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2018/03/08

「お経」 禅宗 横尾忠則(装丁)他<3>

<2>からつづく

お経−禅宗
「お経 禅宗」 <3>
桜井 秀雄 (著), 鎌田 茂雄 (著) 横尾忠則(装丁)1983/4 講談社 282p.
★★★★★

1)1983年発行の一冊。おそらく横尾の名前で最後の一押しをされたのであろうが、何か一冊欲しかったのであろう。あるいは購入して、ずっとあとから壮丁が横尾であったことに気づいたのか。

2)三宝という。仏法僧。仏があるかぎり法があるはずだ。それが経典だ。それを護持してきたのが僧団だ。不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏、の禅の世界にあって、経典とはいかなる位置を占めているものか。

3)関連する仏書は多々あれど、経典と呼ばれるものは別格の位置にある。そして多く読まれるものはそう多くない。ましてや、僧職にあらず、信心とて、一般人の中にあっても特段に優れているとも思われないわが精神性を満たすには、ほとんど、般若心経と修証義があればいいか、とさえ思う。

4)されど、仏事等で読経されるところの経典の中身とはいかに、と好奇心が湧いてこないわけじゃない。なるほど、わりと、同じことが語られているんだな、と直感する。なんでこんなに訳がわからないような漢字を使っているのだろう、と思わないわけではないが、漢字だからこそ、「有難い」気分になるから不思議である。

5)おそらくこの小冊子にはさまれているお経なぞ、じつはそのうちのほんのひとつまみであるに違いない。大蔵経とも、一切経ともいわれる万巻の経典の山に、よもや挑戦することもあるまいが、かと言ってそのように多くの経典が存在するということ自体、一山を見て、山脈を思うがごとく、仏の教えの多種多様さ、その深さ、不思議さに思いいたるのである。

6)(略)主義主張を立てるから立場が分かれてくるのである。それが規則となって人の心をしばるのである。たとえ信心のあり方に徹底したといっても、不変の真理にであったといってもたちまちよごれた意識が流れこんで、外見は静寂な心境に到っていても、内面の本心はいざというときに動揺して役に立たない。(中略)

 個人の歩みのあとかたにあやかろうと思うなら、どうぞ前仏古仏の先輩たちを観察してみていただきたい。大通智勝仏は仏の道を成就するほとりにまでいたりながら、さらに十劫もの長い時間、菩提樹下で内観したが、ついに本当の覚りを会得できなかったという。(略)p159「宝鏡三昧」三 仏性に信せる道(正宗分の二) 部分抜粋

 

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