「ニュー・アース」 エックハルト トール <6>

「ニュー・アース」意識が変わる 世界が変わる <6>
エックハルト・トール (著), 吉田 利子 (翻訳) 2008/10 サンマーク出版 ハードカバー 336ページ
★★★★★
1)このニュース、どこに書こうか考えたが、ここに記しておくことにする。
2)「地球人のためのスピリチュアルレッスン VastStillness」YouTube チャンネルクローズのお知らせ。なにか意味ありげなニュースである。
3)地球人のためのスピリチュアルレッスンVastStillnessでは、2010年2月より約8年間の間YouTubeチャンネルを通して、世界的に著名な賢者・マスターたちの悟り・真理の教えに日本語字幕をつけた動画を配信してきました。アップした動画は500本以上、チャンネル登録者も42000名となり、日々これらの動画はどなたかの目に触れ、魂に触れ、意識の目覚めに作用する働きを続けてきました。しかし、この度2018年2月1日を持ちまして当チャンネルのアカウントはYouTubeより停止処分を受け、クローズされることになりました。今日は、この件に関するご報告と今後の活動について、簡単にお伝えしたいと思います。HPから
4)このサイトに興味を持ったのは、友人がSNSで紹介していたから。それはサイトというよりエックハルト・トールの講話の紹介だった。その時、このサイトが当ブログと近似なタイトルを持っているな、と感じた。当ブログは2006年3月スタートだから、イメージとしてはこちらが元祖となる(笑) 別に真似されても構わない、登録商標でもないのだから(爆) どこか親近感を持っていたのはたしか。
5)詳しくはアクセスしたことないが、どうやら中年のアメリカ帰りの女性が、あちこちのスピリチュアル・マスターたちの講話動画を探してきて、お得意の翻訳の文字幕をつけてアップしている。しかもそれを見た視聴者を中心に参加者を募集したセミナーなどを行っているようにも思える。
6)それはそれで構わないのだが、ただ、私自身はエックハルト・トール以外のマスターたちの動画をそれほど面白いと思ってみたことはない。まぁ、そういう試みもあるのか、という程度で、長く時間を割いたことはない。
7)2016年の秋、バシャールの動画が約100本以上全面的に削除されるということがあり、またこの8年間の間には、著作権の厳しいOSHOの動画削除を始め、他にも数十本は削除されてきていましたが、それでも成り行きにまかせて、その時々「これだ!」と思う動画を選び配信し続けてきました。著作権に関しては、できる範囲でオリジナル動画のYouTuberさまへ連絡をし許可あるいは事後報告をしてきましたが、ここ数年間は、個人的同意では済まない厳しいコンピューターのチェックが入り、今回のような結果となりました。HPから
8)ここにOSHOという単語が飛び込んできて、なるほど~、と考えた。
9)当ブログにおいては、動画を独自でアップすることも、Youtubeを張り付けることも少ないが、4000冊以上の本の表紙を張り付けている。ほとんどはアフェリエイト付きの版元公認の画像だからなのか、これまで同種のクレームは一件もない。それほどアクセス数が多くないからかもしれない。
10)もちろんOSHOの動画も多種張り付けてきたが、動画削除などのクレームなどはあるわけはない。とりあえずOSHOのサニヤシンであり、OSHOセンターの活動の一種のニュアンスの中で活動しているわけだから、容認の範囲にあるのだろうか。
11)ただ、「地球人のためのスピリチュアルレッスン VastStillness」の中にOSHO動画が他のマスターたちと並列されているのを見たら、私自身はあまり気持ちのいいものではない。私自身にとっては、誰か、他のなにかと並列されてしかるべき存在だとは思えないからである。
12)しかし、これは予期せぬ出来事ではなく、常に「その時」と隣り合わせであることを受け入れつつやってきた行動の行き着いたひとつの分岐点です。実際、バシャールの動画が多く削除された時点で、Youtubeによる字幕付き動画配信の限界、強い制約を感じ、いつかは全部消えてなくなる時が来ると思っていましたので、今「その時」が来たのです。ですから、今回のアカウント停止は、「うすうす感じ取っていた変化」が明確な形・出来事としても現れてきたということです。HPから
13)スピリチュアル・マーケットのウィンドウ・ショッピングをどこまで続けるのか。旅行代理店の店頭で、いつまでパンフレット集めをしているのか。それはそれで個人差があり、趣味性もあるので、一概に批判されるべきことではない。しかし、通常なら、いずれ飽きてくるのだ。おなかも空いてくるだろう。今日のランチはこれだ、と一品決定せざるを得なくなるのは当然だ。
14)他のメニューについては知らないが、ことOSHOについては、他の品目と並列しておくことに危険性を感じないわけではない。そのものが危険ということではないのだが、例えば、北半球と南半球の二つの目的地のトラベル・カタログを見続けて、どこにも行けない可能性もないとは言えないからだ。どこにも行かない、という結論もあるが、それは自己の深まりを示しているとは言えないことも多い。
15)返す刀で我が身を思うに、それは、私自身が当ブログに対する評価でもあるべきだ。最近そろそろ「地球人スピリット・ジャーナル」というタイトルは終わりだな、とたびたび痛感することと無縁ではあるまい。
16)正直言って、当該HPサイトに特段の思い入れがあるわけではないが、時期が時期だっただけに、他山の石として、我が身を振り返る、いいシンクロニシティを呼んでくれたと思う。
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