード・ブラウンだけでは、あの時代性、そしてDのスピリチュアリティに迫ることはできない。そこにケルアックを筆頭とする、ビートやビートニクの精神性で補完する必要がある。

4)このDVDに出てくるスナイダーが、素敵かどうかはともかく、スナイダーの背負ったものも、極めて重要だ。

5)「路上」は、実は、数年前に読みかけて、かなり読み進めたが、ここにメモしないままにフェードアウトさせておいた。今回のこのための伏線だったのだろう。

6)しかしいきなりケルアックに入っていくのもかなりシンドイ。かなりのエネルギーが必要だ。しかも、それは最終コーナーではないのだ。そこは、単なる入り口なのだ。

7)このDVDにでてくるジャズ音楽も素敵だ。一曲もタイトルはわからないが、そのうちSiriに聞いて、曲名を確認しておこう。チャーリー・パーカーは動画とともに登場していた。

8)いきなり文字に入っていけない時は、このような動画が有効だ。なにはともあれ世界観が広がる。

9)まずは、ここからだな。

「ホワイト・アルバム」<7>につづく

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2017/03/18

「オリンパスOM-1」1970年代国宝級カメラCM

<前>からつづく

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 やっぱり、あのコマーシャル、もう一回見たいなぁ、と思ってはいたのだが 、当ブログの「捨てられないもの」シリーズが、人気記事ランキングに再登場したことで、またまた思い出した。

 今回もまたググってみて、ついに発見した!!

 34:50から30秒間。

 この動画、あまりに長いので、そのうち勝手に編集してしまおうかな、と思ったが、まずは忘備録としてメモしておく。

「ほぅ、OM-1でんなぁ、小さいけどカッコよろしいな」
「この135mmは・・・、200!?」
「うちの仏さんも小さいけど、心がこもってはる!ホンマ やったら、国宝なんやけどなぁ」

 しかし、なんだな、決してカメラ小僧ではなかった私ではあったが、このコマーシャルが強く心に残ったのは、「うちの仏さんも小さいけど、心がこもってはる!ホンマ やったら、国宝なんやけどなぁ」の、うちの仏さん、というところだったのではないだろうか。

 だとするなら、あれから40年経過して、私はもういちど、つぶやきたい。

「うちの仏さんも小さいけど、心がこもってはる!ホンマ やったら、国宝なんやけどなぁ」

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 最近我が家に遊びに来た甥っ子が家族を撮影するために持っていたのが、最新のOLYMPUSのデジカメだった。中身はすっかり変化してしまっているのだろうが、デザインですぐOMシリーズだとわかった。番号を聞いたが、忘れてしまった。でも、キチンとDNAが保存されていたところが、嬉しかったな。

 

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2017/03/17

「もっと上手に市民農園」<6>/「さとりサマーディにて」<22>

<5>よりつづく 

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「もっと上手に市民農園」4.5坪・45品目  小さな畑をフル活用(コツのコツシリーズ)<6>
斎藤 進(著) 2012/3 農山漁村文化協会 単行本 103ページ
★★★★★
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<21>からつづく

さとりサマーディにて

<22>              目次 
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1)洗濯物を交換に部屋を訪ねてみると、春が近づいてきたせいか、部屋も開放的で、本人も、どうか陽気が漂っている。

2)点滴で内出血があった腕もきれいになり、顔色もいい。盛んに体もうごいている。体調はいいようだな。この数日ちょっと忙しかったので見舞客はすくなかったので、多少は不満を持っているようだが、車椅子で食堂での食事もうまく取れているようだ。

3)食後のあとは、そのままみんなの環の中にいるのだが、やはり耳と目が使えないので、みんなの話題には入っていけない。その分、早く部屋に帰ってくるようだ。

4)疲れも早く、昼寝もたっぷりするので、その分、夜中のコールボタンを押す回が多いようだ。スタッフのみなさんには、本当に感謝だ。

5)足を上げ下げしてくれというので、片足ずつリハビリっぽいことをしてあげる。機嫌はいい。ああ、グチが出なければいいなぁ。そこで、ちょっとしたことを思いついた。

6)ジャガイモって、いつ植えればいいの。

7)お彼岸過ぎたら、もういいよ。その前に消石灰を振って、10日経ったら、堆肥を混ぜて、畝は2尺4寸。畝は南に向けて切る。石灰窒素もいれればいいかな。

8)そろそろ畑だもんな。畑でも借りたのかい?

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9)そうなんだよね。今年こそ、ジャガイモ、もうすこし上手に作りたい。ナス科だから連作障害とかあるのかな。種イモはもう準備してあるよ。

10)一度は、お別れの覚悟をしたのに、またどんどん元気になってきた。一時ボケたかな、と思ったが、いやまだまだ。それに、きょういいこと思いついた。そうそう、農作業のことを聞けばいいのだ。キャリア80年の超ベテランだ。聞けばなんでも教えてくれる。

11)こちらの作業に役立つ部分は手帳にメモし、彼女は彼女で、脳トレになるんじゃないかな。

12)もう、春だな。

「さとりサマーディ」<23>につづく

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「祈り」山尾三省<6>/「南無南無浄瑠璃光」 20120911 ちいさないのちの祭り チナキャッツ

<5>よりつづく

祈り
「祈り」 <6>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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「南無南無浄瑠璃光」   
20120911 ちいさないのちの祭り チナキャッツ 動画アップamanakuni(あぱっち)
No.3912★★★★★

  2012/09/16 に公開 長野県千代田湖で行われたちいさないのちの祭りから。 屋久島に住んでいた詩人、故山尾三省の詩を歌っています。 amanakuni記

三省「祈り」<7>につづく

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OSHO:Making Love --A Sacred Experience/ 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <C005>

<C004>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <C005>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  本文目次
★   工事中

OSHO:Making Love --A Sacred Experience

 日本語の字幕付きです。字幕が表示されない時には、画面の右下の「字幕」表示のためのアイコンをクリックして日本語表示を選択してください。それでも表示されない時は「設定」でJapaneseないし「日本語」を選択してください。


 字幕が隠れて見えない時は,カーソルを画面から移動してずらすと、見えるようになります。
OEJ Books OSHOブログ より

<C006>につづく

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「とっておき! コストコLife」<2>/「遠足型消費の時代」<2>/「フタバスズキリュウ発掘物語」<2>/「恐竜の世界へ。」<19>

<1>からつづく

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「とっておき! コストコLife」 <2>
(Gakken Mook GetNavi BEST BUYシリーズ) ムック – 2016/8/4  ゲットナビ編集部 (編集)  学研プラス ムック: 82p
★★☆☆☆
---------------------------------
<1>からつづく

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「遠足型消費の時代」 なぜ妻はコストコに行きたがるのか?<2>
中沢明子 (著), 古市憲寿 (著) 2011/3/11 朝日新聞出版 新書   248ページ

★★★★☆
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<1>からつづく
9784759813142 
「フタバスズキリュウ発掘物語」
 八〇〇〇万年の時を経て甦ったクビナガリュウ<2>
長谷川 善和(著) 2008/03 化学同人 単行本: 193ページ

★★★★★
----------------------------
<18>よりつづく


「恐竜の世界へ。」 ここまでわかった!恐竜研究の最前線 (pen BOOKS  013)<19>
真 鍋真/監修 ペン編集部/編 2011/07 阪急コミュニケーションズ 単行本・ムック 140p


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1)コストコ二回目。平日であまり混んでいなかったこともあり、また二回目でもあるので、驚きはむしろ減っていた。ただ、最後のホットドックやドリンク類の食事コーナーの使い方は、やっぱりまだ慣れていなかった。

2)セルフサービスで安いとは思うが、だから油賃をかけてコストコまで出かける意味はないだろう。

3)また、コストコにはガソリンスタンドがあり、タイヤコーナーが入り口すぐにある、という意味もなんとなく分かってきた。遠くから油賃をかけてやってくる客が多い、ということであろう。

4)私のなかで、準定番化しているのは、丸パンの大袋と、チキンの丸焼き。これは安いし、他の客のキャリカーにもかなりの確率で入っている。

5)はてさて、チキンの丸焼きだが、本当は、街中のカシワ屋に行けば、丸鳥で1000円で入手できる。恐竜を作るなら、丸鳥3体を食べれば大体できる。だが、コストコにも行ってみたいので、とりあえず準定番として、チキンの丸焼きを入れておこう。

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6)はてさて、このチキンを上手に食べて(もちろん6人家族ですこしづつだが)、上手に骨を残すと、これくらいの量になる。

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7)これだけでは不足するパーツがいろいろあるのだが、すでにこのコストコチキンも二個分あるし、他のもののストックもだいぶたまってきた。はてさて、春だし、重い腰をあげなくてはならないのかなぁ。

8)目指すは、フタバスズキリュウである。

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9)どう見ても胸骨と首の部分が不足している。しかしながら、一番不足しているのは、情熱である。最近、どうもここにエネルギーが集中しない。

10)聞いてみると、いろいろな意味でチキンとかかわりのある友人たちも少なくはない。あるいは、孫たちはドラえもんにでてきた、フタバスズキリュウを期待している。同じつくるなら、名前からしてもステゴザウルスがいいかなぁ、と思ったり。>

11)本もいくつか並べてみた。わが関心は今後、はてさて、どちらのほうに向かうだろう。

つづく・・・・・・かもなぁ・・・・・

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2017/03/16

「祈り(南無浄瑠璃光)」 Oshino Dead 2012 China Cats Trips Band /「祈り」山尾三省<5>

<4>からつづく

祈り
「祈り」 <5>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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「祈り(南無浄瑠璃光)」  Oshino Dead 2012
China Cats Trips Band 動画投稿蒔田きこり 2013/06/28 に公開

No.3911★★★★★

山尾三省の詩「祈り(南無浄瑠璃光)」をチナキャッツが歌にした。
曲が始まったときにはバザール・サイトにいたが、やっぱりステージを写さなくてはと思い、急いだ。だからカメラがぶれて観にくいかもしれないが、しばらくガマンしてね。
このライブより二ヶ月後のあとの「ちいさないのちの祭り」でのライブも、あぱっち(amanakuni)よりYouTubeに"20120911 ちいさないのちの祭り チナキャッツ「南無浄瑠璃光」" の名でアップされている。

なお、このあとのステージの数曲をアップしました。連続してご覧いただくには、以下のURLの再生リストをご利用ください。
 goo.gl/8WoqMx




【祈り】   詩:山尾三省(Yamao Sansei、1938-2001)

南無浄瑠璃光
海の薬師如来
われらの 病んだ心身を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ

南無浄瑠璃光
山の薬師如来
われらの 病んだ欲望を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ

南無浄瑠璃光
川の薬師如来
われらの 病んだ眠りを 癒したまえ
その深い せせらぎの音に やすらかな枕を戻したまえ

南無浄瑠璃光
われら 人の内なる薬師如来
われらの 病んだ科学を 癒したまえ
科学をして すべてのいのちに奉仕する 手だてとなさしめたまえ

南無浄瑠璃光
樹木の薬師如来
われらの 沈み悲しむ心を 祝わしたまえ
その樹(た)ち尽くす その青の姿に
われらもまた 深く樹(た)ち尽くすことを 学ばせたまえ

南無浄瑠璃光
風の薬師如来
われらの 閉じた呼吸を 解き放ちたまえ
大いなる その青の道すじに 解き放ちたまえ

南無浄瑠璃光
虚空なる薬師如来
われらの 怖れ乱れる心を 溶かし去りたまえ
その大いなる 青の透明に 溶かし去りたまえ

南無浄瑠璃光
大地の薬師如来
われらの 病んだ文明社会を 癒したまえ
多様なる 大地なる花々において
単相なる われらの文明社会を 潤したまえ

Om huru huru Chandali matangi Svaha
(薬師如来 真言)     山尾三省詩集 『祈り』 (2002年、野草社)より 
槙田きこり記

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「祈り」山尾三省<6>につづく 

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「月と蛇と縄文人」シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観 大島 直行<3>

<2>からつづく 

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<3>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ
★★★★☆

1)著者は1950年、北海道生まれの方。北海道考古学会会長、日本考古学協会理事、日本人類学会評議員などを歴任された方、という。一般にはアカデミズムの大道を歩まれてきたのだろうが、この本の成り立ちを考えると、そのオーソリティを離れて、今や、一個人として、これまでの感触を一気に吐露している、という風に見える。

2)フロイト、ユング、エリアーデ、レビィ=ストロース、あるいは中沢新一といった、当代の各界の権威を持ち出しては、統合的な「人間学」に迫ろうとする。

3)縄文人の精神性をないがしろにして、なぜ考古学は物質的・技術的な研究しかしてこなかったのでしょう。理由は簡単です。縄文土器や土偶、お墓や竪穴の様式に込められた縄文人の精神性(神話的思考)を読み解くための方法を、考古学という学問は持っていなかったからです。

 そしてそれはいまだに持ちえていません。なぜでしょう。その方法を考古学が得るためには、ほかの学問に助を求めなくてはならないからです。考古学者はそれを避けてきました。p6「はじめに」

4)学者や政治家や組織人など、退職したあとにあれこれ「本音」を言うぞ、という人がいるが、本来であれば、「現役」のときに自ら勝ち得た「真実」を述べるべきなのであり、当ブログにとって、「後日談」は三文安い。

5)レトリックには、いくつもの表現形があることが知られていますが、縄文人が主に使ったのは、「誇張法」と「隠喩法」だと私は思います。あるいはもうひとつ「擬人法」を使っている可能性もあります。p41「縄文人のものの考え方」

7)ざっくり言って、縄文人という規定は、あまりにも大雑把すぎるのではないか。少なくとも自らを縄文人と名乗った人間はおらず、俺たちは縄文人だ、と連帯した形跡もない。すくなくとも、誇張法と隠喩法と擬人法に頼り切っているのは、著者自身なのではないだろうか。

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8)わがガレージ・オフィスにおいてある、わが廃物アートの、縄文土偶と、薬師瑠璃光如来坐像を並べてみる。実は、この落差にずっと逡巡しているのが、この数年の当ブログである。もちろん、縄文土偶は縄文人のシンボルを凝縮したものと考え、薬師如来は、日本に伝来した大乗仏教のシンボルと考える。

9)日本における記紀神話以前の時間的経緯をはてどこに求めるか。形としては縄文土偶や土器や竪穴式住居だとして、言葉としては「ホツマツタエ」に見つけることができるか、としてきたのが、この数年の当ブログである。しかし、それは、ほとんど、挫折しているといえる。

10)あるいは、大乗仏典のシンボルを、卑近な類推から薬師如来の中にみようとしているのだが、仏像にしろ、蓮の華や、瑠璃(ラピスラズリ)、オーラ(後光)などのシンボリズムの定式化のなかに固定されたイメージを見ようとする。

11)「月と蛇と縄文人」。まだ40頁ほどしか目を通していないが、なかなか面白そうだ。面白そうだから、まずは最初に茶々を入れておく。そもそも、今日を生きる現代人において「その「人間学」とはいかにあるべきなのか。

12)考古学的に、どのような新しい発掘や意味づけが展開されようと、2500年の法輪の速度が止まってしまっている今、新しい時代は、新しい「人間学」で再スタートされるべきなのだ。

13)いみじくも当ブログは現在「現代社会のマインドフルネス」というカテゴリで進行している。縄文も、蛇も、月も、あるいは仏像、神社、仏閣、寺院、経典、その他、古きものが、そのまま、現代人にとって役に立つ、ということではなくなってきている。

14)技法としての瞑想も、また、ネーミングとして、マインドフルネスという呼称がふさわしいなら、そのような新しい呼び名を活用して、新しい意味を付与すべき時代となっている。あるいは、当ブログはそうしていこうと思っている。

15)表紙のデザインと、そのタイトルに惹かれてめくり始めた本書であるが、はてさて、最後まで読み切った場合、その感想はどうなるであろうか。今から、我ながら、興味深いものである。

<4>につづく 

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2017/03/15

「ぼけたらあかん長生きしなはれ」 天牛将富<2>/さとりサマーディにて<21>

<1>からつづく 

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「 すきま風/ぼけたらあかん長生きしなはれ」 <2>
杉良太郎(唄) 天牛将富(詞) 遠藤実(曲) リリース 1997年 形式: CD  

-------------------------
<20>からつづく

さとりサマーディにて

<21>              目次 
-------------------------

1)最近なぜか当ブログにおいては、この曲にアクセスが集中している。どうかすると人気記事のトップに登場する。記録はとっていないが、今年に入ってからのベスト3には入るのではないか、という勢いである。

2)この曲、還暦も過ぎたばかりの我が身や、我が同輩たちには、タイミングとしてはぴったりだとは思うが、はてさて、95歳の、すでに食事もうんちも寝返りもひとりではどうにもできない老婆にとっては、どんなもんでありましょう。

3)さとりサマディに入ったばかりの時、テレビもラジオも新聞も、何もない部屋に横になっているのはつらかろう、と、イヤフォンで、この唄を聞かせたことがあった。ひとつは年々遠くなっている耳の聴覚テストのつもりだったし、ひょっとすると耳垢が詰まっているので、耳鼻科にいく必要があるかどうかのチェックでもあったのである。

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4)自宅にいるときは、耳元にラジオをおいて、大きなボリュームで一日ラジオを聞いていたので、結構世の中のことは明るかった。ニュースなどは何度も繰り返し聞いているので、カタカナ語なども覚え、質問されるこちらの方がうろたえることもしばしばだった。

5)アルツファイマーって、ナニ? と聞かれて、それはあんたのことだよ、と言ってしまったことがある。言ってしまってから、失敗、と思ったが、彼女にはよく伝わっていなかったようだ。いや、彼女はアルツファイマーではあるまい。いわゆるボケてはいない。

7)耳は遠いし、光も明るいか暗いかの判断くらい。すでにホームに入ってからはひとりでトイレには行けないし、車いすの乗り降りもほとんど自力では不可能。でも、ボケてはいない。

8)かつては親戚やら友人やらの名前や誕生日、はてはその子供の名前や孫までも、ひととおり覚えていて、ひとつひとつ見舞客の身辺を言い当てるほどの記憶力である。さとりコンピュータの綽名も伊達ではない。

9)その彼女のハードディスクの容量が増えたとは思えないし、CPUの速度も上がったとは思えないし、もうちょっとRAMも古くなったかな、とは感じるが、期待値を大きくしなければ、まだまだ使える。

10)しかし、単独の計算機としては使えるかもしれないが、今や周辺機器との整合性がかなりズレてしまっている。スタンドアローンでは使えないのだ。ネットワークにうまくハマらないと、意味をなさない。

11)見舞いや面会にきた嫁や孫や、はては孫嫁や、ひ孫に対して、さまざまな記憶媒体から、あれこれ取り出しては、ディスプレイにアップしてくるが、対して、それを提供された仮称ユーザーたちにとっては、なんの役にも立たない情報でしかない場合が多い。

12)かなり有効なこともある。へぇー、そういうこともあったの? とビックリすることもあるが、残念ながら、それを検証することができない。現代なら、面白い情報があれば、それについて検索してみれば、類似の情報がドッと出てきて、その信ぴょう性を図ることができる。

13)しかし・・・・・。彼女の情報は検証性不可能なばかりか、不要不急な情報が入り混じっており、仮称ユーザーのニーズに即していない。一方的な、おしゃべりボックスと化してしまうことが多いのである。

14)ぼけたらあかん、長生きしなはれや。たしかに彼女はボケてはいない。そして95歳と言えば、まぁ、平均寿命よりも10年は長生きしている。しかし市内の最長寿の人は、さらに10歳年上だというから、まだまだ、これで十分とはいいがたい。

15)イヤフォンで流した、このスギ様の唄も、みなまで聞かず、もういい、と耳から外してしまった。音量テストとしては成功だが、このニュアンスを伝えることは、どうやら完全に失敗したようである。

「さとりサマーディにて」<22>につづく

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2017/03/14

「ポートレイト・イン・ジャズ〈2〉」 和田誠 + 村上春樹 /「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <5>

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「ポートレイト・イン・ジャズ〈2〉」 
和田 誠 (画),    村上 春樹 (文) 2001/04 新潮社 単行本 111ページ
No.3910★★★★☆
------------------

<4>からつづく

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<5>優等生?         目次 

------------------

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「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝<6>につづく

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「月と蛇と縄文人」シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観 大島 直行<2>

<1>からつづく

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<2>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ

1)本書のカバーに廣戸絵美氏の油絵<妊婦>を使わせていただきました 表紙見返し

2)なんと写真とばかり思ったけど、これが油絵だったとは。廣戸絵美でググってみると、たくさんの作品がでてくる。なるほど、こういう画風なのか。

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3)おや、こういう作品も描かれているらしい。どこかで当ブログとクロスするかもな。

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 当ブログにおいて進行中の廃物アート「頭骨」「縄文<木>偶」。この辺が、話題として、また復活してくるかな?

4)縄文土偶といえば、三年前に三番目の孫の女の子が生まれた時に思った。これって、新生児ではないか?

4

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 大きさといい重さといい、遮光器と言われる、特徴的なお目めは、まだ光を見ていない新生児の眼に似ているのではないだろうか。ここまでくると、カバーの表紙の妊婦さんの油絵と、なにか更にクロスしてくるかもなぁ。ワクワク・・・。

<3>につづく

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「月と蛇と縄文人」シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観 大島 直行<1>

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「月と蛇と縄文人」 シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観<1>
大島 直行 (著) 2014/01 寿郎社 単行本: 280ページ
No.3909

1)書店をぶらついていて発見した一冊。

2)いいですねぇ。この表紙。タイトルもイイ。サブタイトルもいい。「シンボリズムとレトリックで読み解く神話的世界観」。う~~ん、決まってますね。

3)著者も、出版社も初めてだけど、ここまでくると、内容なんかどうでもいいや。この表紙とタイトルだけで 

4)なんだか、読んでしまうのが、勿体ない(爆笑)

<2>につづく

 

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「終わりなき山河」ゲーリー・スナイダー <2>/「祈り」 山尾三省<4>

<1>よりつづく

終わりなき山河
「終わりなき山河」
ゲーリー スナイダー (著) 山里 勝己 (翻訳), 原 成吉 (翻訳) 2002/01思潮社 単行本: 297p
★★★★★

---------------------------------
<3>よりつづく

祈り
「祈り」 <4>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

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1)ガンジス川の砂の数ほどもある仏界を
さらに十倍も数えたその向こうに
青色の宝石のごとく汚れなきもの、すなわち
   浄瑠璃世界(ラピスラズリ)がある。
その世界を治める仏陀は癒しの王と呼ばれるお方

   薬師瑠璃光如来    p74ゲーリー・スナイダー「瑠璃色の空」より抜粋

2)この詩は大乗仏教と北アメリカ先住民の伝統にみられる癒しの教えや伝承のいくつかを探求する。サンスクリット語でBhaishajyaguruと呼ばれる癒しの仏は日本では薬師如来と呼ばれている。 p271ゲーリー・スナイダー「瑠璃色の空」

3)仁明天皇の時代
あの風変わりな女性歌人、小野小町は
十七歳のとき、巡礼となった父を探しに
旅に出た。旅の途中で病を患い、床に伏せているとき
夢の中で

  瑠璃光薬師如来

を見た。薬師如来は、そなたは磐梯山にある吾妻川の岸辺で
温泉を見つけるであろう、そこで病も癒え、そなたの父に
も出会うであろう、と言われた。
 p78ゲーリー・スナイダー「瑠璃色の空」より抜粋

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三省「祈り」<5>へつづく

スナイダー「終わりなき山河」<3>につづく

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「祈り」 山尾三省<3>/「彫刻刀で楽しむ仏像」<3>/「続・やすらぎの仏像彫刻」<11>/続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<24>

<2>よりつづく

祈り
「祈り」 <3>
山尾 三省 2002/09 野草社 単行本: 151p

----------------------------

<2>からつづく

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「彫刻刀で楽しむ仏像」 弥勒菩薩・薬師如来 <2>
関侊雲 紺野侊慶(監修) 2011/09 スタジオタッククリエイティブ 大型本: 168ページ

★★★★☆
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<10>からつづく 

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「続・やすらぎの仏像彫刻」―実物大で作る小仏  小仏阿弥陀・小仏薬師・小仏観音を彫る<11>
岩松 拾文(著) 2008/03 日貿出版社 単行本: 175ページ
★★★★★

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<23>からつづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <24>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

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「祈り」

南無浄瑠璃光
海の薬師如来
われらの 病んだ身心を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ 

南無浄瑠璃光
山の薬師如来
われらの 病んだ欲望を 癒したまえ
その深い 青の呼吸で 癒したまえ

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南無浄瑠璃光
川の薬師如来
われらの 病んだ眠りを 癒したまえ
その深い せせらぎの音に やすらかな枕を戻したまえ

南無浄瑠璃光
われら 人の内なる薬師如来
われらの 病んだ科学を 癒したまえ
科学をして すべての生命(いのち)に奉仕する 手立てとなさしめたまえ

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南無浄瑠璃光
樹木の薬師如来
われらの 沈み悲しむ心を 祝わしたまえ

樹ち尽くす その青の姿に
われらもまた 深く樹ち尽くすことを学ばせたまえ

南無浄瑠璃光
風の薬師如来
われらの 閉じた呼吸を 解き放ちたまえ
大いなる その青の道すじに 解き放ちたまえ

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南無浄瑠璃光
虚空なる薬師如来
われらの 乱れ怖れる心を 溶かし去りたまえ
その大いなる 青の透明に 溶かし去りたまえ

南無浄瑠璃光
大地の薬師如来
われらの 病んだ文明社会を 癒したまえ
多様なる 大地なる花々において
単相なる われらの文明社会を 潤したまえ

Om huru Chandali matangi Svaha     山尾三省「祈り」p144 

「祈り」<4>へつづく

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」<25>につづく

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2017/03/13

飯沼勇義「3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ」<11>/さとりサマーディにて<20>

<10>からつづく

3・11その日を忘れない。―歴史上の大津波、未来への道しるべ
「3・11その日を忘れない。」 ―歴史上の大津波、未来への道しるべ <11>

飯沼 勇義 (著) 2011/06 鳥影社 単行本 208p

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<19>からつづく

さとりサマーディにて

<20>忘れる       目次 

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1)「あの地震津波の時、どうしていたの?」 リハビリの担当者から聞かれて、覚えていないようだった、とその様子を見ていた家族は言う。耳が聞こえにくくなっているのか、地震津波という意味が、今一つわかっていないのか。

2)それとも、やっぱり忘れてしまったのだろうか。当時、自宅の介護ベットからいきなり車に乗せられて、長時間避難していたことを、よもや忘れてはいないのだろうが、それ以降、自分の身に起きている事態が数々のエピソードが多すぎて、どれがどれやら脈絡がなくなってしまっているのか。

3)もともと、さとりコンピュータとニックネームがついている彼女のこと、物覚えは悪くない。最近、あの「せん妄」とやらで、一週間の記憶がすっ飛んでしまってはいるが、決してクラッシュしているわけではない。

4)さて、自分もまた、自分のブログの中の、この「3・11その日を忘れない。」の過去記事にアクセスが集まったことで、この本のことを思い出した。もう6年前のことだ。決して忘れてしまったわけではないが、記念日のように3・11だけを思い出すわけではない。

5)あの日以来、毎日が3・11である、と言っても過言ではない。忘れようったって、忘れるわけにいかない。別に記念日などを設ける必要など、感じない。

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4)最近、仕事関連で、小さなバッチを配られた。別に必要でもないが、なにはともあれ、胸に付けてみる。「3・11 2011 JAPAN 私たちは、忘れない」。

5)ラジオ番組では福島の寺の住職、玄侑宗久氏は、かなり込み入った感情の中で、このように話していたように聞いた。

6)「あれから6年。仏教でいえば7年忌にあたるわけだが、いまだに家族が亡くなったことを認めない人たちもいる。亡くなっていない、と信じている。それも必要かもしれない。しかし、もし亡くなったと認めて、6年が経過し、日々、供養などをしていれば、それなりに自らの中で物事が整理され、納得できる次元のこともあるのではないか。時には忘れることも必要だ。

7)上記の聞き取りは不正確だ。正しい意味は聞き取れないかもしれない。しかし、もし彼がそのように言ったとするなら、それはそれで、私なりに納得がいきそうな言葉だと思った。

8)3・11、その日を忘れない。それはその通りだ。しかし、ナニを忘れないのか。3・11とは何であったのか。自らの家族を亡くした、何か大事なものを失った、という強烈な思いだけを「忘れない」のは、実は、ひとつの執着なのかもしれない。

9)もし、あの日のことはあの日のことだ、と理解納得し、あれから仮に6年、7周忌を迎えたとして、次第次第に、前向きに、新しい事態に対応し始めることも大切なのかもしれない。

10)それぞれの体験の中、もちろん、一括してまとめることなどできない。誰に対して、ナニをいう、と言う問題ではない。

11)しかし、私についていえば、もちろんあの日のこと、あの日に起きたさまざまなこと、その要因、その結果、さまざまな波及、そして精神的体験、などなど、大きく、私の人生の中でも、もっとも大きな出来事として記憶されていくことになる。

12)そしてまた、逆説的ではあるが、あの事を特異なこととして執着し続けることに、ある意味決着をつけることも必要なのでないか、と思う。

13)中学生の頃、2学年年下の初恋の人が、卒業式に「いつまでも、忘れないでね」とサインしてくれた。「もちろん、忘れるもんか」と思った。でも、それは、よくあるような結果になってしまって、疎遠になってしまった人の存在を「忘れる」ことができなかったら、私の人生など、もっと滅茶苦茶になってしまって、いただろう。

14)一つの、昔の麗しい出来事の記憶として、忘れることはできないが、しかしまた、その記憶とはちょっと違う次元に、そのことを忘れてしまって、次の恋に向かっていくことが、必要だった(はずだ)。初恋が成就した人以外は、きっと、私の意見には多少なりとも賛成してくれるだろう。

15)さとりサマーディにいて、いろいろなことを「忘れて」しまうことは、それはそれでいいのではないか。

16)では、忘れていけないこと、つねに意識のアンテナを立て続けるべき、そのこととは、なんだろう・・・・。

「さとりサマーディにて」<21>につづく

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2017/03/12

「クリフォード・ブラウン」天才トランペッターの生涯 ニック・カタラーノ /「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <4>

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「クリフォード・ブラウン」―天才トランペッターの生涯
ニック・カタラーノ   (著),    川嶋 文丸 (翻訳) 2003/06 音楽之友社 単行本: 278ページ
No.3908★★★★☆

------------------

<3>からつづく

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<4>ジャズシーン         目次 

------------------

1)この本を読み始める前に、Dについてこれまで知り得た断片的な情報を整理しておこう。
・1931~1953
・アメリカ黒人、ネイティブアメリカン(チェロキー)の血も引く。
・白人家庭の住み込みサーバントとして、家族で住む。
・主人は外交官に近いような立場にあり、戦後のヒロシマの放射線調査に参加した科学者でもある。Dがのちに日本にくる縁にもなった。
・長じてルートセールスマンになる(ボーリング場の油担当)。
・ボーリングは調べてみると、歴史が古く、古代遊戯につながっていくようだ。
・東海岸から西海岸に向けて横断中の事故。(直線コース)
・断片的ではあるが、ケルアックの「路上」にもつながっていく。

2)ブラウニーは、「運転していたパウエル夫人は疲れきって、ほんの少しの判断ミスをしたのかもしれない。」(「ジャズメン死亡診断書」小川 隆夫p33)というきっかけで交通事故に巻き込まれた。だが、Dの場合は、他者から見た場合、そしてD本人も、原因は同じような「判断ミス」と見られがちだが、それは違う。はっきりしているのだ。

3)答えはいくつかの手がかりの中にあるが、まずはこの本にある。

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4)Dもまた、そのバルドソドルの中で、了解はしていたのだ。そのまま行ってしまうのか、とどまり、もう一度肉体に戻るのか、分かれ道はあった。しかし、Oのほうも、まだ準備はできていなかった。待つことにしたのだ。そして、もうひとつの肉体を必要とした。

4)それ以前、Dはフランスにいた。1908年頃。カリール・ジブランと、ハイル・ナイーミの友情は、アメリカに移ってから、ということになっているが、実は、二人にはわずかにフランス時代というものがある。この時点で直接出会っていたか、どうかは別にして、この周辺にDは生息していた。

5)この二人の周辺にまつわる話には、神智学協会の陰がまとわりつく。クリシュナムルティが「発見」されるのは、その直後の話。

6)さて、本文。

7)姉のレラは回想する。「クリフォードは最年少、私はそのすぐ上だったので、彼と私はとても仲がよかったわ。いつも一緒に遊び、一緒に泳ぎを覚え、一緒にボーリングをやり、一緒に耳に入った水を外に出すやり方を習ったのよ」p30「ウィルミントンのブラウン家」

8)まずは、ブラウニーとボーリングのつながりがでてきた。

9)クリフォードがまだ幼かったころのある日、ジョー・ブラウン(引用者注・父)はエステラの生まれ故郷メリーデルで買った中古の大型キャデラックを走らせていた。p32同上

10)ということは、1930年代の中古のキャデラックだろう。イメージとしてはこんなところか。

38627c2bbd3516254152f2cff802273111) 彼(ケニヨン・キャンパー)はYMCAの内部の様子をいまも明確に覚えている。そこにはスイミング・プール、体操場、ボーリング・レーン、ダンス場、それにエル・トロカデロという名の一種のティーンエイジャー用ナイトクラブまであった。p49「ボイジー・ロワリーとハワード・ハイ・スクール」

12)ケニヨン・キャンパーはブラウニーが通ったハワード・ハイスクールの生徒会長をつとめた真面目な生徒(1946~7年頃?)。ここにもボーリングが登場している。

13)ブラウニーと仲間の三人が楽しく語り合いながら車を走らせていると、突然、一匹の鹿が道端から飛び出してきた。鹿を避けようとして急ハンドルを切った車は、スリップしてコントロールを失い、横転、大破した。

 運転していた仲間とそのガールフレンドは即死し、ブラウニーともうひとりの同乗者は瀕死の状態で病院に運ばれた。知らせを受けて枕元に駆けつけたクリフォードの家族や友人たちは、彼が重体で、持ちこたえるかどうか予断を許さない状態だと知らされた。

 神に祈りながら待っていた家族に、ようやく診断の結果が告げられた。クリフォード・ブラウンは両脚と胴体の右側を何ヵ所も骨折していた。体全体にギブスをはめて骨格を再構成する必要があり、いつ退院できるかわからないとのことだった。(中略)

 この惨事から間もなく、サム・ターナーが別の車の事故で亡くなった。p71 「死の淵からの生還」

14)1950年6月6日の夜のこととされる。この時代はモータリゼーションが発達したわりには、安全装置が発達しておらず、事故死が日常化していたのかもしれない。

15)(1951年頃)人々は、資産家の家に生まれた彼女(アイダ・メイ・トーマス)がクリフォードを乗せてキャデラックを運転しているのを目にするようになる。彼女はブラウニーより、かなり年上だった。p86「リズム・アンド・ブルース」

16)この本にでてくる車はほとんどがキャデラックだ。資産家の娘が乗っていた1950年代のキャデラックとすれば、こんな雰囲気だったのだろうか。

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17)バンドの知名度が広がり、ブラウニーにとってようやく未来への展望が開かれようとしているときになっても、彼は依然として事故の後遺症に苦しんでいた。(ヴァンス・)ウィルソンはバンドのメンバーがリムジンに乗っていたときの光景を覚えている。「そこには9人ほどが乗っていた。彼と私は真ん中の席に座っていた」 p92同上

18)ここに車名はないが、1950年代のジャズメンたちが9人も乗ることができたリムジンとは、どんなものだったのだろう。

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19)ブラウニーから電話が入った。彼がアイダ・メイのキャデラックを運転していたら、氷の塊に乗り上げて車がスピンしてしまったのだ。p92 同上

20)ブラウニー自身も盛んに運転していたようだ。

21)仕事先に出かけるとき、ブラウニーはできるだけバンドのバスではなく、アイダ・メイのキャデラックを使っていた。p94 同上

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22)こんなには大きくなかっただろうけど、ジャズメンが多くのスタッフや楽器機材を同時に運ぶとしたら、このくらい大きかったかもしれない。少なくとも、当時のハイウェイをこのようなバスがビュンビュン飛ばしていたことだろう。

23)ブラウニーは大胆にもレイ・ノーブルのスタンダード<チェロキー>をレパートリーに選んだ。これはチャーリー・パーカーが<ココ>というタイトルで吹き込み、彼の代表的な演奏として有名になった曲であり、その後ジャズ・ミュージッシャンによるこの曲の演奏は、必ずパーカーのレコーディングと比較されるようになった。p107「1953年6月 ジャズ・シーンに登場」

24)ここに初めてチェロキーが登場する。ブラウニーにとってチェロキーはあくまで演奏曲というレベルのことで、それ以上の深い意味はなかったかもしれない。いずれにせよ、この時代からブラウニーはトップ・プレイヤーとして浮上していくのであり、直接的になんの関係がなかったにせよ、Dはこのあたりでその人生を終える。

25)クリフォード・ブラウンとマックス・ローチが1954年にロサンジェルスに向かったとき、この伝説的ナミュージッシャンからグループに誘われて、謙虚なブラウニーといえども興奮が湧き上がるのを抑えきれなかったに違いない。p147「バートランドの夜」

26)この後ふたりは東海岸から西海岸に移動する。

27)カリフォルニアにやってきたマックス・ローチとクリフォード・ブラウンは、すぐに共同でアパートメントを借りた。それにはいくつかの理由があったが、最大の理由は、彼らが一緒に創り出そうとしている音楽について、じっくりと時間をかけて話し合う必要があったからだ。アパート面とは音楽を聴くための部屋となり、同時にリハーサル・スタジオになった。p150「カリフォルニア---マックス・ローチとラルー」

28)ここにキーワード「東海岸から西海岸へ」を見つけることができた。Dもこの途上にいたが、たどり着かなかった。二人はやがて東海岸に戻ることにはなるのだが・・・。

29)<チェロキー>はこのセッション(1955/02/25)においてもっとも大きな称賛を浴びた曲だった。事実、それに充分値する内容である。この曲を、このような速いテンポで演奏し、これだけの成功を収めたミュージッシャンは、それまで誰もいなかった。p203「イースト・コーストへの帰還『スタディ・イン・ブラウン』」

30)「チェロキー」はもはやブラウニーを代表する曲となった。

31)クリフォード・ブラウンが、リッチーとナンシーのパウエル夫妻と一緒にフィラディルフィアを発ってシカゴに向かったのは、その日の深夜だった。ブラウニーは最初、自分で運転していたが、途中でパウエルと交替し、バック・シートで仮眠をとっていたと、ローチは考えている。

 しばらくして、かねてからのローチの忠告に反し、リッチーに代わってナンシーがハンドルを握った。その夜は激しい雨が降っており、ペンシルヴァニア・ターンパイクは雨のために極端にすべりやすくなっていた。

 それはペンシルヴェニア州ベッドフォード近くでガソリンを補給したあとのことだった。時刻は真夜中を少し過ぎていた。運転はナンシーがしていたものと思われる。ガソリン・スタンドを出発して間もなく、かなりのスピードで車を走らせていた彼女は、カーブを曲がりきれず、ガードレールに激突した。

 車は道路を飛び越え、ルート220を見下ろす陸橋の橋脚の台座に突き当たったあと、障壁を超えて75フィートの高さの堤防から転落した。

 クリフォード・ブラウンj、リッチーとナンシー・パウエルの三人は即死した。6月28日つけの「ベッドフォード・ガゼット」紙に載った記事によると、過去数週間、ターンパイクのこの近辺では事故が何件か続発しており、8人の死者を出していたという。p247「1956年--最後の飛翔」

32)D=ブラウニーという構造は完全に崩れている。しかし、Dの背景を知るうえで、ブラウニーを追うことは有用である。Dは優れたミュージッシャンでなかったばかりか、特に優れた才能を若くして発揮していたということない。また、Dはブラウニーほどタイトな真面目な青年ではなかった。そこそこにやんちゃであった。

33)大家族でそれぞれの好みの教会に通っていたブラウニーの家族に比すれば、Dはもっと傾向性があり、内向性が強かった。彼の眼は東洋を見ていた。そして、この二つのエネルギーを大きく分けるのは、白人男性Wがいるか、いないか、という分水嶺である。

34)Dサイドから見れば、やはりジャズ一辺倒ではなく、むしろビートニクに偏った傾向性があった。今後、そちらのサイドからレンズを修正してみることが必要だろう。

「ホワイトアルバム」<5>につづく

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「OSHO BARDO」 right-mindfulness in living & dying/「Mindfulness in the Modern World」 <C004>

<C003>からつづく 

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <C004>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  本文目次
★   工事中

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「OSHO BARDO」 right-mindfulness in living & dying
OSHO SMASATI 
No.3908

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「Mindfulness in the Modern World」<C005>につづく

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2017/03/11

OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <213>

<212>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <213>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  目次
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<付録> 

マインドフルネスを支えるための技法5つ 

2、ゴミを放り出す

 眠りに入る前に、ジベリッシュを始めなさい。30分間のジベリッシュは、あなたを素早く空っぽにするだろう。通常の方法でやったら、何回も何回も反芻して、一晩中かかるだろう。でもそれは30分間で終わらせることができる。

 ジベリッシュ、異言は、ベットに坐ってやる最良の技法だ。明かりを消して、舌を動かし始めなさい。何が来ようと、その音に従い、続けなさい。言葉の種類は気にすることはない。文法も、あなたが何を言おうとしているのかも、気にすることはない。もっと意味のないものになれば、もっと助けになる。

 それはマインドのガラクタを放り出し、雑音を放り出す。それがなんであれ、始めて、続けてみなさい。ただ単に話しているのだが、情熱的に、まるであなたの人生すべてかかっているようにしゃべりなさい。。

 あなたはまったくナンセンスなことをしゃべり続けるだろうが、そこにはあなたの他は誰もいない。それでも情熱的に、誰かと情熱的に話しているかのように、30分間それをやれば、あなたは夜全体を十分に眠ることができるだろう。

 マインドは雑音を集め、あなたが眠ろうとする時も続けている。それは今や習慣になってしまった。それを止める方法が分からなくなっている、それだけだ。スイッチのオンオフが働かなくなっている。この技法は役立つ。この技法はエネルギーを解放するするだろう。あなたは空っぽになり、眠りに落ちる。

 これが夜の間に起こる夢と寝言の事の次第だ。マインドは次の日のために空っぽになろうとしている、準備しなければならないのだ。あなたはこの過程を完了させる方法を忘れてしまったのだ。そしてあなたは、起きていようと努力し、努力するだけ、眠るのが難しくなってくる。

 つまりこれはいかに眠りに入るかという問題ではない。そんなことは試みてはならない。レットゴーをどう試みることができるだろう。それはハプニングなのだ。あなたにできることは、ただ、それがいかに容易におこるような環境をつくるか、それだけなのだ。

 明かりを消し、快適な布団、使いやすい枕、そして過ごしやすく室温を調整しなさい。そして、30分ほど真剣に情熱的な独り言、情熱的なナンセンスに入っていきなさい。 

 音声はやってくるだろう、一言出れば、次々と言葉は続くだろう。だんだんあなたは中国語やイタリア語、フランス語やなんやらあなたが知りもしない他の言語を話し始めるだろう。それは、とても美しい。

 あなたがすでに知っている言語は、あなたを空っぽにするためには役に立たない。なぜならあなたが知っている言語は、すべての表現を追いかけることができないからだ。あなたは多くのこと怖がりはじめるだろう、あなたは何を言っているのか? これは言っていいことなの? 道徳的? あなたはあなたが語っていることに罪悪感を感じたりし始めてしまう。

 しかし、あなたが単に音として語っているならば、あなたは自分が語っていることを知ることがないが、あなたの動作や情感が、きちんと正しい仕事をするだろう。OSHO p243/254

<216>につづく 

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「続・やすらぎの仏像彫刻」―実物大で作る小仏 小仏阿弥陀・小仏薬師・小仏観音を彫る 岩松 拾文<10>/さとりサマーディにて<19>

<9>からつづく

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「続・やすらぎの仏像彫刻」―実物大で作る小仏  小仏阿弥陀・小仏薬師・小仏観音を彫る<10>
岩松 拾文(著) 2008/03 日貿出版社 単行本: 175ページ
★★★★★

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<18>からつづく

さとりサマーディにて

<19>       目次 

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「続・やすらぎの仏像彫刻」<11>につづく

「さとりサマーディにて」<20>つづく

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2017/03/10

「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<23>

<22>からつづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <23>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

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<24>につづく

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「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<10>

<9>からつづく

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「死について41の答え」 <10>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

( これは15 March 1988/03/15に、meeraの質問に答えたOSHOの応答です。本書358pと同じ原文ですが、訳者の違いにより、若干訳文の差異があります。SNSに流れてきた文章ですが、興味深いので、掲載しておきます。)

------------------

 愛するマスター、私は過去2カ月間、病院において、がんで死にゆく妹の世話をしていました。彼女を愛し、介護をしました。昏睡に陥った最後の数日間も、私はあなたの講話を聞かせ続けました。でも私は彼女に瞑想を伝えることができなかったと感じています。彼女は死に直面することを拒んだのです。愛するマスター、私には不思議です。あれだけの激痛と苦しみを味わいながらも、最後の瞬間には大きな微笑みが彼女の顔に広がったのです。彼女の微笑みと、私が瞑想を伝えようとした試みについて、コメントをお願いします。 

 ミーラ、あなたの質問はとても重要な問題を提起している。それは、もし人が偶然、・・・偶然ということについてはあとで説明しよう・・・がんのような激しい苦しみのうちに死ぬ場合、がんの苦しみがその人を無意識にさせないということだ。 

 死の直前、肉体が魂から離脱するとき、神秘家、瞑想者だけに起こるような途方もない体験をするのだ。神秘家、瞑想者にとっては偶然ではない。彼らは準備をしている。瞑想は彼らが無意識に死なないよう、死に備えさせる。 

 通常のケースでは人は無意識に死ぬ。つまり、肉体から離れたということ、死んではいないということがわからない。なくなったのはその人自身と肉体の繋がりだけだ。意識は実にか細い。魂からの肉体の離脱が一筋の意識を壊してしまう。しかし瞑想者は何度も、自分の肉体から離れて立つという、同じ状況を意識的に通るのだ。つまり、瞑想者は何度も意識的に死を体験し、死がやって来たとき、それは何も新しい体験ではないということだ。瞑想者はいつも笑いながら死んだ。 

 あなたは妹に瞑想を教えようとした。それは難しい。苦しんでいる人にあなたの話はナンセンスだったろう。しかし、いよいよ死に際し、その直前に肉体の離脱が起こり、彼女は悟ったに違いない。「あらまあ、自分は肉体だと思っていたけれど、それが私の苦しみだったのね。この自己同化が私の苦しみだったんだわ」と。さあ、肉体は離れ、糸が切られた。そして彼女は微笑んだ。 

 当然、あなたはこれに戸惑っただろう。彼女は死と闘い、苦しみと闘い、瞑想を教えようとするあなたに耳を貸さなかったのだから。それなのに彼女はとても瞑想的な状態で逝った。それは偶然起こったのだ。
生において最も重要なことは、自分が肉体ではないと学ぶことだ。それは、痛みや苦しみからあなたを自由にするだろう。
 

 苦しみが消えるという訳ではない。痛みやがんが無くなるという意味ではない。それはあるだろう。だが、あなたは同化しなくなる。ただの観察者になるのだ。そして、もし自分の肉体を、まるで他人のもののように見ることが出来るなら、あなたは途方もなく重要なことを達成したことになる。人生は無駄ではなかった。人間にとって可能な、最も偉大な教えを学んだことになる。 

 私自身の取り組みでは、瞑想はあらゆる学生、あらゆる退職者の必須科目であるべきだ。瞑想を教える大学やカレッジがあるべきだ。病院は、特に、死にゆく人々のための部門を設けるべきだ。死ぬ前に瞑想を学べるようになっていなければならない。何百万もの人々が満面の笑みを浮かべ、喜びを持って、死ぬことができるだろう。 

 そうなれば、死は単に解放だ。あなた方が肉体と呼ぶ、その檻からの解放だ。あなたは肉体ではない。それが、あなたの妹が最後の瞬間に理解したことだ。彼女は自分の誤解について微笑んだに違いない。そして、自分が死に抵抗したことを微笑んだに違いない。彼女は、瞑想を学ぼうとしなかったことに対して、微笑んだに違いない。彼女の微笑みは、多くの苦痛も含んでいる。だから、あなたが不思議がったことも私にはわかる。 

 忘れないように。彼女の微笑みはあなたにとって途方もなく意味深い体験になるかもしれない。あなたへのギフト、計り知れない価値のギフトをくれたのだ。彼女は一言も語ることができなかった。時間がなかった。だが、その微笑みはすべてを語っていた。 

 偶然の瞑想状態と洗練された瞑想状態の違いを説明するような、神秘家の物語がある。あなたの妹の微笑みは、偶然だった。彼女は準備したわけではない。偶然を待つことはない。備えることができるのだ。 

 ある偉大な禅僧が、弟子たちに宣言した。
「わしは今日死ぬ。邪魔するなよ」
弟子たちは言った。
「邪魔するものですか。しかし、いやはや!こんなふうに突然、死の宣言をする人なんていやしません。とても素晴らしいことをお話しになっていたと思ったら、いきなり死ぬだなんて!」
禅僧は言った。
「わしは疲れた。煩わせないでくれ。だから、邪魔をするなと言っているのだ。ひとつだけ、頼む。わしに死に方を
教えてくれ」
弟子たちは尋ねた。
「しかし、どんな死に方を?死にたいのなら死ねばいいでしょう」
禅僧は言った。
「普通の死に方では死にたくない」
弟子たちは尋ねた。
「普通の死に方とは?」
禅僧は答えた。
「普通、人は寝床に横たわって死ぬだろう。99.9%の人はそれを選ぶ。それは彼らの選択だ。わしはそんな大衆に迎合したくない。ちょっと考えて、オリジナルなアイディアをくれないか。死ぬのは、毎日じゃない。一度きりなのだ!独自な死に方で死ぬことが、絶対に相応しいのだ。わしは独自に生きてきた。人と同じように死ねるか?」
弟子たちは困ってしまった。どんな独自の死に方があるだろう?あるものは言った。
「座って死ぬこともできますね。人々は寝て死にますが」
禅僧は言った。
「たいして独自とは言えん。寝ると座るではあまり違わんし、しかも、今まで多くの聖者が蓮華座で死んだではないか。わしはそれはやらん。何かないのか・・・お前らはわしの弟子じゃろう!」
弟子たちは答えた。
「こんなことを聞かれるとは、思いもしませんでした。」
誰かが言った。
「座位が独自ではないとおっしゃるなら、立って死ぬのはどうですか?」
禅僧は返した。
「少しはましだな」
ところが、別の者が異議を唱えた。
「立位で死んだ聖者もいると聞いておりますが」
老聖者は言った。
「困ったもんだ。その聖者さえいなければ。さあ、もう一度考え直そう。今度は異議を唱えたお前が提案する番だ。
わしは立位に決めた。なのにお前は、それはオリジナルではないと言う」
異議を唱えた者が言った。
「オリジナルとは、逆立ちで死ぬことです。」
禅僧は、「オリジナルな思考ができる弟子を持って嬉しいぞ。善処しよう」と言うと、逆立ちをして死んだ。
 

 さて、弟子たちは困惑した。あらゆる儀式は死んだ人が寝た状態で行うようになっていたからだ。こんな先例はなかった。まず、寝床に戻さなければならないが、それは本人が反対だった。彼を怒らせることになるだろう。彼は死んだ後でも罰するような男だ。「これはだめだ。おまえたちはまた、普通のやり方をしておるぞ」と言うかもしれない。 

 ある者が提案した。
「最善の策は、近所に住む僧侶の姉だ。僧侶より年上だ。彼女を呼ぶのがいいだろう。いずれにしろ、弟の死を知らせなくてはならないのだから。彼女にどうしたらよいか、言ってもらおう」
姉はやって来て、実姉であることを証明した。彼女はこう言ったのだ。
「ばかもの!生涯、何ひとつまともにできなかった人騒がせな奴だ。こうじゃない。起き上がって、寝床で横になれ!」
言い伝えによると、死人は起き上がり、寝床に横たわると、姉が言った。
「さあ、目を閉じて、死ぬがいい」
そして彼女は留まらず、立ち去った。
深い瞑想状態の人にとって、生はゲームであり、死もまた同じだ。
姉が去ると、死んだ聖者は片目を開けて尋ねた。
「あいつ、行ったか?3歳年上だからって、いつも酷い目にあったさ。しかし、もういい。わしは普通に死ぬさ」
 

 禅僧は目を閉じ、死んだ。さて、もはや、僧侶は生きているのか、死んでいるのか、弟子にとってはさらに難しい状況になってしまった。そこで、弟子たちは彼をつねったり、目を開けてみたりした。「生きてますか?それとも、逝ったんですか?」・・・彼は本当に死んでいた。弟子たちは、急ぐこともない、30分ぐらいしたらまた目を開けるかもしれないと、しばらく待ってみた・・・しかし、老人は本当に死んでいた。 

 瞑想者は、このように死ぬべきだ。喜びと、遊び心と共に、深刻にならずに。生は遊びであるべきだ。そして、死は、さらなる遊びであるべきだ。OSHO

つづく

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2017/03/09

OSHO 現代世界のマインドフルネス 「Mindfulness in the Modern World」 <212>

<※※>からつづく

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「Mindfulness in the Modern World」
How Do I Make Meditation Part of Everyday Life? <212>
OSHO 2014/04 Griffin 英語 ペーパーバック 254ページ (Osho Life Essentials)  目次
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<付録> 

マインドフルネスを支えるための技法5つ 

1、マインドを変える 

 いつであれ、あなたがいつのまにか長い習慣になってしまっているマインドを変えようとするなら、まず呼吸が一番だ。マインドの習慣は呼吸のパターンに結びついている。呼吸のパターンを変えてみなさい、すると直ちにマインドも自動的に変わるだろう。試して見なさい!

 いつであれひとつの判断がやってきて、あなたが古い習慣に入っていこうとする時、ただちに息を吐きなさい。まるでその判断を一緒に吐き出すように。深く息を吐きだしなさい、胃袋から引っ張り出して、空間に投げ出すように、まるで判断全体が投げ出されているかのように、視覚的に感じなさい。

 それから、新鮮な空気を吸いなさい、二回、あるいは三回。

 そしてなにが起こっているか見るのだ。あなたは完全な新鮮さを感じるだろう。古い習慣を持ち続けることはできないだろう。

 だから、まずは息を吐くことから始めなさい。吸うことからではなく。あなたが何かを入れようとするならば、息を吸い込みなさい。もしあなたが何かを外に投げ出したいのなら、息を吐くことから始めなさい。

 そして、直ちにマインドがどんな影響を受けたか見て見なさい。あなたは直ちにマインドがどこか他のところに行ってしまい、新しい息がやってくるのが分かるだろう。あなたは古い雰囲気ではなくなり、古い習慣は繰り返されないことだろう。

 これはすべての習慣について当たっている。もし、あなたが煙草を吸うなら、煙草を吸いたい衝動がやってきたら、すぐに深く息を吐き、その衝動を追いやりなさい。

 新鮮な空気を吸い込むことで、あなたはすぐにその衝動が去ってしまったことを知るだろう。

 これは、とても、とても重要な内なる変化の技法に成り得るだろう。OSHO p243/254

<213>につづく

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2017/03/08

「マインドフルネスストレス低減法」ジョン・ カバットジン <4>

<3>からつづく


「マインドフルネスストレス低減法」 <4>
ジョン カバットジン (著),    Jon Kabat‐Zinn (原著),  春木 豊 (翻訳)   2007/09 北大路書房 単行本 387ページ
★★★★★

1)どうも読書が進まない。こんな時は無理して読まないほうがいいだろう。古い本ではあるが、今でも人気本で(最近人気でたのかな?)、私のあとに何人もウェイティング・リストが続いている。ここは、他の人に先を譲ろう。

2)どうも気分はすっきりしない。気分転換は散歩か、書店巡りか、ドカ食いか。ドカ食いは夕食まで待つとして、散歩を兼ねた書店めぐりへ。

3)でも、結局は、いつも行くコーナーは決まっていて、ああ、またまた同じような傾向の本が目に飛び込んでくる。

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4)はじめてのマインドフルネス、ですか。それと脳との組み合わせのマインドフルネス本も出回っている。これって、ちょっとしたブームなんだな。

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5)春でもあるし、この手の本が注目される季節になったということだろう。ひとつひとつは面白そうなのだが、わが食指は動かない。カバットジンの大本で、マインドフルネスと瞑想の関係について知ってしまった以上、別段、新しい本をめくる必要もない。

6)さて、と次なる書店をめぐったりするのだが、結局は目についてくるのはこれまでとたいして変わらない傾向である。

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7)う~~ん、シンギュラリティもなぁ・・・・。だいたいめぼしい所にはツバをつけてしまった。またひたすらめんどくさそうな本で、同じような言説を繰り返して読む必要もない。ちょっと飽きちゃってるんだな。

8)マインドフルネス、と、シンギュラリティ。なるほど話題の傾向だが、きょう書店にきたのは、これだけでいいんだろうか。どこか物足りない気がする。

9)そこで次に向かったのが、ガチャポン・コーナー(いろんな呼び方がある)。いままで、こんな感じでまじまじと見たことはなかった。でも、今日の私は違うよ。

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10)へぇ~~、いろいろあるんだなぁ、と嘆息しつつ、結局はお望みものがないのがすぐ分かった。つまり、私は300円でもいいのだが、仏像フィギュアが欲しかったのだ。だけど海洋堂とかのそれは、なかった。いや、別にないことを確認すればそれでいいのだ。

11)今年のお正月。今年一年の目標を立てた。①「2001年宇宙の旅」シリーズを完結させること。②OSHO「マインドフルネス」本を完読、素訳すること。③薬師如来像を彫上げること。まだ、5分の1ほどの月日が過ぎたところだが、まだ、どれも完了していない。これからどう展開していくことになるのか。

12)OSHO本は当然「マインドフルネス」に対応している。されど、別段、本を読まないまでも、しかもマインドフルネスでなくっても(というか当然だが)、瞑想で、これ、十分じゃぁないか。

13)シンギュラリティも、まぁ、当ブログとしては「2001年宇宙の旅」で対応させようと思ってきたのだが、これに「スターウォーズ」に登場するロボットの一つでもつければそれでおしまいだろう。

14)そして、このフィギュアと、微妙につながってくるのが、わが仏像の旅である。必要があってこうなっているのだが、こちらはまぁまぁ進んでいるとはいうものの、先は長いなぁ、奥は深いなぁ、と嘆息の日々が始まっている。

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15)どうも収まりの悪い、この春の予感。私の三つに分裂してしまったマインド=スピリチュアリティを、実存としてこのブッタ・スタチューが救ってくれるであろうか。

16)なにはともあれ、カバットジンは無視はできないが、現在の私の道ではない。日を改めよう。

つづく

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「48歳からのウィンドウズ10入門」<12>サポート

<11>からつづく

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「48歳からのウィンドウズ10入門」 

リブロワークス (著) 2016/4 インプレス 単行本(ソフトカバー): 128ページ 目次
★★★☆☆

<12>サポート

1)仕事も一段落したところで、とにかくサポートに電話してみた。ネットで見る、メールで相談、電話相談の予約、などなどサポートの方法もいろいろあるが、とにかく私は直接ヘルプと電話で雑談しながら解決策を練る方法を選んだ。

2)まずは、領収証と保証書を用意して、電話をかけてみる。直接電話で相談の回線はつながるが、担当がでるまで時間がかかる。掛け直して、ようやくつながってみると、メーカーチャンネルと、販売チャンネルが違っており、販売チャンネルの電話に掛け直し。

3)こちらもようやくつながって相談してみると、とにかく、見てみないとわからないの一本やり。彼女が言うには、10営業日ほどの預かりが必要となる、とのこと。それじゃぁ、こちらの業務に影響がでてくる可能性がある。

4)こちらの現状を話すと、それでは電源コードだけ送れば、中3営業日ほどで返却できるという。そもそも、おそらく修理という手段は使えないので、現品交換になるだろうという読みで、とにかく送付することに。

5)翌日さっそく宅配業者が来宅。パソコン用の函を持ってくるが、電源コードだけなので、ビックリしていた。このような例は初めてだという。とにかく早く来てくれたのはうれしい。

6)中2日目になってヘルプから電話。自分は連絡係で、工場ではないので、現品は見ていないという。今回は保証外の部分で有料になるとのこと。一年間の保証や、三年間のサポートなど、いろいろつけていたはずなのだが、まったく役に立たない。

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7)それに欠品もあるという。ええ?? コードの差込口を覗いてみると、ジャックの内部のプラスチックの部分が残っていた。完全に折れて、外した時にそれが残っていたのだ。とにかく完全に折れている。

8)有料と聞いた途端、私はとにかく返却してもらい、ネットで同等品を探すことを思念した。たしか数千円で代替品が流通していたからだ。しかし、正規品ではない。そこのところが、まだ新品に属するわがPCにはかわいそうに見えたし、ひょっとすると何かの不都合が起こるかもしれない。

9)サポートがいうには、正規品の単品売りはしていないという。そこで、短時間ではあったが、私はヘルプでの修理を依頼することを決断した。

10)ところがその値段を聞いて驚いた。消費税も入って万を超すのである。電源コードで万かよ。通常ならほんの千円+αで入手できるのに・・・( ;∀;)

11)しかし、ここは忍の一字だ。とにかく電源コードがなければパソコンは動かない。ここは自戒を込めて、ヘルプに依頼することを了承した。

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12)すぐ翌日に送付されてきたのは、予想どおり、同等品だった。カード払いと代引きがあるらしいが、領収証の関係もあり、ここは代引きをした。現金を用意するのもめんどうだ。

13)さっそくコードを差し込んでみると、この数日間、満タンにしてまったく使っていなかったはずのバッテリーは60%に減っていた。すぐ、充電しています、になって、100%満充電になった。こう来なくちゃね。

14)今回の収穫は、新規パソコンが使えないうちに、バージョンアップした古PCを使用していて、これが使えなかったらどうしようかな、と思っていたのだが、結構使えることが分かったことだった。速度は遅い、設定も二三変えなくてはならない。プリンターなどとの接続にも気をつかう。だが使えた。

15)予備のパソコンがこれだけ使えるのであれば、修理に仮に数週間要したとしても、おそらく十分仕事はできる。もちろん個別に保存してあるデータは使えないが、そこまで重要でもない。なんとか代替方法を編み出せる。

16)そして、残念だったなぁ、と思うことは、サポートは偉そうに言っていたが、送られてきたのは、製造番号から察するに二年前のものだった。使えれば、それでいいのだが、なんとも残念、という気がした。

つづく

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2017/03/07

「死ぬときに後悔すること25」大津 秀一 / さとりサマーディにて<18>


「死ぬときに後悔すること25」 
大津 秀一  2009/05 致知出版社 ハードカバー: 250ページ
No.3907★★★☆☆

-------------------

<17>からつづく 

さとりサマーディにて

<18>       目次 

-------------------

1)病院を見舞ってもお昼寝中だったりすれば、邪魔するのもどうかと思い、待合室から借りた本を読みながら、そっとベットサイドの椅子に座っていることも多い。

2)それにしても、タイトルからすると、病院の待合室にあるべき本なのであろうか、と最初はいぶかったが、なるほど、これは病院の待合室にあるべき本なのだ、と合点した。

3)「1000人の死を見届けてきた終末期医療の専門家が書いた」とサブタイトルがついているだけに、なるほど説得力のある、キチンとした、かつウィットに富んだ一冊である。

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4)ざっとめくってみる限り、二三を除いて、私は死ぬときに後悔するような項目は、少しづつ減ってきているように思える。失敗もずいぶんしたし、思い通りになるような人生でもなかった。だけど、今となっては大体満たされているようなぁ。

5)もういちど元気なうちに行ってみたいところも残っているし、あの本をもういちど読み直したい。やりかけたあのことだけは、もうちょっと形にしたい。でも、それって、いつだってあるんじゃないかな。

6)よく、わが青春に悔いなし、という人がいる。逆に、それってウソだろう、と、わが青春に悔いあり、とワザと逆張りをする人もいる。私はどちらかというと後者だ。やるだけやって、なお悔いもある、ってのが、人間らしくって、私好みである。

7)だから、人生、どのタイミングで、どう死ぬかわからないが、ほとんどのことをやってしまって、なお、いくつかの「後悔」が残っている、ってのが、ごく自然のような気がする。

8)わがマスターOSHOは、最期に「I leave you my dream」という言葉を残した。この言葉の受け取り方はさまざまだが、夢やドリームという言葉は、OSHOボキャブラリでは、あまり肯定的に使われてはこなかったのではないか。むしろ、夢から覚める、夢を打ち破る、というニュアンスで使われてきたのではないだろうか。

9)夢を、未来への希望のように使ったとして、ブッタには、未来も、希望も、なんの役にも立たないのではないか、などと思ったりする。

10)「I leave you my dream」。少なくともこの言葉を分解するかぎり、覚者であるOSHOにも「夢」はあったということになる。そしてその「夢」は、「達成」されないまま、「残された」ことになる。(う~~ん、本当かな)

11)いずれにせよ、「後悔」とは言わないまでも、OSHOはこの言葉を残したことに、私は、とても身近なものを感じる。

12)どんな形で死んでいくのだろう。若くして事故で亡くなるのか。病気で緩慢に死を迎えるのか。老齢にして、意識朦朧となって、フェードアウトしていくのか。その時々で、違ってはくるだろう。

13)しかし、現在の私は、何事かをし続けているわけであるし、そしてそれは突然にやってくるのだろうし、多少は意表を突かれるだろうけれど、まぁ、何日かすれば、それほど難しくなく、執着を離れることができるのではないか、と、今のところは自己判断している。二三の後悔はあったほうが、いいんじゃないかな。

14)ところで、先日「せん妄」という言葉を始めて知ったが、この本にも書いてあったので、メモしておく。

15)亡くなる一週間前から(人によってはもっと前から出現することもある)、多くの人にせん妄という混乱が生じることがある。時間や場所の感覚が曖昧になり、周囲の人からは「ぼけてしまったのか?」という戸惑いが聞かれることもある。

 ただしこれは、ぼけてしまっているわけではない。多くの人が、残念ながら、だんだん現状の認識が困難になってしまうのである。

 そのような混乱の最中に、昔のことを語りだす人が少なからずいる。昔と今と取り違えてしまうのである。息子を父と勘違いしたり、妻を母と勘違いしたり、そういうことも少なからずある。

 けれどもそのような様を見るたびに、幼き頃の記憶というものはいかに強固に心に残っているものかと思い知らされるのである。p105「故郷に帰らなかったこと」

「さとりサマーディにて」<19>につづく

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「死について41の答え」 OSHO 伊藤アジータ<9>

<8>からつづく

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「死について41の答え」 <9>
OSHO(著), 伊藤アジータ(翻訳) 2015/01めるくまーる 単行本 456ページ
★★★★★

 ほんのちょっとのユーモアのセンス、ちょっとした笑い、子供のような無垢さ----それで、失うような何があなたにあるのかね?

 その恐怖とは何だろう? 私たちには何もないのだ。

 私たちは何も持たずにやって来て、何も持たずに去っていく。事が起こる前に、内側へとほんの少し冒険をして、この服の背後、この骸骨の中に隠れているこの人を見てみてはどうかね?

 生まれて、若者になり、恋に落ち、いつの日か死に、どこに行くのか誰にも分からないこの人とは誰なのだろうか?

 ほんの少しの好奇心をもって、自分自身の存在を探ってみてごらん。それはとても自然なことだ。そこには恐怖という問題はない。OSHO p266

<10>につづく

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2017/03/06

Celebration with Meera 2017/03

 

Video Production Services

Video Production Services

2017/03/04にミーラのセレブレーションがありました。個人的な思い出のために、ここに動画をメモしておきます。都合の悪い場合は、ご連絡をいただきしだい、削除します。m(__)m

thanks & lot of Love

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2017/03/05

「てとてと」みんなの放射線測定室

「てとてと」みんなの放射線測定室
宮城県柴田郡大河原町 

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 佐藤屋プロジェクトのおひなさまコンサートに参加しながら、同じ建物の中にある、みんなの放射線測定室「てとてと」2011、さんにおじゃましてきました。

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 この建物は、旧商家ではあるが、現在は空き家になって、地域の人々がプロジェクトを立ち上げて、さまざまな活動の拠点のひとつになっているところ。

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 3・11後は、いち早く自分たちの手で放射線測定器を入手し、地域の作物や土壌の調査を持続してきたボランティア活動の人々です。

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 さまざまに持ち込まれる検査体をいくつかの検査機械で検査します。

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 多くのボランティアの人々の力と、協力している人々のカンパによって成り立っています。

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 当日、当番していた女性は、なんと当ブログが「クラインガルテン」として試行錯誤している、すぐ近くの畑を借りて、不耕起栽培を行っている方でした。なんと奇遇な。

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 いろいろ、調査結果を聞きましたが、大体は、震災後6年も経過して、放射線量は次第に低下してきており、一部の作物(栗や一部のサツマイモ)など以外は、かなり減っているということ。

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 ただ、作物には吸収されなくなってはいるが、土壌にはまだまだ放射性物質が含まれているので、風で飛ばされた土壌を鼻から吸い込む危険性があるとのこと。マスクを使用するのも効果的とのことでした。
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 店頭には、仲間の農場でできた作物(ほとんどが無農薬)や、手作りの食材が販売されています。その他、地道なイベントも続いていて、今日は、手芸の方が担当されていました。

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「佐藤屋で ひなまつり」 佐藤屋プロジェクト

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「佐藤屋で ひなまつり」 
佐藤屋プロジェクト 2017/03/05
No.3906★★★★★

1)風はまだまだ冷たいが、その中にもすこしづつ春の香りが混ざり始める季節になってきた。今日は、旧い友人たちに誘われて、大河原町に行ってきた。一目千本桜で有名な地である。

2)かつて3・11のあった年に「町内旧家の書画、工芸品、古文書展」があった旧商家での、今回はひな壇を集めてのイベントである。

3)ひな壇もすばらしいの一言だったが、今日は、なつかしい友人たちが関わるコンサートも一緒に開かれた。バイオリンやチェロを担当した人々は、数えてみれば、なんと40年近く前からの知り合いである。

4)だけれども、近くに住んでいても、なかなか会うチャンスもなく、チェロ弾きのショウジさんには、13年前に偶然に街で出会ったきり、お久しぶりだった。その間、震災後、彼は二年前に体調を崩して入院、一時は、再起を断念し、チェロを売り払ってくれ、とまで言っていたという。

5)その彼も、次第に体調を取り戻し、リハビリを兼ねて、ピアノを弾き、チェロを演奏することで、今日のコンサートにこぎつけた、ということだった。

6)彼とは、80年代初頭にアメリカのコミューンにみんなで訪問したことがあり、私達とおなじ学年の仲間には、今では、三陸海岸の被災地になっている町の市長を担当している友人もいる。

7)人生とは長いようで短いものである。短いようで、長いものである。芸術家たちにとっては、年齢とはどういうものであろうか。老いたり、病を得たりすることもある人生だが、むしろ、これからが、いのちをかけた本当にアートな時代の本番なのではないか、などと、勝手な想像をした。

8)地方都市にあって、地道な、そして夢ある活動を続けている人々に、惜しみない拍手を送った。

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OSHO with Buddha statues

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2017/03/04

「ジャズメン死亡診断書」小川 隆夫 / 「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <3>


「ジャズメン死亡診断書」
小川 隆夫 (著)  2017/02 シンコーミュージック 単行本: 312ページ
No.3905★★★★★

-----------------

<2>からつづく

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<3>          目次 

-----------------

1)このところゆえ(何ゆえかは、そのうち分かるはずなのだが)あって、仏像を彫刻刀で彫ったりしている。そんな折、某SNSで、仏像フィギュア会社のコマーシャルが流れてきた。



3)動画もいいが、音楽もいいじゃないか。なんていう曲だろう。スマホのSiriに聞いたら、これはクリフォード・ブラウンというジャズメンの曲らしい。ふ~~ん。

4)いい時代である。このジャズメンはほかにどんな曲を演奏しているのだろう。どんな人なのだろう。そんな疑問を持つなら、すぐ調べることができる。私のように音質にうるさくない、というかほとんどわからない人間には、ネットで調べれば、限りなくいっぱい曲を聴くことができるのである。

5)彼には「チェロキー」という曲がある。チェロキー? って、ここで、すこし引っかかった。黒人らしいミュージッシャンのチェロキー? ここで完全に引っかかった。ちょっと調べてみよう。ググってみて、驚いた。彼は1930年生まれだったのだ。なんで驚いたかは、これもわけがある。

6)そしてもっと驚いたことには、彼は交通事故で死亡しているのだ。え~~~~。これで完全にハマった。でも、死んだのは1956年。ちょっと年代がずれている。しかし・・・・。かなり文化圏がかぶさっている。え、誰と?

7)1956年6月26日の早朝、トランペッター、クリフォード・ブラウンは、ペンシルベニアのターンバイクで交通事故死を遂げる。同乗者はマックス・ローチ(ドラムス)と組んでいたクインテットのメンバーでピアニストのリッチー・パウエルと夫人のナンシーである。3人はフィラディルフィアから次の公演地シカゴに向かう途中だった。

 雨上がりの道を、パウエル夫人の運転する車がスリップし、道路から飛び出したことによる悲劇だった。ブラウンは25歳、バド・パウエル(ピアノ)の実弟であるリッチーは24歳---このふたりのメンバーを失ったブラウン=ローチ・クインテットは崩壊し、ジャズ界では大きな財産を失うことになる。p22「天才トランぺッターの早すぎる死」

7)1930/10/30~1956/06/26のクリフォード・ブラウンに比べれば、1931/?~1953/03/21と推定されているDの人生は、もちろん同じとは言えない。ましてや、1954/03以降にまだブラウニーが生存して大活躍中だったとすれば、なおのことだ。

8)されど、東海岸に黒人として生まれ、若くして交通事故で亡くなったという共通項は、かなりの類似性を見せる。Dはチェロキーとの混血だったが、ブラウニーには「チェロキー」という曲が残されている。

9)ミュージッシャンとしての道を歩き始めた50年6月、ブラウンは自動車3台を巻き込む事故に遭遇する。この世を去ったのも交通事故だし、6年後の同じ月というのも嫌な符号だ。

 このときは1年間入院するほどの大けがだった。トランペットもしばらくの間は吹くことができず、ピアノを弾いて気持ちを紛らわせていた。この間、何度も見舞いに来たのがガレスビーで、彼の励ましもあって、ブラウンは翌年復帰を果たす。ただしこの事故で肩を痛めたことから、この世を去るまで反復性肩関節脱臼に悩まされることになった。p13同上

10)キチンと符号するものではないが、不思議とまつわる交通事故の影。

11)同時代の多くのミュージッシャンと違い、麻薬にもいっさい手を出さなかった。p14同上

12)ジャズやミユージッシャンといえば、話題にとなりそうなところだが、この一説は好ましい人物像を強調する。

13)「クリフォードはドラッグとまったく無縁で、アルコールもたしなむ程度だった。彼を手本にすることで、わたしはその悪癖から立ち直ることができた。」(ソニー・ロリンズ)p25 同上

14)ブラウニーが名をなすのは、53年以降のことである。

15)97年に、事故の現場となったターンバイクを訪れたことがある。そこは緩い下りカーヴが右に曲がっていくところだ。どうしてこんなところで事故が? と思うほどありきたりの道路だが、店頭演奏を終えた深夜から未明にかけて、運転していたパウエル夫人は疲れきって、ほんの少しの判断ミスをしたのかもしれない。当時は雨のせいで路面も揺れていた。ブラウンとパウエル、そしてパウエル夫人の3人がこの場所で若い命を散らしたのかと思うと、わけのわからない感慨が込み上げてきた。p33小川 隆夫

16)このことに関連する事項については、「クリフォード・ブラウン 天才トランペッターの生涯」(ニック・カタラーノ 2003/07 音楽之友社)が追加情報をくれるだろう。

17)さて、この時代のDについて、これまでつかめてきたわずかな情報の中に、ゲーリー・スナイダーや、ジャック・ケルアック「ザ・ダルマ・バムズ」(2007/09 講談社)、「オン・ザ・ロード」(当ブログ未記録)などとの関連がかすかに見える。

18)また、この時、ブラウニーはどんな車に乗っていたのかも興味深い。

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赤のフォード

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1965年のヴァリアント

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グリーンのシトロエン

19)かつては、こんな車をイメージしてきたが、今後の調査の結果、もっとわかってくるかもしれない。

<4>につづく

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2017/03/03

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <2>目次

<1>からつづく

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<2>目次 

13)ミッション 2017/03/25 NEW
12)セブンス・アベニュー  
11)Dの消息
10)オン・ザ・ロード  
9)ダルマバムス 
8)ジェネレーション 
7)ビート  
6)ケルアック
5)優等生?
4)ジャズ・シーン  
3)1953年アメリカ
2)目次 
1)はじめに

<3>につづく

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「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝 <1>はじめに

「ホワイトアルバム」 転生魂多火手伝

<1>はじめに      目次

1)ビートルズが1968年に発表した二枚組のアルバムは、当時彼らが接触していたインドのマスターへの雑感を含んだ、実験的な曲がたくさん集められ、ジャケットは真っ白なデザインで発表された。演奏者たちの名前のほか、何もタイトルがついていないので、ファンの間ではホワイトアルバムと通称されている。

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2)また、山尾三省には同じく、真っ白な表紙の本が三冊ある。

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 「ぼくらの知慧の果てるまで」(1995/09 筑摩書房) 「祈り」(2002/09 野草社)、「原郷への道」(2003/09 野草社)。晩年に属する本で、その二冊は没後に発行されている。これらに色こそイエローだが、シンプルなデザインの「島の日々」(1991/07 野草社)を加えて、私は三省のホワイトアルバムと呼んでいる。

3)また、OSHOには「Nothing Book」(1982/04 Rajneesh Foundation International,U.S.)や,、「NO BOOK」(1989/03 The Rebel Publishing)、と名付けられた、何も印刷されていない本が出版されている。

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4)これもまた、OSHOからの強烈なメッセージが込められた、ホワイトアルバム、と呼ぶことだってできるだろう。それぞれに三者三様の経緯があり、ひとつひとつ興味深い。

5)さて、これから始まるシリーズは、当ブログにおけるホワイトアルバムである。サブタイトルは「転生魂多火手伝」とある。時間と空間を超えて、このキーワードですでに書かれてきたものを、もう一度採録し、あるいは、触発されて飛び出してくるエピソードに脚光を当て、はたまた、新しいつながりの大発見ということになるだろう。

6)他書はともかく、当ブログは当ブログなりに、独自の経緯をたどることになる。そして、当ブログ全体を、ホワイトアウトへと導く、ひとつのきっかけになるだろう。あるいは、そうなるべく、うまいこと、このサーフボードに乗っていくことはできるだろうか。

<2>につづく

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2017/03/02

「こころの時代」 日本仏教のあゆみ~信と行~ 第二回「法華思想の開花」

第一回からつづく

「こころの時代」 日本仏教のあゆみ~信と行~ 第二回「法華思想の開花」 
武村牧男 他 2015/04~2015/09 NHKTV 60分
No.3904★★★★★ .

「法華経の教え」 
 一乗思想
 久遠実成の釈迦牟尼仏 
 菩薩の使命

法華二十八品

亡己利他

大乗戒

日蓮の主著
「立正安国論」
「開目抄」
「観心本尊抄」

一念三千

図顕の曼陀羅

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己心本有の諸尊

道元 法華経 諸法の王

 「峯の色 渓の響も みなながら 我が釈迦牟尼の 声と姿と」 『笠松道詠』道元

 「この理を信ずること不肯にして、退席すとも、ことにしらず、白牛車に坐しながら、さらに門外にして、三車をもとむることを。」 道元『正法眼蔵』 法華転法華

良寛 『法華讃』 常不軽菩薩

宮沢賢治 「雨にも負けず」

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さとりサマーディにて<17>せん妄

<16>からつづく 

さとりサマーディにて

<17>せん妄       目次 

1)病室に入ってみると、点滴台がなくなっていた。針も腕から抜いたという。ベットの上で寝ているのは同じだが、かなり寝相が自由だ。いままでの窮屈だった姿勢がだいぶ緩やかになっていた。

2)声をかけてみると、なんだか以前より耳が聞こえるようになったように思う。すでに白内障でほとんど反応しなくなっていた両眼だが、一生懸命開こうとする。見えてはいないのだろうが、光はひょっとすると戻っているのかもしれない。

3)「オルゴールがない」という。うん? オルゴールなんてもともとないよ。まだ夢の中なのか。枕元をゴソゴソするので、「ナースコールボタンのこと?」と聞いたら、どうやらその言い間違いだったらしい。

4)ホームにいた時は、ナースコールボタンは定位置にあったため、そこにあるのが当たり前だと思っているようだ。ティッシュボックスも定位置にセットし、反対サイドには、ごみ用の袋を下げた。ホームでの生活がかなり戻ってきたようだ。

5)リハビリと称する簡単なマッサージも受けたようで、治療師の方は、南三陸出身のだれだれさんという男性だった、とキチンと記憶している。かなり戻ってきているのだ。第三者との会話も成り立っているようだ。

6)「どうして、林の中に行って、草を片付けていたんだろう?」と聞く。「いや、今じゃなくて、昨日あたりまで・・・」。いや、ずっとベットの上にいたんだよ。林の中に行って、草なんか片付けていないよ。

7)どうやら生家の屋敷林にあったお社の回りを掃除していたらしい。

8)「あれは、妄想かな・・?」。 妄想とはあまりにもかわいそうだから、痛み止めとか使っていたから、夢でもみていたんじゃない。「ああ、夢だったのか・・・・・・」

9)どうやら、自分で妄想と言ったのは、必ずしも遠い表現ではないかもしれない。帰宅してから家族に話したら、「それは、せん妄、って言うんじゃない?」という。

10)せん妄? 早速ググってみると、譫妄、と書くらしい。

11)せん妄(譫妄、せんもう、英:delirium)は、意識混濁や奇妙で脅迫的な思考に加えて幻覚や錯覚が見られるような状態。健康な人でも寝ている人を強引に起こすと同じ症状を起こす。ICUやCCUで管理されている患者によく起こる。 

急激な精神運動興奮(カテーテルを引き抜くなど)や、問診上明らかな見当識障害で気がつかれることが多い。大手術後の患者(術後せん妄)、アルツハイマー病、脳卒中、代謝障害、アルコール依存症の患者にもみられる。通常は対症療法が行われる。wikipedia

12)なるほど、そうであったか。顔色もいいし、体はだいぶ戻ったように思うが、意識はまだ、ここにあらずなのかもしれない。それにしても、最近聞いた、意識の話は面白かった。彼女の意識は、どこに行っていたのだろう。

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13)これまで、食事がとれなくなり、もう、手段は胃婁しかない、と言われるかと恐れていた家族一同だったが、食欲もだいぶ戻ってきたようだ。「ごはんもいっぱい食べたほうがいいよ」と言われて、「今日は何か持ってきたの?」とまでいうようになった。この病院は食べ物の持ち込みは原則禁止なのだが(笑)。

14)先日は、救急車で脳神経外科に運ばれてMRIを受けたことも、まったく認知していないようだ。まだ、以前のままでないが、このまま回復を続ければ、ひと月前までいたホームのベットに戻れるのではないか。家族としては、そんなことも少しは期待してもいいのだろうか。

<18>につづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」関侊雲他<22>

<21>からつづく

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「続・彫刻刀で楽しむ仏像」[釈迦如来・聖観音菩薩] <22>
関侊雲(監修), 河合宏介(写真)  2013/6/5 スタジオタッククリエイティブ 単行本 176ページ

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<23>につづく

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「こころの時代」 日本仏教のあゆみ~信と行 第一回「日本仏教の夜明け」

「こころの時代」  日本仏教のあゆみ~信と行 第一回「日本仏教の夜明け」
武村牧男 他 2015/04~2015/09 NHKTV 60分
No.3903★★★★★

 

『三経義疏』(さんきょうぎしょ) = 「法華経」「勝鬘経」「維摩経」の三経の注釈書

『南都六宗』(なんとりくしゅう) =
 三論宗(さんろんしゅう、中論十二門論百論) - 華厳宗真言宗に影響を与えた
 成実宗(じょうじつしゅう、成実論) - 三論宗の付宗(寓宗)
 法相宗(ほっそうしゅう、唯識
 倶舎宗(くしゃしゅう、説一切有部)- 法相宗の付宗(寓宗)
 華厳宗(けごんしゅう、華厳経
 
律宗(りっしゅう、四分律) - 真言律宗等が生まれた

『三論宗』(さんろんしゅう) =インド中観派龍樹の『中論』『十二門論』、その弟子提婆の『百論』を合わせた「三論」を所依経典[1]とする論宗[2]である。を唱える事から、空宗とも言う。その他、無相宗・中観宗・無相大乗宗の呼び方もある。

『破邪顕正』(はじゃけんしょう) =誤った見解や教え,とらわれを退けて,仏教の正しい見解,実践,教えをあらわし示すこと。

『無得正観』(むとくしょうかん) = 空にも有にもとらわれない無得正観(むとくしようかん)に住することを中道であるとする

『法相宗』(ほっそうしゅう) = 興福寺 薬師寺

『八識』(はっしき) =眼識 耳識 鼻識 舌識 身識 意識 末那識 阿頼耶識

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『止観行』(しかんぎょう) = 仏教では瞑想を止と観の二つに大別する。(シャマタ:奢摩他)とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。また(ヴィパシヤナ、毘鉢舎那)とは、不動の心が智慧のはたらきとなって、事物を真理に即して正しく観察することである。

『華厳宗』(けごんしゅう) =東大寺 盧舎那仏像(奈良の大仏)

『律宗』(りっしゅう) =唐招提寺

第二回へつづく

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2017/03/01

「解き明かされる日本最古の歴史津波」<36>淵上蛸薬師瑠璃光如来その3 「さとりサマーディ」<16>

<35>からつづく


「解き明かされる日本最古の歴史津波」  <36>
飯沼勇義 2013/03 鳥影社 単行本 p369 飯沼史観関連リスト
★ 

その2からつづく

淵上蛸薬師瑠璃光如来その3

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<15>からつづく 

さとりサマーディにて

<16>       目次 

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「さとりサマーディにて」<17>につづく

「解き明かされる日本最古の歴史津波」<37>につづく

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「マインドフルネスストレス低減法」ジョン・ カバットジン <3>

<2>からつづく


「マインドフルネスストレス低減法」 <3>
ジョン カバットジン (著),    Jon Kabat‐Zinn (原著),  春木 豊 (翻訳)   2007/09 北大路書房 単行本 387ページ
★★★★★

1)なにはともあれ、表紙を開き、1ページ目から最後のページ目まで、一通り風を通し、自分の指で触ってみた。禅(おそらく)を科学的に体験的体系に組み替えた方法ゆえ、いくつかの経緯や、用語、あるいは体験談や、事例などが紹介されているが、必ずしも必読ではない。

2)また実践の書ゆえ、いくつかの有効な瞑想法(いわゆるマインドフルネス?)が紹介されていて、そのいくつかを自らの人生に取り入れようというのでもない限り、そちらも決して必読しなければならないわけでもない。

3)私としては、1944年にアメリカに生まれた理学士カバットジンが、鈴木大拙に啓発され、鈴木俊隆に触れ、その流れを学びつつ、自らのマインドフルネスなるものを開発した、といいう点を確認できれば、もうそれでこの本のほとんどの役目は終わったようなものである。

4)私は、長年、日本の文化から大きな影響を受けてきました。1960年代初期に、まだ学生だった私に初めて日本の禅というものを教えてくれたのは、鈴木大拙でした。その後、鈴木俊隆著"Zen Mind, Beginner's Mind(初心禅心)”に出会い、本格的に瞑想の精神を探求する道に足をふみいれることになったのです。

 13世紀の偉大なる禅師、道元の優れた思想にも大きな影響を受けました。Pxiカバットジン「日本の読者の皆さんへ(1993/06)

5)そして何より驚いたのは、この本において瞑想という言葉が多用されていることである。数えたわけではないが、マインドフルネスという用語より、瞑想という単語がでてくる機会のほうが圧倒的に多いのではないだろうか。

6)なんだ、これだったら、当ブログとしては、わざわざ瞑想という言葉をマインドフルネスという単語に置き換えて再スタートする必要などなかったなぁ、と、ちょっとあきれ顔である。まぁ、それはそれとして、ここんところを抑えておけば、あとは、もうこの本は図書館に返却しても、なんの問題もない。

7)ところが、こんな時期をはずした古い(ごめんなさい)本が、私もずいぶん待たされたが、私の後にすでにたくさんのリクエストが入っている、ということにはびっくりする。昔からこの本は人気があったのだろうか。それとも、急に最近リバイバルしたのだろうか?

8)みんなが待っているとなれば、早く回してやろう、という気持ちと、みんながそんなに期待している本なら、ひょっとすると私がまだ読み残している何かトンでもない秘密が書いてあるのかも、などと、ちょっと浮き足立って、もう一度、めくり直そうかな、と思ったりもする(爆笑)。

9)さてだ。ここまでのところをまとめておけば、その背景と経緯が分かった限り、理解することも、共振することも、それほど難しくないはずで、これはこれでいいだろう。しかし、じゃぁ、それでいいのか、とわがOSHO瞑想法と「比較」したりする。(笑)

10)まず、21世紀における「現代社会におけるマインドフルネス」は、地球上の一地域の文化や伝統を誇張的に基礎とするのは間違いである。あたらしく組み替える必要がある。地球上のどの地域からも、どの階層からも、どのようなチャンネルからも参加しやすいようにする必要がある。そこんところが、カバットジンの世界は弱い。

11)アメリカ人や一部の欧米人、あるいはちょっと進歩的(と自分を思っている)日本人などが、カバットジンを絶賛し採用しようとしているとして、他の地域や、他のチャンネルからの窓口は決して大きくはないのではないか。

12)いわゆるGoogleやAppleなどのITエンジニアたちが採用しているだの、成功哲学的に活用されているだの、というのは、ある種の、ひいき目の誤解である。そのようなセールスプロモーションをするにしても、それでは蛸壺に逃げ帰ってしまうようなものだ。

13)そして、はっきり言って、この程度では、これから25世紀にわたって法輪を回し続けよう、という大きな意図からすれば、この波はあまりにも小さい。しょせん、これまでの波の延命策にすぎないことになる。

14)さて、ここで、先日電話をくれた人(仮にAさんとしておく)を考えてみる。このカバットジンのマインドフルネスとやらと、あのAさんを並べてみる。すると、おそらくAさんは、このマインドフルネスを「笑って」しまうだろう。もう、そんなことは知ってるよ、もうやったよ、と。

15)こうなると、困るのである。瞑想は方法論ではないので、マインドフルネスとしてハウツー化されても、それぞれの受け取り方によって「効き方」が違う。方法論があっても、それを体験しないことにはどうしようもない。そして、体験したからと言って、物理的に、統計的に、その効果が期待できない限り、あとはAさんの心構え次第、ということになる。

16)はてさて、Aさんの場合、必要なのは、治療法なのだろうか、成功哲学なのだろうか、成仏法なのだろうか。おそらく短い電話ではあるが、即断的に判断するなら、やはり治療法でいいのだと思う。何かぴったりした方法があれば、その効果のほどは期待できる。

17)しかるに、その短い電話内容で判断するに、どうやら長期(おそらく10年程度)にわたって、ドクターショッピングをしている可能性がある。そうなると、どうも治療者やセラピスト、医師というものに対する信頼度が薄いようにも思われる。

18)Aさんのハートを、スコンと射貫いてくれる存在とは何か? おそらく、そもそもがご自身が仏教の僧侶であるかぎり、そして神智学協会に関わっており、なおかつOSHOセラピストのカウンセリングを継続的に受けてきたと自称するかぎり、電話の受け手としては、何ができるだろう。

19)まず、電話の受け手としてはギブアップである。これ以上のことはできない。彼にして「あげる」ことができることは、もはやない。されど、さらに気がかりな点は二つある。ひとつは、ひょっとすると、彼はこのブログをどこかで見ている可能性もあるかもしれない、ということだ。そうであれば、電話の受け手としては、何らかの手がかりを残しておいて「あげたい」。

20)二つ目は、私自身が発した対話でなかったとしても、その対話の受け手として、私は、どのようにその機会を「有効」に使えるか、という問題である。特に、その機会を、「私自身」のために、どう使えばいいのだろう。

21)そういう意味において、Aさんと私の間に、カバットジンのマインドフルネスという手法を置いてみる。禅に科学的な見地を加味したということだから、科学といえば、客観性があり、一般性があり、検証性がある、ということである。

22)Aさんについては、万が一ラッキーにもこのブログを見るチャンスがあったら、まずは、このカバットジンのマインドフルネスとやらを、まだ試してみてなかったら、いかがですか、とおすすめしておきたい。

23)そして、私も、おすすめした限りは、いったいどのようなものか、自分なりに理解を深めねばならないと思う。

<4>につづく

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「私をかけのぼる朝顔」川端由継+橋本一枝(ミーラ) <2>

<1>からつづく

Meela_2  誌画集私をかけのぼる朝顔Blossoming <2>
      
川端由継/詩 橋本一枝/画 2000/09 公和印刷 大型ハードカバー 函入 45作品 
       

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2000/08/06 with Meera & Satyam at Sendai

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