カテゴリー「46)ブッタ達の心理学2.0」の108件の記事

2009/08/17

死ななくてすむ人間関係の作り方

死ななくてすむ人間関係の作り方
「死ななくてすむ人間関係の作り方」 無理しないで生きるための心理学
諸富祥彦 2009/07 アスペクト 単行本 200p
Vol.2 No755★★★☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆

 著者の本は、

「フランクル心理学入門」 1997/04

「<むなしさ>の心理学」 1997/09

「<宮台真司>をぶっとばせ!」 1999/1

「トランスパーソナル心理学入門」 1999/08

「トランスパーソナル心理療法入門」  2001/7

「さみしい男」 2002/07

「子どもよりも親が怖い」 2002/10

「人生に意味はあるか」 2005/05

「死ななくてすむ人間関係の作り方」 2009/07

などを読んできたので、積極的に著者を読み込んできたように錯覚していたが、よくよく見てみれば、その91冊の著書のうち、目を通したは、ごくごくわずか、1割にも満たないものだった。決して面白くないわけではないのだが、とことん追っかける気になれなかったのは、本質的なものを含んでいるようにも思うだが、どことなく薄味なところが、読書としてはちょっと歯ごたえがなさすぎる、と感じたからだろうか。

 1963年生まれ。時代体験が私より一回り下だ。カウンセリングと言ったり、トランスパーソナルと言ったりするが、いまいち食い込みの角度が違う。教育家向けに書かれた本も多いので、そうなると、当ブログからはどんどん距離ができていく。

 同じ日本におけるトランスパーソナル紹介でも、 吉福伸逸ほど思い込みがひどくもなく、安藤治ほど医学の方向へ偏ってもいない。かなりとっつきやすい存在ではあるのだが、どこか器用すぎて、なんとなく口の巧みな浮気な男のイメージがなくもない。

 そう考えると、オタクの人たちはすばらしい。彼らは周囲にどう思われようとおかまいなく、自分の好きなことに没頭して毎日を過ごしています。だいたい単独行動ですが、幸せそうです。オタクの人で「死にたい」と言う人に、私は会ったことがありません。
 人からどう思われてもかまわない。自分さえ楽しければいい。そう思えれば、人は死のうとはしないものです。
p44

 死が悪であって、自殺は最悪、という立場を、当ブログは取らない。「死にたい」という思いを持つことをマイナスとは考えない。むしろ、「死」を考えない人は、どこか一味足らないようにさえ感じる。

 著者の言葉の部分だけを切り取って、コメントを加えることは、ちょっとフェアではないのだが、それでも、全体的に目を通したときに、本質的で現実的で、多くの読者を獲得していそうな存在ではあるのだが、どこか、まったく決定的にごまかされているような気がする。

 それはなぜか。著者は、読者を説得しよう、としているからである。たくさんの可能性があるよ、と言いつつ、そういう意見を押し付けてくるような感じがする。可能性を提示しつつも、それについてクライエントがどう思うのか、どう考えるのかを、引き出すことには積極的ではない。すくなくとも、本における著者の口ぶりは説得口調だ。いわゆるセールマンだ。

 多くの方とカウンセリングを通して感じるのは、日本社会は”大きな物語”を喪失してしまった。日本国民の多くはどこを目指していいのか途方に暮れ、とまどっているのだということです。p180

 危ない、危ない。こういう口調は、まんまとひっかけるための導入部であったりする。

 少し前にSMAPが歌ってヒットした歌に「ナンバーワンでなくてもいい。君はオンリーワンなんだから」という意味の歌詞がありましたが、あれだってよく聴いてみると「オンリーワンでいいけれど、みんな前向きで、希望を持って生きなくちゃいけない」ということです。そんな画一的なボジティブさを押し付けているように思われて、なんだかそこに、とても違和感を感じるんです。p98

 「世界に一つだけの花」のなかに「君はオンリーワンなんだから」という歌詞があっただろうか。「僕ら」という一人称はあったと思うが、「君」という二人称はなかったと思う。実は、著者に感じる違和感はここにあった。「そんな画一的なボジティブさを押し付けているように思われて、なんだかそこに、とても違和感を感じるんです。」というコメントは、むしろ、当ブログから著者に対して贈りたいコメントだ。

 著者は「君」に語りすぎる。「僕ら」や「私」に語ったとしても、「君たち」視線を意識しすぎている。そこが、この本を読んでいて感じるキュークツさだし、ひょっとすると、著者自身が自らに感じている違和感なのではないか、と察する。

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2009/07/28

自分を活かす色、癒す色

自分を活かす色、癒す色
「自分を活かす色、癒す色」 至福の色彩学
末永蒼生 1998/11 東洋経済新報社 単行本 213p
Vol.2 No732★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 60年代の終わりを締めくくったのが「サイケデリックブーム」だ。「サイケデリック」とは、直訳すれば「意識の拡張」といった意味。当時のアーティストたちが試みたドラッグや瞑想によって生じる幻覚状態や感覚体験をサイケデリックと呼び、そのときに知覚できるという極彩色や蛍光色の抽象模様を、ポスターやレコードジャケット、Tシャツなどの図案に用いる若者の風俗をひっくるめて、「サイケ調」、「サイケ族」などと呼んだ。p79

 思えば、当ブログ、昨年の今頃は「サイケデリック・シンドローム」を読んでいた。どうやら夏になって、むしむししてくると、サイケが恋しくなるらしい。

 学生運動が激化する中で、現実の秩序への反発と逃避、デモの熱狂と混沌など、さまざまなエレメントが引き金となって、目眩にも似たサイケ調の色彩文化が求められたのだろう。
 90年代以降、再び60~70年代の流行が復活しつつある。若者たちにとってそれは新しいファッションかもしれないが、当時を知る者にとってはスタイルの模倣だけが目につき、色彩はまったく冴えない。あの、ドキドキ、わくわくさせる、ハレーションを起こしそうな色彩のインパクトがないのである。やはりあの色は、ホットな時代だからこそ生まれてきた、あのときだけの眩惑の色だったのかもしれない。
p79

 わたしも、心の中では「あの、ドキドキ、わくわくさせる、ハレーションを起こしそうな」時代を忘れることができない。そして、その時代と著者を重ね合わせて、考えているところがある。だから「心を元気にする」などというコピーでは、どうも納得できないのである。

 この本、1998年発行である。当時のカラー・コーディネイトなどのブームもあったのだろうが、例の忌まわしい事件の直後であるのに、この本は頑張っていると思う。いや、あの時代だからこそ、直接的な「カゲキ」な方向性よりも、ソフトでデリカシーを必要とする色彩学が時代の渇きをいやしたのだろう。

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自分力を高める色彩心理レッスン

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「自分力を高める色彩心理レッスン」―心を元気にし、仕事や人間関係をグレードアップ
末永 蒼生 2005/04  ナツメ社 単行本 223ページ
Vol.2 No731★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 10代の頃に、著者の「ウルトラトリップ」を読み、20歳前後で「生きのびるためのコミューン」(1973/03 三一書房)を読んだ立場としては、どうもいまひとつ、この色彩やカラーについての、あれやこれやのエピソードがいっぱい詰まった著者の活動は、すんなりと納得できないところがある。納得できないのはなぜなのか、その理由はいまだによく自分でも分からない。

 直感的にいえば、グルジェフのエニヤグラムが性格判断のような用いられ方をされていて、忘れさられてしまうよりはいいかな、と思いつつも、ちょっと発展方向が違うな、という違和感を持っているのと、やや似ているようにも思う。

 アメリカにおいて、エサレンなどで、たとえばアラン・ワッツらがZenやセラピーに辿りつき、何事か発展させようとしていた時代と、著者が60年代から繰り返してきたイベントなどは、時代的にも、意味的にも、重ならないわけではない。その後、エサレンの活動が、どのような展開になったのか、少なくとも当ブログから見て好ましい発展を遂げたのかどうかは、まだ確認していない。そのような観点から、日本における一つの可能性が、時代を超えて、市民社会に根付いた動きの一つとして、著者のカラー&セラピーの動きはちょっと気になるところではある。

 著者の関わっていた色彩心理研究に多いに啓発されるところがあり、20歳前後の時に、私達のグループでは盛んに「お絵かき」が行われた。いわゆる色と形の意味について、一通り学んだ。しかし、その「学んだ」ことが、よかったのかどうか、をソーカツすると、吉凶あいなかばすると、私は思う。

 この本は2005年にでているので、著者の本の中では、比較的最近の本ということになる。自分力・・・ですか。このような若いコピーライターが宣伝文でも使うような言葉が氾濫して、イメージだけが先行していく。「色彩心理の世界」でもそうだったが、この本においても、キャッチコピーとして「心を元気にする」というキーワードが使われている。

 厳密に言えば、「心」が「元気」になる、なんていう用語は、ほとんどつかみようのない曖昧模糊としたイメージでしかない。心理学的には「ガンバロー」なんて激励の言葉は禁句とされているが、心が元気であることに反論はないが、色を使って、心を元気にする、というその行為自体、どうも腑におちない不安定さを感じる。それもレッスンまでして・・・・。

 著者の活動を支持する勢力があり、具体的な成功例として、著者が歩み続けているのは御同慶に堪えないが、しかし、著者は、もともとこの地点にたどりつくために、あの旅を始めたのだっただろうか、と、ちょっと不可思議な気分になる。

 それだけ厳しく見るなら、まず自分自身を見てみないさいよ、という声は私の内にも確かにある。ここまでもってきた著者の活動は並々ならぬものがある。だから、認めよう、という気持ちと、だからこそ、なにかが違うぞ、とひとこと言っておきたい気分とないまぜになっている。

 チベット密教についての著書の多い正木晃なども、別な角度から色の世界に突入しており、末永と同じく「塗り絵」帳なども複数出版しているので、いつか、それらを比較検討してみるのも面白かろう、と思う。

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2009/07/27

色彩心理の世界

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「色彩心理の世界」心を元気にする色のはなし
末永蒼生 1998/11 PHP研究所 単行本 229p
Vol.2 No730★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 

 
光が強ければ、それが生み出す闇も深く鋭い。その闇からはい上がるようににして黄色の光を求めてつづけた画家ゴッホ。しかしその短い生涯は、愛に破れゴーギャンとの友情も破綻し、画家としての成功を見ることもなかった。ゴッホにとって、”黄色い部屋”の絵は、ついに得ることのなかった人との幸せを、イメージの中で”静止画像”として永遠に刻んだ作品だったのではないだろうか。p04

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 ここに張り付けようと思って検索してみたが、ゴッホの「寝室」でも、いくつものヴァージョンがあるようだ。あるいは転写される時にさまざまな影響を受けるのか、単に「黄色い部屋」と一言では片付けられないヴァリエーションがある。実際には現物を観賞する以外にないのだろうが、ひとつひとつ見比べていくのも面白い。

 ただいま「炎の人ゴッホ」読書中。いつも駄弁ばっかり弄している当ブログだが、一旦言葉を失うと、ふたたび、おしゃべりな自分まで戻ってくるまで時間がかかる。

 黄色といえば、この色を生涯にわたって求めた画家、「ひまわり」の絵で有名なヴァン・ゴッホが思い出される。その黄色は人生の終盤になるほど強いタッチで描かれるようになっていった。p49「黄色の求道者、ゴッホ」

 末永蒼生ワールドでゴッホを見ると、これはこれでまた味わい深いものがある。

 黄色の求道者といっていいような画家であったゴッホ。若い頃に描いた風景画や貧しい炭鉱の人々をモチーフにしたくすんだ色調の作品においても、すでに黄色が闇の中で輝くランプのように仄かな光を放っている。p050

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2009/07/25

ゴーリキー 母

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「母」 世界の名作文学 23
マクシム・ゴーリキー/石山正三  1975/02 岩崎書店 判型 B6 p312
Vol.2 No725★★☆☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 この本、小中学生にも読めるように、ルビが振ってある。いや別にルビまで振ってもらわなくてもいいのだが、他の部分も読みやすく訳出されているようだ。なるほど、苦手な分野は、このような弱年層向けの書籍を狙う手もあるなぁ、と納得。白黒とは言え、豊富な挿絵が読む者の理解を助ける。文字の大きさや行間も、なかなかやさしくできております。

 しかし、内容は社会主義運動にかかわる人々のストーリーだから、必ずしもやさしくない。ロシアにおける労働運動についてのあれやこれやは、21世紀の現在、直線的に評価することはできない。ただ、この本のポイントは、その運動を見つめる一人の母親に焦点をあてているところだろう。

 ロシアにおける労働者の置かれていた状況や、社会主義運動、革命運動については、晩酌をいっぱいやったあとにいい加減なことを書いたのでは、大変なことになるので、あまり触れないでおこう。

 当ブログでは、「Gの残影」のなかで、ウスペンスキーがロシア革命の動きの中でどのような影響を受けたのか、とか、「新左翼とは何だったのか」をはじめとする荒岱介の一連の著書や、「昔、革命的だったお父さんたちへ」で、日本におけるサヨク的な動きをちょっとおっかけてみたにすぎない。あるいは、ネグリ&ハートのマルチチュード的な動きにもアプローチしてみたが、さしたる成果が上がったわけではない。

 6番目。どうやら今日はロシア人に取り囲まれているようだ。6番目は、マクシム・ゴーリキーの「母」だ。私はゴーリキーが好きではない。彼は共産主義者だし、私は共産主義者が嫌いだ。嫌うときは、私はただ嫌う。だが「母」は、たとえマクシム・ゴーリキーによって書かれたものであっても、大好きだ。私はあの本を生涯愛してきた。私があまり何冊も持っていたので、父はよくこう言ったものだ。

 「お前はどうかしているんじゃないか? 一冊あれば充分じゃないか、何冊も注文し続けるなんて! 何度も何度も小包を見るけど、マクシム・ゴーリキーの「母」ばかり買っているじゃないか。お前は気でも違ったんじゃないか?」

 私は父に言った。「うん、ゴーリキーの『母』については僕は気違いだ。完全な気違いだよ」

 自分の母を見ると、私はゴーリキーを思い出す。ゴーリキーは全世界で最高の芸術家として数えられなければならない。特に「母」において、彼は書くという技の最高の高みに達している・・・・古今未曾有だ・・・・彼はまさにヒマラヤの頂きだ。「母」は繰り返し繰り返し学ぶべき本だ。そうして始めて、それはゆっくりと人に浸透する。そうすればゆっくりゆっくりと人はそれを感じ始める・・・・・そうだ、この言葉だ。感じるのだ、考えるのではない、読むのではない、感じるのだ。それに触れ始める。それがこちらに触れ始める。それが生命を帯びる。そうなれば、あれはもう本ではなく人だ・・・・ひとりの人間だ。Osho「私が愛した本」p189

 中沢新一も著書の何処かで、自分が幼い時代に、親や叔父が党活動をする姿を見ていて、彼なりの感想を書いていた。OshoにはBeware of socialismがある。当ブログにおいては、この辺の顛末については、全然煮詰めていない。読書ブログというスタイルが、それに適していない、ということもあり、自らの能力の限界を感じるためでもある。

 ただ、ここでは、ただひたすら「母」に焦点を当てることにしよう。そしてゴーリキーの筆さばきの妙技に共感することにとどめよう。

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地下室の手記

地下室の手記
「地下室の手記」 
フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー /安岡治子 2007/05 光文社 サイズ: 文庫 285p
Vol.2 No725★★☆☆☆ ★★★☆☆ ★★☆☆☆

 世間から軽蔑され虫けらのように扱われた男は、自分を笑った世界を笑い返すため、自意識という「地下室」に潜る。世の中を怒り、憎み、攻撃し、そして後悔の念からもがき苦しむ、中年の元小官吏のモノローグ。
 終りのない絶望と戦う人間の姿が、ここにある。
裏表紙 紹介コピー

 ロシアの小説というと、やたらと言い回しが長ったらしいし、ストーリーが長すぎる。物語の展開を追うどころか、登場人物の名前が覚えきれずに、いつも挫折するのだが、この小説は打って代わって、読むだけなら、極めて読みやすい。

 1.5世紀前の小説だが、ごくごく最近、日本語に翻訳しなおされているから、実に今日的感覚で読める。一人称も、「シーシュポスの神話」は「ぼく」だったが、こちらは「俺」である。鋭意的な新訳のおかげで、私でもロシア小説が読める。

 現在、日がな一日パソコンの前に座って、インターネットだけで世界と繋がっているオタクや引きこもりの数は増える一方だという。そういう人たちも、地下室の住人と同様、本当は生身の人間と繋がりたいと、「生きた生活」を渇望しているに違いない。そういう時代であるからこそ、「地下室の手記」のアクチュアリティは一層増していると思われる。p284「役者あとがき」

 「パジャマのままパソコンの前に座るブログ・ジャーナリスト」を標榜する当ブログとしては、ちょっと気になる評論ではあるが、別に当ブログは「引きこもって」いるわけでもないし、「地下室」にこもってばかりいるわけでもないので、ここは速やかにスルーしよう。┐( ̄ヘ ̄)┌

 しかしまぁ、ここまで引きこもると、現代人としては、ちょっとおちょくってみたくなるものだが、やはりすでにウッデイ・アレンが「肥満質の手記」というパロディを書いているらしい。それを動画化したものでもないかなと検索したが無かった。

 6番目・・・・。私はいつもこの本について話したかったのだが、時間がなくてこの本は見逃すことになるだろうと思っていた。計画はしなかった。いつもの通り、私は無計画で行く。私は50冊だけ話すつもりでいた。だがその補遺がやってきて、それが延々と続き・・・・またもや50冊になった。だがそれもでもまだたくさんのすばらしい本が残っていて、補遺の補遺をはじめなければならなかった。そういうわけで、今度はこの本について話すことができる。それは、ドストエフスキーの「地下室の手記」だ。

 これは、その作家と同じくらいに、実に不思議な本だ。ただの手記にすぎず、デヴァギートのノートのようなもので、断片的なものだ-----表面的には何の関連もなにいのだが、生き生きとした底流では深く関連しあっている。これは瞑想すべき本だ。私にはこれ以上は言えない。

 これは最も無視された偉大な芸術作品のひとつだ。これが手記----それも、瞑想的でない者には関係もなさそうな----に過ぎず、小説ではないという単純な理由で、これに注目する者はいないようだ。だが私の弟子たちにとっては、それは大変な意味を持ちうる。その中に隠された宝が見つかるだろう。Osho「私が愛した本」p205

 後半の女性との絡みがなかなかドラマチックでもあるが、どこにでもあるありふれた話のようであり、これに瞑想しようと思っても、はて、と戸惑うことも本当だ。まずはドストエフスキーの一連の作品のなかから、見直してみる必要もあろう。

 本書とは直接関係ないが、ウッデイ・アレンのパロディでも張り付けて、バランスととっておく。 

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2009/07/24

シーシュポスの神話

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「シーシュポスの神話」
アルベール・カミュ /清水徹 新潮社 文庫 257p 改版2006年09月 1997年51刷を読んだ
Vol.2 No724★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★★☆

 この本最近改版されたようだが、カミュと言えば、こちらのこの表紙のほうが長いこと馴染みがある。1969年発行、当時高校一年の時から、ずっとこの表紙だった。

 「シーシュポスの神話」は古い神話だ。マルセルがそれを自分の本に使った。みんなにそれを聞かせよう。

 シーシュポスは神なのだが、最高神に従わなかったため地獄に落とされ罪を受けた。その罰というのはこうだ。シーシュポスは大きな岩を谷から山頂まで運ばなければならないのだが、大きな岩を持ってやっと辿り着きそれを下ろそうとすると、頂上があまりに狭いため、岩はまた谷底に落ちてしまう。シーシュポスは慨嘆し、息を切らし、汗みどろになりながら谷底まで下りてもう一度その岩を運ぶ・・・・無意味な仕事だ・・・・それがまた滑り落ちることは完全に分かっている。だがどうしようもない。

 これこそが人間の物語のすべてだ。だからこそ深く掘り下げればここに純粋な宗教があると私は言う。これこそが人間の状況だ。これまでもそうだった。お前たちは何をしているのか?-----他のみんなは一体何をしているのか? 岩をある場所まで持って行くこと、それは毎回毎回、同じ谷底まで滑り落ちる。おそらく毎回、少しづつ深くなって行くだろう。そしてまた翌朝も、もちろん朝飯前というわけにはいかないが、それを再び運ぶ。しかも、運びながらも、それがどうなってなるか知っている。それはまた滑り落ちる。 

 この神話はすばらしい。マルセルはそれをもう一度紹介した。彼は非常に宗教的な人間だった。実際、ジャン・ポール・サルトルではなく、彼こそ本物の実存主義者だった。だが彼は宣伝屋ではなかったから、決して前面に出て来ることはなかった。彼は沈黙したままだった。黙って書き、黙って死んだ。世の中の多くの人々は、この人がもういないことを知らない。彼は実に静かな人だった。だが彼が書いたもの、「シーシュポスの神話」は、非常に雄弁だ。「シーシュポスの神話」は、かつて生み出された最大の芸術作品のひとつだ。Osho「私が愛した本」p176

 マルセル・カミュは「黒いオルフェ」などのある映画監督だから、ここでOshoの言っているMarselとはノーベル文学賞作家アルベール・カミュのことであろう。それとも同じフランス人実存主義者ガブリエル・マルセルのことであろうか。

 アルベール・カミュの兄の娘の息子が、日本でタレント活動しているセイン・カミュということになる。セイン・カミュからは、アルベール・カミュの不条理なものは何も感じないが、彼は大叔父さんを背景として持っているだけで、大きな財産を相続したようなものだ。

 世間の人びとのだれもが、まるで<死を知らぬ>ようにして生きていることには、いくら驚いても驚きたらぬだろう。これはじつは、死の経験というものがないからだ。本来、現実に生き、意識したものしか経験でありえないのだが、この死という場合、せいぜいのところ、他人の死についての経験を語ることしかできない。p27

 高校時代や10代の頃は、身の回りにはカミュ信奉者はいっぱいいた。ミニコミ紙のタイトルに、「異邦人」の主人公ムルソーの名前を借りてきたり、アルベール・カミュから自分のペン・ネームをつくり、有部髪之(あるべ・かみゆき)と名乗る者が現れたりした。「不条理ゆえに我信ず」をスローガンにする者もいた。

 翻訳の一人称が、「ぼく」となっているので、それで親近感を強く持ったのだろうか、あるいは思春期の感傷がそうさせたのか、カミュ・ファンは多かった。その後、彼らの人生はどうだったであろうか。団塊世代の弟分にあたる我々の世代も、次第に思秋期を迎えつつある。

 真なるものを探求するとは、願わしいものを探求することではないのだ。「人生とは、いったい、なんだろう」というあの苦悶の底から発せられた問いから逃げるためには、驢馬のように、幻の薔薇を食べて生きなければならぬならば、不条理な精神は、諦めて虚偽に身を委ねるよりは、むしろ、怖れることなくキルケゴールの答え「絶望」を採るほうを選ぶ。すべてを充分に考えたとき、断乎たる魂は、つねに、「絶望」という答えを受け入れるであろう。p62

 時代は、70年安保、あるいはその後の「敗北感」のただなかにあった。

 自殺は反抗につづいて起こるとひとは思うかもしれない。だがそれは誤りだ。自殺は反抗の論理的到達点をなすものではないからである。自殺は不条理への同意を前提とするという点で、まだに反抗とは正反対である。自殺とは、飛躍がそうであるように、ぎりぎりの限界点を受入れることだ。いっさいが消尽されつくしたとき、人間はその本質的歴史へと還る。自己の未来、唯一の怖ろしい未来を彼はみわけ、そのなかへと身を投じてゆくのだ。自殺はそれなりに不条理の解決となる。p78

 自殺、という単語を口にするものも多かった。その方法が語られ、リスト・カッターがいないわけでもなかった。焼身という方法を用いた者もいることはいた。

 自殺は不条理を同じひとつの死のなかへ引きずりこむ。だがぼくは知っている、不条理が維持されるからといって、不条理が解決されるということはありえないのだということを。不条理とは死を意識しつつ同時に死を拒否することだというかぎりにおいて、不条理は自殺の手から逃れて出てしまうのだ。p80 

 アルベール・カミュは1960年、交通事故で亡くなった。享年46歳。小説を読んだあとで、カミュが交通事故で亡くなったことを知った時、私の中では、ジェームス・ディーン赤木圭一郎と同じように、神格化されてしまった。それ以上動かないプロマイド写真のようなものだ。

 意識的でありつづけ、反抗をつらぬく、---こうした拒否は自己放棄とは正反対のものだ。人間の心のなかに不撓不屈の情熱的なもののすべてが、拒否をかきたてて人生に歯向わせるのだ。重要なのは和解することなく死ぬことであり、すすんで死ぬことではない。自殺とは認識の不足である。不条理な人間のなしうることは、いっさいを汲みつくし、そして自己を汲みつくす、ただそれだけだ。p80

 巻末に「フランツ・カフカの作品における希望と不条理」という文章が付録としてついている。

 「変身」もたしかに明徹さの倫理の慄然たる具体像をあらわしているとはいえよう。しかしこれもまた、人間が自分はやすやすと動物になってしまうと感じたときに味わうあの途方もない驚きの産物なのだ。こうした根本的な両義性のなかにこそ、カフカの秘密がある。p180

 10代の私は、「異邦人」のムルソーより、「変身」のグレゴール・ザムザのほうにシンパシーを感じていた。きょうママンが死んだ。ただ、ただ太陽がまぶしかったから、という不条理さより、朝目がさめると、天井をのたうちまわっている自分を発見するほうが、よりリアリティを持って感じることができた。

 

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2009/07/20

青の時代へ

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「青の時代へ」 色と心のコスモロジー
末永蒼生 1991/04  ブロンズ新社 単行本 237p
Vol.2 No721★★★☆☆ ★★★★☆ ★★★☆☆

 末永蒼生の本がゴソッとあったので、借りてきた。ゴソッと言ってもわずか4冊だが、検索してみれば、彼の著書は現在28冊以上あることになっているようだ。ふ~・・・。しかも、彼の処女作ともいうべき1970年代初頭の「ウルトラトリップ」とか「生きのびるためのコミューン」とかが入っていない。当ブログでも何冊か読んではみたが、いまいち追っかけするほどもなさそうなので、そのうち、と思っていた。だが、なんとこれほどの冊数に増殖しているとは知らなかった。近年、かなりのペースで出版が進んだのだろう。

 この「青の時代」は1991年にでている。当時私は「国際環境心理学シンポジウム」の企画に参加していて奔走しており、あわただしい日々の中で、たくさんの資料といっしょにこの本を手にした記憶がある。当時日本は高度成長、バブル景気の絶頂期にあり、すでに足元から崩れ始まってはいたのだが、人々はまだ、あそこからこれほど長期の不景気の時代が続くとは誰も思っていなかった。

 僕の20代、30代はわれながら呆れるほど大きく振れ動いた時期だった。とくに30代は比較的穏やかだったのは子育てに懸命だった5,6年だけ。その後は離婚やそれと前後した恋愛とで気持ちが引きさかれ、同時に息子が交通事故に遭ったり、母親が思い病気で倒れるなど嵐の中に身をおくような日々の連続。それまでの人間関係をやっと断って孤りの生活に立ちもどったものの、疲労困憊していた僕自身をさらに襲った身体の不調。その結果の経済的な逼迫。そして40代に入ったとたん、どどめをさすかのように訪れた母の死・・・・・。 p018

 かなりのブランクのあとに1冊、2冊と出され始まった彼の本は、まだまだ、手さぐりをもとめて、ゆっくりゆっくり歩を進めているような状態を感じさせた。この本もまた「一年がかりのワープロとのつきあい」p237の中から生まれた。

 今後さみだれ式に彼の本は読み進めてみることになるだろうから、リストを作っておく。

 末永蒼生関連リスト

「ウルトラ・トリップ」長髪世代の証言! 1971大陸書房

「生きのびるためのコミューン」幻覚宇宙そして生活革命 1973 三一書房  

「色彩自由自在」 1988/07 晶文社 

「青の時代へ」 1991/04 ブロンズ新社

「色彩心理の世界」 1998/11 PHP研究所

「自分を活かす色、癒す色」 1998/11 東洋経済新聞社

「精神分析学がわかる。」AERA Mook 43 共著 1998/11  朝日新聞社

「心を元気にする色彩セラピー」 2001/01 PHP研究所

「色彩記憶」 2002/05 PHP研究所

「自分力を高める色彩心理レッスン」 2005/05 ナツメ社

「クレヨン先生と子どもたち」 2006/9 ソフトバンククリエイティブ

「絵が伝える子どもの心とSOS」 2010/02 講談社

 

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2009/07/19

化粧する脳<2>

<1>よりつづく

化粧する脳
「化粧する脳
 <2>
茂木健一郎 2009/03  集英社 新書  189p

 この本もすでに立ち読みして、大体のイメージはつかめているが、図書館で新たに見つけたので、再読もありかな、と思って借りてきた。しかし、立ち読みしたときと読む速度はほとんど変わらず、敢えていえば、転記する余裕があるかないかの違いだけであった。

 他人が自分をどう見ているかということが、「私とは何か」という「自我」の成り立ちに重大な影響を与えざるを得ない。p3

 「私とは何か」という問いかけは、やはり「私とは誰か」という言葉に言いなおされたほうがいいと思う。そして、それを「他人がどう見ているか」という問いかけにしてしまっては、出てくる結論はまったく別次元のものになってしまうだろう。

 「何か」と問うた時には、すでに「私」は外在的な「物」化している。外在物となり果てた「私」には、どのような「化粧」がほどこされたとしても、それは「私」に到達する道からは、大きく外れていく。

 「私は誰か」と問う時、それは「他人」が問うから問うのではない。「私」が問うのである。「私」が「私は誰か」と問うのである。「私」が問うとき、「私」は「物」であるはずがない。「私」は「存在」なのである。問いかけとしては、やはり「私は誰か」が正しい。

 この最初の問いかけ自体が間違っていれば、あとは、どのように新書本一冊が「化粧」されようと、それはすべて外面だ。「私」には到達しない。一大ブームを起こし得るような健筆化にしてみれば、あとは、新書本一冊をつくることなど、お茶の子さいさいだ。私はこのような本は、曲学阿世という表現が正しいと思う。

 2007年7月から、カネボウ化粧品と共同で、脳科学的な知見から、「美の本質」や「化粧の本質」について研究をしてきた。p42

 なにをもって「研究」というのかはさだかではないが、あまり奥深いものを感じない。そもそも、その研究期間が短すぎる。「研究」とは名ばかりの、産学協同のメディア・ミックス・マーケティングの一環にすぎないのではないか。茂木側としては、経済的バックアップを受けることができるだろうし、カネボウ側としては、飛ぶ鳥を落とす勢いの茂木人気に便乗することができる。意地悪く考えれば、そういうことになろう。

 情報テクノロジーの発展によって、インターネットの網の目は地球を覆いつくし、それは隈無く個人まで接続されようとしている。Googleのストリートビューによって、自宅の目の前の画像までクリック一つで世界中のだれでも見られるようになってしまった。p122

 この本の主テーマではないところではあろうが、著者はいきおいで、とにかく読者をうなづかせようとして、無理を重ねている。インターネットの網の目は地球を覆いつくしてはいないだろう。まだだ。ストリートビューで見れないところはたくさんある。いや、その方が圧倒的に多い。日本の中心を外れた地域、閑散とした地域は見れない。中国の奥地も観れない。チベットも北朝鮮も見れない。アフリカも、南米も見れない。「科学者」の表現としては大袈裟すぎる。

 それにたとえば、私の住まいも確かにストリート・ビューで見ることはできるが、所詮、ある一日のあるヒトこまでしかない。隣の家はたしかに洗濯ものをベランダに出しているが、毎日がそうであるわけではない。たまたまグーグルのカメラ車が通った日がそうだったにすぎない。毎日、隣の家を見ている私には、ストリート・ビューが見た隣家が、普遍的な真実をもっているとは思えない。ましてや、あの画像から「個人」など見れない。

 現在、多くの女性が毎朝化粧を施している。鏡に向かって長い時間自分を見つめ、化粧を施すプロセスが、化粧をする主体においてどのような意味があるのか考えることは、非常に興味深い。141p 恩蔵絢子 「鏡や化粧を通した自己認知」

 たしかに、私にとっても、電車のなかや、運転中の車の信号待ち中で、化粧鏡を覗き込んでいる女性心理は興味深い。しかし、そこからは、私の思索は深まらない。思いなおせば、人前で鼻毛を引き抜いては、いつも奥さんにこっぴどく注意されている、私の行為と繋がるものかもしれない。だが、むずむずっときたプロセスが、さっと鼻毛を引き抜く主体においてどのような意味があるのか、を考えることには、今のところ、わたしには興味がない。

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2009/07/16

多読術<2>

<1>よりつづく

多読術
「多読術」 <2>
松岡正剛 2009/04 筑摩書房 新書 205p

 先日立ち読みした一応の感想は書いておいたが、今回は図書館の新着本コーナーでこの本を見つけたので、また読みなおすことにした。いろいろ状況を変えて読みなおしてみることも、多読術のひとつだろう。

 読書感覚をずうっと維持する必要がある。またそれと関連してもうひとつ、自分で決めたことは、だからといって読書三昧の日々にはしないで、断乎として仕事は続けるということです。それも仲間とともに進める。一人ではなくてね。そして、仕事でいかに時間が取られようと、それでも読書をはずさないと決めた。そうやって、どんなときも、愉快なときも悲しときも、調子のいいときも悪いときも本を読むというふうにしてきたわけです。p162

 考えようによっては、この本はセイゴー流「私が愛した本」だ。たくさんの本がさりげなく紹介されているので、この本をキーブックとして自分の読書ワールドを広げていくことは可能だ。「千夜千冊」を全部読んでやろう、という野望は、もう当ブログとしては捨てたが、「ちょっと本気な千夜千冊虎の巻」くらいはそのうち再読しようと思っている。しかし、「虎の巻」よりも、こちらの本のほうがさらに親しみやすいかもしれない。

 そこで浮上してくるのが、やっぱりITですね。コンピュータ・ネットワーク上のテクノロジーとコンテンツをいかに読書行為や読書編集と適合させていくかということは、パソコンからユーチューブまで、ケータイからアーカイブまで、その使い勝手がこれこらの大きな課題になるでしょう。p183

 漆原直行「ネットじゃできない情報収集術」みたいな若年寄りのご忠言より、本物不良ジジィの述懐のほうがためになる。

 こんなに多くの知識が高速に引っぱりだせるということは、十数年前まではまったく考えられてもいなかったことですね。だいいち、場所もとりません。本棚も必要がない。しかも入力機と出力機はいまはほとんど一体になっていますから、ノートパソコン一台あれば、どんなに長いブログでも書けるということになってきた。p184

 我が意を得たり。なんせ「場所もとりません、本棚も必要がない」、というところが分かってるー、という気がする。でも、もっとも当ブログはその間に図書館ネットワークがどうしても必要になる。久慈力「図書館利用の達人 インタ-ネット時代を勝ち抜く」を組み合わせないといけない。

 こちらはオンリー1人、むこうはオール世界。それをキータッチひとつでなんとでもしてみせる。そういう感覚です。では、ここには懸念が問題がないのかといえば、そこはまだまだそうはいきません。 p184

 こちらはオンリー1人という感覚は、たしかにブログのスタート地点では味わった感覚だが、数年経過してみて、この感覚はだいぶ変わってきた。まず、ごく少数だが同行の仲間がいることが確認できるようになってきた。書き込み、トラックバックだけではなく、アクセスアナリティクスで毎回来てくれる存在も分かってきたし、ググられるにしても、どのキーワードで自分がググられたのもわかってきた。もちろんRSSなどで、同じ傾向の他の人々のブログなどの発信情報もつかめるようになってきた。

 また「むこうはオール世界」という感覚もだいぶ変わった。いや、それは幻想だ。すくなくとも当ブログはその幻想にごまかされてはいけない。「オール世界」は人間界の無意識が醸し出す虚構だ。人間はオール1人なのだ。

 ぼくは「読書」とは、すべての編集技術を駆使することであって、それゆえ、どんなメディアにおける「読書」もパラレルで、重層的になりうるべきだと思っているわけです。ですから、多読術もそのような様相を呈せざるをえない。そういう見方からすると、読書方法は他のメディアとの関連で考えたほうがおもしろいということになります。p187

 最近は、図書館は「瞑想空間」なのだ、と気がつき始めた。「私が愛した本」を語った時、Oshoはすでに「読書をやめて」いた。セイゴー親分は生涯読書をつづける、と言っているが、はて、当ブログは、というと、いずれはブログもやめ、読書もやめるだろうと思う。読書を離れる時があっていい。すくなくとも「死」は、私と読書との間に割り込んでくる。

 コンテナ→コンテンツで止まってしまっているから、「クオリア再構築」の島田雅彦のような中途半端な精神的な彷徨がはじまってしまう。さらなる→の向こうに、コンシャスネスを据えないと、人間全体が見えてこない。文字化されたもの、情報化されたもの、クオリア化されたものには、すべて限界がある。最終形態ではない。

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